fate/accelerator   作:川ノ上

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『ささくれ』と『答え』

「・・・・・・遅ェ」

 

食事を終えてからかれこれ一時間は待ち続けただろうか。

時計がないというのはやはり不便だが、それでも待ち人が来る気配は一向に無い。

 

アインツベルン城のとある倉庫の一室。

月の明かりが、大きな窓を通して暗い倉庫に明かりを入れるなか、窓際を背にソファに深く腰掛ける一方通行は月夜の静けさに耳を傾けながらも思案に更けていた。

 

(……ホムンクルスねェ)

 

伝承、いや。空想の物語でしか触れたことのない存在。

 

魔術という存在に浅からぬ因縁がある一方通行にとっては、そういった現代では考えられないような空想に満ちた生物がいてもおかしくはないと思っていた。

『天使』に『ドラゴン』。

あれらが魔術によってつくられた存在であるのか、それとも元々存在していたのかは一方通行にもわからない。

が、よりによって目の前に現れた存在がホムンクルスとは冗談が過ぎる。

 

ホムンクルス。

ヨーロッパの錬金術師が作り出したとされる人工生命体の総称。科学的にみればクローンにも近い存在。

 

ただ体躯は人間のそれとはずっと小さく、フラスコの中で生成され、その中でしか活動できなかったとはずだと記憶している。

 

所詮、学園都市にいた頃の知識によればこの程度。

眉唾物の知識としてかじっているくらいの些細な情報でしかないのだが、実際に目にしてみると、あそこにいたホムンクルスと自称する少女たちはただの人間にしか見えなかった。

 

(作られた存在。使われ、利用されるだけの『もの』、か)

 

反復するようにして胸の内で呟き、一方通行はソファの背もたれに腕を投げ出して大きく息をついた。

 

そもそも科学の知識であれば、そこらの研究者より多くの知識を持っている一方通行だ。

万有引力の法則であったりニュートン力学など簡単にそらんじることもできる。

能力を使えば文字通り、常識の理を覆すことだって可能だ。

そこまで理解できても、魔術や伝承といったもう一つのベクトルに関してはまだまだ門外漢であるのは否めない。

いや、普通に生活しているような一般人では知りえない情報を認知している時点で、一方通行自身も『普通ではない』のだ。

しかし、あのツンツン頭のヒーローのように、自分自身がそこまで魔術の存在について明るくない事も自覚している。

だから奴と自分とでは三周回差すら生ぬるいほど、知識にしても経験にしても、圧倒的な差があることも分かり切っている。

 

それが今はとてももどかしい。

 

重く深い呼吸が、のってりと倉庫の空気に絡みつくように溶け、一方通行は耐えきれなくなったようにもう一度深い溜息を吐き出す。

 

(ここで待ってても仕方ねェか)

 

いつまでも扉を睨んでいるわけにはいかない。

時間は有限だ。

一秒の差が勝敗を分けることなど、『あの世界』でもざらにある。そしてその一瞬が命取りになるであろうことも。

そのことを身を以て知っている一方通行は、気だるげに宙に右手を彷徨わせ、立ち上がるための杖を探る。

しかし、想定の位置より若干、距離があったか手頃な木箱の横に立てかけていたはずの杖を指先ではじいてしまい、一方通行はそれを気だるげに見つめて小さく舌打ちした。

 

昨日の時点で物の位置を完ぺきに把握した一方通行だが、さすがに暗がりとなると細かいところまでは心もとない。

 

ここを活動拠点にするにしても、いい加減ランプでも探したほうがいいのか、などと思案に暮れるもいまいち探す気が起きず、大きく伸びをして白い髪を乱雑に掻き揚げた。

 

そしてもう一度、扉の方に視線をやるも扉を叩く気配はない。

 

ここから一方通行が迎えに行くとしても、運悪く行き違いになった場合、さらに時間をロスする羽目になる。

そうなると、待っていた方が面倒はないのだが、あいにくといつまでもこの暗い部屋で待ち続けるほど気長な方でもない。

 

面倒くさそうにため息を吐く一方通行は、次に幅の広いソファーに横になると右手を天井の方に挙げて、開いた己の手を見つめる。

その手のなかに何が映っているのか、それは一方通行自身にしかわからない。だが、一方通行は静かに手を握ると、力なくその手を自分の額に乗せた。

 

「あのガキどもの顔。――ハッ! アレが人形の顔かよクソッタレ」

 

脳裏に浮かび続ける幻影を振り払うように悪態をついて、一方通行は顔を覆っていた手を乱暴に投げ出した。

 

リズから聞いた話は恐らく真実だろう。これはリズの話を聞いて食堂で出した一方通行の結論だ。

あのメイドは良くも悪くも嘘はつかない。ほんの短い間であったがその一点だけは一方通行も信じる事ができた。

なにせ、一方通行も今まで一万近くの同じ顔をした女と関わってきたのだ。それがどんな事情であれ彼女等の行動は死んでいった妹達と酷似しすぎている。

 

これはあくまで経験則だ。

 

しかし、一方通行は無意識にも認めてしまった。

どんな形であれ、彼女は嘘をついていないと感じてしまったのだ。

一方通行は、己の甘くなった思考に嫌気がさして小さく舌打ちする。

 

――いい兆候じゃん。

 

と、いまの一方通行を見ればあの体育教師は本気で言ってのけるだろう。

確かに、昔に比べればだいぶ丸くもなったと自覚しているし、甘くなったのも認める。一方通行自身、『あの生活』はどこか面倒であっても悪い気はしなかった。

打ち止めがいて、黄泉川と芳川がその遠巻きで鬱陶しい笑みを浮かべ、番外個体が愉快そうに自分にちょっかいをかけてくる。

その生活が何よりも心地よくて、安らかでどこかで気を抜いていた。

いや思考の隅にでも追いやって思い出さないようにしていたのかもしれない。

 

そう。自分にはまだまだ『彼女ら』に対して負債があることを。

 

決して忘れていたわけではない。

それでも、どこか彼女らの温かさに甘えている自分がいた。

 

ミサカネットワークの総体に『楽な方へ流されるな』と一刀両断されたあの夜。

どこか、このまま今の生ぬるい日常に浸っていてもよいのかと疑問を抱いた一方通行に向けられた言葉に、一方通行は少なからず安堵してしまったのだ。

自分の幼稚な考えを否定され、晒され、諭されてもなお、ただこの場所を去らなくてもいいと言われているようで一瞬ホッとしてしまった。

 

だからこそあの時、あの食堂でリズが放った一言。

ホムンクルスという真実は一方通行が必死に保とうとしていた天秤をひっくり返すには十分すぎるほどの出来事だった。

 

それこそ、我を忘れかけるほどには。

 

「あのアホメイド。狙って言ってるンだとしたら相当タチが悪ィな」

 

脳裏に一瞬、あの表情の乏しい少女の顔と言葉がよぎり、一方通行は大きく息をついてその身を起こした。

ソファから勢い良く起き上がる一方通行は、月明かりを背に己の汚れた両手に目を落とす。

 

白く細長い指先に、小さくも骨ばった手。

一見、ほかの男性から見れば小さく細い両手だが、月明かりにさらされるこの手は、一万と三十一人の命をすすってきた。

 

だからこそ時々、夢に見るのだ。

殺されたはずの妹達が自分を取り囲んで口々に何か恨み言を漏らす夢を。

 

『苦しいですとミサカ1号は腹部を抑えて貴方に訴えかけます』

 

ある者は腹部にしがみつき。

 

『痛いですとミサカ8068号は、はみ出た内臓を必死にとどめて低く呻きます』

 

ある者は腸や内臓をはみ出しながら迫り。

 

『どうしてミサカは死ななければならないのですか? とミサカ10031号は貴方に向かって素朴な疑問を問いかけます』

 

またある者は自分の片足を携えて、ただただこちらを見下ろす。

 

あの頃の妹達がそんなことを考えていたのかなどわからない。

死の間際に何を思い、なにを考えていたかなどひとつの例外を除けば、知りえることなど一方通行にはできない。

この自分を非難する夢すら、ただ一方通行が少しでも楽になるために見せた幻影だというのも理解している。

ただ言えることは、実験をしていた時の妹達の瞳にはそんな人間味などなかった。

 

だから自分はあの少女たちを人形と偽って殺したのだ。

 

そうすることで自分は正しいことをしているという思い込むことができるから。

 

そして、我に返り、今までの甘い思考に若干顔を歪ませて皮肉気に鼻を鳴らすと、吠えるように、叫ぶように自分自身の胸に突っかかった言葉を吐露する。

 

絹を裂くように。

己の傷口を開くように。

激情に任せて、狂気に頬を歪め、己が両手を見つめる。

血に汚れた、どす黒い両手を。

 

「ハッ!! そもそも、なンで俺がこンな事で悩む必要がある!! 俺が絶対に守らなきゃなンねェのは妹達だ。あのガキとメイドは関係ねェ」

 

吐き出された言葉は暗い一室に反響するように空気を震わせ、やがて吸い込まれれるように消えていった。

肩で喘ぐように呼吸を繰り返す一方通行だったが、やがて落ち着いたのか大きく呼吸を整えると天井を見上げ、静かに視線を床に落とした。

 

「……そのはずなンだがな――」

 

力なく呟くと、一方通行は両手をきつく握りしめ両の目を静かに閉じた。

 

『絶対能力進化(レベル6シフト)実験』

 

彼の罪はここから始まった。

「最強」でなく「絶対」。一方通行がこれを望んだ結果、研究者たちがはじき出したのは、二万体のとある少女の姿をしたクローンの殺害だった。

道徳とは程遠い方法で行われた実験の数々。

 

千切り、潰し、弾き飛ばす。

細く瑞々しい肌から生気が抜けていく瞬間を、ただただ事務的に眺めていく退屈で、何かをすり減らしていく日々。

 

そのすべてを経て、結局、実験は失敗に終わった。それも自分より遥かに弱い無能力者の手によって。

それから、一方通行は妹達を守ることに決めた。それがどんなに都合よく、無様でどうしようもない言い訳だとしても、一方通行は彼女等を守ると決めたのだ。

 

その決意が、いま彼自身を苦しめている。

 

ホムンクルス。

 

それがどんなに妹達と違う存在であっても人に作られた命には変わりない。

無知は罪。というが、知っている者にとってはこれ以上の苦悩は無い。

 

一方通行は今、過去の自分を見ているのだ。

 

だからこんなにも苛つく。だからこんなにも悩む。

彼女等を本当に見捨てても良いのかと、昔のように『作られた命』を欠陥品だと切り捨てるべきなのかと。

 

だが、切り捨てられない。切り捨てられるはずがない。

 

一方通行は知っている。自分に光をくれた打ち止めの笑顔が、あのクソガキと似ているのを。

一方通行に接してくるリズの態度が、自分を殴ったあの女教師に似ていたことも。

使命感を超えて、家族愛にまで昇華させたセラの姿を。

 

短い間だったが、この城にはあの『家』と同じものがある。一方通行が守りたいと願ったものがそこにある。

ならばそれを守るのが――。

 

「・・・・・・結論はでたな」

 

誰もいない部屋で静かに呟くと、瞳をゆっくり開けて皮肉気に小さく顔をゆがめた。

 

「――はッ! そもそもの話。俺があいつ等をホムンクルスだと信じた時から守るって決めてンのに、俺もつくづくバカだな」

 

額を抱え、自分の愚かしさにクツクツと喉を鳴らす一方通行。

 

「言葉にしなきゃ守れねェなンてのは俺らしくねェな。ここに来て少しナーバスにでもなっちまったのかァ?」

 

クローンとホムンクルス。

互いの意味は違えど、彼はいま認めた。

クソッタレな理由で作られた命はぜんぶ自分が守ると。

たとえ、自分にとって何のメリットがなくても、見放すことはすなわち今までの自分の否定。妹達の否定に繋がる。

これが今の自分にとって、妹達の贖罪に含まれるのなら、この哀れなホムンクルス達が無駄な命ではないことを証明しなければならない。

 

これが彼の答えだ。

 

「なら、俺は哀れなクソッタレどもの目論見を全て壊す。あいつ等を使い潰しにはさせねェ」

 

一方通行はソファを支えにしてゆっくり立ち上がると、目を細めて夜空を見上げる。

空は黒く染まり、空に散りばめられた星々が自らの命を燃やすように輝いている。

その星々を見つめ、一方通行は月の傍で弱々しく輝く小さな星を眺めた。

 

(俺の動機は作れた。もう迷ったり無様な姿を見せることは出来ねぇな)

 

一方通行は空を見ながら、獰猛に笑い。そして、扉の方に視線を向けゆっくり腰を下ろした。

すると、独特な靴の音が廊下に響き、一度止まったかと思うと緩やかに扉を叩く音が聞こえてくる。

 

そのノックに耳を澄ませ一方通行は、やっと来たか、と小さく呟くと、これから話すべき事を順々に確認していった。

 

もう二度と、『彼女ら』を裏切らないために。




どうも、川ノ上です。

蒸し暑い時期になってまいりました。
みなさん風邪などひいておりませんか? 作者は何とか夏を乗り切れそうな気がします。

さて今回はちょっと短めですが一方さんのお話を書かせていただきました。
やっぱり犯した罪を少しでも贖おうとする一方通行には胸を熱くさせられるものがあります。

作者としても、中盤に出させるはずだった内容を初盤にぶち込んで驚いている自分がいます。ですが、ちゃんと展開は考えているのでご安心ください。
ネタ切れとかじゃありませんから。ええ、違いますとも!!

さてさて、心に刺さった小さなささくれに答えを出した一方通行。訪れるイリヤに対して彼はどう接していくのか。次回作もどうか楽しみに待っていてください。

長々となりましたが、今回はこの辺りで筆を置かせていただきます。
感想、ご指摘、評価のほどを頂けるのであれば、作者の励みになりますのでどうかよろしくお願いいたします。
読んでいただきありがとうございました!!

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