fate/accelerator   作:川ノ上

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帰宅

「もう、バーサーカーなんかに運んでもらわない!!」

 

冬木の森が小うるさい小言を木霊させるなか、

森のなかでは小言を響かせて先導する少女が、月明かりを背に目的に向けて歩みを進めながら、棘の含んだ声で叫んでいた。

新都を移動してから約二分。

月明かりに照らせれながら、空中散歩を終えたイリヤと一方通行。その彼女から飛び出た第一声は「バーサーカーの意地悪!!」だった。

あまりにも平手が飛んできそうな剣幕に、一方通行は黙ってイリヤの様子を見守るが、結局のところ平手は飛んでこず、代わりに瞳に涙を浮かべイリヤはそっぽを向いて城の方へ直進していってしまったのがつい先ほどのことである。

 

太陽は完全に沈み、丸い月が夜空を静かに照らす冬木の夜。

月光を遮る雲の代わりに、日傘のように高く伸びた木々の隙間から微かにあたりを照らす淡いが漏れるためか、

学園都市でも見られるような欠けた月が、まるで違った意味合いを持つように感じられる。

 

月を見て情緒的な感情に浸るほど、感情豊かではないと自覚しているが、それでも一方通行の瞳に写る月は異様な違和感があった。

 

(異世界つっても、常識的なところは全く変わらねェ、か)

 

これは空中散歩の際に観測してわかったことだが、重力も、風力も、可視光線の波でさえ、全て一ミクロの誤差もなく一方通行の能力は正常に『機能』していた。

つまり、ここの物理法則はそのほとんどがあっちの世界と変わらないということを示している。

ただ、一つ。

魔術という一点だけが向こうの世界とこっちの世界とでは『質』が違うものではないか、と一方通行は考えていた。

しかし、一方通行は魔術師ではない。

多少、ほかの能力者より知識はあるが、それも熟練者からすれば取るに足らないものであるということも一方通行は理解している。

 

これはただの勘だ。

だがこういった直感を無視するべきではないのも知っている。

 

しかし、このまま考えていてもらちが明かないのも真実だ。

 

(一番手っ取り早いのは、本職の人間に助言を仰ぐことなんだがァ)

 

そうして、視線を正面に向けると、銀色の髪を左右に揺れらすイリヤの確かな足取りが見える。

さすがに所有地で迷うようなことはないか、イリヤは暗闇の満ちた森の中を迷うことなく目的の場所まで歩いていく。

昼間の間抜けっぷりを考慮してわずかに心配していたのだが、杞憂に終わったようだ。

 

静かに胸を撫でおろし、一方通行は先導するイリヤに続くようにして注意深く進んでいく。

 

踏み均された道があるとはいえ、けもの道であることには変わりない。

敵や何らかの尾行を警戒して、城の一歩手前で着地したがそれもいらぬ心配だったらしい。

木の根や雑木林に足を取られぬように慎重に歩きながら、一方通行は何かをあきらめたように小さくため息を吐き出した。

 

結局、あれから一向に口を聞いてくれないどころか、こちらを見向きもしようとしない。

 

まるで蒸気でも発しそうな後ろ姿を見るかぎりまだ怒り心頭のようだ。

クソガキであれば甘い口約束一つで機嫌を直すのだろうが、あいにくこちらはレディを気取ったお嬢様ときた。扱い方など心得てなどいない。

一瞬、あのクソ生意気なバードウェイの顔がちらつき、あいつは違うなと思い直して、もう一度小さくため息を吐き出した。

そして面倒だとばかりに髪をかき上げると小さく息をついて、無駄とわかっていながらもイリヤに声をかける。

 

「おいクソガキ」

 

「……」

 

「おい!」

 

一向に返事が返ってくる気配はない。

もう一度、強めの声色で語り掛けるが、返事が返ってくることはなかった。

 

「チッ。いい加減に聞け」

 

それでも返事が返ってくる気配がないのを見て、さすがの一方通行も苛立ちが積もる。

 

そもそも、なぜこのクソガキのご機嫌を自分がとらなくてはいけないのか。

考えれば考えるたびに胸によくわからない不快感が積もっていく。

ぶつけようのない苛立ちに、小さく舌打ちするとため息交じりの声にうんざりしたような声色が混じっていった。

 

「ンでそンなに怒ってンだよ。そこまで怖くねェだろ、アレ」

 

そこまで言うとイリヤは突然足を止めたかと思うと、勢いよく振り返って一方通行を睨み返した。

その瞳には怒りの色が混じっており、どこか説教じみた声色が含んだ飛んでくる。

 

「もっと遅くしてって言った」

 

「……」

 

「もっとゆっくりって言った!!」

 

今度は一方通行が黙る番だ。

確かに、空中散歩の途中にイリヤがそんなことを叫んでいたような気がするが、わざわざスピードを遅くする必要性を感じず、無視してきた。

若干、大人げなかったか、と考えるが思考するだけで謝罪するという選択肢は一方通行にはない。

イリヤも一方通行の様子を見て、謝罪する気がないと分かると、ジッとこちらを睨みつけて恨み言を吐き続けた。

 

「バーサーカーは慣れてるから良いと思うけど、初めての私からしたら怖いんだからね!」

 

「……ンなもンかねェ」

 

「バーサーカーにはわからないだろうけど、高く飛びあがるたびに内臓がひゅっとなるんだよ!? ひゅっと!!」

 

「まァ意識のある人間を運んだのはこれがはじめてだったかもなァ」

 

過去の記憶を思い返しても、あれだけのスピードで他人を運んだ覚えはない。

そこまで呟いた一方通行の言葉に、イリヤは目を剥くようにして瞳を見開かせ、やがてわなわなと口を動かしてから大きく身を乗り出した。

 

「初めて!? あ、あんな危ない事を初めて私にやったの!? 信じられない!!」

 

「無事だったンだから文句ねェだろォ?」

 

「そういう問題じゃなーい!!」

 

「うるせェ。……おら、着いたぞ」

 

両腕を振り上げて身体全体でめいいっぱい怒りを表現するイリヤ。

ガキっぽく腕を振り上げるのはいいが、持っていた両手の荷物がガサゴソと音を立ててやかましいことこの上ない。

そんな彼女のわきを無視するように通り過ぎて、森を抜けたさき。一方通行は何事もなかったように「城」の前に立った。

 

遠目から見ても分かるほど、はっきりとした西洋風の城。

白と灰色のレンガが規則正しく敷き詰められており、窓の格子は五階まで美しく嵌まっている。そのすべてに明かりがともっており、さながら不夜城と言っても差し支えない。

それが森の奥に一つ寂しく建っているのだ。

廃墟に見えなくもないが、明りの灯る城の中はおそらくメイドたちの手で美しく整えられているのだろう。

あの倉庫でさえ埃一つなく掃除されているのだ。であれば、普段使うような生活圏内にほこりなど存在するはずない。

この角度では見えないが、空中散歩のときに見えたぶんには建造物は凹字型になっており中央のへこみ部分が中庭になっているようだった。

そして、改めて正面から見上げる城は圧巻の一言に尽きた。

絵本の中から飛び出してきた、と言えばいいのだろうか、一方通行自身こういった建造物は資料でしか見たことがなく実際目にするのは初めてだったりする。

 

(魔術師ってのは何事もかたちから入るもんなのかねェ)

 

学園都市出身の一方通行からしてみれば、ただ装飾に彩られた建造物より利便性に富んだビルのような建築物の方がまだ理解できる。

古風を矜持とする魔術師のことだ。

利便性などより伝統を重んじるようなイメージはあながち間違いではないだろう。

そうして、横目でイリヤを盗み見ると、未だに怒りの色が薄れていないイリヤと視線があって一方通行は小さく嘆息した。

 

(俺の主人がこンなガキだっていうんだから世も末だな)

 

その様子が気に入らなかったのか。イリヤは再び両腕を掲げて一方通行に向けて拳を突き出した。

ガサガサと両手に持つ荷物が擦れれる音と小さな衝撃が断続的になるなか、一方通行はしかめっ面で今度こそはっきりと聞こえるようにため息を吐き出した。

 

「うぜェ。そンでさっさと開けろ」

 

「バーサーカーはレディファーストとか女性に対する概念はないのかな!?」

 

「もちっと成長してから言いやがれクソガキ」

 

鬱陶しい小さな打撃を腰に受けながら、一方通行は面倒くさそうにその手を払って、イリヤを一瞥する。

その視線の意味を察したのか、さらに不機嫌になるイリヤは頬を大きく膨らませて、一方通行を睨んだ。そして、

 

「もぉーーバーサーカーのいじわる!!」

 

そう叫んだ後に、何かをあきらめたようにため息交じりの吐息を漏らして淑女にあるまじき勢いで扉に手を掛ける。

そうして、勢いに任せて豪勢な扉をあけ放つと、そこにはアホメイドとクソメイドが気品よく立っていた。

 

「御帰りなさいませお嬢様」

 

「お帰りイリヤ。それとバーサーカー」

 

「うん! ただいまセラ。それとリズ!!」

 

先ほどまでの怒りはどこへやら、子供らしく元気よく返事を返すイリヤにその言葉に恭しく礼をするメイド二人。

甘ったるい会話などどうでもいいが、一方通行はメイドたちのある動作に気が付いて、小さく不敵な笑みを浮かべた。

 

一見、甲斐甲斐しくイリヤの世話を焼いているように見えるが、片時も一方通行への警戒を怠っていないようだ。

初めて対面した時ほど殺気は感じられないが、それでもこちらに注がれる視線が鬱陶しい。

一人がイリヤの会話に対応してもう一人が一方通行を監視する。

それを無言で交互に行い、なおかつ自然体でふるまっているのだ。

まるで、一方通行の一足挙動にいつでも反応できるような体勢で。

加えて言えば、セラの右手がひそかに白いエプロンの方に移動しているところから、大方、武器の類でも仕込んでいるのだろう。

 

(まぁ、当然か)

 

妥当ともとれる彼女たちの警戒態勢に、一方通行は小さく納得するとあえて気づいていないように視線をそらした。

そんな二人の様子もつゆ知らず、自分の持っていた荷物を二人のメイドに預けるイリヤは、ごく暢気なものだった。

一瞬、このメイドたちの方がまだ使えるのではないか、と脳裏によぎったがそれを口にするような愚行は侵す一方通行ではない。

二人の視線を無視するかたちでただ黙って案山子とかしていた。

さっさと座って情報を整理したい、という欲求にかられるが、どうもメイドとクソガキの話が思いのほか盛り上がっており、さすがの一方通行もそれを無視していくわけにいかない。

一応、先ほどのキャスターの戦闘は他言無用にするようくぎを刺してはいるがこのクソガキのことだ。

変なテンションでポロッと情報を漏らしかねない。

めんどくせェと内心呟き、遠くを眺めていると幼い声がこちらに飛んできて、一方通行は視線だけをそちらに向けた。

 

「あン?」

 

「だから、今日は結構冷え込んだね、ってそもそも聞いてたバーサーカー?」

 

「いちいちくだらねェ話題を俺に振るンじゃねェよ」

 

「えーでも寒かったでしょ? 新都あたりは晴れてたから暖かかったけど、夕方はすっごく冷え込んでたし。ほら、しもやけ」

 

「だからいちいち見せンな」

 

緊張が解けたのか、大きく伸びをしてから両手を掲げて見せてくるが、確かに指先は少し赤みがさしているがたいした問題ではない。

一方通行は付き合いきれず適当に吐き捨てメイド二人の間をわざと抜けて一足早く城内に入った。

多少、不機嫌そうなイリヤの面を視界の端で捉えたが、さして反応する必要もないだろうと、判断して一方通行は大きくあくびを一つ打つ。

そんな一方通行を汚物でも見るような目で一瞥するセラが器用に表情を変えイリヤに微笑みかける姿もしっかり視認したのち。丁寧に玄関口の扉を閉める音が聞こえた。

 

「では、お嬢様。お食事の準備ができていますので、参りましょうか」

 

「イリヤれっつごー」

 

「うん。バーサーカーもいこっか」

 

セラを先頭にして進むイリヤ一行。

はしゃいぐイリヤの声を耳に、ようやく一息つけると小さく安堵の息をつく一方通行はセラとイリヤの後に続くように視線だけ動かして彼女達の後を追う。

その一方通行とセラがちょうどすれ違う一瞬。

予期せぬ衝撃を肩付近に受けて一方通行はわずかによろめいた。

理由は単純明快。

セラの肩が一方通行の肩にぶつかったためだ。

途中、不思議そうにこちらを見てくるイリヤとリズの顔が見えたが、一方通行は顔をひきつらせてクソメイドの後ろ姿を睨みつけた。

その一連の出来事に対して気も留めずイリヤを食堂に促すようにして笑顔を浮かるセラ。

あえて、一方通行に肩をぶつけてそのまま食堂の方へと進んでいったと認識するのにそう時間はかからなかった。

 

あきらかな嫌がらせ。

その行為に対して一方通行は、

 

「あンのクソメイド」

 

誰にも聞こえない声で小さくつぶやくが、

 

「バーサーカー!! はぁーやぁーくぅ」

 

「鬼さんこちら手のなるほうへ」

 

イリヤの後ろを押すリズのメイドにあるまじき間抜けな声と、まるで幼児のようなテンションで手招きするイリヤを見て、一方通行はぶつけ所のない怒りを無理やり胸のうちに収めた。

 

まったく、慣れない。

 

普段の生活ならば、小さなガキと大きなガキの二人に振り回される程度で済んだのだが、こうもやかましいとこっちの調子が崩されて仕方がない。

思考を振り払うように大きく首を左右に振り、一方通行はゆったりとした歩調でイリヤの後を追う。

そこまで観察していた途中、セラがこちらを射殺さんばかりの勢いで睨みつけていることに気付いて、一方通行はそれを無視してイリヤの後に続いた。

 

城。

というだけあって長い階段を上った先にあるのは、無駄に長い廊下だった。

壁際に飾られた装飾も宝石のように磨かれており、大理石の床を照らす淡い光がまぶしく光る。

しかし。

健康なイリヤやメイドたちはいいとして、杖付きの一方通行にしてみればかなりつらい。

途中、一方通行が遅れているのに気づいて、階段を上っている最中に立ち止まってはこちらを待ってくれるのだが、

嫌味な表情を顔面に張り付かせ小さく鼻を鳴らすセラの姿はまさに愉悦に富んだものだった。

まるで番外個体のような態度に、思い出すだけで苛立ってくる一方通行は一瞬、どうしてやろうかなどと頭をめぐらせた。

しかし前方から聞こえてくる声。特にイリヤと楽しそうに会話する彼女を見て、考えるのが馬鹿らしくなり小さくため息を漏らした。

 

とりあえず、いい趣味してるな、と口には出さずに胸の奥底で呟くだけにとどめておいた。

 

そうこうして、イリヤとメイドの二人の後に続く一方通行は先頭を歩くイリヤについていくように距離を取る。

何も気まずいわけではない。

単に巻き込まれたくないだけだ。

 

一方通行からしてみれば、まだまだ信用できない部分もあるし、なにより情報が足らなさすぎる。

出会って一日で仲良しこよしができるんであれば、世界はもっと単純だろう。

そうでないからこそ、どこかしこに汚い人間が出てくる。

ちょうど自分のような。

そこまで考えた一方通行は、ふと顔を上げて窓の外を凝視したのち、廊下を一瞥した。

外は暗がりではっきりと見えないが今朝見えた景色によく似た光景だ。

周りが森ばかりの景色に『よく似た』という表現はおかしいが、窓の外に見える特徴的な木々の並び方が今朝みた木々に酷似している。

そして一方通行の記憶が正しければ、あとはここを直進したのち、左手にある大きな両開きの扉をくぐれば今朝の食堂についたはずだ。

 

もう案内は不要だろう。

 

そう判断すると、一方通行は午後の出来事に花を咲かせる女どもの横を素通りしようとする。

その途中。

あえて機会を計っていたようなタイミングでセラがとんでもない方向へ会話を切り替えた。

 

「それより、お嬢様お怪我などはありませんか? 主にこの白モヤシなどに変なことをされませんでしたか?」

 

「……おいクソメイド。よっぽどミンチになりてェみたいだなァ」

 

「あら、いたのですか。失礼しましたモヤシ様」

 

このクソメイドは本当に人の神経を逆なでするのがうまいらしい。

こちらに視線を飛ばしながらひょうひょうと語るところを見ると、行為らしい。

 

思わず伸びた電極の手を理性でとどめるのに苦労した。

 

しかし、セラの心配とは裏腹に、何のことかわかりかねるイリヤは、頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げた。

 

「? ううん。すっごく楽しかったよ」

 

「そうですか。それは本当によかったです。では、夕食の準備が出来ていますので」

 

「うん。部屋に戻ったらすぐ行くね」

 

そう言って、クソメイドは冗談でなく本気の様子で胸を撫でおろすと、リズと一緒に規則正しく食堂の扉の前で立ち止まった。

そして恭しくイリヤに目礼すると、至っていつも通りといった様子でイリヤも頷き返した。

どうやら、二人のメイドが付き添うのはここまでのようだ。

本来のメイドであるなら、主人の着替えから世話までが彼女らの仕事であったような気がするが、どうやらこの辺りは独自のルールらしい。

 

従者が必ず一人主人の傍につく。

護衛を兼ねた巡回体制なのだろう。

セラとリズはどちらがイリヤについていくのか話し合っている最中だ。

 

その様子を観察していた一方通行は、関係ないと切り捨てさっさと食堂に入ろうとしたとき、イリヤの呼び止める声が廊下に響いた。

正確には一方通行ではなく、セラの方に。

 

「――あっ、待ってセラ」

 

「なんでしょうかお嬢様?」

 

呼び止められた本人も驚いた様子で、食堂に入ろうと取っ手に手をかけた格好で止まっている。

そんなイリヤは駆け寄るようにしてセラの方へ近づき、彼女の腕から茶色い紙袋を取り上げた。

その紙袋を見てなにをしたいのか見当がついたが、口に出せばあとで何を言われるか分かったものではない。

一方通行は静かに口をつぐみイリヤの行動をただただ眺めていた。

もったいつけるように時間は流れ、セラとリズは何事かと疑問符を浮かべながらお互い顔を見合わせていた。

が、やがて意を決したのか顔を赤らめるイリヤは改めて、セラたちに紙袋を差し出した。

照れ隠しの言葉と共に。

 

「へへ~ジャーン! はい、セラとリズにおみやげ」

 

「お、おみやげ・・・・・・ですか?」

 

戸惑いの声を上げるセラの声に、イリヤは大きくうなずいて気恥ずかしそうに頬を掻きだした。

 

「うん。久しぶりの外出だったし、私だけ楽しんじゃうのもあれかなって思って」

 

ほんのりと上気した顔色をごまかすように笑みを浮かべるイリヤ。

あれだけ悩んでおいてよく言うとは思うが、本人にてみればかなり心配だったようだ。

買い直しは面倒だったので身近な店で選んだ品だが、何度もこのお土産でいいかな、などと一方通行に確認を取ってくるのだ。

本来、そういった心配事とは無縁だった一方通行は何とも言えず、適当にアドバイスしたのを覚えている。

その途中、柄でもないことを言ったような気もするが、忘れてしまった。

 

そんなイリヤの心配とは裏腹に、リズは待ちきれないような反応でセラの方へ近づくと、紙袋の中身をのぞき込むような格好で彼女に密着した。

 

「セラ。何が入ってるの。早く開けて」

 

「あ、はい。えっとこれは――」

 

せかされるようにリズの声に反応して丁寧に紙袋を開けるセラ。

そして中身を取り出す白く細い右手には、

 

「タイヤキ、ですか?」

 

「おお~。なんかおいしそう」

 

冷めきってはいるが型崩れはしていないようだった。

リズの歓喜の声に、イリヤはしてやったりというような嬉しそうな表情で笑いかける。

 

「へへ~。気に入った? 一方通行が買ってくれたんだよ」

 

「俺を勝手に巻き込むな。テメェが勝手にせがンできたンだろォが」

 

「えー、でも。お前が送られてよろこぶものだったらなんでもいいじゃないか、って言ったのバーサーカーじゃない」

 

そう言って、自分の両の目尻を両手で上へと引き上げ、こちらを見上げるイリヤ。

それは一方通行の真似なのだろうか。それともおちょくっているのだろうか。

どちらにせよ腐っても似ていないし、なにか苛立つものはあったので、取り合えず有無言わさずイリヤの元に近づくと、その頭部に問答無用の手刀を加える。

 

「いったー!! ちょっとバーサーカー。照れ隠しにレディの頭を叩くのはどういうつもり!!」

 

その手刀に、大げさに声を上げて頭頂部を押さえて痛がるイリヤ。

その目じりには僅かにな涙が浮かぶが、一方通行はそれを無視して、小さく舌打ちする。

 

「テメェが下らねェこと言うからだろォが」

 

「えー絶対言ってたんだけどなー」

 

ブーと唇を尖らせるイリヤは、なかなか反応の帰ってこないセラの静かな挙動に気が付いて、おそるおそる彼女の元に駆け寄る。

一方通行も、殺意がなかったとはいえイリヤに危害を加える行為をしたにもかかわらず、反応を返してこないセラに眉をひそめて彼女を見た。

 

心配そうに眉根を下げ、下からのぞき込むようにセラの反応を待つイリヤの声が僅かに頼りない。

 

「やっぱり、もっとちゃんとしたお菓子の方がよかった?」

 

「いえ。すみません。・・・・・・そうですか。私どものために。ありがとうございますお嬢様。それと白モヤシ」

 

僅かな独白の後にタイ焼きを大層、後生大事に抱え込み、礼を述べるセラ。

あれだけのことをやって、嫌われていると思ったが、まさか彼女の口から自分に対して礼の言葉が来ると思っていなかった一方通行は少なからず目を見張って彼女を見た。

そして、そんな彼女の様子に少なからず違和感を感じた。

 

(ンだ。この違和感)  

 

しかし、思考の端によぎった違和感はリズの陽気な声にかき消されてしまう。

 

「ねぇセラ。早く食べようよ」

 

「ダメですリズ。これは夕食の後に頂くとしましょう」

 

「リズのケチ」

 

「ケチではありません。夕食が入らなかったらどうするつもりですか」

 

ブーブーとヤジを飛ばすリズを無視して、屈託のない笑みをを浮かべるセラの様子を見て、イリヤはホッと胸を撫でおろして大きくうなずいた。

 

「うん。じゃあバーサーカー。私は先に部屋に戻ってから食堂に行くから」

 

ああでは私が、とリズの代わりについてこようとするセラにイリヤは「私一人でできるから」とやんわりと断ってから、一方通行の方を見た。

その表情はどこか誇らしげで自信に満ちた喜びを絵にかいたような笑みだ。

どうやら、子供じゃないとでもアピールしたいのだろうか。

その行為自体が子供なのだと指摘してやりたいが、面倒くさくなって一方通行は小さく返事を返すだけにとどめた。

 

 

    

 

 

一方通行が扉をくぐるとそこには今朝、イリヤと食事を共にした食堂が姿を現した。

まず初めに目に飛び込んで来たのは中央にある食卓だった。

料理一つ運ばれていないにもかかわらず、今朝見た時とは違う雰囲気がそこにはあった。

柔らかなシャンデリアの明かりが部屋全体を厳かにそして、優しく照らしだし、その真下。

清潔に保たれた白いテーブルクロスの上に四つの燭台が灯り、砕いたはずのダイニングテーブルが息を吹き返したように中央に変わらず鎮座している。

 

装飾品一つでここまで変わるのかと逆に感心したくなる。

そしてそれを整えたであろう従者にも。

 

学園都市にいると、どうしても機能性を重視してしまい周りの雰囲気や感傷といったものを気にしない節がある。

だからこそ、初めて触れるであろう高貴な雰囲気に一方通行はいたく感心しているのであった。

 

朝も昼も夜もすべて炊飯器で調理してしまうあの体育教師にも見習わせてやりたいものだ。

 

「ねぇバーサーカー。イリヤとお出かけどうだった?」

 

「――あン?」

 

年季の入った扉を静かに閉めた音を耳にした後、後ろにいたリズが唐突に口を開いた。

五月蠅いクソガキが消えたことでやっと静かに休めると思った矢先のことだったので、不機嫌ながらも一方通行はリズの方へと気だるげに視線をやった。

若干棘のある口調でリズの方へと振り返るも、たいして怯みもせずジッとこちらの言葉を待つリズを見て一方通行は眉を顰め、どう対応するか頭を悩ませていた。

 

主人に敵意を見せた相手にも拘わらず、セラというクソメイドに比べて、このアホメイドは自分自身に対しての警戒心というものがあまり感じられないのだ。

 

基本、そういった悪意から来るコミュニケーションのほうがまだ幾分か慣れている一方通行にとって、曖昧な警戒心というのは逆にやりにくかったりする。

 

(主人も主人なら従者も従者だな)

 

先ほど城に帰宅した際も、イリヤの様子を見て小さく安堵したような雰囲気を見せた以外、これといった感情の発露は感じられなかった。

その道中も、一方通行を常に警戒しているはセラだけで、時折こちらに向けるリズの視線はよくわからない色をしていた。

 

しかし、いま彼女から向けられている視線の意味だけははっきりと分かる。

 

純粋な興味。

 

そして、クソガキと同じように最後まで話さないと付き纏うと言っている目でもある。

正直に言えば面倒だ。

 

「……事後報告だったらあのクソガキから聞きゃいいだろ」

 

「イリヤからは楽しかったと聞いてる。でも、私はバーサーカーから見たイリヤの様子を私は聞きたい」

 

つけどんに言い放つが案の定、それでは納得しないのか食い下がってくるリズ。

一歩一歩、近づいて距離を詰めてくるそれはもはや脅迫だ。

 

無機質にこちらを見つめる瞳に一方通行も目をそらさずにらみ返すが、あと一歩で体が接触する距離まで詰め寄られる。

互いに視線だけがぶつかり合い、そうしてしばらくにらみ合いが続いた後、先に折れたのは一方通行だった。

 

小さく、そして面倒くさそうにため息を吐き出すと、その仕草に納得したように鼻を鳴らすリズは、誇らしげに口元をゆがめて一歩だけ後ろに下がる動作をした。

しかし、それでも身体からにじみ出る催促だけは隠す気はないらしい。

あまりにも突然の質問と、彼女の興味津々といった様子に呆気にとられた一方通行は一瞬言葉に詰まるが、今日一日の出来事を思い出して、何気ない風に口を開いた。

 

「喧しいったらありゃしねェなアレは」

 

「やかましい?」

 

首をかしげるリズの顔に一方通行は静かに首肯すると、リズに背を向けてダイニングテーブル方へ歩いていく。

リズもそれに倣って一方通行についていくが、一方通行がテーブルの上に腰を預けたのを見届けて静かに立ち止まった。

 

「それはイリヤが悪い子だったってこと?」

 

「……そォだな。下見に関係ない店に入ったかと思えば、あれが欲しいだの、これは似合うか。うざいったらありゃしねェ」

 

「それで?」

 

「買ってやれば、うるさくはしゃぎまわるは何も言わなければブーブー文句を垂れるはで手が付けらンねェ」

 

そこまではっきり断言してやると、リズは意外といった風な口調で声を漏らした。

 

おそらく、あのクソガキはメイドたちの前ではいい子でいようと努めていたのだろう。

想像できない、とでも言いたげな口調でこちらを見つめるリズの瞳を眺め、一方通行は小さく息をついた。

 

まぁ、このメイドの反応はある程度想像できていた。

なにせ、イリヤはあまりにも外に対しての知識が無知すぎるのだ。

それは関心がないからではなく触れる機会がなかったからだろう、と一方通行は考えている。

先ほどもイリヤ自身が言っていたが外に出ることはほとんど稀なのだ。一般的な菓子の名前すら知らず、有名店のロゴすら知らない。

良い言い方をすればお嬢様、と言えなくもないが、あれがお嬢様で収まるほど大人しい器でないことはこの半日で十分理解している。

では、外に出ていない間は何をやっているか。

それこそ、一方通行にとって容易に想像のつく簡単な答えだ。

 

つまるところ『お勉強』だろう。

 

なにせ、ひと昔の自分もそうだったのだ。

幼少期を実験と学習に費やし、目的のためにその他一切を切り捨てる。

そうなれば、『いい子』に自分を置き換えて、『お勉強』に励むしか自分を確立する手段がないのだ。

自分はそこまで『いい子』になる必要性はなかったからこそ、いまこうして『杖』を付く羽目になっているが、あのクソガキは違ったのだろう。

周りに迷惑をかけまいと周りには『いい子』である自分を見せていたのだ。

目の前のメイドの言葉が何よりの証拠だ。

 

しかし、リズの驚きはすれど、否定や拒絶の感情が見られないところを見ると、あのクソガキが自分を押し殺してまで『いい子』でいようとしていることは知っているようだ。

 

自分の幼少期を曖昧にしか思い出せない一方通行は、小さく息をついてテーブルの上で足を組みなおした。

 

思い返せば、あれだけ振り回されたのは久しぶりだったような気がする。

学園都市にいたときは小さいガキと大きなガキに振り回されていたが、あれでも姉妹だ。その趣味嗜好は似通っており、まだ御しやすかった。

そう考えると、脳裏に浮かぶ銀髪の少女はまた違ったベクトルで御しにくかったな、と思い直す。

 

すると、その思考を割くかのように、リズが自分を呼ぶ声が聞こえ、一方通行は視線だけをそちらに向けてリズを見た。

表情の読めない能面だが、その顔には意地の悪い色が浮かんでいるように思えた。

 

「ねぇ、バーサーカー」

 

「……あン?」

 

「楽しかった?」

 

「ンなわけねェだろ」

 

そこだけ即答してやると、今度は口元を隠してリズはクスっと小さく笑い声を漏らした。

それを聞き逃す一方通行ではなかったが、さっさと会話を切り上げたいのでとりあえずスルーする。

 

「そっか。バーサーカーだとそうなんだ」

 

意味ありげな言葉を呟くリズは、どこか嬉しそうに身体を左右に揺らすとこちらに一度目配せをしてきた。

どこかむずかゆくなる視線。

一度、どこかで向けられたことのある視線に一方通行は堪らず視線を逸らすと、リズの方からもう一度笑い声を押し殺したような声が聞こえてきた。

そして、しばらく独白の時間が流れた後、リズが堪らずといったようにポツリと小さく息を漏らした。

 

「いいなぁイリヤとお出かけ。私も行ってみたい」

 

イリヤと買い物でもしている様子でも思い描いているのか。何気なく口にした言葉はどこかかなわぬ夢のようにも聞こえる。

独り言にしてはあまりにも大きな独り言だ。

そしてあまりにも抑揚のない、押し殺したような声だ。

再び、視線をリズの方へ戻してやると、少し俯き加減で表情に陰のあるリズの顔が見える。

足元に視線を落とし、静かにそして小さく笑みを浮かべているように見えるその表情は、どこか何かを押さえつけているようにも見えなくない。

しかし、そんな彼女に救いの手を差し伸べるほど自分は善人ではない。

そのことを自覚している一方通行は、黙ってその様子を眺めているだけだった。

 

だが、このまま時間を空費するのも得策ではないのもまた一理ある。

バッテリーの充電方法を確立したにせよ、問題はその充電方法だ。そう何度も頻繁に接触してはメイド二人に怪しまれる。

いまは現状を整理するためにも一つでも些細な情報が欲しい。

 

返してやるべきか悩んだ末、このまま時間を浪費するのも無駄だと判断した一方通行は、自分の状況を呪うようにして小さくため息を吐き出し、何気ない口調でリズに語り掛けた。

 

「・・・・・・テメェも行きゃいいじゃねェか。クソガキは嬉しそうだったぞ」

 

はじかれた様にこちらに顔を向けるリズ。

その表情は呆気にとられた間抜け顔だったが、すぐに元の無機質な表情に戻り、ゆっくりと首を二回横に振った。

 

「ダメ。私たちは仕事があるから。それにあんまり動くと死んじゃう」

 

「あン?」

 

唐突に飛び出た単語に一方通行は怪訝そうに眉を顰め、一瞬だけ間をおいて考えついた可能性をたいして気にもせずに聞き返す。

 

「病気持ちか?」

 

「ううん、違う」

 

今度ははっきりと首を左右に振るリズの方から

 

「私達の身体は普通の人間と違うから」

 

淀みのない言葉がはっきりと告げられた。

 

これでも学園都市『元』第一位だ。

頭の出来には自信がある。

もうすでに壊れてしまった頭脳ではあるが、それでもいまの一言を脳が処理するには時間がかかった。

 

「私、たち? ……おい、それはなンのことだ」

 

「あれ? イリヤから聞いてない?」

 

それこそ意外、とでもいうような口調が静かに室内に溶け、リズは一方通行に顔を向け自分自身を指さした。

 

「私たちはホムンクルス。アインツベルンの目的のために作られた人形」 

 

「――っ! 冗談にしちゃあ笑えねェな」

 

「本当だよ。私とセラはイリヤの代わり。詳しくはイリヤの口からじゃないと言えない」

 

あまりにもあっさりと吐露する真実に一瞬だけ言葉を詰まらせるが、何でもないようにリズはさらっと頷いた。

まるで事務報告でも聞いているような、それでいてどこか聞き覚えのある声色に、一方通行の脳裏に『とある記憶』がよぎった。

 

「そいつが真実だっつー証拠はあンのか」

 

「証拠なんて無い。私たちが存在する。あるとすればそれが証拠かも」

 

らちが明かない。

そう判断した一方通行は、考え方を変えて核心をつくような『話題』を切り出す。

 

「お前の言うことが真実だとして、お前自身はどう思ってるンだ」

 

「私は与えられたことをするだけ、そこに感情は存在しない」

 

そのありままの姿に一方通行は歯噛みする。

こいつは()()()言っ()()()()

 

一方通行の直感がそう告げた。

 

そして、やっとわかった。

いままでリズやセラを見ていて引っかかっていた原因が。

そう。あまりにも似ているのだ。

実験のためなら命すら投げ出そうとするあの『実験動物』に。

向かう先が死だとしても一切を投げ出そうとするその瞳。

そうなるのが当然とばかりに行動する。

言いきれてしまう思考回路が。

 

似ている。  

なにもかもが()()()()()()()()()()

 

「・・・・・・ッ」

 

そして、そこにいるのが命令をただただ実行するだけのたんぱく質の塊だと思っているクソ野郎がいるという真実に。

胃の奥が。

胸の奥が。

一方通行のうちに宿る細胞のすべてが、うねるようにねじり切るようにとあるが支配していく。

 

(ふざけんじゃねェぞ!! こんなとこでも妹達(シスターズ)みてェに、くだらねェ目的のために使い潰される命があンのかよ!)

 

力任せに振るう右手がダイニングテーブルを揺さぶる。

その叩きつきた右手が熱を持ったように熱く痛み、その痛みがまるで罰のように一方通行を責め立てる。

 

「どうしたのバーサーカー? テーブルなんて叩いて」

 

「いいや・・・・・・なンでもねェ」

 

食いしばる歯が軋む。

暴れ狂う怒りを抑え込むので精一杯で、心配そうにこちらを見つめるリズのことなどに構っていられない。

今にも解き放ちたくなるこのどす黒い感情を目の前の『少女』にぶつけないために。

 

ここにいるのは妹達ではない。

ホムンクルス。

人形と名乗る赤の他人だ。

 

同情するほどの情もなければ

まして知り合って一日もたっていない。

 

こうして一分一秒と時間が経過するたびに人が十人単位で人が死ぬ世界で。

それこそ自分自身が殺した贖罪の対象でもなければ、放っておいたとしても問題のない『いのち』。

よくある事だと切り捨てることなど容易だ。

 

ゆえに、一方通行が怒り狂う理由はない。

切り捨ててしまえばいい。

 

それでも。

一方通行は痛む右手をゆっくりと開いて手のひらを見つめる。

忘れてはならない記憶が確かに、鮮明に映し出される。

 

そしてその掌が、自分のものではない白く細い両手で包まれていくのが見えて、一方通行は振りほどくように添えられた手のひらを払う。

 

「私とセラは人形。でも、イリヤはちょっと違う」

 

「それは、どういうことだ」

 

いつの間にか接近を許していたのだろう。僅かに視線を上げ、リズを睨みつける。

変わらず動かない能面は、それでも一方通行に視線を送り、まるで何かを訴えかけているように口を開き続ける。

 

「イリヤは私たちとは違う生まれ方をしてる」

 

魔術にそれほど詳しくない一方通行に、生まれの違いなど分かるはずない。

そのことはリズも分かっているのだろう。

あえて詳しい説明をすることなく、実直な答えを口にした。

 

「そう。イリヤはホムンクルスの練成という過程ではなく、ホムンクルスの『出産』という形で生を受けてる」

 

一度言葉を区切るリズ。

俯き、それでも口にする言葉には力があった。

 

「だから、イリヤは人形に近いけど、絶対に違う」

 

はっきりと。

それこそが自分が伝えたいことだと言わんばかりに断言する。

 

それはある種の否定。

自分たちの存在を肯定し、イリヤという『物』の在り方を否定する言葉。

そして、その言葉に込められた意味は――。

 

圧倒的なまでの自己犠牲。

 

そこまで聞いて、一方通行は彼女が何を伝えたいのか、ようやく理解した。

支離滅裂。それどころかなぜ今になってこんな話題を振ったのかすら理解できない。

 

それでも彼女の奥底にある、『彼女たち』には無い『思い』だけは、理解した。

 

「私たちは人形でいい。でもイリヤは、あの子は――」

 

「もう、いい。喋るな」

 

無理やり言葉を紡ぐ小さな唇を右手で覆う。

突然のことで驚いたのか、身体を少しのけぞらせるリズだったが、柔らかく暖かい両手が一方通行の右手をやさしく外す。

 

「ぷっは。ねぇバーサーカー?」

 

「あン? なんだよアホメイド」

 

無機質な双眸がまるで一方通行のすべてを飲み込んでしまいそうで、

それでいてその色はどこかあやふやに見える。

 

顔を近づけてくるリズは、まるで不思議そうに首をかしげながら疑問に思っていることを口にした。

 

「どうしてそんなに悲しそうな顔してるの?」

 

「悲しいだァ? ・・・・・・人形に感情なんてもんがわかンのかよ」

 

皮肉気に口元をゆがめると、リズは小さく小首をかしげて、首を横に振った。

 

「私にはよくわからない。けど、バーサーカーの顔は悲しそう。そんな気がする」

「ハッ! それだけわかってりゃあ、テメェは人形なンてもンじゃねぇよ」

 

『人形』らしからぬ物言いに、一方通行は鼻で笑う。

それでも、一方通行の言いたいことが理解できないのか、リズは不思議そうな瞳でもう一度首を傾げた。

 

「? 私はアインツベルンの人形。それは変わらない」

 

そこまで言われて一方通行は抑えようもない殺気を解き放った。

それは、もはや敵に向ける『それ』と何ら遜色もないものを。

今までの空気が、音が一瞬で色を失くす。

リズもそれを直感したのか、わずかに身を固めて驚いたような目つきで一方通行を見た。

低く、冷たい声が滑るようにリズの喉元にあてられる。

 

「おい、アホメイド。これ以上俺の前で自分の事を人形と言ってみろ。次はキレイに、殺してやる」

「・・・・・・わかった。言わない」

 

自身の首に一方通行の片手がかかっていることを見届け、リズはゆっくりとそして誓うように頷いた。

その言葉を聞き届けた一方通行も、リズの瞳を一瞥したのち、小さく舌打ちし伸ばした右手をゆっくりと引かせた。

そして、らしくないとばかりにリズから顔を背けた。

 

「……なァ最後に一つ聞かせろ」

 

「いいよ」

 

短く返事を返すリズの声を聴いて。一方通行はひどく不機嫌そうに眉根をひそめて、とある仮定を躊躇なく口にした。

 

「クソガキが死んだらテメェ等はどうなる」

「私たちはイリヤのバックアップ。だから、イリヤが死ぬと私たちも死ぬ」

 

そうなるのが当然とばかりに淡々と言い切る。

その口調は数分前に、イリヤと戯れていた彼女から比べれば恐ろしく硬く冷たい響きを伴っていた。

しかし、すぐに表情を柔らかくすると、

 

「でも、そんなことはさせない。だって、私はイリヤが大好きだから」

 

そう言って、胸の前で小さく拳を握ってやる気をアピールする。

そして、能面の表情を僅かばかり崩して、それにと続けて、扉近くにチラリと視線をやった。

 

「それにセラもきっと私とおんなじ気持ちだと思う」

 

そこにはいまだにクソガキから受け取った土産を大事そうに抱えて呆けているクソメイドの姿があった。

その姿を一瞥すると、一方通行は仕方ないとばかりに肩をすくめて小さく息を吐き出した。

 

「そうか。・・・・・・テメェは、あそこで突っ立てるクソメイドより優秀なンだな」

 

「そう。わたしはセラより優秀」

 

ふふん、と胸を張り皮肉気に言った言葉を真に受けるリズ。

こういった所も似ている、と口には出さないが胸の内で呟くと、突然リズが一歩こちらに歩み寄って顔を近づけてきた。

 

「……ンだよ。まだなにかあンのか」

 

「ねぇバーサーカー。バーサーカーはイリヤのために戦ってくれる?」

 

顔が触れるか触れないか、

そんな距離まで顔を寄せ、唐突にかけてくる言葉に、一方通行はもう一度彼女の言葉をあざ笑うかのように鼻を鳴らした。

 

「はッ。この俺がクソガキのために働くだァ? 誰があんなクソガキの目的のために戦うかよ」

 

右手をひらひらと動かして、強引に話を切り上げようと体を預けていたダイニングテーブルから動き出そうとするが、突然一方通行の右手が柔らかいものに包まれた。

それはリズの両手だと理解するのに時間はかからなかったが、一方通行の鋭い視線を受けても離そうとしない。

 

「待って。さっきの話、無理矢理イリヤに聞こうとしないで。イリヤに傷ついて欲しくない」

 

「・・・・・・いいから手を離せ」

「お願い。約束」

 

ジッとこちらの返答を待つリズの視線に、一方通行は鬱陶しそうに見返し、

やがて。

 

「・・・・・・。――あぁ」

 

小さく根負けするようにつぶやいた。

 

「うん約束。じゃあバーサーカーはそこに座ってて。私はセラを起こしてく」

 

「……ああ、さっさとしろ」

 

そうして一方通行の手を放し、パタパタと放心状態のクソメイドを押して食堂のキッチンの奥へと消えていくリズ。

その姿を見送り、一方通行は乱暴に用意された椅子を引いて、勢い良く腰を下ろした。

どこか満足げな雰囲気を勝手に醸し出して消えていったメイドのことを一瞬だけ考え、

ギシりと軋ませる椅子の音を耳にして、一方通行は体のすべてを椅子に預けて小さく息を吐き出した。

そして、薄く瞳を閉じると足を組んでから忌々しそうに小さく舌打ちした。

 

(・・・・・・クソッタレが。ここでも、こンなくだらねェ事のために使い潰される命があンのかよ)

 

暗転する視界の中、一方通行は忌々しそうに胸中で呟き、とある実験に思いをはせる。

脳裏に、あの幼き少女たちの笑顔がちらつき、一方通行はもう一度小さく舌打ちした。

 




どうも、川ノ上です。皆さんお久しぶりです!!

突然の引っ越しとネット回線をつなぐのに多大な時間を要し、気付けば二か月。
本当に申し訳ありませんでした!!

気を揉んでお待ちしていただいた読者の皆様。
今後はこのようなことがなきよう細心の注意を払っていく所存ですので、どうかお許しください。

そして、今回は二話分のお話を一括で投稿させていただきました。
愉しんでいただければ幸いです!!

それでは今回はこの辺りで筆を置かせていただきます。
感想、ご指摘、評価のほどを頂けるのであれば、よろしくお願いいたします。
読んでいただきありがとうございました!!

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