呉の提督
あれだな。アニメそっくりだ。
俺は呉鎮守府の港に降り立ちながら思った。
赤いレンガ、赤いクレーン。でかい工蔽。そして木造製の学校のような建築物に校庭、管理の行き届いた木々達。
「……鎮守府だな」
「そや。正式名称は第三呉鎮守府っちゅーがまあそこら辺は置いといてもかまわんやろ」
「ふーん…」
悪いが龍驤の言葉は耳に入ってこない。久しぶりに感じる大地を踏みしめる感覚になんとも感慨深いものを感じているからだ。なんか夢だからか普通に海面滑ったりしてたもんな。夢だから当たり前か、深海棲艦なんだし俺。深海棲艦は海滑れるものだもんな。溺れたけど。
ちなみに港には沢山の艦娘がいた。まあ当たり前だろう、深海棲艦が自分らの本拠地に入り込んでくるのだから。
まあだがその中にやはり浦風は居なかった。本当にこの鎮守府には浦風が居ないようだ。ちぇっ、わかってたけど残念すぎる。血反吐吐きそう。
にしても艦娘多いなぁ、100人以上はいるぞこれ。課金したな?しかしなんで雲龍までいるのに浦風居ねえんだよ。
イライラします。そんな中、目の前に二十代後半と見れる白い将校服を着た男が歩み寄ってきていた。腰には護身のためか軍刀が刺してあり、マスケット式の古銃が収められている。カッコイイな。古美術商とかで売ったら相当な高値つくんじゃないかな?それ?
「長門、彼女が?」
「ああ提督。いきなりですまないが……」
「ああ別に気にしては無い。こういう唐突なイベントはなれているからな」
おーおー気苦労が絶えなさそうな顔しちゃってぇこの色男が!
俺がムッとしたデフォルトの表情で提督を見ていると提督はこちらに向き直り手を出してきていった。
「私は呉提督だ。よろしく頼む」
「………」
えっと…ど、どうするっ。俺!?名前とかないんですが!?本名を答える……無いな。偽名を作ろう。というか一人称『俺』でこのまま行くか!?『私』にしておいた方がいいんじゃないか!?あと深海棲艦らしくカタコトの方がいいんじゃ……!?
「…どうした?」
「ッ!…い、いや。なんでも、無い。すこしまっててくれ」
俺は一歩下がり適当な場所にいた時雨に駆け寄る。
(な、なあカタコトのほうがいい?深海棲艦らしくカタコトのほうがいいかな?というかどんなふうに話し切り出そう……!?)
(ま、まずは落ち着こうよ。提督は優しいからどもったって受け入れてくれるよ?)
(そういう問題ちがうんだってばー!)
(?? よくわからないけどカタコトは別に大丈夫だと思うよ?ああでも一人称の『俺』は違和感あるかな?『私』に直そう)
(そ、そうだな!一人称は『私』……私っとおぉ……!)
自己暗示、自己暗示ィ……。私は深海棲艦!
夢ぐらいいいだろう?馬鹿みたいなことだってわかってる。自らは深海棲艦だなど念じるなど。だがしかし!俺は浦風に会うんじゃあァ!
俺は提督に近づく、背丈的には俺が少し小さいぐらいだ。この深海棲艦の身体って女性にしては結構背が高いと思うんだがそれより提督は背が少しばかり高い。凛々しいではないか、え?お前今まで何人落としてきた?
「お…わ、私は………深海棲艦だ。名前は無い。浦風の居場所をおしえろ」
やばい、咄嗟に名前が出てこなかったよ!?名前は無いって大丈夫かな?
やばい、というか沢山の人に見られているこの今の現状で既に心セメントで塗り固められたかのように緊張しているんですがなんか問題あるかギョラアアァァ!!??
チラッと提督の様子を見てみると、なんか戸惑っていた。おん?
俺と後ろの長門達を視線を入れ違いさせてなんかを求めている。ああ、補足な。確かに俺の今の一言じゃ全てを理解することは出来ないだろう。多分浦風の事が好きになれば九割型俺のことを理解できると思うんだがなぁ…。
「……ま、まあ取り敢えず中に入ろうか?」
苦笑い混じりの提督の言葉。俺には酷くそれが板について見え、吹き出しそうになった。
「それで?キミはいったい?」
「浦風に会いに来た」
「………長門、頼む」
「つまりだ。コイツは浦風に会いたいばかりでついてきてこうやって囚われている。何でも聞いて答えてやるから浦風のとこ連れてけ。と言っているな」
お、おう!?俺そんなこと言ってないですぜい!?
金剛のティーセットのテーブルを跨いでいる提督と大和の前、俺は長門のその言葉に慌てる。いや別に俺には損なんて無いんだけどさ、勝手に決めちゃうの!?いや別にいいんだけどさ!?
(な、長門っ!?いったいどこでそんな話進めたんだよ!?)
(フッ、嬉しいだろう?)
長門は大体でこの深海棲艦のことを理解してきていた。彼女はアレだ。深海棲艦でありながら平和的思考を持ち、その行動原動力は『浦風に会う』というとても、少なくとも殺すことを前提に考えない平和的欲求のある『人らしい』深海棲艦だ。もしかしたら自分たち艦娘よりも『人らしい』心を持っているかもしれない。そして彼女は浦風に会うためなら何だってするだろうと長門にはこの短い時間の中でそれを確信していた。
故に深海棲艦の反応も予測範囲だった。
(いや浦風と早く会えれば越したことないんだけどさこっちの心構え的なのを考えてよ!?)
(つまり反対ではないんだろう?)
(む、むう…ぅ)
論破。だんだんとこの深海棲艦が可愛くなってきた長門だった。
「……話は纏まったか?長門」
提督が苦笑い混じりに言う。もうほんとそれデフォルトだなぁ、あんたは。にしても長門に言い含められるとか……浦風にして貰いたかったァ!!!あの優しい語りがけ口調で「アンタはウチに任せてドーンとしておけばいいんやよ~」って言われたかったァ!!!
そんな俺の荒れた心中知らずに横にいる長門はうなづいて肯定の意を示す。
「それでキミのことなんだが……なんて呼べばいいかな?少なくともこの鎮守府に数日は滞在することになるんだ。名称があった方が呼びやすいし便利だ」
「いや、さっきも言ったが私には名前っつーか名称がまだ無いんだよ」
こんな感じに言えばよろしくって?というかどこから来たとか絶対問われそうだな。どう言おうか……俺あそこでスポーンしたっつーことにしとくか。
「……ふむ。ではこちらで呼称をつけてもいいかな?」
「おう?いいぜ?お前のネーミングセンスを試さしてもらおうじゃないか。ふふふふ…気に入らなかったらどうなるか、わかっておろうなァ?」
あえてプレッシャーをかけてみる。
提督の顔が引きつっている、フフフ、俺にSの気はないがおもろいぞこの提督。
「……とまあそんな冗談は置いといて、私のことは……あー、うん。多分艦種は重巡だな。重巡棲姫ったところかな?」
これななんとなく分かっていたことだ。直感的な事だがこの身体は『重巡洋艦』のものだなと理解していたのだ。姫はカン、もしかしたら水鬼かもしれんけど面倒な区分けは好まん、語感的に姫がいい。
「よし。早く浦風の居場所を教えろ」
「いや…教えるのは可能だが。どうするんだ?教えたとして?」
「抱きついて癒される」
「…………」
俺の即答に提督が言葉を発せないでいる。
フッ、どうだ俺の浦風への想い。ビシビシ伝わってくるだろう?もっと戸惑っていいんだぜ?そのぶんキサマが浦風に染まっていくのだからなァ…!キャッヒャッヒャッヒャッヒャ。
大和はこの第三呉鎮守府の第一艦隊旗艦だ。同時にこの鎮守府最大の戦力であるし、そうだろうと理解し自負しているし、そう周りも認めていた。
そんな折、なんと長門が深海棲艦を鹵獲したという知らせが入った。近海の漁業組合が付近で「ヒト型の深海棲艦を見た」というのだから彼女達第二艦隊を出撃させ迎撃させようとしていたのだがまさか鹵獲するとは。今まで鹵獲と言っても精々軽巡ハ級が関の山だった過去を見ればこれは大きな戦果と言えるだろう。
………そう思っていた時期も私にもありました。
なんか提督は最初から察していたようだったが私は最初どう見ても姫クラスの深海棲艦が港に降り立つのを見て驚愕していた。実際周りの艦娘達も皆目を見張っていたし、私だけが驚いたのではないことは確か。
キョロキョロと鹵獲された深海棲艦は周りを見ている。少し身体が強ばる。まあ致し方ない事だろう。それにしてもあの深海棲艦、捕虜的な扱いなのだろうか?先程から疑問が尽きない。
深海棲艦を殆ど睨むと言っても過言ではない眼力で睨んでいると突然ポンッと肩に手を置かれた。ハッと後ろを振り返ると提督が立っている。どうやら緊張を和らげてくれたようだ。流石私たちの提督、艦娘たちのことを考えているし目を配っている。でももう少し危機感を持って欲しい。前など艦娘に排他的意識を持つテロ組織の陸軍横流しであろうAK12を私たちを庇ってその身に受けた事だってあったのだ。危機感を持つというかもう少し………いや、もっと自分の身体を大事にして欲しい。こちらの身にもなって下さいホント。
「はあ………って!?」
そう思っていた矢先、あの深海棲艦に近づいて……というか近づきすぎですよ!?何するつもりで!?
「呉提督だよろしく頼む」
提督がそう言って手を深海棲艦に差しのべる。つまり握手だ。
ああなんだ握手ですか……。
……………って直に接触するんですか!?提督!?危ないですよ!?
私の心境はもうざっくばらん。提督後ろ見てください皆ハラハラしてみてますよ心臓に悪いんですから本当にやめてくださいっ!
「…!……っ!…ッ!」
そう私が声にならない声を発していると後ろからため息を付きながら大淀が来て言った。
「………大和さん。落ち着きましょう?流石にそこまでハラハラしているのは貴女だけですよ……?」
「で、ですが提督がっ!」
「提督なら大丈夫ですから」
そう言ってまたため息を吐く大淀。何故そんなにも落ち着いてられるのですか!?深海棲艦ですよ深海棲艦!それが提督と接触しているんですよもしあな深海棲艦が攻撃とかしたらどうするんですか!?
大和の心はもうメチャクチャ、しかしもしそう大淀が問われてたらこう返していた事だろう。「貴女の慌てようを見てれば誰だって反面教師にして落ち着きます」と。