私の[ダンナ様/先輩]   作:おかぴ1129

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2.ダンナ様の故郷 〜比叡〜

 シュウくんが特殊艇“てれたびーず”を駆って出撃するのも今日で4回目になった。

 

『姉ちゃんと一緒にいる。いざという時は、僕が姉ちゃんの盾になる』

 

 ある日シュウくんはそう言い、司令に自身を艦隊に加えることを具申した。司令もはじめは渋っていたが、やはり戦える戦力は多いに越したことはないという点や、艦隊指揮に秀でた人材がもう一人いると鎮守府運営にさらに余裕が生まれる点、そしてなにより同じ男性としてシュウくんの気持ちは分かるということから、『必ず旗艦で、輪形陣による出撃』という条件付きながら、司令もシュウくんの出撃を了承した。

 

 すでに私と共に2回も実戦を経験していた上、そのうち一回は生きるか死ぬかの瀬戸際だったということもあってか、シュウくんははじめての出撃でも物怖じせずに戦っていた。もっとも経験不足からくる危なっかしい戦い方は、こちらの寿命を縮めるには充分だったけれど……それでも同行する私やみんなのフォローもあり、これまでの出撃では特に危険もなく、シュウくんも順調に練度を上げていた。

 

 そして今日は、いつもよりもやや敵の本拠地に近い海域に出撃し、シュウくんにさらなる経験を積ませようという話になった。艦隊のメンバーはシュウくんと私、球磨さん、龍驤さん、川内さん、暁ちゃんの系6人。シュウくんを除けば全員が戦闘経験豊かな手練だ。

 

 最初の戦闘では全員に余裕のムードが漂っていた。川内さんはいつものように夜戦夜戦と騒ぎたて、暁ちゃんは敵駆逐艦を撃沈する度に『一人前のレディー!』と大喜び。龍驤さんは開幕時の爆撃で敵艦を沈める度にシュウくんから『さ、さすがフルフラット部隊の隊長……!』と賛美され、『誰が龍驤型駆逐艦やねん?』と突っ込んでいた。球磨さんはあくびをし、私も艦隊全体を見ながらシュウくんの頑張る姿に見惚れる余裕すらあった。

 

 ところが今、状況が一変した。私達は敵の特異な攻撃方法に即応出来なかった。

 

「シュウ。敵は駆逐艦ハ級が6隻の単横陣やで。どないする?」

「とりあえず先制攻撃で魚雷をばらまいて下さい。こちらはここで迎え撃ちま……ちょっと待って……敵艦隊、速くないですか?」

「?!」

「なんやて?!」

 

 私達が悠長に作戦を練っていた時、敵艦隊の航行スピードが目に見えて上がった。今まで見てきたどの深海棲艦よりも航行スピードが早い。おかげでさっきまで充分に距離が開いていた相手が、今ではもう目と鼻の先にまで迫っている。

 

「ヤバい……なんかヤバい!!」

「シュウ! ヤバいよ!!」

「分かってる! 進路反転! 球磨と姉ちゃんに殿を任せつつ僕らは現海域を離脱! 川内と暁ちゃんは球磨と姉ちゃんのフォローを! 龍驤さんはフルフラット活かして敵予想進路に艦攻で魚雷をばらまきまくって下さい!! 進路妨害お願いします!!」

「この一人前のレディーに任せといて!」

「了解やけどフルフラットは余計やで!!」

 

 さすがシュウくん、着実に指揮官としての成長を見せている……と改めて自分のダンナ様の素敵っぷりに私は感心しつつ……

 

「球磨さん! 私たちも殿がんばりましょう!」

「了解クマ!!」

 

 球磨さんと連携を取り、艦隊の殿として敵艦隊に立ちふさがった。

 

 龍驤さんが陰陽の呪文を唱え、たくさんの人型の式神が中を舞う。それらはやがて無数の艦載機となり、敵の予想進路を遮る形で魚雷を投下した。しかし……

 

「アカン! 相手スピードアップしたで!! 妨害でけへんかった!」

 

 私たちが見ていても分かるほどに、相手のスピードがさらに上がった。私たちではこのスピードを振り切ることが出来ないだろう。現に私達も最大船速で離脱を試みているわけだが、相手との距離は広がるどころか縮んでいく一方だ。マズい。このままでは相手に追いつかれる。私は共に殿を務める球磨さんを見た。

 

「私は牽制射撃に入ります! 球磨さん!!」

「了解だクマ! ここまで近づいてきたやつらは全員張り倒してやるクマッ!!」

 

 球磨さんがバキバキと指を鳴らす。私は川内さんと暁ちゃんと共に牽制射撃を行ったが、敵艦は進行スピードはそのままに大きな蛇行をしはじめ、狙いを定めることが難しい。かろうじて一体仕留めることが出来たが、それでも相手の勢いは止まらない。

 

「姉ちゃん! てれたびーずで魚雷を撃つ! 進路開けて!!」

 

 シュウくんからそう言われ、私は自身の立ち位置を左にズラした。てれたびーずの新装備である五連装の酸素魚雷発射管から魚雷が次々にばらまかれ、それらが猛スピードで迫る敵艦隊に真正面から向かっていく。大丈夫だ。猛スピードで動くものは、同じく猛スピードで自身に迫ってくるものへの反応が鈍くなる。これが命中して相手の勢いを殺せれば……

 

「潜水した?!」

「相手は駆逐とちゃうんか?!」

 

 そう。まるでシュウくんが魚雷をばら撒くのを予期していたかのように相手は一度海面から大きくジャンプし、そのまま海中に潜水していった。おかしい。相手は駆逐艦のはずなのに……潜水なんてできるはずがない……このスピードといい動き方といい、何もかもが予想外だ。なにか嫌な予感がする……

 

「シュウくん! 敵が潜水した!!」

「球磨!!」

「大丈夫だクマッ! 近づかれたら引っ張りだして張り倒してやるクマッ!!」

 

 シュウくんが球磨さんの名を呼び、球磨さんがそれに応えた瞬間だった。私と球磨さんの足元から、赤黒く光り輝き、同じく赤黒く輝く粒子を周囲に撒き散らす駆逐ハ級が、ジャンプして姿を表した。

 

「いい度胸してるクマッ!」

 

 空高くジャンプした駆逐ハ級に応戦して、球磨さんが右手を大きく振りかぶったその時、その球磨さんの左側の海面から、赤黒く輝く別の駆逐ハ級が飛び出てきた。

 

「球磨!!」

「クマッ?!」

 

 シュウくんが球磨さんの名を叫んだ時にはすでに遅く、駆逐ハ級はその巨大な口で球磨さんを飲み込んだ後、再び海中に潜っていった。艦隊に動揺が走り、シュウくんが操舵室から飛び出てきたことに私は気がついた。

 

「球磨ァアアアア!!」

「シュウくん! 持ち場を離れちゃダメ!!」

 

 シュウくんを制止する。ヤバい。この相手はヤバい。私の勘が全力で警報をあげている。この程度のことで球磨さんが轟沈するとは思えないが……もう私たちに出来ることは、一刻も早くこの海域から出来るだけ損害を出さずに離脱することだ。恐らくはそれしか出来ない。

 

 私はてれたびーずの方を見た。シュウくんが操舵室から離れ、船尾に立って私のそばにいる。だから操舵室を離れちゃダメだって言ったのに……

 

「姉ちゃん……球磨が……」

「球磨さんなら絶対大丈夫。だから操舵室に戻って。自分の役目を果たそうシュウく……シュウくん!!!」

 

 シュウくんの背後に見えたのは、再び空高くジャンプし、シュウくんに向かって大口を開けて迫ってくる駆逐ハ級の姿だった。私はとっさにシュウくんを抱きかかえ、てれたびーずから距離を取る。ハ級はてれたびーずの操舵室から船尾までを飲み込み、そして海中へと消えていった。

 

「シュウくん! 大丈夫?!」

「お、おかげさまで……ありがとう姉ちゃん」

「だってシュウくんは私のダンナ様だから!」

 

 私はシュウくんが不安にならないよう、笑顔をシュウくんに向ける。私の笑顔を見てシュウくんも幾分余裕を取り戻したようだ。さっきまで青ざめていた顔に少し血色が戻った。

 

 それにしてもなんだこの相手の戦い方は……相手が何をしようとしているのかまったく読めない。私たちの不意をつくように海中から飛び出てきて、私達をその大きな口で食おうと襲い掛かってくる。こんな攻撃パターンの敵と遭遇したことなんかない。

 

「ちくしょッ……こんなの……夜戦なら敵じゃないのにッ!!」

「い、一人前のレディーなら……こんなの余裕なんだからッ……!!」

 

 川内と暁ちゃんも翻弄されている。砲撃が当たらず、敵のハ級にいいようにおもちゃにされ、二人は襲いかかるハ級をさばくのに精一杯だ。龍驤さんも艦載機を操る余裕がなく、ハ級の突飛な攻撃を避けるのに必死になっている。全員が翻弄されている。全員がこのハ級の攻撃に戸惑ってしまい、艦隊は大混乱に陥ってしまっている。

 

 それにハ級の身体が赤黒く光り輝いているのも気になる。この現象は……この赤黒く輝く深海棲艦は、私は以前にどこかで見たことがあるはずだった。それがいつ、どこでなのかは……今は思い出すことが出来ない。

 

「シュウくん」

「ん? 姉ちゃんどうしたの?」

「あのハ級、身体が赤黒く光ってたよね」

「うん」

「お姉ちゃん、なんかあれ、見覚えがあるんだけど……シュウくんはどお?」

「んー……ごめんわかんない」

「二人共なにくっちゃべってんねんッ!! 後ろ!!」

 

 龍驤さんの怒号にハッとし、私とシュウくんは背後を振り返る。そこには、私たちに狙いを定め空高く舞い上がり、大口を開いてまさに今、私たちを食おうとしているハ級の姿があった。

 

「しまった……!」

「比叡!! 逃げえ!!」

 

 シュウくんを抱えたままハ級の口に飲み込まれるその瞬間、私は、あの赤黒く光り輝くハ級と、まったく同じ様子だった者のことを思い出した。

 

――そうだった……私と共にシュウくんの世界に渡ったレ級と一緒だったんだ……

 

……

 

…………

 

………………

 

『……えい、シュ……も起きるク……い加減二人も……るのは疲れ……マ』

 

 何か遠い世界から呼ばれたような気がして、私は重くなってしまっていたまぶたをなんとか開いた。私は誰かに抱え上げられており、目を開くと海面が見えた。

 

「……あれ……ここどこ?」

「ぉお、比叡起きたクマ?」

 

 頭上から声が聞こえ、私は頭を持ち上げて上を見る。どうやら私は、球磨さんに抱え上げられているようだ。横を見ると、同じく球磨さんに抱え上げられているシュウくんが見える。

 

「球磨さん……ありがとうございます」

「問題ないクマ。それより気がついたんなら自分で立って欲しいクマ。立てるクマ?」

 

 球磨さんにそう促され、私は自分の主機を見る。大丈夫。特に損壊はないようだ。これなら立てる。私は球磨さんにそう伝え、自分で海面に立ち、球磨さんからシュウくんを託された。

 

 シュウくんをお姫様抱っこして様子を見る。とりあえず息はしているようで一安心だ。

 

「シュウくん。シュウくん」

 

 声をかけてみるが返事がない。口元に耳を近づけると、呼吸している音が聞こえる。とりあえず命に別状はないようだ。

 

「球磨さん、ありがとうございます」

「礼には及ばないクマ」

 

 球磨さんがそっけなくそう言い、周囲を見渡す。ここは大海原ではなく、どこかの港のようだ。しかしこの港、どこか見覚えがある……

 

「そうだ球磨さん。深海棲艦はどうなりました?」

「球磨が気がついた時、一匹ハ級を見つけたから張り倒しておいたクマ」

 

 球磨さんの一撃であれば、そのハ級も無事では済まないだろう。とりあえず周囲は安全なようだ。

 

「それよりも比叡、ここどこか分かるクマ?」

 

 球磨さんが周囲をキョロキョロと見渡しながらそう言う。彼女のアホ毛もレーダーのようにうにうに動いている。彼女にとっては、地理の判別出来ないはじめての場所なのだろう。私は今やっと思い出した。この場所は……

 

「ん……んん……」

 

 シュウくんが眉間にシワを寄せ、少しうなった。どうやら目を覚ましたらしい。

 

「シュウくん、起きた?」

「ぁあ……姉ちゃん……僕らどうしたの?」

「私達ね、ハ級に食べられちゃったの」

 

 まだ意識がハッキリしてないのか、シュウくんはぼんやりとした眼差しで私を見る。少し頭を撫でて欲しそうな顔に見えるけど……ごめんなさい。今は我慢してくださいダンナ様。

 

「ひぇぇぇぇ……」

「お姉ちゃんの真似してもダメ」

「こんなことになってるのにマリッジピンクはやめるクマ……」

 

 希少価値の高い球磨さんからのツッコミを受け、シュウくんは口を尖らせながら周囲を見回す。へその曲げ方までなんとなく私に似てきた……ダンナ様に申し訳ないような、でもちょっとうれしいような……

 

 なんて浮ついたことを考えていたが、周囲を見回したシュウくんの眼の色が変わった。

 

「姉ちゃん。ここ、小田浦港だ」

「クマ?」

 

 そう。確かにここはシュウくんの世界だ。そしてここは、シュウくんと共に命をかけてレ級と戦った、あの小田浦港だ。思い出した。確かにこの見覚えがある港は小田浦港だ。

 

「てことは、球磨たちはシュウの世界に渡ってきたって事クマ?」

「自分の生まれ故郷は忘れない。ここは僕の世界だ。小田浦港だよ」

 

 私達を襲ったあのハ級は、どうやら私達にむりやり世界を渡航させるための部隊だったようだ。渡航準備に入った者は、触れるものすべてをまとめて渡航させてしまう。それを逆手にとり、私たちをこちらの世界に閉じ込めてしまう戦法なようだ。

 

 周囲を見回したが、龍驤さんや川内、暁ちゃんはいない。3人はこちらの世界に来てはいないようだ。無事逃げおおせたのかそれとも……どちらかはわからないが……

 

 そんなことを考えていたら、不意に数メートル離れた海面が咆哮と共に持ち上がり、ハ級が出現した。それも一体ではない。私たちを囲むように海面から姿を表したハ級たちは計4体。4体ともあの赤黒い発光は収まっていた。

 

「話は後クマ! 先にこいつら4体を倒すクマッ!」

「はい! シュウくん! 砲撃音が少しうるさいと思うけど我慢してね!」

「分かった! 大丈夫だよ姉ちゃん!!」

 

 シュウくんの返事が終わり、私は主砲を目の前のハ級に向けて斉射した。私の徹甲弾はハ級の横腹に直撃し、大きな風穴を開けたが、そのハ級はまだ生きていた。

 

 一方、球磨さんは自身の主砲を撃ちながらハ級に接近し、距離を詰めた後に相手を張り倒して撃沈させていた。張り倒す度に『クマッ!』という球磨自身の掛け声と『バゴォオオオン!!』という爆発音にも似た音がなり、ハ級が粉砕されていた。先ほどまでの特異な行動はやはり私達をここに連れてくるためだったようで、その目的が達せた今は、もうその行動におかしな部分はなかった。……ん? 目的達成?

 

「シュウくん」

「ん?」

「深海棲艦の渡航設備って、たしかに目的達成で元の世界に戻るんだよね」

「そうだね……あ、そうか」

 

 ということは、今私達が戦っている深海棲艦は……未だ消えずにこちらの世界に残っているこのハ級たちは、目的達成出来ずにいるということになる。私たちを捕まえることが出来ず、目的が達成出来なかったハ級たちだ。私とシュウくんは、大切なことを思い出せた。

 

「球磨さん!」

 

 私は、今2隻目のハ級を張り倒した球磨さんに呼びかけた。

 

「何クマッ?!」

「球磨さんは気を失う前、何か考えてたことありますか?!」

「目の前のハ級を張り倒して撃沈することだけ考えてたクマ!!」

「だったら……球磨さんがハ級たちを全部倒せば、元の世界に戻れるかもしれません!!」

「なるほど! 確かにそうクマ!!」

 

 球磨さんがハ級をすべて倒してしまえば、球磨さんは目的を達したこととなり、元の世界に戻れるかもしれない。そうすれば、後は私たちが球磨さんと一緒に元の世界に戻れば、何もかもが元通りだ。

 

「姉ちゃん……」

「ん? どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

 

 何だろう。シュウくんは何を言おうとしたのだろう。私のダンナ様は、今少し寂しそうな表情をしていた。頭を撫でて欲しいときとはまた違う、なんというか……少し物悲しさが感じられる顔だ。名残惜しさというか何というか……

 

「これでラストだクマァアッ!!」

 

 最後に残ったハ級を、球磨さんが渾身の力で張り倒す。張り倒されたハ級は球磨さんのパワーで海上から中空まで浮かび上がり、後方に吹き飛んで轟沈していった。これで運が良ければ球磨さんは目的達成となり、元の世界に戻れるはずなのだが……

 

「……やっぱりそううまくはいかないみたいですね」

 

 現実はそこまで甘くはないらしい。しばらく待ったが、球磨さんの身体に変化はなかった。私たちがレ級を倒した時のことを考えると、目的を達すればすぐさま元の世界に戻る兆候が現れる。にも関わらず球磨さんにその兆候が表れないということは、球磨さんは目的を達していないということなのだろう。

 

 本人が『目の前のハ級を倒すことしか頭になかった』と言っていた辺り、球磨さんをこっちの世界に連れてきた張本人のハ級を撃沈しないことには、球磨さんの目的は達したことにならないみたいだ。

 

「うーん……これで帰る手段が無くなりましたね……」

「ちなみに二人は何か考えてたクマ?」

「私は〜……シュウくんと一緒に戦ったレ級のことを思い出してました……」

「それじゃあ目的もクソも分からないクマね……シュウは?」

「僕は〜……姉ちゃんと一緒に鎮守府に帰ることばっかり……」

 

 んー……私のダンナ様、ホントにカワイイ。今が非常事態じゃなかったら思い切り抱きしめてあげたのに。でも球磨さんはシュウくんの答えに呆れたらしく……

 

「……とりあえず比叡が大好きなのはわかったクマ」

 

 と鼻の下を伸ばしながら答えていた。よく見たら、アホ毛が恥ずかしそうにうにうに動いていた。すいません球磨さん。ダンナ様にはよく言って聞かせます。

 

「その割に顔はニヨニヨしてるクマよ?」

「ぇえ〜。そんなことないですってばぁ〜。ニヤニヤ」

「ん?」

 

 などと悠長なことを話していたが、私たちに別の問題が襲い掛かりつつあった。湾外から一隻の船が私たちに近づいてきた。その船は私たちの真正面で舵を切り、こちらに腹を向けた状態で停船する。船内から十人程度の人間が出てきて甲板に立ち、こちらに銃器を構えていた。

 

「? 何事クマ?」

「さぁ……?」

 

その船には、『JAPAN COAST GUARD』と書かれていた。

 

「海上保安庁だ!」

 

 その船から拡声器を通してこんなセリフが聞こえてきた。確かこちらの世界の海の警察みたいな組織だったはずだ。

 

「先ほどこちらで、正体不明の巨大な影と戦うあなたたちの姿が確認できた! 先ほどの戦闘は何だ?! こちらに乗船し、説明をお願いしたい!!」 

 

 声の調子から、相手が緊張しているのが伝わってきた。確かにこちらの世界の人たちは、私たちのことを知らない。相手からしてみれば、正体のよく分からない人間が、海の上に立って怪物と戦っていたわけだから、正体不明なものに抱く恐怖と同じ感情を抱いても仕方のないことだと私は思った。

 

「球磨たちは帝国海軍所属の艦娘だクマ!!」

「ふざけないでいただきたい!」

「ふざけてなんかないクマ!! 現在作戦行動中だクマ!!」

「何の作戦だ!!」

「作戦内容には答えられないクマ!!」

「所属をいえ!!」

「だから帝国海軍……」

「ふざけるなと言っている!!」

「だからふざけてないって言ってるクマ!!!」

 

 相手の要望に対し球磨が毅然と答えるが、相手は聞く耳を持ってくれない。私がこっちに来た時もそうだった。私が何を説明しても相手には通用しなかった。鎮守府のことも、深海棲艦のことも何もかも……

 

「……わかった。穏便に済ませたかったのだが仕方ない。正体が掴めない以上、君たちを拘束させてもらう。今からそちらに小舟が向かうから、おとなしく従うように」

「こっちはちゃんと説明してるクマ!! 信じないのはそっちの都合だクマ!!」

 

 球磨さんがそう言って相手のことを非難し前進しようと主機を動かした途端、球磨さんの足元の水面に銃弾が飛んだ。恐らくはあの甲板でこちらに向かって構えられた銃が発砲したのだろう。私達への威嚇の意味を込めて。

 

「動くな! 次は命中させる。小銃だけでなく、機関砲も君たちを狙っている事を忘れるな」

 

 球磨さんの前進が止まった。確かにあの船舶を見ると、前後部に取り付けられた機関砲が2門、両方ともこちらを向いている。あれがどういうものなのかは分からないが、大きさから察するに、かなりの破壊力を秘めた武器であることは想像できる。

 

「姉ちゃん」

「ん?」

「僕をおろして。説明する」

「でもシュウくん水面には立てないでしょ?」

「肩だけ貸して。大丈夫」

 

 しっかりとした固い決意をシュウくんのセリフに感じた私は、シュウくんを下ろし、肩を貸そうとした。しかしその瞬間。

 

「動くなと言ったはずだ!!」

 

 船から高圧の水流が私とシュウくんに浴びせかけられ、私とシュウくんは水流の勢いに後方へ吹き飛ばされた。私は勢いに押されてシュウくんから手を離してしまい、艤装がない分私より自重が軽いシュウくんは、私よりさらに後方へと吹き飛ばされた。

 

「シュウくん!!」

「何をするクマッ!!」

 

 私たちの様子を見た球磨さんが怒りを露わにし、自身の単装砲で船の放水銃を撃った。その砲撃は放水銃にピンポイントで命中し、私たちへの放水が止まった。

 

「発砲ぉおおお!!」

 

 しかしそれを合図として、私たちへの銃撃が始まったようだ。そのほとんどは船から見て私より手前に位置する球磨さんに向けられ、球磨さんは今、銃弾の雨あられを全身で受けている。

 

「球磨さん!」

「球磨は大丈夫クマ! それよりシュウを探すクマッ!!」

 

 そうだ。私のダンナ様……私はシュウくんが吹き飛ばされた方を見るが、シュウくんの姿が見えない。海中に沈んでしまったのだろうか。

 

「撃つのをやめるクマッ! 球磨たちは何もしないクマ!!」

 

 球磨さんが必死にそう叫んでいるが、銃声にかき消されて相手には届いてないようだった。私は海中に潜り、シュウくんを探す。シュウくんの姿は見えないが、海中には血のような赤い筋が残っており、それを辿って潜水していくと、シュウくんの姿が見えた。私はシュウくんの元に辿り着き、シュウくんの身体をしっかりと掴んで海面に上がる。海上では、未だ球磨さんが銃弾の雨あられの中にいた。

 

「シュウは見つけたクマ?!」

「見つけました!!」

 

 私はシュウくんを見る。完全に気絶してしまっている。まぶたが切れてしまっているようで、右目のまぶたから血がとめどなく流れ続けている。気を失っているらしく呼吸音も聞こえない。早く人工呼吸してあげないと。

 

 私は自分の艤装を見た。砲塔が一本折れ曲がってしまっている。さっきの水流でシュウくんが吹っ飛ぶ時、この砲塔にシュウくんがぶつかったのか。それでシュウくんはまぶたを切り、脳震盪を起こして気を失っているのか……。

 

 一方、球磨さんの方もヤバい。球磨さんに命中した銃弾に混じって、球磨さんの服の切れ端や血の飛沫が飛び散り始めている。相手の銃弾が、少しずつ球磨さんの身体を削りとっているようだ。

 

「比叡は早くシュウを連れて逃げるクマ!」

「でも球磨さん!! 球磨さんも逃げないと!!」

「球磨は自分でなんとかするク……」

 

 球磨さんがこちらに顔を向けたその瞬間、彼女のこめかみに極めて高威力の弾丸が命中したようだった。球磨さんは首の骨が折れてしまったのではないかと思うほどに私達の方に向かって首を曲げ、白目を剥いて倒れた。うつ伏せに倒れ伏した球磨さんを中心に、海面が真っ赤に染まり始める。球磨さんは服がボロボロで、おびただしい量の出血をしていることが、その赤い海面が広がっていくスピードで分かった。

 

「確保ぉお!!」

 

 船からそんなような声が聞こえ、小さなゴムボートが海面に置かれた。二人の人間がそのゴムボートに乗り、こちらに向かってそのボートを走らせる。球磨さんの元まで来たその二人の人間は、未だうつ伏せでぐったりと倒れ伏している球磨さんを回収し、ゴムボートに確保したのち、こちらに照準を合わせた。

 

 球磨さんも心配だが、今となってはもう手出しは出来ない。ならば今、優先すべきはシュウくんだ。私はシュウくんを抱きかかえ、主機を最大出力で稼働させた。

 

「逃すなッ!」

 

 銃撃の狙いが私たちに本格的に切り替わった。私は蛇行して、出来るだけ被弾せずシュウくんに銃弾が当たらないように努めるが、相手もやり手のようだ。次々に私の艤装に銃弾が当たり、ついに艤装は煙を上げて損壊した。

 

「艤装が……ッ!!」

 

 私はそのまま艤装を弾除けに使ってなんとか港から逃げおおせ、途中で地上に上がり艤装を外した。その後物陰でシュウくんに人工呼吸を施す。あの時のように、数回人工呼吸と心臓マッサージをしたところでシュウくんは意識を取り戻し、何回もむせながら海水を吐いた後、私に弱々しい笑顔を向けた。切った右目が痛いらしく、両手で右目を押さえ、手が血だらけになっていた。

 

「ねえ……ちゃ……ここ……どこ……?」

「小田浦港からちょっと離れたとこだよ? シュウくん大丈夫?」

「ハハ……体中いだい……目いだい……」

 

 恐らく右目のことを言っているのだろう。切れているのはまぶただけだとは思うが、早くお医者様に見てもらわないと……でも私が不安になっちゃダメだ。ダンナ様を元気付けないと。

 

「それより姉ちゃん……泣いてる? どこか怪我したの? 痛い?」

 

 シュウくんが私の頬に触れてくれ、知らない内に流れていた涙を親指で拭ってくれた。こんな状況でも私の心配をしてくれるダンナ様がとても愛おしい。私はシュウくんの手を取り、強く握って元気づけてあげる。

 

「大丈夫……お姉ちゃんは大丈夫。お姉ちゃんは艦娘だから」

「そっか……だったら……いい……」

 

 シュウくんは満足気にそうつぶやくと、穏やかな顔のまま、再び気を失った。私が大好きなダンナ様は、人工呼吸をして一度意識を取り戻すと、必ず私に何かを言ったあと再び気を失う……そんなクセでもあるのだろうかこの人は……

 

 私はシュウくんを背負い、治療できるところに向かうことにした。シュウくんをこんなところで死なせるわけにはいかない。ダンナ様はお姉ちゃんが必ず助ける。だからがんばるんだよシュウくん。私はかすかな記憶を便りにシュウくんの家を目指した。こっちの世界に来た私を暖かく迎え入れてくれた、料理の上手なお母様とニヤニヤした笑顔が楽しいお父様……お二人ならきっと……きっと力を貸してくれる。

 

 私が秦野さんと出会ったのは、シュウくんの実家に辿り着き、お医者様にシュウくんを診てもらって、一息ついたときのことだった。

 

「私は、シュウくんの姉です。そして……」

「ふざけないでください。先輩に姉はいません。あなた誰ですか?」

「ですから私は艦娘で……シュウくんの……」

「カンムスってなんですか? 意味わからないです。その服、ふざけてるんですか?」

 

 勘が働いた。この秦野さんという人は、シュウくんのことが好きなんだ……私が鎮守府でずっとシュウくんと楽しい日々を過ごしている間、彼女はシュウくんを想い続け、シュウくんの帰りを待ち続けていたんだ……

 


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