魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

46 / 52
 構想が纏まっていたおかげかいつもより早めに投稿と相成りました。

 前回から引き続き聖闘士二人と恭介によるさやか救出作戦、その二です。はたして戦闘シーンは上手く書けたでしょうか…。


第41話 さやか救出作戦 第2楽章

 開戦と同時に無数の車輪が聖闘士二人目がけて降り注いだ。車輪は一つ一つが鋼よりも硬く、それがまるで扇風機の如く高速回転しながらデジェルとマニゴルド目がけて迫ってきているのだ。

そんな物が一つでも命中してしまえば、人間の身体程度なら粉々の肉片へと粉砕されてしまうだろう。ましてや今の二人は聖衣すらも纏っていない生身の状態である。例え聖闘士が超人的な身体能力を持っていようとも、といえども肉体の強度は生身の人間と変わらない。老いもするし病にもかかる。心臓を貫かれれば言うまでも無く即死するし、頭部を銃弾で撃ち抜かれてももちろん即死する。ましてやあのような巨大な車輪がまともに命中しようものならば、骨肉を粉々に砕かれ、一瞬でミンチになってしまう事だろう。

 …最も、それはもしもまともに喰らったのならば、の話だが…。

 

 「まともに喰らえないな、そんな物は」

 

 デジェルが何気なくボソリと呟いた瞬間、デジェル目がけて疾走していた車輪が全て凍りつき、地面へと次々と落下する。

 落下した車輪は粉々に砕け散り、辺りに無数の氷の結晶をまき散らしていく。舞い踊る氷の塵の中、デジェルは顔色一つ変えずに魔女を見上げている。

 

 「おいおいデジェルさんよ、自分ばかり護ってねえでこっちにも手を貸してくれてもいいじゃねえかよ?」

 

 と、デジェルの隣からマニゴルドの陽気な口調が聞こえてくる。見るとマニゴルドに襲いかかろうとしていた無数の車輪は、青白い炎で焼かれて炎上している。やがて車輪は灰も残さずに燃え尽きてそこに車輪があったと言う痕跡すらも残っていなかった。

 余裕ありげな様子のマニゴルドの文句に、デジェルは口角を吊りあげる。

 

 「フッ、助けなど無くても君ならこの程度の攻撃は余裕で捌ききれるだろう?ならば私の助けなど無粋、そうじゃないのか?」

 

 「ん~?ま、そうだけどよ。でも助けてくれりゃあこちらがその分楽できるんだけどな。…と、どうやら怒りやがったようだぜ?」

 

 「物ぐさは良くないぞ。一刀君も言っていただろう?働かざる者食うべからずと…。…成程、これからが本番か」

 

 「分かってるっての、それ位は。ヒトを怠け者呼ばわりすんじゃねえっての。俺だって元の世界じゃ食費稼いで……、と、その話はこれが終わってからか」

 

 デジェルとマニゴルドが軽口をたたき合っている目の前で、車輪の弾幕を防がれた人魚の魔女が怒りの絶叫を上げている。今度は自らの手で叩き切ろうと腕に握りしめたサーベルを思い切りなぎ払う。サーベルの形状は一見すると美樹さやかのモノに酷似している。 だがその刃の長大さと分厚さは、もはやサーベルと言うよりもギロチンの刃と称するのがふさわしいレベルであり、人間の首どころか自動車すらも真っ二つに出来てしまうだろう。

 そんな凶刃が迫ってくる中、デジェルとマニゴルドは表情一つ変えずにその場から一歩も動こうとしない。あまりにも無防備な二人の姿に、さやかの棺に付き添っていた恭介は悲鳴を上げる。が、時既に遅く、凶刃はまずデジェルを切り裂こうと彼の身体まであと十センチと言う距離まで迫っていた。

 

 「こらこらさやか君、刃物は、危ないぞ」

 

 …が、迫ってくる巨大な刃をデジェルは指二本で挟んだだけで、難なく止めてしまった。それだけではなく、サーベルの刀身はデジェルが摘まんだ先端から徐々に凍りつき始めた。

 サーベルが段々と凍りついていく様に本能的に危機感を覚えたのか、人魚の魔女は慌ててサーベルを投げ捨てる。捨てられたサーベルは柄まで完全に凍りつくと、地面に衝突した拍子で粉々に砕け散った。氷の粒子が舞う中、人魚の魔女は今度はサーベルを二振り創りだし、さらに無数の車輪をデジェルとマニゴルドを包囲する形で展開する。もはや逃げ場など無い、文字通りアリのはい出る隙間も無い程の量の車輪に囲まれたデジェルとマニゴルドは、なおも平然と軽口を叩いている。

 

 「おいおいデジェルさんよ、どうすんねコレ?あのガキ本気で俺らぶっ殺すつもりだぜ?」

 

 「魔女になって理性を失ってるんだ、当然だろう。しかし…、幾らなんでも素直にはいそうですかと殺されるわけにはいかんな…。…そろそろ片をつけるか」

 

 「あいよ、そんじゃ動き止めんのよろしくな」

 

 「任された。……と、くるか…!」

 

 余裕そうに軽口を叩く二人に苛立ちが頂点に達したのか、人魚の魔女はホール全体に響き渡る絶叫を上げながら、無数の車輪をデジェルとマニゴルド目がけて発射、それと同時にサーベル二振りも二人目がけて振り下ろした。

 …が、

 

 「…悪いがしばらく大人しくしてもらおう。カリツォー」

 

 突如発生した氷のリングが彼女の身体を縛りあげ、拘束する。それと同時に無数の車輪もあっという間に凍りつき、地面に落ちて砕け散った。人魚の魔女は氷の鎖を振り払おうともがき暴れるが-90度以下の凍気で練られた氷のリングはその程度では砕けず、むしろ魔女の身体をより強く締め上げ、仕舞いには彼女の身体すらも凍りつけはじめる。

 悲痛な絶叫を上げる人魚の魔女、さやかの棺の側で魔女と聖闘士の戦いを見ていた恭介は無意識の内に魔女の姿とさやかの姿を重ねて見てしまう。さやかを魔女にし、このような苦しみを与えてしまっている罪悪感とただ戦いを見守る事しか出来ない己の無力さに悲痛に顔を歪ませる恭介。そんな彼の様子を一瞥したデジェルは隣のマニゴルドへと視線を向ける。

 

 「拘束完了だ。頼んだぞ、マニゴルド」

 

 「アイアイサー!そんじゃあ喰らえやお嬢ちゃん、積尸気冥界波!!」

 

 デジェルの合図と同時にマニゴルドの指先から、青白く輝く閃光の波動が魔女目がけて放たれる。

 青白い閃光はそのまま氷の輪で拘束された人魚の魔女を貫くと、彼女の体内から半透明の影のようなモノを、さながら釣り糸で魚を引き上げるかのように引きずり出していく。よく見るとそれは、まるで人間の少女のような形状をしている。

それは魔女の、美樹さやかの魂。魔女の中に存在していたさやかの魂が、マニゴルドの積尸気冥界波によって魔女の身体から引き剥がされたのだ。

古来より死者の魂の通り道とも呼ばれている鬼宿ことプレセペ星団を有する蟹座。それを守護星座とする蟹座の黄金聖闘士は、魂の扱いに関しては全聖闘士の中で最も長けている。

無論黄金聖闘士には他にも魂をある程度扱える聖闘士は居ない事は無いが、その中でも蟹座は群を抜いていると言ってもいい。『積尸気冥界波』は、そんな蟹座の象徴とも言える技であり、敵の肉体から引き抜いた魂を死者の国の入り口である黄泉比良坂へと送り込む、一撃必殺と称してもいい蟹座の奥義である。冥府の入り口である黄泉比良坂は生者の生きる世界とは別の次元の空間、並の人間ではまず脱出する事は不可能であり、此処に送り込まれた人間は、大概の場合生きる希望を失って黄泉比良坂の唯一の出口、冥界の入り口である死の穴へと向かう以外道は無いのだ

ただし、肉体から引き抜いた魂は必ず黄泉比良坂へと向かうわけではない。魂の指向先を黄泉比良坂以外の場所へと向けることで、そこへと魂を誘導する事が出来る。これを応用すればソウルジェム化した魂を元の人間の身体に戻す、あるいは魔女の魂を引き抜いて元の人間の肉体に戻して魔女を人間へと戻す、と言う事も可能である。例えばこの場合は、人魚の魔女の魂を、抜け殻となったさやかの肉体へと向かわせ、元の肉体へと戻すことで、魔女化したさやかを元の人間であるさやかに戻す事が出来る。

 徐々に魔女の肉体から剥されていく魂。だが、魂を引き剥がされる事に痛みを覚えるのか、人魚の魔女は凄まじい絶叫を上げて身体を悶えさせる。だが、魔女はカリツォーで拘束されて身動きが取れなくなっており、冥界波で魂がはがれていくのを止める事が出来ない。

 

 「そーらあと少しで摘出完了だ!大人しくしてなよ患者さんよォ!」

 

 マニゴルドはまるで指揮者が指揮棒を振るうかのように青白い燐光を纏った指を振るう。瞬間、青白い光の糸に導かれて、遂に人魚の魔女からさやかの魂が完全に引き剥がされた。

 魂が引き剥がされた瞬間、マニゴルドはニヤリと笑みを浮かべると冥界波を放つ指先を横たわっているさやかの肉体が収められた棺へと向ける。と、青白い燐光に縛られたさやかの魂は指先に導かれるかのように肉体の納められた棺へと向かい、やがて棺の中の肉体へと吸い込まれるように消え去っていった。次の瞬間、何かが砕けるような音とともに氷の棺に大きな罅が刻まれた。

 

 「…え!?」

 

 突然棺に罅が入った事に仰天した恭介は、弾かれたように後ろへ飛び退く。棺のひび割れは恭介が離れてもなおも止まらず、やがてひび割れが棺全体にまで及んだ瞬間、氷の棺は粉々に砕け散った。

 砕けた氷の破片はあっという間に大気中に溶けて、水蒸気と化して消え去っていく。そして棺のあった場所には、棺に納められていたさやかの肉体がそのまま地面に横たわっていた。

 そして、氷の棺が砕けるのと同時に人魚の魔女の巨体はまるで糸の切れた人形のように地面に倒れ伏し、結界全体に地響きが響き渡った。

 

 「ふー、やれやれ。お仕事完了だ」

 

 人魚の魔女が地面に崩れ落ちるのを見届けたマニゴルドは首をゴキゴキ鳴らしながら大きく伸びをする。隣でマニゴルドが魔女から魂を摘出するところを眺めていたデジェルは、背後で氷の棺から解放されたさやかの身体を呆然と眺める恭介へと視線を向けた。

 

 「恭介君、大丈夫、成功だ。さやか君の魂は無事に彼女の肉体に戻ったよ」

 

 「え…!?ほ、本当ですか!?」

 

 恭介は信じられなさそうに目の前に横たわるさやかを凝視する。さやかはまるで眠っているかのように目を閉じたままであり、目を覚ます様子は無い。本当に助かったのか恭介の心に不安がよぎる。そんな恭介を安心させるようにデジェルは笑顔を向ける。

 

 「ああ、本当だ。さあ恭介君、彼女に呼びかけてあげるんだ。君が心の底から彼女に呼びかければ、その声はきっと彼女に届くはずだ」

 

 「デジェルさん……」

 

 デジェルの言葉を聞いた恭介は、すぐさまさやかの身体に駆け寄り、両手で彼女を抱きよせる。

 驚くほどに冷たい…。デジェルの作り出した氷の棺の中で保存されていたのもあるのだろうが、それ以前に彼女の身体から短い期間であったとしても魂が無くなり、死んだような状態だったせいもあるのだろう。氷のように冷たい身体の幼馴染に、恭介は必死に呼びかける。

 

 「さやか、さやか!僕だよ、恭介だよ!目を覚ましてよ、さやか!!」

 

 恭介はさやかに必死に呼びかける。冷たい両手を自分の両手で包みこみ、擦り合わせてさやかの手を温めようともしている

 だが、それでもさやかはピクリとも動かない。恭介に呼びかけられても、彼に手を温められても何の反応も示すことなく瞳も固く閉じたままだ。

 恭介は不安になった。デジェルの言葉が確かだとするのならあの恐ろしい魔女からさやかの魂はこの身体に戻ってきたはずだ。でも、さやかは目を覚まさない。

 

 …失敗したのだろうか、さやかは、もう目を覚まさないのだろうか…。

 

 「さやかぁ…」

 

 恭介の双眸から涙が零れ落ちる。涙は恭介の頬を伝い、さやかの顔に次々と落ちていく。流れ落ちる涙を顔に受けてもさやかは目を開く様子は無い。恭介はさやかの冷たい身体を思い切り抱きしめながら慟哭する。

 

 「さやか…目を、目を開けてよ…。僕は、君に謝らなくちゃならない…!!君を傷つけた事を…!!君を魔法少女にしてしまった事を…!!君を、君を化け物にしてしまった事を…!!謝らなくちゃならないんだ…!!それだけじゃない!!僕はもっと君と話をしたい…、もっと君に僕の音楽を聴いてもらいたい…、君と、君とずっと一緒にいたいんだ…!!君は、僕にとって掛け替えのない人なんだ…!だから、

 

 だから目を覚ましてくれよ…!!さやか…!!」

 

 恭介はまるで血を吐くかのようにさやかに呼びかけ、彼女の唇に自分の唇を重ね合わせた。

 彼女の唇は冷たい。まるで氷に口付けしているんじゃないかと錯覚してしまう程冷たかった。それでも恭介は彼女の唇にキスをする。まるで自分の体温を、彼女に移すかのように…。

 しばらく自身の唇をさやかに押し当てていた恭介は、息苦しさを覚えてようやく口を離す。

 息を切らしながらさやかの反応をジッと見守る恭介。だが、さやかの眼は未だに閉じたまま、身体はピクリとも動く気配を見せない。駄目だったのか…?マニゴルドの、デジェルの策は無駄だったのか…?と恭介の心に絶望が宿り始めた。

 

 …と、

 

 「ん、んん……」

 

 今まで動く気配を見せなかったさやかが、口から小さなうめき声が漏れ出してきた。閉じられた瞼も僅かに動き、恭介に握られた両手の指も彼の手の中でピクピクと震えている。

 

 「さやかっ!?」

 

 僅かながら反応を示したさやかの姿に、彼女を見守っていた恭介の表情に僅かながら希望の光が宿る。恭介はさやかの上半身を抱き上げると彼女の顔からジッと目を離さずに見守り続ける。

 さやかは恭介に抱きあげられるとむずがる赤ん坊のように身体を揺らして口からか細い吐息を吐きだす。すると、さやかの閉じられた両目が痙攣するように一瞬震えると、ゆっくりと瞼が開かれた。

 

 「さやかが目を、目を覚ました…!!」

 

 ようやく目を開いたさやかに恭介は感激と喜びのあまり再び泣き出しそうになってしまうが、さやかが見ているという事からグッと抑える。

 一方両目を半分ほど開いたさやかは、しばらく呆然と虚空に目を泳がせていたが、両手を包むぬくもりと、頭上から感じる視線に気付くと、ゆっくりとそこへと視線を向ける。

 視線の先に居たのは嬉しそうな表情でこちらを見つめる自分の幼馴染にして想い人、否、さやかにとってはかつての想い人、上条恭介であった。

 

 「きょう…すけ…?」

 

 「さやか…!!うん、僕だよ!!上条恭介だよ!!ようやく目を覚ましてくれたんだね…!!」

 

 虚ろな視線でこちらを見上げるさやかに、恭介は涙を流しながら嬉しそうに満面の笑顔でさやかを抱きしめる。初めはさやかに出会ったらどんな顔を向ければいいのか、彼女に何と言って、何と謝ればいいのかと頭を悩ませた事もあった。だが今はそんな事はどうでもいい。さやかが生きている、さやかが無事、ただその事実だけで恭介の心は満たされる思いであった。

 一方満面の笑顔の恭介に対し、さやかは目の前の恭介の姿に何処か戸惑っている様子であった。

 

 「なん…で…、ここ、に…?」

 

 「そんなの…君を助けに来たからに決まってるじゃないか!!デジェルさんにマニゴルドさんが君を魔女から人間に戻してくれたんだよ!?僕達だけじゃない!鹿目さんや暁美さん、佐倉さんに巴先輩だってさやかの事を心配して……さやか?」

 

 恭介がまどか達の名前を口にした瞬間、突然さやかは何かを思い出したかのように恐怖の表情を浮かべて泣き始める。魂が戻り、ようやく目を覚ましたと思ったら突然泣き始めた想い人の姿に、流石に恭介も戸惑いを隠せなかった。

 

 「さやか!?ど、どうしたんだい!?いきなり泣き出して…」

 

 顔を伏せてボロボロと泣き叫ぶさやかの姿に恭介はどうしたらいいのか分からず先程の歓喜も吹き飛んでおろおろし始める。さやかはただただ泣きじゃくりながらポツリポツリと独白する。

 

 「う、ヒック、うう…、あ、あたし、マミさんや杏子の説得も聞かないで、暴走しちゃって…!!あたしの事、慰めて元気づけようとしてくれたまどかに、酷い事言って…!!挙句の果てに魔女になって、みんなに迷惑かけて…!!パパやママにも、先生にも、心配かけて…!!あたし、あたしって最低だよ…!!」

 

 「さ、さやか、それは…」

 

 さやかのまるで血を吐くような独白に恭介も何と言ったらいいか分からずに口ごもる。

 さやかが魔女化する経緯については、デジェルやまどか達から聞いている。確かにまどか達の言葉に耳を貸さなかったさやかにも多少は問題があるかもしれない。だが、一番責任があるのは、彼女が魔法少女となってしまう原因となってしまった自分自身だ。

 己が腕に大けがをしなければ、否、せめてあの時、さやかに八つ当たりなんかしなければ…。

 さやかは魔法少女になることなく、平凡な普通の中学生としての生を送れたかもしれないのに…。

 こんな、魔女とかいう化け物と命懸けの戦いを強要された揚句、最後には自分もその化け物となってしまうという『魔法少女』とは名ばかりの地獄への回廊を歩かせずにすんだかもしれないのに…。

 恭介が意を決してさやかに何か言おうとした時、さやかは彼の言葉を遮るかのように絶叫した。

 

 「あたしがっ…!!あたしがみんなを傷つけたんだ…!!正義の味方ぶって、自分勝手に暴走して、沢山の人に、迷惑掛けて…!!

 もう、もうあたしなんて生きている価値なんてないんだ…!!あのまま他の魔法少女に殺されていた方が……」

 

 「それは違う!!それだけは絶対に違う!!」

 

 さやかの血を吐くような言葉に恭介は眼の色を変えると彼女の肩を鷲掴みにする。さやかは肩を強く掴まれる痛みと、目の前の恭介の今まで見たことも無い、まるで怒っているかのような真剣な表情に言葉を失ってただただ呆然としていた。

 

 「きょう…すけ…?」

 

 「さやか、さやかは何も悪くない。悪いのは全部僕だ。

 あの時僕が君に八つ当たりなんてしなければ、君は魔法少女に契約することなんてなかった…!!

 腕が治ってからも学校でも君と碌に話もしないで、魔法少女になった事で悩んでいた君の事をずっとほったらかしにしてしまっていた…!!

 たとえ魔法少女に契約する事が防げない事だったとしても、あの時君と少しでも話をしていれば、相談に、乗ってあげられていたら…!!君は、こんなに苦しむ事も無かったかもしれないのに…!!

 だから君は悪くない!!悪いのは全部僕の方なんだ!!こんな、こんな左腕の為に、君の命をっ!!」

 

 恭介は悔しげに左手で地面を殴りつける。何度も、何度も、手の甲の皮がむけ、血が滲んでもなお地面に拳を叩きつける。まるで自分で自分の左手を壊そうとしているかのように、固い地面に何度も何度も拳を叩きつけた。

 かつてあれだけ完治する事を望んでいた左手を己の手で傷つける恭介の姿に、さやかは先程の鬱屈とした思考を放り出して慌てて恭介の腕に掴みかかった。

 

 「きょ、恭介!?あんたいきなりなにやってるのよ!!そんな、そんな事をしたらあんたの左手は…」

 

 「離してよさやか!!この左手のせいで君は負わなくてもいい苦痛を背負う羽目になったんだ!!こんな、こんな左手なんか…!!」

 

 「やめて!!やめてよ!!そんなことしたらあんたまたバイオリンを弾けなくなっちゃう!!夢だったんでしょ!?世界一のバイオリニストになる事が!!世界中の人達にバイオリン聴いてもらうことが!!あたしは恭介にその願いを叶えて欲しい!!その願いさえ叶ってくれたらあたしの魂なんか……」

 

 「君の命貪って叶える夢なんて、くそくらえだ!!そんな夢なんて、君に比べたら何の価値も無い!!」

 

 なおも止めようとするさやかに向かって恭介はホールに響き渡る程の大声で怒鳴りつける。まるで怒りと悲しみが入り混じったかのような叫び声、そして恭介の口から出た言葉に、さやかは驚きのあまり言葉が出なくなってしまう。

 口をポカンと開けたまま呆然としているさやかに構わず、恭介はまるでさやかに訴えかけるかのように言葉を続ける。

 

 「僕には君以上に大切なものなんてない!!君が側に居てくれるのなら左腕だってバイオリンだって捨てられる!!君が居なくなってようやくそれに気が付けた!!左腕が動かなくても、バイオリンが弾けなくても、君さえいてくれれば僕はそれでよかったんだ!!」

 

 「きょ、恭介…。それって……」

 

 恭介の言葉を聞いていたさやかの顔には、信じられないと言いたげな表情が浮かんでくる。目の前の恭介の迷いのないまっすぐな視線から目を逸らせないまま陸に打ち揚げられた魚のようにパクパクと口を開け閉めする事しか出来ない。

 恭介はさやかを、さやかの目をジッと見ながら、ゆっくりと口を開く。

 

 「好きだ」

 

 恭介はさやかへの想いを、さやかが居なくなって初めて知った彼女に抱く感情を、幼いころからずっと抱き続けてきた想いを、彼女へと告げる。

 

 「僕は、君が好きだ、さやか。上条恭介は、美樹さやかの事を、誰よりも愛しているんだ」

 

 「きょう…すけ…」

 

 恭介からの思わぬ告白に、さやかは言葉が出なかった。

 もう叶わないと、叶うことなんてないと思いこんで居た願いが、さやかが心の底で抱いていた本当の願いが今目の前で実現している。

 さやかが恭介の左腕の完治を願った本当の理由…。それはただ、恭介に自分の事を見て貰いたかっただけだった。

 左腕を治したのも、彼のバイオリンをもう一度聴いてみたいというのも全て口実に過ぎない。本当の望みは、左腕を自分が治した事を切欠に恭介に自分を見て欲しい、自分に少しでも関心を抱いて欲しい、そして、彼と恋人になりたい…。ただそれだけだった。

 幼いころから、さやかと恭介はいつも一緒に居た。互いの家に遊びに行ったり、一緒に勉強をしたり、恭介のバイオリンの練習を側で聴いたり…。そんな毎日を過ごしている内に、さやかの心には恭介への恋慕の心が知らず知らずの内に芽生えていた。

 だが、街を魔女から護る正義の味方として、私利私欲無く魔女と戦う魔法少女であるマミの姿に憧れて、結果己の為に願いを叶えると言う事が浅ましい事だと無意識に考えるようになってしまい、恭介の左腕を治したこともただ単純に彼にもう一度バイオリンを弾いて欲しかったから、という理由で己を納得させて、本来の望みを心の奥底へと押し込めてしまう事となった。それが結果として彼女を魔女へと変貌させる羽目になってしまったのは皮肉でしかない。

 絶望し、魔女となったさやかは己の本当の望みに気が付いていた。恭介に自分を見て欲しい、彼の恋人になりたい…。その望みが、彼女が魂を掛けても叶えたかった望みが今ようやく叶おうとしているのだ。キュゥべえの胡散臭い奇跡ではなく、他ならぬ想い人、恭介の手によって…。

 

 「でも…、恭介…、仁美は……」

 

 だが、さやかの脳裏には自分に宣戦布告してきた仁美の姿が浮かんでくる。

 仁美もさやかと同じく恭介に恋心を抱いていた。それだけではなく自分が恭介に恋心を抱いていた事にも勘付いており、さやかに宣戦布告した折には自分よりも先に恭介に告白するように背も押してくれた。なのに臆病な自分は恭介から逃げ出して結果的に仁美に後れを取ってしまった。有言実行な性格の仁美の事だから恭介に既に告白している事は間違いないだろう。思いきって自分の想いを伝えた仁美を差し置いて、自分が恭介の彼女になってもいいのだろうか…。さやかの心にそんな疑念が浮かんでしまい、恭介の手を取る事を僅かに躊躇してしまう。

 そんなさやかの胸の内を悟ったのか、恭介は彼女を安心させるように微笑んだ。

 

 「志筑さんの告白は…、断ったよ。確かに志筑さんも魅力的さ。告白されて嬉しくないと言えば嘘になる。…でもね、僕にはもう、君って言う大切な人がいるんだ。志筑さんに告白された時にはまだ少し、自覚が足りなかったけれど…、それでも彼女に告白された時、何故か君の顔が頭に浮かんだ。

 だから彼女の告白は受け入れられなかった。だから……彼女には付き合えないって断ったよ。志筑さんも納得してくれた。ひょっとしたら……、志筑さんは僕の本当の気持ちに既に気付いていたのかも、しれないね…。だからそれを気付かせるために、僕にわざと告白したんじゃないかって…。ま、これは僕の想像だけどさ」

 

 「仁美…、そんな…」

 

 恭介の言葉にさやかは唖然としてしまう。仁美の想いに気が付かない恭介に、ではなく、恭介から語られた仁美のあまりの潔さと強さに…。

 仁美の告白は間違いなく真剣だった。彼女は本気で恭介に惚れていたし願うことなら恋人になりたいとも思っていたに違いない。それこそ例え恭介に振られても諦めきれない程に…。

 それなのに彼女は、恭介が自分の事を好きだと知ると身を引いた。本当は悔しくて泣きだしたいだろうに、恭介の話ではそんな素振りは欠片も見せなかった。そんな恋敵の強さが今のさやかには少し羨ましかった。

 

 「で、でも…、恭介…。あ、あたしでいいの…?こんな、こんなゾンビ同然で化け物にまでなっちゃって、まどか達に、ひ、酷いことしちゃったあたしでも…?」

 

 「魔法少女の魂がソウルジェムだって事かい…?今の君の魂はちゃんと君の身体に戻っている。だから君はゾンビなんかじゃないよ。それに、たとえ君の魂が何処にあっても僕にとって君はさやか以外の何者でもない。気が強くて、それでいて変な所は繊細で、乱暴そうに見えて本当は優しい、僕にとって何よりも大切な女の子、それだけだよ」

 

 「きょ……すけ…」

 

 そのままさやかは恭介の腕で抱きしめられる。恭介に抱きしめられたさやかは、彼の言葉とその抱擁の温かさに、思わず涙が零れそうになってしまう。

 ずっと想い続けた大切な人に想いを告げられ、抱きしめられる…。それだけで絶望に塗れて凍りついていたさやかの心は、彼の温もりによって溶かされ、癒されていった。

 恭介の胸に無意識に縋りつくさやか、そんな彼女を抱きしめながら、恭介は優しく微笑んだ。

 

 「だから聞かせてくれないかな、さやか…。君の、本当の気持ちを…」

 

 「きょう、すけ…、あ、あたし……」

 

 恭介の優しい言葉に、さやかの双眸から涙が溢れる。そして、胸の内にしまいこんでいた彼への想いも、恭介の言葉が最後のひと押しとなり、さやかの口から言葉となって溢れ出る。

 

 「あたしも、恭介が、好きっ!!大好き!!ずっと前から、幼稚園の頃からずっと、恭介の事が大好きだった!!」

 

 「うん…」

 

 堰を切ったかのように流れ出るさやかの愛の言葉、涙を流しながら訴えるかのように流れ出す幼馴染の自分への愛に、恭介はただ相槌を打ちながら聞いていた。

 

 「だから……嫌だった!!恭介を仁美に盗られるのが…嫌だった!!あたしが恭介に告白したかった!!でも、でももう魔法少女だから、魂の無いゾンビだからっ!そんなこと、恭介に知られたくないって…、だから、逃げ出して…」

 

 「うん、うん…」

 

 さやかを抱きしめながら彼女の言葉を聞く恭介の目からも、涙が零れ落ちる。

 恭介は嬉しかった、今自分の腕の中に、自分が心から大切だと思える少女がいる事が。

 彼女から自分がこんなにも想われていたと言う事が。

 そしてそれが、彼女自身の言葉で聞けた事が…。

 左腕が治った時よりも、ずっと大きな歓喜で恭介の心は満たされていた。

 

 「あ、あたし、謝らないと…!!まどかに、マミさんに、ほむらに、杏子に…!!パパにも、ママにも、迷惑かけちゃってゴメンって…!!早乙女先生や…、クラスの皆にも…!!」

 

 「鹿目さんも巴さんも、君の事を怒って無かった。君の事をずっと心配してたよ…?だから、帰ろうさやか。僕も一緒に怒られてあげるから、さ?」

 

 「きょう、すけぇ……」

 

 「だから、今は泣きなよ。僕だって、男の癖に泣いてるんだからさ?一杯泣いて、泣きじゃくって、嫌なこと全部、吐き出しちゃおうよ、ね?さやか?」

 

 「っく、ヒック、きょ、すけ、うわあああああああああああああん!!」

 

 さやかは恭介の胸に縋りつき、まるで駄々っ子のように泣きじゃくった。今までの苦しみ、悲しみを発散し、押し流すかのように大粒の涙をこぼして泣いて泣いて泣きまくった。

 恭介は自分の胸の中で泣きじゃくるさやかを、黙って優しく抱きしめる。もう二度と離さないとでも言うかのように、彼女を優しくもしっかりと抱きしめた。

 

 

 

 聖闘士SIDE

 

「おうおう俺達の見てる前でイチャイチャしやがって…。羨ましいですねコノヤロー…」

 

 「まあまあマニゴルド、…とはいえ二人にも時と場所を考えて貰いたいものだな。流石に一人身にこれは辛い…」

 

 そんな互いに抱き合う恭介とさやかを、マニゴルドとデジェルは何処か複雑な表情で眺めていた。

 確かに本来なら結ばれなかった二人が結ばれさやかが幸せになった事は喜ばしい事、喜ばしい事ではあるのだがせめて誰も居ない所でやって欲しいと一人身である健全な一人身男性二人は心の中でぼやいていた。

 

 「…まあ、二人共ようやく想い人と想いを伝えあえたのだから我々の存在を忘れて、というのもあるんだろうな、別にいいが」

 

 「だがよォ、俺達の存在はともかくとして、だ。コレだけは忘れちゃいけねえんじゃねえのか?……そら」

 

 マニゴルドの言葉と同時に背後で何かが動く気配が伝わってくる。恐らく目の前の二人は気付いていないのだろうが黄金聖闘士である二人には、背後で何かが、巨大な何かが僅かに動いたことを既に察知していた。

 

 「…やはり、まだまだ夜は終わりそうにない、か…」

 

 「の、ようだぜ?」

 

 背後から起き上がろうとするソレに、デジェルは軽く溜息を、マニゴルドは獰猛な笑みを浮かべた。

 




 さやか救出して恭介のさやかが無事くっつき、無事ハッピーエンド!!

 ……と、そうは問屋が下ろしません!まだまだ一波乱残っておりますのでどうか次回もご覧下さい!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。