魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 さやか救出編は三章に分けて書いていく予定です。
 まずは第一楽章、結界突入編となります。少々長くなりますがどうぞ気長にお付き合いください。


第40話 さやか救出作戦 第1楽章

 屋上でマミ達との昼食及びさやか救出の相談を終えた上条恭介は、その後は午後の授業を聞き流して放課後になるのを待った。

 今日は魔女化したさやかを救出する作戦の決行日、デジェルとマニゴルドとは放課後に校門前で待ち合わせる約束だ。さやかを絶対に助けなければならない、という気合と失敗は絶対に許されないというプレッシャーで、何時もならば真面目に授業を受ける恭介も、今日に限っては先生の話に集中できないでいた。

 そしてあっという間に午後の授業も終わって放課後、恭介は既に使いなれた松葉杖を突きながら学校の玄関を出て、校門前へと急ぐ。

 校門を出た恭介はキョロキョロと左右を見回す、が、校門付近にいるのは下校する生徒の姿のみ、彼が探す人影は何処にも無かった。

 まだ来ていないのか、と恭介は溜息を吐いてそのまま校門から出て行こうとした瞬間、突然何者かに肩を叩かれた。背後からいきなり型を叩かれ、恭介は仰天して弾かれるように背後を振り向いた。

 

 「フ、時間通りだな、恭介君」

 

 「おいおいそんなビビるなよ、ちょいと気配消してただけだぜ?」

 

 振り返った恭介の視線の先に居たのは、恭介の反応にクスクスと可笑しそうに笑う水瓶座のデジェル、そして悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべたマニゴルド、恭介が待ち合わせていた二人の黄金聖闘士がいつの間にか彼の背後に立っていた。

 恭介は二人の姿を見ると、安心した様子で大きく溜息を吐いた。

 

 「な、なんだ、デジェルさんにマニゴルドさんですか…。い、いきなり後ろから肩を叩かないでくださいよ、本当に心臓に悪いです…」

 

 「ククッ、いやいやすまない。少し緊張しているようだったからね、それをほぐす為に少しからかってみたんだよ。どうだい?少しは力が抜けたかな?」

 

 「いえ、全く…」

 

 恭介のセリフにデジェルは『そうか…』と呟いて何やら考え込む。恭介はそんなデジェルを呆気にとられた様子であったが、いつの間にか恭介の真横に移動していたマニゴルドはそんな彼の様子を面白そうに眺めている。

 

 「ま、あいつもあいつなりに坊ちゃんの事を気にかけてやがるのよ。まあそれでなくても力は出来る限り抜いておいた方が良いぜ?無駄に緊張していると戦場じゃあ命取りになるからよ、適度にリラックスはしておきな」

 

 「戦場って…」

 

 物騒なセリフに恭介は顔を引き攣らせる、が、マニゴルドの言葉に間違いは無い。

 恭介達がこれから向かう場所は戦場、文字通り殺し合いの場なのだ。半端な気持ちを抱いていったのならば間違いなく死ぬ。ましてや碌に喧嘩もやった事がない上に足の故障している恭介では尚更だ。

 いかに聖闘士二人が護衛してくれるといえども、それでも絶対ではない。万が一にも敵の攻撃の余波等に運悪く当たりでもしたら……、そう考えただけでも背筋が寒くなってくる。

 

 「…ま、とにかくいつまでもこんな所に突っ立ってるわけにもいかねェ。おいデジェル、そろそろ行こうぜ?」

 

 「……ん?ああ、そうだな」

 

 マニゴルドは未だに何か考え込んでいるデジェルにそういって促す。デジェルは若干上の空ではあったが、マニゴルドの言葉に従って彼のの後に着いて歩き始めた。恭介も慌てて松葉杖を突きながら彼等の後を追いかける。

 それから三人は、さやかの魔女結界が現在存在する場所へと向かって歩いていた。松葉杖をついている関係上常人よりも歩く速度が遅めな恭介を気遣い、デジェル、マニゴルドは歩幅も狭めに歩みも通常よりもゆっくり歩いている。とはいえ結界の監視を依頼しているアルデバラン曰く、結界は今のところ移動する様子は無く、魔法少女達が来る様子も無い為しばらくは大丈夫とのことらしい。幸い学校からさほど遠い場所でも無い為、少々ゆっくり歩いたところで充分間に合うだろうとデジェルは予想している。だからこそこうしてゆっくり歩きながら雑談したりすることも出来るのだが…。

 

 「ところで恭介君、昨日私が持ってくるように言っておいたお守りは持っているかな」

 

 「え?あ、あれなら此処に…」

 

 唐突にデジェルに質問された恭介は、胸ポケットからひもの付いた緑色の宝石を取り出して、デジェルに見せる。それは入院中、デジェルが恭介にお守りと称して渡したあの石であり、あれから恭介はこれを肌身離さず持ち歩いていた。

 デジェルはお守りを見るとコクリと頷いた。

 

 「そうか、持っているか。ならば良し。それは大事なモノだからね、絶対に落としてはいけないよ?」

 

 「へ?は、はい…」

 

 デジェルの言葉に恭介は一瞬訳が分からないとでも言いたげに眉を顰める。

 何故いきなりこの石の事を切り出してきたのか、そもそもデジェルは何故恭介にコレを持ってくるように言ったのか…、分からない事が多くて恭介は内心首を捻る。

 一方マニゴルドは恭介のお守りを見ると何故か僅かに眉を顰め、隣を歩くデジェルの肩を掴むと自身の側へと引き寄せる。

 

 「……デジェル、お前まさかあの坊ちゃんにアレ渡したのかよ…?あんなのあの坊ちゃんにゃ宝の持ち腐れだろうが…」

 

 ヒソヒソ声で耳元で話しかけてくるマニゴルドに対し、デジェルはいつも通りの態度を崩さない。

 

 「大丈夫だ、事がすんだら返してもらうし、…それにアレはもしもの時に役に立つ。まあ安心して見ているといいさ」

 

 「あ、そうかい…、まあお前がそう言うならそうなんだろうけどよ…」

 

 デジェルの自信ありげな返答にマニゴルドは半信半疑と言った様子で従った。一方二人のやり取りを見ていた恭介はますます訳が分からない様子で首をかしげている。

 その後三人とも何も話さずに歩き続ける。やがて街中を通り過ぎて、街の郊外へと移動した三人は、ある公園で立ち止まった。その公園はつい二日前、恭介が仁美に告白された場所、そして、これは恭介も知らない事であるが、恭介達が立ち去った後、まどかとさやかが雨の中でひと悶着起こした場所でもある。

 公園には何処にも人影は無い。普段ならば幼子が親と一緒に遊ぶであろう遊具、ブランコや滑り台にも今日に限っては誰も遊んでいる者が居ない。

 デジェルとマニゴルドはそんな誰も人がいない公園へと入っていく。恭介も慌てて二人の後を追いかける。

 やがて二人の脚は、公園の端にあるベンチの前で止まった。

 そこは普通の人間が見たのではただのベンチと変わらない。ただ雨を防ぐ天蓋があるだけの腰かけ用の長椅子に過ぎないだろう。

 だが、もしも魔法少女が、あるいは特殊なモノを『視る』事が出来る人間がそれを見たのならば、その目には全く別の光景が映るはずだ。

 まるでベンチ全てを覆い尽くすような巨大な黒い渦…。

 そしてその渦の中心にある罅割れたような裂け目…。

 一般人である恭介には見れないであろうその光景が、デジェルとマニゴルドにははっきりと視認出来ていた。

 ここが魔女の、魔女と化した美樹さやかが潜む結界の入り口…。

 

 「…ここか、恭介君、下がってくれ。結界の入り口を開く」

 

 デジェルは恭介を自分の背後に隠しながら空間の裂け目に手をかざし、己の小宇宙を流し込む。

 すると、段々と空間の裂け目が広がっていき、最終的には三人が並んで侵入できる程の大きな円形となった。入口が広がった瞬間、恭介でも視認出来る程の魔力が結界から溢れ出してくる。

 

 「へ…?うわあ!?」

 

 突然目の前に出現した空間の穴に、恭介は驚きのあまりバランスを崩して尻もちをついてしまう。空間に穴が開く等と言う現象は、平凡な毎日を送る常人ならばまず体験する事がないであろう超常現象、いくら恭介が非日常に片足を突っ込んでいるからとはいえ、驚くなと言う方が無理であろう。デジェルは苦笑しながら立ちあがろうとする彼を助け起こした。

 

 「あ、ありがとう、ございます…」

 

 「気にするな。さて、行こうか?」

 

 そう言いながらデジェルは結界の入口へと入っていく。その後ろ姿は入り口にはいるや否や、直ぐに闇へと紛れて見えなくなってしまった。呆気にとられた様子でデジェルの後姿を見送った恭介、その横ではマニゴルドが嬉しそうに指を鳴らしていた。

 

 「さあって、地獄の一丁目でございっと…。んじゃあ行くか」

 

 「…は、はい…」

 

 さっさと結界へと侵入してしまうマニゴルドの後を追って、恭介も若干躊躇いがちに結界の内部へと足を踏み入れた。

 結界の内部は、魔女の魔力による影響で暗く、最初は何も見えなかったものの、段々と目が慣れてくると内部の様子がはっきりと見えてきた。

そこは壁が一面ガラス張りにされている、まるで水族館のような空間で、水槽のような壁にはあちこちにポスターが貼られている。ポスターは恭介には読む事の出来ない文字で書かれているが、コンサートホールに指揮者とオーケストラ、そして自分によく似たバイオリンの奏者の絵から見て何かのコンクールのポスターである事は分かる。

恭介は目の前のポスターから目を離せず、食い入るように見つめてしまう。デジェルは使い魔の気配を探りながら、ポスターを呆然と眺める恭介へと視線を向ける。

 

「魔女は人間だった頃の理性は失っているものの、人間であった頃強い印象に残った記憶は残り、その記憶が魔女の結界にも反映されると言う…。この水族館のような結界も彼女の記憶から反映されたモノのようだが…、恭介君、これに見覚えが?」

 

デジェルに問いかけられた恭介は、ふと過去の記憶を思い返す。

 

 「確か…、子供の頃にさやかと一緒に水族館に行った事が…。それからこのポスター…、子供の頃の発表会のモノによく似ている…」

 

 次々とさやかとの過去を思い出していく恭介。彼の独白を聞きながらデジェルは、ポスターを壁からはがすとポスターに書かれている謎の文字に視線を落とす。

 

 「フム、これは魔女の文字、だな…。人間が使うモノとは少々異なっているが、何とか読めそうだ…。…成程、これは恭介、と書いてあるな…」

 

 「…え!?」

 

 デジェルの言葉に恭介は弾かれたように顔を上げてポスターを凝視する。

 恭介には魔女の文字を読む事は出来ない。だからそこに何が書いてあるかははっきりとは分からない。だが、デジェルの言った事が正しいのなら、そこに書かれてあるのは自分の名前だという。

 ポスターを見ながら動揺する恭介。すると、いきなりマニゴルドが何かをポスターの裏側を興味深々に覗きこんできた。

 

 「お?裏にも何か書いてあらァ。え~と?…Look at me…、私を見て、か…。要約すれば『恭介君、あたしを見て!』とでもいいたいんだろうねェ~、このお嬢ちゃんは」

 

「……!!」

 

マニゴルドの言葉に恭介は、デジェルの手からポスターを奪い取ると急いで裏面を見た。

そこには確かに表面と同じ文字で、何かが書かれてある。マニゴルドの言葉が正しければ、「私を見て」と…。

 

「さやか…」

 

 恭介はポスターに書かれたさやかの願いに、無意識の内に涙を流していた。

自分には読む事の出来ない文字で書かれたさやかの真摯な願いに、魔女へと変貌し、もはや人間とは別の存在へとなり果ててもなお、心の底で自分の事を想い続けている少女の一途な心に、恭介の胸に引き裂かれたかのような鋭い痛みが走る。

さやかの想いに気付いてあげられなかった事と、彼女を魔女になるまで追いつめてしまった事への悔恨と、彼女が契約する事を防げなかった己自身への怒りから…。

 デジェルはそんな恭介の肩をそっと手を添える。恭介は無言ながら自分を気遣ってくれるデジェルに一度顔を向けると松葉づえに寄りかかってよろよろと立ちあがり、奥へと歩きはじめる。デジェルとマニゴルドは、そんな彼の歩調に合わせて後ろからついていく。

 しばらく通路を進んでいくと、奥から微かに何か音が聞こえてきた。それも何か物が地面に落ちるような単一的な音ではなく、幾つもの楽器が規則正しく響いてくる。常人以上の聴覚を持つデジェルとマニゴルド、そしてバイオリニストとして幾つもの曲を聴き、聴覚を鍛えてきた恭介にはその音が何なのかを、はっきりと理解する事が出来た。

 何かの演奏、それも何種類もの楽器を使い分けたオーケストラだ。三人とも聞いた事がない曲ではあったものの、何らかのオーケストラがこの廊下の奥で演奏している事は間違いない。通路の先から聞こえてくる演奏に訳が分からなさそうな恭介に対し、聖闘士二人は真剣な表情でまだ見えない通路の奥を眺めている。

 

 「目的地まであと少し、か…。急ぐぞマニゴルド、恭介君」

 

 「あいよ、そら、行くぞ坊ちゃん!」

 

 「え?あ、ま、待って下さい!」

 

 突然自分の先を歩き始めた聖闘士二人を恭介は慌てて追いかける。とはいえデジェルとマニゴルドの二人の歩調は恭介に合わせてか大分遅めであり、直ぐに追いつく事が出来たが。

 通路を進んでいくうちに、段々とオーケストラの音量が大きくなってくる。そして、三人がそのまま通路を進んでいくと、目の前に巨大な観音開きの扉が出現した。オーケストラはこの奥で演奏しているらしく、扉の向こう側からはけたたましい楽器の音が鳴り響いてくる。

 扉の前で立ち止まったデジェルは背後の恭介へと振り返った。

 

「さて、この先が結界の最奥、魔女化したさやか君がいるのだが…」

 

「……!!」

 

 デジェルの言葉を聞いた瞬間、恭介は脱兎のごとく扉に駆け寄ろうとする、が、扉の取っ手を掴もうとした瞬間、デジェルに肩を掴まれて押しとどめられてしまう。必死な形相でこちらを睨みつける恭介に、デジェルはやれやれと言った様子で肩を竦めた。

 

「待ちたまえ、今のさやか君は魔女になって理性を失っている。今のこのこと彼女の前に飛び出すのは死にに行くのと同意義だ」

 

デジェルの言葉に恭介はハッとする。

デジェルの言うとおり、今のさやかは魔女となってしまっている影響で自分達が誰なのかを認識する事が出来なくなってしまっている。魔女へと変貌した今の彼女にとって、自分と使い魔以外は自分の世界を侵略しようとする敵でしかないのだ。だからいくら人間時代は想い人であったとはいえ、今恭介が彼女の前に出て行ってしまえばすぐさま殺されてしまう可能性が高い。

扉を開けた先にさやかがいる…。そう言われて衝動的に扉を開けようとした恭介は、デジェルの言葉で思いとどまるものの、それでも未練ありげに目の前の巨大な扉にチラチラと視線を向ける。

 

「そ、そんな…、で、でもそれじゃあさやかは…」

 

「焦ってはいけないよ。少し待ちたまえ…」

 

恭介を押しとどめながらデジェルは恭介へと手をかざす。すると、恭介の周囲にまるで冬の風のように冷気が纏わりついてきた。突如として自分を中心に渦を巻く冷たい風に戸惑う恭介に、デジェルは再び口を開く。

 

 「君の周囲に私の小宇宙を張り巡らせておいた。攻撃に反応して防御をしてくれる。大抵の魔女や使い魔程度の攻撃なら、これで防げるはずだ。それから…」

 

 突如デジェルは口を閉じると軽く指を弾いた。瞬間、今まで何も無かった空中に、円筒形の氷の棺が出現し、地面にゆっくりと降りてきた。それはフリージングコフィンによってつくられたさやかの氷の棺。黄金聖闘士3人がかりでも破壊できないと言われるデジェルの凍気により創られた氷の中に封印されたさやかは、まるで眠っているかのように安らかな顔をしている。

 

 「魂の器を、用意しないとな。あるべき器を持たない魂はそのまま冥界へと送られてしまう、そうだったな?マニゴルド」

 

 「そうそうその通り。よほどこの世への執着の強ええ魂じゃねえ限り肉体から離れた瞬間即、冥界行きだ。だから魂この世に留めたかったら『魂』を留める器を……っておい、どうしたんだ坊ちゃんよそんなアホみてえな面しやがって」

 

 平然とした顔で会話する聖闘士二人に対して、恭介は突然目の前に出現した氷の棺を唖然とした表情で眺めている。目の前で何が起きたのか全く持って分からないと言いたげな風体だ。

 

 「え…、えっと、あの、で、デジェル、さん…?」

 

 「ん?どうかしたのかね恭介君。そんな鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして。一体何に驚いているんだい?」

 

 目を白黒させている恭介の姿を見て、本気で訳が分からないと言った様子で問いかけてくるデジェルに、恭介はおずおずと口を開いた。

 

 「あの…デジェルさん…、その、さやかの身体なんですけど、一体何処から出したんですか?確かそれって暁美さんの家に置きっぱなしのはずじゃあ…」

 

 恭介の記憶が正しければ、さやかの身体を収納した氷の棺は確か暁美ほむらのマンションに置きっぱなしであったはずだ。それ以前に今の今まで持ち歩いていなかったこんな大荷物を一体何処から取り出したのか、頭に次々と疑問符が沸き上がってくる。

 一方恭介の疑問を聞いたデジェルは、成程とばかりに軽く手を打った。

 

 「ああなるほど。いやなに、私の同僚と先輩が使っていた技を少々真似したものなのだがね。ほむら君の部屋に置いてあったさやか君の肉体を此処までテレポートさせただけだよ。ま、ちょっとした手品のようなものだ」

 

 「…いや、瞬間移動させている時点で手品なんてレベルじゃない気が…」

 

 現代の技術でも不可能なテレポーテーションを顔色一つ変えずにやってのけたデジェルに、恭介は少しばかり顔を引き攣らせる。そんな恭介の姿にデジェルは困ったような笑顔を浮かべ、マニゴルドはやれやれと肩を竦める。

 

 「オイオイ坊ちゃんよ、こんなのはまだまだ序の口だぜ。もっと派手なモノ使う連中も聖闘士にゃ居やがるんだぜ?この程度で驚いてちゃ身体持たねえぞ?」

 

 「もっと派手なモノ…、ですか…。はあ…」

 

 テレポーテーションだけでも恭介にとっては衝撃的なモノだと言うのに、それすらもまだ序の口だとは…。

 つくづく彼等が常識外の超人なんだなあ…、と恭介は結界内だと言う事も忘れて少しばかり唖然としてしまった。

 

 「さて、突入の前に作戦を確認しよう。まず、私がさやか君の動きを封じ、その隙にマニゴルドが積尸気冥界波でさやか君の魂を元の肉体に戻す、それだけだ。恭介君はさやか君の身体に付き添ってあげてくれ。彼女が目を覚ました時、側にいてあげられるのは君だけだからね」

 

 デジェルは手を叩いて話を終わらせると、さやか救出の作戦について二人に説明する。とはいえマニゴルドはデジェルの語る作戦については事前に彼の相談に乗っていた為に全て知っており、実質恭介一人に対する説明となっているが。

 一方説明を聞いていた恭介は、途中までは黙って聞いていたものの、自身の役割について語られた時、え?と驚いた表情でデジェルを見上げた。

 

 「側で…、見守る…、それだけですか…?僕の、役目は…」

 

 「そうだ。たとえ魔女から人間に戻っても、彼女の心は深い傷を負っている。それを癒してあげられるのは、君だけだからね。こればかりはまどか君や杏子君でも出来ない事だ」

 

 「心の、傷……」

 

 さやかは己の叶えた願いへの後悔と、魔法少女と言うものに対する絶望によってソウルジェムが濁り、魔女と化してしまった。よしんば元の人間へと戻せたとしても、魔法少女であった頃の絶望の記憶と悔恨の念が消えるわけではない。ヒトに戻った後に魔法少女であった頃の記憶、そして魔女出会った頃の記憶による悪夢に生涯さいなまれる事になる可能性もあるのだ、否、彼女の性格からして寧ろその可能性が高い。

 そんな彼女の心を支えてあげられる存在、それがヒトに戻ったさやかには必要なのだ。彼女の心の傷を癒し、痛みを共有してあげられる存在…。

 それは親友であるまどかと仁美、あるいは同じ魔法少女であるマミや杏子ではない。彼女の願いの起源であり原点…、幼い頃から彼女が恋焦がれていた少年、上条恭介にしか出来ない事であるのだ。

 

 「……故に君に白羽の矢が立った訳だ。正直言ってこれはまどか君達や私達でも不可能な事だからね。彼女の心のケアは、君に任せたよ」

 

 「まっ、お前さんとしても可愛い女の子をゲット出来るから結構お得だろうが?つーわけで気張っていきやがれよ少年!!てか?」

 

 「おぶっ!!へ?へ?えぇ!?さ、さやかを支えるって、ぼ、僕が!?い、いやそりゃ僕はさやかが好きだし将来結婚したいな~なんて考えても………って何を言ってるんだ僕はああああああああ!!!???」

 

 真面目な表情で恭介の役割について説明するデジェルと肩を叩きながら恭介をからかうマニゴルド。そんな二人の言葉に恭介は頬を真っ赤に染めて支離滅裂な言葉を吐きながらパニックを起こしてしまっている。そんな恭介の姿にデジェルは困った様子で髪を掻き、マニゴルドはゲラゲラと大笑いしている。

 …とてもではないが何時敵が襲ってくるか分からない魔女結界での態度とは思えない。

 

 「さて、と…。ふざけるのはここまでにしてそろそろ行こうか。『彼女』も既にお待ちかねだろうしな。…恭介君、覚悟は良いかい?」

 

 デジェルの言葉に恭介の意識が一瞬で元に戻る。見るとマニゴルドも薄笑いを浮かべながらも油断なく扉を、その奥に潜んでいるであろう魔女を見据えている。その姿を見て恭介も表情を引き締める。そんな彼の姿にデジェルも満足げに頷いた。

 

 「フッ、答えは聞かなくても良さそうだな…。では…、行くぞ!!」

 

 デジェルは目の前にそびえる扉に手を当てると思い切りそれを押し開いた。瞬間、三人の目に今までの水族館に似た通路とは全く異なる光景が飛び込んできた。

 そこは、まるで広大なコンサートホールのような空間であった。

 周囲には観客席が並び、目の前の巨大なステージでは、青白い影のオーケストラが一心不乱に騒々しい曲を奏で続けている。

 そして、ステージの間後ろ、オーケストラを見降ろすように一段高くなっているそこに、巨大な化け物が鎮座していた。

 化け物の姿はまるで、鎧を纏った人魚のような姿をしており、オーケストラの曲に合わせて身体を揺らし続けている。

 この化け物こそ結界の主、人魚の魔女「オクタヴィア・ヴォン・セッケンドルフ」。かつて、愛する人の為に願い、大切な人を守る為に戦い続けた魔法少女、美樹さやかのなれの果ての姿であった。

 

 「……!!」

 

 改めて魔女の姿を目の当たりにし、恭介の脚は竦んでしまう。そのおぞましい姿と禍々しい魔力に、恭介の全身の細胞が逃げろとの警報を発しており、恭介自身も逃げたい、今すぐ松葉杖を投げ捨てて背後へと逃げ出したいと言う思いが心に芽生え始めている。

すると、ガタガタ怯えている彼の肩を、デジェルが力強く叩いた。突然肩を叩かれた恭介が、恐る恐る後ろを振り向くと、デジェルは恭介に優しく微笑みかけた。

 

 「怖いか?恭介君」

 

 デジェルの穏やかな問い掛けに、恭介は震えながら頷いた。そんな恭介の反応にデジェルは「そうだろうな」と頷いた。

 

 「無理も無いだろう、だが、目を逸らしてはいけない。アレが、アレが君の愛する少女、さやか君本人なんだからね」

 

 「………!!」

 

 恭介はハッとすると再び魔女へと視線を戻す。視界に映るのはやはり恐ろしい姿の人魚の魔女。だが、よく見るとその姿はどことなく儚げで、頼りなさそうに見えてくるのだ。

 身体を揺らすたびに軋む鎧の音、仮面から漏れる魔女の呻く声…。それはまるで彼女が啜り泣いているかのようで…。

 恭介は目の前の魔女の姿に、目を離せないでいる。ホール中にやかましく響き渡る楽団のオーケストラすら気にならない。ただただジッと魔女を見つめ続ける。

 すると、突然今まで動く気配すらなかった魔女の巨体が動き始める。その虚ろな三眼は恭介へと向けられている。だが、それは彼が己の幼馴染だと理解したからではない、興味や好奇心でも無い。己の領域である結界に侵入した愚かな侵入者への怒り、使い魔の奏でるオーケストラに耳を傾け、在りし日の幸せな思い出に浸っていたところを邪魔された事への憎悪、それしかないのだ。

 魔女から放たれる敵意と殺意…、それを真正面から受けた恭介の全身が再び恐怖によって痙攣し始める。と、彼を押しのけるようにデジェルとマニゴルドが前へと出てくる。

 

 「やれやれ、魔女になったせいで恭介君の事も認識出来なくなっているとは…。全く厄介極まりないな、魔女化と言うのは」

 

 「結界ン中引きこもって己の世界に浸って自己満足してやがるから、おつむも少しばっかしボケてきてやがるんじゃあねえの?ったくこれだから引きこもりだのニートだのってのは始末に負えねえぜ」

 

 「引きこもり、ねえ…、まあ確かにたとえとしては間違ってはいないんだろうが…、まあいい」

 

 マニゴルドの軽口に苦笑いを浮かべながらデジェルは背後の恭介に視線を向けた。

 

 「恭介君、下がっていたまえ。さやか君の身体の側に着いていてくれ」

 

 「巻き込まれて死にたかねェだろ?その嬢ちゃんの死体の前で番してな。安心しろ、直ぐに片付けるぜ?」

 

 「………はい」

 

 デジェルとマニゴルドに促され、恭介はさやかの棺の側へと急いで移動する。松葉杖を突きながらであるため、時折よろけて転びそうになるものの何とかさやかの側へと辿りつく。恭介がさやかの側へとたどり着いたのを見届けた二人は、改めて人魚の魔女へと向き直る。一方人魚の魔女は、己の演奏会を邪魔し、己の領域を侵犯してきた敵三人に向けて怒りの咆哮を放った。

 殺意と魔力の籠った怒号に恭介は恐怖のあまり地面に尻もちを着いてしまう。が、一方で彼女の怒りを真っ向から受けているはずの聖闘士二人はまるでそよ風に当っているかのように顔色一つ変えず涼しげに受け流していた。

 

 「おうおうデジェル、どうやらお嬢様は俺達にお怒りのようだぜ?」

 

 「まあこちらは勝手に縄張りを侵害しているようなものだ、仕方がないだろう。とはいえこちらも彼女を助けると言うやんごとなき事情がある。時間も押している事だし早めに片付けるぞ」

 

 「あいよ。…さァて、それじゃあその魂、狩らせてもらうぜお嬢ちゃんよ!」

 

 「皆を心配させたお仕置きだ、少しばかりきついのを喰らわせるから歯を食い縛ってもらうぞ、さやか君!」

 

 黄金聖闘士二人が各々魔女に向けて啖呵を切ると同時に、魔女の創りだした無数の車輪が彼ら目がけて降り注いだ。

 


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