魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 投稿まで大分間が空いてしまいました。ですが何とか七月中に投稿出来てよかった…。
 今回はまどか、マミ、恭介サイドの話…。ようやくまどかとマミが真実を知ることに…。


第35話 その頃彼女達は…。

 放課後、まどかは仁美、そしてマミと一緒にさやかを探すために街へ繰り出していた。

 

 「巴先輩、どうもすみません…。私達に付き合って下さって…」

 

 「気にしないで、さやかさんは私にとっても大事なお友達だもの。…さてと、じゃあこれからさやかさんを探すんだけど、一つ提案なんだけど三人別れて探索しない?」

 

 「え?」

 

 「三人、別れて、ですか…?」

 

 突然マミから提示された案にまどかと仁美はキョトンとしていた。マミは二人の様子に気付いているのか居ないのか自信ありげに頷いた。

 

 「そっ!三人別々で別の場所を探索、何か変わった事があったら携帯電話で連絡、そして一定時間後に決められた場所に集合って決めておくのよ。そうすれば探す範囲も広がってさやかさんを見つけられる効率も上がるわ!」

 

 「な、なるほど…」「た、確かにそうかもしれないですわね…」

 

 ノリノリな様子で説明するマミにまどかと仁美はポカンと呆気に取られるしかなかった。 

 結局マミに乗せられる形で二人は三人別れてさやかを探索する事となってしまった。

 何か変わった事があったら必ず連絡、そして一時間後には見滝原駅近くに集合という約束で、三人は解散、さやかの探索を開始した。

 まどかはいつもさやかと一緒に歩くショッピングモールを探索する事となり、放課後よくさやかと一緒に立ちよった店の中を覗いたり、店員から話を聞いたりしてさやかの行方を探す。

 

 『…まどかさん、どう?さやかさんの行方は分かったかしら?』

 

 ショッピングモールの店を回る事30分、上条恭介が入院中の時に、よくさやかと一緒に立ち寄ったCDショップの探索で、結局さやかを見つけられずに出ようとするまどかの脳裏で、マミのテレパシーによる声が響き渡った。

 

 『…駄目です。前によく寄ってたCDショップにも居なくて、店員さんも見ていないって…』

 

 『そう…、私ももしかしたら魔女を探しているんじゃないかって路地裏を探し回っているんだけど…、影も形も見当たらないわ…』

 

 マミはさやかが未だに魔女退治に拘っているのではないかと街の路地裏を走りまわっている。が、どうやら当てが外れたのかそれとも一足違いだったのか路地裏には彼女の姿は無く、ついでに魔女どころか使い魔すらも発見する事が出来なかった。

 結局さやかを発見できず、まどかへとテレパシーを送って何か手掛かりが見つかったか聞いてみる事にしたが、まどかの方も特に進展は無かった。

 

 『残るは志筑さんだけ…、ね』

 

 『一度仁美ちゃんに連絡を取って見て…あれ?』

 

 仁美とも連絡を取ろうかとマミと相談していると、突然まどかの携帯電話が鳴りだした。

 もしかして仁美からだろうか、と携帯画面を開くと通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てる。

 

 「も、もしもし、仁美ちゃん?もしかしてさやかちゃんの手掛かりが…」

 

 『…まどか、すまないが仁美じゃない。俺だ、シジフォスだ』

 

 「ふえっ!?し、シジフォスさん!?」

 

 仁美ではなくシジフォスからの電話であった事に、早とちりしてしまったまどかは動揺して思わず声が上擦ってしまう。電話口の相手はそんなまどかの様子に呆れたのか面白がっているのかクックッと笑っている。

 

 『どうやらさやかの行方を探しているようだね。と言ってもまだ見つかってはいないようだが。探しているのは君以外ではマミ、そして仁美と言ったところか』

 

 「うう…、はい…」

 

 『ハハ、落ち込まない落ち込まない。まあそれはそれとして、だ。実は君に一つ言っておきたい事があるんだ』

 

 朗らかだったシジフォスの口調が突然真剣さを帯びる。まどかは何処か深刻そうなシジフォスの口調に思わず身構えるが、次のシジフォスの言葉で顔色が変わった。

 

 『さやかの行方が分かった』

 

 「!?ほ、本当ですかっ!?」

 

 『ああ本当だ。今夜七時過ぎ、見滝原の隣、風見野駅にさやかは来る。マミのマンションへ迎えを送るから彼の車に乗って向かってくれ。一応魔女がらみの一件だからな、君とマミだけ来てくれ。いいかい?決して一般人を連れてきてはいけないよ』

 

 「…は、はいっ!!」

 

 まどかは急いで電話を切ると、そのままマミの携帯へと連絡しようとする。が、マミは誰かと電話しているらしく、通話中で電話する事が出来ない。

 

 「うう~…、こんな時に…、ど、どうすれば…」

 

 まどかは素質はあると言われたが魔法少女ではないためキュゥべえを介さない限りテレパシーを送る事が出来ない。その為携帯が使えないとなればマミに直接会うかキュゥべえに頼んでマミとのテレパシーを仲介してもらうしかないのだが、今マミが何処に居るか分からないし、キュゥべえはソウルジェムの件によりいまいち信用できないため、正直言って頼りたくは無い。

 一足先に集合場所に行って待っているか、とまどかが考え始めた時…。

 

 『ご、ごめんなさいまどかさん!突然アルバフィカさんから電話が来て!』

 

 突然マミからのテレパシーが頭の中に送られてくる。どうやらまどかと同じく突然電話がかかって来たらしく話が出来る状況ではなかったようだ。

 

 『だ、大丈夫ですマミさん!それよりもさっきシジフォスさんから連絡があったんですが…』

 

 『…ひょっとして、さやかさんの事、かしら…?』

 

 『ええっ!?な、何で分かったんですか!?』

 

 自分が伝えようとした事を見事言い当てられてしまい少し動揺するまどか。マミはそんなまどかの反応が可笑しかったのかクスクスと笑っている。

 

 『大したことじゃないわよ、アルバフィカさんが話してくれたのよ。さやかさんの行き先が分かった、一般人を連れずに風見野駅まで来てくれって』

 

 『そ、そうなんですか…。あ、あの、このこと仁美ちゃんには…』

 

 『もちろん伝えるわけにはいかないわ。幾ら貴女とさやかさんの親友とは言っても彼女は魔法少女じゃ無くて一般人。魔女との戦いに巻き込む事はもちろん、さやかさんが魔法少女だって知らせるわけにもいかないわ。彼女にはさやかさんは見つからなかったって言うしかないわ』

 

 『……はい』

 

 マミの言葉にまどかは何処となく後ろめたそうな表情でしぶしぶと返事を返す。

 一般人を巻き込まない、仁美の命を守るため、その理屈はまどか自身分かってはいる、分かってはいるのだが…。

 

 (それでも、仁美ちゃんにだけ黙っているのは…、ちょっと嫌だな…)

 

 幾ら魔法少女ではないとはいえ、仁美は自分とさやかにとって大事な幼馴染、それに彼女はさやかに宣戦布告などと軽はずみなことをしてしまったとひどく後悔している。出来れば彼女も連れて行って、さやかと話をして仲直りをして貰いたい。

 でも、もしも仁美が魔女に襲われたら…。さやかが魔法少女だとばれてしまったのなら…。シジフォスやマミの忠告だけでなく、まどかにはそれに対する恐怖もあった。もしもさやかが恭介の腕を治すために契約したと言う事を仁美に知られたなら…、恐らく仁美は酷く後悔する。魂まで捧げて恭介に尽くしたさやかに対して、自分も恭介が好きだと言った事を、さやかに軽々しく宣戦布告してしまった事を…、きっと一生後悔し続けてしまう。

 そう考えるとやはり仁美を連れていけない。さやかとの仲直りはさやかが戻って来てからにするべきだとまどかは心に決めた。

 

 「そのためにも、さやかちゃん、早く戻って来て…」

 

 貴女を待っている人が、心配している人がこんなにも居るんだから…。まどかは空を見上げながら心の中で呟いた。

 

 

 恭介SIDE

 

 上条恭介は悩んでいた。

 今日、さやかが学校に来なかった。

 別にそれだけならばまだ良い。誰だって怪我や病気、家の都合で学校を休む事は良くある事だ。だが、今回は『それだけ』では済まなかった。

 昨日からさやかが家に戻らず行方不明…。さやかの両親も担任の先生もさやかが何らかの事件に巻き込まれたんじゃあないかと警察に連絡して捜査をお願いしているらしい。

 自分もさやかの担任の早乙女先生に呼び出され、さやかの行方について何か知らないかと聞かれた。が、恭介は昨日学校で会ったきりさやかとは会っていないと先生に嘘をついた。

 特に他意があったわけじゃない、たとえ自分が工場で見たアレを洗いざらい先生に暴露したとしても、どうせ夢か何かだと言われて与太話として処理されるのが目に見えている。

 仕方が無い、と恭介は溜息を吐く。魔法少女云々など殆どの人間からすればアニメかゲームの世界の話だ。現実に存在すると言われてもはいそうですかと受け入れられるはずが無い。せいぜい夢や幻覚の類、ゲームやアニメの見過ぎだと言われるのが落ちだ。

 だが、恭介は現実にこの目で見てしまった。魔法少女へと変身して同じ魔法少女と殺し合う幼馴染の姿を。

 正直最初は信じられなかった。単純にさやかがただのコスプレをしているだけだと思っていた。だが、あのさやかの怯えた今にも泣き出しそうな表情、手に握られた本物の刃物、そしてさやかと殺し合っていた魔法少女にして見滝原中学の三年生、呉キリカから語られた真実によって、嫌がおうにも認めなければならなかった。

 さやかが何かと命懸けで戦っていると言う事を、そして、そんな運命に彼女を落としてしまったのは、他ならぬ自分自身であると言う事を…。

 何故さやかが魔法少女等になってしまったのか…。最初恭介はさっぱり分からなかったが、キリカから教えられた事「魔法少女は願いを一つ叶える代償としてなるもの」だと言う事を知った時、恭介はさやかが願った願いが何なのかと言う事を、何故さやかが魔法少女になったのかがようやく分かった。

 さやかが魔法少女になったのは、自分の腕を治すためだ…。医者からももう治らないと宣告され、お見舞いに来てくれたさやかに八つ当たりしてしまった時…。

 

 『奇跡も魔法も、あるんだよ』

 

 あの時さやかが言った言葉、言われた時には特に気にも留めなかったが、その日の夜に左腕が動くようになった時からずっと気にはなっていた。だが、今なら確信できる。

 この左腕はさやかが治してくれた…、それも自らの魂と引き換えに、魔法少女なんて危険極まりない使命を背負う代償に…!

 

 「さやか…。僕は、僕は…!!」

 

 さやかに感情的になってあんな事を言ってしまった後悔、そしてさやかを契約へと走らせてしまった自責の念に恭介は左手で壁を殴りつけ、唇を噛みしめる。

 治った当初は奇跡だ何だと跳び上がる程嬉しかった左腕も、今となってはさやかを傷つけ、その命を吸い取って治したものだと知れば、ただの自身の罪の象徴、忌わしいものにしか映らない。

 だが、その腕を幾ら壁に叩きつけても、何も変わらない。さやかを魔法少女から元の人間に戻す方法が分からない以上、自傷行為も無意味でしかない。

 

 「一体、どうしたら………?」

 

 恭介が自問自答をしていたその時、突然携帯電話が鳴りだした。

 自分の携帯から鳴る着信音に、恭介は若干の苛立ちを覚えながらも携帯の通話ボタンを押す。

 

 「…はい、上条ですが…」

 

 『ああ恭介君かい?私だ、デジェルだ』

 

 「デジェル、さん…?」

 

 自分のファンと言うことでいつも世話を焼いてくれている人の声に苛立っていた恭介の頭が冷える。退院してからも学業などで度々世話になっている恩人にまさか苛立ちをぶつけるわけにはいかない。恭介は深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 

 「あの…、何か…」

 

 『いや、君に知らせたい事があって電話したのだが…。どうかしたのかい?何ならまた後で電話してもいいのだが…』

 

 彼の口調に違和感を感じたのか、デジェルは心配そうに提案する。

 

 「いえ、僕は大丈夫ですから、どうぞ」

 

 恭介はデジェルの提案をありがたく思いながらも、要件があるなら先延ばしにせずさっさと済ませたいと考えてデジェルに先を促す。恭介の様子を心配しているのかデジェルはしばらく沈黙していたが、やがておずおずと言った感じで口を開く。

 

 『そうか…。なら単刀直入に言わせて貰うが…、

 さやか君の行方が分かった』

 

 デジェルの言葉が耳に入った瞬間、一瞬恭介は呆然となってしまった。

 それと同時にデジェルが先程なんと言ったのか訳が分からず、思わず携帯電話を取り落としてしまいそうになる。それほどまでにデジェルの放った言葉が衝撃的だったのだ。

 

 「……え?い、今何て…」

 

 『さやか君の行方が分かった、と言ったんだ。とはいえまだ確証は持てないが、そこに向かう可能性が高い。それで、君に聞きたいのだが…、さやか君に会いたいかい?』

 

 「……!!」

 

 デジェルの問い掛けに恭介は動揺した。さやかに会いたいか、と聞かれたらそれは一も二も無く会いたいと言いたい。会わせて欲しいと懇願したい。だが、それと同時に彼女を苦しめる原因となった自分が今更さやかにあう資格があるのか、と心の中で迷いが生じてしまう。

 そんな彼の心の内を知ってか知らずか、デジェルは話し続ける。

 

 『今のさやか君は人間と魔法少女との間で揺れて非常に不安定な状態だ。自分の身体には魂が無い、だから人間じゃないと悩み、それを一人で抱え込んでしまっている。これは本人の心の問題だから正直言って本人が何とかする以外に治療法が無い。が、だれかが彼女に手を差し伸べて上げれば彼女も立ち直れる可能性はある。

 そこで白羽の矢が立ったのが…、君だ」

 

 「ぼ、僕…?」

 

 デジェルの言葉に思わず恭介は困惑する。さやかに手を差し伸べるのは…自分?何でそんな事を…。恭介は携帯を握りしめながら戸惑いの表情を浮かべる。

 

 『君は幼馴染としてさやか君の事を幼いころから良く知っている。それに今では彼女の事を憎からず思っているんだろう?彼女自身も君の事を……、おっとこれはまだ言わないお約束か…』

 

 「え?え?あ、あのデジェルさん?」

 

 突如何か言おうとして口ごもったデジェルに恭介は若干気になった。さやかがどうのこうのとブツブツ呟いていたのだから尚更気になる。しかしデジェルは二三度咳払いをすると誤魔化すように話題を変える。

 

 『……いや、何でもない。まあそれはともかくとして、だ。恭介君、君は魔法少女について何処まで知っているんだい?』

 

 「え?ど、何処までって…」

 

 いきなりデジェルから問いかけられた事に恭介はキョトンとする。が、何故かデジェルの口調が真剣であったため、恭介は昨日廃工場で呉キリカから聞いた事を必死に思い出す。

 

 「えっと…、確か願いを叶える代償に魔法少女になって何か怪物と戦うんでしたっけ…。あと魂がソウルジェムなんて言うのに変えられるって言うのも…」

 

 『そこまで話したのか…。まあいい。概ね君の言うとおりだ。確かに魔法少女はキュゥべえと言う名前の生命体に願いを叶えてもらう代わりに魂を肉体から抉りだされ、ソウルジェムと言う名前の宝石にされ、魔女と戦い続ける運命を背負わされる事となった少女達の事だ。此処までは正しい』

 

 「此処まで、は……?」

 

 デジェルが思わせぶりに呟いた言葉に恭介は少なからず反応する。デジェルは少し間をおくと再び口を開く。

 

 『恭介君、実は魔法少女には最後にもう一つだけ秘密が存在する。これは今のさやか君にも関係する事でもあり、魔法少女の起源についても関わる事だ』

 

 「最後の秘密?そ、それって一体…」

 

 魔法少女の最後の秘密…。デジェルが深刻そうな口調で語るそれに恭介は不安感と同時に少々不謹慎かもしれないが、若干の好奇心を覚えてしまう。

 

 『…正直言って話すべきかは今でも迷っている。何しろこの真実は君にとってあまりにもショッキングすぎる。それほどまでに救いが無さ過ぎる結末が待ち受けているんだ、魔法少女には…』

 

 「結末…?そ、それって死ぬってことですか!?」

 

 自分の幼馴染が死ぬ、その光景を想像しただけで恭介の目の前が絶望で暗くなりそうになる。恭介は携帯を握りつぶさんばかりに握りしめ、先ほどとは一転して切羽詰まった表情で電話越しに叫んだ。

 

 『死ぬ、か…。ある意味死んだ方がマシかもしれないな…、この事実を知ろうものなら…。実際この真実を知った魔法少女の中には己のソウルジェムを砕いて自殺した少女もいた。……どうする?私としてはこれからの為に知っておいた方が良いとは思ってはいるが…』

 

 よほど衝撃的な内容なのか、デジェルは言葉を濁しながら恭介に問いかけた。

 さやかが死ぬという思い込みから焦りを覚えていた恭介は少し落ち着きを取り戻す。そしてデジェルの言葉を頭の中で何度も反芻する。

 しばらくの間二人の間で沈黙が流れ、やがて恭介はゆっくりと、それでいて何らかの決意を込めて口を開く。

 

 「…教えて、ください…。どんな事実でも、どんな真実でも受け入れます…。それで、それでさやかが助かるんなら…」

 

 『そうか…、承知した。なら全てを話そう…』

 

 恭介の返事にデジェルは少しばかり喜ばしげな色を込めながら、彼に語り始める。

 

 魔法少女の正体、そして彼女達の行きつく運命と言う物を…。

 

 

 まどかSIDE

 

 

 あれから駅前広場でまどかとマミは仁美と合流し、さやかについての情報を交換した。

 結局仁美もさやかを見つける事が出来なかったらしく、また何かあったら連絡しあう事を仁美と約束して、三人はその場で解散となった。

 こちらに背を向けて帰っていく仁美の姿を、まどかは少し辛そうに見つめる。

 

 (仁美ちゃん…、ゴメン…)

 

 仁美の何処か寂しげな後姿を見ながらまどかは心の中で彼女に謝罪する。彼女もさやかの親友だから、さやかについての真実を知る権利がある。

 でも、今の彼女にさやかの事を話してしまったら、間違いなく彼女も魔法少女の戦いに関わろうとするだろう。ひょっとしたらさやかを元の人間に戻すために契約するかもしれない。

 そんな事はさせられない。さやかと一緒に魔法少女の存在を知ってしまい、自身もまた魔法少女の素質があると言われた自分は仕方が無いとしても、仁美は今のところ魔法少女とは一切関係が無い日常に居る。彼女まで命を失いかねない非日常に引き込んではならないのだ。

 そんなまどかの姿をマミは少し羨ましげな視線で見つめている。

 マミにはさやかや仁美のような幼いころからの親友が居ない。

 交通事故で両親を失ってから、ずっと一人で暮らしてきた。

 自分が魔法少女だと気づかれないために、魔法少女と魔女との戦いに巻き込まないために、マミは常に一人だった。クラスメイトとも、学校の後輩とも付き合わずに…。風見野から流れてきた杏子とチームを組むまでは、ずっと一人で魔女と戦い続けてきた。その杏子とも考え方の違いから仲違してしまい、結局まどかとさやかに会うまで孤独な日常へと逆戻りしてしまう羽目になったのだが…。

 だから自分を愛する家族や親友のいるまどかが少し羨ましく感じてしまう。実際に口には出さないが…。

 そんなマミを尻目にまどかは携帯で自宅に電話をしている。

 

 「あ、パパ?今日仁美ちゃんの家にお泊りする事になったから…。…うん、うん、ゴメンパパ。だから今日ごはん仁美ちゃんの家で御馳走になるから。……うん、分かった、それじゃあね、パパ」

 

 まどかは通話を切ると重々しく溜息を吐いた。

 やむをえないとは言え、仁美の家に泊まると嘘をついてしまった。もしもばれたらこってり絞られるだろう。それでもさやかを救うため、と、まどかはいつもの帰り道ではなくマミのマンションへと続く。シジフォス曰く、迎えを寄越すからマミのマンションで待っていて欲しいとの事だった。

 

 「えっと、まどかさん、御両親は…」

 

 「あ、はい、パパがママに話しておいてくれるって言ってくれたから大丈夫だと思います。…結局うそついちゃいましたけど」

 

 「ご、ごめんなさい…。もしもの時は私も一緒に謝るから…」

 

 「そ、そんなことマミさんが気にしなくていいです!さやかちゃんの為なんですから!」

 

 マミとまどかはそんな話をしながらマンションへと急ぐ。

 

マンションに到着した二人は、取りあえずマミの部屋でシジフォスの言っていた迎えが来るまで待つ事にした。

マミの部屋に入ると、二人の間に沈黙が流れる。マミはカバンを置くとそのままキッチンに入り、まどかは部屋にあるソファーに身体を沈ませる。

 

 「まどかさん、紅茶淹れたけど、どうかしら?」

 

 「あ…、頂きます…」

 

 まどかはマミから差し出されたティーカップを受け取ると、その中の紅茶を一口だけ口に含んだ。

 口の中に広がる紅茶の温かさと苦みが、ティーカップから立ち上る香ばしい香りと共にまどかの心を落ち着かせる。

 

 「…おいしい…」

 

 「フフ、取っておきの茶葉なんだけど気に入ってもらえたようね。少しリラックスしましょう。あまり緊張しすぎると何かあった時どうしようもなくなっちゃうわよ?」

 

 マミは微笑みながら自身もティーカップを傾けて紅茶の味と香りを楽しむ。

 と、突然その雰囲気に割って入るかのように玄関からチャイムの音が聞こえてくる。折角のティータイムを邪魔されたことからかマミは少し眉を顰めるとティーカップをテーブルに置いて玄関へと向かう。

 

 「はい、巴ですがどなたさまでしょうか?」

 

 『こんにちは、暁美ほむらだけど迎えに来たわ』

 

 「あ、暁美さん?」

 

 来客の正体に気付いたマミは急いでドアのチェーンを外し、鍵を開ける。ドアを開けるとそこには相変わらず無表情な自分の後輩、暁美ほむらが立っていた。

 

 「あ、暁美さん、貴女がシジフォスさんの言っていた…」

 

 「迎え、よ。貴女達を美樹さやかがいる駅まで送るように言われたのよ。車が下で待っているからまどかも連れてきて、ね」

 

 ほむらはマミに言うだけ言うとそのまま背を翻して下へと降りて行ってしまう。マミは彼女の姿が見えなくなると、急いでまどかのいるリビングへと向かう。

 

 「ま、マミさん?さっきほむらちゃんが来ていたみたいですけど…」

 

 「え、ええ!私達を迎えに来てくれたみたいだけど…、とにかく行きましょう!」

 

 マミの居ても経ってもいられないと言いたげな様子にまどかも慌ててカップの紅茶を飲み干すと自分のカバンを掴んで急いでマミの後についていく。

 マンションの外には黒塗りの乗用車が停められており、ほむらはその前に立っている。

 マミとまどかは息を切らしながらほむらに走り寄る。そんな二人をほむらは眉一つ動かさずに眺めていた。

 

 「ハア…ハア…、お、お待たせほむらちゃん…」

 

 「そんなに待ってないわ。そこまで急いでこなくても別に逃げもしないのに…」

 

 「だ、だって、さ、さやかちゃんの事が、凄く心配で…」

 

 あまり運動が得意ではないまどかにとってマンションから走ってかけ下りるのは楽ではないはず。それほどまでに親友が、さやかが心配だったと言う事なのだろう。世界は変わってもまどかが友人思いなのは変わらない、ほむらはその事実に軽く嘆息した。

 

 「そ、それより暁美さん、一つ聞きたいんだけど………、もしかしてこの車で私達を送ってくれるのかしら?」

 

 マミは恐る恐ると言った様子でほむらと乗用車に交互に視線を巡らせる。ほむらは14歳、自動車の免許をとれる歳ではない。でも彼女の背後には車があるし、もしも彼女が自分達二人をさやかのいる場所へと送るとなるとこの車以外にはない。

 …まさか無免許運転!?そこまで発想が発展してしまいマミの表情が段々と引き攣ってくる。

 

 「ええそうよ。安心しなさい、運転手は私じゃないから」

 

 マミのオーバーアクションにほむらは肩を竦めると運転席の前から身体をどける。と、運転席の窓が開き、そこから群青色の髪の男がニッと笑顔を浮かべて顔を出してきた。

 

 「ようお客さん方、二名様でよろしいかな?」

 

 「ま、マニゴルドさん!?」

 

 「はい、みんな大好き蟹座のマニゴルドさんですよ~?」

 

 運転手、蟹座のマニゴルドは悪戯に成功したかのような笑みを浮かべて、驚いてこちらを見ているまどかとマミに手を振る。その隣でほむらは呆れたような視線でマニゴルドを眺めている。

 

 「迎えの人って、ほむらちゃんとマニゴルドさんだったんですね…」

 

 「そういうこった。生憎免許持ってるのは俺とデジェル、そんでもってシジフォス位なもんだしよ。ほむらは助手席、お二人さんは後部座席で頼むぜ?先客いるんでちょいと手狭かもしれねえが、まあ我慢してくれや」

 

 「先客?まだ誰か………!?」

 

 まどかがキョトンとした顔をしているとほむらが無表情で後部座席のドアを開いた。

 そこに居たのは……。

 

 「あ、あはは…、初めまして、かな?鹿目…さん」

 

 「か、上条君!?何でこんな所に!?」

 

 美樹さやかの幼馴染で想い人、上条恭介が困ったような笑みを浮かべて座っていた。仮にも一般人、しかも病み上がりである彼も連れていくという事にマミとまどかはほむらとマニゴルドに非難の視線を向ける。

 そんな彼女達の視線を、ほむらは肩を竦めて受け流す。

 

 「彼も魔法少女について知ってしまったのよ。それで彼も連れて行ってくれってデジェルに頼まれたの。正直足手纏いだけど、本人もどうしても行きたいって言うから仕方無く、ね」

 

 「ご、ごめんなさい…、で、でも僕もさやかを…」

 

 「わーってるわーってる。惚れた女の為に命を張るか?ン~、男だね~」

 

 軽い口調でからかうマニゴルドに、恭介は顔を真っ赤にして俯かせる。まどかとマミはそんなやり取りを見ながら困ったように顔を見合わせていた。

 

 「オラオラ、いつまで突っ立ってるんだ?早く乗った乗った!時間が勿体ねえだろうが!」

 

 と、マニゴルドが二人を急かして大声を上げてくる。見ると既にほむらは助手席に座っており、出発準備は完了と言った様子だ。まどかとマミは慌てて恭介の隣へと乗り込んだ。

 そして、二人が乗り込むや否や自動車が動き始めた。

 

 

 少年少女四人を乗せた車はそのまま車道に入って走り続ける。その間車内は運転手であるマニゴルドの鼻歌以外は誰一人として声をあげようとはしない。そんな長い沈黙に遂に耐え切れなくなったのか、マニゴルドは鼻歌をやめると不機嫌そうに舌打ちをした。

 

 「おいお前等、少しは何か話したらどうだ!つーか何でもいいからその辛気くせえ空気何とかしやがれ!こちとら霊柩車か何かかオイ!」

 

 「そんな気分じゃないのよ、三人とも。少しは空気読んだら…?」

 

 「わーってらあ!…ったくマジで可愛げがねェなあお前って…」

 

 マニゴルドはブツブツと文句を言いながらも前を見て運転に集中する。後部座席の三人はばつが悪そうに互いに顔を見合わせていた。

 

 「ね、ねえ上条君、上条君も魔法少女について知っているんだよね?」

 

 と、まどかは唐突に恭介にそう問いかけた。

 ほむらは彼が魔法少女について知っていると言っていた。そして今回着いていくと言う事はさやかが魔法少女である事を知っているのも間違いは無い。

 でも、本来魔法少女と関わるはずの無い一般人の恭介が何故魔法少女を知っているのか…。それがまどかにはどうしても気になったのだ。

 恭介はまどかの問い掛け一瞬ハッとする。

 

 「…あ、うん、昨日、魔法少女に変身したさやかに会ったから」

 

 「き、昨日!?い、一体何処!?いつ会ったの上条君!?」

 

 恭介の返事を聞いた瞬間、まどかは必死な形相で恭介に詰め寄る。その襟首を無意識に両手で掴んで。無論締め上げられる恭介は窒息まではいかないものの酸素の供給量が減少するため多少の息苦しさは覚える。

 

 「ちょ、ちょっと鹿目さん…、く、苦しい…」

 

 「ま、まどかさんちょっと落ち着いて…。上条君苦しそうだから…」

 

 「おいコラァ!人の車ン中で騒ぐんじゃねェ!!外放り出すぞ!!」

 

 恭介の苦しげな呻き声、宥めてくるマミの声、そしてマニゴルドの怒声にハッとなったまどかは慌てて恭介の襟首から手を放した。

 

 「ご、ごめんなさい…」

 

 「ゲホッ!ゲホッ!…あ、あはは、大丈夫大丈夫…。えっと、昨日雨に降られて廃工場で雨宿りしていたら、さやかが別の魔法少女と戦っているのを目撃してさ…。でもさやかは僕を見たら一目散に逃げちゃって…。魔法少女の事はそのさやかと戦っていた魔法少女の人に聞いたんだ」

 

 「そうなの…。そういえばそのさやかさんと戦っていた魔法少女って誰なの?名前とか聞いてないかしら?」

 

 マミは何気なく恭介に質問する。杏子は確かに以前はさやかの事を嫌っており結果的に戦う羽目になってしまったものの、今ではさやかと争うような事は無いはず。ほむらも得体のしれない所はあるが、好き好んでさやかと争いはしないだろう。

 ならば自分達以外に他の魔法少女がいると言う事になる。縄張りを狙っているのか、それともただの通りすがりか…。いずれにせよ情報は集めておくに越した事は無い…。

 

 「えっと確か…。僕の一年先輩で確か名前は…、呉、キリカさんって言ったような…」

 

 「呉、キリカ…?」

 

 恭介の出した名前にマミは両目を見開いた。

 呉キリカ、自分と同じ見滝原中学三年生の生徒、そして、最近転校してきた美国織莉子の無二の親友とも言える少女。

 確かに少々変わった少女だとは考えたが、まさか魔法少女だとは思わなかった。何しろ一度も街で見かけることも無かったうえに、学校であってもそれらしい素振りは一度も見なかったのだから。

 

 (この事を美国さんは…、知っているのかしら…)

 

 だが、マミが気になったのは親友の織莉子が彼女が魔法少女だと言う事を知っているのか否かと言う事だった。無論彼女達は姉妹のような固い絆で結ばれている、織莉子がキリカが魔法少女だと言う事を知っていてもおかしく無いだろう。とはいえキリカが積極的に教えるとは思えないが…。

 そこのところは本人から詳しく聞きたいが、どうやって聞いたらいいものやらマミには見当がつかない。まさか貴女は魔法少女ですか、等と聞くわけにもいかない。今更ながら自身のコミュニケーション経験の無さを恨みながらマミは額を押さえる。

 

 「…マミさん?」

 

 「…なんでもないわ、それよりも今はさやかさんの事よ」

 

 心配そうにこちらを見るまどかにマミは笑顔を見せる。呉キリカと美国織莉子の事はひとまず後にしておこう、まず何とかしなければいけないのはさやかの事だ。

 マミがそう心に決めている頃、まどかは隣に座っている恭介と何やら話をしていた。

 

 「…あの、さやかが魔法少女だっていうことは、鹿目さんも魔法少女なの、かな…?」

 

 「へっ?ううん、私は違うよ?素質はあるって言われたけど…。こちらの巴マミさんは魔法少女だよ?」

 

 「自己紹介が遅れてしまったわね?私は巴マミ、まどかさんの一年先輩になるわね?」

 

 「あ、これはご丁寧に…。上条恭介です…」

 

 その後三人の間で特に会話も無く、そのまま二十分程車は走り続けた。

 街並みもまどか達がいつも見慣れたものから全く知らない別のものへと変わって来た。

 

 「さて…、もう少しで着くな……ん?」

 

 と、運転しているマニゴルドが何かに反応するように眉を顰めた。助手席に座っているほむらも険しい顔で窓の外を見ている。二人の様子の変化にまどかと恭介は何事かと顔を見合わせるが…。

 

 「なっ…何この魔力はっ!!ま、魔女ッ!?そんな…」

 

 突然のマミの大声にまどかは反射的にマミの方を向く。マミは自分の掌のソウルジェムを見て驚愕していた。彼女のソウルジェムは激しく点滅して反応を示していた。これはこの近くに魔女、あるいは使い魔がいると言う証。そしてこの反応の強さから言って、恐らくは魔女クラス…。

 よりにもよってさやかの居る場所に魔女がいるということにマミは歯噛みしまどかは泣きそうな表情になる。

 が、一方でマニゴルドとほむらは何処か慣れた様子で動揺する様子はない。

 

 「ありゃあ…。こりゃ手遅れだったかなぁ…」

 

 「…の、ようね」

 

 マニゴルドは運転しながらほむらとボソボソと会話する。魔女の反応があったと言う事はもはやさやかは…。

 

 「さ、さやか…」

 

 「か、上条君?」

 

 と、突然恭介の身体がガタガタと震えだした。その表情は恐怖で歪んで今にも泣き出してしまいそうであった。

 

 「か、上条君、ど、どうしたの…?」

 

 「…お、お願いです!!も、もっと早く、早く僕をさやかの所に…!!」

 

 「分かってらァ少し黙ってろ!これでも飛ばしてんだよ!」

 

 恭介のもはや絶叫とも言うべき叫び声にマニゴルドは乱暴に返しながらアクセルを踏んでスピードをさらに上げる。

 一方、突然態度が豹変した恭介に、まどかとマミは唖然としている。

 

 「か、上条君どうしたって言うの?さやかさんが心配なのは分かるけど…。大丈夫よ、魔女なら私が必ず倒すから…」

 

 「…そう言う問題じゃない」

 

 「…え?」

 

 暗い表情で顔を俯ける恭介。何が起きたのか分からずに彼を心配そうに見つめる二人。

 そうこうしている内にいつの間にか車は停車していた。そこは見滝原に隣接する町にある駅。だが、いつもならば何の変哲もない駅であるはずが、今夜だけ異常なまでの空気を漂わせている。

 その原因は車の前に渦巻く黒い渦…。本来ならば一般人には視認することすらかなわないであろう魔女の結界への入り口、それがポッカリと目の前に口を開けていたのだから…。

 

 「おら、着いたぜボウズ。行くんならさっさと行きな。ただ…死ぬかもしれねえぞ?」

 

 マニゴルドの言葉が終わるや否や、恭介は松葉杖を掴んで車外へと飛び出した。今すぐにでも目の前の結界の入り口に突入してしまいそうな彼を、まどかとマミは慌てて抑えつけた。

 

 「…待って!アレは魔女の結界よ!!貴方一人で入ったら飲み込まれてしまうわ!!あそこには私が行くから…」

 

 「あそこに、あそこにさやかがいるんです…!!さやかが助けを求めているんです!!はやく、早く助けにいかないと手遅れに…」

 

 「大丈夫よ!さやかさんも魔法少女だから最低限身を守る事くらいは…」

 

 「そんなんじゃあない!!」

 

 マミの声を遮るように恭介は絶叫する。その双眸からは涙が流れ、頬から地面に滴り落ちている。恭介は彼の勢いに一瞬沈黙してしまったマミとまどかに向けて、泣き叫ぶような声でデジェルから教えられた『あの事』を口にしてしまった。

 

 「魔法少女は、魔法少女は最後に魔女になってしまうんだ!!さやかは…、魔女になってしまうかもしれないんだ!!」

 

 「……え?」

 

 恭介の絶叫に二人の拘束が緩む。その隙をついて恭介は魔女の結界に突入していった。

 

 「あーあ…、言っちまった。さて、そんじゃほむら、よろしく頼むぜ?」

 

 「仕方がないわね…。任されるわ」

 

 マニゴルドは車から飛び降りるとそのまま自身も結界へと侵入していく。残されたほむらはやれやれと溜息を吐きながら呆然と立ち尽くすまどかとマミをフォローするため、彼女達に近付いていった。

 

 

 恭介SIDE

 

 

 「ハアッハアッ…」

 

 息を切らしながら松葉杖をついて走る恭介。無理に動かす松葉杖が軋み、まだ完治していない両足が悲鳴を上げる。それでも恭介は足を止めない、否、止めるわけにはいかない…。

 

 「さやかっ…、さやかっ…」

 

 脳裏に浮かぶのは少女の笑顔。いつも自分の側に居てくれた大切な存在、自分の日常であり日だまりのようなヒト…。あの黒い渦の中に彼女がいる、なら、なら自分が行かなくては…。

 恭介はなんども躓きそうになりながらも必死の気力で一歩一歩足を進める。その先に居るであろう少女に会うために、彼女を救うために…。

 そしてついに恭介は、黒い渦の立ち上るそこへと到着した…。

 

が、次の瞬間…

 

 「あ…、あ…」

 

 恭介は目の前に立つソレを見て立ちつくした。

 恐怖と、驚愕と、そして絶望から。

 

 そこに居たのはあえて言うのならば巨大な人魚だった。上半身は鎧を纏った人型であり、下半身は巨大な魚の姿をしている。だが、その上半身はあまりにも異形な姿をしていた。

 三つの目が付いた鉄兜、鎧のあちこちに漂うピンク色のリボンのような布、そしてその手に握られた巨大な剣…。その巨体も相まって、どう見ても怪物としか言いようのない姿であった。

 

 「う、うそだ…」

 

 目の前のそれに、恭介は震えながらポツリとつぶやく。信じられない、信じたくないと言う思いがその表情にありありと浮かんでいる。

 

 「これが、これが…、さやか、なの…?嘘だろ…?嘘だと言ってくれよさやかあああああああ!!!」

 

 目の前の人魚の魔女、オクタヴィア・フォン・セッケンドルフのおぞましい姿に、美樹さやかのなれの果ての姿に恭介はただただ絶叫を上げるしかなかった。

 これがさやか…、自分の腕を治してくれたさやかが行きついた先…。

 嘘だ、嘘だ、認めたくない…。口では何度も何度も言う事が出来る、そう思いこんでしまう事も出来るだろう。

 でも、心の中では分かっていた。これがさやかなのだと。自分が蔑ろにしてしまった、たった一人の幼馴染だと言う事を…。

 自分は彼女の苦しみに、苦悩に気がついてあげられなかった。その結末が、その報いがこれだ。

 何故、彼女の変化に、彼女の苦悩に気付いてあげられなかったのだろう…。

 あれだけ子供のころから、彼女の近くに居たのに、ずっと一緒に居たのに、これからも、ずっと側に入れると思っていたのに…。

 呆然と魔女を見上げながら、自問自答する恭介。と、魔女は自分を見上げる恭介に気付き、恭介へとゆっくりと振り向いた。そして、その腕に握られたサーベルをゆっくりと振りあげる。

 自らを狙って凶刃を振りあげる魔女の姿、それを見ても恭介には恐怖心も、何も無かった。

 恭介は思う、これは罰だと。

 彼女を蔑ろにし、傷つけ、泣かせてしまった自分への罰だと。彼女を絶望させ、人街へと落とした罪を、自分の命で購えと言うことであると。

 恭介は魔女を見上げながら、ゆっくりと両手を広げる。まるで、目の前の魔女を抱きしめようとするかのように。

 いいだろう、それで彼女の苦しみが、絶望が癒されるのならそうしよう。どうせ一度死のうとまで考え、さやかに救われた命だ。せめて…、この命で彼女の苦しみを消せるのなら、安いものだ。恭介の顔には、安らぎに満ちた笑顔が浮かぶ。

 

 「いいよさやか、殺してくれ、この僕を。その代わり…、お願いだから元の君に戻って…」

 

 恭介の言葉が終わるや否や、魔女の手に握られたサーベルが、無情にも恭介目がけて振り下ろされた。

 




 今回はあとがきではなく一つお知らせを。
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