さて…、今回からはおそらくまどマギでも随一の鬱回…だと私は思っているさやかの魔女化へと進んでいきます。…まあまだ魔女化すると決まったわけじゃないんですけどね。
見滝原某所に建てられた広大な敷地を持つ屋敷、美国邸。その美国邸の一室には洋風な美国邸とは一見不釣り合いな和室が存在する。
茶道、華道、日本舞踊と言った習い事の稽古に使われる為であろうその和室には、僧衣を纏い両眼を閉ざしたまだ若い男が、羽織袴を纏った白髪の老人に茶を点てている。そういで両目を閉ざした男性の名前は現在この美国邸に厄介になっている黄金聖闘士、乙女座のアスミタ、羽織袴姿の老人の名前はハクレイ。聖闘士を束ねる教皇セージの兄であり彼の補佐を担当している人物である。今回はアスミタから近況の報告を受けるためセージや娘の居るあすなろ市からここまでやってきたのだ。
ハクレイはアスミタが点てた茶を両手で押し戴くように持ち上げると、茶碗を傾けてゆっくりとお茶を啜る。アスミタは開かない双眸で黙ってハクレイの方向を見ていたが、ふと何かに気が付いたかのようにあらぬ方向に顔を向けた。
「…フム、どうやらキリカは美樹さやかを逃がしてしまったようですね…」
「む?何か状況に進展でもあったのかの?」
空になった茶碗を口元から下ろすハクレイに、アスミタは再びハクレイに顔を向け直すと頷いた。
「はい、廃工場で美樹さやかと遭遇して魔女討伐のいざこざで一戦交えたものの、結局取り逃がしてしまったのだとか。奇しくも本来の歴史で暁美ほむらが担うべき役割をキリカが担う事になってしまいました」
「そうか…、いや、ここまでは史実通り進んでおるの。喜ぶべきか喜ばざるべきか…」
ハクレイは唸りながら空になった茶碗をアスミタに差し出す。アスミタは茶碗を受け取ると粉末状の抹茶と茶釜で沸かしたお湯を茶碗に注ぐと、茶筅で再び茶を点てはじめる。茶を点てながらアスミタは話を続ける。
「ただ…、キリカと美樹さやかの間に上条恭介が乱入してきた…、というのは少々予想外でしたが…。これも歴史が変わる兆しと言えるでしょうね」
「ほう…、そうか、いやそれは良い変化というべきじゃな。魔女から元の人間に戻った時、思い人であるそ奴が側におるのならば、あの娘はもう絶望する事はあるまい、まっすぐに歩いていけるはずじゃ、のうアスミタ?」
「さて、それはわかりませんよ。一寸先は闇、でございますからね。祭壇座の、否、牡羊座のハクレイ様」
口元に薄い笑みを浮かべながら点てたばかりの茶を差しだしてくるアスミタに、ハクレイは憮然とした表情を浮かべながら茶碗を両手で受け取る。
「…あのな、牡羊座はあくまで臨時じゃ。一刀とセージの奴めに押しつけられてやむなく就いておるが、ワシは乗り気ではなかったのじゃぞ?」
「仕方ありますまい、そもそも席の開いた黄金聖衣を担える程の実力者は現状デフテロスとハクレイ様のみ、そのうちデフテロスは天秤座に就任しておりますから、結果的に消去法でハクレイ様が牡羊座を担う事となったのです。貴方の弟子のシオンに孫弟子のムウ、曾孫弟子の貴鬼も就任しておりましたから、実際一番適任でしょう?」
「…まあ、そりゃそうなのじゃが…、なんじゃか牡羊座だけ世襲な気がしてならんの。確かに聖衣の修復を担う者のみが纏える聖衣と言われてはおるが…」
ハクレイは何処となく納得のいかなさそうな表情で茶碗を傾けて抹茶を啜った。
生前の頃のハクレイは祭壇座の白銀聖闘士であり、黄金聖闘士の座には就いてはいなかった。厳密には黄金聖闘士の座につく程の実力は充分にあったものの、本人が表立って動くことを嫌う性格であることから黄金の座も教皇の席も全て弟のセージに譲ってしまい、自分は教皇の補佐を担当する祭壇座の白銀聖闘士の座に甘んじたのである。
時は過ぎ、常人ならば二度寿命を迎えるであろう時を過ごしたハクレイは、その生涯の中で多くの聖闘士の弟子を育て上げた。その弟子のひとりであるシオンは牡羊座の黄金聖闘士へと就任し、聖戦の後に聖域の教皇へと就任、荒廃した聖域を立て直した。その後牡羊座の黄金聖衣はシオンの弟子であるムウ、そしてムウの弟子の貴鬼へとジャミール伝来の聖衣修復の技と共に師から弟子へと代々受け継がれていった。
さて、ハクレイとセージ、そして原作から243年前の冥王との聖戦で命を失った黄金聖闘士達は、とある人物達の尽力によって新たな外史で新しい命を得る事となったのだが、あの聖戦を生き延びて243年後の聖戦で戦死した牡羊座のシオン、天秤座の童虎は何故か生き返る事が出来なかった。その為牡羊座と天秤座の黄金聖衣は纏う聖闘士が存在しない空位の聖衣となってしまい、緊急で牡羊座及び天秤座の聖闘士を選ぶ事となってしまった。
黄金聖衣はイレギュラーな聖衣である神聖衣を除けば108の聖衣の中でも最高レベルの硬度を誇る、しかし、それゆえに纏う者もそれ相応の実力が無くてはならない。小宇宙の真髄である“第七感”はもちろんのこと、聖衣を正しい目的で使う事が出来る優れた人格も求められるのだ。
そんな中、牡羊座の黄金聖衣の装着者として白羽の矢が立てられた人物、それが元白銀聖闘士のハクレイであった。
彼自身実力、人格ともに黄金聖闘士として申し分なく、事実セージに譲ったとはいえ黄金聖闘士の座に推挙されたこともあった。また、熟達した聖衣修復技術、牡羊座のシオンに鶴座のユズリハ、暗黒聖闘士の首領アヴィドといった優秀な聖闘士を育てる手腕も併せ持っており総じて牡羊座の黄金聖闘士に相応しいと判断されたのである。
無論ハクレイ自身は嫌がって抵抗したものの、弟であり教皇の座を押し付けたセージの説得もあり、結局本来の装着者が見つかるまでの臨時の聖闘士という条件付きで牡羊座の聖衣を引き受ける事となったわけである。ちなみに肝心の牡羊座の黄金聖衣もハクレイによく馴染んでおり、聖衣の意思もハクレイを拒む様子は無かった。何故これほど聖衣が馴染むのかについてハクレイは「…あのお節介焼きの弟子のせいかのう…。いや、他にもあ奴の弟子もおるな。全く師弟とはよく似るものよな」等と呟いていた。
「とにかくじゃ!ワシはいつまでも牡羊座の聖闘士ではおらんぞ!ワシ以外にふさわしいものでも出てきたらそ奴に譲ってとっととワシは引退するからの!」
「黄金聖衣を纏えるような人間などそうそう出てくるとは思いませんが…、まあシオン辺りが蘇ってくるのであれば話は別ですが…」
茶を点てながらアスミタはまるでひとり言のように呟いた。今のところ黄金聖衣を纏える程の小宇宙の持ち主は自分達以外には存在しない。教皇であるセージも確かに纏える資格はあるだろうが、彼は教皇という職務に就いているため最初から対象外、他の知り合いにも今のところ資格のある小宇宙の持ち主は…、というより小宇宙そのものを持っていない人間が殆どであり論外。今のところハクレイの後任は見つかっていない有様だ。
アスミタの言外に“諦めろ”という言葉に対してハクレイは、何処か余裕に満ちた笑みを浮かべていた。
「…いや、案外そうでもないかもしれんぞ?ワシのお役御免も案外近いかもしれん」
「…?それはどういうことですか?」
アスミタはハクレイの意味ありげな言葉に疑問符を浮かべる、が、ハクレイはアスミタの問い掛けに答えぬまま、黙ってアスミタの点てた茶を啜っていた。
まどかSIDE
さやかと雨の公園でケンカした日の翌日、まどかは力ない足取りで通学路を歩いていた。
あの時、シジフォスの説得で家に帰ったものの、やはり親友であるさやかの事が気がかりで夜も眠る事が出来なかった。結局一睡も出来ずに目に隈を作って学校へ登校する事となってしまった。仁美とさやかと待ち合わせる場所に向かう足取りも重い。シジフォスは五日仲直りできるとは言っていたが、それでもまどかの不安は晴れる事は無い。
そうこうしているといつの間にか待ち合わせの場所に到着していた、が…。
「あ、あれ?仁美ちゃん?さ、さやかちゃんは?」
そこには肝心のさやかの姿が無く、仁美が一人でポツンと立っていた。
「あ…、まどかさん。それが、さやかさんまだ来なくて…。早くしないと遅刻してしまうのに…」
仁美もさやかの姿が無い事に困惑しているのか心配そうな表情を浮かべている。いつもならばいの一番にこの場に来ているはずのさやかが居ない…、昨日の事もありまどかは妙な胸騒ぎを感じる。
「…わ、私さやかちゃんのマンションに行ってくる!!ひょっとしたら病気で学校に行けないのかもしれないし…!!」
「私も行きますわ!私もさやかさんの事が心配ですし、それに…、ひょっとしたら…!!」
「…?仁美、ちゃん…?」
突如苦しげに顔を歪める仁美に、まどかは戸惑った。よくよく見ると仁美の眼の下にも薄らと隈が浮かんでいる。彼女も自分と同じく夜眠れなかったようではあるが、まどかにはその理由は分からない。
「…!な、なんでもありませんわ!今大事なのはさやかさんの事です!!急ぎましょう!!」
「え…?あ、ま、待ってよ仁美ちゃん!」
突然駆け出した仁美を追って、まどかも走りだす。仁美のことも気になったが、今はそれよりもさやかの事だ。
(さやかちゃん…!!)
まどかは心の中で親友の顔を思い浮かべながら、足を必死に動かすのだった。
デジェルSIDE
「……そうですか、すみませんでした」
まどかがマンションに向かって走っているその頃、水瓶座のデジェルは玄関でさやかの母親に軽く頭を下げて、その場を後にする。
背後でドアのしまる音を聞きながら、デジェルは軽く息を吐いた。
「やはりさやか君は戻っていない…、か。予想通りとはいえ、やはり心苦しいものだ」
マンションの階段を下りながら、デジェルは先程のさやかの母親とのやり取りを思い出していた。
デジェルがこのマンションに訪ねてきた理由、それは美樹さやかの安否の確認のためであった。
本来の歴史ではさやかはまどかと喧嘩別れし、廃工場でほむらと争いになってからずっと家に戻っていない。その後行くあてもなく電車に乗り、その電車に乗っていたホスト二人の会話を聞いて絶望し…、というのが本来の流れなのであるが、自分達が介入し、工場で争った相手が呉キリカ、そしてキリカからさやかを助ける相手が上条恭介に変化している時点で本来の流れから外れる可能性も出てきたのだ。幸いというか何というか予定通りさやかは家には戻ってきていないとのことであった、が…。
「…親御さんに心配を掛けてしまっている、というのはやはり気持ちのいいものではない、な…。本当のことを伝えるわけにはいかないしな…」
さやかの母親の表情、自分の一人娘の事を心の底から案じている表情を思い浮かべながら、デジェルは重い溜息を吐いた、と…。
「…あ、あれ?デジェルさんどうして此処に?」
マンションの入り口を出ると、目の前に二人の少女、さやかの親友である鹿目まどかと志筑仁美が立っていた。恐らく待ち合わせ場所にさやかが来ない事が心配になって来たのだろう。
「ああまどか君、か。ええと、そちらのお譲さんは…」
「え、えっと、初めまして、志筑仁美といいます。まどかさんとさやかさんとはお友達で…」
「…志筑さんか、よろしく。私はデジェルという者だ。上条恭介君のファンでね、彼に頼まれて美樹さやか君の様子を見に来たんだ」
デジェルは咄嗟に思いついた嘘を交えながら仁美へと自己紹介する。恭介に頼まれたと言う事は流石に嘘であるが、彼がさやかの事を心配していたのは事実。それに、さやかの状態が分かり次第恭介に連絡すると決めていたため、この程度の嘘ならばそこまで問題ないという考えもあったのだ。とはいえもしも彼女達が恭介と会話して自分のことを話題に出した時に、色々と違和感を覚えられてしまう可能性もあるのだが、それもやむなしとデジェルは割り切っている。
「上条君に…、そ、そうですか…。私達もさやかさんが待ち合わせ場所に来ないから心配で様子を見に来たんです。それで、さやかさんは今どのような?」
恭介の名前が出た瞬間、仁美の顔が一瞬曇る。やはり失恋の件は本当だったらしい。幾ら受け入れたとはいっても、失恋の傷は浅くは無いはず。それでもなおさやかを心配する所は、彼女とさやかとの絆がそれだけ深いものであることを窺わせる。
デジェルは内心少し感慨深くなりながらも、仁美の問い掛けにゆっくりと首を振った。
「…悪いが行っても無駄だと思うよ。さやか君は昨日から家に戻っていないらしい」
「…!?も、戻っていない!?そ、それってどういうことなんですか!?」
デジェルの言葉にまどかは仰天する。見ると隣の仁美も驚愕の表情を浮かべている。
「詳しい事は不明だが、昨日から自宅に戻ってきていないらしい。彼女の母上曰く昨日学校に登校する時の顔が何か思いつめたような表情だったとの事だが…、君達に心当たりは?」
デジェルは何も知らないかのように振舞いながら、まどかと仁美に問いかける。それに対してまどかは何と答えたらいいのか分からないといった様子で視線を背け、仁美は視線を俯かせて何処か思いつめたような表情をする。デジェルは予想通りと言うべき二人の様子を見て軽く息を吐く。
「…まあこの件は後回しだ。さやか君は私が捜索する。念のため警察にも連絡をしておく。もし発見したら連絡するから、君達は学校に行くんだ」
「そ、そんな!さやかちゃんが大変なことになっているのに、学校なんて行けません!!私にもさやかちゃんを探させて下さい!!」
「私も、私もまどかさんと一緒に探しますわ!!元はと言えば、元はと言えば私のせいでさやかさんが行方不明になってしまったかもしれないんです!!ですから…!!」
デジェルの言葉に反発してくるまどかと仁美。それだけ親友であるさやかの事が心配なのだろう。その気持ちはデジェルにも分かる。幼馴染の親友が苦しんでいる、悩んでいるのならば助けてやりたいとも思うし、ましてや昨日から家に帰っていないとなれば、何か事件に巻き込まれている可能性もある。心配するなと言うのが無理な話だろう。とはいえ…。
「気持ちは分かる…、が、もし学校を欠席したら親御さんや先生方に何と言い訳するつもりなんだい?それに、もしも自分のせいで親友が学校をずる休みした、等と言う事実を知ったらさやか君もいい思いはしないんじゃないのかな?」
「そ、それは…」
デジェルの諭す言葉にまどかと仁美は言葉を噤んで俯いてしまう。確かにもし此処で学校を無断欠席してさやか探索に向かったら、両親や先生に余計な心配を掛けてしまうであろう。それ以前に平日のこんな時間に女子中学生二人がフラフラ出歩いていたら明らかに不自然、下手をしたら補導されてしまう可能性だってあり得てしまうのだ。
逆にさやかだって昨日の制服姿のまま街中をうろついていれば誰かに見咎められて補導される可能性もある。さやかには気の毒な話だが彼女が無事保護されるのならばそれに越したことは無い。
「…うう、分かりました。で、でも!放課後になったら私達もさやかちゃんを探しに行きますから!!そ、それからもしさやかちゃんを見つけたら連絡ください!」
「わ、私もお付き合いいたしますわ!お稽古事も今日はお休みにしてさやかさんを探します!!」
デジェルの言葉にしぶしぶ同意しながらもなおもさやかを心配して放課後に探しに行くと言って譲らない二人の少女。特に仁美は恐らく一度も休んだことが無いであろう習い事を休んでまで探しに行くと言っている。改めて認識させられる二人とさやかの絆の深さに、デジェルは可笑しそうに笑みを浮かべる。
「…分かった、もし見つけたら連絡する。あと、万が一ということもあるから放課後には君達の所へ保護者代わりの迎えを寄越そう。それで納得してくれるね?」
「は、はい…、分かりました…」
「異論は、ありませんわ…」
「良し、なら早く学校に行くといい。早く行かないと遅刻してしまうよ?」
デジェルに促された二人は早足でその場を立ち去る。が、それでもさやかが心配なのかチラチラと背後のマンションを振り返っていた。やがて二人の姿が見えなくなると、デジェルは何処か感慨深そうに、それでいて何処かやるせなさそうな表情で空を見上げた。
「さやか君、君にはこんなに心配してくれる友達がいるんだ。それに、誰よりも君を想ってくれる人がいる…。だから…」
まだ、絶望してはいけない…。本来起きるべき正史…。それとは逆の事を思いながら、デジェルはその場を歩き去った。
まどかSIDE
デジェルに諭されて学校へと向かったまどかと仁美ではあったが、心の中の不安は消えなかった。
ホームルームで早乙女先生の話すさやかが行方不明だというお知らせも先生の授業も上の空で、無意識に何度も誰も座っていないさやかの席に視線を向けてしまい、仕舞いには何度も指された事に気が付かず先生に怒られてしまうこともあった。
「…ふう…」
休み時間、ようやく先生の説教から解放されたまどかは机にもたれかかりながらチラリとさやかの席に視線を向ける。
幾ら見ても席は空、座っている人間は影も形も無い。そんな席を幾ら眺めても何の解決にもならないとは分かっている、分かってはいるのだが…。
「まどかさん、少しよろしいでしょうか…?」
ボーっとさやかの席を眺めるまどかの耳に突然仁美の声が飛び込んでくる。ハッとして視線をあげるとそこには暗い表情の仁美が立っていた。
「仁美ちゃん、どうしたの?」
「少し、お話がありまして…。此処ではなんですから別の場所で…」
そう言うと仁美はまどかの返事も聞かずにそのまま背を向けた。
仁美の思いつめた表情にただ事ではないと感じたまどかは、仁美の後に付いていく。二人は教室を出ると生徒たちがちらほらと居る廊下を通り、薄暗く人が居ない階段の踊り場で足を止め、お互いに顔を向き合わせた。
「あの…、仁美ちゃん、話って?」
まどかはおずおずと言った感じで仁美に問いかける。まどかの問い掛けに仁美はしばらく目を彷徨わせていた、が、やがて重々しく口を開いた。
「…話と言うのは、さやかさんの行方不明の原因の事ですの…」
「さやかちゃんの、行方不明の、原因…?」
まどかは戸惑いながら仁美を見つめる。仁美はコクリと頷くと両手をまるで握りつぶそうとするかのように強く握りしめる。
「…その原因は、私です。私が、私の軽率な言葉がさやかさんを、傷つけてしまったんです…!!」
「……!ひ、仁美ちゃん!それって、もしかして…」
血を吐くように仁美にまどかは仁美の言う『原因』と言うものが何なのか感付いた。
「…どうやらまどかさんは既に知っているみたいですね、私とさやかさんとの『勝負』について」
「う、うん…。二日前にさやかちゃんに相談されたから…」
仁美に返答しながらまどかはおずおずと説明する。
二日前の夜、さやかに相談があるとマンションの前に呼び出された事。
さやかが仁美から宣戦布告された事をまどかに打ち明けた事。
そして、このままでは仁美に恭介を盗られてしまうのではないかと不安になって泣いていた事…。
さすがに魔法少女云々については告げる事は出来ないのでさやかの魂については省いたものの、それでも仁美には充分伝わったようで苦しげな表情へと顔が歪んでいく。
「やっぱり…!私が、私が軽はずみなことを言ってしまったから…!さやかさんを苦しめて…!!なんて、なんて馬鹿なことを…!!」
遂に仁美は床に崩れ落ちて泣き出してしまう。彼女の目から零れ落ちた涙が床にぽたぽたと滴り落ちている。まどかは床に膝をつくと、仁美の頭を胸に抱き寄せ、彼女を落ち着かせるように背中をゆっくりとさすってあげる。
しばらく泣いていた仁美は、まどかに背中を摩られて少し落ち着いたのか、しゃくり声を上げながらもようやく泣きやんでおずおずとまどかの身体から離れる。まどかを見つめる両目はさんざん泣いたせいか真っ赤になっていた。
「グスッ、ま、まどかさん…、すみませんわ…」
「ううん、いいよこれ位。そ、それで仁美ちゃん…、不謹慎なことを聞くんだけど…。上条君に告白したの?」
まどかは恐る恐ると言った感じで仁美に質問する。仁美は特に気を悪くした様子もなくコクリと頷くと、どこか自嘲するような笑みを浮かべる。
「しましたわ、けど…、案の定振られてしまいましたわ」
「そ、そうなんだ…」
仁美の返事にただ一言答えたまどかはそれから一言もしゃべらなかった、否、話す事が出来なかった。
やがて授業開始の予鈴が鳴りだしたので二人は早歩きで教室へ戻った。その間も二人は黙ったままであった。
その次の授業も仁美とさやかの件でまどかは完全に上の空になってしまい、何度も先生に小突かれる破目になってしまった。最もそれはまどかだけではなく仁美もそうだったのだが…。
やがて授業が終わり昼休みになると、まどかはお弁当を取り出すといつもマミ達と食事をする屋上へと向かおうとした。
今日は何故かほむらが病気で欠席しており教室にはいないものの、マミは普段通り登校しているため、ひょっとしたらさやかの行方について何か分かるかもしれないと一抹の希望を抱いていたのだ。
弁当箱を持ったまま教室から出ようとする、と、何やら教室の入り口で一人の男子生徒が困った表情でチラチラと教室の内部を覗いているのが目に入った。
その男子生徒は足が不自由なのか松葉杖を突いており、教室を覗くときに決まってさやかの席をジッと見ている。
まどかは男子生徒の顔を見た時にハッとなった。まどかは彼の事を知っていた。以前、さやかと一緒に病院に見舞いに行った時に彼とは挨拶程度だが顔を合わせた事があったのだ。
「あの…、上条、君…?」
「ん?え?あ、ああ君は!!確かさやかの友達の…」
まどかはおずおずと男子生徒、上条恭介に話しかける。恭介は女子に突然話しかけられて一瞬驚いた様子だったが、話しかけてきた女子、鹿目まどかの顔を見ると以前さやかに紹介された友達であった事を思い出し、平静を取り戻した。
「こ、こんにちは上条君。あの、私のクラスに何か用…かな?」
「え、あー…、まあ、用と言えば用なんだけど…。…そうだ!鹿目さんなら知ってるかな…」
恭介は何かを思い立った様子で、まどかに真剣な眼差しを向けてくる。まどかは恭介の真剣な表情に若干怯みながらも彼から視線を外さずに彼の言葉を待つ。
「あの、鹿目さん、さやかが行方不明って、本当なの?」
恭介の問い掛け、それはまどかも予想出来ていた。恐らく自分のクラスメイト達の話を聞いたのだろう。それでいても経っても居られなくなってさやかの教室に確かめに来たに違いない。
仁美は恭介はさやかに想いを寄せていることで間違いないと言っていた。さやかの事を想っている彼に、さやかに起きた事件を隠しておく事は出来ない。
まどかはゆっくりと頷いて、恭介の言葉を肯定する。
「…そうか、そうだったんだ。じゃあ昨日の廃工場でのあれは…」
さやかが行方不明だと言う返事に対して恭介は、悲しげな、さやかを案じているであろう表情は浮かべる。が、その顔にはそれ以外の別の感情も混ざっているように感じる。まるで、何かを後悔しているような…。
「か、上条君…?」
「…!!う、ううん!!何でもない、なんでもないんだ!そ、それじゃあ僕はこれで…」
心配そうなまどかの声に恭介は慌てて作り笑いを浮かべると、松葉杖を付いてその場を立ち去っていく。まどかは彼の後姿をジッと眺めながら彼の表情を思い出す。
(さやかちゃんが行方不明って聞いた時、上条君の様子が少し変だった…。なんだか誰かに謝りたいような顔をしていたけど…)
「…まさか…」
まどかの頭にある予感がよぎる。だが、まどかは直ぐにその予感を振り払った。そんな事はあり得ない、あるはずが無い、と。
それでもまどかの心には、一抹の不安が残っていた。どこかもやもやとしたスッキリしない心境のまま、まどかはマミの待つ屋上へと向かうのだった。
デジェルSIDE
デジェルはまどかと仁美と別れた後、さやかの姿を探して見滝原を歩きまわっていた。
途中シジフォス、マニゴルドと言った同僚に連絡、さやかの探索の手伝いを依頼して、度々彼等と連絡を取りながら街中を歩きまわっていた。
「…ああ、ああ分かった。さやか君はまだこちらにくる気配は無いか。…了解した。引き続き張り込みを続ける」
デジェルは携帯の向こう側のシジフォスの報告を聞き終えると、電話を切って物陰から再び駅の入り口に目を光らせる。
さやかの心に決定的なダメージを与えるホスト二人の会話。それが行われるのは夜間の列車の内部。そして列車に乗り込む駅は此処、見滝原駅。
もしも本来の歴史通りに進むのならば、必ずさやかは此処に現れる…。そんな確信を抱きながら、デジェルはチラリと腕時計に視線を移す。
「12時ぴったり…、中学校はちょうど昼休み中、か…」
デジェルはボソッと呟くと携帯電話を取りだすとどこかへ電話を掛ける。
数回のコール音の後、ようやく電話が繋がった。
『はい、上条ですが…』
「恭介君、私だ、デジェルだ。実は君に少し話したい事があるのだが…」
そしてデジェルは電話口の恭介に、ある事を話した。美樹さやかに関する“ある事”を。
その事を話している内に、電話口の恭介の様子が段々変わっていくのがデジェルには分かった。無理もない、自分の幼馴染であり今の彼にとっては想い人である少女の背負っている残酷極まりない結末を知れば、平静でいられるはずが無い。本来ならば最後まで伏せておくべき事、彼は一生知らずにいるであろうことなのだから。だが、アスミタからの報告によれば恭介はさやかとキリカが交戦する姿を見てしまっている。ならばいつまでも隠しておけるような事ではない。明かすのならば早い方が良い、とデジェルは判断したのだ。
そしてデジェルは、恭介に対して“ある事”を告げる。
「…と、言うわけだ。放課後にはそちらに迎えを送る。もし先に到着してしまったのならさやか君が出てくるまでそこで待機をしていてくれ」
『…分かりました。…あの!!』
デジェルが話を切り上げようとした瞬間、恭介がデジェルを呼びとめる。その声には電話に出た時には無かった焦りが、恐怖が少なからず混じっている。電話口の恭介の表情はきっと、痛々しく歪んでいる事であろう、デジェルは思わずそんな事を考えてしまう。
「…何かな?」
『本当に、本当にさやかを、さやかを救えるんですか!?』
恭介の必死な言葉にデジェルは一度押し黙ると、一拍置いて重々しく口を開いた。
「…残念だが、私では彼女を、さやか君を救えない。…というよりも、彼女の心を救う事はたとえ親友であるまどか君達でも不可能だろうな」
『…そんな、そ、それじゃあ…』
「だが、一人だけ彼女の心を救える可能性のある人間がいる」
恭介の言葉を遮るように言葉を紡ぐデジェル。言葉を遮られて口を閉じる恭介に、デジェルは優しく、諭すように告げる。
「それは君だ、恭介君」
『ぼ、僕…?』
「ああ、君なら彼女の心を開き、癒す事が出来るかもしれない。さやか君の願いの原点であり、さやか君が誰よりも愛している、君なら、な」
デジェルはそこまで話し終えると通話を切る。そして、再び駅の入口へと視線を向けた。
「さて…此処からが正念場だ。果たして彼の“愛”は…、“運命”を越えられるのか…」
呟きながらデジェルは、少し曇りがかった空を見上げる。
運命の時は…、刻一刻と迫って来ていた。
…ちゃっかり明かしてしまいましたがシオンの代わりに牡羊座に就任しているのはハクレイでした。
いやだって彼以外適性のある人いませんし。弟子が牡羊座、聖衣も直せる、ジャミール出身、小宇宙も黄金並み、あと麻呂。これだけ牡羊座要素揃っているんですからまとえてもおかしくないと思うんですよね、いや割とマジで。
きっと世が世ならば牡羊座に就任していたんでしょうね~…とか考えなかったり考えたり。