いや冗談抜きでありません。出番をさやかや魔法少女に割いてしまった結果聖闘士達の出番がなくなってしまいました。本格的に活躍できるのは次話からになりそうです…。
さやかを探し回るマミと杏子。雨の降りしきる中手当たり次第に心当たりのある場所を片っ端から探索しているものの、影も形も見当たらない。
結局二人はもと居た路地裏の入口へと戻ってくる羽目になってしまった。
「クソッ!!あの馬鹿一体どこ行きやがったんだ!!こんなあちこち探したってえのに見つからねえなんて…」
「これだけ探して見つからないとなると…、後はまどかさんとデジェルさんの連絡を待つ以外には…」
雨中で傘も雨具も無しに走りまわったせいで二人は体中雨水と汗でビショビショであった。杏子はぐっしょりと濡れた髪をいらただしげに掻き上げ、マミは半ば雨で濡れたハンカチで顔や髪の毛の水滴を拭っているが、雨は次から次へと降ってくるため、正直焼け石に水としか言いようがない。
「…へくしッ!!…クソ、冷えてきやがった。おいマミ!このまま此処に居たらあたしら風邪ひいちまうぜ!?」
「…仕方がないわね。一度私のマンションに戻ってシャワーでも浴びましょう。そしてまどかさんとデジェルさんに連絡して手がかりを探すしかないわね…」
「だな、いつまでもこんな雨ン中うろうろしてるわけにもいかねえし…」
マミの提案に杏子も鼻を啜りながら同意し、二人はマンションへ向かおうとした。
「あら、巴さんどうなされたのですか?そんな傘もささずにビショビショで…、あら?そちらの方は…」
後ろから誰かに呼び止められ、マミと杏子は反射的に背後を振り向いた。
声の主はマミの同級生であり最近見滝原に転校してきた少女、美国織莉子であった。買い物をしていたのか手提げ袋を提げ、白い上品な傘をさして自分達を不思議そうに眺めている。こんな雨の中で傘もささずに濡れネズミになっているのだから当然の反応だろう。
「あ、お、織莉子さん!!ええ、まあこれはその…、ちょっと友達を探していて…」
「まあそうなのですか。でも無事に見つけられたみたいで良かったですね」
「いえ!彼女は私と一緒に友達を探してくれてて…、ああ紹介が遅れましたね!!彼女は佐倉杏子さん!!佐倉さん、この人は美国織莉子さん。つい数日前に私達の学校に転校してきたの」
「まあそうなんですか。初めまして、美国織莉子です」
「ん…、佐倉杏子だ、よろしく」
気さくに笑顔を向けてくる織莉子に、杏子は顔を背けながらも蚊の泣くような声で挨拶を返した。そんな杏子の態度にマミは小声で叱りつけるが、織莉子は気にした様子も無くクスクスと口元を押さえて笑っている。
「ああそういえば、その方でないのだとしたらお探しのお友達というのはどなたでしょうか?よろしければ私もお手伝いいたしますが…」
ふと織莉子は思い出したようにマミに質問をしてくるが、マミは困った様子で杏子と目配せする。
(おい、マミ、あの織莉子って転校生、まさか…)
(…多分、違うと思うわ。いずれにせよ軽々しく魔法少女云々の話は出来ないわよ)
マミが見てきた限り、織莉子は一度たりとも魔法少女に変身した様子も無く、魔法少女らしき仕草も見せた事はない。学園でも普通にクラスメイトと仲良くしており、特に転校してくる前からの知り合いだったらしい呉キリカとはほぼ姉妹同然と言っていい程の仲の良さを見せている。
これらの事からマミは織莉子は魔法少女ではないと考えている。断定は出来ないものの、いずれにせよ一般人である可能性がある人物の前で魔法少女や魔女の話題は口にするべきではないとマミは杏子にテレパシーで伝える。
「…あの~…」
「あ、ああごめんなさい!ありがとうございます織莉子さん。ですけどさっき携帯で連絡したらもう家に帰っていると言っていたので大丈夫です。私達も丁度家に帰ろうと思っていましたから…、ねっ!佐倉さん」
「んえ!?お、おう…」
いきなり話を振られた杏子はどもりながらもコクコクと頷く。織莉子はそんな二人の様子に若干不審そうな表情を浮かべながらも納得した様子でコクリと頷いた。
「あら、そうなのですか。それじゃあ私が探しても意味が無さそうですね」
「あ、あはは…、そ、それでは私はそろそろ帰りますわ。このままじゃあ風邪もひいてしまいますし。…行きましょう佐倉さん!」
「お、おう、じゃ、じゃあそう言うことで!」
マミは織莉子に背を向けると小雨が降る中小走りで駆け出した。杏子も織莉子に軽く会釈するとマミの後を追いかけて行く。雨の降る中を走っていくマミと杏子の後姿を見送った織莉子は、彼女達の姿が見えなくなると手に下げられたバッグから携帯電話を取り出して番号を入力すると耳に当てる。
『ハーイもしもし織莉子?こちらキリカ、キミの愛しの呉キリカだよ~?』
数回のコール音の後、通話口の向こうから織莉子の親友にして同じ魔法少女、呉キリカの声が聞こえてくる。織莉子からの電話だからかキリカの声は喜色に満ちている。満面の笑顔を浮かべているであろうキリカの顔を思い浮かべながら、織莉子は微笑ましげに笑みを浮かべる。
「もしもしキリカ、こっちは巴さんとアスミタ様の情報にあった佐倉杏子って魔法少女と出会ったんだけど…、貴女の方はどうかしら?」
『ん~?あー見つけたよ見つけた。何か公園で桃色の髪の子と何だか話してたんだけど喧嘩して逃げ出しちゃったよ。只今追跡中~、ついでに魔女の結界突入中~、ってとこ』
キリカはまるで近くの公園に散歩に行っているとでもいうかのように気楽な口調で織莉子に告げる。
一方キリカが魔女の結界に侵入していると告げた瞬間、織莉子の顔色が変わった。
「魔女の結界ですって!?キリカ、大丈夫なの!?私も応援に…」
『ちょ、ちょっと織莉子落ち着いて、落ち着いてっての!ノープロブレムノープロブレム。この魔女使い魔から成長したばっかりみたいだから弱くってさー、現に今交戦中、電話しながら。それでもよゆーよゆー』
「た、戦いながらって…、キリカ!いくら使い魔から成長したばかりの未熟な魔女だからって油断しすぎよ!!今の貴女にはソウルジェムが無い!痛みだって普通に感じるし魔力が無くなったらタダの人間と同じなのよ!!」
『分かってる分かってる。んも~、織莉子は心配性だな~。でも私の事を心配してくれるなんて、キリカ感激~♪』
「き、キリカ!!ふざけないで…」
『おおっと!よっと、それじゃコレ狩り終わってあの青い子と話したらまた連絡するからさ。そろそろ片付けないと魔力もったいないし…さ!』
と、魔女との戦いが激しくなってきたのかキリカは向こう側から勝手に電話を切ってしまう。織莉子の耳には電話の切られた無機質な音が耳に流れ込んでくるのみであった。
「キリカ?キリカ!!全くあの子ってば…、まああの子の事だからたぶん大丈夫でしょうけど…」
織莉子は携帯をバッグにしまい込むと不満そうに頬を膨らませながら手に持った傘の柄をクルリと一回転させる。
キリカの魔法少女としての実力は織莉子もよく承知している。たまに油断してしまうこともあるが、あの速度低速化の魔法は魔女にとっても魔法少女にとっても脅威となる。恐らくこの街の魔法少女でも対抗できるのは精々ベテランの巴マミ、あるいは佐倉杏子程度しかいないだろう。
そんな彼女が使い魔から成長した魔女、未だ未成熟な魔女に苦戦するとは考えられない、が、やはり織莉子からすれば初めての親友である彼女の安否は気になってしまうところである。
「何処に居るかも分からないし…、仕方が無いわ、屋敷に戻りましょうか…」
キリカが何処に居るか聞きそびれ、かといって魔女と戦っている最中のキリカに電話で聞くわけにもいかない為、織莉子はしぶしぶと言った様子で屋敷に戻る道を歩いて行った。
空から降り注ぐ雨は、未だに止む気配を見せなかった。
さやかSIDE
雨の中逃げるように走り続けたさやか。彼女はどれだけ走ったのだろうか、いつの間にか古ぼけた倉庫の中に居た。
もう使われていないのか内部には何も残っておらず、建物の随所に置かれた機械も、今では完全に錆ついており今では動かすことも出来なさそうだ。
「…なーんであたし、こんな所に…」
さやかは何故こんな廃墟に居るのか全く分からず呆然と工場の中を見回す。何処をどう見ても何もめぼしいものは無い。さやかは疲れたように息を吐くと、さっさとその場を後にしようとした。
「……!?」
瞬間、己の指に嵌められたソウルジェムが光り輝いて反応を示す。魔法少女になって日が浅いさやかでも、その反応が何を意味しているのかは分かる。
この近くに魔女が居る、ソウルジェムが魔女を感知しているのだ。
「魔女……、倒さなくちゃ…!!」
瞬間、さやかの目つきがまるで死んだ魚のようなものからまるで飢えた獣のような鋭い、凶暴な物へと変貌する。
心の芯まで負の感情で染まっているさやか、今のさやかにとって魔女との戦いは、唯一自分自身の醜い面を忘れられる、そして自分の存在意義を実感できる瞬間であった。魔法少女へと変身したさやかは、目の前の何も無い空間へと近づいていく。普通の人間から見れば何も無いであろうその空間、だが、魔法少女であるさやかの目には、そこから魔力が染み出る裂け目がしっかりと目に映っている。その裂け目の先にあるのが魔女の結界、さやかの獲物、魔女はその中に居る…。
「倒さなくちゃ…、倒さなくちゃ……!?」
さやかがその裂け目に入り込もうとした瞬間、突然空間の裂け目が爆ぜ、そこから漏れ出ていた魔力が完全に消失する。そして、さやかが瞬きした瞬間には既にそこにあったはずの空間の裂け目は消えていた。ソウルジェムも何の反応も示していない。
これが示す事実は一つ、先程まであった魔女の結界が消えたと言う事だ。そして、結界が消えた理由として考えられるのは二つ…。魔女がこの場から逃げ出したか、あるいは…。
「ん~、存外弱い弱い、うん。この程度の魔女じゃあ魔力もそこまで消耗しないな、うん。まあグリーフシードもゲットしたし結果オーライ?かな?までも今の私に必要無いんだけどね、コレ」
呆然と立ち尽くすさやかの耳に、突然何者かの声が飛び込んでくる。ハッとして声の聞こえた方向に首を向けるとそこには黒い奇抜な服装をした少女が、指でグリーフシードを摘まみながら立っていた。
グリーフシードは魔女を倒した時に出現する魔女の卵。これを彼女が持っていると言う事は考えられる事実は一つしかない。
目の前の少女は魔法少女、そして、彼女が結界の魔女を倒し、グリーフシードを手に入れた…。そう悟った瞬間、さやかの心の中で沸々と怒りが沸き起こる。
ふざけるな、ふざけるな、あの魔女はあたしの獲物だったんだ…。それを勝手に横取りするなんて、この女は何様のつもりなんだ…!
殆ど八つ当たりに等しい感情であったが今のさやかの心にはそんな事を考える余裕は無かった。
「ん?おお?キミ、そこのキミ、その制服からして私と織莉子と同じ学校みたいだけど、何でこんなにびしょ濡れなんだい?」
さやかの怒気の籠った視線に気が付いたのか、黒い魔法少女は変身を解除してさやかの方を向く。こちらに怒りを向けてくるさやかに対して、少女はなぜさやかが自分に怒りを向けてくるのかが理解できず、困った表情を浮かべている。
「ん~、キミ怒ってる?いや私キミに怒られるような事した覚えないんだけどね~。というかそもそも私とキミは面識が無いと思ったんだが、違うかい?」
「アンタは…、魔法少女…?」
黒い魔法少女が問いかけても、さやかは変わらず怒りと敵意の籠った視線で彼女を睨んでいる。黒い少女からすれば全く持って身に覚えのない敵意を向けられているので、正直言って迷惑だと言うのが本音である。とはいえ、面と向かってそんな事を言ってしまえば余計面倒くさい事になるのは彼女自身分かっているので、まず少女はさやかの質問に答える事とした。
「ん、そう、名前は呉キリカ。見滝原中学の三年。えーと…、キミは……、確か美樹、さやかとか言ったねぇ」
「…!!あんた、何で…!!」
「私の親友が教えてくれたんだ、っとまあそれはそれとして…」
質問に返答した黒い魔法少女、呉キリカはさやかに向かってズイッと顔を近づける。いきなりキス出来そうな距離まで顔を近づけてきたキリカにさやかは思わず怯んでしまう。
「さて質問の続きだ、キミは何故、こんな所でびしょ濡れになっているんだい?私に対して何を怒っているんだい?何やら悩み多そうな顔つきだ。よければ相談に乗ってあげようか?」
「……!!余計な…、お世話よ…」
「人の好意を無碍にしてはいけないと思う、よ?それに私は君より一つ先輩だ。年上に、失礼な口をきいてはいけない、な!」
穏やかな口調で話しかけるキリカになおもそっぽを向けてしまうさやか、そんなさやかの態度にムッとしたのかキリカは彼女の額を指で弾いた。デコピンを喰らったさやかは悲鳴を上げて額を押さえるが、直ぐに涙目でキリカをキッと睨みつけてくる。
「!?~~、な、何すんのよ!!」
「何って……デコピン?」
「ンな事は分かってるっての!!なんであたしにデコピンするのよ!!」
「いやいや何だか知らないけどいつまでもツンツンした態度してるからさ、こりゃ実力行使しなきゃダメかな~、って思って」
怒り狂うさやかに対してキリカは飄々とした態度で彼女の怒りを受け流している。どんなに怒りをぶつけても暖簾に腕押しと言った有様に、さやかのイライラも頂点に達する。
「ああもう分かった!!分かったわよ言えばいいんでしょ!!あたしはアンタが魔女を先に倒した事が気に食わないの!!分かった!?」
「魔女を先に?…ああグリーフシード欲しいのか!それならそうと先に言って…」
「ちーがーうっ!!あたしはグリーフシードが欲しかったんじゃなくて魔女と戦いたかったの!!」
「いやだから魔女を倒してグリーフシードを手に入れるのが…」
「グリーフシードなんていらない!!ただ魔女と戦いたかっただけ!!あたしは、あたしは魔女と戦わなくちゃならないの!!」
さやかの絶叫に、キリカは呆気にとられた様子で彼女の顔をジッと見つめる。やがて全く持って訳が分からないと言った風情で肩を竦める。
「グリーフシードがいらない、魔女と戦うのが目的?何それ?いや普通に考えて魔法少女が魔女と戦うのはグリーフシード目的でしょうが。これ常識。Do you understand?」
「…っ!!ざっけんじゃないわよォ!!」
激昂したさやかは、キリカに向かってサーベルを振るう。が、キリカは変身していない状態にもかかわらず、難なくそれを避ける。まるで駄々っ子のようにサーベルを振り回すさやかの攻撃を避けながら、キリカは呆れた様子で溜息を吐いた。
「…やれやれちょっとCOOLになりなよ。私はキミと戦う気は無いんだよ?変身していない魔法少女襲うなんて随分凶暴なことをするねぇ。それとも私、何か気に障る事言っちゃったかな?」
「うるさいうるさいうるさい!!」
さやかはキリカを斬り捨てようと、いや、もはやキリカどころか目につくもの全てを斬り捨てようとするかのように凶刃を振り回す。矢鱈滅多らに振り回される剣を、キリカは難なく避け続ける。が、さやかは全く諦める様子も無くキリカに向かってサーベルを振るい続ける。
と、動き続けて疲労したのかいきなり動きを止めるキリカ。さやかはしめたとばかりにサーベルを振り下ろす、が…。
「っ!?」
「危ない危ない、全く凶暴だなあ。まるで狂犬だよ。魔女を倒せなかった鬱憤を私で晴らそうっていうのかい?本当に困ったものだなァ…」
いつの間にか変身したキリカが、自分の右横に立っている。彼女は不気味な笑みを浮かべながらゆっくりとさやかに顔を向ける。キリカから放たれる不気味な殺気に、さやかは思わず一歩後ずさりしてしまう。
「やれやれ、そんな躾のなっていない犬は…」
狂ったように笑うキリカはダラリと両腕を垂らす、瞬間、服の両袖から三本の鋭い鉤爪が飛び出した。キリカは狂笑しながら両腕の爪を擦り合わせる。金属と金属の擦れ合う不協和音、まるで極上のディナーを前にフォークとナイフを擦り合わせるかのような仕草を見せたキリカは…。
「お・し・お・き、しないとねえええええ!!」
さやか目がけて両腕の爪を振り下ろした。自分目がけて振り下ろされる鉤爪に、さやかは慌てて回避しようとする、が…。
「がっ!?」
回避動作をする前に両爪はさやかの服と皮膚を切り裂いた。赤い鮮血が飛び散り、コンクリートの地面に点々と赤い染みを残す。苦悶に顔を歪めながら、さやかは自身に回復魔法をかけ、服と一緒に傷を治癒する。一瞬で跡かたもなくなる傷に、キリカは感心した様子で口笛を吹いた。
「ほー、回復魔法得意って聞いてたからどれほどかと思ったら…、結構やるじゃ~ん?さっすがだ~いすきな幼馴染の為に願い叶えただけあるね~」
「……!!なんで、その事を…」
目の前の敵が自分の叶えた願いを知っている事に愕然とするさやか。そんなさやかをニヤニヤと笑いながら眺めるキリカは、さやかの質問を聞いて少し考えるような仕草をする。
「ん~…、神様が教えてくれた、かな?」
「!?ふざけてんのアンタ!!」
「決してふざけちゃいないよマジもマジ、本当だよ~。でも回復魔法かあ~。厄介だね~、傷負わせても治っちゃうんじゃ。…でも、意外と対処は簡単だよね~」
瞬間、再び魔法で治療された部位から血の花が咲く。目に追えない程の速さで振るわれた爪の一閃に、さやかは痛みを感じるどころか反応する事も出来ず、ただただ呆然とするしかなかった。キリカは爪を振るって血を落とすと、もう片方の爪をペロリと舐める。
「治す前に新しく傷負わせちゃえばいいんだよねえ!!」
瞬間、目の前のキリカが消えた。それから一秒遅れてさやかの右腕が切り裂かれ、血が飛び散る。
「っく!」
さやかは急いで腹部の傷と腕の傷を魔法で回復させようとする、が…。
「させない、よお!?」
再び振るわれる斬撃が、さやかの背中と、ふくらはぎを切り裂いた。鋭い痛みにさやかがかけようとしていた回復魔法は強制的に中断され、魔力は四散してしまう。足に傷を負ったさやかは手に握ったサーベルを杖代わりに、何とか立っていたが、体中が傷だらけ、鮮やかな青い服も血によって所々真っ赤に染まっており、命に関わるような傷は負ってはいないものの、どう見ても満身創痍としか言いようが無かった。
「…はあ、はあ…、は、速すぎ、…」
ゼイゼイと喘息の発作のように息を乱しながら、さやかは目の前に現れた敵を睨みつける。
さやかの眼でも追えない速さ、そのせいで自分はあっという間に彼女に切り刻まれた。幸い致命傷は負ってはいないもののあの速さの前では回復する間も無く自分はあの爪に切り裂かれる。このままでは自分がやられるのも時間の問題だろう。
(何か、何か手を…!!)
痛みを痛覚遮断で緩和しつつ、さやかは必死に頭を巡らせる。と、突然その思考に割って入るかのように、キリカがまるでさやかをあざ笑うかのようにクックッと笑い始めた。
「く、クククッ、速すぎるゥ?分かってないなあキミは。私は決して速くない。魔法少女としての速さははっきり言うならキミにも劣る」
なら何故私が速いと感じるか?キリカは一度言葉を区切ると再びさやかの視界から姿を消す。さやかは急いで消えたキリカの行方を追って視線を巡らせる、が、突然背後からポン、と肩を叩かれる。ギョッとしたさやかはゆっくりと背後を振り向いた。
「…キミが、遅く、なっているんだよ?」
そこには残酷な笑顔を浮かべたキリカが、爪を構えて立っていた。慌てて背後に向かってサーベルを振るおうとしたさやか、だが…。
「遅い」
腕を斬られ、さらに返す一撃で両足を斬られて地面に倒れ込んでしまった。さやかは必死に地面をもがくが、足の筋を斬られたのか、今度こそ立ちあがる事が出来ない。さやかは怯えた表情で必死に後ろに後ずさろうとする、が、それよりも先にキリカがさやかに圧し掛かり、彼女の動きを封じてきた。
「治したい?治したいならド・ウ・ゾ♪穢れは浄化してあげたからァ、まだまだ回復魔法は使えるよォ?でも、治して向かってくるのなら…、また身体をズタズタにしてあげるよォ?でも降伏するって言うんなら、特別に許してあげるけど?」
傷を負ったさやかに圧し掛かったキリカはグリーフシードをさやかのソウルジェムにかざし、穢れを吸い取るとそのままさやかから身体を放す。そして両手を広げながらさやかをジッと眺めている。さやかは突然のキリカの行動に戸惑いながら、それでも体中の傷を魔法で治療し、剣を支えに何とか立ち上がる。
傷を治したさやかはキリカに向かって剣を構える。圧倒的力の差を見せられながらもなおも馬鹿みたいに向かって来ようとする彼女に、キリカは呆れたと言うよりもどこか憐れむかのように肩を竦めた。
「…まだやるの?…ったくほんっとうにくっだらないことで悩んでいるようだね~、キミは。本当に面倒くさい、な!」
心底面倒くさそうに、キリカは再びさやかに襲いかかろうと身構えた、瞬間…。
「さやかアアアアアア!!」
突然倉庫の入り口から何者かがキリカ目がけて跳びかかってくる。目の前のさやかに意識を集中させていたキリカはその突進を避けられず、謎の影に押し倒される形で地面に倒れ込む。
「ぐあッ!?な、なんだオマエ!!」
「に、逃げるんださやか!!早く!!」
「え…?な、なんで…?」
キリカを押し倒した人物の顔を見て、さやかは戸惑いに満ちた表情を浮かべた。何故ならそこに居たのは、一番この場に似つかわしくない人物、そして、魔法少女となったさやかにとって、自身の起源とも呼べる人物であったのだから…。
「どうして…、どうして此処に居るの…?恭介…」
寒さに震えるように身体を震わせながら、さやかはキリカを地面に押し付けている少年、上条恭介を見ながら呆然と呟いた。
恭介SIDE
さやかがキリカと戦い始める少し前…。
上条恭介はさやかを探している途中、突然降りだしてきた雨を避けるため、廃工場の屋根の下で雨宿りをしていた。
「あーあ…、これしばらく止まないな…。一応家には連絡したけど帰るの遅くなっちゃいそうだな…。ま、仕方が無いか」
恭介は工場の壁に寄りかかりながら、ぼんやりと灰色の雲が浮かぶ空を眺めていた。
仁美の告白を断り、さやかに告白しようと彼女の携帯に電話しようとした。だが、電源が切られているのか応答しなかったため、さやかを探して彼女の家、学校、さやかが仁美達とよく立ち寄っているであろう店を巡ったものの、結局彼女の姿形も見かける事が出来ず、何故かこの廃工場にフラフラと入り込んでしまった挙句に雨も降りだしてきたため、こんな所で途方に暮れる羽目になったのである。
「さやか…、君は一体どこに居るんだ…。僕は、君に伝えたい事があるのに…」
灰色の雨空を眺めながら、想いを寄せる少女の顔を思い出す恭介。まさかと思うが何か事件に巻き込まれているのではないか、警察に連絡した方が良いんじゃないかと心の隅で考え始めてしまう。すると…。
「ん…?何だ、さっきの音…」
恭介の耳に何か金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。それも何度も繰り返し…。
それだけではなく誰かの叫ぶ声も耳に入ってくる。怒号にも、悲鳴にも聞こえるが声の質からして女性であることは間違いは無い。
「此処は廃工場だからもう機械は稼働していない…。それに女の人の叫び声…、気になる、行ってみよう」
何故か妙に胸騒ぎがした恭介は松葉杖を突きながら声と金属音が聞こえた方向に向かって歩き出した。
薄暗い工場内部で、松葉杖が地面を叩く音が無機質に反響する。正直不気味ではあったが、今の恭介には先程から聞こえる金属音と誰かの声の正体を知りたいと言う好奇心の方が強かった。
しばらく工場を進んでいくと、そこにはドアが一つポツンと存在していた。鉄でできた頑丈そうな扉であり、ちょっとやそっとでは壊れそうにない。試しにドアノブを捻って見ると鍵が閉まっている様子は無い。
「……よし」
音の元は聞こえる限りこの先で間違いは無い。恭介はゆっくりとドアを開くと、その内部へと恐る恐る侵入した。
「!?な、なんだこれは…!!」
部屋の内部へと侵入した恭介は、驚愕のあまり表情を歪ませた。
恭介の目の前に広がる空間、そこは先程の工場と大して変りは無い。がらんとした何も無い空間に、錆びて動かなくなった作業用の機械があちこちに転がっている。何の変哲もない空間だ。
だから普通ならば恭介も驚く事は無いだろう。…目の前で起きている光景を目にしなければ。
「お、女の子が…、女の子と…、殺し合っている…?」
恭介の目の前で、奇妙な格好をした二人の少女が、互いの武器を手に殺し合っていたのだ。黒い服と両腕に鉤爪をつけた少女、そして青い衣装にサーベルを握りしめた少女が、互いに殺意を持って斬り合う、そんな非現実的な光景が目の前にあった。
「…!!青い衣装の子が…!!」
あまりにも衝撃的な光景に目が離せずそのまま見ていると、青い服を纏った少女の腕と両足から血が噴き出し、少女は地面へと倒れ込んだ。そして、地面を這いずって後ずさりしようとする青い少女に向かって、黒い少女が圧し掛かる。
青い少女は必死に黒い少女を振りほどこうと身体を捩じったり無事な片腕を振り回したりして必死に暴れる、と、一瞬だけ青い少女の顔が恭介の目に飛び込んできた。
「……!!そ、そんな、あ、あれは…!!」
青い服の少女の顔、それは自分が必死に探していた少女、美樹さやかであったのだ。一瞬見間違いかと思ってしまったが、何度も顔を合わせている少女の顔を見間違うはずが無い。だが、もし彼女がさやかだと言うのなら、何でこんな所であんな変な衣装を纏ってあの黒い少女と戦っているのか…。恭介は頭が混乱して何が何だか分からなかった。
そうこうしていると目の前の状況に動きが出てくる。何故か黒い少女がさやかから飛び退くと、突然さやかの身体から青い光が放たれ、光が収まるとさやかは剣を支えにゆっくりと立ちあがる。見ると、さやかの体中に刻まれていた傷が、服の損傷ごと完全に消え去っていた。
(傷が…、消えている…?一体何が起こって…)
黒い少女に向かって剣を構えるさやかを呆然と眺めている恭介だったが、黒い少女が両手の鉤爪を構えたのを見て顔色が変わった。
(あの黒い服の子…、さやかを、さやかを殺すつもりで…!!)
あの少女は今度こそさやかを仕留めるつもり…、そう感じた恭介は松葉杖を捨てるとさやかに襲いかかろうとしている少女に向かって走りだした。
「さやかあああああああああ!!!」
まだ完治していない両足、松葉杖無しに走っているせいで足に力が入らず足を踏み出すたびに両足に鈍痛が走る。だが、今の恭介はそんな事を気にしている暇は無い。
幼馴染が、大切な人が殺されそうになっている…!今すぐ助けないと…!その想いが未だ完治していない恭介の両足を稼働させていたのだ。
一方さやかと黒い少女も恭介の絶叫でこちらに気が付いたようで動きを止めてこちらに視線を向けている。恭介はチャンスとばかりに黒い少女に向かって跳びかかるとそのまま地面に押し倒した。
「ぐあっ!?な、なんだお前!!」
「に、逃げるんださやか!!早く!!」
恭介は暴れる黒い少女を全身で抑えつけながらさやかに向かって必死に叫ぶ。一方のさやかはいきなり現れた恭介の姿に驚愕しており、呆然と恭介を見ながら小さな声で何事かブツブツ呟いている。が、その内に恭介を見つめる彼女の表情は、段々と驚愕から一転してまるで幽霊でも見たかのような怯えた表情へと変化していく。
「あ…ああ、やだ、やだよ…」
「さやか…?」
怯えた表情でこちらを見る幼馴染に、恭介は訝しげに顔を上げる。すると、さやかは後ろに後ずさりしながら、両腕で身体を隠す様に自身を抱き締める。
「見ないで…。お願い恭介見ないでよ…」
「さやか、何を言って…」
「こんな死体になったあたしを!こんな醜いあたしを見ないでよォォォォォォ!!!」
さやかは絹が裂けるような絶叫を上げるとそのまま工場の外へと飛び出して行ってしまった。
「!!さ、さやか!!まっ……!?ぐあッ…!!」
「く、クソッ!!邪魔だ!!邪魔だから放せこの痴漢…!?」
突然逃げ出してしまったさやかを追いかけようとする恭介だが、今になって両足の痛みが身体に響いてきて、立ちあがろうとした瞬間に地面に倒れ込んでしまう。一方地面に押し倒された黒い少女も圧し掛かっている恭介を必死にどかそうとするが、その瞬間に彼女の身体を覆っていた黒い衣装が霞のように消え去り、別の服へと変化していた。よく見るとそれは見滝原中学の女子の制服、彼女もまたさやかや自身と同じ学生なのだろうか。
「なあ!?こ、こんな時に魔力切れ…。チクショウ!!」
「へ?ちょ、うわっ!!」
黒い少女は悪態をつきながら自分に圧し掛かる恭介を横にころがすと、跳び上がるように地面から起き上がると先程さやかが逃げて行った工場の出口へと走っていく。が、入口から外を見回すとすぐさま恭介の倒れている場所へと肩を怒らせながら戻ってきた。
「……逃した。ああクソ!!織莉子と神様になんてお詫びすればいいんだも~!!そこの痴漢!!キミが邪魔したせいで折角見つけた標的見失ったじゃないか!!落とし前つけてよ!!」
「なっ…痴漢って…!僕は痴漢なんかじゃないよ!!君がさやかを殺そうとしたから僕はそれを止めようと…」
「殺す!?誰が!!何を!!私はあの子とOHANASIしようとしたいただけだ!!それをあの子がいきなり襲ってきたから正当防衛でちょっと痛めつけただけで殺す気なんて欠片も無いっての!!あとキミ!!確か二年生だよね!!」
「ええ?それが何か…」
「私は三年生だ!!キミより一年先輩だ!!呼び捨ては許さない!!」
凄まじい勢いで恭介に説教をしてくる黒い少女に、恭介も座ったまま動く事が出来ずにただただ頷いていた。やがて十数分怒鳴り続けて黒い少女も満足したのか口を閉じると、先程恭介が入ってきた入口へと歩いていき、そこに落ちていた松葉杖を拾い上げると恭介目がけて放り投げた。
「ほら、これキミのだろう?」
「へ?う、うわっ!!ら、乱暴に扱わないでくださいよ~…」
自分の移動手段である松葉杖を存愛に扱われ、若干非難の眼差しを向けるものの、黒い少女は気にした様子も無い。恭介は諦めた様子で溜息を吐くと、先程から気になっていた事を黒い少女に問いかける。
「あの…、貴女は一体…、さっきの姿も…」
「ん~?ま話す義理はないんだけどさ、ま、いっか。私の名前は呉キリカ。見滝原中学の三年生だよ。まあそれはそれとして……キミは信じるかい?魔法少女って言うのを。私とさっきの…えーとさやかとか言ったかい?彼女はそれなんだよ」
「魔法…少女…?」
黒い少女、呉キリカの口から出たあまりにも非現実的な言葉に、恭介は僅かながら思考が停止してしまう。
魔法少女?あのアニメとかで見る変身して魔法を使う、あの月に変わってお仕置きするアレ?
「えと、魔法…、少女…?比喩とかそういうのじゃなくて、本当に、本物…?」
「マジと書いて本物だよォ。フィクションじゃなくてリアルなんだよコレが。で、現実の魔法少女の役目ってのはー、人間世界に出てくる魔女って言う化け物と戦うのが仕事ってゆー…、んー正義の味方とはちょっと違うかなー…。いずれにしろ命懸けの仕事、ってところかな」
キリカの説明を恭介は目を白黒させながら聞いていた、が、命懸けの仕事とキリカが言った瞬間、彼の目つきが変わる。
魔女というのが何なのかは恭介には分からない、だが、自分の大切な人が何かと命を懸けた戦いをしている事だけは確かなようだ。
「…なんで、さやかがそんなのに…」
「魔法少女ってゆーのはね、願いを一つ叶える代償になるものなんだよ。何か一つ願い叶える代わりに魔女と戦わされる、まあ取引みたいなもんだよ」
「願い…?願いって、さやかは何を…」
「そんなの私は知らないよ、本人に聞けば~?それじゃ私はこれで」
「あっ…!!ちょ、ちょっと待って…!!」
キリカは話すことを全て話すとさっさとその場を後にしてしまう。恭介は必死に引き留めようとするが、不自由な両足では立ちあがるのも困難な有様であり、健全な両足のキリカに追いつくどころか彼女を追いかける事も出来ず、結局去っていく彼女の背中を眺めている事しか出来なかった。
「さやかの…、願い…?一体それって…」
コンクリートの地面に座り込んだまま、恭介は呆然と考える。
さやかが魔法少女となる事を代償に祈った願い…。恭介はそれが何なのか頭を巡らせる。
命懸けの戦いに身を投じる事となっても叶えたいと願う願い…、全く見当がつかずに悩む恭介。と…。
『奇跡も、魔法も、あるんだよ!!』
あの時、病室でさやかが口にした言葉が脳裏を横切った。
瞬間、恭介は無意識に左腕を、あの時もう二度と動かないと宣告された左腕を握りしめた。
「さやかの願いって………、まさか…」
幼馴染の願った奇跡、それに思い至った恭介は、ただ呆然と座り込むしかなかった。
もしもさやかの祈りに恭介が気が付いていたら、もしもさやかが仁美より先に告白していたら…。本編よりかは遥かにマシな結末になっていたでしょうね、さやかちゃんも。
とはいえ新劇場版でもさやかと恭介は結ばれない運命ですので所詮はIFの話なのですが。でもそんな未来もあってくれたら…、と思わず考えてしまいますね。
…というか今回聖闘士誰も出せなかった…。魔法少女中心に書いてしまいましたから…。