今回はなぎさ出生(?)の秘密と原作のあのシーンです。
「その節は、色々とすまなかった…」
マミとアルバフィカが住むマンションの近くにある喫茶店にて、アルバフィカは目の前の少女、かつてのお菓子の魔女シャルロッテこと百江なぎさに深々と頭を下げていた。
あの公園で百江なぎさの正体がかつて倒した魔女であった事を知ったアルバフィカは、しばらく呆気にとられた後に弾かれたように頭を下げ、なぎさに謝罪した。
アルバフィカは聖闘士、数多くの敵と戦い生死の狭間を行き来してきた。
無論戦いの中で多くの敵の命を奪ってきた事は否定しようがない、が、それも地上の平和を、多くの人々の平穏を守るためと思えば割り切ってこられた。
だが彼女達魔女はアルバフィカにとって、敵というよりも平穏な日常と限りない未来を奪われた被害者、救うべき対象との思いが強い。それは彼以外の聖闘士も同じだ。
しかし一度魔女に変貌してしまえば、元の肉体が存在しない限り元に戻すことは不可能、倒す以外に選択肢は存在しない。目の前の少女、シャルロッテもその一人だった。
他の人々を守るためとはいえ、本来は救うべき存在、守るべき存在である彼女達をこの手にかけなければならないのはアルバフィカにとっては何ともやるせない気持ちであった。
結局なぎさとは「好きなだけチーズケーキを食べさせる」ということで和解はしたものの、それでもまだ罪悪感は残っており、こうして美味しそうにチーズケーキを頬張るなぎさに頭を下げているのだ。
「もういいのです~。あの時は魔女だったからしょうがなかったですし~。あっ!ならこの特大チーズパフェも頼んで…あいたっ!」
「調子にのんなアホ。おうアルバフィカ、気にしなくていいからな。コイツチーズとなりゃ際限なく食いまくるからな。一万二万は軽く消し飛ぶぞ?」
あっという間にケーキ一切れ食べ終わり、また新しいモノを頼もうとするなぎさの額に、マニゴルドは軽くチョップを入れる。が、アルバフィカは物悲しげな笑みを浮かべながら首を振る。
「…いや、構いはしないさ。好きなだけ食べるといい。確かパフェ、だったな?」
「え?あ、は、はいなのです…」
アルバフィカの表情に戸惑いながらもなぎさは頷いた。アルバフィカは店内を回るウェイターを呼ぶとパフェを注文する。注文を受けて厨房に向かうウェイターの後姿を眺めながら、マニゴルドは疲れた様子で肩を竦める。
「なあアルバフィカよ…、お前気負い過ぎだっての。確かにお前は魔女だったこいつをぶっ殺しはしたけどよ、あン時はマミがこいつに食われそうになってたから不可抗力だろうが。もうちっと割り切りやがれ」
「…そうはいかんだろ。何であれ私は彼女の命を奪った。その罪滅ぼしだと思えば安いモノだろ」
「ま、そりゃそうなんだろうけどさァ…。それ言うなら黄金全員魔女殺ししてやがるぜ?その件どうすんのよ?まさか魔女の葬式でもやってお墓でも建てるってか?」
「いや…、そこまでしろとは言っていないが…」
マニゴルドの反論にアルバフィカも思わず口ごもる。
確かにこの世界に来た黄金聖闘士は皆、やむを得ないとはいえ魔女を少なからず倒している。無論アルバフィカ同様真実を知る彼等からすれば、魔女や使い魔を何体倒したとしても達成感も何も無い。むしろ助ける事の出来なかった、倒す事しか出来なかったことへの無力感程度しか覚える事はないだろう。
だが、今この時もインキュベーターは魔法少女を増やし、魔法少女は魔女を生み出し続けている。無力さに嘆くのも魔女達の為の墓標を建てるのも全てが終わってから、それがこの世界の黄金聖闘士達の総意であった。
何処となく暗い表情で沈黙するアルバフィカとマニゴルドに漂う空気に、なぎさは耐えきれなくなったのか慌てた様子で口を開く。
「あ、あのですねっ、なぎさはもう気にしていないのです!だからアルバさんも気にする必要はないのですっ!たくさんチーズ食べさせてくれたから充分なのですっ!」
「…て、当の本人も言ってやがりますぜアルバちゃん。だからもう気にする必要ねえの、分かった?」
「む…、まあ、君がそう言うのならば…。あとアルバちゃんは止めろ」
なぎさとマニゴルドの言葉にアルバフィカはばつが悪そうに、そしてマニゴルドを恫喝しつつ返事を返す。
と、テーブルに店員が近付いてきて注文したパフェと伝票を置いていく。目の前のパフェになぎさは弾けるように歳相応な笑顔になり、パフェをパクパクと食べ始める。
アルバフィカはパフェを口にするたびに頬を綻ばせるなぎさを何気なく眺めていたが、彼女の姿を見ている内に頭の中にふとある疑問が浮かんだ。
「…それにしてもマニゴルド、彼女をどうやって蘇らせた?反魂転生には肉体が必要だろう?まあ肉体の方はキュゥべえの肉体を使えばいいだろうが、そもそも蘇生した魔女は人間の姿に戻れるのか?そんな話は聞いたことが無いが…」
アルバフィカはなぎさを生まれ変わらせた当事者であろうマニゴルドに問いかける。
そもそもマニゴルドの扱う術、積尸気反魂転生は生物の肉体を触媒に魔女の魂を蘇生させると言うものである。が、蘇生された魔女は大抵魔女の姿のままであり、魔女になる以前の姿、魔法少女の姿で蘇生される事は今の今まで無かった。
が、目の前のお菓子の魔女であった少女、百江なぎさは見ての通り何処からどう見ても人間、とてもマミの頭を食いちぎろうとした魔女の面影はうかがえない、まさに人間そのものと言った姿だ。とても外見だけでは魔女とは見破れないだろう。
アルバフィカの質問にマニゴルドは思い出したと言わんばかりにポンと手を打った。
「ん?あーそれね?そりゃ触媒を変えたのよ。例のかずみちゃんと同じブツを使わせていただきましたから」
「…かずみと同じものを、だと?」
マニゴルドの言葉にアルバフィカの眉がピクリと動く。
「ああ、生憎キュゥべえの身体じゃ魔女以外の姿になるのは無理なんでな、あすなろ市のお師匠提供のブツを使わせて貰ったぜ。あいにくこちとら仮の身体を作る技術なんざ持ち合わせちゃいないんでな」
マニゴルドは得意げな顔でコーラを啜る。
マニゴルド曰く、いかに魔女を蘇生できると言っても肉体の“質”によって変わってくるらしい。魔女そのものを蘇生させると言うのならばキュゥべえ一匹で充分だ。だが、魔女に魔法少女だった頃の姿や知性を取り戻させるとなるとキュゥべえの肉体程度では到底足りない。より質の良い、それこそ魔女そのもの、あるいは人間そのものが必要となる。
だが、積尸気反魂転生は死体ではなく生者の肉体を必要とする降霊術、即ち生きた人間か魔女が生け贄となる必要があるのである。
無論、生きた人間を生け贄にするなど論外、かといって魔女も元が人間であるため正直言って気が進まない。
そこでマニゴルドは、あすなろ市を拠点とする魔法少女集団、プレイアデス聖団そして自身の師であるセージを頼る事にしたのである。聖団は別の世界で魔女化した和紗ミチルのクローン、通称“かずみシリーズ”を各々の魔法で作り出していた。そこでシャルロッテの器となる肉体の精製を彼女達に依頼したのだ。
材料として崩壊寸前の結界で回収したお菓子の魔女の一部を提供し、それを元にお菓子の魔女のクローンを精製、その肉体を用いて輪廻転生を行い、百江なぎさとして生まれ変わらせたのだと言う。
「ま、つーわけでこいつは厳密には人間じゃねえ。正確に言うのなら“人間の姿にもなれる魔女”っつったところか?万が一さやかが魔女化したときに肉体が修復不能なレベルに損壊しちまった時の予防策として実験しちゃあみたんだが…、予想以上に大成功だ。流石俺」
「“魔女(マレフィカ)の(・)肉詰め(ファルス)”か…。よくやるな。だが暴走とかはないのか?確かかずみの実験体もたびたび暴走して本物とは似ても似つかぬ状態だったと言うぞ」
アルバフィカは得意げな笑みを浮かべるマニゴルドに問いかける。
別の世界で聖団に精製された和紗ミチルのクローン、通称魔女(マレフィカ)の(・)肉詰め(ファルス)はかずみを含む合計13体精製されたものの、そのうちかずみ以前にミチルの記憶を埋め込まれて作られた12体は魔女との戦闘中に凶暴化、失敗作として封印される事となってしまった。そしてミチルの記憶を埋め込めずに作りあげた13番目のクローン、かずみもまたイーブルナッツを埋め込まれた事による弊害でたびたび暴走、凶暴化する事があった。
以上の理由からアルバフィカは魔女の肉を用いたクローンには正直言って問題があると考えており、それを用いて蘇った以上、なぎさにも何らかの弊害があるのではないかと内心心配していた。
マニゴルドはグラスに残った氷を噛み砕きながらアルバフィカの言葉を聞いていた。話を聞き終えると何かを考えるように顎を撫でる。
「ん?あーそりゃ無いわけじゃねえぜ?どうやろうと魔女の肉体だ、一時的に魔女化しちまったり暴走しちまったりすることもある。つってもこいつはあの量産型かずみーズとは違ってオリジナルの魂をぶち込んでるからな。訓練やら何やらすればそれも自力で制御できらァ」
「すなわち…、かずみシリーズと違って彼女は魂と肉体が一致しているから暴走の危険性がない…、ということか?」
「そもそも量産型かずみーズはミチルちゃんのクローンだ何だ言ってもオリジナルとは別の魂だからよ。それに無理矢理オリジナルの記憶ぶち込んだんだ、何らかの不具合が起こってもおかしくねえ。そこらへんラストのかずみちゃんは上手くいった方なんだがな」
マニゴルドは何でもなさそうに言いながらグラスに残った氷を口に流し込んでボリボリと噛み砕く。
かずみシリーズは確かに和紗ミチルの魔女の細胞、データで作り出された和紗ミチルのクローンではあるが、それはあくまでクローン、ミチルと全く同じ魂は持っていない。それに和紗ミチルの記憶を無理に植えつければクローンそのものに何らかの弊害が出てくる可能性もある。あの暴走はその弊害の一つなのだろう。それに対してなぎさはあくまでクローンを素体として蘇った正真正銘“本人”である。だからこそ拒絶反応そのものがあったとしても、それはかずみシリーズよりかは軽度なもので済む、マニゴルドはそう言っているのだ。
魂というものに精通している蟹座の黄金聖闘士の言葉に、アルバフィカも一応納得する。
と、何時の間にやらチーズパフェを完食したなぎさが満足そうにゲップをする。
「けふっ、美味しかったのです!ありがとうなのです!」
「ん?ああもう満足したのか」
「はいなのです!」
歳相応の嬉しそうな笑顔、そこにはあのマミを喰い殺そうとした恐ろしい魔女の面影は何処にもない。そんななぎさの笑顔にアルバフィカも思わず顔を綻ばせる。
「そういえば気になったんだが、君はどうしてキュゥべえ何かと契約したんだい?何かどうしても叶えなければならない願いでもあったのかい?」
パフェを平らげたなぎさに、アルバフィカは何気なく問いかける。
彼女は元々魔法少女、何らかの願いをキュゥべえに願い、その代償として魔女となる運命を背負う事となった。もっとも魔法少女になった時点では魔女になると言うデメリットは知らなかったであろうが…。
だからこそアルバフィカは少々気になったのだ。何故なぎさが魔法少女になったのか、その魂と未来を代償にどんな願いを叶えたのかを…。
アルバフィカの問い掛けを聞いたなぎさは、一度キョトンとした顔を浮かべたが…。
「なぎさが魔法少女になったのは…、もう一度チーズが食べたかったからなのです!!」
すぐさま元気よく返答した。そしてなぎさの答えに、隣に座っているマニゴルドは何処となく呆れたような表情を浮かべている。
一方のアルバフィカはある意味予想外、そしてある意味想定内な答えに一瞬反応に困って沈黙してしまう。
「…えっと、もう一度チーズが食べたい、それだけかな…?」
「はいなのですっ!!」
「……そうか、まあ予想外というかなんというか…」
元気よく返事するなぎさに、アルバフィカは苦笑いを浮かべる。もう一度チーズが食べたい…、チーズが好きな彼女らしい願いではある、あるのだが…。
「てっきり“食べきれない程チーズが欲しい”とでも願ったのかと思ったよ」
「う~…、それは言わないで欲しいのです。実は魔女になってからは内心その願いにしておけばよかったと後悔していて~…」
先程の元気な雰囲気から一転してしょぼんとした顔になるなぎさに、アルバフィカも我慢できずに噴き出してしまった。
しかし、なぎさの隣に座っているマニゴルドは、何処か憐憫の表情を浮かべながらなぎさを眺めていた。
まるで、彼女の願いの“何か”を知っているかのように…。
さやかSIDE
さやかがソウルジェムを強奪された日の翌日、さやかはまどかと仁美のいつものメンバー二人と一緒に登校していた。
ただあまり眠っていなかったのかさやかの眼の下には薄らと隈が出来ている。何しろ機能は自分の本体がこの肉体ではなく今は指輪と化しているソウルジェムであると知ってしまい、さらにそれを奪われて一時的に死体と化していたのだ。その事実をまだ消化できていないさやかには、いつもの明るさは無く、完全に意気消沈していた。
そんないつもの違う雰囲気のさやかを、親友であるまどかと仁美は心配そうに見つめていた。
「さやかさん、どうしたんですの?目に隈なんか作ってあまりお加減もよろしくなさそうですし…。昨日はあまりお休みになられなかったのですか?」
「あはは…、ちょ、ちょっと夜更かししちゃってさ~…」
心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる仁美に、さやかは乾いた笑みを浮かべながら咄嗟の嘘をつく。
本当は魔法少女の魂がソウルジェムだということに対する悩みで眠れなかったのだが、まさか無関係の仁美に魔法少女云々を話すわけにはいかない。自分と同じ魔法少女の素質のあるまどかは仕方がないとしても、出来ることなら何の関係もない仁美には普通の日常を送ってもらいたい。だからこそ自分が魔法少女だということはかくしているのだ。
「それはいけませんわさやかさん。夜更かしはお肌の大敵ですわよ?早寝早起きは健康を保つ基本中の基本ですのよ?」
さやかの返事を聞いた仁美は眉を顰めてさらに顔を近づけてくる。下手をすればキスが出来てしまうくらい顔を近づけてきた仁美に流石にさやかは怯んで顔をのけ反らせる。
「分かった!分かったよ仁美!!顔が近い、近いっての!!」
「あ…、申し訳ありませんわ…」
必死な顔のさやかに仁美も冷静になったのか少し頬を赤らめて顔を離した。仁美の顔が離れた事に安心したのかさやかはホッと溜息を吐いた。
それから学校に着くまでさやかは仁美と元気そうに談笑していたが、そんな彼女をまどかは心配そうに見つめている。
(さやかちゃん…、やっぱり…)
まどかには今のさやかの笑顔は、何処か無理をしているように見えるのだ。仁美は気付いていないだろうが、やはり昨日の一件が相当ショックだったのだろう。なんとかして励ましてあげたいとは思うが、魔法少女ですらない自分の言葉が、どれだけ彼女に通じるだろうか…。
まどかは悩みながらさやかと仁美と一緒に教室に入る。そして何気なく廊下に視線を向けた。
「あ、あの人って…」
まどかの視線の先に居たのは談笑している二人の男子、そのうち一人は松葉杖をついている。まどかは彼の顔に見覚えがあった。さやかの幼馴染で想い人、上条恭介。
さやかが自分の魂を捧げてまで腕を治癒させた、いわば彼女の魔法少女の願いそのものと言ってもいい人物。彼と話せばさやかの心も晴れるかもしれない。
「あっ、さやかちゃん、上条君だよ!」
「えっ、あ……」
まどかの言葉にさやかは思わずまどかの指差す方向に顔を向ける。幼馴染を見つめるその顔には想い人を見つけた喜び、というよりもどうしたらいいか分からない戸惑いの色が浮かんでいる。
そうこうしている内に雑談が終わったのか恭介は友人と一緒に教室に向かっていく。その後ろ姿を、さやかは何も言わずにジッと眺めている事しか出来なかった。
「さやかちゃん、いいの?上条君の所に行かなくて…。折角だから上条君とお話ししてくればいいのに…」
「え、あ、うん…、今日は、いいよ…。ありがとう、まどか…」
自分を気遣ってくれた親友に、さやかは何処か疲れたような笑顔を向ける。そんなさやかの姿を、仁美はただ黙ってジッと見つめていた。
午前中の授業が全て終わると、まどかとさやかは屋上でマミとほむらと一緒に昼食にする事になった。無論昼食だけでなく、昨日明らかになったソウルジェムについての話もしたかったのだが…。テレパシーが使えればいいのだが生憎と魔法少女ではないまどかとはキュゥべえを介さなければテレパシーが行えず、昨日の一件からマミ達はキュゥべえが信用出来なくなっているため、屋上で直接会って昼食ついでに話をする事となったのである。
「暁美さん…、貴方は知っていたの?ソウルジェムが魔法少女の魂だって言う事を…」
弁当を広げるほむらに、マミが単刀直入に切り出す。ほむらはチラリと視線をマミに向けると黙ってコクリと頷いた。
「…ええ、知っていたわ。本当はすぐにでも教えようと思ったんだけど、大分遅れて結局さやかの契約を阻止できなかったわ。許してちょうだい」
「いいよ別に。気にして、ないからさ…」
ほむらの謝罪の言葉にさやかは弁当を口に運びながら弱弱しく首を振った。どう見ても大丈夫とは言えない様子に、まどか達は心配そうにさやかを見ていた。
「さやかさん…、やっぱり悩んでるの?昨日の、あの事を」
「え、あ、はは…、まあ、少しは…」
さやかは弱った様子で頭を擦る。本人からすれば少しというレベルではないのだろうが、多少なりとも自分は大丈夫だとマミ達にアピールしているつもりなのだろうが、当のマミ達からすれば無理をしていることが見え見えである。
自分を見る彼女達の視線に変化が無いため、さやかは慌てて話題を変える。
「そ、それはそうとマミさんはどうなんですか!?何だかいつも通りに見えるんですけど…」
「私?そうね、まあ確かにショックと言えばショックだけど、あの時契約しなかったら私は死んでいたから、まあ命が助かった代償だと思えば安いものかなって割り切っているわ」
マミは軽く息を吐きながら弁当を口に運ぶ。
事実マミは交通事故によって命を落としかけた所をキュゥべえと契約し、結果として生きながらえる事が出来た。もし契約していなかったら自分はここにおらず、まどか達とも出会う事は無かったであろう。そう考えたら魂が身体の外に取りだされた位のデメリットはまあ仕方が無いと、何とか割り切る事が出来ていた。
ほむらもまたマミ達よりも前にソウルジェムの真実に気付き、今ではもうその事実を受け入れている。が、さやかはまだ完全には受け入れられていない。何しろ今の今まで魔法少女は魔女から人々を守る正義の味方だと考えていただけに、ショックはより大きかったのだろう。完全に受け入れるには時間が必要だろう。
それからは全員黙って目の前の弁当に口をつけ始めた。結局食事が終わり昼休み終了のチャイムが鳴るまで、彼女達は沈黙したままであった。
「ふう…、結局みんなに心配かけちゃったか…」
屋上から教室に戻ったさやかは軽く溜息を吐くと弁当箱をバッグにしまう。ちなみにまどかとほむらはトイレに寄っていて遅れてくるとのことだった。
仲がよろしいことで…、と心の中で今この場にいない二人を茶化していると、仁美がおずおずといった雰囲気で自分の席に近づいてきた。さやかは突然近づいてきた仁美にきょとんとした表情を浮かべるが、仁美はどこか後ろめたそうな表情で口を開いた。
「さやかさん、あの…放課後に少しお時間いただけないでしょうか。…お話があるのですが…」
「ん?まあ別にいいけど…」
何処か思いつめた表情の親友に少し戸惑いながら、さやかは仁美の言葉に応じる。
これが、今の彼女を絶望へと追い込む事になるとも知らずに…。
デジェルSIDE
その日の夕方、恭介の家庭教師の仕事を終えたデジェルは上条邸を後にしようとしていた。玄関で靴をはいてドアを開けた彼は、わざわざ松葉杖をついて見送りに来た恭介に向かって一度振り返った。
「それじゃあ私はこれで失礼するよ、予習復習はちゃんとやっておくようにね、恭介君」
「はい、今日もありがとうございますデジェルさん」
「ああ。君も作曲とリハビリを頑張ってくれよ」
デジェルは恭介に軽く挨拶をするとそのまま上条邸を出てトボトボと家路を歩き始める。
「ここまでは良し…、後はいつ彼をさやか君と引き合わせるか…、否、それ以前に彼にいつ魔法少女の真実を教えるか…だ」
上条恭介と美樹さやかが結ばれるには、第一に魔法少女についての真実を上条恭介が知る必要がある。
とある並行世界では、魔女に襲われた上条恭介と志筑仁美が自分達を助けた美樹さやかを化け物呼ばわりし、それが原因で美樹さやか、そして佐倉杏子が魔女化すると言う凄惨な結果に陥ったケースが存在する。これに関しては両者に魔法少女の知識が無かった事、そして美樹さやかが魔法少女だと知らなかった事、さらに魔女という人智を超えた怪物に襲われると言う極限状態であった事の三点が重なった結果起こった事例ではあるものの、この世界でも下手をすればそのような事態になる可能性が否定できない。
そのような結末に陥らない為にも、上条恭介には美樹さやかが魔法少女である事、そして魔法少女がどのような存在であるかという事を知らせる必要がある。今デジェルは恭介の家庭教師をしながらそれを知らせる機会をうかがってはいるのだが…。
「中々タイミングが見つからないな…。まあいきなり君の幼馴染が魔法少女云々言っても精々痛い人に見られるのが落ちだからな」
デジェルは弱った顔でポリポリと頭を掻く。とはいえ今の恭介のさやかに対する印象は決して悪くはない。むしろただの幼馴染から段々と一人の女性として意識し始めている。これはデジェルとしても望ましい傾向だった。このままいけば恭介とさやかが結ばれるのも近いだろう。
そう、恭介はまだいいのだ。今の問題は…。
「さやか君、か…。やれやれ弱った…。昨日の一件で今は落ち込んでいるだろうからな…」
デジェルは難しい顔で腕を組む。恭介曰く、昨日教室や廊下で何度かさやかを見かけたが、声をかけようとしたら逃げられてしまったとの事らしい。
恐らく抜け殻と化した自分の身体を気にしての事なのだろうが、お陰で恭介は少々落ち込んでいた。もっとも深刻なのはさやかの方なのだが。もしもこの状態のさやかが志筑瞳から宣戦布告を受けたのなら…。
「魔女化一直線…、いや、正史ではこれで正しいのだがな、どうしたらいいものか…。…ん?」
来たるべきさやかの魔女化にどう対処するべきか考えていたデジェルは、ふと何かを感じたのか足を止めた。デジェルの視線の先には建物と建物の間の狭い路地があるだけであるが、デジェルはその路地から流れ出る何かを感じ取っていた。
「この魔力は…、さやか君か。どうやら魔女と戦っているようだが…」
路地から流れ出るのは、魔力…。この世界で魔法少女と魔女の身が発する力。聖闘士達の力の源である小宇宙とはまた違う力ではあるが、デジェル達はこれを感知することができる。そして、その魔力が誰の発しているものであるかも知ることが出来る。
デジェルの見立てでは魔力を発しているのはさやか、そして魔力の乱れから魔女と戦闘しているとみて間違いなさそうなのだが…。
「何故だ…、胸騒ぎがする…」
唐突な不安に駆られたデジェルは急いで魔力が発せられている地点へと向かう。
魔力の発生場所は路地裏に入って直ぐの突き当たり、人気の全くない場所であった。
一見すると何も無い場所に見えるが、よくよく見ると周囲の空間が僅かに歪んでいる。そして、その歪みから漏れ出る魔力…。間違いなく魔女の結界の入り口だ。
デジェルは小宇宙を歪みに集中させ、結界への入り口を強引にこじ開け、結界に侵入する。
結界の内部はただただ黒い。まるで影絵のように周囲に黒い物体が生え、あるいは浮かんでいる。デジェルはその黒い回廊を魔力の残滓を頼りに走り、さやかの姿を探す。
そして影の回廊をしばらく走り、やがて最深部と思われる場所に、さやかの魔力が流れ出る源流と思われる場所に到着したデジェル。その彼の耳に飛び込んできたのは…。
「あはっ、あはは、あははははははははははははははははは!!!」
「やめてっ…!もうやめてよさやかちゃんっ!!」
少女の狂ったような笑い声、そしてまた別の少女の泣き叫ぶような悲鳴であった、
狂笑、そして悲鳴の響く方向に弾かれたように視線を向けると、そこには三人の少女、そして一体の魔女が居た。
魔女は結界と同じまるで影絵のような少女、まるで何かに祈りを捧げるかのように地面に跪いたポーズをしている少女の姿をしている。その背中からはまるで気の枝のような触手が伸び、彼女の周囲には使い魔と思われる触手のような細長い生物が辺りを動き回っている。
そして探していた美樹さやかは…、いた。地面に膝をついて荒い息を吐いており、魔法少女服や体中が傷だらけだ。恐らくあの魔女の攻撃を受けたのだろう。離れた場所にはここまで付いてきたのか鹿目まどかと恐らくさやかの助太刀に来たのであろう佐倉杏子が居る。
美樹さやかは息を整えると自分自身に回復魔法をかける。あっという間に傷は完治するが、さやかは傷が治るや否や魔女に向かって真正面から突撃していく。
が、美樹さやかの様子がおかしい、明らかにおかしい。魔女から伸びる触手を避けようとせず、全て身体に突き刺さるままに魔女目がけて突撃し、魔女を斬りつける。回復魔法を発動しているのか受けた傷も流れる血も、彼女の魔法でまるでテレビを逆再生するかのように一瞬で消えてなくなり、傷が消えるやまた魔女に突進…、その繰り返しだ。その顔には狂ったような笑みが張り付き、いかなる傷を受けても眉一つ変わらない、文字通り人形のような顔であった。
「本当だあ…!その気になれば、痛みなんて、痛みなんて完全に消しちゃえるんだあ…!あたしは、あたしは本当にゾンビ、もう死なない身体になってるんだあ!!!」
「さやか、ちゃん…」
「あ、あいつ…」
さやかのあまりにも異様な姿にまどかと杏子も言葉が出ずにただ見つめる事しか出来ない。使い魔を斬りはらい、目の前の魔女に刃を叩きつけるさやかには、もはやいつもの明朗快活な少女の姿はない。ただ目の前の獲物を殺し、屠る狂戦士の姿でしかなかった。
「さやか君、遅かったか…!仕方が無いっ!」
デジェルは自身の最悪の予感が的中した事に歯噛みしながら、これ以上のさやかの蛮行を止めるためにさやかに小宇宙を集中させる。
「あは、あははははははははははは!!!死ね、死ね、死ねえええええ!!!…え?」
ただ無我夢中で剣を魔女に振り下ろすさやか、その腕が突然止まる。いや、腕だけでなく体全体が固まってしまったかのように動かなくなった。さやか自身も何が何だか分からない様子で戸惑った表情で視線を彷徨わせる。よく見るとその身体の周囲を細かい氷の結晶が取り巻き、まるで鎖のようにさやかの身体を拘束していた。
「え…?なんで…?身体が…、動か…」
「ストップださやか君、君はもう動くな」
「……え!?」
声がした方向に振り向いたさやかの目の前には、自称“恭介のファン”だという水瓶座の黄金聖闘士、デジェルの姿があった。
黄金聖衣は纏ってはいないものの、彼の周囲から放たれる北風のような冷気に、さやか、そして離れた場所に居るまどかと杏子も驚いた表情を浮かべている。
「話は後だ。まずは彼女に片をつける」
デジェルは三人の少女を一瞥してそう言うと目の前に倒れ伏す魔女に目を向ける。
魔女はさやかに何度も斬りつけられて全身傷だらけ、少しづつ傷を癒しているようだがもう既に瀕死だろう。このまま放っておいてもいずれは死ぬ。
だが、かつて人間であり、普通の日常を送っていたであろう魔女がこのまま苦しみ続けるのを見ているのは、デジェルにはあまりにも耐えられなかった。
もはや元の人間には戻す事は出来ない彼女に出来る事、それはせめて彼女に安らかな眠りを与え、この絶望の世界から解き放つ事しかない。
「痛みはない。待っていろ、今眠らせてあげよう」
デジェルは魔女を悲しげな眼差しで見据えると腰だめに右拳を構える。すると、デジェルの小宇宙が凍気となり、彼の拳を覆い始める。絶対零度とまではいかずとも、-100℃以下の超低温の凍気が彼の右拳に纏わりつき、まるで竜巻の如き渦を巻き始める。
「ホーロドニー・スメルチ!!」
デジェルは凍気を纏った右拳を思い切り魔女目がけて振り上げた。瞬間、凍気が竜巻の如く渦巻き、目の前の魔女目がけて襲いかかる。
凍気は魔女をそのまま飲み込み、完全に覆い隠す。やがて竜巻が晴れると、さっきまで魔女が居た場所には、魔女の姿をした美しい氷像が屹立していた。
デジェルはゆっくり氷像に近付くと、それを軽く指で叩く。すると氷像はまるでビスケットのように一瞬で粉々に砕け散った。それと同時に結界も段々と消えていき、元の路地裏へと戻っていった。
「安らかに眠れ、影の魔女よ…、願わくば次の生に、君に幸があらん事を…」
結界が消え去った後も、デジェルは双眸を閉じて魔女へと黙祷を捧げた。そして、伏せていた目を開くと厳しい表情でこちらを見つめる少女達へと振り向いた。
「さてと…、それじゃあ君達、この状況……どういうことか、説明してもらえるかな」
なぎさ復活の真相とバーサヤカーちゃん降臨の話でした。
ちなみに穢土転生は流石にまずかったので技名は変更、蘇生できるのは魔女だけと限定しました。