魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 今回は杏子と双樹姉妹との戦いのすぐ後、杏子以外の魔法少女達と聖闘士達についてです。


第27章 魔法少女と聖闘士達の憂鬱

 巴マミは自分の部屋に戻るとソファーの上に美樹さやかの身体を寝かせて、大きく息を吐いた。

 正直ここまで大変な目にあったのは初めてだ。

 路地裏で魔力のぶつかり合いがあったのを感じ、気になって路地裏に向かったらそこには地面に倒れた美樹さやかとそれを見下ろす佐倉杏子の姿があった。

 それだけではない。地面に倒れていたさやかは呼吸が無く、心臓も完全に停止しておりどこからどう見ても死体としか言いようのない状態であった。近くにいた杏子に詳しく話を聞こうとしたが、当の杏子はさやかと何故か持っていた最中を押し付けると何処かに行ってしまった。

 さやかを押し付けられたマミは、まずは電話番号を知っているアルバフィカに連絡し、その後魔法を利用した偽装を用いてさやかを何とか自宅まで運び、今に至る。

 魔力を消耗し、濁ったソウルジェムをグリーフシードで浄化すると、マミは突然険しい表情で壁を睨みつける。

 

 「キュゥべえ!!居るんでしょう、出てきなさい!!」

 

 マミは誰も居ない部屋の壁にむかって怒鳴り声を上げる。すると、どこからともなく白い猫のような姿の生物、マミ達を魔法少女にした張本人であるキュゥべえが姿を現した。

 

 「なんだいマミ?随分とイラついているようだけど」

 

 「とぼけないで!!佐倉さんが言っていた事、ソウルジェムが魔法少女の魂だって言う事は事実なの!?」

 

 マミは怒りに満ちた視線でキュゥべえを睨みつける。

 魔法少女の魂がソウルジェム、佐倉杏子はそう言った。

 そしてそれが奪われたせいで美樹さやかはこうなったとも言った。

 マミはそんな事全く知らない、否、聞いていない。キュゥべえから魔法少女に関して色々と聞いてはいたものの、魔法少女の魂がソウルジェムだと言う事等、教えられるどころかキュゥべえは一言もそれらしい事を口にしていなかった。

 意図的に黙っていたのか、それとも単に伝え忘れたのか…。

 どちらにせよキュゥべえを問い詰め、事実をはっきりさせなければならない、マミは怒りの籠った視線で睨みながら、キュゥべえの返答を待つ。

 そんなマミの問い掛けにキュゥべえは…、

 

 「ああ、そうだよ。なんだい、今頃気が付いたのかい?」

 

 何でもなさそうに、いつも通りの調子で肯定を返す。

 常日頃見ているその態度が、今のマミの神経を逆撫でた。

 

 「ッッ!!ど、どうしてそれを私達に黙っていたのよ!!さやかさんは、さやかさんはそんな事知らずに契約したのよ!?」

 

 「聞かれなかったからね。聞かれたなら答えたさ。別に知らなくても君達に不都合な訳じゃないだろう?」

 

 本当に何でもない、まるで世間話をするかのようにマミの言葉に返事を返すキュゥべえ。

 そのキュゥべえの頭に、いきなり銃口が押しつけられた。銃を押し付けた本人であるマミは、今にも引き金を引きそうな雰囲気でキュゥべえを威圧する。しかしキュゥべえは、頭に銃口を押し付けられていると言うのに表情一つ変えようともしない。微動だにしないその姿はさながら、人形に銃を突き付けているかのようであった。

 

 「答えなさいキュゥべえ…。なんで、なんで私達の魂をソウルジェムなんかに…」

 

 「無論、君達の身の安全の為にさ。

 そもそもだね、聖闘士達のように戦いの訓練を受けていたり戦場で命のやり取りをした人間だったらともかく、君達のような戦いもなにもない平凡な日常で暮らしてきた少女達を、そのまま魔女達と戦わせるわけにはいかないよ。そんな事をしたら一方的な嬲り殺しにあうに決まっているしね。

 人間の肉体は脆い。まあこれは人間に限ったことじゃあないけど、首を切られたり心臓を貫かれたりしたらもちろん、あまりに激しい痛みや恐怖でショック死してしまう可能性だってありえる。だからこそ魂を身体の外に取りだして自由に持ち歩けるようにしたわけだ。

 魂が無い肉体はただの抜け殻だ。たとえ首を切られようと心臓を貫かれようと全身の血を抜かれようと、ソウルジェムさえ無事で魔力があれば君達は不死身の存在になれる。どうだい?魔女と戦う上では生身でいるよりよっぽどいいとは思わないかい?」

 

 「ふざけないで!!それじゃあ私達はゾンビってことじゃない!!あなたは、あなたはそんな大事なことを伝えずに契約を迫ってたって言うの!?まどかさんにも、さやかさんにも伝えずに…!!」

 

 キュゥべえの淡々とした説明にマミの頭に血が上る。

 この身体がただの抜け殻…?首を切られようと心臓を貫かれようと平気…?

 それじゃあこの身体は死体と変わらないのか!ただソウルジェムを守るために動き、戦うだけの道具と同じではないか!!

 あまりのショックと怒りでマミの視界が真っ赤に染まる。

 自分はまだいい、どうせあの時事故で死ぬはずだった命だ、それがこうして生きながらえたのだからこの程度の代償は安いモノだ。

 だが、さやかは…、さやかは違う。どういう願いで契約したかは知らないが、自分よりも切羽詰まった状況で無かった事は確かだ…。それが魂を抉りだされると言うリスクも知らず、

 

 「…全く君達人間はいつもそうだね。真実を知るといつも同じ反応を返す。『ゾンビ』だの『死体』だの、ただ魂の在り処が肉体から肉体の外に変わっただけじゃあないか。何でそんなに魂の在り処を気にするんだい?訳が分からないよ」

 

 「…!!あなたは!!」

 

 心底呆れたと言いたげな口調に遂にマミの怒りが頂点に達し、指がマスケット銃の引き金を引こうとした。

 が、次の瞬間…。

 

 「…ああ、貴様ならば一生分からんだろうな」

 

 感情を感じさせない声と同時にキュゥべえの頭部に何かが突き刺さる。

 それは薔薇、それもまるで血がそのまま固まって出来たかのような毒々しい色合いの薔薇、それがキュゥべえの頭に突き刺さっているのだ。

 そして薔薇が突き刺さった次の瞬間、キュゥべえの身体がまるで空気のぬかれた風船のようにしぼみ、干からび始める。そしてあっという間にキュゥべえはまるでミイラのような干からびた死体へと変化した。一方薔薇はキュゥべえに突き刺さる前よりも花弁はより美しく、色鮮やかに咲き誇っている。まるでキュゥべえの体内の水分を吸い取って成長したかのように…。

 

 「こ、この薔薇って…、まさか…」

 

 「マミ、ドアには鍵を閉めておくものだ。強盗や泥棒に入られたらどうする。…まあもう既にもっと性質の悪いモノが入ってきているが…」

 

 淡々とした声音と共にマミの部屋に入ってきた人物、それはマミと同じマンションの同居人、アルバフィカであった。

 アルバフィカはキュゥべえのミイラに突き刺さった薔薇を引き抜くと、枝の先端を自身の腕に軽く押し当てる。瞬間、薔薇の花はあっという間に生気を失い、枯れて床に落ちた。

 床に落ちた薔薇を一瞥しながら、アルバフィカは不愉快そうに軽く鼻を鳴らした。

 

 「なるほど、これがキュゥべえの生命エネルギーか。……文字通り碌な味がしない」

 

 「あ、アルバフィカさん…、そ、その薔薇って…」

 

 マミはポカンとした表情でアルバフィカを眺めている。あの赤黒い血のような薔薇はアルバフィカが投げたものなのだろうが、突き刺さった瞬間キュゥべえがミイラ化し、その薔薇をアルバフィカが自分自身に刺した瞬間、今度は薔薇が枯れ果てた。傍目から見たら何が起こっているのか全く分からなかった。

 アルバフィカはチラリとマミに視線を向けると右手に持っている薔薇の茎に再び視線を戻す。

 

 「この薔薇はヴァンパイアローズ。私が品種改良したオリジナルの薔薇でね、突き刺さった相手から血や体液等のエネルギーを吸い取り、それを糧に成長する。まあ逆にこの薔薇に溜めこんだエネルギーを利用して他者の傷を治したり非常食代わりに利用することも出来るのだが…、やはりキュゥべえのエネルギーは質が悪い…」

 

 血を吸い取る…、まさにヴァンパイアと言うべき薔薇である。薔薇が刺さったキュゥべえがいきなりミイラ化したのも体中の血液、水分を薔薇に吸い取られたから、薔薇が枯れたのもアルバフィカがあの薔薇の養分を吸い取ったからであろう。

 

 「あ、あの…それじゃあキュゥべえは、キュゥべえは死んだんですか…?」

 

 マミはアルバフィカに恐る恐る問いかける。

 先程は激昂して撃ち殺そうとしたものの、自分の魂を取り出して弄られはしたものの、仮にもあの事故から助けてくれた恩人でもあるキュゥべえが死んだ事に、マミ自身複雑な気持ちを抱きつつあった。

 死んだのならばせめてお墓くらいは作ってあげたい、そんな気持ちでアルバフィカに尋ねたのだ。

 そんなマミの問い掛けにアルバフィカは、いかにも気に食わないと言いたげな表情で鼻を鳴らす。

 

 「キュゥべえ…。ふん、奴ならいくら殺しても死にはしない。現に、そこにいるじゃないか」

 

 「え…?何を言って…!?」

 

 マミがアルバフィカの言葉に釣られ、キュゥべえのミイラのある方向を振り向くと、マミの顔が驚愕で歪んだ。

 ミイラとなったキュゥべえの隣に、紛れもなく生きているキュゥべえが、何事も無かったかのように座っていたのだ。

 

 「全くひどい事をするなあ」

 

 キュゥべえは甲高い、それでいて全く調子の変わらない口調で話しながらキュゥべえのミイラに近付いた。

 そしてキュゥべえは大きく口を開くとミイラにかぶりつき、そのまま一気に飲み込んだのだ。

 そのあまりに異様な光景に唖然とするマミと無表情なアルバフィカを尻目に、キュゥべえは軽くげっぷするとアルバフィカ達に向かって振り向いた。

 

 「身体のかわりは幾らでもあるけど、無駄に潰したらもったいないじゃないか。しかも中のエネルギーまで持って行くなんてさ」

 

 「か、変わりは幾らでもあるって…、そ、それってどういう…」

 

 目の前の光景に動揺し、訳が分からないと言いたげなマミを横目に見て、アルバフィカは軽く肩を竦めた。

 

 「…簡単にいえばこいつらキュゥべえの身体はただの器に過ぎないと言う事だ。たとえ一体潰したとしてもその個体の記憶を引き継いだ別の個体が動き出す。そしてその個体を潰してもまた別の個体が…、というふうに何体潰してもほぼ無限に記憶を引き継いだ個体が出現する、というわけだ。…全くどこぞの黒い害虫並み、いや、それすら上回るしぶとさだな、此処まで来ると呆れてくる…」

 

 「ゴキブリと比べられても困るけど、概ねその通りだ。まあ僕としては何で君が、いや君達聖闘士が僕達の事を知っているのかが興味深いところだけどね」

 

 キュゥべえがそう口にした瞬間、すぐ横に真っ赤な薔薇が突き刺さった。もう数ミリずれていれば、確実にキュゥべえへと命中していたその薔薇を投げた人物、アルバフィカは隠しようもない殺気の籠った視線でキュゥべえを睨みつける。

 

 「知る必要もないことだ。また無駄に身体を潰されたくないならとっとと失せろ、害獣」

 

 「害獣とはひどい事を言うなあ。僕達はこの世界の救済の為に働いているって言うのにさ。まあまた無駄に潰されたくないからここは退散させて貰うよ」

 

 キュゥべえは殺気を向けられても表情一つ変えることなく、そのままその場から立ち去った。アルバフィカは殺気を収めると自身もまたマミの部屋から出て行こうと玄関に向かう。

 

 「ま、待って下さい!!」

 

 と、突然背後からマミが声を上げる。アルバフィカが振り返るとマミは必死な、それでいて何処か疑念に満ちた表情でこちらをジッと見つめている。

 

 「あの…、アルバフィカさんは、キュゥべえの事を知っていたんですか!?それなら、それなら私達の魂がソウルジェムだってことも知っていたんですか!?」

 

 マミはまるで訴えかけるようにアルバフィカを問い詰める。

 アルバフィカはキュゥべえを殺してもまた替わりが出現することを知っていた。ということは、アルバフィカは、否、黄金聖闘士達は知っていたのではないのか?魔法少女のソウルジェムが魂である事を、魔法少女が契約する時魂を身体から抉りだされ、改造されると言う事を…。

 アルバフィカはマミの問い掛けに対し、しばらく沈黙していたが、やがて重々しく頷いた。

 

 「……ああ、知っていた。少なくともソウルジェムが魔法少女の魂だと言う事は調査済みだ」

 

 「…!そ、そんな!!なら何でそれを教えてくれなかったんですか!!それを先に言っていれば、さやかさんは…!!」

 

 マミはアルバフィカを非難するように声を荒げる。そんなマミの言葉に流石のアルバフィカもばつが悪そうな、苦虫を噛み潰したような表情でマミから顔を背ける。

 

 「……タイミングを逃した、というべきか、言いづらかったと言うべきか…。第一、言った所で信じるとは限らなかったものだからな。最も、せめてまどかとさやかには伝えておくべきだった、が、さやかが予想外に早く契約してしまったものでな…。てっきりシジフォスの忠告があるから契約しないものと楽観していた…」

 

 「で、でも……!!」

 

 アルバフィカの言葉に、マミはなおも食い下がろうとするが、アルバフィカは無視して玄関に向かってしまう。

 ドアを開けて出て行こうとしたアルバフィカは、一度振り返ると悲しげな表情でマミの顔をジッと見る。

 

 「マミ、帰る前に一つだけ言っておく。…魔法少女には、まだもう一つ秘密が存在する」

 

 「え?」

 

 「今回のショックが癒えるまで時間もかかるだろうから今は言わない。だが、これだけは言っておく。

 魔法少女は、君が思っているような正義の味方でも、希望の使者でも無い。その正体は、あの白い悪魔に魂を売り渡し、目先の願いと引き換えに『未来』という希望を奪われた、そんな存在だ。

 だからこそ今のままでは君達に希望は無い、あるのは…絶望という名の奈落だけ、だ」

 

 「え!?そ、それってどういうことですか!?アルバフィカさん!!」

 

 動揺したマミはアルバフィカに向かって叫ぶが、アルバフィカは構わずドアを開けて出て行ってしまった。急いでマミもあとを追ってドアを開けた。が…。

 

 「ま、マミ!?どうした一体そんなに泡を食った様子で」

 

 「し、シジフォスさん!?」

 

 目の前にいたのはアルバフィカではなく、射手座の黄金聖闘士、シジフォスであった。よく見ると背中には誰かを背負っているようだが、今のマミにそんな事を気にしている暇は無い。

 

 「あ、あのシジフォスさん!!あ、アルバフィカさんは…」

 

 「お、落ち着いてくれマミ!アルバフィカ?あいつは此処から出てくるなりテレポートしてしまったが…」

 

 泡を食った様子のマミの姿にシジフォスは若干戸惑いながらも返事を返す。シジフォスの言葉にマミはようやく落ち着いたのか肩を落として溜息を吐いた。

 そんなマミの姿をシジフォスは若干複雑そうな顔で眺めていた

 

 「その様子では…、どうやら知ってしまったようだね、ソウルジェムの、秘密を」

 

 「…シジフォスさんもやっぱり…、知っていたんですね…」

 

 「すまない…、もう少し早く明かしておければ…」

 

 シジフォスは苦しげな表情で俯いた。シジフォスもまた彼女達が知らない魔法少女の秘密を黙っていた事に、マミは少なからずショックを受けていた。

 確かに自分の魂がこんな石ころにされていた等と言われればショックだ。だが、いくら心配だから、傷つくだろうと言う理由があったとしても、その事実を黙ったままでいられていい気分はしない。

 シジフォスとマミとの間で気まずい空気が流れ始めた、その時…。

 

 「なあ…もうマミの家に着いたんだろ?いい加減下ろしてくれよ恥ずかしいんだよ!!」

 

 シジフォスの背中から背負われているであろう何者かの声が聞こえる。今更ながらもう一人この場にいた事に気がついた二人は、ハッとした様子で顔を見合わせる

 

 「む…、ああすまない!すっかり忘れていた。マミ、君にお客さんだ。怪我を負ってはいたが大体治しておいた」

 

 「へ!?お、お客さんって……え!?」

 

 シジフォスが背中からおろした人物の姿を目にしたマミは、目を丸くした。

 何故なら彼の背中から下りた人物は…。

 

 「…よおマミ、あんたのお友達のソウルジェム、取り返してきてやったぜ」

 

 さやかのソウルジェムを見せびらかす様に掲げながら笑顔を浮かべているかつてのパートナー、佐倉杏子だったのだ。

 

 

 アルバフィカSIDE

 

 その頃アルバフィカはマミの部屋からテレポートしたマンションの屋上で、策に寄りかかりながら何もすることも無く空を眺めていた。

 雲一つない、夕焼けで赤く染まった空を、アルバフィカはただ無表情で見上げている。

 結局マミから逃げるように此処に来てしまった。歴史どおり進ませるためとはいえ彼女達に黙っていたのは事実だ。何故か外にシジフォスがいたが後は彼が上手くやってくれるだろう。そして、マミももう自分の部屋にはこなくなるだろう…。

 当然だ、もしもソウルジェムの真実を教えていればさやかは契約しなかった可能性もある。もっとも彼女の性格からして魂を抉りだされると知っても契約した可能性もあるが…。

 だがそんな重要なことを知っていながら黙っていたのだ、そんな男には幻滅するに決まっている。

 少しばかり淋しさは感じるものの、アルバフィカの心には安堵の気持ちもあった。

 

 (これでいい。どう取り繕おうが自分の血は猛毒…。そんな人間の側にいたら、いつ巻き込まれるかも分からない。彼女の為にもこれでいい…)

 

 アルバフィカは自嘲気味な笑みを浮かべながら、心の中でそう呟いた。

 と、突然自分の身体を冷たい風が通り過ぎた。

 アルバフィカはふと自分に纏わりつくように吹く風に気がつくと、何気なく屋上の入り口に視線を向ける。

 そこにいたのは緑色の肩まである長髪が特徴的な男性、水瓶座の黄金聖闘士、デジェルであった。

 こちらに向かって歩いてくる同僚の姿を、アルバフィカは相変わらずの無表情で眺めている。

 

 「やあ、この世界での顔合わせは初めてだな、アルバフィカ」

 

 「デジェルか…、君も巴マミが心配で来たのか、それとも現在死体同然となっているさやかの事か」

 

 「両方、だが、どうやら私の出番は無いらしい。杏子君がさやか君のソウルジェムを無事奪い返して来てくれた。まあ相当ダメージは受けていたようだがな。一応アルデバランに連絡しておいた、直ぐに飛んでくるだろう」

 

 「そうか」

 

 アルバフィカはそう返事をすると再び視線を空へと向ける。そんな彼の態度にデジェルは特に気を悪くする様子もなくやれやれと肩を竦めた。

 

 「…ばれたな、ソウルジェムの秘密の一つが。まあどの道ばれなければならない事なのだから予定通りと言えば予定通りなのだが、な」

 

 「…歴史通り進ませるためとはいえ…、何も伝えられないのは正直歯痒いモノだ。とはいえ、伝えたら伝えたでとんでもない事になるのは目に見えているが…」

 

 結果的に本来の歴史通りの展開…、と言いたいところだが、そのせいでマミからの信頼は失ってしまったと言ってもいい。が、アルバフィカにとって、この程度は最良の結末を迎えるための必要経費であると考えており、割り切っている。

 そんなアルバフィカにデジェルは、少し複雑そうな視線を向けている。

 

 「…アルバフィカ、一つ聞きたいのだが…」

 

 「何かな」

 

 「君の師のルゴニス様は、君に女性には優しく接しろと教えなかったのか?」

 

 「そんな記憶は無い。そもそも私達は女性と『接する』ことすらあり得ないからな。優しくする必要性そのものが無い」

 

 「…ああ、そうか。分かった」

 

 まるっきり関心がなさそうに態度も変えない同僚に、デジェルも諦めたのか溜息を吐いてアルバフィカと同じく空を見上げる。

 空は雲一つない快晴、燃えるように赤く染まった空。それは美しくも、これから訪れる波乱の前触れのような、不吉な予感をデジェルに抱かせるのだった。

 

 

 マニゴルドSIDE

 

 

 同じ頃、巴マミのマンションとは別のマンションにある一室にて、暁美ほむらは分解された銃の組み立て、改造の作業に没頭していた。

 最近のほむらは魔女を狩る作業もせず、まどか達を見守る時以外はずっと部屋にこもり、火薬の調合や武器の手入れに時間を費やしていた。

 グリーフシードの心配が無くなったのももちろんだが、それ以上に無駄な魔力を使わずに、来たるワルプルギスの夜との戦いの為に温存しておく為でもあった。

 もはややり直しも出来ないこの時間軸、無駄な魔力の消耗は出来ない。幸い魔女狩りはマニゴルドと彼の助手がやってくれている為心配する必要はない。

 組み立て終えた銃を机に置いたほむらは長時間作業で疲れた目をもみほぐす。と、玄関からドアが開く音が聞こえてきた。

 

 「今帰ったぜ、おう」

 

 それと同時に響いてきたのはこの家の同居人の声。

 先程捕獲してきた魔法少女を警察署まで送り届けに行っていたのがようやく帰還したようだ。

 

 「おかえりなさい。どうだった?あの二重人格者は」

 

 「バッチリ交番近くに送っておいたぜ?魔法少女だった頃の記憶も消えてやがるし、もうソウルジェムもねえから変な事はしねえだろ」

 

 「そう、ごめんなさい、色々面倒な事押しつけてしまって」

 

 部屋に入ってきたマニゴルドは疲れたように大きく伸びをする。

 何しろ今日は、魂をソウルジェムに戻す作業だけでなく、本人曰く『得意ではない』分野の他人の記憶の操作を二重人格者に施したのだから、それなりにしんどかったのだろう。

 とはいえ元々規格外な黄金聖闘士の一員でもある彼からすればそこまで大仕事というわけでもなく、あくまで多少面倒な手作業程度なレベルである。とはいえ色々押しつけてしまったことは確かであるため、ほむらはソファーでくつろぐマニゴルドに軽く頭を下げた。

 マニゴルドは自分に礼を言うほむらに向かって寝転びながらヒラヒラと手を振る。

 

 「気にすんな、こっちもなかなか珍しい代物を見れたしな」

 

 「珍しいモノ?それって双樹あやせのことかしら?」

 

 そうそうそれそれ、とマニゴルドはソファーから上体を起こして返事を返す。

 

 「お前も知っているだろうが多重人格って言うのは一個の肉体に複数の人格が存在するっつう精神疾患の一種よ。っつってもそれは何らかのトラウマやら現実からの逃避のために本来の人格とは別の性格が生まれてまるで別の人間が同じ身体に入っているように見えるっつう程度のモンだ。

 ましてや一つの肉体にもう一つ魂が出来る、なーんてわけじゃあねえ。それは分かるな?」

 

 「分かるけど…それがどうしたっていうの?」

 

 何を言いたいのか分からないほむらは、眉を顰めてマニゴルドを見る。マニゴルドはソファーに座り直すと、真剣な表情でほむらをジッと見る。珍しく真面目な表情を浮かべるマニゴルドにほむらは気押されたように少し後ずさりする。マニゴルドは、そんなほむらに構わずゆっくりと口を開いた。

 

 「あの双樹あやせ、いや、此処は双樹姉妹というべきか…、一つの肉体に二つ魂をもってやがるんだよ」

 

 マニゴルドがもったいぶって告げた言葉に対し、ほむらは顔色一つ変えていなかった。むしろ、それがどうしたと言いたげな、むしろその程度の事で拍子抜けといった様子でいつもの鉄面皮を保っている。

 てっきり驚くかと予想していたマニゴルドは、全くの無反応、無関心な少女の様子に不満そうに舌打ちをした。

 

 「んだよてっきり驚くかと思ったのによ~!!もちっといい反応しやがれや!」

 

 「これでも摩訶不思議な事は嫌という程体験してきたのよ。今更魂が身体に二つある程度じゃ驚かないわよ。まあ、気にならないと言えばウソだけれど…」

 

 ほむらは表情一つ変えずにマニゴルドに向き直る。

 

 「…マニゴルド、確か貴方言ったわよね?多重人格者は幾つも魂持ってるわけじゃないって」

 

 「ああ言った。だけどあいつは例外ってことだ。簡単に言うなら普通の多重人格が闇マリクなら双樹姉妹は闇遊戯っつうことだ。お分かり?」

 

 「……嫌な例えね。多重人格の人間全部が顔芸しそうな…」

 

 「そいつはすげえ、是非見てみたいなそりゃ。…まあ冗談はそれ位にして、だ、あの双樹姉妹ってのはそういうかなり稀な部類の人間なんだよ。恐らく違う人格で異なる魔法使ってやがったのもそれが理由だ」

 

 確かに情報によれば、双樹姉妹は人格が変化すると魔法少女衣装だけでなく使用する魔法すらも変化すると言っていた。

 キュゥべえの説明では、魔法の種類は叶えた願いによって決定され、それ以後変化する事は無いとのことだった。たとえ二つ以上の人格があったとしても、魂が一つしかない以上二回以上契約することは不可能、あくまで一人の魔法少女が手にすることが出来る奇跡は一つ、それが魔法少女の常識である。

 しかし、双樹姉妹はあやせの時には高熱魔法、ルカの時には低温魔法と性質の相反する二つの魔法を使いこなし、さらにソウルジェムもそれぞれ別々のモノが存在しているという通常の魔法少女ではあり得ない事例を見せている。

 これが示す事実は二つ、自身の願いによって二つ以上の魔法を使えるようになっているか、若しくは、一つの身体に二つ以上の魂が存在するか、のどちらかだ。

 そしてソウルジェムが二つある以上、恐らく双樹姉妹の身体には二つの魂が存在している、と、マニゴルドは説明した。

 

 「それで、何で一つの身体に二つも魂が?」

 

 「さあ?原因についちゃあ推測しなきゃ分からねえが、恐らくは元は別々の身体にあった魂が、何らかの理由で同じ身体に居ついちまった、ってところじゃねえの?契約の願いか事故のショックでか知らねえけど、滅多にあることじゃあねえな、うん」

 

 ソファーから立ちあがったマニゴルドは、台所に向かって歩いていく。

 彼がほむらの家に居つくようになってからは、マニゴルドが食事を作る係りとなっている。

 マニゴルドはその性格から傍目から見れば料理等出来ないように思えるが、そもそも聖闘士は任務で世界各地に出向くことが多く、加えて黄金聖闘士はもっぱら守護宮で一人で過ごすことも多く、食事も一人でとることがほとんどであった。その為、必然的にある程度料理は出来る者が多い。

 マニゴルドも修行の合間に料理だの裁縫だのを師から教えられていた。曰く「聖闘士になろうとならなかろうと、覚えておいて損は無い」との事らしい。

 マニゴルドは食材を取り出す為に冷蔵庫の中を漁っている。ほむらはそれを横目で見ると、銃の手入れに使用した道具を片付けようと再び机に向かおうとした。

 

 「…おいほむら」

 

 が、突然マニゴルドに声をかけられ、作業を中断する。

 ほむらが後ろを振り向くと、そこには何時の間に着替えたのか、エプロン姿のマニゴルドが顔を引き攣らせて立っていた。

 意外と似合うものね、と場違いな感想を抱きながら、ほむらは目の前の料理人の視線を受け止める。

 

 「何かしら」

 

 「冷蔵庫に買い溜めしておいたチーズ、なんでこんなに少なくなってんだ?お前そんなにチーズ好きだったか?」

 

 見るとマニゴルドの手にはチーズの入ったタッパーが握られている。が、タッパーの中のチーズの量はかなり少なく、料理どころか一口食べるだけで無くなってしまいそうだ。

 ほんの2、3日前にタッパー一つ分どころか二つ三つ分は買ってきたはずのチーズがこれだけ少なくなっている…、もはや誰かが摘み食いしたとしか考えられない。

 マニゴルドの詰問にほむらは、軽く髪をかき上げ、何処から取り出したのか分からない耳栓を耳にはめると、再び机に向かいながら、返事を返す。

 

 「……なぎさが摘み食いしていたのを何度か見かけたけど」

 

 「べべー!!!テメエどこ行きやがった!!今すぐ出てきやがれコラアアアア!!」

 

 ほむらが返事するや否や、部屋にマニゴルドの怒号が響き渡った。が、その声に答える人間は、部屋の中に誰も居なかった。

 




 双樹姉妹の多重人格が複数の魂を保有していた、というのはあくまで私の推測です。
 二つの異なる魔法を使っていたこととソウルジェムが別々に存在していたことから推測したのですけど…。まあ事実は原作者のみぞ知る、ですけど…。

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