魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 皆様、GWいかがお過ごしでしたでしょうか?
 結局GW中に更新できませんでしたものの、何とか最新話が完成いたしましたので投稿させていただきます。
 最新話は杏子とゆまがあすなろ市に行くという話です。
 本当はもう少し長くする予定だったんですけどね、まあ、中途半端でごめんなさい…。



第13話 赤き少女と星々の姉妹

 

 動物園での魔女との戦いから一週間程経ち、アルデバラン達は今のところ何事も無く平穏無事に過ごしていた。アルデバランが聖闘士だという事が杏子やゆまにばれはしたものの、それでとくに接し方が変わるわけでもなく、特に日常が変わる事は無かった。

 そしてこの日の朝も、アルデバラン達は三人一緒にテーブルを囲んで朝食に舌鼓を打っていた。

 

 「おい杏子、ゆま。今日は俺と一緒にあすなろ市まで行く気は無いか?」

 

 そんないつも通りの朝食の最中、アルデバランは杏子とゆまに問いかける。アルデバランの誘いに杏子は口の中の食べ物を飲み込みながら面倒そうに視線を上げ、ゆまはご飯を頬張りながらきょとんとした表情を浮かべている。

 

 「あすなろ市つったら此処からそこまで離れてねぇけど、歩いたら結構かかる距離だな。んなとこに何しに行くんだよ?買い物か?」

 

 「違うな、俺の知り合い、というより上司があすなろ市にいらっしゃるのでな、会いに行く事になったのだ。その時お前達の事を話題に出したら会ってみたいと仰られたからな、向こうには杏子と同世代の子供も居るようだから良ければと思ってな」

 

 アルデバランの言葉に杏子は顔を顰めながら考える。

 

 本当ならば面倒くさいから断る……と言いたいところなのだが、不本意ながらこの大男には少なからず世話になっている。

 ならば多少なりともこの男に恩返し、という訳ではないが少しは言う事を聞いてやってもいいかもしれない。

 そう考えた杏子はアルデバランに再び視線を向ける。

 

 「…、ま、今日は暇だし、別に構わねえよ、あたしはな」

 

 「そうか、わざわざ悪いな。で、ゆまはどうする?嫌なら別に家で留守番していても良いが…」

 

 「ふえ?ゆまはいやじゃないよ?ゆまもおじちゃんのキョーコといっしょに行きたいよ?」

 

 ゆまはご飯を口に運びながら首を傾げる。ご飯を口に含みながら話をするゆまの姿を見て、杏子は顔を顰めた。

 

 「おいゆま、話しながら飯食うな。行儀悪いだろうが」

 

 「ふむ、ほへんははひひょーほ(ごめんなさいキョーコ)」

 

 ゆまは口をリスのように膨らませながらモゴモゴと杏子に返事を返すと、ゴクリと口の中の食べ物を飲み込んだ。それを確認して杏子は溜息を吐いた。が、それをじっと見ている視線に気がつくと、杏子はじとっとした目つきでこちらを見ている大男を睨む。

 

 「何だよおっちゃん、文句あんのかよ?」

 

 「ん?いやなに、お前とゆまもすっかり姉妹になったと思ってな」

 

 「…そうかよ」

 

 アルデバランがぼそりと呟いた言葉に、杏子は特に反論することも無く黙々と箸を動かす。アルデバランはそんな杏子に何も言わず、再び朝食を食べ始めた。

 

 

 セージ、ハクレイSIDE

 

 その頃、あすなろ市にある屋敷の一室にて、セージとハクレイの兄弟はベランダで庭を眺めながらティータイムを楽しんでいた。

 聖戦のあった当時、教皇であったセージと、聖衣修復者であったハクレイにはこのようにのんびりと話をできる時間等殆ど無かったと言える。

次代の聖闘士の育成、聖域の立て直し、破壊された聖衣の修復……。

かつての聖戦で生き残った二人は、兄弟二人三脚でそれらに取り組み、次代の若者達に聖衣を、聖域を、聖闘士としての誇りや生き方の全てを受け継がせていった。

結局、彼等が命を落とした聖戦で生き残った聖闘士は、聖闘士達は天秤座の童虎、そしてハクレイの弟子の牡羊座のシオンの二人だけであり、彼らがそだてた多くの聖闘士達は戦死、若しくは聖闘士としての力を失う事となってしまった。だが、その後聖域は新たな教皇となったシオンによって再び蘇り、243年後の聖戦において、ついに若きペガサス達は長き冥王との因縁に終止符を打つ事が出来たのである。

 そして、新たな生を受けたセージとハクレイは、無論小宇宙の鍛錬は怠らなかったものの、教皇や聖闘士であった当時に比べれば時間に余裕が出来、読書や将棋、囲碁といった様々な趣味を楽しむことができるようになっていた。

 このティータイムも、ミチル達聖団やカズミの修行、そして自身の修行も一通り終わり、多少時間が出来たため楽しめるのである。セージは茶を啜り読書をしながら、のんびりと平穏な時間を楽しんでいた。

 が、そんな弟に対して兄ハクレイは何か悩んでいるかのような表情を浮かべながら茶を飲み、菓子を摘まんでいた。あまり悩む事が無い兄にしては珍しいと感じながら、セージはのんびり茶を啜り、本を読む。

 

 「…のう、セージよ」

 

 「いかがなされましたか、兄上」

 

 兄の陰鬱そうな声にセージは怪訝な表情を浮かべる。

 あの兄が随分と憂鬱そうにしている、長年付き合いのあるセージからしてもあまり見た事が無い光景だ。

 そんな弟の心中も知らず、ハクレイは茶を一気に飲み干すと、大きく溜息を吐いた。

 

 「結婚、したいのう……」

 

 「……………は?」

 

 あまりにも突拍子の無い発言に、セージはポカンと口を開けたまま、ハクレイを凝視してしまう。

 結婚…?誰が…?

 明らかに兄であるハクレイが結婚したいのだろう。それは分かる。

 だが兄は今や260歳以上の高齢、いや、もはや高齢という言葉すら生ぬるいレベルの年齢である。

 常識的に考えて結婚など出来るレベルではない。というより女性の方が寄りつかない。

 

 「……兄上、ついにボケが来ましたか?何ならば元の世界に戻って老人ホームの手配でも…」

 

 「だれがボケじゃ!!誰が!!ワシはボケとらんわ!!」

 

 憐れみに満ちた視線を向けてくるセージに、ハクレイは怒号を上げる。が、セージは表情を変えぬまま、栞をさっきまで読んでいた本に挟み込んでパタンと閉じる。

 

 「ボケ以外の何物でもないでしょうに、兄上はいま何歳だとお思いなのですか。もう結婚できる年齢でもありますまい」

 

 「年齢なぞ多少サバを読めば済むことよ!!この歳まで結婚出来ずに居る侘しさがお主に分かるかセージ!!」

 

 「分かりませんし知りませぬ。仮に結婚するにしても相手が居ますまい。いかにサバを読んだとしても見てくれがジジイではどうしようもありますまい」

 

 セージは実に面倒そうにお茶を自分の湯呑みに注ぐ。

 確かに自分達はこの歳になるまで嫁の一人も持った覚えが無い。

 と、いうより恋愛事に余りにも縁がなさすぎた。

 聖闘士には別に結婚に関する掟などは無いため、そこまで多くは無いにしろ結婚していない聖闘士や雑兵が居ないわけではなかった。

 現に先代の獅子座であるイリアスは、とある女性との間に現在の獅子座の聖闘士であるレグルスを儲けている。

 が、教皇や聖衣修復の雑務に追われていたセージ、ハクレイ兄弟には結婚どころか恋愛事をする暇などあるはずも無く、結局嫁の一人も得る事無くこの世を去る事となってしまった。

 別にそれに後悔は無い。自分達にとっては実の子供も同然な若き聖闘士達を育て上げる事が出来たのだ。それに後悔など、あるはずが無い。

 だが、現在新しい生を得て、今のところ聖戦のような差し迫った事態はない。ハクレイが結婚したいなどと言い出しているのもそのせいだろう。かつて生きていた頃味わえなかった青春を謳歌したい…、その気持ちは分からないわけではないが…。

 

 「幾らなんでも、青春を謳歌するにも恋愛するにも遅すぎましょうに…」

 

 「やかましいわ!!見てくれは老いぼれでもワシの魂は生涯18のままじゃ!!」

 

 「物は言いよう、ですな…」

 

 「なんじゃとセージ!!最近お主ワシとの会話に事に毒が入っておらぬか!?」

 

 「そうですかな?兄上の気のせいでは?」

 

 もう付き合いきれないとばかりにセージは再び本を開いて読書を始める。なにやら兄がギャアギャア騒いでいるが、放っておけば勝手に黙るだろう。

 セージはのんびりと読書をしながら湯呑みを口に運ぶ。

 今日はアルデバランが佐倉杏子を伴って屋敷に近況報告に来る事になっている。もう一人、この世界とは別の時間軸で魔法少女になっている千歳ゆまもアルデバランが保護しているらしいが、今のところゆまは魔法少女ではなく、魔法少女になる兆候も無いとの事だ。

 

 (まあ、千歳ゆまが魔法少女となる元凶の美国織莉子と呉キリカが動いていないから当然と言えば当然だが、な…)

 

 そもそもゆまが魔法少女になった理由は、織莉子がキュゥべえにゆまを魔法少女にするよう唆し、杏子が魔女に殺されそうになる事を織莉子がゆまに教えた事が原因である。

 そうでなければ精々小学生程度の年齢のゆまをわざわざキュゥべえが勧誘するはずが無い。確かに契約できない事は無いだろうが、基本的にキュゥべえが勧誘するのは中学生の少女に限られており、よほど強大な力を持たない限り、それ以外の人間には見向きもしない。

 自分達はこの世界に無い能力である小宇宙を餌に連中との契約を取り付けたが、ゆまはそんな力は持っていない。ならば、今のところは心配しなくてもいいだろう。

 

 「おい!!セージ!!ワシの話はまだ終わっておらぬ!!無視せずちゃんと聞かんか!!」

 

 「そういえば、結婚といえばマニゴルドもそろそろ身を固めさせてもいい歳か…。聖戦の頃はそんな暇は無かったが、この任務が終わったら見合いの一つでもさせるか…」

 

 「うおい!!ワシの結婚よりも弟子の結婚の方が大事かお主は!!」

 

 「あ奴も口が少々あれだが根は悪い人間ではない。一度一刀と相談してみるのもいいかもしれん。うん、そうするか…」

 

 セージは隣で騒ぐハクレイを無視してのんびりと読書を続けた。

 と、突然部屋のドアをノックする音が部屋に響く。ハクレイは口を閉じ、セージはチラリとドアの方に視線を向けると再び本を閉じる。

 

 「入ってよいぞ、サキ、ジュゥべえ」

 

 セージがドアに向かって声をかけるとドアが静かに開かれ、短めの銀髪に眼鏡をかけた長身の少女と一匹の不思議な動物が部屋に入ってきた。

 動物は頭部付近は白く、胴体の部分は黒くなっており、一見すると猫か犬のように見えるものの、よくよく見ると長い耳や尻尾、そして額についた赤い円形の模様と犬や猫とは全く異なる特徴を持っている。

 この生物の名前はジュゥべえ。元々はセージとハクレイが契約したインキュベーターの一個体であったが、セージと交わした契約によって通常のインキュベーターとは異なる特徴を持つこととなった。

 その特徴とは…。

 

 「おう爺ちゃん達!!例のお客が来たようだぜ!!お嬢さん方は全員お出迎えの準備万端だ!」

 

 ジュゥべえは鋭い歯を剥き出しにしながらセージとハクレイに話しかける。その表情には通常のインキュベーターとは異なり、明らかに感情が浮かんでいた。

 そう、セージがインキュベーターと交わした契約とは、「このインキュベーターに感情と心を与えたい」というものであった。

 セージとしては、自分自身を実験台にし、ソウルジェムの魂を本来の肉体に戻せるかという実験の目的もあったものの、本来は感情や心を持たないインキュベーターに心を持たせ、こちら側の味方にするという考えもあった。

 インキュベーターを味方につければ、ソウルジェムの穢れの仕組み、魂をソウルジェム化させる過程、或いはソウルジェムから魔女が誕生する仕組みまでの情報を手に入れることができる可能性がある為、若干賭けの要素はあったものの、やってみる価値はあった。

 結果は成功。感情を得たインキュベーターの一個体は、最初は生まれて初めて得た自我と心に戸惑い、混乱していたものの、最終的には宇宙の寿命を延ばすためとはいえ、自分達インキュベーターが多くの少女達を犠牲にしてきた事を後悔し、結果的に自分達の側についてくれる事となった。

 ジュゥべえの報告を聞いたセージはコクリと頷いた。

 

 「フム、分かった。では兄上、我等も出迎えにいきましょうかの」

 

 「あ、む、…うむ。分かった。…行くぞ、ジュゥべえ、サキ」

 

 ハクレイは若干不満そうな表情を浮かべながら、立ち上がり、さっさと部屋から出ていく。そんなハクレイをサキとジュゥべえは不思議そうに見ていた。

 

 「あの、ハクレイさんはどうかしたのですか?何だか不機嫌そうでしたけど」

 

 「おうよ、ハクレイのじいちゃんやけにムッツリしてやがったぜ?セージのじいちゃん喧嘩でもしたのかよ?」

 

 「ん、まあ、あまり気にするな、というよりしないでくれぬか?あまり話題にはしたくないのでな」

 

 サキとジュゥべえの疑問に、セージは曖昧な表情で苦笑いを浮かべた。そして二人に気が疲れないように軽く息を吐いた。

 

 

アルデバランSIDE

 

 「うむ、どうやら此処のようだな」

 

 「おいおい……マジかよ……」

 

 その頃杏子達三人は、見滝原から電車で二十分、あすなろの駅から二、三十分ほど歩いたところにある、あすなろ市のとある豪邸の門の前に立っていた。

 杏子は連れてこられた屋敷のあまりの大きさに呆然としていた。

 それはそうだ、こんな豪邸は見滝原でも数えるほどしかない上に、杏子自身も精々写真や門の前で屋敷を眺める程度でこんな屋敷に招かれる事など産まれてから一度も無かったのである。

 杏子は多少なりとも何が起きても驚かない心構えは出来ていたつもりだったが、まさかこんな所に連れてこられる破目になるとは思わず、門を見上げて唖然とするしかなかった。

 

 「わー、すごいおやしきだね、おじちゃん!キョーコ!」

 

 「お、おう、まあ、すげえ、な…」

 

 「ハッハッハ!!そうガチガチするな。別に首相か大統領に会うわけではないのだからな。だが、あまり失礼の無いようにするのだぞ、杏子、ゆま」

 

 「お、おう…」「ハーイ、おじちゃん!」

 

 一方のゆまは杏子のようにガチガチに緊張するどころか初めて見たお屋敷に驚きつつも面白そうにはしゃいでいた。

 アルデバランは門を潜り抜けてそのまま屋敷の玄関に歩いていくと、玄関の両開きの扉の側にあるインターホンを押す。

 

 「お、おっちゃん!か、勝手に入って大丈夫なのかよ!?」

 「大丈夫だ。問題は無い」

 

 明らかに金持ちの住んでいるであろう屋敷に傍から見ればズカズカ入って行ったアルデバランに、杏子は心配そうな声を上げるが、アルデバランは

インターホンを押してしばらくすると女性の声がインターホンから聞こえてきた。

 

 『はい、御崎ですがどちらさまでしょうか?』

 

 「こちらにお住まいのセージ様とハクレイ様を訪ねてきたアルデバランと言う者だ。取り次いではいただけないだろうか?」

 

 『ああ、セージさんとハクレイさんのお客様ですか。話はセージさんから伺っています。少しお待ちください』

 

 インターホンの声が聞こえなくなると、ドアの向こう側から、誰かがこちらに向かって走ってくる足音が聞こえてくる。やがて、目の前のドアの前で足音が止むと、ドアの鍵を開ける音が響き、ドアが内側から開かれる。

 ドアが開けられると、その隙間から青い髪を伸ばした少女が、ヒョコリと顔を出した。

 

 「始めまして、私はこの家の持ち主の御崎海香といいます。えっと、貴方がアルデバランさんですね?」

 

 「そうだ。俺が牡牛座の黄金聖闘士、アルデバランで間違いない。この娘達は俺が預かっている娘で佐倉杏子、千歳ゆまという。ほら、挨拶しろ」

 

 「ちとせゆまです!こんにちはお姉ちゃん!」

 

 「…佐倉杏子だ」

 

 「そうですか、よろしくお願いいたします。案内しますからどうぞ上がってください」

 

 二人の挨拶を聞いた海香は、ちらりとゆま、杏子に視線を向けて挨拶を返すと、半開きだったドアを開けて、三人を屋敷の中に招いた。

 

 「む、ならば遠慮なく上がらせてもらおうか」

 

 アルデバラン達は玄関で靴を脱ぐと、用意されていたスリッパを履き、海香の後ろについて廊下を歩く。

 屋敷の廊下は広々としており、部屋の入り口であろうドアが幾つもある。

 ただ、金持ちのように豪奢な絵画や装飾はあまり無かった。

 アルデバラン達はそんな屋敷のあちこちに目を向けながら歩いていた。

 

 「この屋敷は、お前の屋敷なのか?」

 

 「はい、私と友人が7人、そしてセージさんとハクレイさんの10人で住んでいます」

 

 「ほー、これ程の屋敷に住んでいるのだから、お前の両親は資産家か?」

 

 「いいえ、この屋敷は私が執筆した小説の印税で建てたものです。恥ずかしいながら小説家の端くれですから」

 

 「ほう!!そんな若さで小説家か!!」

 

 恥ずかしそうに話す海香の言葉にアルデバランは感嘆の声を上げる。

 

 「まだ杏子と変わらぬ年だろうに小説家として活躍しているとは!いやはや恐れ入った。こいつにも爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ」

 

 「うっせえ!!あたしをこんな天才と一緒にすんじゃねえ!!」

 

 「そんな、天才ってほどじゃ…」

 

 「おねーちゃんすごーい!」

 

 「あ、う、あ、ありがとう…」

 

 アルデバランとゆまの褒め言葉に海香は満更でもなさそうに照れる、が、彼女と比較対象にされた杏子は不機嫌な表情になってチッと舌打ちをした。

 と、三人を先導していた海香はとあるドアの前で足を止めた。案内人が足を止めたためアルデバラン達も足を止める。

 海香はちらりとアルデバラン達に視線を向けると、ゆっくりとドアをノックする。

 

 『海香か、どうやらアルデバラン達が来たようだな。入ってきてくれ』

 

 ドアの向こうから返事がしたので、海香はドアを開けてアルデバラン達に中に入るよう促し、アルデバラン達もそれに応じて中に入る。

 部屋は広々としており、廊下と同じく華美な装飾品や絵画は無い。部屋の中央には長い大理石製のテーブルを挟んでソファーが二つ並んでいる。そして、片側のソファーには、そっくりな顔をした二人の老人が三人を出迎えた。

 老人の顔は本当にそっくりであり、羽織袴、そして髪型が同じであったのなら間違いなく区別がつかなかったであろう程似ている。

 実際杏子はギョッとした表情で二人を交互に見ており、ゆまも驚いた表情でポカンと口を開けている。アルデバランはそんな居候二人に注意するような視線を向けると、片膝をつき、二人の老人に向かって頭を下げた。

 

 「お久しぶりです、教皇、ハクレイ様」

 

 「久しいな、アルデバラン。壮健そうで何よりだ」

 

 「うむ、わざわざ遠方よりご苦労じゃった。ゆっくりしていくと良い」

 

 セージ、ハクレイの兄弟は穏やかな表情で目の前の金牛に労いの言葉を述べた。アルデバランは「勿体無きお言葉でございます」と目を伏せて礼をする。

 と、ハクレイの視線がアルデバランの後ろで呆然と立ち尽くしている杏子とゆまに向いた。

 

 「ぬ?その娘達か、お前が養っておるという子等は」

 

「はっ!二人とも帰る家も家族も居ないとの事なので私が養っている次第でございます!…こら!!二人とも挨拶くらいせんか!!」

 

 「ふえっ!?お、おう…、さ、佐倉杏子って名前だ…。よろしく頼むぜ、爺さん達」

 

 「ちとせゆまですっ!よろしくお願いしますっ!おじーちゃん!」

 

 「おい杏子!教皇とハクレイ様に対して爺さんとは何だ爺さんとは!!」

 

 「んだよ。名前しらねえんだから爺さんとしか言いようがねえじゃんか」

 

 「お前という奴は~!!」

 

 「ははははは、そう目くじらを立てるでないアルデバラン、爺さんでよい爺さんでよい」

 

 「まあ最も、もはや爺さんと呼ぶには歳を取りすぎておるがの」

 

 少々失礼とも言える挨拶をした杏子をアルデバランは窘めるものの、当のセージとハクレイは気にした様子も無く、ニコニコと笑っている。

 

 「改めて挨拶をしよう。私の名はセージ、聖闘士達を纏める教皇と呼ばれる地位に就いている者だ。よろしく頼むぞ、杏子、ゆま」

 

 「わしの名はハクレイ、このセージの兄で祭壇座の白銀聖闘士の地位についておる。とはいっても普段は穴倉で聖衣を修理するのが日課ではあるがの」

 

 教皇とその教皇の補佐たる兄の自己紹介が終わるや否や、アルデバランは杏子とゆまに視線を再び向けた。

 

「さて、すまんが俺は教皇とハクレイ様と話をしなければならん。少し席を外してくれんか?」

 

 「んだよいきなり…。一体何の話すんだよ」

 

 「何、魔女やら魔法少女やらの報告とかそんなものだ。大した事ではないが一応な。お前たちにとってはつまらん話だろうし、一応他言無用という扱いだ。悪いが少し席を外してくれ」

 

 「この屋敷にはお主ら位の年頃の娘が共同生活しているから、仲良くしてやってくれ。海香、悪いが二人をミチル達の居るところへ連れて行ってくれ」

 

 「分かりました。ではお二人とも、私について来て下さい」

 

 海香はセージの言葉を聞いて、杏子とゆまに一緒に来るよう促した。それを見た杏子はしぶしぶといった感じで溜息を吐いた。

 

 「…ったく、しゃーねーな。ま、聞いて面白い話じゃ無さそーだしな。おら、行くぞゆま」

 

 

 「ふえ?う、うん…」

 

 杏子の呼び掛けにゆまも少し不安そうな表情でアルデバランをチラチラと見ながら彼女についていく。

 少女達が居なくなったのを確認した三人は、先程の表情から一転して真剣な表情となる。

 

 「さて、では報告を聞こうか、アルデバランよ。まずは、座るといい」

 

 「はっ!では失礼を!」

 

 セージ、ハクレイ兄弟の座っているソファーとは対面する位置のソファーに腰掛けたアルデバランは、自身がこの世界に来てからの出来事、得た情報を教皇、教皇補佐の兄弟に話し始めた。 

 

 

 杏子SIDE

 

 杏子とゆまは海香に案内されて屋敷の廊下を歩く。廊下には三人が歩く足音以外には何も物音は無く、彼女達三人以外に人間が居る様子は無い。どうやらこの手の屋敷に在りがちな使用人やメイドの様なものはこの屋敷には居ないようだ。

 ゆまは始めて来たお屋敷に興味津々なのか、あちこちを落ち着き無く見回していたが、杏子は海香の後ろを歩きながら、とあることを考えていた。

 あの二人の老人は、どうやらアルデバランの上司のようなものであるらしい。セージという老人は教皇、ハクレイという老人は白銀聖闘士と名乗っていた。確か以前聞いたアルデバランの話では、教皇は聖闘士を纏める最高権力者のようなものだと言っていた。

 そんな最高権力者がここにいると言う事は、この海香っていうのは…。

  

 「…なあ、御崎」

 

 「海香で結構ですよ、佐倉杏子さん」

 

 杏子の言葉に海香は足を止めずに返事を返す。

 

 「…なら海香、お前に質問がある。

 あの爺さん二人はおっちゃんの上司だって言っていた。

 ならお前は…」

 

 「残念ですけど私は聖闘士じゃありません。むしろ、貴女と同じ人間だと言っておきましょうか」

 

 海香の返事に、杏子は警戒心を露に思わず身構えた。

 自分と同じ存在…、ということは、この女は…。

 

 「なら、お前は…!!」

 

 「お察しの通り私は魔法少女、というより私の屋敷に住んでいる人間はセージさん、ハクレイさん、そしてかずみを除けば魔法少女しかいませんよ?」 

 

 海香の返答に杏子は指輪状のソウルジェムを宝石状態に変化させ、ゆまを背後に隠して身構える。あからさまに警戒された海香は、息を吐いて杏子に顔を向けた。

 

 「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。私達は貴女達に何かをする気はありませんから」

 

 「…信じてもいいのかよ?ここであたしを殺って競合相手を減らすこともできんだぜ?」

 

 「疑り深いですね…。貴女達は見滝原、私達はあすなろ市が本拠です。わざわざ遠く離れたところまでグリーフシードを狩りに行く気なんてありませんよ。そっちのほうが手間ですし」

 

 「………」

 

 杏子はなおも疑うような目つきをしていたが、とりあえずソウルジェムを指輪に戻して矛を収める。それでもゆまは後ろに庇ったままであったが。

 

 「どうやら信用してくれたようですね」

 

 「さてな、ま、もしもあたしらに何かしようってんなら、速攻てめえらぶちのめしてこっから出て行かせてもらうまでだが、な」

 

 「だから何もしませんって。警戒心強すぎませんか?貴女…」

 

 「そうでもしねえとこの家業で食ってけねえよ」

 

 呆れた表情の海香に、杏子は不敵な笑みを浮かべる。海香はそんな杏子に向かって嘆息すると、何を言っても無駄だと思ったのかそのまま再び歩き始める。

 階段を上って二階に上がると、海香は二階廊下の突き当りまで進み、そこにあるドアの前で脚を止めると、ドアノブを捻ってドアを開く。

 海香の後に続いて杏子とゆまが部屋に入る。

 そこは先程の応接室と同じ程度の広さの部屋であり、五人の少女達が読書をしたり、お茶を飲んでいたり、テレビを見ながら騒いだりと思い思いに過ごしている。

 と、読書をしていた銀髪と眼鏡が特徴的な少女が、海香が戻ってきたことに気がついて読んでいた本から顔を上げる。

 

 「戻ったか、海香。そこのお二人は客人か」

 

 「そうよサキ。こちらは見滝原から来てくれた佐倉杏子さんと千歳ゆまさん。杏子さん、彼女は浅海サキ。私と同じあすなろ市の魔法少女の一人です」

 

 「…ん、佐倉杏子だ」

 

 「えっと、ちとせゆまですっ」

 

 「浅海サキだ。セージさんとハクレイさんの客だそうだな。歓迎しよう」

 

 サキは顔に薄い笑みを浮かべて杏子に向かって右手を伸ばす。杏子はその手を眺めていたが、やがてしぶしぶといった感じで握手に応じた。サキは杏子との握手の後、彼女の後ろにいるゆまにも握手するために右手を差し出す。ゆまはサキの顔と手をしばらく交互に見ていたが、やがておずおずと両手で右手を握り締める。そんなゆまの様子に、サキは何処か微笑ましそうな表情を浮かべた。

 

 「それじゃあみんなの紹介を…」

 

 「よしっ!!いけっ!!そこだ…ってなに奪われてるんだよヘタクソ!!あ、あ、あ、あ、お、追え!!追っかけろ!!もっと速く走れるだろうがノロマァ!!」

 

 「…うるさいカオル!!サッカー応援するなら別の部屋でやりなさい!!」

 

 「えー!!いいじゃん別に!今日は日本vs北朝鮮の試合なんだからさ~…。やっぱ母国の選手応援したくなるもんでしょ~?」

 

 海香の怒鳴り声にテレビでサッカーの試合を観戦していたオレンジ色の髪の少女は不満そうな表情になる。そんな彼女にサキは嘆息した。

 

 「応援するならせめてもっと声を小さくしたらどうなんだ。折角来てくれたお客様が迷惑だろう?それよりもカオルも挨拶しろ」

 

 海香とサキの言葉にカオルと呼ばれた少女は、一瞬キョトンとした表情を浮かべると、すぐにハッとした表情になり、一瞬で杏子とゆまの目の前に走り寄る。凄まじい速さで目の前に移動してきた少女に、杏子は若干度肝を抜かれたような表情を浮かべ、ゆまは目と口を真ん丸にして驚いていた。

 そんな彼女達の反応に構わず、少女はニカッと明るい笑みを浮かべる。

 

 「アタシの名前は牧カオル!将来の夢はサッカー選手!どうぞよろしく!」

 

 「お、おう、よ、よろしく…」

 

 若干ビクつきながらも杏子は何とか挨拶を返す。カオルはそんな彼女の手を両手で握り締めてぶんぶん振り回す。

 

 「ちょっとカオル。あまりやりすぎると杏子さんが迷惑するでしょ?」

 

 「そうだな、それにみらい達もまだ自己紹介を終えていない」

 

 「…あ、そっか。そんじゃあたしは再びサッカー観戦でも…」

 

 海香とサキの言葉に納得したのか再びサッカー観戦に戻るカオル。そんなカオルを何を考えているのか分からない目つきで眺めながら、のんびりとお茶を啜っていた黄緑色の髪の毛の少女が杏子とゆまに向かってスッと片手を上げる。

 

 「神那ニコだぞ、よろしく頼むでござんす」

 

 「あー…うん、よろしく」

 

 杏子からの返事を聞いた少女、ニコは用事は済んだとばかりに再びお茶を啜り始める。杏子は訳が分からないと言いたげな表情でニコを眺めていた。

 

 「掴みどころが無い性格でな、まあ悪い奴じゃないんだ。仲良くしてやってくれ」

 

 「というか単に変人?なだけだろうけど。たまにボク達に魔法で悪戯してくるし、魔力を無駄遣いもいい所だよ、全く…」

 

 と、苦笑いしながらニコのフォローをするサキの背後から、ピンク色のふわふわの髪の毛の少女が顔を出してくる。少女は杏子とゆまをじろじろと品定めをするかのように眺める。それが気に食わないのか杏子はムッとした表情になる。

 

 「コラ、あまり他人をじろじろ見るなみらい。お客様に失礼だ」

 

 「あ、ご、ゴメン、おじいちゃん達の客ってどんなのか気になったから…」

 

 サキに怒られたみらいと呼ばれた少女はシュンとなってサキに謝る。謝る相手が違うだろうに、とサキは小さな声で呟いて杏子とゆまに視線を向ける。

 

 「友人が失礼した。この子の名前は若葉みらい。少々ツンツンしているが、本当は他人の事を気遣える子なんだ」

 

 「…若葉みらい。さっきはゴメン、おじいちゃん達のお客さんってどういうのか気になっちゃってさ…」

 

 みらいはサキに怒られたためか、バツの悪そうな様子で杏子とゆまに謝罪する。

 

 「ん、まあ、別にかまわねえよ。全然気にしちゃいねえし」

 

 「ゆまもぜんぜん平気だよ。きにしてないよ」

 

 杏子とゆまは気にしていないと返答する。杏子自身も、最初はムッとしたものの、素直に謝ってきたため幾分か機嫌は直している。ゆまは特にイラついてもいないようだ。

 

 「ふふ、でも折角来てくれたお客様なんだから、気になっても仕方が無いわよね、みらいちゃん?」

 

 と、赤みがかった髪の、どこかおっとりとした雰囲気の少女がみらいの頭を撫でる。みらいは少し恥かしそうにプイッと横を向いた。そんなみらいの様子を可笑しそうに笑いながら少女は杏子とゆまに顔を向ける。

 

 「始めまして、私は宇佐木里美っていいます。将来の夢は獣医さんです。お二人ともどうかよろしく」

 

 少女、里美は二人に挨拶をしてお辞儀をする。杏子とゆまも反射的に「よろしく」と返事を返す。部屋にいる全員の挨拶が終わったことを確認した海香とサキはチラリと部屋のドアに目を向ける、

 

 「さて、後はミチルとかずみだけなんだけど…、あの二人は確かケーキとクッキーを作っているんだったわね」

 

 「ああ、お客さんが来るから、ということで随分と張り切っていたぞ?だがもうそろそろ出来上がっている頃だと思うが…」

 

 「んあ?何だよ。まだ誰かいるのかよ」

 

 「ああ、私達の親友とハクレイさんの御息女が…」

 

 サキが杏子に説明をしていた時、その説明を遮るかのように入口のドアが勢いよく開かれた。

 突然開かれたドアにギョッとした表情でドアに目を向ける。

 

 「ごっめーん!!遅くなっちゃった!!でもたくさん作ってきたよー!!」

 

 「んもー、ミチルがたくさん作るから~!!」

 

 部屋に入ってきたのは、黒い髪の毛をした、全くそっくりな顔をした二人の少女であった。違う所は一人の少女の髪の毛は腰までの長さがあり、もう一人の少女は首筋程度の長さしかない所であった。二人共両手にお盆を持っており、短髪の少女のお盆にはクッキーが山盛りにされており、長髪の少女のお盆にはパウンドケーキが乗せられている。

 と、短髪の少女が、こちらをジッと見ている杏子に気がついて、彼女に視線を向ける。

 

 「ありゃ?えーと、どなたさん?」

 

 短髪の少女は杏子を見て首を傾げる。隣に居た長髪の少女も、不思議そうに杏子とゆまを交互に眺めている。

 

 「ミチル、かずみ、彼女達はハクレイさんとセージさんのお客様だ」

 

 「へ?そうなの?」

 

 ミチルと呼ばれた少女は、キョトンとした表情で杏子の顔をジッと見る。杏子はそんなミチルの顔をジロリと睨み返す。その横では、かずみと呼ばれた少女がミチルと同じくゆまをジッと見ており、ゆまは不思議そうにかずみの顔を見上げていた。

 

 「…そっか!ゴメンゴメン!ちょっと私とかずみクッキーとケーキ作ってて手が離せなくってさー。…あ!私の名前は和紗ミチルっていうの!よろしく!」

 

 「私はかずみ、昴かずみって言うの!!よろしくね二人共!!」

 

 と、短髪の少女、ミチルはニカッと無邪気な笑みを浮かべて自己紹介と謝罪をする。隣に居た長髪の少女、かずみもミチルの後に続ける形で自己紹介をする。

 杏子とゆまはミチルとかずみの挨拶を黙って聞いていた。そして彼女達の自己紹介が終わると杏子はボソボソと呟くような声で、ゆまは元気いっぱいの声で彼女達に挨拶をする。

 

 「…佐倉杏子、だ」「ちとせゆまですっ!よろしくね!ミチルお姉ちゃん!かずみお姉ちゃん!」

 

 ミチルとかずみは笑顔で彼女達の挨拶を聞き、「よろしくね!」と返事を返した。

 

 「さってと、んじゃお二人さん、一つお近づきの印ってこ・と・で…」

 

 と、ミチルの言葉に示し合わせたかのように、かずみが片手に乗せたケーキを杏子とゆまに差し出す。

 

 「レッツティータイム、ってね!」

 

 かずみは二人に向かってニッコリと笑みを浮かべた。

 

 

 アルデバランSIDE

 

 「成程のう、よく分かった」

 

 アルデバランの現在の経過報告を聞き終えたハクレイは、手元の湯呑みを口に運ぶ。その隣ではセージが何事か考えている様子であった。

 

 「アルデバランよ、まだ佐倉杏子に魔法少女のリスクの事は話しておらんのだな?」

 

 「はっ!その件についてはまだ知らせてはいません!ですが…」

 

 「分かっている。何時までもグリーフシードが有るとは限らん。だが今はまだ時ではない。もうしばし待つのじゃ」

 

 「…御意」

 

 セージの言葉にアルデバランはしぶしぶと言った感じで了承の言葉を出す。

 セージ達もアルデバランの気持ちは分からないわけではなかった。

 魔法少女となった者の運命は二つに一つ。

 

 魔女との戦いで死ぬか、自身が魔女になるかのいずれかでしかない。

 

 魔法少女のソウルジェムは、魔法を使うたび、若しくは生命活動を維持する結果、徐々に徐々に濁っていく。やがて、濁りが頂点に達した時、魔法少女は最終的に魔女と化してしまうのだ。

 この濁りを浄化する方法は二つ、グリーフシードに穢れを移す、若しくは最近見つけた方法では、黄金聖闘士の小宇宙を直接ソウルジェムに流し込んで、浄化すると言う方法もある。

 だが、一つ目の方法はそもそもグリーフシードを生み出す魔女が居なくなってしまえばどうしようもなく、二つ目の方法もそもそも黄金聖闘士が近くに居なければどうしようもない。そして何より確実性も無いのだ。

 一番なのは魔法少女になる契約をそもそもさせない事、もしくはしてしまったとしてもソウルジェム内の魂を再び肉体の中に戻してしまう事である。だが、契約を押しとどめるのも現状では上手くいっているとは言えず、さらにソウルジェム内の魂を肉体に戻す方法が行えるのは、聖闘士の中でも魂を操る事に長けたセージ、ハクレイ、マニゴルド、若しくは神に近い男と言われるアスミタ程度しかいない。その為本当ならば、さっさと杏子も魂を戻してしまった方が良いのであるが…。

 

 「出来うる限り本来の歴史の流れと同じ流れを辿らせねば、な…」

 

 ハクレイの呟きに、アルデバランも沈黙の肯定を返した。

 この世界の歴史は、本来の歴史から大分外れ始めている。

 と、いうより自分達聖闘士がこの世界に居る時点で歴史もクソもあったものではないのだが、やはり出来る限り正史と同じ歴史を辿る事が望ましい。

 もっとも正史は正史で犠牲が多すぎたため、全く同じというわけにはいかないが、大まかな展開は正史とほぼ同じタイミングで発生してくれた方がこちらとしても都合が良い。

 もしも歴史を外れ、本来の正史とは別の歴史を辿り始めた場合、何らかのイレギュラーが生じる可能性がある。

 さすがに予期せぬ敵が現れるとかそんな事は無いとは思うものの、下手をすれば本来全く関係の無い人間が魔法少女になる、若しくは魔女になるという展開すらもありえるのだ。それだけは避けなくてはならない。

 

 「まあ美国織莉子にはアスミタが付いており、その他の魔法少女にもそれぞれ聖闘士の監視が付いておりますから問題ありますまい。…アスミタの奴めが我々の相談無く来た事以外は」

 

 「む!?あ、アスミタがこの世界に来ているのですか!?」

 

 セージの呟いた言葉にアルデバランが反応を示す。セージとハクレイはやっぱりと言いたげな表情で溜息を吐いた。

 

 「やはり知らなかったか…。あ奴め一刀の依頼を受けて我等に碌に知らせもせずにこの世界に来ておったのだ。一刀の奴はアスミタが来たその時になって我等に連絡を寄こしてきおったからな、やれやれ…」

 

 「まああ奴のお陰で美国織莉子と呉キリカについては何とかなっているようではあるがな。しかし一刀もそうであるがアスミタの奴も来るのならば我等に相談の一つくらいしてもいいだろうに…」

 

 「はあ…」

 

 教皇と教皇補佐の愚痴にアルデバランも呆然と聞いていた。

 自身も知らなかったという事は、この世界に来ている他の黄金聖闘士も、アスミタがこの世界に居る事を知らない可能性がある。

 これは他の聖闘士にも知らせておく必要があるだろうか…。

 

 「教皇、よろしければ私がシジフォス達にアスミタの事を教えておきましょうか」

 

 アルデバランはそう提案するが、セージは首を振って否定の意を示した。

 

 「いや、それはせずともよい。あ奴にも何か考えがあるのだろう。今は何も知らせずに様子を見るとしよう」

 

 「はあ…、教皇の仰せとあらば…」

 

 アルデバランはどこか釈然としない表情であったものの、セージの言葉に了承の意を示した。

 

 「しかし、こうなると一刀の奴めアスミタ以外にも聖闘士を送っている可能性があるのう…。此処に来ていない聖闘士はあとは誰であった?」

 

 「アスプロス、レグルス、エルシドの三人ですな。内、アスプロスは此処とは違う外史のドイツ辺りに出張しておりますし、エルシドも別外史にて武者修行をしておりますゆえに、残っておるのはレグルスだけですかのう」

 

 「レグルスの奴も来るのでしょうか?」

 

 自分の教え子の一人でもある若き獅子座の名前が出たことで、アルデバランが反応する。セージは自ら淹れた緑茶を啜ると軽く息を吐いた。

 

 「…さて、な。それは分からん。もしかしたら来るかもしれんし、もう来てるかもしれん。まあもっとも…」

 

 セージは言葉を区切るとどこか弱った表情で大きく溜息を吐いた。

 

 「カルディアとデフテロスがすでにこの世界におるがの。まあ、何処に居るか全く持って見当がつかんが」

 

 「あ奴ら一体どこに行っておるのだ…。最初連絡をしたと思ったら雲隠れしおって…。まさか折角来たからと見滝原に観光にでも行っておるのか?」

 

 セージの言葉に続けるように、ハクレイは少しいらついているかのような口調でそう吐き捨てた。そんな彼らの言葉を聞きながら、アルデバランはセージの淹れた茶を一口飲む。

 

 「あいつらが来ている、か…。やれやれ、この世界は大分荒れそうだ…」

 

 アルデバランは、お茶を味わいながらボソリとそんな言葉を口にした。

 




 お久しぶりです。
 GW中はパソコンに向かう時間が多くなかったため、ここまで時間が延びてしまいました。
 とりあえず今回は原作中では無かったプレイアデスと杏子との邂逅を描いてみました。まあかずみマギカでも一応ミチルと杏子は会ってるんですけどね、回想程度ですけど。
 次回は杏子とゆまと聖団メンバーのお茶会をやるつもりです。そろそろ本編に戻るべきでしょうかね、これ…。

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