魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 皆様いかがお過ごしでしょうか。
 今回少々長めとなりましたが最新話投稿させていただきました。

 今回は魔女戦後の杏子とアルデバラン、そして織莉子がとある黄金聖闘士と出会う話しです。まあ正体すぐばれるでしょうけど…。

 それにしてもΩ、第二章やるのですか…、別に構わないんですけど鋼鉄聖闘士出すってマジですかね。あれ確か昔黒歴史になった記憶があるのですが…。

 こんな状態で大丈夫か?Ωは…。



第11話 金牛の言葉に迷う赤き少女と、黄金に導かれる白き少女

あの魔女との戦いの後、ゆまにせがまれて全ての動物を見て回ることとなった。そして飼育されている動物全てを見終わった頃には、太陽は傾き、空も赤くなっていた。

その後動物園から帰宅したアルデバランは、杏子に自分達聖闘士について全てを話した。

 ちなみにゆまは帰宅すると同時に部屋で眠ってしまった。初めての動物園ではしゃぎすぎて疲れてしまったのだろう。

 

 「……ということだ、大体分かったか?杏子」

 

 聖闘士に関する説明が終えたアルデバランは、自ら淹れたお茶を一口飲みながら杏子に質問する。杏子は仏頂面、それも相当不機嫌な顔でお茶を不味そうに飲み干した。

 

 「ああ、よく分かったよ。聖闘士ってのは要するに馬鹿の集団ってことだろ?」

 

 「おいおい、何でそうなるんだ」

 

 杏子のあんまりと言えばあんまりな返答にアルデバランは怒りもせずに困った表情で頭を掻いた。

 杏子は悪びれることなく馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 

 「あ?だってそうだろうが。他人のために、それも居るかどうかもわかんねぇ神様守んのに命懸けるなんてよ、馬鹿以外の何だってんだよ」

 

 杏子はまるで吐き捨てるようにアルデバランに言い放つ。

通常ならアルデバランは、自分たち聖闘士を侮辱されようものなら黙っては居ない。必ずその侮辱した相手に相応しい報復を与える。それは彼自身が女神の聖闘士であるということに誇りを持っているが故であり、自身と戦う仲間達にも誇りを抱いているが故である。

 だが、アルデバランは何も言わなかった、否、言うことができなかった。

 それは、目の前の少女、佐倉杏子の生い立ちを、絶望をよく知っているが故にである。

 理想を抱き、正義を抱き、それに裏切られて絶望した彼女の姿を知っているが故に、彼は何も言うことができないのだ。

 杏子はアルデバランを思い切り睨み付ける。

 

 「んで、その正義の味方の聖闘士様がなんであたしを保護したんだよ?まさかあたしにまで正義の味方になれっていうんじゃねえだろうな?

 冗談じゃねえ!!あたしはもう魔法は自分の為にしか使わないって決めたんだ!!いちいち居もしねえ女神サマの為なんかに使えるか!!」

 

 「分かっている、俺もお前にそんなことを言うつもりもない。ましてやアテナの聖闘士になれともいう気もない」

 

 杏子のはっきりとした拒否の言葉にアルデバランもあっさりと頷いた。

 あまりにもはっきりと肯定したことに杏子自身もぽかんとしていた。

 

 「なんだそんなアホみたいな面をしおって」

 

 「アホみたいって何だよ!!何の見返りも無くあたしに飯を食わしたり泊めてくれるはずがねえだろうが。だったらあたしを聖闘士とかにすんのが目的かと思ったんだよ」

 

 杏子の言葉を聞いて、アルデバランは額に手を当てた。

 

 「あのなあ……、前にも言ったと思うが、俺がお前を家に泊めているのはお前を護るという任務だからだ。別に聖闘士にするためではない。

 それにお前がどうしてもなりたいというのなら稽古してやらなくもないが、お前が嫌なら聖闘士にするつもりなどない」

 

 「……そうかよ。まあ、それならそれで良いけど…」

 

 アルデバランの言葉に、杏子は釈然としない表情ではあったものの、納得した様子だった。

 そんな杏子を見て、アルデバランはクックッと笑った。

 

 「まあ聖闘士にはする気も無いしさせる気も無いが…、俺としてはお前とゆまに望むのは一つだけだな」

 

 アルデバランは言葉を区切ると、杏子の顔をじっと見る。その真剣な眼差しに杏子も少したじろいだ。

 そんな杏子に構わず、彼は口を開いた。

 

 「たとえどんな生き方をしようとも、弱い人間を守れる強さと優しさを持って、生きて欲しい。これだけだ」

 

 「……はあ?なんだそりゃ?」

 

 アルデバランの言葉に杏子は再びぽかんとした表情を浮かべた。が、直ぐにアルデバランの言葉の意味に気がついたのか嫌そうに顔を顰める。

 

 「ハッ!おっちゃんあたしの話聞いてたのかよ?あたしはもう他人の為に動かねえって決めてんだ!!なーにが弱い奴の為に強く優しくなれ、だ。それこそ無理な注文だぜ!!」

 

 杏子は馬鹿にしているかのようにアルデバランに言い放った。その表情は嫌そうに歪められていたが、何処となく悲しげであり、今にも泣き出しそうな雰囲気も纏っていた。

 杏子の言葉を聞いたアルデバランは、どこか優しげな笑みを浮かべる。

 

 「なるほど、他人の為に力は使わない、か…。

 ならお前に聞くが、どうして他人の為に力を使わないと決めたのだ?」

 

 「!?そ、それは……」

 

 アルデバランの質問に杏子はハッとした表情でアルデバランから顔を背ける。

 アルデバランはそんな杏子を見ながら言葉を続ける。

 

 「俺の勘だが、お前は恐れているのだろう?他人を自分の家族のように不幸な目にあわせてしまう事を。お前は父親の為に、家族の為に奇跡を願った。だが、その結果家族を失ってしまった。だからこそ同じ事を繰り返さないために、悪ぶって他人の為に魔法を使わない様にしているんだろう?」

 

 「………!!」

 

 杏子は顔を強張らせてアルデバランを凝視する。アルデバランは、怯む様子も無く杏子の視線を受け止めた。

 杏子はアルデバランを睨み付けていたものの、その口からは何の言葉も発さなかった。

 確かに杏子が他者のために魔法を使わないと決めたのには、他者を家族のようにしたくなかったというのも理由ではある。

 彼女の両親は、妹は、彼女が奇跡に頼ったせいでその命を失った。他人がどうこう言ったとしても、彼女自身はそう思っていた。

 だから彼女は他者のために魔法は絶対使わないと決めた。もう家族のような人間を出さないように、そして、安易に奇跡等と言うものに頼った自分自身への戒めのためにも……。

 そんな杏子の表情を見て、図星だと感じたのかアルデバランは再び口を開いた。

 

 「どうやら図星のようだな。やはりお前はいつもツンツンと悪ぶっているが、心の中には誰にも負けない優しさを秘めている。それだからこそ、あのゆまにも懐かれるんだろうな」

 

 「!?う、うるせえ!!あたしは別に、優しさ、なんか…」

 

 「持ってない、か…。なら何故ゆまを俺の家に一緒に住まわしてくれと土下座までして頼んだのだ?いっそのこと使い魔を育てる餌にでもしたほうが効率的だろうが?」

 

 「!?そ、そんなこと出来るか!!アイツを、助けたのは…、そ、そう!!キュゥべえの奴と契約して商売敵が増えたら困るだろうが!!」

 

 アルデバランの言葉に反発しながらも、杏子は何とか頭から搾り出した理由をアルデバランに言い放った。明らかに嘘と分かる理由に、アルデバランも呆れたのかハア…、と溜息を吐いた。

 

 「!?な、何だよ溜息なんか吐きやがって!!文句あるのかよ!!」

 

 「ん?いーや別に。ただお前の嘘が恐ろしく下手だからな。どうせつくならもう少しマシな嘘をつけ」

 

 「なっ!?う、嘘なんかついてねえ!!アタシは本当の事を…」

 

 「どうせ本音はゆまを危険な魔法少女にしたくないとでも考えたのだろう?まあその考えは正しいぞ?実際魔法少女など、碌なものではない」

 

 アルデバランはいかにも気に食わないと言いたげな表情で横を向く。杏子は一瞬反発の声を上げようとしたが、アルデバランの表情を見て口を閉じる。

 アルデバランの表情は苦々しく、どこか忌々しそうに歪んでいた。いつも杏子達に見せている豪快で明るい表情は今のアルデバランには見れなかった。

 杏子の視線に気がついたアルデバランは一度溜息を吐くと杏子にすまないと謝って、杏子の方に向きなおる。その表情からは先ほどのように苦々しそうに歪んではいなかったものの、どこか悲しげな雰囲気が漂っていた。

 

 「おっちゃん、どうしたんだよ一体。大丈夫かよ…」

 

 「ん、いや、問題はない。心配してくれてありがとうな、杏子」

 

 アルデバランはすぐに元の表情に戻ると、杏子の頭を優しくなでる。杏子は「ちょっ!あたしはガキかよ!!」と口では反発するものの、アルデバランの手を振り払おうとはしなかった。

 そんな杏子を見て、アルデバランも口元に優しげな笑みを浮かべた。

 

 「フッ、やはりお前は優しい奴だ。どこぞの誰かが食い物を粗末にしない奴に悪人はいない等と言っていたが、どうやら本当らしいな」

 

 「ちょっ!?べ、別にあたしは優しくなんてねえっつってんだろうが!!食い物を粗末にしねえのも単に勿体無いだけで…」

 

 「ハッハッハ!別に照れることはないだろうに」

 

 「照れてねえ!!」

 

 再び顔を真っ赤にして怒鳴る杏子に、アルデバランは可笑しそうに大笑いした。

 

 

 杏子SIDE

 

 「強さと優しさを持って生きろ、か……」

 

 杏子は、自分の部屋の窓から夜空を眺めながらアルデバランの言ったセリフを呟いた。

 弱い人間を守る、それは今の今まで杏子が嫌っていた事だった。

 誰かのために何かをする、それが結果として更なる悲劇を呼ぶことになる。それを杏子は家族の死によっていやと言うほど学んでいた。

 だからこそ自分は今日まで他人のために魔法を使おうともせず、生きるために空き巣、万引き、無銭飲食といった事までやり、使い魔が一般人を襲っているのを目撃しても、自身の糧のためにと思って見て見ぬふりをしてきた。

 結果としてそれが原因で自分の師匠であるマミとも喧嘩別れをしてしまうこととなったのだが…。

 

 「……なら、何であたしゆまを助けちまったのかな…、キュゥべえと契約するのもしないのもあいつの自由だってのに……」

 

 杏子はそう呟いて満天の星空を眺める。

 最初助けたのは単なる気まぐれだった。魔女を倒してグリーフシードを手に入れる為のついでとして、たまたま助けただけであった。

 だが、その姿を見ているうちに、自分の記憶にある少女の姿と重なってしまった。

 そして、そのせいで自分自身が放っておけなくなってしまったのだ。

 

 『お姉ちゃん』

 

 「……もも、あたしは…」

 

 「キョーコ?どーしたの?」

 

 杏子がもう戻らないたった一人の妹の記憶を思い出しながら夜空を見上げていると、突然後ろから声が聞こえた。

 杏子は少しばかり驚きながら振り返ると、いつの間に居たのか、ゆまが不思議そうな表情で自分をじっと見ていた。

 

 「ゆ、ゆま!お前確か寝てたんじゃねえのかよ!!」

 

 「う~、だっておきたらおじちゃんもキョーコもいないんだもん!全然ねむれなくなっちゃったよ~。キョーコ、一緒にねよっ」

 

 「ちょっ!いつもおっちゃんと寝てるじゃねえか!!おっちゃんと寝ろよ!!」

 

 「だっておじちゃんきょうはよるおそいって言ってたもん。だから代わりにキョーコと寝てもらえって言ってたよ?」

 

 「っ~!!あのおっちゃん、また余計な面倒を…!!」

 

 ゆまの無邪気な言葉に、杏子は頭痛を抑えるように額に手を当てた。

 いつもゆまはアルデバランの部屋で一緒に寝ている。

 まだ幼い上に親のぬくもりも知らないのだから当然といえば当然だろう。

 が、今日は杏子がゆまと一緒に寝ろという。大方あの大男からの差し金だろうと杏子は苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。

 

 (ったく!どうすっか…。ここで拒否ってまた泣かれるようなことになったら面倒だしよ…)

 

 杏子自身はゆまと一緒に寝る気はさらさら無かったが、ここでゆまの言葉を拒否したら、ゆまは動物園の時よろしくまた泣き出すだろう。そうなってまた泣きやませる羽目になるのは杏子自身ゴメンだった。

 

 「ったく、分かったよしゃーねーな…。今日だけだぞ?」

 

 「いいの?わーい!ありがとーキョーコ!」

 

 杏子の言葉にゆまははしゃぎながらベッドに体ごとダイブした。そんな無邪気な子供そのものな姿を見て、杏子はフッと苦笑いを浮かべた。

 

 (ま、たまには悪くないな、こんなのも…)

 

 杏子は何度目かになるその言葉を口にして、ベッドに飛び込んですぐ眠ってしまったゆまの髪の毛を優しく撫でた。

 その安らかな寝顔は、どこか杏子の記憶にある妹のものと似ている気がした。

 

 

  織莉子SIDE

 

 魔法少女になった時、織莉子が得た力は未来を視る力だった。

 

 契約した瞬間、彼女の脳裏には、今から遠くない未来の見滝原の光景が映し出された。

 

 荒廃した街並、その空に浮かぶ強大な魔女、そして、それを上回る強大なる「誰にも倒せない存在」。

 

 あの存在は誕生させてはならない、あの存在が誕生すれば、見滝原だけでなく、世界そのものが消え失せる。

 

 それが出来るのは自分だけ。この存在が出現する事と、誰がこの存在を産み出すか知っているこの美国織莉子だけなのだ。

 

 その瞬間、美国織莉子はようやく悟った。

 

 ついに見つけた、自分の生きる意味を。ようやく分かった、自分が何故この世に生まれ落ちたのかを。

 

 そう確信した時、目の前が開けるような心地がした。

 

 父の部品、父の一部として見られてきて、生きる意味すらも認識できなかった人生に、今ようやく意味が見出せたのだ。

 

 織莉子の心には、必ず見滝原を救うという決意と共に、微かながら喜びが湧き上がってきた。

 

が、その瞬間・・・・、

 

『さて、その答えは果たして正しいのだろうか?その道は君が求めていたものなのだろうか・・・?』

 

突如として何者かの声が響いてきた。突然響いた声に織莉子はハッとした表情で辺りを見回す。

此処は自分の部屋。自分以外誰もいるはずがない。

気のせいなのか、織莉子は一瞬そう考えた、が・・・・

 

『君は未来を変える事を自身の生きる目的と考えたようだが、果たしてそれは本当に君の望んだ道なのか、君を真に幸福へと導く道なのか・・・。

 最も、君自身が何者か分かっていないのなら、それが正しい道と感じても無理は無いだろうが・・・』

 

 「!?だ、誰っ!?」

 

 今度ははっきりと、まるで頭の中に直接響いてくるかのように声が聞こえた。

 声の質から言って男性であることは分かる。だが、若者なのか、老人なのか、全く分からない。

 織莉子は、声の主を見つけようと部屋中を見回し始める。しかし、部屋には人影どころか生き物のいる気配すらない。

 先程まで居たインキュベーターも、いつの間にか何処かに消えてしまっている。

 声の主を探し続ける織莉子に構わず、声は変わらず話し続ける。

 

 『たとえ君が未来を変える目的を達成したとしても、その後君はどうなる?何を支えに生きていく?

 君が見滝原を救ったとしても君が讃えられることも、尊ばれる事も無い。今と同じく、父の汚名を背負い、罵倒を浴び、罵られながら生きていく道しかないだろう。

 当然だ。世間では魔法少女や魔女の存在など信じない。たとえ言っても荒唐無稽なおとぎ話としか思わないだろう。

 未来を救い、見滝原を救い、果たして君はそれで救われるのか?真に心の平安を得ることが出来るのか?』

 

 「・・・それでも、それが私の生きる意味なら、私はその道を行くしかない・・・。『美国議員の娘』ではなくて、美国織莉子として生きるには、それしかないの!」

 

 織莉子は頭に響いてくる声に向かって、声を荒げた。

 ようやく見つけた自分の生きる意味を、まるで否定するかのような言葉に、織莉子は心の中に怒りを感じ始めていた。

 しかし、謎の声は彼女の反発に対し、声の調子を変えることなく言葉を続ける。

 

 『フ、だがたとえその道を行っても、君は真に自分の求める物を得ることはできないだろうな。そもそも、訳の分からない存在の甘言に乗せられて得た意味など、大したことは無いと思うが・・・。

 いや、そもそも自分自身の事すら分からないのならば、乗せられるのも無理は無いだろうな』

 

 「なっ!?」

 

 謎の声の嘲るような言葉に織莉子はかっとなった。

 自分自身の事を知らないと言われ、ようやく見つけた自分の生きる意味を大したことが無いと言われて、織莉子は謎の声に対して激しい怒りを覚えたのだ。

 織莉子は何も存在しない虚空をキッと鋭い視線で睨みつける。

 

 「私がどういう人間なのかは、私自身が良く知っているわ!貴方に、私の苦しみや絶望が分かるって言うの!?ようやく自分自身が生きる意味を見いだせた時に感じた喜びが理解できるの!?何も知らない赤の他人が知ったような口を聞くな!!」

 

 織莉子の秀麗な表情は怒りと憎しみによって歪んでおり、凄まじい殺気を何もいない虚空に向かって放っていた。

 謎の声は、それにも全く動ぜずに、むしろ幼い子供に言い聞かせるような穏やかな口調で織莉子に語りかける。

 

 『フ、ならば見てみるかね?君の心の内を。君自身がどういう存在だというのかを。

 

 君の苦しみと絶望の根源を、見てみるかね?』

 

 「私の・・・絶望の根源、ですって・・・?」

 

 織莉子は怒りの表情を収めぬまま、謎の声に向かって問い返した。

 

 『そうだ、それを見れば君は知る事になるだろう。

 何故自分がこのような絶望を味わうことになったのかを。

 何故自分はこんなに苦しむのかを。

 最も無理には勧めないが・・・。かえって君の傷を抉る事にもなりかねないからね』

 

 謎の声の言葉を、織莉子は沈黙して聞いていた。

 自分自身を侮辱され、否定されたかのような物言いに、最初は彼女も怒りを覚えていたものの、段々と聴いているうちに、謎の声が、まるで自分を教え諭しているかのように感じてきた。

 そして何より、織莉子にはその声が嘘を言っているようには聞こえなかった。

 しばらく目を閉じて考えていた織莉子は、ゆっくりと眼を開くとまるで誰かが居るかのように虚空を見つめる。

 

 「・・・いいわ、見せてみて。私の心の中と言うものを。私の絶望の根源と言うものを。

 貴方が私の事を良く知っているというのなら、私の選んだ道が間違っているというのなら、その証を見せてもらいましょうか」

 

 『・・・ふむ、先ほども言ったと思うが下手をすれば君自身の傷を抉る結果にもなりかねないが、それでもいいのか?』

 

 「別に構わないわ。今更どれほど傷を負ってもどうでもいい・・・」

 

 織莉子の自嘲気味の言葉に、謎の声はしばらく沈黙していた。が、やがて了承の言葉を発した。

 

 『いいだろう、ならば見るといい。君自身の心を、君自身の歴史を。

 

 そして知るといい、君自身の罪を・・・』

 

 そして次の瞬間、織莉子の目の前が凄まじい光に包まれ、真っ白に染まった。

 

 「うっ!?な、何!?」

 

 あまりの眩しさに織莉子は目を閉じて顔を覆う。

 しばらく目を閉じていた織莉子は、恐る恐る眼を少し開くと、どうやら光はおさまっているようだったので顔を庇っていた腕をどけると目を完全に開いた。

 

 「・・・え?こ、ここは・・・・」

 

 織莉子は目の前の光景に呆然とした。

 なぜなら織莉子の目の前に広がっていたのはアスファルトで舗装された車道と歩道、そしてその両脇に立ちならぶコンクリート製の高い建造物・・・、どこかの市街地の光景であったからだ。

 織莉子は間違いなく先程まで自分の部屋にいた。

 そして自分の屋敷の近くにはこんな市街地など存在しなかったはずだ。

 まさか、先程の光で目がくらんだ一瞬で、こんな場所に飛ばされたのだろうか・・・。

 織莉子が思考の海に沈んでいると、突然耳に声が聞こえてきた。

 

 『・・・市民の皆様の清き一票を、清き一票をお願いいたします!!』

 

 「!?・・・こ、この声、まさか・・・!」

 

 織莉子はハッとした表情で声の聞こえた方向を振り向く。

 そこには大勢の市民に囲まれた選挙カーが停まっており、選挙カーの天井部分では、誰かが立って市民達に向かって演説を行っていた。

 織莉子はその人物を知っていた。なぜならその人物は、かつて自分が心から敬愛し、そして今の織莉子を形作る原因となった人物だからである。

 

 「・・・お父様、何故・・・」

 

 その人物の名前は美国久臣。国会議員であり、織莉子の実の父親である。

 織莉子の母が亡くなってからは、織莉子を一身に愛情を注いで育て、常々織莉子にこの国の人々が幸せに暮らしていける世の中にするという自身の理想を語り聞かせていた。

 織莉子もそんな父を尊敬しており、多くの人々から讃辞を集める父の姿に誇りを持っていた。

 

 (・・・でも、ありえない。だって、だってお父様は・・・)

 

 だが父は、美国久臣は不正、汚職の疑惑によってマスコミ等に叩かれ、それを苦にして自殺したはず・・・。それが原因で自身の人生は暗転していった。

 その死んだはずの父が目の前にいる。織莉子は困惑を隠せなかった。

 

 「お、お父様!!」

 

 織莉子は演説をする父を大きな声で呼ぶ。しかし、父は気がついた様子は無かった。

 

 「ちょ、ちょっと失礼します…!?」

 

 本当に自分の父なのか確かめるため、織莉子は選挙カーの周りに集まっている人々を掻き分けて選挙カーに近づこうとした。

 しかし、その瞬間織莉子は驚きの余り言葉を失った。

 体が、群集に接触するはずの体が、逆に群集をすり抜けてしまっているのだ。

 

 「え!?な、なんなのこれは!?」

 

 織莉子は戸惑った表情で手で周囲の人々に触れてみる。

 が、どれだけ試しても結果は同じ。手は人々の体、頭に触れる事無く、そのまま反対側に突き抜けてしまう。そして、群集の誰もが織莉子の存在に気がついていない。と、言うより初めからそこに織莉子が居ることを認識できていないようだった。

 

 「…と、透明人間にでもなったっていうのかしら…」

 

 『ふむ、それは違うな。織莉子』

 

 と、いきなり先程の声が頭に響いた。織莉子ははっとした表情で周囲を見渡すものの、声の主と思わしき人物は見当たらなかった。

 そんな織莉子に構わず声は話し続ける。

 

 『ここは君の幼い頃の記憶、それを映像として見せているに過ぎない。無論、映像だから話すことも触れることも不可能だ』

 

 「過去の、記憶…!?」

 

 『そうだ。ほら、あそこに幼い頃の君がいるだろう?』

 

 声に釣られて織莉子が視線を街宣車の下に向けると、そこにはまだ幼い、銀色の髪をした可愛らしい少女が、お願いしますお願いしますと舌足らずに言いながらビラを配っているのが見えた。

 間違いなく幼いころの自分だった。

 

 「なぜ…、なぜ…」

 

 『私には人の心が読める。望む望まざるとに関わらず、な。君の心の苦しみも、悲しみも意図せずに私の脳裏に君の過去の記憶と共に伝わってきた。それを君に見せているに過ぎない』

 

 声は淡々と織莉子に語りかける。織莉子は声の話を聞きながら呆然と目の前の幼い自分を見る。

 幼い織莉子は背伸びをして周囲の人々にビラを配っている。ビラを受け取った人々は幼い織莉子の頭を撫で、口々に彼女を褒める。

 

 『さすが美国議員の娘さんだ』『本当にしっかりしている子だ』

 

 その褒め言葉に、織莉子は眉を顰めた。

 どの言葉にも自分の名前は出てこない。

 そしてどの言葉も『自分』を褒めたものではなく、『美国久臣の娘』を褒めているものだ。

 自分は幼いころから、美国織莉子として見られていなかったのか…。

 

 『他人が自分を見てくれない。それがそんなに嫌なのかね?美国織莉子』

 

 「…嫌に決まってるでしょう?そうじゃなかったら私は魔法少女にはなっていないわ」

 

 『そうか…

 

 

 

 だがそれなら、何故幼い君は笑顔を浮かべているのかな?』

 

 「ッ!?」

 

 声の言葉に織莉子は弾かれたように目の前の幼い自分を見る。

 その表情は確かに笑っていた。この上なく嬉しそうに。

 織莉子は幼い自分自身をじっと凝視し続ける。

 

 「で、でも、これは私がまだ幼くて、まだ何も分かっていなかったから…」

 

 『なるほど…、それではさらに時を送ろうか…?』

 

 織莉子は震える声で反論するものの、謎の声は口調を変えず、そう呟いた。

 と、次の瞬間目の前の風景が歪み、また別の風景が出現した。

 そこは自分の通っている学園の風景、そこは自分が今通っている中学だった。

 一体何故ここに、と織莉子が訝しげな表情を浮かべていると、後ろから何やら歓声が聞こえた。織莉子が何事かと背後を振り向くと…。

 

 「ねえねえ今日も美国さんって素敵ね」

 

 「本当、とてもお美しいわ」

 

 「容姿端麗で成績優秀、しかもあの美国議員の御令嬢、ほんっとうに完璧な方ですわー!!」

 

 「きゃっ、み、美国さんが私をご覧になられたわ!!」

 

 「何言ってるのよ!私をご覧になられたのよ!!」

 

 振りむいた織莉子の視界には、女子生徒達が廊下の端に寄ってざわざわと話をしているのが視界に入ってきた。中には教室の扉から顔を出している生徒達も居る。

 彼女達の視線の先に居たのは…、

 

 「わ、たし…?」

 

 そう、そこにいたのは紛れも無く自分自身、美国織莉子であった。

 まるで鏡で映したかのように目の前に存在する自分自身に織莉子は戸惑った表情を浮かべる。しかし、目の前のもう一人の織莉子は、そんな織莉子とは違って優雅な笑みを浮かべてこちらに向かって歩いてきている。

 織莉子ははっとした表情で横に避ける、が、目の前の織莉子は彼女に気がつかない様子でそのまま素通りしていってしまった。

 

 「…そういえば、これは私の記憶なのよね」

 

 織莉子は気がついた様子で溜息を吐いた。

 この光景はあの声の主が見せている織莉子自身の記憶、それを映像として自身に見せている物だ。

 つまりあの織莉子もこの光景も全て幻のようなもの、自分の事など認識出来ないし、触る事など出来ない。

 なら別に避ける必要も無かったか、と織莉子は苦笑しながら考えた。

 しかし、自分はかつてこんなにも他者の憧れを集めていたのか、と、織莉子は我自身のことながら驚いていた。

 確かに自分がかつて学校でそこそこ人気があることは知ってはいたものの、これではまるで何処かのアイドルだ。

 織莉子は自嘲気味にそう思いながら過去の自分の後を追う。

 やがて、過去の自分は校長室のドアを開けて入っていった。

 織莉子はこのまま棒立ちしていても仕方がないと考えて、校長室に入っていく。

 ドアには触れることが出来なかったものの、彼女の体はそのままドアをすり抜けた。

 室内に入ると、部屋の中央にある大理石製のテーブルを挟んで、この学校の校長と織莉子の父である美国久臣がソファーに座って談笑していた。そしてこの記憶の織莉子は、父久臣の座っているソファーの横に立って、にこやかに笑いながら二人を見ていた。

 

 『いやはやさすがは美国先生のご息女だけありますな。同世代でこれほど聡明な生徒はおりますまい』

 

 『ありがとうございます、私も、お父様の娘に恥じないように精進を重ねておりますから』

 

 校長の言葉に記憶の中の織莉子は嬉しそうに微笑んだ。その表情を見て、織莉子は苦々しげに表情を歪めた。

 何故そんなに嬉しそうな顔をするのか、自分を父の部品のように言われているのに、なぜ、そんなに誇らしげな表情なのか…。

 と、校長の向かい側に座っていた久臣が、記憶の中の織莉子に視線を向ける。

 

 『織莉子、お前は私にとって自慢の娘だ。だがあまり私の為にと気負う必要は無いと思うのだが?成績も何もかもお前の努力の結果で、お前自身のものだ。前々から思っていたが、少しは自分の為に努力を重ねることも…』

 

 『お父様』

 

 久臣が心配そうな表情で織莉子をたしなめるが、そんな父の言葉を遮るように、織莉子は笑みを浮かべて父に声をかける。

 

 『私にとって、お父様の為に働けるのが最高に喜ばしい事なのですよ?お父様の娘である私の評価が上がれば、お父様の評価にも繋がりますわ。それが何か問題でもございますの?』

 

 『織莉子…、確かにそうなんだが…』

 

 『はっはっは!!いやいや美国先生、親孝行な御息女で大変結構ではありませんか。私も娘にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものです』

 

 『…そ、そうですか…』

 

 校長の賛辞に織莉子は嬉しそうな表情で恐縮していたが、一方の久臣は若干引き攣った笑みを浮かべながら気付かれない様に溜息を吐いた。

 そして、次の瞬間、周囲の空間は歪み、暗転し、元の屋敷の一室に戻った。

 織莉子は床に膝をつき、呆然とした表情をしていた。どうやら元の場所に戻った事にも気が付いていないようだ。

 

 『どうやら、君は成長した後も、自分の事を見られていなかったようだな。そして、当の君自身は、むしろそれを望んでいるようだったな、この記憶を見る限りでは』

 

 「わ、私は、私は……!」

 

 織莉子は自身の記憶を思い起こされ、その中の真実を知って大きく動揺していた。膝は産まれたての仔馬のように震え、瞳からは今にも涙が零れそうになっている。

 そんな織莉子の様子を知ってか知らずか、謎の声は判決を言い渡すかのように言葉を紡ぐ。

 

 『結局、父の部品である事を望んだのは君自身と言うことだ。

 いや、望んだというのは語弊があるか。君自身は望むと望まざるとに関わらず『美国久臣の娘』としか見られなかったが、君自身はその生き方に甘んじ続けた、それでいいと妥協していた。

 そして君自身が『美国久臣の娘』に甘んじ続けた結果、このような境遇に落とされたと言うだけだ。君が父の部品から脱する事の出来なかった、いや、しようともしなかった結末だ。幸せだった頃はこのままでいいと妥協し、それが仇となって不幸の身の上になった瞬間に、美国久臣の娘ではなく美国織莉子として見られたい、自分自身の生きる意味を知りたいなどとほざくのは・・・、少々虫がよすぎはしないかね・・・?』

 

 「あ・・・あっ・・・・!」

 

 声の語る言葉を聞いて、織莉子は地面に崩れ落ちた。目からはボロボロと涙が零れ落ちる。

 彼の言うとおりだった。

自分は幼いころからずっと『美国久臣の娘』と呼ばれ続け、その事に疑問を持つことも、否定することもしなかった。むしろ父の娘であるということが心地よく、誇らしいことだと感じていた。

 美国議員の娘であるとちやほやされ、学校の生徒達からも羨望と尊敬の眼差しを向けられる…。

 いつしか自身が『美国議員の娘』と呼ばれることに快感すらも抱くようになっていった。

 だがそれが、結果的に今に繋がる結果となってしまった。

自分自身の生きる意味を知りたい?美国議員の娘としてではなく美国織莉子として見て欲しい?

今更そんな戯言をどの口で言うのだろうか。今の今まで『美国議員の娘』であることに安住してきた自分が、今更『美国議員の娘』ではなく『美国織莉子』として見て欲しいと考えるなど、余りにも虫がいい話だった。

 

自分自身の真実を知り、織莉子はあまりの惨めさにただ泣き続けるしかなかった。

 

『やれやれ、よほどの衝撃だったようだな、君にとってこの真実は。だが、今此処でめそめそした所で何も始まらないと思うがね』

 

声の言葉を聞いた織莉子はゆっくりと視線を上げる。その表情は、先程の生きる意味を得た希望に満ちた表情とは打って変わり、悲しみと苦しみ、そして絶望の涙に濡れていた。

 

「…今更、こんな事実を叩きつけられて、今更、どうしろって言うの…?

誰も私自身を見ていないのに、それを望んだのが私自身だというのに…!!

私の生きる意味なんて…結局、何もないのに…!!」

 

織莉子は悲しみと怨嗟に満ちた声を上げて啜り泣く。何一つ音が響かない室内で、織莉子の嗚咽のみが響き渡っていた。

 

『ふむ、誰も君自身を見ていないと言ったが…、それは君自身が気が付いていないだけなのではないのかね?君を見てくれる人間が居たとしても、それに君が気付かないのならどうしようもない』

 

「…え?」

 

声の言葉に織莉子は思わず顔を上げた。その顔は涙で濡れて目は真っ赤になっていた。

声は構わず言葉を続ける。

 

『君自身は誰も自分自身を見てくれなかったと苦悩していたが、本当は君を見てくれる人は存在していたのだよ。ただ、君が気付かなかっただけだ。いや、思わず見過ごしたというのが正しいか?

君は君自身を『美国議員の娘』としか見ない人間ばかりに目が向いてしまって気がつかなかっただろう。しかし、君を確かに『美国織莉子』として見た人間は居るのだよ。雑草に紛れて咲く美しい花のように、確かにな』

 

「そ、そんな、それは…」

 

織莉子の頭の中は混乱していた。

信じられなかった。自分の事を『美国議員の娘』ではなく『美国織莉子』個人として見てくれた人間が居る事が…。

織莉子が呆然とした表情をしていると、謎の声は可笑しそうにクスリと笑いを零した。

 

 『フム、例えば君の父君はどうかな?最終的に世に苦悩し命を絶ってしまったがそれまで君に注いできた愛情は自身の部品に対するものだったか?私の見たところでは自身の家族として、娘として愛しているように見えたが?』

 

 「え…?」

 

 謎の声の言葉に織莉子はハッとした表情を浮かべた。

 確かに父は、自分を美国織莉子として見てくれた、心からの愛情を注いでくれた。

 最後には自分を置いて自殺してしまったけれども、それでも最後まで自分の事を気にかけてくれた事は覚えている。

 

 『そして、君の母君もまた、君の事を気にかけていたようだな』

 

 「え…?お、お母様が…?」

 

 織莉子は戸惑った表情で虚空を見上げる。

 織莉子の母は織莉子がまだ幼い頃に他界している。母との思い出自体織莉子はほとんど覚えておらず、その面影を偲ばせるのももはや写真しかない。

 だから織莉子は母の事を知らない、故に母が自分の事を気にかけていたと言われても全く実感がわかないのだ。

 

 『信じられないかね?ならば、君の母の記憶を、今から見せてあげよう。それを見て判断するといい』

 

 謎の声がそう言うと、再び辺りは光に包まれた。

 織莉子は放たれた光に、再び目を閉じて目が眩まない様にする。

 すると、瞼に覆われて何も見えなくなった織莉子の耳に、誰かの声がかすかに聞こえてきた。

 その声は、段々と大きくなっていき、次第に声が自分の名前を呼んでいるものであることが分かってきた。

 

 『織莉子…、織莉子…』

 

 その声は年齢は分からないものの確かに女性のようであった。織莉子は閉じていた瞳をゆっくりと、慎重に開いた。

 瞼を開いた織莉子の目の前の光景は、自身が居た屋敷からまた一変していた。

 そこは壁や天井が真っ白な、そして壁側にベッドが置かれている病室であった。

 ベッドには妙齢の女性が腕の中の赤ん坊をあやしながら微笑んでおり、その横ではスーツを着た男性が、女性と赤ん坊を優しげな眼差しで見つめていた。

 織莉子はその男性の顔を見て驚いた。なぜならその男性は、彼女が誰よりもよく知っている人物であったのだから…。

 

 「お父様…?それも随分とお若い…」

 

 そう、その男性は織莉子の記憶よりも若い容姿をしていたものの、確かに織莉子の父、久臣であった。

 

 「で、では、この人とこの赤ちゃんは……」

 

 私の母と、過去の私自身……?

 織莉子は呆然とした表情で、目の前の家族を、過去の自分自身と自分の両親を眺めていた。

 父と自身の若い頃どころか、記憶も曖昧な母の姿を見た織莉子は驚きのあまり声が出なかった。

 何故あの声の主が自分にこのような光景を見せるのか分からないが、織莉子はそんなことよりも、初めて目にした母の姿に、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分からず気持ちが混乱していた。

 

 『ふふ、安心して寝ていますね。本当に可愛らしいわ』

 

 赤ん坊の織莉子に頬擦りしながら、織莉子の母は嬉しそうに目を細めた。その表情は出産の疲労の為か少し疲れているように見えたが、我が子を産めた事が嬉しいのか、とても幸せそうだった。

 

 『ああ、将来は君に似て美人になるだろうな』

 

 ベッドの隣に立っていた久臣も赤ん坊の織莉子の頬を指で突きながら嬉しそうに笑う。そんな久臣に織莉子の母は思わず噴き出した。

 

 『あらあら、もう親馬鹿ですの?あなた』

 

 『親馬鹿じゃないよ、事実を言っただけだ。でも、感慨深くなるな。僕もこれで父親、か……』

 

 感慨深そうに呟きながら、久臣は妻から赤ん坊の織莉子を受け取り、両手で抱きよせる。

 赤ん坊の織莉子はどこかむず痒そうに動くものの、目を覚ます様子は無かった。それを見て久臣はますます笑みを深める。

 

 『よしよし織莉子、お父さんは頑張るからな。織莉子達が安心して暮らせるような街を、社会を、必ず創って見せるからな』

 

 久臣の表情は、どこまでも嬉しそうで、幸せそうであった。織莉子はその表情を覚えていた。

 まだ織莉子が幼い頃、父がまだそこまで議員としてキャリアを積んでいなかったあの頃、父はよく自分に自身の夢を語ってくれていた。そんな時には先程のような幸せそうな表情をしていた。

 やがて、父が議員としてキャリアを積み、世間に名が知れるようになっていくにつれ、その表情は見れなくなっていった。思えば、織莉子はその頃になると、あまり父とゆっくり話をした事が無かった。

 もっと父と色々と話していれば、父も自殺することなど無かったのだろうか…。織莉子は今更ながらそんな事を考えていた。

 

 『ん?おお!?お、お~よしよし織莉子織莉子、泣かないでくれ泣かないでくれ。ああ~!!こ、こら、蹴らないで、蹴らないでくれ頼むから!!』

 

 と、織莉子が考え事をしていると、突然泣き声と父の焦った声が病室に響き渡った。

 父の方を向くと、父の腕の中で赤ん坊の織莉子が泣きながら父の腕やら胸やらを蹴っ飛ばしており、久臣も焦った様子で織莉子を宥めていた。

 自分も子供の頃はあんな事があったのか、と織莉子は映像ながら感慨深く眺めていたが、それを笑いながら見ていた母が、見かねたのか赤ん坊の織莉子に向かって手を伸ばす。

 

 『あなた、織莉子を渡して下さい。私が宥めますから』

 

 『ん?あ、ああすまない…』

 

 久臣はすまなさそうな表情で幼い織莉子を妻に渡す。織莉子の母は渡された織莉子を優しく受け取ると、ゆっくりと、そして優しく織莉子を揺らし、宥める。

 

 『よしよし織莉子、良い子ね。怖くないわよ、怖くないから泣きやんで、ね』

 

 そして、母の言葉と優しさが伝わったのか、織莉子は段々と泣きやんでいき、やがてすやすやと眠り始めた。

 そんな織莉子を見て、久臣は苦笑いしながら頭を掻いた。

 

 『やれやれ参ったな、泣いているのを直ぐに泣きやませるなんて、母の力は偉大だよ』

 

 『あら、子供を育てるのは母親の役目ですもの。これくらい当然ですわ』

 

 違いない、と笑う久臣に笑みを向けると、再び母は、腕の中の織莉子に視線を向ける。

 

 『織莉子、私の宝物。ありがとう、産まれてきてくれてありがとう。

 

 貴女を産めて、お母さんは、とても幸せよ』

 

 その声が響いた瞬間、目の前の風景が消え去り、再び元の部屋に戻った。

 織莉子は、先程聞いた母の言葉に呆然となっていた。

 

 『産まれてきてくれてありがとう』『貴女を産めてとても幸せ』

 

 その言葉が、織莉子の心に、脳裏に残っていた。

 そして自分を抱き上げて嬉しそうに微笑む父の顔も…。

 

 その時織莉子の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

 だが、織莉子は全く気がついた様子は無く、涙を拭おうともしなかった。

 そして、再び部屋の中に声が響く。

 

 『分かっただろう?君は父と母から何よりも愛されていた。君の両親は、君の事を愛し、慈しんでいた。残念ながら君の母君は君が幼い頃に亡くなってしまわれたようだが、彼女の君への愛と想いは、君の心にしっかりと残されている』

 

 「お母様の、愛…?」

 

 『そうだ、そして父君からの愛もな。だからこそ今ここに君が、美国織莉子が存在するのだ。両親の愛が無ければ君はこの世に存在してはいまい。間違いなく、君は父君と母君から愛されていたよ。無論、部品としてではなく、な』

 

 声を聞いた織莉子は、ハッとした表情で虚空を見つめる。

 自分は愛されていた、父と母から多大な愛を受けていた。

 両親の愛があるから今の自分がある、両親の愛があるから自分は生きている。

 そんなこと、今まで全く気が付かなかった。気付こうともしなかった。

 心の中に高まる何かを感じて、織莉子はただ涙を流すしかなかった。

 

 『織莉子、君には誰よりも愛を注いでくれる両親は今はもういない。だが、君の身体の中には、君の父君と母君から受け継いだ血が流れている。そして、君の父君と母君は、間違いなく君の心の中に息づいているよ』

 

 「私の心に、お父様と、お母様が…」

 

 『そうでなければ、君の記憶の中に、父君と母君は出てこないよ』

 

 姿を見せない声の言葉を聞いて、織莉子は自分の心臓に両手を当てると、ゆっくりと目を閉じる。

 この身体に流れる血も、この身体も、自分の父と母から受け継いだもの。そして、自分の心の中に、父と母は生きている…。

 織莉子は、涙を拭うと、顔を上げる。その表情には、もう絶望は無かった。

 それを感じたのか、姿を見せない声は、再び口を開いた。

 

 『織莉子、君はこれからの人生で、かけがえのない友を得る事になるだろう。それは君とって、何よりの財産になるはずだ』

 

 「友……」

 

 『ああ、君が歩んでいけばいずれ会う事が出来るだろう。しかし、それも直ぐかもしれないし今少し遠い未来かもしれない。私個人としては、ここまで君の記憶を覗き見て君を放り出すのは気が引けるのでね』

 

 声の主の言葉が途切れると、次の瞬間、まるで太陽のように明るい黄金の光が部屋中に満ち溢れる。

 今度は織莉子は目を閉じなかった。いや、閉じる必要が無かった。

 その光は織莉子の目を眩ませることなく部屋中に満ち、その後一か所に収束される。

 やがて、黄金の光が消えた時、織莉子の目の前には、黄金の鎧を纏った一人の人物が立っていた。

 黄金の鎧を纏った人物は、織莉子に顔を向けて、口を開いた。

 

 「私でよければ、君が道を見つける手助けをしてあげよう。さあ、どうする?“織莉子”」

 

 黄金の男性は、神々しい黄金の輝きを放ちながら、織莉子に語りかける。その声は、間違いなく先程まで聞こえていた姿なき存在の声であった。

 織莉子は呆然と目の前の男性を見ていたが、やがて、決意に満ちた表情で、その男性を見る。

 

 「私は、今まで自分というものを知らず、生きてきました。ですから自分の生きる意味も、これからどう生きていくかも分かりません。

 ですから、どうか貴方の手で私を、導いてはくれないでしょうか?」

 

 「私は君とは初対面なのだが、いいのかねそう簡単に肯定して?」

 

 「貴方は私を美国織莉子個人として見てくれています。それで充分です」

 

 織莉子は憑き物が落ちたかのような笑顔で、黄金の男性に答える。その笑顔は、先程の映像の『美国久臣の部品』としての笑顔ではなく、『美国織莉子』個人の笑顔であった。

 その答えを聞いた黄金の男性は、フッと口元に笑みを浮かべた。

 

 「フッ、ならばどこまで出来るか分からないが、君の行く道を共に探すとしようか、美国織莉子」

 

 「はい、よろしくお願いしますわ」

 

 織莉子は輝くような笑みで、彼の言葉に答える。

 

 これが、美国織莉子ととある黄金聖闘士との邂逅。

 

 彼女の、そして彼女がであるもう一人の魔法少女の運命が変わった瞬間であった。

 




 今回は動物園から帰ってきた金牛一家と、織莉子と黄金聖闘士との邂逅の話です。
というか織莉子の話しの方が長いような気が…。
今回織莉子の話で出てきた黄金聖闘士ですが…、もう分かりますね、「あの人」です。現在絶賛外伝で活躍中の。
出ないと言っていましたが出てきます。ほかの黄金に知らせずに、ですが…。
織莉子の過去話ですが、彼女の父親が不正で自殺した事と、彼女がそのとばっちりを喰らった事ぐらいしか知らないため、母親のエピソードは完全に自分の創作で書きました。本当の設定ではどうだか分かりませんが…。
キリカとの出会いは次で書きたいと思います、が…、最近仕事が多忙になりまして週一で更新できるかどうか…。
とりあえず出来あがるように努力いたしますのでどうかお待ちくだされば私としても幸いです。
そして、ご意見、ご感想共にお待ちしております!

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