今回は本編から外れましてアルデバランと杏子とゆまの交流がテーマの話となります。
一応魔女との戦闘シーンも描かれていますが、はたして上手く描けていることやら…。
まあ色々と不安要素はありますものの、楽しんでいただければ幸いです。
「キョーコ!もう朝だよ!起きて!起きてってば!!」
「んむ~……いいじゃねえか……あと10分……」
「お~き~て~!えいやっ!」
「がっふぅ!?」
可愛らしい掛け声の後に、突然自身の腹部に襲いかかった衝撃に、杏子は悶絶する。
まるでボーリングの球が腹に落とされたかのような衝撃に吐きそうになるが、そのおかげで眠気は一気に吹っ飛んだ。杏子はベッドから跳ね起きると自分の腹の上に居る衝撃を起こした元凶を睨みつける。
「ゆ~ま~!!お前あたしを殺す気か!!寝てるあたしの腹にのしかかってくんじゃねえ!!」
「だって~、アルデバランのおじちゃんがキョーコが起きないときはこうやって起こせって言ったんだもーん!」
「あのおっちゃん!!余計な知恵吹き込みやがって!!」
ベッドの上で胸をはる少女、千歳ゆまの返事を聞いて杏子は頭を押さえて悪態をつく。
「そんなことよりはやく下に行こうよキョーコ!!もう朝ごはんだよー!!」
「あー、はいはい分かってらぁ分かってらぁ」
急かすゆまに杏子は面倒くさそうに返しながらベッドから起き上がり、着替える。
階段を下りて洗面所で顔を洗ってキッチンに入ると、既にテーブルの上には出来たての朝御飯が乗せられており、アルデバランとゆまは席に座って待っていた。
「おはよおっちゃん。さっさと飯にしようぜ」
「おはよう杏子。全くお前の寝坊癖はまだ治らんのか。これはしばらくゆまに起こしてもらったほうがよさそうだな?」
「なっ!?やめろっての!また寝てる時にボディプレス喰らう羽目になるじゃんか!!」
「嫌ならさっさと早起きする習慣を身につけろ!ゆまを見ろ!!お前よりずっと年下なのに俺に言われなくても早起きが出来ている!!少しはこの子を見習え!!」
「えへへ、おじちゃん、ゆまえらい?」
「偉い、偉いぞゆまは。そこのネボスケよりもずっと立派だ」
アルデバランに優しく頭を撫でられて、ゆまは嬉しそうに「えへへ」と笑った。それを見て杏子は悔しそうな表情で歯軋りをした。
「だ~!!もうさっさと食うぞ!!今日は動物園行くんだろうが!!いただきます!!」
杏子は若干キレ気味に食事の挨拶をすると、凄まじい速さでご飯をかき込みだした。アルデバランとゆまは呆れた表情で杏子を見ていた。
「おいおい俺とゆまはお前が起きるまで飯を食うのを待っていたというのに。我慢の出来ん奴だな」
「キョーコみっともなーい」
「う、うるへー!!はぐっはぐっ!!」
二人に茶化されて顔を真っ赤にして怒鳴りながらもご飯をかき込む杏子に、アルデバランとゆまは可笑しそうに笑い声を上げた。
杏子が千歳ゆまをこの家に連れてきてから、既に3日経っていた。
あれからゆまを連れてアルデバランの家に戻った杏子は、アルデバランにゆまも家に住まわせてくれるように頼んだ。その時には恥も外聞も投げ捨てて土下座までした。
アルデバランはしばらく黙って土下座する杏子と頭を下げるゆまを見ていたが、不意にゆまに向かって手を伸ばしてきた。
ゆまはおびえた表情でビクリと震える。まるで、今からアルデバランに暴力を振るわれると思っているかのように………。
杏子自身は、彼はこんな小さな子供に暴力を振るう性格ではない事は分かっている。しかし、万が一ゆまに手を上げた時には、せめて彼女を守って此処から逃げ出そうと指輪化したソウルジェムを握りしめる。
しかし、そんなゆまと杏子の心配は杞憂に終わった。
アルデバランはその大きな掌をゆまの頭に乗せると、優しくその髪の毛を撫でる。
ゆまは驚きながらもくすぐったそうに身を捩る。それを見てアルデバランは豪快に笑いながら二人に向かって言った。
「二人とも腹が減っているだろう?飯にするぞ!!」
こうして、ゆまは杏子と共にアルデバランの家に同居することになったのである。
最初の頃はアルデバランを怖がっていたゆまも、彼の優しさに触れているうちに今ではアルデバランを本当の父親のように慕っている。
一方、彼女をこの家に連れてきた杏子も、口では面倒くさそうに愚痴をこぼしながらもまるで妹が出来たようで、内心は嬉しいようだ。
もっともそれは、過去に妹を失ったトラウマもあるのだろうが………。
それはともかくとして今日、アルデバランは杏子とゆまを連れて動物園に向かう予定であった。
何しろ此処にいる娘二人は、今まで動物園になど行った事が無いらしい。もっとも二人とも家族に恵まれなかったため、無理もない。
ならせめて自分が連れて行ってやろうと昨日杏子とゆまに提案したのだ。
杏子はめんどくさがっていたものの、ゆまが行きたい行きたいとはしゃいだため、しぶしぶと言った感じで了承した。
(ああ見えてあいつは、他人を思いやれる優しさを持っているからな)
無邪気に騒ぐゆまを真っ赤な顔で怒鳴りつける杏子を見ながら、アルデバランは心の中で呟いた。
「わーい!ゆま動物園はじめてー!」
「おい、あんまはしゃいでどっかいくんじゃねえぞ!!」
「はっはっは!まああんまり口を酸っぱくするな杏子。せっかく楽しみにしていたんだ。今日位思う存分に楽しめばいい」
朝食の後、アルデバラン達は風見原から電車で約一時間ほど行った場所にある街の動物園にいた。
ゆまは生まれて初めて来た動物園に大はしゃぎをしており、杏子は若干めんどくさそうな表情を浮かべて文句を言い、アルデバランはそんな杏子を笑いながら窘めている。
「ねえねえおじちゃん!キョーコ!まずはゾウさん見にいこうよゾウさん!!」
「はっはっは!分かった分かった。行くぞ、杏子」
「ちぇっ、どうせなら牛か豚でも見にいきたかったぜ。ゾウなんて食えねえじゃんか」
ゆまに急かされたアルデバランと杏子は、まずはゾウが飼育されている檻に向かった。
動物園の目玉の一つである檻の周りには、既に多くの客が居て、二メートル以上の身長の持ち主であるアルデバラン以外は中々ゾウの姿を見ることが出来なかった。
「う~、おじちゃーん。ゾウさん見れないよ~・・・」
「諦めろよ、こんだけの人混みじゃ見れねえだろ。また帰りに見にくりゃいいだろうが」
「う~・・・」
杏子の言葉にゆまは悔しそうに唸る。そんなゆまを見ていたアルデバランは、突然地面にしゃがむとゆまの腰の高さまで首を下げる。
「乗れ、ゆま」
「え!?お、おじちゃん!?」
「乗れ、肩車をしてやる。遠慮するな」
アルデバランはゆまにそう言って笑みを見せる。その笑みを見たゆまは恐る恐るアルデバランの太い首を跨ぎ、大きな頭を抱え込む。
「よし!しっかり掴まれよ!」
アルデバランは両手でゆまの足を支えると、そのままゆっくりと立ち上がる。
アルデバランの巨体が立ち上がると、彼に肩車されているゆまは彼より背の低い人達の頭を見下ろす格好となり、ゆまはまるで周りの人々が自分よりも背が低くなったように感じていた。
「わあー!すごいすごーい!おじちゃんおじちゃん!もっとゾウさんの檻に近づいて!」
「よしよし、分かった分かった」
自分の肩の上で嬉しそうにはしゃぐゆまの言葉を聞いて、アルデバランは少しずつ人混みを掻き分けながらゾウの檻に近付いていく。
やがて檻の中のゾウの姿を見た時、ゆまは大きな声で歓声を上げた。
「わー!ゾウさんおっきー!ゆま初めてホンモノみたー!!」
「こらこら、あまり首の上で暴れるな。危ないぞ」
自分の首の間で喜びはしゃぐゆまを、アルデバランは笑いながら注意する。
一方人混みの外でそんな二人を眺めていた杏子は、彼らを見ているうちに、自身の過去の思い出を思い出していた。
まだ自分が幼かった頃、魔法少女と言うものも知らず、父と母と幸せに暮らしていた頃、自分もよく父に肩車をしてもらっていた。そして妹が産まれた頃には、よく妹が父に肩車されていた光景を母と一緒に微笑ましく眺めていたものだった。
今となってはもう戻ってこない日常…。自身が奇跡の代償として失った、ありふれた、でもかけがえのない家族…。
アルデバランとゆまの二人と過ごしていると、かつて自分が失った、あの日々を思い出す。
「っけ、らしくねえな」
杏子は感傷に浸る自分を苦々しく思ったのか、吐き捨てるようにそう呟いた。
「キョーコ!!キョーコも一緒にゾウさん見よー!」
と、ゆまがアルデバランに跨りながら自分を呼ぶ。
杏子は面倒くさいと言いたげに大きく溜息を吐いた。
もっとも溜息を吐きながらも一応ゆまの呼びかけに応じてアルデバランの近くに歩いていくのだが…。
「ねえねえキョーコ!すごいおっきいねゾウさん!」
「んー?ああデカいな。うん。本で見たよりもずっとデカい」
ゆまの言葉に杏子は気のない返事をする。
実を言うと杏子も生でゾウを見るのは初めてだったのだ。両親が生きていた頃は、動物園に行く余裕も無く、ゾウなどの動物は図鑑で見ることしか出来なかった。
とは言ってもつい最近までその日暮らしで食事とグリーフシード以外は基本的にどうでもいいと考えている杏子にとって、本物のゾウを見れた感動はそこまで大きくなかった。
そんな杏子の態度にゆまは不満そうな表情を浮かべる。
「ぶー!おじちゃーん!キョーコゆまをムシしたー!!」
「そう怒るなゆま。こいつは食うことしか興味が無い食いしんぼうだから仕方がない」
「なっ!?だ、だれが食いしんぼうだコラッ!!」
アルデバランの言葉に杏子は顔を真っ赤にして怒鳴る。それを見てアルデバランはニヤニヤと笑いながら返す。
「お前だお前。どうせゾウのような食えない動物よりも豚や牛のような食える動物のほうが見たいんだろうが。いっそのこと牧場にでも行ってみるか?」
「あははー!キョーコ食いしんぼー!」
「おーまーえーらー!!!」
杏子をからかう二人の言葉に杏子はまるで猛獣が吠えるかのように怒鳴り声を上げる。
そんな杏子にアルデバランとゆまはおかしそうに大笑いするのだった。
ゾウを見た後も、ゆまは初めて見る動物達にはしゃいだり、ポニーに乗って喜んだりと動物園を楽しんでいた。
杏子も最初はつまらなさそうではあったが、やはり初めて見る生の動物には興味を引かれるのか、段々と動物園を楽しむようになっていった。
アルデバランはそんな二人を微笑ましげに眺めていた。
「全く、お前達はまるで本物の姉妹のようだな」
アルデバランは二人並んでライオンを眺めている杏子とゆまを見てそう呟いた。
その言葉を聞いた杏子は、「はあ!?」と言いたげな表情でアルデバランに視線を向ける。一方ゆまはそんな杏子を不思議そうに見上げていた。
「何言ってんだよおっちゃん!!アタシとゆまが姉妹に見えるだ!?何処をどう見たらそう見えるってんだよ!!」
「ん?いや、どこからどう見ても姉妹にしか見えんだろ。それ位お前達は仲がいいからな」
「んあ!!??べ、別にアタシはコイツと仲良く、なんて…」
杏子の声は段々と小さくなっていき、語尾はゴニョゴニョと何を言っているのか聞き取れないくらいになっていた。
アルデバランはそんな杏子をニヤニヤと面白そうに眺めると、ふとゆまに視線を向ける。
「で、ゆま、お前はどう思う?杏子がもしお前の姉だったらどうだ?」
「ちょっ!?なに聞いてんだよおっちゃん!!」
「えっとね、ゆまはキョーコがお姉ちゃんだったらすごくうれしいよ?」
「ゆ、ゆま!?」
ゆまの無邪気な言葉に杏子は思わず素っ頓狂な声を上げる。一方のアルデバランはゆまの返事に大笑いした。
「ハッハッハッハッハ!!そうかそうか、杏子が姉なら嬉しいか!ゆまはそう言っているが杏子はどうだ?ゆまが妹なら嬉しいか?」
「んな!?べ、別に嬉しくなんか……」
杏子は顔を真っ赤にしてぼそぼそと呟くが、それを見ていたゆまが突然泣きそうな表情を浮かべた。
「え!?ちょ!?おい!!な、何泣きそうな顔してんだよオマエ!!」
「キョーコ…ゆまが…ゆまがいもうとだといやなの…?ゆまがいもうとだとめいわくなの…?」
今にも泣き出しそうなゆまに杏子は焦った表情でアルデバランを見る、……が、さっきまでアルデバランが立っていた場所には誰もいなかった。
「んなっ!?あのおっちゃんこんな時に何処行きやがった!?」
杏子は慌てて周囲を見渡すものの、あの大男はどこにも見当たらなかった。あんな巨体なら直ぐに目立ちそうなものなのだが、何処を見渡してもそれらしき人影は見当たらない。それ以前にあれだけ存在感があったのなら居なくなったら分かりそうなものなのだが…。
忍者かよあのおっちゃんは!と心の中で愚痴をこぼしながら杏子はアルデバランを探すが、そんなことをしているうちにとうとうゆまは涙を流して泣き出してしまった。
「ひっく…キョーコ、ゆま、ゆまじゃまものなの…?役立たずなの…?いもうとだとめいわくなの…?」
「あーもー!!んなこたねえ!!ゆまは邪魔じゃねえし役立たずでもねえ!!妹でも迷惑なんかじゃねえ!!」
「ホント…?」
杏子の怒鳴り声にゆまが涙目で杏子を見上げてくる。杏子は大きく溜息を吐くとゆまと同じ目線にしゃがみ、ゆまの髪の毛を乱暴に撫でる。
「本当だっての、だからほら、泣くのはやめろよ」
「…うん、グスッ」
杏子に宥められてゆまは一度鼻をすすると涙を拭いて杏子の顔を見る。
目は涙のせいで赤いものの、もう涙は出ておらず、表情も嬉しそうに笑顔を浮かべていた。そんな嬉しそうな表情のゆまに杏子も苦笑いを浮かべた。
「おお、どうやら泣きやんだようだな、ゆま」
と、突然頭上から大きな声が降ってきた。その声に聞き覚えのある杏子は表情を不満そうに顰めると顔を上に向ける。
杏子の視線の先には、杏子がゆまを泣きやませているときに何処かに行っていた巨漢、アルデバランが両手にソフトクリームを二つ持って立っていた。
「あ~!!おっちゃん!!一体どこ行ってやがったんだよ!!あたしにゆまのお守させやがって!!泣く子の世話する身にもなってみやがれ!!」
「まあまあいいではないか。元々はお前が原因なのだしお前が何とかするのが筋と言うものだろう?その代わりにほれ、ソフトクリームを買ってきてやった」
アルデバランはそう言って両手に持ったソフトクリームをゆまと杏子に差し出した。それを見たゆまは目を輝かせる。
「わー!おじちゃんありがとー!」
「んだよ、ソフトクリーム一つで機嫌とられるなんてあたしも随分と安くなったもんだな」
「何だ?いらんのなら俺が食ってしまうが?」
「……!!だ、誰が要らねえっつったんだよ!!誰が!!」
杏子は血相を変えてアルデバランの手からソフトクリームを奪い取ると急いで一番上からクリームを丸齧りする。冷えたソフトクリームの冷たさが口中に広がり、杏子は冷たそうに眼を閉じて顔を顰めた。
一方のゆまはアルデバランから貰ったソフトクリームを美味しそうに舌でなめていた。溶けたクリームで口をバニラでべとべとにしながら、ゆまは嬉しそうにアルデバランを見る。
「えへへ~、おじちゃーん、ソフトクリームありがと~♪」
「ははは、構わん構わん。美味いかゆま?」
「うん!ゆまソフトクリーム食べたの初めて~♪」
ゆまは幸せそうな笑顔でソフトクリームを舐める。アルデバランはそんなゆまを微笑ましくも、やりきれなさそうな表情で眺めていた。
この子は遊園地に来るのも、ソフトクリームを食べるのも初めてだと言った。
いや、それだけではなく、自分の家に住み始めてからというものの、食事のたび、部屋に居る時、何かを買ってやった時、常にこんなことは初めてだと言っていた。
その言葉に間違いは無いだろう。なぜなら彼女は、今の今まで自分がしてやっていること全てを経験したことが無いのだから。
この世界とは違う時間軸の世界では、千歳ゆまは母親から酷い虐待を受けていた。おそらく、この世界でもゆまは虐待を受けていたのだろう。
実際ゆまと一緒に風呂に入った杏子の言葉では、ゆまの体には痛々しい痣がついていたと言っていたし、彼女の額には、煙草によってつけられたらしい火傷の痕がついていた。
この子が邪魔、役立たず、迷惑等と思われるのを嫌っているのも別の時間軸と同じく、母親からそう罵られた事が起因しているのだろう。
本来は子供を慈しみ、愛するべき親が子供を虐げる…。
こんなことはあってはならないはずなのだ。だが、現実は…、
彼女の嬉しそうな笑顔を見るたびにアルデバランの心にはどこまでも歯痒い思いが満ちていく。
自分は彼女の親になってやることが出来ない。たとえ養子縁組を組もうとも、彼女の『本当の』親になってやる事は無理だ。
そして、この世界での戦いが終わったのなら、自分はゆまと杏子の前から去らなくてはならなくなる。
ならせめて、この世界に居るだけの間は彼女達に愛情を注いでやろう。たとえ真似事であったとしても彼女達の親になってやろう。アルデバランはそう誓ったのだ。
(しかし、死ぬ前もそうだったが子育てというのも楽ではないものだ)
アルデバランは心の中で苦笑した。
自分に懐いてくるゆまはともかくとしておいて、杏子はどこか素直じゃない所がある。一応自分を嫌っているわけではないようだが、たまにゆまの面倒をみているところを自分に見られたりすると必死で否定したりするなどどうも天邪鬼な態度が目立つ。
(まあ境遇からしてそうなってしまうのも無理は無いが…。もう少し素直になれんものかな…)
まだ他人のために何かをしてはいけないと思い込んでいるのか、それともこれが反抗期と言う奴なのか、とアルデバランは難しい表情を浮かべて考え込んでいた。
「ねーねーおじちゃん。次の動物さんみにいこーよ」
「んだよおっちゃん、難しそうな顔しやがって…。なんだからしくねえな」
と、ソフトクリームを食べ終わったのかゆまがアルデバランの服を両手で掴んできており、杏子は怪訝な表情でアルデバランを見ていた。どうやらアルデバランが考え事をしているうちに大分時間が経ってしまっていたらしい。
アルデバランはゆまと杏子に視線を向けるとニッと笑みを浮かべる。
「おお、すまんすまん。まあ少しばかり考え事をしていてな」
「考え事?おっちゃんも考え事することあんのかよ?」
「それはあるとも。例えば、もう少しお前の大食い癖がなんとかならんもんかな、とかな」
「なっ!?なんだよそれ!!ふざけてんのかよ!!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして怒る杏子に、アルデバランは面白そうに口元に笑みを浮かべた。
「ふざけてなどおらん。大体お前はいつもいつも食い物ばっかり食いおって、わずか3日で小遣いを使いはたすとは何を考えておるんだ。そのうち食い過ぎでぶくぶく太ってメタボになってしまうぞ?」
「なるか!!てか食った分のカロリーは魔女狩りで消費してんだよ!!だから太るわけねえだろうが!!」
「ふん、どうだか…」
「キョーコ、くいしんぼーもほどほどにしなきゃ、めっ、だよ!」
「ゆ~ま~!お前まで~!!」
アルデバランとゆまにからかわれて杏子は顔をさらに赤くしてうがー!!とライオンのように雄叫びを上げる。そんな杏子を見てもアルデバランとゆまは怖がるどころか大笑いしていた。そんな二人を杏子は肩をぶるぶる震わせて睨み付けていたが、やがて背を向けると一人でさっさと歩き始めた。
「ん?おいどこ行く気だお前」
「便所だ!!」
アルデバランの問い掛けに杏子は大声で怒鳴る。それを聞いてアルデバランは頭を掻きながら「少しからかい過ぎたか…」と反省していた。
「ねーねーおじちゃん、キョーコどこ行くの?」
「便所だそうだ。帰ってくるまで此処で待っているか?」
「うん!」
ゆまは元気良く頷くとベンチに座ったアルデバランの膝の上にちょこんと座り込む。その頭をアルデバランは大きな掌で優しく撫でてやるのだった。
杏子SIDE
「ったく!二人してあたしで遊びやがって!!あたしだって好き好んで大食いなわけじゃねえんだよ!!」
杏子は足音荒く若干キレ気味な様子で歩いていた。その表情はまさに怒り心頭といった感じであり、周りの人々も杏子の怒気に一歩引いている。
杏子はそんな周囲の目を気にせず、公衆トイレの前に到着すると壁に背中でもたれかかった。
「あー!ったく、あたしもあの二人の言うこと真に受けちまうからあの二人に遊ばれんのかな~。もうちっとクールになるべきかな~…」
杏子は壁にもたれながら溜息を吐いて青い空を眺める。
空には雲ひとつ浮いていない。正に快晴と呼ぶにふさわしい、嫌味なくらいにいい天気だ。
「あーあ…、全く、自分のためにしか動かないって決めたのに、おっちゃんの家に泊まってからというものの、どうも調子が狂うぜ…。やっぱし一人のほうがよかったかね…」
杏子は空を眺めながらぼやいた。
衣食住に不自由しなくなるからとアルデバランの家に寝泊りするようになったが、どうもあの大男に感化されたのか、独りぼっちになってしまったゆまの事が放っておけなくなり、結局アルデバランの家で一緒に住む事となってしまった。
ゆまを自分の妹と重ね合わせてしまったからなのか、それともゆまの境遇が自分と似ていたせいなのかは分からないが全く面倒なことを背負い込んでしまったと少しだけ公開したこともあった。
時々、そろそろアルデバランの家から出て行こうかとも考えたことがあったが、結局思いとどまる事となってしまった。やはり無料で宿と食事が手に入る魅力には逆らえないし、なによりアルデバランとゆまと一緒に住むのも悪くはないと感じているのだ。
まるで、新しい家族と過ごしているかのようで…。
そんな事を考えながらぼーっと空を眺めていた杏子は、突然何かに気がついたかのようにハッとした表情になると、ジロリと何もない空間を睨みつける。
「………!!こんな所でかよ、ちったあ空気読めよ、ったく!!」
杏子は舌打ちすると周囲を見回す。
周囲には今のところ人の気配は無く、魔法少女に変身しても問題は無いだろう。
そう判断した杏子は右手のソウルジェムを発動させ、魔法少女の姿になる。
杏子は片手の槍を一回転させると、先程睨みつけていた場所に向かって歩いていく。やがて杏子の目の前の空間が先程までとは一転する。
空には幾何学的な模様が浮かび、見た事がない醜悪な生物があちこちを飛び回っている。
そして目の前には、髑髏に似た巨大な頭部を持った化け物がこちらをじっと見ている。
ここは魔女の結界、そして目の前に居る化け物こそこの結界の主、魔女である。
魔女を見た杏子は首を左右に捻って鳴らし、手に持った槍を構える。
「こんな時に出てくんなよ…、って言いてえところだけど、今丁度むしゃくしゃしてたんだよ!ストレス発散のサンドバッグにしてやるぜ!!」
杏子は好戦的な笑みを浮かべると、目の前の魔女に向かって突撃した。
アルデバランSIDE
「む?」
「どうしたの?おじちゃん」
突然杏子が歩いていった方向に目を向けたアルデバランに、ゆまはきょとんとした表情を浮かべた。そんなゆまに向かって、アルデバランは少し困ったような表情を浮かべた。
「すまん、俺もトイレに行きたくなってきた。悪いが一緒に来てはくれないか?」
「え?うん!ゆまもトイレ行きたいからいっしょに行くね」
ゆまは元気よく頷くと、アルデバランの膝から飛び降りて先に歩いていく。アルデバランはその後ろから彼女の後をついていった。
2、3分ほど歩いていくと、公衆トイレの建物が見えてきた。その周囲には人は居ない。
アルデバランはそれを確認するとコクリと頷き、トイレの入り口の前でゆまの頭に手を置いて話しかける。
「いいかゆま、もしお前が先にトイレから出てきても、俺か杏子が出てくるまでこのトイレの入り口で待っていてくれないか?お前よりもトイレが長くなるかもしれないからな」
「おじちゃんのおトイレ、長いの?」
「ん、まあな。待っていてくれるか?」
「うん!分かった!ゆま待ってる!」
ゆまはアルデバランの言葉に元気よく答えると、そのままトイレの中に入っていった。
アルデバランはそれを確認すると溜息を吐いた。
「さて、と…。魔女の結界は……、あそこか」
アルデバランの視線が、とある一地点に向けられる。そこは常人ならば何もないように見えるかもしれないだろう。だが、アルデバランの鍛え上げられた五感は、その場所から放たれている禍々しい魔力を確かに感じていた。
そしてその魔力以外にも、微かに感じる別の魔力も。
「杏子が戦っているのか。あいつは確かにベテランだが…。妙な胸騒ぎがするな…。念のために加勢しに行くか」
アルデバランはそう呟くと目の前の魔力が放たれている空間に向かって歩いていった。
杏子SIDE
「うるああああああ!!!」
杏子の槍が魔女の髑髏のような頭部を突き刺す。魔女は傷口から緑色の血を噴き出し、不気味な悲鳴を上げる。既に魔女の全身は杏子の槍によって傷だらけであり、地面は魔女の血が滴り落ちている。
「ハッ!んだよ!案外楽勝じゃん!!これならさっさと片付けられんな!!」
杏子は余裕に満ちた笑みを浮かべて槍の柄を四つに分割し、鋭い穂先で頭蓋骨の目の部分を貫く。矢の穂先は目を貫いただけではとどまらず、そのまま後頭部まで飛び出した。
『■■■■■■!!!』
魔女は痛みに身を捩り、その拍子に傷口から体液が飛び散る。
と、その体液が降りかかった杏子の腕から突然煙が噴き出した。
「ぬおっ!?あちっ!あちちちち!!な、なんだこりゃあ!?」
杏子は急いで腕を服で拭い、体液を落とす。腕を見ると、体液のかかった所は火傷のように爛れていた。
よくよく見ると、今魔女を貫いているやりも柄から煙が噴き出して溶けている。どうやら、あの魔女の血液は強力な酸のようだ。
「へっ!油断大敵ってところかよ!そうでなきゃ面白くねえ!!」
不覚にも傷を負った杏子は、魔女を恐れるどころかより好戦的に笑みを見せる。溶けた槍から手を離すと、再び手の中に槍を作り出す。
そして、魔力を使い傷を癒すと、地面から無数の鎖を出現させ、魔女の体を二重三重に拘束する。
『■■■■■■!?』
突然自身を拘束した鎖に魔女は体を捩じらせてもがく。が、拘束はその程度ではビクともしない。
じたばたともがく魔女を見て、杏子は勝利を確信した笑みを浮かべる。
槍の穂先に魔力を通して巨大化させると、思いっきり槍を振りかぶる。
「とっとと、くたばりやがれ!!」
杏子は思いっきり槍を魔女目掛けて投擲する。
槍は一撃で魔女の顔面を貫通し、大量の血液や脳漿を撒き散らしながら、結界の地面に突き刺さった。
頭部を貫かれた魔女は、ゆっくりと地面に倒れこみ、そのまま動かなくなった。
「あーあ、やれやれ。ま、面倒な血が無けりゃ楽勝だったな、こいつ」
杏子は大きく伸びをすると、地面に落ちたグリーフシードを拾い上げる。と、杏子は違和感を感じて周囲を見回す。
「何だ…?普通魔女が死んだら結界解除されるはずなんだけどな…」
魔女が死んでもまだ展開されている結界に違和感を感じていたが、杏子はま、いいかと思考を打ち切って、そのままその場を立ち去ろうとした。
が、その時、
「油断するな杏子!!後ろだ!!」
突然結界全体に響くほどの怒鳴り声が杏子の耳に飛び込んできた。杏子はいきなり響いた大声に驚きながら、反射的に後ろを振り向いた。
「なっ!?」
後ろを向いた杏子は驚愕した。死んだはずの魔女の血液が、自分目掛けて飛んできたのだ。
「っ!!くそっ!!」
杏子は血液に当たらぬよう体を捻り、地面に体を投げ出した。血液は杏子が立っていた場所を通り過ぎ、地面に落ちた。
「ど、どうなってやがる!!こいつ、死んだはずじゃあ……」
動揺した表情で杏子は魔女の死体があった場所に視線を向ける。
魔女は死んでいなかった。髑髏のような顔は割れ、その中から顔のようなものがついた触手が飛び出している。
恐らくは髑髏の顔はフェイク、この触手こそが本体なのだろう。
「ほほう、本物の顔を隠して相手を油断させるとは、中々に策士な魔女だな、こいつは」
「!?お、おっちゃん!?何でこんな所に居るんだよ!?」
後ろから聞こえた声に振り向くと、そこに居たのは自分とゆまが世話になっている大男、アルデバランであった。アルデバランはさらに不気味な姿となった魔女に対して、余裕な表情を浮かべている。
「ちょ、お、おいおっちゃん!!そんなところに立ってんなよ!!危ねえだろうが!!っていうかなんでおっちゃんがこんな所に居るんだよ!?」
「ん、いやなに、嫌な予感がしたからついてきたのだ。心配しなくても俺はこんな奴程度には負けんよ」
「べ、別に心配なんて…」と恥かしそうに顔を赤らめて小声でブツブツ呟く杏子を無視し、アルデバランは目の前の醜悪な魔女をじっと見る。
魔女は触手についた顔でアルデバランと杏子をじっと睥睨する。アルデバランはそれに動ずる事無く魔女の視線を受け止める。
「杏子、お前は下がっていろ。こいつは俺が倒す」
「はあっ!?何言ってんだよおっちゃん!!確かにおっちゃんはあたしよりも強いけど、幾らなんでも無茶だろうが!!」
「心配するな。俺は負けん。大体俺が死んだらお前らの面倒を誰が見る?」
背後で「だーかーら!!心配なんかしてねえっつってんだろ!!」と怒鳴る杏子を再び無視し、アルデバランは再び魔女に視線を向ける。
「さて、お前と戦うのなら、俺も相応しい装いをしなくてはな」
そう呟くとアルデバランは、ゆっくりと目を閉じて、何かを念じる。
その瞬間、アルデバランと魔女の間に、黄金の光が放たれた。
「!?な、なんだよこの光は!?」
その閃光に杏子は目を覆った。だが、目を焼くような閃光は僅か一瞬でおさまり、杏子もゆっくりと瞼を開いて目の前を確認した。
アルデバランの前に、光り輝く何かが存在していた。
その輝きはまるで太陽のような黄金の輝きを放っており、全体的に暗い魔女の結界の内部を明るく照らしていた。その輝きに、魔女も若干なりとも怯んでいる様子だった。
やがて、光に目が慣れてきた杏子には、その輝く物体の輪郭が段々と見えてきた。それは…。
「う、牛……?」
それは牡牛の形をした黄金のオブジェであった。黄金に輝く金属には細やかな細工が施されており、芸術についてはよく分からない杏子であっても、そのオブジェはとても美しいと感じ、ここが魔女の結界の中だという事も忘れて見惚れていた。
そんな杏子にアルデバランはニッと笑みを浮かべると、そのオブジェに声をかけるかのように声を上げる。
「さあ、この世界での初陣と行こうか!!この身を覆え!牡牛座の聖衣よ!!」
アルデバランの声が響くと同時に、黄金のオブジェは突如バラバラに分解されていく。
「な!?何だ一体!?こ、今度は一体何が起こるっていうんだよ!?」
突然分解されたオブジェに杏子も流石に仰天していた。
分解されたオブジェのパーツは、形状を変形させてアルデバランの身体に装着されていき、瞬時にアルデバランの身体は、黄金に輝く鎧に覆われていた。
「な…あ…」
杏子は開いた口が塞がらないと言うべき表情でアルデバランを凝視していた。そんな杏子の視線を感じて、アルデバランは後ろを振りむき、苦笑いを浮かべた。
「どうやら驚いたようだな、まあ初めて見れば誰でも驚くか」
「な……、お、おっちゃん、そ、その、置物?いや鎧?一体……」
全くもって訳が分からないと言いたそうな表情の杏子に、アルデバランはどうしたものかと頭を掻く。とはいえ此処は魔女の結界、自分も今現在魔女と対峙している最中だ。よそ見していても負ける気は無いものの、杏子とゆまの事もあるため、さっさと片付けた方が良い。
「これは牡牛座の黄金聖衣と言う。そして俺は牡牛座の黄金聖闘士、アルデバランだ」
「タウラスのクロス…?タウラスのゴールドセイント…?なんだそりゃ?」
「詳しい説明は後だ。まずはこいつを倒すとするか!!」
杏子の質問を遮ると、黄金の鎧を纏ったアルデバランは腕を組んで目の前の魔女を見据える。魔女は目の前の敵目がけて、溶解液を次々と飛ばしてくる、が、アルデバランはそれをただ見ているのみで、防ごうとも避けようともしない。
「…!!おっちゃん!!危な……!!??」
思わず危ないと叫ぼうとした杏子の口が止まった。
飛んできた溶解液が、アルデバランに命中する前に一瞬で消し飛んでしまったのである。まるで何か壁にでもぶつかったかのようであったが、アルデバランは腕を組んだまま。杏子には何も分からなかった。
「さあどうした?お前の力はこの程度か」
腕を組んだまま、アルデバランは余裕の笑みを浮かべて魔女を眺める。それに激昂したのかは定かではないが、魔女は一際大きな叫び声を上げ、今度は弾幕と言っても良い量の溶解液を発射してきた。
掠りでもしたら皮膚も溶けるであろう強酸性の体液、それがもはや避ける隙間も無い量でアルデバランに襲いかかってくる。
もはや絶体絶命と言っても良い状況の中、アルデバランは…
「成程、これがお前の本気か」
余裕の笑みを崩さなかった。
その次の瞬間、溶解液の弾幕が先程と同じく消し飛んだ。
文字通りアリの這い出る隙間も無いほどの量の溶解液が一瞬で消え去ったのだ。
これには杏子だけでなく魔女も動きを停止した。
アルデバランは腕を組んだまま、ゆっくりと体を揺らす。
「さて、これ以上此処に居る気も無い。お前には悪いが早々に片付けさせて貰おうか」
その言葉と同時に、杏子の身体が何故か重くなったような感覚が襲ってきた。
(!?な、何だ!?)
杏子は思わず膝をつき、息を荒げながらアルデバランを見る。アルデバランは全く動いていない。腕を組んだまま動かない。だが、その雰囲気が変わっていた。
まるで、鞘から真剣を抜いたかのような、目の前の相手を本気で葬ろうとするかのような殺気、それが今のアルデバランから放たれていた。
魔女は、それを感じ取ったのか、今までとは比較にならない量の溶解液を発射する。
魔女は怯えていた。目の前の存在に。
何が何でも目の前の存在を滅ぼさなければ、自分が滅ぼされることが分かったのだ。
腕を組み、目を伏せていたアルデバランは、瞬時に目をカッと見開く。
「せめて痛みすら感じずに逝け!!グレートホーン!!」
瞬間、黄金の野牛の咆哮と共に、凄まじい衝撃が結界を振動させた。
衝撃波は結界内部の空間を引き裂き、周囲に群がる使い魔を飲み込み、溶解液を吹き飛ばし、遂には魔女をも飲み込んだ。
魔女は、悲鳴すらも上げることなく、衝撃波が駆け抜けた瞬間、その姿を消していた。
肉片一つどころか、血痕すらも残ってはいない。
ただ、地面に落ちたグリーフシードこそが、今度こそ魔女が消滅したという証だった
アルデバランは組んでいた腕を解くと、地面に落ちているグリーフシードを拾い上げ、杏子に投げ渡す。
「そら、受け取れ。それはお前のものだ」
「うおおっ!?」
投げられたグリーフシードを杏子は慌ててキャッチする。よくよく見ると最初に手に入れたグリーフシードは砕けていた。油断させるために偽のグリーフシードを使うとは、本当に抜け目のない魔女である。
そして、魔女の死によって、結界が解かれ、元の世界へと戻り始めた。
「さて、杏子。お前もさっさと元の服に戻れ。相当浮いているぞその服装は」
「なっ!?そ、それを言うならおっちゃんのその金ぴか鎧もどうなんだよ!!目立つなんてもんじゃねーぞそれ!!」
杏子の突っ込みにアルデバランは顔を顰めた。
「金ぴか鎧と言うな!!これにはちゃんと牡牛座の黄金聖衣という名前があるのだ!!心配しなくても直ぐにどうにかなる」
アルデバランが良い終わると同時に鎧は再び分解され、牡牛の形のオブジェの姿になる。そして、黄金の光に包まれると、一瞬で目の前から消え去った。
「え?あ、あれ?あの鎧は?」
「ああ、あれなら俺の家に送っておいた。流石にあんなものを持ち歩いて動物園を歩くわけにもいくまい。…と、もう元に戻っているな。早くいかないとゆまが待ちくたびれて何処かに行ってしまうぞ?」
アルデバランに声をかけられた杏子が周囲を見回すと、いつの間にか結界は完全に消え去って自分達は元の動物園に戻っていた。
「さて、さっさと行くぞ杏子?」
「ってちょっと待てよ!!何だよあの鎧!!何だよあの魔女吹っ飛ばしたの!!ちゃんとあたしに説明しろよ!!」
「家に帰ったら話してやる。ほら、ゆまが待ちかねてこっちに走ってきてるぞ」
アルデバランの指差した先を見ると、こちらに向かって走ってくるゆまの姿があった。
…が、途中で足がつっかえたのか転んでしまった。
「……あ~!!ったく世話が焼ける!!」
杏子は取りあえずアルデバランへの尋問は後回しに転んで泣いているゆまの方に走り寄った。
結局その日は、泣きやんだゆまと一緒に残った動物を見て回り、丸一日消費する事となったのだった。
お楽しみいただけたでしょうか?少々ほのぼのとした雰囲気で描いてみました。
・・・というか本編がほのぼのシーンが欠片しかありませんから、いや、実はもっとあったかもしれませんけど鬱展開につぶされて紛れてしまったような感じがありますので。
若干杏子がツンデレ気味?になっていますが、どうか御容赦のほどを。