中々話がまとまらず、さらに仕事やら何やらで忙しく、まだ投稿できるような状態ではありませんので…。
読者の皆様には色々とご迷惑をおかけいたします。
今回は理想郷のものから少し改変をくわえてあります。
いずれ理想郷でも改変する予定ですが…。
美国織莉子の人生は、最初は恵まれていた。
母は幼い頃に亡くなってしまったものの、立派な政治家である父の愛情を一身に受け、織莉子は何不自由なく育った。
名門校に入学し、友人にも恵まれ、先生からも信頼厚く、まるで世界が自分を中心に回っているかのようで、これから先の未来も、きっと幸せな事があると、織莉子はそう信じていた。
だけど、そんな毎日は突然終わりを告げた。
父に経費改ざん等の不正、汚職の疑惑が持ち上がり、それを苦にして父は首を括って自殺してしまった。織莉子にとって、まさに青天の霹靂とも言うべき悲劇であった。
それからはまるでどん底に落ちていくかのように、彼女の日常も激変した。
不正議員の娘と呼ばれ、罵声を浴びせられ、罵られる毎日。今までの日常は、あっという間に崩れ去っていった。
織莉子はその時に思い知った。
今まで誰一人として、『自分』を見てくれた者はいないということを。
周りの人間にとって、自分は『美国議員の娘』という、父の一部に過ぎない存在だったということを。
それを知った時、彼女は悩み、苦しみ、絶望した。
自分は一体何なの?自分は何のために生きているの?父の部品なら、自分に生きている意味があるの?彼女は何度も自問自答を繰り返した。
そんな時、彼女はキュゥべえと名乗る一匹の動物のようなモノに出会った。
キュゥべえは言った、「ボクと契約して魔法少女になってくれれば、何でも願いを叶えてあげる」と。
織莉子は願った。「自分の生きる意味を知りたい」と。そして、彼女は魔法少女となり、未来を予知する力を得た。
その瞬間、彼女の脳裏に浮かんだのは、焼け野原となった見滝原と、瓦礫の山に君臨する「誰にも倒せない強大な存在」。
彼女は確信した、「あれ」の誕生を阻止することが自分の生きる意味だと、この見滝原を護る事が自分に課された使命であると。
その決意を固め、織莉子は行動を起こそうとした。
その時だった、「あの方」にであったのは・・・。
マミSIDE
突然転校してきた少女、美国織莉子にクラス中は騒然としていた。
クラスの生徒は男子女子問わず、HRが終わるや否や織莉子の席に集まり、次々と質問攻めにしていた。
容姿端麗で物腰も柔らか、まるで良家のお譲さまのような雰囲気を漂わせた彼女に、クラス中の生徒が興味深々であったのだ。
織莉子はそんな質問攻めに対して、優雅な佇まいを乱すことなく丁寧に応じ、あるいは受け流していた。
ちなみにマミも転校生と話をしてみたいとは思ったものの、さすがにこれ以上質問をするのは悪いと思って質問攻めには加わらず、のんびりと次の授業の準備と予習をしていた。
(別に、質問は今日でなくてもいいしね)
マミは教科書を読みながらそんなことを考えていた。
と、マミの耳に何かが走ってくる音が聞こえてきた。しかも、何やら叫び声も聞こえてくる。
さらに、その足音と叫び声は、段々と大きくなってきており、この教室に近づいてきているのが分かる。
生憎自分以外の生徒は織莉子への質問に夢中で気が付いていないようであるが・・・。
(・・・一体何かしら?まさか魔女・・・?)
マミは一瞬そう身構えた、が・・・、
バッターン!!!「おぉぉぉぉぉぉぉりぃぃぃぃぃぃぃこぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
扉を開け放たれる音と共に現れたのは、同じ見滝原中学の制服を纏った、黒髪をショートヘアーにした一人の少女であった。
走ってきたのだろうか、大きく息を吐きながら、肩を上下に動かしている。
突然現れた少女に、教室にいた生徒は全員唖然としていた。マミもぽかんと口を開けてそのまま動けないでいた。
「あら、キリカ。そう言えば貴女はこの学校の生徒だったわね?」
否、ただ一人美国織莉子だけは少女に向かってにこやかに笑みを返していた。
どうやら織莉子は彼女の事を知っているようである。
「おりこ~、何で別のクラスなの~?折角神様から貰ったお守り身につけて学校来たのにうう~~・・・。こんな理不尽な事が起こるだなんてやっぱり運命は非情だ~!!神様に文句言ってやる~!!」
キリカと呼ばれた少女は猛スピードで織莉子の席に接近すると、織莉子の目の前に何かのお守りを突きだしながらものすごい勢いで泣き始めた。
その様子はまるで自分の肉親、若しくは親友が死んだかのようであり、クラス中は彼女を見てドン引きしていた。
織莉子はキリカを宥めながら、キリカの持っているお守りを手にとってよく見てみる。
「あら・・・?ねえキリカ、このお守りなんだけど・・・」
織莉子がキリカに言葉をかけた瞬間、今まで泣いていたキリカがパッと泣きやんで輝くような笑顔を織莉子に向けていた。
気のせいかマミには、キリカのお尻から犬の尻尾が見えているような気がした。それも猛烈に左右に振られている気が・・・。
そんなキリカに苦笑しながら、織莉子はキリカが持っていたお守りを、キリカの目の前に差し出す。
「・・・これ、合格祈願のお守りなんだけど・・・」
「!?う、嘘!?」
織莉子の言葉にキリカはギョッとした表情で織莉子からお守りをひったくると、よくよく確認する。すると、段々と顔が恐怖と絶望と悲しみに歪んでいく。
「うわああああああああ!!!か、神様のお守りを忘れちゃったあああああ!!!うわああああんこれは天罰神罰仏罰なんだあああああ!!!ごめんなさい神様許して神様!!何でもしますからもう一度クラス替えしなおしてえええええ!!!」
キリカは再び泣きわめきながら天井を見上げてお祈りみたいなことを始めた。
そして再び織莉子がキリカを宥め初め、授業時間が開始した時にようやくキリカは帰っていき、織莉子はクラスメート全員に謝罪する羽目になってしまった。
(・・・不憫ね・・・)
マミは何とも哀れな視線を織莉子に向けるしかなかった。
そして時間はあっという間に過ぎて、昼休みになった。
「織莉子さーん、私と一緒にお弁当食べません?」「いえいえどうせなら私と一緒に・・・」
織莉子はクラス中の女子から昼食に誘われていた。
転校生、それも美人なうえに人当たりも良く、授業もこなせるという完璧さから彼女はあっという間にクラスの人気者となっていた。
私もあやかりたいわ、とマミは心の中で呟きながら、自分のカバンの中からお弁当を取り出す。確かまどかとさやかは屋上に居るはずだから、折角だから屋上で一緒に食べようと考えて、弁当を持って席から立ち上がった。
「すみませんけど、既に御食事を一緒にする方を決めていますので・・・」
と、織莉子は優雅に、それでいてすまなさそうに周りに集まったクラスメート達の誘いを断った。
恐らくあのキリカと言う子だろう、とマミは予想した。あの子はどうやら織莉子とはかなり親しい友人らしい。多分転校前から付き合いがあったのだろう。
ならば彼女と昼食を一緒に食べる約束をしていても何の不思議もない。
そう考えたマミはさっさと教室から出ようとした、と、その時・・・、
「巴マミさん、でしたね?よろしければ昼食を御一緒して頂けませんか?」
「え・・・?」
突然背後からかけられた声にマミは弾かれたように振り向いた。
織莉子はびっくりした様子のマミが面白いのかニコニコと笑っていた。
マミは息を吐いて気持ちを落ち着かせると、織莉子に質問した。
「えっと、何で私なんですか?まだ貴女と話をしたことも無いのに・・・」
「どうしても貴女の事が気になったんですよ。色々聞きたいこともありますから、一緒に食事でもしながら、と思いまして。それとも、私なんかでは御迷惑でしたか?」
と、突然織莉子は哀しげな表情になる。
今にも泣き出しそうな表情の織莉子に、マミは急いで首を振って否定する。
「い、いえ!?そんなことは無いですけど!」
「なら決まりですね。さ、行きましょうか」
と、先程の表情から一転、にこやかな笑顔でマミより先に教室から出た。
そんな織莉子を、マミは呆然とした表情で見ていたが、やがて自分が嵌められた事に気が付いて、大きく溜息を吐いた。
「・・・ま、いいか」
マミは弁当の入った袋を右手に持ち、織莉子の後に着いて教室から出て行った。
織莉子が昼食を食べる場所に指定したのは、何故か屋上であった。
確かにマミは最初此処で食べようと考えていたのだが、織莉子も同じことを考えていたのは少々意外だった。
もっとも、マミ達が着いた時には屋上には既に先客が居た。
「あ、織莉子~!!ようやく来たね~?待ちくたびれちゃったよ~!!」
「うふふ、ごめんねキリカ。巴マミさんも一緒なんだけど、良いかしら?」
屋上に着いた時、柵に寄りかかるように座っている女子生徒、呉キリカの姿があった。
キリカは織莉子を見ると主人を見つけた犬のように驚くべき速さで駆け寄ってきた。
織莉子はそんなキリカをにこやかに見ながら、頭を撫でた。そして、マミも同伴させても構わないかをキリカに聞く。
キリカは織莉子の隣に居るマミに一度視線を向けると、直ぐに織莉子に向き直ってコクリと頷いた。
「んー、OK、OK。ばっちオッケーだよ織莉子~!でもどうせなら織莉子と二人っきりがよかったな~」
「まあまあ、たまには他の人と一緒に食べるのも良いじゃない?さあ巴さん、昼食にしましょうか?」
「え、あ、はい・・・」
結局二人の勢いに乗せられるまま、マミは一緒に食事することとなった。
マミの昼食は朝早くに自分で作った弁当である。見た目は女の子らしくカラフルで美味しそうな出来である。もっとも今の今まで一人で食べていた関係上、見た目とかもう気にしなくていいんじゃないかと自分自身考えていた。
「あら、美味しそうですね巴さん。もしかして自分で作られたんですか?」
「え、ええ、まあ・・・」
「素晴らしいですね。私も自分のお弁当は自分で作っているんですけど、ここまで美味しそうには出来ません」
「お、織莉子!君が望むのなら私が君の弁当を・・・」
「キリカ、貴女料理できたかしら?貴女のお弁当も私が作ったような気がするけど?」
織莉子の言葉にキリカは完全に凍りついた。そんな織莉子の弁当も、マミに勝るとも劣らない出来であった。先程の言葉は彼女の謙遜であろう。
「美国さんも十分おいしそうですよ?」
「あら、ありがとうございます」
マミの賛辞に織莉子はにこやかな笑みを返した。
その後の昼食では、マミは織莉子と会話を弾ませながら昼食を楽しんだ。
キリカは織莉子の言葉がショックだったのか体育座りで落ち込んでいたものの、織莉子が一緒に弁当を食べようと誘った瞬間、直ぐに笑顔に戻って弁当にぱくついていた。
「美国さん、呉さんと仲がいいんですね」
織莉子に差し出された鶏の照り焼きにかぶりつくキリカを見ながら、マミはそう呟いた。
織莉子は嬉しそうに弁当を食べるキリカを見ながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「そうですね、此処に転校してくるずっと前からの付き合いですから。見滝原に転校すると言った時には、キリカ徹夜ではしゃいでたわね」
「だってだって!!織莉子と同じ学校で過ごせるなんて!!私にとって最高の喜びだよ!!」
弁当をがつがつ食べながら、キリカは目を輝かせて織莉子にすり寄ってくる。
織莉子はそんなキリカを嫌がる様子も無く「はいはいがっつかないがっつかない」と、彼女を宥めていた。
マミにはそんな彼女達が、まるで実の姉妹のように見えた。
「クスッ、呉さんは美国さんが大好きなんですね」
マミは何気なくそう呟いた、が、その瞬間、ビクリとキリカが目を見開いてマミを見る。
織莉子は「あら」と驚いた表情でキリカを見る。
マミは突然自分に意識を向けたキリカに、少しドキリとした。
「え?えと、呉さん、どうかしましたか?」
「す、好きとか、そんな言葉で愛の尺度は測れない・・・!!」
と、キリカはものすごいスピードでマミの目の前に接近する。突然自分の目の前に顔を近づけてきたキリカに、マミは「え?え?」と焦りまくる。
キリカはそんなマミに向かって捲し立て始めた。
「いい!?キミは本当の愛と言うものを知っているかい!?
本当の愛とは、好きとかそんな物では測れないもの、永久にして永遠なるもの、無限にして有限なるものなんだよ!?好きとか愛してるとかそんな言葉で表わされる愛は本当の愛じゃなくて偽物だ!!私と織莉子の愛をそんな無粋な言葉で表現しないでくれキミ!!私と織莉子の愛は、神様によって導かれ、前世から定められ、未来永劫続いていく不変不滅のものなのだから!!」
「え、えっと・・・、つ、つまり貴女は美国さんが大事ってことなのね・・・?」
「大事という言葉で愛は測れない!!真の愛とは・・・」
「はいはい落ち着いてキリカ。貴女が私を想ってくれているのは彼女にも十分伝わっているから」
織莉子はマミに喰ってかかるキリカをやんわりと宥める。キリカは不満そうな表情であったが、文句を言うことなく黙って食事に戻った。
織莉子はそんなキリカに苦笑いを浮かべると、視線をマミに戻した。
「ごめんなさい、キリカは本当は良い子なんですけど・・・」
「い、いえ、大丈夫です。気にしていませんから」
本当はものすごくビビっていた事を口に出さず、マミはあはははは、と苦笑いを浮かべた。
デジェルSIDE
「さて、恭介はどうしていることか…」
その日、水瓶座の黄金聖闘士、デジェルは右手に果物の入った紙袋を持って恭介の病室に向かって歩いていた。
今日も彼の見舞いをかねて彼の状態の確認である。
「彼の腕の怪我はさすがに私でも治せない。精々日常生活を送れるようにするのが関の山、か…」
デジェルは歩きながらブツブツと呟く。
最高位の聖闘士である黄金聖闘士の一角である彼ならば、小宇宙を利用して他者の傷を治すことも可能である。
だが、あまりにも重い怪我、病、そして何より心や精神の病までは治すことは出来ない。
よしんば治せても、ある程度の障害は残ってしまう。
恭介の腕の怪我は、相当深い。
自分の力では、到底完全には治せないだろう。
(アスミタが居れば違うんだが・・・。無いものねだりをしても仕方がないか)
デジェルは内心溜息を吐いた。黄金聖闘士屈指の小宇宙の持ち主であるアスミタならば彼の治療も可能かもしれないが、現在彼はこの世界に居ない。呼んだとしてもいつ来るかは分からず、その間にさやかが契約する可能性も高い。
(たとえ契約してしまっても、恭介がさやかの想いに気付いてやれば、まだ何とかなるかもしれないのだが・・・・)
彼がさやかの愛に気付き、それに応えてやってくれれば、まだ彼女にも救いはある。ソウルジェムについてはマニゴルドかセージ、ハクレイに何とかしてもらえばいい。
そんな考え事をしながら歩いているうちに、いつの間にか恭介の入院している病室の前に到着していた。
デジェルがドアをノックしようとした時、ドアの向こう側から、何やら叫ぶ声が聞こえた。
何事かと手を止めた瞬間、ドアが思いっきり開かれる。
「あ・・・・」「君は・・・・」
目の前に居たのは、恭介の幼馴染である美樹さやかであった。恭介のお見舞いに来ていたのだろう。
だが、その表情は酷く悲しげであり、今までの陽気さが感じられなかった。
さやかはしばらく呆然とデジェルを見ていたが、直ぐにデジェルを押しのけると廊下を駆け出す。
「!?さやか君!待ちたま・・・」
デジェルの言葉に耳を貸さず、さやかはデジェルの前から走り去っていった。
デジェルはしばらくさやかの走り去った方角を見ていたものの、何時までもそうしているわけにもいかないため、開け放たれたドアから病室に入る。
病室に入ったデジェルの目に飛び込んできたのは、血が飛び散った布団と砕けた音楽プレイヤー、そして左手から血を流しながら、俯いて泣いている上条恭介であった。
「・・・!!恭介君!!」
デジェルは急いで恭介のベッドに駆け寄った。恭介はデジェルに気が付いた様子も無く涙を流していた。
「・・・僕は、ぁアアッ!!」
「落ち着くんだ恭介君!!」
「・・・!!デ、ジェルさん・・・?」
デジェルが肩を掴んで怒鳴りつけると、はっとした表情で恭介は泣きやんだ。
デジェルは恭介が泣きやんだことを確認すると、肩から手を放して近くにあった椅子に腰を下ろした。
「一体何があった?彼女と、さやか君と何かあったのか?よければ、話して貰えないか・・・?」
「・・・・・」
デジェルは、恭介の目を見ながら彼に問いかける。恐らくは彼がさやかに八つ当たりをしたのだろうが、一応彼に何があったか聞いておく必要がある。
恭介は、しばらく沈黙をしていたが、やがて口を開いて話し始めた。
恭介SIDE
その日、恭介は窓の外を見ながら音楽プレーヤーで音楽を聴いていた。
しかし、今の彼の耳には全く音楽は入ってきていない。
ただぼーっと外の風景を眺め続けるだけだった。
今日、担当の医師から宣告を受けた。
もう腕は治らない、今の医学ではどうすることも出来ない、と・・・。
その宣告を受け、恭介は呆然となった。地の底に叩き落とされた気分になった。
いや、自分自身そんな予感はあった。もう、自分の腕は動くことはないんじゃないかという予感が・・・。
どれだけリハビリをやっても、投薬をしても感覚すら戻らない左腕、そしてリハビリ前の担当医の言葉、「リハビリをやっても、もう腕が動く可能性はないだろう」という言葉から、予想は出来ていたのだ。
ただ、認めたくなかった。自分の腕が動かない、もうバイオリンを弾くことが出来ないという現実を・・・。
リハビリをすれば、音楽を聴いていれば、腕は治ると思い込みたかっただけだった。
でも、今日の宣告で、もう目は覚めた。覚まさざるを得なかった・・・。
もう、自分の腕は動かないということを。もう諦めるしかないということを・・・。
そう自覚した時、彼はもう、何もかもがどうでもよくなってきた。
バイオリンも、音楽も、そして自信が生きる事さえも、もはやどうでもいい・・・。
恭介はまるで死んだ魚のような目で、窓の外をボーっと見続ける。
「恭介~!!元気にしてるか~?さやかちゃんが来てやったぞ~!!」
と、ドアの開く音と共に、さやかの元気いっぱいの声が耳に入ってきた。
恭介はさやかの方に目を向けると、音楽プレーヤーを止めて、イヤホンを外した。
さやかは恭介の表情を見て元気がなさそうだと感じたのか、手提げ袋から恭介が気に入るであろうクラシックのCDを取りだす。
「今日も恭介が大好きな曲持ってきたからさ!良かったら聴いてね。っていうか恭介さっきまでなに聞いてたの?」
「・・・『亜麻色の髪の乙女』」
「ああドビュッシーのね!素敵な曲だよね~!!
あはは、あたしってこういう性格だからさ、クラシックとか柄じゃないだろって思われててさぁ、たまーに曲名とか当てたりするとびっくりされるんだよねー。意外過ぎて尊敬されちゃう、みたいな。それもこれも恭介が教えてくれるお陰だよね~。じゃなきゃあたし、クラシックに興味なんて持ってないもんね」
恭介は、さやかの話を聞いているうちに、段々と黒い感情が溢れてくるのを感じた。
何でこんなに明るい表情で音楽の話をしてくるんだ・・・。
何で僕がもう弾くことの出来ない曲のCDを持ってくるんだ・・・。
何で!何で!何で!何で!何で!
「・・・さやかは、僕をいじめているのかい?」
「・・・え?」
恭介の静かな、しかしはっきりとした声に、さやかは言葉を止める。
恭介の目には、いつの間にか涙が溢れていた。
「何で、何でまだ僕に音楽を聴かせるんだ・・・?僕に対する嫌がらせのつもりかい・・・?」
「そ、それは、恭介が喜ぶと思ったから・・・」
「もう聴きたくないんだよ!!自分で弾けもしない曲なんか!!」
恭介は喉が張り裂けんばかりに叫んで左手を思いっきりCDレコーダーに叩きつける。
レコーダーは壊れ、その破片が左手に突き刺さる。が、恭介は痛みを感じる様子は無く、左手を何度も何度もCDレコーダーに叩きつける。
「見てよ!こんなことをしても全然痛くないんだよ!感覚なんてない、壊れているんだよこの手は!!」
「もう止めて!!止めてよ恭介!!」
さやかは左手を傷つけっづける恭介を必死で取り押さえる。さやかに止められて、ようやく恭介は自傷行為を止める。
だが、その表情は涙でぬれ、絶望に塗れていた。そして、どこまでも暗い瞳でさやかを見る。
「さやか、もう、もう見舞いには来ないでよ。もう僕の腕は治らない。さやかに励まされても辛いだけなんだ・・・!だから・・・!!」
「諦めないで!!諦めなければきっと治るよ!!」
さやかは目に涙を浮かべ、必死に自分を励ましてくる。
だけど、今の恭介には、その励ましすらも苦痛だった。
恭介は、自嘲するかのような笑みを浮かべて、首を左右に振る。
「無理だよ、さやか。
今日、先生に諦めろって言われたのさ。もう腕は動かないって。
今の医療では治らない、たとえ世界一の、それこそ神の手とも呼ばれる医師の力でも演奏出来るまでには治せないってさ。
どうあがいたって現実は非情だよ。
もう、奇跡か魔法でもない限り、無理だよ」
「・・・あるよ」
恭介は、突然聞こえたさやかの声に少し驚いた表情でさやかを見る。
さやかの表情は、涙を流しながらも、何かを決意したかのような表情を浮かべていた。
「奇跡も、魔法も、あるんだよ・・・!」
デジェルSIDE
恭介の告白を聞き終えたデジェルは、黙って恭介を見下ろしていた。
恭介は俯いて肩を震わせていた。右手を思い切り握りしめ、左手は力なく手を開いたまま・・・。
そんな恭介をしばらく見ていたデジェルは、突然口を開いた。
「・・・恭介君、歯を、食い縛れ」
「え・・・?」
恭介が呆けた表情でデジェルを見上げてきた。
その恭介の顔をデジェルは平手で、
張り倒した。
「ッあぐっ!!」
頬に走る痛みと衝撃に恭介はうめき声を上げる。
まるで顔に野球の硬球が叩きつけられたかのようで、口の中を切ったのか、口の中に鉄の味が広がる。
「恭介君、君は、さやか君に何をしたか分かっているのか・・・?」
頭上から聞こえてくるデジェルの声に、恭介は張り倒された頬を押さえながら顔を上げる。
そして、デジェルの顔を見た瞬間恭介の表情は凍りついた。
いつものデジェルは、常々恭介に対して暖かい笑顔を見せており、その表情には彼に対する思いやりが感じられていた。
それが今では一転してまるで氷の彫像のように冷たい表情、そして刃のように鋭い視線を恭介に向けていた。その雰囲気は冷たく、まるで冷凍庫の中に放り込まれたかのような冷気が恭介の身体に纏わりついていた。
彼は怒っているのだ、他ならぬ恭介に対して。
沈黙して自身を見ている恭介に対して、デジェルは言葉を続ける。
「さやか君は、幼いころからずっと君の事を支えてくれた子だ。君の事を大切に思っていたし、君の腕が治る事を、誰よりも願っていた。そんな彼女が、嫌がらせでCDを君に渡すわけがないだろう?ただ君に喜んでほしい、君によくなって欲しいと願って君にCDをプレゼントしていたんだ!それなのに彼女に向かって八つ当たりするなど、君は何様のつもりだ!?」
「・・・!!」
デジェルの怒号に、恭介は沈黙した。
確かにさやかは、幼いころからずっと自分の側にいてくれた。
自分が事故で動けなくなった時も一番心配してくれ、自分がCDを貰って喜んだ時には、彼女も我がことのように喜んでくれた。
彼女は、ただ自分に良くなって欲しい、喜んでほしいと思ってCDを送ってくれたのだ。
それを自分は、ただ感情に任せて八つ当たりして・・・。
俯いた恭介に対して、デジェルはさらに口を開く。
「そもそも君は、左手はもう動かないと宣告されて人生が終わったと考えているようだが、はっきり言わせてもらうがその考えはただの甘えだ!
この世界には、そして歴史上には、耳が聞こえなくても、目が見えなくても、ピアノを弾き、バイオリンを奏で、名曲を作り、そして演奏して名を残した音楽家が多く存在する。
彼らは自身の抱えたハンデを前にして挫けたか?もう駄目だと諦めたか?そうじゃないだろう?どんなハンデを背負っても、その困難も乗り越え、たとえどん底に落とされても這い上がって、人一倍の努力と研鑽を重ねた結果、彼らは多くの人々を感動させ、心を震わせる音楽を生み出し、演奏することが出来たんじゃないのか?」
デジェルの叱責に、恭介は俯く。
確かに、世界中には自分と同じ、いや、それ以上のハンデを背負った人達も存在する。その中には、自分のように腕が動かなくなった人もいるだろう。
でもその人達の中には、障害に、自身の背負ったハンデにめげることも、諦めることも無く、自身の夢を実現した人達もいる。その中には恭介と同じ音楽家の人達もいるだろう。
「・・・でも、僕は、彼らみたいに強くありません。デジェルさんの言う人たちとは違って、どこまでも普通で、情けないただの人間なんです・・・!そして、幼馴染に八つ当たりして、傷つけてしまう最低の人間なんです・・・!!」
恭介は悔しげに、そして無念そうに言葉を吐きだす。やはり先程さやかに八つ当たりしてしまったことを少なからず後悔しているようだ。
そんな恭介を見て、デジェルは表情を少し和らげる。
「確かに、君一人なら難しいだろうな。君一人の力には限界がある。
だが大丈夫だ、君は一人じゃない」
「え・・・?」
呆然とした表情を浮かべる恭介に、デジェルは苦笑を浮かべた。
「君は、自分はたった一人で怪我の治療をしていた、とでも思っていたのかい?それは違うよ恭介。
君の担当の医師も、君の面倒を見てくれる看護士の方々も、君を治そうと必死になっている。まあそれが仕事なんだろうが・・・。
君の父君と母君も、誰よりも君の事を心配しているはずだ。この病院に入院する費用も、リハビリに要する費用も、君の御両親が負担されているんだ。それもこれも、君に良くなって貰いたいという願い、ただそれだけだ。
そして、さやか君も君の両親と同じくらい、いや、それ以上に君の事を心配し、君の傷が完治する事を願っている。いつも明るくふるまっているが、影ではいつも悩んでいる。何故自分の腕が動くのか、何故恭介の腕なのか、とね」
「さやかが、そんなことを・・・・・・」
デジェルの言葉に、恭介は目からうろこが落ちる思いだった。
自分の怪我の治療が、そんなに多くの人たちに支えられていた事に、今まで全然気が付かなかった、気付こうともしなかった。
思えば担当医の先生も自分の身体が動くようになるために、色々な治療やリハビリを勧めてくれた。看護婦の人達も、自分の悩みや相談に親身になって付き合ってくれた。
両親も、仕事が忙しい中、毎日欠かさず見舞いに来てくれた。常々自分の事を気にかけてくれたことを思い出す。
そしてさやか。デジェルの言うとおり彼女はいつも自分の側にいてくれて、自分を気にかけてくれた。
昔からそうだった、さやかはいつも他人の事ばかり気にかけて、自分の事には余りにも無頓着だった。だからなのか、自分は彼女に頼りきりになってしまっていた。
それがいつしか当たり前になり、自分自身、彼女に甘えてしまっていたのかもしれない。
だからあんな風に八つ当たりをしてしまい、彼女を悲しませてしまった。彼女は自分の事を誰よりも心配してくれていたのに・・・。自分を不安にさせないために、自分の前では明るい表情を見せてくれて・・・。
「そうですね・・・、僕、ようやく気が付きました・・・。僕は、一人ぼっちなんかじゃなかったんですね。たくさんの人が、僕の傷を治してくれようと必死になってくれている。先生も、看護婦の人達も、父さんも、母さんも、そして、さやかも。
そんなにたくさんの人達が頑張ってくれているのに、僕が諦めたら駄目ですよね」
「ふふ、そうだな。どうだい?少しは頑張れそうかな?」
「はい、何だかやる気が出てきました。でも、左腕はもう治らないって・・・」
恭介は少し不安そうに瞳を揺らして動かない左手をじっと見る。そんな自信なさげな恭介に、デジェルはクスリと笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、生きていればきっと可能性がある。最悪腕にバイオリンを縛り付けて弾けばいいさ」
デジェルはそう言ってニヤリと笑う。そのデジェルの言葉に、ようやく恭介は笑みを浮かべる。
「僕、さやかに謝ろうと思います。許してくれるか分からないけど、それでも、謝りたい・・・。そして、お礼も言いたいです。いつもありがとうって」
「そうだな、それがいい。君にとっても、彼女にとっても、な・・・」
そう言ってデジェルは、ポケットをまさぐると、何かを取りだして彼の右手に握らせた。
恭介の掌に乗っているそれは、一見すると透き通った水晶のような小さな石であり、首にぶら下げるためなのか、紐が付けられている。
「せめてものお守り代わりにこれを渡しておくよ。完治祈願程度にはなるだろう」
「えっと、いいんですか・・・?僕なんかに・・・」
恭介の恐る恐ると言った声音に、デジェルはいつも恭介に向ける暖かな笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、どうせ私が持っていても単なるアクセサリーにしかならないからね。君とさやか君、二人の未来に幸あれと願って、な」
恭介は、最初デジェルの言ったことに何が何だか分からないと言いたげな表情をしていたが、やがてその意味を理解すると、顔が赤く染まっていった。
そんな恭介をみて、デジェルは悪戯が成功した子供のようにククっと笑った。
「ふっ、君達の姿はまるで夫婦のようだったな。いや、中々お似合いだった」
「かっ、からかわないでください!!恥ずかしいです!!」
「そう照れることも無いだろうに、それとも君は、彼女では何か不満でもあるのか?」
「そ、そんな事はありません!む、むしろ僕には勿体ない位です!!」
恭介は顔を真っ赤にして焦りながらデジェルに弁解する。そんな恭介の様子に、デジェルはクックックと面白そうに笑っていた。
「フッ、なら足がよくなったらデートにでも誘ってみてはどうかな?彼女は意外と君に惚れている、かもしれないぞ?」
「えええええ!?で、デート!?そ、それに惚れているって…」
「でなければ君をあんなに甲斐甲斐しくCDを送ってこないよ。それに、君も何か思い当たる節があるんじゃないか?」
「……///」
デジェルの言葉に恭介は俯いて考え込む。
確かにさやかはいつも自分に対して甲斐甲斐しく面倒を見てくれている。
ただの幼馴染だと言ってしまえばそれまでだけど…。
そういえば、以前デジェルに夫婦みたいだとからかわれて自分がそれを全力で否定したら、彼女は少し寂しそうな表情を浮かべてたな…。
あれってもしかして…、でももしそうなら自分はどうすればいいんだろう…。
自分は、彼女の事をどう思っているんだろう…。
俯いて真剣な表情で考え込む恭介に、デジェルはニコリと笑みを浮かべる。
「まあ若いうちは好きなだけ悩むといい。悩むのは若い頃の特権だ。
さやか君との関係を今一度見つめなおしてみるのも良いと思うよ」
「え?あ!デジェルさん!?」
慌てて呼び止める恭介の声を背に、デジェルはそのまま病室を去っていった。
去っていく彼の後姿を見ながら、恭介は胸の中に芽生えた未知の感情に、頭を困惑させていた。
今回は織莉子とキリカペアとマミの邂逅、そしてデジェルの恭介への説教となりました。
デジェルは後輩のカミュと同じく結構熱いところがあるので、恭介に喝を入れるには最適だと思いまして…。
ちなみにこの作品ではさやかは恭介とくっつける予定です。アニメどころかありとあらゆるスピンオフでも実現できなかったのでせめてここで実現させようと思いまして…。え?PSP板?あれも結局最後は茶番になりましたし…。