そこには誰も住んでいないと聞く。
では、本当にそうだろうか?
砂利道を踏みしめながら、慎重に歩む。
利き手に小刀、左に提灯。
ちょっぴりへっぴり腰で、それでもゆっくりと、探りながら歩いて行く。
周りは暗く、頼りになるのは提灯と月光のみぞ。
周りに立ち並ぶ家屋からは明かりなど以っての外、物音ひとつ聴こえなかった。
不気味で、もう今すぐ帰っちまいたいところだが、そういうわけにも行かない。俺にもプライドってもんがある。
野郎と呑んでいた勢いで、肝試しがてらここに来なきゃいけなくなっちまったのさ。
この村は、通称『妖怪村』。
数ヶ月前突如として人里からすぐ近くの所に現れ、以来気絶した奴がよく人里に運ばれている。
それでも人の好奇心は止まず、俺みてぇな輩が行っているそうな。
砂利、砂利と踏んではまた進む。だが、何も起こらない。
「なんだ、デマかよ」
呆気なく村の奥まで辿り着いた俺は、そのまま帰ることにした。
帰ろうとした。が、どこからともなく女性の悲鳴が、こだまして聞こえた。
───きゃあああああ。
何事だ、と思って音の源を振り向こうとしたが、如何せんこだました音だから方向が掴めなかった。
しばらく周囲を警戒するが、矢張り何も起こらなかったため、今度こそ人里への帰路につく。
生憎、この村での怪我人や、まして死者などただの一人も出ていないのだ。しいていえば驚いてすっ転んで擦り傷をつくったやつくらいだが。
とりあえず、悲鳴の女性を放置して置いても問題は無いだろう、という算段だ。
無視無視。とっとと帰っちまおう。
むしと言えば、ここらへんは妙に虫が多い気がする。先ほどから自分の周りを蚊がぶんぶんと飛び回ってて五月蝿い。
人里には、そこまで発生していなかったはずだが──。
瞬間、提灯が消える。
「!?」
提灯どころか、月明かりも見えなくなり、完全に闇の中だ。
見えなくとも村の出口の方向が分かっている。驚いた俺は、急いでその方向に向かう。駆ける。
だが、10メートルぐらい走ったあたりだろうか。突如として、提灯に火が灯り、地面が月光に照らされる。
不思議に思った俺は立ち止まってそのまま振り返る。
そこにあったのは、黒く混沌とした霧、いや闇であった。
未知の闇に包まれていたことを知った俺は、恐怖のあまりまたも走り出す。
寒気がする、あんなおぞましい物に囲まれてたかと思うと。
ぶるるっと身震いが起こり、鳥肌がたつ。
走りながら思う。なんだこれは、と。
いくら恐怖に怯えたからといって、未知のものに晒されたからといって、体の体温が下がるのはおかしい。
周りの異変に気が付いたのは、皮肉にもその異変により頭が冷やされたからであった。
外気が、どんどん下がっているのだ。建物の影などに霜ができている。
体温を上昇させるためにも、急いで村の出口へ、走る。走る。
するとどうだろう。どこからともなく女性の麗しい歌声が聞こえてくる。
最高だ、と口の中で皮肉る。
もうとっくにパニックに陥っても良いはずなのに、恐怖しながらも思考はいたって冷静だった。
最高に恐れを煽る効果ではないか。
女性の美声を聞きながらも、駆ける。
しかし、なぜか目の前の視界が狭まってゆく。
眠たいわけではない。現に俺の目はパッチリと見開かれている。
さらに精神を追い詰められながらも、必死に出口を目指す。
おかしい。先程から同じ所を何度も通ってるような気がするのだ。
それに、走り続けてこんなにかかるはずがない。
そんな、正体不明の恐さからも逃げようとしていた。
早くここから出してくれ。妖怪なんてもうこりごりだ。
ループしていると知りながらも、成す術の無い俺は走り続けるしかない。
そんな時であった。
数十メートル先に傘を持った少女がしゃがんでいるのが見えた。
もしかしたら、俺と同じように肝試しに来たはいいものの、怖くて動けなくなったのかもしれない。
そんな事を考えて、一緒に逃げよう、と話しかけようと近づいた時であった。
彼女は突如振り向き、元気いっぱいに叫ぶ。
「驚けーーー!!」
あ、かわいい。
小傘ちゃんはもうしばらく、お腹の空いた生活をしなければいけないようです。
仲間は満足しちゃってますけどね。