なんか、この頃、本編より番外編が思い付くんですよね。本編も着々と執筆しているので、気長にお待ちください。
そして今回のお話はブラック・ブレッドです。いやぁ、なんと助けがいのある世界なんでしょうかねぇ(ゲス顔
ここはなにもない世界。上も下も、右も左もない虚無の世界。そんな世界に一人の青年が居た。彼は目蓋を閉じて、神経を集中させた。思い浮かべるのは、自分の師匠である老人との戦闘。一発一発が必殺となり得る老人の攻撃の全てを、紙一重で躱し続け、偶に反撃とばかりに陰陽一対の夫婦剣を振り下ろす。しかし、容易くいなされて、懐に潜り込まれ、腹部に掌底が襲う。
だが、直撃する直前───周りの
「…………卑怯過ぎるよ爺さん」
空間消滅を容易く行う老人に、彼は苦笑する。今のは想像内の戦闘だ。所謂、シャドウボクシングのようなもの。しかし、侮るなかれ。彼の想像内の戦闘は、相手の力を完璧に理解して行われる、体を動かさない実戦と同じだ。そんな脳内戦闘を、今日は自分の師匠を相手にして行っていた。だが、相変わらずの理不尽な力に笑う事しか出来ない。
つい最近、やっと
「………あぁ、少しやり過ぎたかもな」
なにもない世界に、幾つもの亀裂が発生していた。これは青年が脳内戦闘の時に老人と戦う為、放出された魔力の波動により発生した現象。余りにも強大で、荒々しい魔力の奔流に、世界が耐え切れなかった故に起きた。はぁ、と彼はため息を吐いて、崩壊を始める虚無の世界に、虹色に輝く雫の文様を瞳に浮かばせて、右手を開いた状態で頭上に上げる。
次の瞬間。手を握った。するとパキンッと、全てが止まった。世界の崩壊が停まり、空間の流れが停まり、時間さえも停まる。その中で唯一、動く事が出来るのは青年一人だけ。彼は停まった時間の中を動き、腕を振るった。途端、まるで逆再生をするかのように、みるみる内に世界が元通りに戻って行き、元の世界に直った。
「ふぅ、これで安心だろ」
誰かが見れば、眼を見開いて驚く出来事。だが、彼にとってみれば、簡単な芸当だ。なんの事はない。ただただ崩壊しかけていた世界を、自身の魔力で時間ごと固定させて、無理やり『根源』に触れて、時間を巻き戻す術を見付け、それを行ったに過ぎない。ただの力技である。まぁ、力技だけで『根源』に至る事を、他の魔術師が知れば涙眼を浮かばせるかも知れないが。
そんな事など青年には如何でも良い事だ。何故なら彼は、魔術師ではなく魔術使いなのだから。この力は人を救う為の手段でしかない。すると、青年の耳に、自分だけしか聞こえない声が響いた。
────助けてっ‼︎
「………来たか。待ってろよ、今行くから」
悲痛な声を上げる幼い子供の声に、彼は呟いた。そして次の瞬間。青年の姿は、虚無の世界から忽然と消えた。今から向かう世界は、人間を怪物化させる寄生生物が存在する世界だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十年前。『ガストレア戦争』と呼ばれるものが行われ、人類はガストレアウィルスに敗北して、荒廃した国土の一角に追いやられた。モノリスと言われるガストレアが嫌う金属で作られた巨大な石板で、人々が住まう東京エリアを囲う事によって、なんとか生活が出来ていた。前述の『ガストレア戦争』により、日本は分断され、東京、大阪、札幌、仙台、博多で暮らす事を余儀無くされた上に、政治制度が廃止になり各エリアの統治者による『統治制』に変わる程だ。
そんな辛い時代を迎えた人類は、新たな人類を生み出した。「呪われた子供たち」。ガストレアウィルス抑制因子を持ち、ウィルスの宿主となった子供の総称。超人的な治癒力と運動能力などの様々な恩恵を受ける。瞳の色が赤くなるのが特徴で、「呪われた子供たち」の全員が女性である。
彼女達の殆どというより、全てが孤児であり、『ガストレア戦争』を体験した世代は、酷い差別を行っていた。そう、東京エリアの一角にある廃墟。ここでも、その差別が行われていた。
「この化け物がっ‼︎」
「………うッ⁉︎」
数人の男達が、一人の少女を囲っていた。すると、男の一人が憎しみの火を瞳に灯して、力強く少女の頭を蹴り飛ばす。呻き声を上げて転がる少女。頭から血が滴りおちるが、少女は気にしない。すぐに治るのだから。体を起こして、時折光る赤い眼で男達を睨み付ける少女だ。そんな視線が気に入らないのか、彼等は寄ってたかって、踏ん付け、蹴り飛ばし、暴力を振るい続ける。
それでも少女は手を出さない。ただ睨み返すのみである。知っているからだ。ここで、手を出してしまえば、自分達が危機に陥ってしまう事が。
「チッ‼︎ なんで聖天子様は、こんな化け物を庇うんだ。さっさと、皆殺しにすれば良いだろ」
「あぁ、全くだ。こんはガキが存在するのも汚らわしい」
「何時、俺達、人類を裏切るかも分からないしな。ガストレアに味方するに決まってる‼︎」
頭上から降り掛かる、心ない罵詈雑言の言葉。自分達の存在を否定する叫び。少女は自身の手を強く握り締めた。もう言われ慣れた言葉だ。しかし、何度言われても心に突き刺さる。まだ十歳にもなっていないのだ。そんな幼い少女に、未だに侮蔑の視線と言葉を言い放つ大人達。
好きでこういう風に生まれた訳ではない。好きでこんな力を持った訳ではない。なのに、なんでこんな事を言われなければならないのか。血が出る程まで手を握り、目尻に涙を溜めて必死に耐える。これを耐えさえすれば、同じ思いを持つ仲間達の元に戻れるのだから。だが、そんな少女の気持ちなど知らずに、一人の男が言った。
「そうだ。俺達が駆除してやろうぜ」
「────え?」
少女は顔を上げた。すると、そこには何時の間にか鉄パイプを持った男が、ニヤニヤと笑っている。他の男達は止める素振りすら見せない。寧ろ、早くやっちまえという風に、眼で訴えている。
「………あ、ぁ………ぁ………」
ジワリと涙が流れる。自分は生きる事すら許されないのか。余りにも少女達にとって、この世界は残酷だ。周りを見ても、自分を助けてくれる人など存在しない。怖い。人間が如何しようもなく恐ろしい。鉄パイプを片手に、男がゆっくりと近付く。あれで叩かれたら、流石の少女も無事ではすまない。
「じゃ、死ねよ化け物」
そして冷徹に告げられ、鉄パイプを振り下ろされた。ゴギリィッッッ‼︎ と少女の脳天に直撃して、血が頭から噴き出す。体が倒れ、血だまりを作った。それに歪んだ笑みを見せる男達がなんと狂気な事か。朦朧とする意識の中、少女は思っていた。なんで、自分はこんな目にあっているのだろう。なにもしていなかった。悪い事など一切、していなかったのに。
もうじき、自分は死ぬのだと、まだ幼い少女は自覚する。寒い。如何しようもなく体が冷える。これが“死”なのか。それを理解すると、少女は一気に死ぬのが怖くなった。
「────し………死、に……た………く、ない………」
「あ? なんだこいつ、まだ生きてたのかよ」
腕を持ち上げて呟くと、それに気付いた男が、本当にトドメをさす為に鉄パイプを振り上げた。あれが振り下ろされたら、本当に自分は死ぬ。少女はなんとか口に出そうとする。死にたくはない、と。ここで終わりたくはないと。しかし、無情に鉄パイプは振り下ろされた。迫る鉄パイプに、少女はこの残酷な世界で、あり得ないと分かっていても、助けを求める言葉を呟いた。
────誰か、助けて。
それは少女が初めて口にした言葉。心の中では何度も思っていたが、口にする事がなかった一言。それが少女の、いや、「呪われた子供たち」と呼ばれる少女達の
「だ、誰だテメェッ⁉︎」
すると、鉄パイプを振り下ろした男の叫びが耳に響いた。その事に迫っていた鉄パイプが来ない事に少女が訝しみ、目の前を見た。そこに見知らぬ青年が立っていた。彼は、少女を守るように立ち、鉄パイプを左手で受け止めている。
「だ、誰…………?」
少女もいきなり現れた青年に、呆然と呟く事しか出来ない。すると、青年は握っている鉄パイプを、軽く左手で半ばから折った。バキッと音を鳴らして短くなる鉄パイプに、男が眼を見開いた。そんな男など眼中もないというように、視線を外して少女の方にへと向ける。ビクッと怯える少女に、彼は優しく頭を撫でた。暖かな気持ちが込み上がってきた。と、同時に少女は自分の体に違和感を覚えた。まるで、なにかを
自分の手を見てみる。何故だか分からないが、普通の
「もう大丈夫だ。俺が君を助ける」
助ける。全く知らない赤の他人なのに、青年にそう言われて少女は何故だか安心してしまった。この人は自分を助けてくれるのだと。この人は嘘を付かないのだと。そういう風に、納得してしまうなにかがあった。そして青年は、少女を背にして男達に向き直る。
「………お前等、こんな幼い子を痛め付けて恥ずかしくないのか?」
自分に向けるその背中が余りにも大きく見えた。自分の為に怒る青年に、少女は嬉しさが込み上げる。そう、少女はこの時、この場所で『正義の味方』に出会ったのだ。
これは『正義の救済者』衛宮士郎が、「呪われた子供たち」を助け、全てのガストレアと戦う出来事の前の話。
─────ここに新たな英雄譚が生まれる。
この番外編、続くかも知れません。
それと士郎君の宝具である我が救済は永遠のルビ募集ですが、決まりました。
一番、多かったものの中から選んだ結果。我が救済は永遠(エミヤシロウ)になりました‼︎
他のルビを考えて下さった皆さんには、申し訳なく思っております。では、また次回お会いしましょう‼︎