翌日、シロウは古城のマンションの出入り口の前に来ていた。
あんな風に宿題を手伝うと言った手前、途中から投げ出すなどということは自分の美学に反するということもあるが、それ以上に、あれからあの少女、雪菜のことはどうなったのか?ということが気になったということもある。
そうして、現在、出入り口の前にて待機しているのだが…どうやら、後者の疑問はすぐに解けそうである。
「おはよう。今朝はいい天気だな。姫柊雪菜。」
「おはようございます。シェロ先輩。はい、とてもいい天気ですね。」
「まあ、もっとも、ここは常夏の島だから年中こんな天気なんだがね。」
そんなことを言いながら、シェロは姫柊の隣へとやってくる。
「それで?一体何でこんなところにいるんだ?」
「はい。実はそろそろ引っ越しの荷物が届きそうなので、ここでその荷物を待ってるんです。」
「…なるほど。」
この、なるほど、は彼女の言葉に納得したという意味合いも含まれているが、実はもう一つの意味も含まれている。それは…
「ふぁーあ、これでようやく追試も終わりかー。まあ、夏休みも今日で終わりだが…」
憂鬱な雰囲気でマンションから出てくる古城を見かけて、どうするか迷ったものだが、とりあえず、このまま待ってみることにした。
すると、よほど怠いと思っていたのだろう。古城の方はこちらには全く気付かずに出入り口をまっすぐに進み、空を見上げる。
「のくせに、まだ暑いなー?」
「そうですね。」
「だろー、ってええええ!?」
こちらの存在にようやく気付いた古城は驚愕の声と共に、こちらへと視線を向ける。
「姫柊!それにシェロまで!まさか、今までずっとここに!?」
「はい。かん…」
「わー、わー!!」
古城はいきなり大声を上げてその先を遮った。
(…何というか、ここまで来るといっそ哀れにすらなってくるな)
シェロの方はそう考えながらも、そのあたりを言及しないように当たり障りのないことを言おうと考えた。
「それにしても、さっきの話聞かせてもらったが…今日また、追試があるのか?」
「え?あ、ああ。そうだけど…あれ?もしかして言ってなかったか?」
「言ってないな。全く、何にも。」
「す、すまん。今日で追試終わりなんだけど。どうか、見捨てないでオレの宿題見てくれ!」
頭を下げ、両手を拝むように突き上げてくる古城を見たシェロは、ため息を吐きながらも仕方がないと腕を組みながら、
「まあ、今から家に帰るのもバカらしい、とりあえず、家に上がって待たせてもらうが、いいか?」
と言うと、ホッとした調子で古城は胸を撫で下ろした。
「あ、ああ、それなら全然。シェロだったら凪沙も嫌がらねーだろうし。むしろ、色々と助かるレベルだから。」
前に家で待たせてしまった時、古城たちが自宅へと戻ると、部屋の中は今まで以上に機能的になり、なおかつ、こちらのプライバシーを侵害しないレベルで部屋が見違えていたので、驚いたものである。
そんなことを考えていると、トラックがこちらへと近づいてきた。
何事かと古城の方は思い、そちらを振り向くとそのトラックへと駆け寄って行く雪菜の姿が目に映る。
「ありがとうございます。405号室にお願いします。」
「って、ちょっと待てー!!」
大声を上げる古城とは、対照的にシェロの方はやっぱりなという表情でそれを見ていた。
(確か古城たちの部屋は404号室だった。だとすると、思いっきり隣だな。……やれやれ、矢瀬に対してああは言ったものの、これでは本当に不安要素になりかねんな。)
シェロはそんなことを考えながら、二人が言い合ってる様子を見ていた。
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夕方になり、古城たちはようやく帰ってきた。一緒に帰ってきた凪沙から聞くに、これから同じクラスで家が近くの雪菜へ歓迎会をしようとのことだった。
そういうことならと、シェロは料理の方をわずかに手伝いつつ、時々、古城の方を確認して勉強が進んでいるかどうか確認することにした。
そんな時、シェロが料理の準備をしながら耳を澄ませてあちらの話を聞いてみると、第四真祖の力についての話をしていた。
「実をいうとさ、第四真祖なんていうこのふざけた体質を押し付けられた時も俺は思ったんだ。この力を使えば、きっと今世界が抱えてる幾つかの問題を解決できる。って、凶悪な犯罪者をぶっ殺したり、汚職政治家を消したり…それぐらいのことはさ。」
「先輩!それは!?」
悲鳴に近い姫柊の声が自分の耳に響く。そう。それはかなりまずい思考回路である。まるで昔の自分のような…
(いや、今も大して変わらんか。)
「分かってる。それじゃ、ダメなんだ。オレみたいなヤツが勝手に考えて世界を動かしていいはずがない。」
それに対して、ホッとしているのだろう。姫柊はわずかに息を吐く。
「…それに、それだけのことをしたら、もう絶対に止まれないだろうしな。
ピクッと作業を止めるシェロ。
「先輩も知ってるんですか?あの物語を?」
「ああ、ってか日本人であの絵本の内容知らないヤツいないだろう?」
「ええ、そうですね。私は小説の方も読ませてもらったのですが…あれ程、酷い最期を迎えている英雄は歴史上、類を見ないと言われています。」
「だよな。人のために頑張ってたっていうのに、あまりにもその英雄が強すぎたから、殺したっていうのが大まかなあらすじだろう?人間が勝手な存在だって、つくづく思い知らされるもんだよな…」
「…すまない。凪沙。一旦ここを空けていいだろうか?」
「え?あ、うん。いいよ!ありがとね!シェロくん!」
「オレ、ガキの頃から思ってたんだけどさ、実際、死ぬ前にはあの英雄さんって何を思ってたのかな?えっと、たしか名前は…」
「衛宮士郎、です。先輩。」
「そうそう、その衛宮さん?」
「どうでしょう?私個人としての意見は多分人に対してものすごく怒ってるんじゃないでしょうか?実際、私たちのご先祖様ともいうべき人たちはそれだけのことをしたのですから…」
「やっぱ、そう思うよなー。」
「…いや、案外そうじゃないかもしれんぞ。」
いきなり声がしてきたのに驚き、そちらを振り向く両名。
「シェ、シェロ!!いつからそこに!?」
「うん?ああ、英雄の話をしてる辺りからだが?」
話を聞いたのはもっと前からだが、ここに来たのはそれぐらいなので嘘は言ってない。
「えっと、それで、そうじゃないというのはどういう意味でしょうか?」
雪菜の方はすぐに話を切り替えた方がいいと判断したのだろう。慌てるそぶりは見せずにすぐに話を元の路線に切り替える。
「その英雄だがな…確かに一度として報われることはなかったのだろう…だが、それでも、その男はその過程に多くのことをなしてきたはずだ。たとえ、それが自分の身を滅ぼす事につながっていたとしても、そこに後悔など滲ませないだろうな。なぜなら、その男がしていたことは確かに極端だったのかもしれないが、
それでも、間違ってなどいなかった。
だったら、それで人類に怒りをにじませるようなことはしないはずだ。もし、間違っていたと思っていたのならば、話は別かもしれないが…」
自分のことをこんな風に言うのは正直恥ずかしいことこの上ないのだが、どうしても彼らには自分を間違った風に理解して欲しくない。そう感じたシェロは自分の気持ちのありのままを伝えるために、諭すように語った。
「そう…なんでしょうか?」
「ああ、きっとそうだ。じゃなければ…」
窓から夜空を見上げながら言葉を続ける。
「その男は…英雄などと呼ばれていなかったはずだ。」
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歓迎会が終わるとすぐにシロウは帰ることにした。
帰り道、シロウはとぼとぼと深夜の街を歩いていた。今の自分が高校生という身であることから、あまりこのような時間に出歩くのは良くないことだが…まあ、仕方がないだろう。
シロウはまっすぐに帰り道を歩きながら、夕方の自分の言葉を反芻して、苦笑する。我ながら、あれは少々、自分を擁護しすぎた気がしてならない。だが、哀れみを浮かべている彼らに対して、自分が思っていることを正確に伝えるとまた、あの場の雰囲気が沈んでしまうのは確実。であるならば、あの場においてはあのような言葉を選んだこと自体は正しいことだったということだろう。
(だが、英雄か。全く、慣れないものだ。ここまで自分が有名になっている世界など今まで見たことがない。……いや、正確にはあるんだろうが、こんなにはっきりとした形で伝えられるのは初めてだな。)
自分の名前を顔も知らない誰かが知っている。そんな感覚を抱くことはほとんどなかった。少しだけ、それに対して嬉しいと思っている自分を否定できないシロウは自己嫌悪気味な様子で顔を沈めていた。
だが、そんな時である。
ズンという、鈍い振動音とともに、人工島全体が揺れる。そして、それに遅れた調子で、巨大な爆発音が聞こえてくる。
「っ!?なんだ!?」
驚いて、その方向を見る、すると、自分の友人である古城に近い膨大な魔力が肌を刺激する。
「!これは!」
間違いない。どこぞの吸血鬼が眷獣を召喚しているのである。
だが、明らかにこの前の眷獣とはレベルが違う。これは確実に貴族級の力を持つ吸血鬼による魔力の波動である。
「この程度なら…行けるな。」
自分の力を最低限隠したままで争いを止められるレベルだと認識したシロウは周りを確認した後、並の獣人を軽く凌駕する脚力で自らの姿を虚空へと消す。消極的とは言ったものの結局、エミヤシロウは争いを見過ごせる性格ではないのである。
次にシロウが現れたのは10階建てのビルの頂上だった。
「あそこか!?」
シロウはコンテナ付近で眷獣と何かが暴れているのだと確認すると、ビルからビルへと飛んでいき、急いでコンテナへと向かうのだった。
ーーーーーーー
「着いたな。」
シロウは声を殺しながら、慎重に素早く争いの元へと行く。
すると、どうしたことか。古城と雪菜が今さっき争いを起こしていたはずの吸血鬼を庇って前に出ているのである。
(だいたい、俺と似たような理由だろうな。すると、今回の争いの原因はあちらにあると考えた方がいいか…)
古城たちと対峙している男女を見つめながら、そんな感想を抱く。
一人は190は超えているだろう長身と服越しでも分かるほどの筋肉の隆起が特徴的な宣教師のような出で立ちをした戦斧使い。もう一人は不自然なほどに左右対称な美貌を備えた藍髪の恐らくホムンクルスと思しき存在であり、背中には何故か吸血鬼しか従えられないはずの眷獣らしき影がちらほらと見えている。
(しばらく、ここで観察した方がいいか…)
シロウは止むを得ず止めに入らなければならない時は、即座に止められるような距離を保ちつつ、気配を消して観察に徹することにした。
「なあ、おっさん。悪りーんだけどさ…今すぐ、この島から消えてくんねえかな?」
「聞けません。我が目的のためには膨大な魔力が必要なのです。アスタルテ!!」
「
神父の言葉とともに、青い髪のホムンクルスは詠唱とともに虹色の腕を召喚し、古城たちに攻撃を仕掛ける。
「がああああああ!!」
それに対して、古城は持ち前の膨大な魔力にものを言わせた拳で対抗する。だが、いくら第四真祖だからと言って、眷獣を素手で制御するのは無理がある。力と力の衝突に弾かれるようにして、古城は吹き飛ばされる。
「が、あ…ぐ!?」
「先輩!!」
悲鳴となった姫柊の声が辺りに響き、そろそろ出た方がいいかと考えたところで、シロウはその変化を敏感に察知する。
「これは…まずい!!」
「待て…止め…ろー!!!!!」
古城の悲鳴に近い制止の声を無視して、古城の中にいるそれは暴走する。魔力の嵐は雷の渦となって辺り一帯を焼き尽くす。
その尋常じゃない光景を目にした敵方はその閃光に乗じて行方を眩ましたが、そんなのは問題じゃない。
「仕方がない!!」
間に合わないことを自覚したシロウは。距離をとりながらも、雪菜の方へと手を向ける。そして…
「
真名を開放するとともに、その七つの花弁を雪菜の前へと展開する。
雪菜はそれを目にしながら驚愕しているのを見て取れたが、そんなことは気にしていられない。
爆発が終わり、結果、
(しかし、とてつもないな。余波だったから大した威力も無かったんだろうが、それでもコンテナの方は最早焦土と化していた。あのコンテナはしばらく使えないだろう。恐らく、都市の方にも崩壊の波が広がっているに違いない。)
考えながらも、シロウはあの場は彼女に任せてもよかったのかもしれない。とも考えた。あの槍ならば、あの攻撃に耐え得る結界を張ることもできるだろう。いずれ、自分の正体がバレるにしても今はまだ機ではない。
それでも動いてしまったのは、やはり生来の忌むべき気性とでも言うべきこの思考回路の所為だろう。
「…やれやれ、やはりこればかりはどうにもならんか。まったく、これでは殺されても仕方がないというものだ。」
若干の後悔を滲ませながらもその場を離れるために急いでシロウは駆けていくのだった。
少し、休ませていただきます。いや、ちょっと、感想に答えられないくらい急いで執筆していたら、なんだか頭がこんがらがっちゃって…少ししたらまた始めるつもりでいるので…では!