でも、まだ続く。
何やってんだ俺は…
「どうやら、
メレムは目の前の光景に少なくない驚きを抱きながら、冷静に状況を分析する。
視線の先には南宮那月が花畑の中で座り込んでいる姿が映っている。那月の体の端々には少なくない傷があり、その一つ一つにたしかな見覚えがあった。
「一体、
その言葉に続くようにニュートンは感嘆の声を漏らす。彼らのつぶやきに対して、とても状況の整理などが追いついていないのが、恵莉と阿夜だった。自分たちより上の存在は確かに知覚はしていても、それをまざまざと見せられるというのはやはり違うものがあるものだ。
「まぁ、そう落ち込まないでよ。マスター。とりあえず、状況の整理のために彼のクラス名だけでも聞いておかないと…」
「え、ええ、そうね。」
「ああ、それには及ばないよ。僕はキャスター。君たちが上限として
その言葉に恵莉は驚愕を露わにした。『この聖杯戦争では、同じクラスのサーヴァントが3騎まで召喚できる。』その情報はまだ
「あいつ…一体何者?」
「さぁ、ただまぁ、とりあえず分かっていることが二つあるよ。」
「何、ソレは?」
「一つはあの男は僕たちが思うより数段階上の情報取得能力があること、もう一つはあちら側に立っている以上、僕たちの敵だってことだ。」
ーーーーーー
「貴様一体何者だ。」
同じような質問を那月は直接本人に尋ねていた。
「ん?ああ、とりあえずは味方だよ。その証拠を提示しろと言われると弱っちゃうけど、信じてくれないかい?じゃないと、君たち今度こそ死んじゃうよ?」
脅迫にも取られかねない発言だ。はっきり言って怪しさ爆発だ。一体どこからどうやって来たのか?それさえも分からないこの男を信用するというのは先程の発言から推移しても難しかった。
そのどこからどうやってと言う疑問を察知したのか、質問もしていないのにその白い男は話し始める。
「君たちとは近いうち
その発言に那月とアリスは驚愕する。簡単なように言ってはいるが、今の発言は神業の類だ。要するにこの男は未来の縁を依代に自らを空間転移に近い魔術で移動させたと言うことだ。空間魔術の使い手である那月でさえ、到底できないことをこの男は当然のように言った。
間違いなく理外の外にある魔術師だ。
その事実に那月は少なくとも敵に回すのは得策ではないと踏んだ。
「…了解した。ひとまず、貴様を信じてやる。」
「本当かい?ありがとう!」
晴れやかな笑みを浮かべながら、男は嬉しそうに声を上げた。
…はっきり言ってかなり胡散臭い。
「では、ここからまた君たちにも戦ってもらうわけだが、準備はいいかな?」
「…ああ、なんとかな。」
正直、ハッタリに近い。体の至る所に浅くはない傷ができ、体力は削られていく一方だ。その状況を見るに見かねたマーリンは、わずかに目を眇め、やがて、諦めたように目を背けると、
「仕方がない」
そう言って、パチンと指を鳴らした。
すると、那月とアリスは見る見るうちに淡い光に飲まれていった。そして、その光がだんだんと収まり始めると無傷な状態の両者が出てきた。
「「!?」」
「私の能力の一部を君たちに使った。とは言っても、それはあくまで副次効果のようなものだけどね。」
体を回復させている間に、目の前には先程の四人の魔術師が悪魔の背から降りてきた。
「さて、では改めて戦いをするわけなんだが、君たちはどちらを担当するのかな?」
「…私たちはあの悪魔の小僧とバカ魔女を相手にしよう。そちらの方がやり易そうだ。」
「ふむ。そうだね。たしかにその通りだ。私の方もあちらの少年少女の主従を相手にした方が良さそうだ。分かってるじゃないか。」
妙に鼻につく言い草に僅かな苛立ちを見せる那月だが、それを表情に出すことはなく、言葉を続ける。
「では、決まりだな。一応、言っておくが、奴らの能力は…」
「ああ、大丈夫。僕の方でもその辺りの能力は確かめているから、今は…
目の前の敵に集中した方がいい。」
言い終えると、それに合わせるようにして、目の前の敵が切迫してきた。それに対して、三人目のキャスターである男は、杖の先にある宝珠を輝かせた。すると、それと同時にまたも花吹雪が舞う。
「あっ!」
「くっ!?」
その状態に苦い顔をする恵莉とニュートン。花吹雪が終わると、彼らの目の前は花がドーム状に回転し、舞い、その中央で笑顔のままこちらを見つめる男が光景として写った。
「これは結界?」
「それほど頑丈なものではないけどね。僕がその気になれば、壊せる程度のものだ。ただ、認識を阻害されている。サーヴァントの感知がうまくできない。どうやら、分断されたみたいだ。できるなら、結界を壊したいところだけど…」
笑顔のままこちらに近づいてくる白い男を目にしながら、言葉を続ける。
「彼がそれを許してくれなさそうだ。」
白い男の方はニュートンたちの様子を見て、一息つく様に息を吐きながら、言葉を出す。
「さて、これでとりあえず、戦線の維持はできた。私としては、このまま、何事も起こらないことが何より望ましい。
なにせ、君たちが組んだ無理な術式のせいで、世界は現在進行形で飽和寸前だ。」
その言葉を聞き、恵莉は目をすがめる。
「やっぱり、あなた知ってるのね。この聖杯戦争のその有り様。」
「さあ、どう…かな!?」
言葉と同時に、三人目の白いキャスターは肉薄する。
その接近に対して、ニュートンは自らの腕を金属と化しながら、恵莉の前に割り込むようにして、白いキャスターの目の前に立つ。
白いキャスターは、目の前に立った少年に対して、その手に持った西洋剣を振りかざした。その剣戟に対して、腕を交差することで攻撃を防ぐニュートン。
「…キャスターなのに、剣を使うのかい?きみは?」
「そう言う君こそキャスターのくせに拳を使うじゃないか。お互い様だよ!」
ギャリという金属音と共に両者が切り返す。剣戟対拳撃キャスターらしからぬ戦いの火蓋が今、切って落とされた。
ーーーーーー
「へぇ、何者か知らないけど、これはまた、えらいキャスターが来たものだね。シュバイン翁に並ぶ…いや、ひょっとするとそれ以上か。まぁ、サーヴァントである以上、その程度は驚きの範疇にならないけど…」
言いながら、メレムは改めて自分たちに向き合っている南宮那月たちを見つめる。
南宮那月とアリスは傷が癒えたことを確認するように掌を見つめていた。
「ふむ。どうやら、傷の方は大方治癒されているようだ。細かい傷は僅かに残ってはいるが、通常戦闘には影響は出ぬ程度だな。貴様の方はどうだ?アリス。」
「ええ、私も問題はないわ。本当なら、私の能力で治した方がいいのかもと思ったけど…」
「やめておけ。アレは最終手段だ。他に手があるならば、そちらを使った方がいい。」
会話を終えると、那月は改めて、前を向く。その視線は先ほどまで自分を痛めつけていたメレムに対してではなく、その後ろにいる知己である仙都木阿夜に向けられていた。
その視線に気づいた阿夜は口の端を吊り上げながら応対する。
「改めて、久しいな。那月。フェスタの騒動以来か?」
「すぐにまた鎖を繋いでやる。貴様が捕まっていないと、こちらとしても
「…ああ、我が愚娘のことか。貴様もうまくやるものだ。」
会話をしながら、那月は頭の中でアリスと念話を行っていた。
(アリス。そちらの悪魔使いについては任せたぞ。私は阿夜の方を叩く。)
(…ええ、分かったわ。気をつけてね。那月。)
(ああ、そちらもな。)
念話を終えると同時に、アリスはジャバウォックを召喚し、那月は背後に魔法陣を展開し、そこから鎖を射出する。阿夜の方へと真っ直ぐ向かうその鎖を阿夜はなんなく躱していく。だが、そんなことなどお構いなしに鎖を次々に射出させていく那月。その狙いを阿夜は正確に理解していた。
(サーヴァントとの分断を図る気か。)
その考えを理解しながらも、阿夜はどんどんと自身のサーヴァントであるメレムから離れていく。少し思い通りに行き過ぎている気がした那月は、その態度に不穏なものを感じ取る。
(この女。随分と余裕があるな。すでに力を取り戻しているのか?いや…)
それはないと那月は断言できた。以前、阿夜は魔女の力を取り戻すために仙都木優麻から守護者と呼ばれる魔女の力の根源を奪い取ることでそれを成していた。だが、それは結局、優麻から奪い返されていたはずだ。ならば、この場で力を取り戻すことは不可能なはず…では、この余裕は一体…
「不気味に思っているようだな。なぜ、我がここまで余裕なのか、と言うことが…」
「……。」
「何、すぐに分かる。なぜ我が余裕でいられるか、その理由はな」
直後、阿夜が身につける十二単が下から突き上げるような爆風でわずかに舞い上がる。それが魔力による爆風であることを瞬時に看破した那月は目を眇める。
「なあ、那月。知っておるか?」
「…?」
「この世界にはな。すでに力の法則が
「なに?」
疑問を浮かべる那月を無視して、阿夜は自分の言葉を続けていく。
「それは、この世界が元々持っている可能性。それから生み出された奇跡。そして、今やその奇跡は我らに深く結びつこうとしている。だったら…なあ?
我が使えたとしても別に問題はあるまい?」
魔力の嵐が暴発し、周囲の砂塵を巻き上げていく。那月は目を眇め、手に持つ扇子で砂塵を払いながらその先を見つめる。すると…
「…なに?」
そこにソレはいた。
一見すると、ソレは西洋の騎士のような鎧を身につけていた。その黒い鎧のあらゆる部分には炎を象られた様な鎧よりもさらに黒い紋様が掘られ、元々あった禍々しさをさらに強烈なものへと変えていった。
「なんだ?あれは」
その存在の異常性に那月はすぐに気づいた。
異様だ。その装いというよりも、その気配があまりにも異様で異常だと那月は感じ取ったのだ。まるで世界中の悪意を詰め込まれた様なドロドロとした気配。自分の守護者も、強力な力を持ち、一線を画すものだが、アレは別の意味で一線を画している。
「貴様、何だソレは?どこでそんなモノを手に入れた?」
「ソレをお前にいう必要があるか。那月?」
魔女の守護者。それは人間が扱う使い魔の中では最上級の代物。弱いものでもその力は吸血鬼の眷獣と同格。強力なものだと古き世代の吸血鬼とも互角に張り合える力を持つものまで存在する。それゆえにそれらの契約には凄まじい代償と無比の才能が必要となる。
それは同じ魔女である那月が一番よく理解していた。それを脱獄してから、まだ数分ほどの者が契約を果たした。明らかな異常事態だ。
「まあいい。いずれにせよ、貴様をこの場で捕らえなければならないのは変わらないからな。」
そう言う那月の背後にはいつのまにか黄金の騎士が現れていた。那月の守護者『
両者の守護者が並び立ち、その空間には緊張が走る。
「「では…」」
そして、二人同時に声を出し、次の言葉もまた同時に突き出された。
「「行くぞ!!」」
その言葉が合図となり、両者の決戦の火蓋は切られたのだった。
ーーーーーー
「ふーん。君、面白い気配だね。元々人間じゃないのかな?いや、サーヴァントなんだから、当たり前だけどね。」
「そういうあなたもヒトらしくないわ。」
両者は目の前のものが自分と同じく、だが
そして、警戒を強めると同時に、自らの背後に最強の使い魔を召喚した。
「おいで」
「来て!ジャバウォック!」
空色とメレム柄が特徴のエイのような体の怪物は『左足の悪魔』と呼ばれる存在。
そして、何色もの絵の具をグチャ混ぜにした様な体色をした巨人は『ジャバウォックと呼ばれる怪物だ。
「さてと、時間も推している。さっさと片付けて、我が友に挨拶をしに行こうじゃないか?それでは行ってくれ!『左足』!!」
「那月の物語はこんなところでは終わらせない!行きなさい!ジャバウォック!」
「「◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!」」
二匹の怪物は主人の号令とともにその翼と拳を叩きつける。人外の怪物同士の戦いが今始まった。
ーーーーーー
巨人の巨大な熱戦攻撃により吹き飛ばされた雪菜。彼女は、なんとか体を起こそうと手をつき、立ち上がろうとした。ふと、違和感があった。それは自分が今、『立ち上がろうとした』という事実に対して起こった違和感。
ここは海。投げ出されるように吹き飛ばされたら、まず、身体は海へと沈む。なのに、自分の体にはベタつくような海水による濡れはなく、どちらかと言えば海についたはずの横半身は硬い壁に当たったかのように麻痺したような痛みと痙攣が残っている。
その違和感の正体を探るように雪菜は目を開けて、あたりを眺めた。すると…
「え?」
先ほどまで、雪菜はたしかに海面に立っていた。だが、その海面はいつのまにか凍りつき、氷の孤島と化していた。しかも、自分や周りのものたちの足を巻き込むことなくだ。
今までその場にずっといたはずの雪菜は、そのあまりの光景に絶句していた。
「まったく、誠に情けない。第四真祖の力を持ちながら、英霊と呼ばれるものたち本体ならともかく、その使い魔風情のような存在にここまで苦戦するとは…」
すると、自分の隣からよく聞き慣れた、ただし、全く別の威風を纏った声が聞こえてくる。
雪菜はそちらに恐る恐ると視線を向けた。
「な、凪沙ちゃん…」
そこには、暁古城の妹である暁凪沙が古城をその細腕に抱えながら立っていた。
「が、しかし、今のままの単純な破壊ではアレを壊せぬのも確かか。仕方がない」
そういうと、そっと自らの唇を古城のソレに近づけた。
「目覚めよ。
そう口にした後に、唇同士を合わせた。
瞬間、そこに顕れたのは暴風だ。全てを弾き飛ばし、吹き飛ばす魔力の暴風。ソレが表に出た瞬間、糸が切れた人形のように凪沙は倒れ込み、古城は、それに同調するように、咆哮を上げる。
「うおおおおおっ!?」
雪菜は凪沙の身体が氷の大地に着く前になんとか抱え上げ、目の前の古城の状態を見て驚愕する。
「これは…一体!?」
「あの娘め、随分無茶なことをする。第四真祖の中にいる眷獣を暴走させおった。急がねば、あやつの魔力が周囲一体を巻き込んで何もかもを吹き飛ばしてしまうぞ!」
霧の中、どこからともなく聞こえたニーナの声に雪菜は顔を青ざめさせる。
誰より古城の近くにいた彼女は彼の力の暴走が何をもたらすのかを瞬時に理解させたのだ。
「っ!?先輩!気をしっかり持ってください!先輩!!」
雪菜の懸命な叫びも魔力の嵐がかき消してしまい、古城なもとに届くことはなかった。
「っ!?どうすれば…」
古城の意識をもとに戻すためには、どうすればいいのか。『理性が効いてない』と言うことならば、おそらく古城の無意識下の『本能』に直接触れられるほどの刺激を与えなければならない。
「ですが、そんなこと一体どうやって…あっ!」
ふと、思いついた行為がある。その行為ならば、あるいは古城の意識を目覚めさせることをできるかもしれない。ただし、人前でやるには非常に勇気のいる手段だが…
「ああああ!!」
「っ!?」
古城の絶叫を聞き、雪菜は自らに残った羞恥を振り払う。そして、急いで手に持っている雪霞狼で掌を傷つけ、流れ出たその血を口の中に含む。
そのまま、一気に魔力の嵐の中を抜け、中心にいる古城の元へと一直線に駆け寄る。そして、口に含んだ血はそのままに古城の唇に自分の唇を接触させた。
「ぐむっ!」
「っ!?」
そして、口の中に含んだ血を舌を伝わらせて古城な口の中へと流し込む。
「っ!?」
その甘美な気配に吸血鬼の本能が問答無用で刺激される。次の瞬間、締め殺さんばかりの力で、古城な腕は雪菜の身体に抱きついていた。
そして、そのまま、唇同士をつけ合いながら、古城は雪菜の血を吸い出していった。
「あっ…」
一瞬の痛みからすぐ後に、官能的な刺激が一気に押し寄せてきたことで、雪菜の口からわずかに熱い吐息が漏れる。
血を吸い続け、そして、ようやく意識がはっきりし出したころ、あたりに氾濫していたはずの魔力の嵐は収まり、古城は理性を取り戻した。
「くあっ!?お、俺は…?」
意識を取り戻した古城はすぐさまあたりの様子を確認する。そして、目の前を見ると、何故か妙に扇情的に息を荒げている雪菜の姿があった。
「な、なんじゃ?こりゃぁあぁ!?」
その状況を見て古城は再び違う意味で絶叫するのだった
「まったく、こんな場所でよくもまあ見せつけてくれる。」
「ニ、ニーナ!一体これ…は…」
と、ここで古城はニーナの声が聞こえてきた方向を見る。すると、そこには観賞用フィギュアのような大きさになったニーナ・アデラードが立っていた。
「えっと…ニーナだよな?」
「他の誰に見える。お前たちをあの巨人の攻撃から守るために自らの体を使って防御膜を作ろうとしたのだがな。いかんせん、海を蒸発させるようなあの熱戦攻撃だ。防ぎ切れたものの、体を構築していたほとんどの
「おいおい、大丈夫かよ。」
「要らぬ心配だ。元よりこの身は仮初。一つの命として根を下ろしているわけではなく、借り受けている状態だ。もっとも、返す気はないがな。」
最後の言葉を若干邪悪な感じの笑みを漏らしながら答えるニーナに、僅かに引く古城。その後、改めてあたりを見回す。すると、ライダーが先程の巨人を相手に激闘を繰り広げている様子が目に映った。
「はあっ!」
声を張り上げ、巨人へと斬りかかる。
ライダーの表情には先ほどの巨人との戦いで見せたような余裕はない。
先程の自分の油断によりマスターである古城を危機に陥らせたことが原因だ。すでに古城が無事に救出されたことは把握している。だが、それでも責任感の強い彼は自分を責めずにはいられない。
もしも、この場に姫柊やニーナがいなかった場合、自分が救出しようとしても、間に合わなかったかもしれない。そう考えれば、考えるほどに…
(不甲斐ない!何という無様さでしょうか。)
守護聖人などと呼ばれるこの身はいつのまに主人を守れないほど堕落したのか。こんなことでは自分の行いの
そんな言葉を頭の中で反芻させながら、振るう剣には一点の曇りもなく、巨人の攻撃をその刃で弾き、落とす。
そんな様子を滑稽に思ったのか嗤いながら、巨人は挑発する。
『惨めだね。ゲオルギウス。聖人ともあろうモノが人を守ることさえできないなんて』
「ええ、まったくです。一瞬であろうとも、あなたを倒せたと確信した自分が憎らしくて仕方がない。ですが、非常に良い機会ともなりました。」
『良い機会?』
「ええ、やはり、私は未だ至らぬ未熟者。聖人だなんだと持て囃され、一人の人間の人生を変えるなどということは許されざるべきことだったということを確信できたのですから」
『…それが君の聖杯戦争に参加する理由か。』
「…今の一言だけでそこまで気付きますか。流石というべきか…いえ、違いますね。ある意味、あなたも
『…ふん!さて、どうだろうね!』
ライダーの質問を軽くあしらいながら、巨人はその手で正拳を繰り出す。それに対して、ライダーも剣を真っ直ぐに振るった。純粋な力と力のぶつかり合いにより、海面に小さな津波が起こる。
そして、両者は互いの力によって弾かれるようにして、距離を取る。
弾かれたライダーはすぐ後ろからなじみの魔力が近づいてきていることに気づき、声をかける。
「起きられましたか…」
「ああ、心配かけて悪かったな。」
「いえ、こちらの方こそ申し訳ございません。油断をし、主人である貴方を危険に晒してしまった。心より陳謝します。古城。」
「よしてくれよ。それを言うなら、俺も、あの時は油断して周りを気にしてなかったんだからな。」
そこでライダーは気づいた。古城の内側に内在する力の波動。それが先ほど、巨人の手によって海に沈められる前とはだいぶ異なっていた。
より強力に、そしてより禍々しくその波動は変わっている。
古城は、改めて巨人に向かって視線を向ける。その視線をライダーは止めはしなかった。
「アイザック・ニュートン…ね。学はそこまでない俺でも、あんたの名前は聞き覚えがあるよ。」
『へぇ、それは光栄だね。』
「けどよ、なんとなく分かったよ。なんで、シェロがあんたに対してあんなことを言ったのか」
『……へぇ。』
古城のその言葉を聞いた瞬間、巨人は分かりやすいほど声に翳りが落ちた。
『言ってくれるね。吸血鬼とは言え、まだ、たかだか16年ほどしか年月を経ていない小僧が』
「小僧だってことは認めるさ。けどな、そんな俺でも出来ることがある。今のあんたじゃ、決してできないことだ。」
『ほう、それは一体なんだい?』
「今からそれを教えてやる!行くぜ!ここから先は俺の
咆哮と共に魔力を迸らせる。そして、その隣から、割り込むようにして雪菜が声を上げる。
「いいえ、先輩。
ーーーーーー
『それじゃあ、早速証明してもらおうか!』
巨人は言うと同時に、熱線を掌から射出する。それに合わせるようにして、古城も掌から血を噴き出す。そして、その血はみるみるうちに雷光へと姿を変えていき、雷光は獅子へと姿を変える。その獅子の名は…
「行け!
雷光の獅子はその掛け声とともに、咆哮を上げ、熱線をその身に纏った雷光で相殺する。
「
続けて古城が出した眷獣はその身に超振動を纏ったバイコーンだ。突撃してくるそのバイコーンに対し、巨人はその拳で空を叩く。叩かれたその空は凄まじい風の衝撃波を生み出して、バイコーンに衝突する。バイコーンはその衝撃に僅かにたじろぐが、すぐに体制を立て直し、その身にまとう超振動の破壊の嵐を叩きつけようと迫った。
『ふむ。やはり、君の眷獣の方が火力は上か。大した物だ。だが…』
言い終わると同時に巨人は目の前から姿を消した。そして、気づいた時には、古城のすぐ背後にその姿を現したのだ。
『まだまだ…青二才だ!』
そう言うと同時に、巨人は拳を突き出す。
「雪霞狼!!」
そこに雪菜が雪霞狼の槍の穂先を向けて、迎え撃つ。すると、槍の穂先を中心に結界が展開され、巨人の拳を見事に防ぎ切った。
『ちっ!厄介だな。拳さえも異能と判断されるか。まあ、この身じゃぁ、当たり前…か!!』
巨人は拳を防がれたことに身じろぎしつつも、体勢を立て直し、掌を海面につける。すると、海面から次々と水の玉が浮かび上がる。そして、次の瞬間、水の玉は一筋の線となり、古城たちに向かってきた。それは超高圧のウォーターカッターだ。まともに当たれば、首と胴体が泣き別れする。
その攻撃を確認した雪菜はさらにもう一度結界を展開し直そうとするが、それよりも早く、ライダーが動く。
そして、ライダーは、ウォーターカッターの散弾をその自らの剣で全て弾き落とした。
「たしかに彼らはまだ青いですが、それをフォローするために私がいるのですよ。キャスター。」
『へぇ…随分と偉そうな発言だ。さっきまでの様子がまるで嘘みたいだ…ね!!』
今度は海面から土の槍が突き出される。磔刑のように突き出され続けるそれらを古城は眷獣の力で霧化させることで無力化し、雪菜は霊視による未来視で対応し、ライダーはサーヴァント由来の身体能力でかわし続けていった。
(さて、どうするか?さっきみたいな不意打ちは二度と通じないだろう。しかも現状はライダーに加えて、そのマスターと付き人のようなモノまでついて来た。まあ、状況的に考えて、撤退するのが上策だろう。おそらく、不意打ちで使った
キャスター・ニュートンが作り出したこの巨人による擬似宝具は二度とは再現できない完成度の域に達した代物だと、キャスターは自信を持って言える。
それゆえに、巨人の中にあるキャスターの人格を写した擬似人格は撤退し、さらなる力を蓄えることこそが上策だと冷静に判断した。だが…
(だが、
先程自分に向かって放たれた古城な言葉が妙に自分の中で木霊していた。
彼はシェロが言っていたこと、おそらくは『今の自分では絶対に手に入らないモノが何なのか』を理解したと言っていた。
子供の戯言だ。そんなことに耳を貸していたら、心はいつまでもかき乱されてしまう。そう考える自分もいたが、一方で、もしかしたらと言う考えを少なからず抱いてしまっていた。
そう考えた時、一人の女性が自分に語りかけてきた言葉を思い出した。
『いいのよ。それで…迷って、惑って、自分にとって正しい答えを見つけていく。それが自分だけの
(ストーリー…そんな風には僕は考えられなかった。過去の自分がいるから、今の自分がいる。そう、考え、きめているんだ。昔からね。だから、肝心なところで君に愛を囁けなかった。頑固なのやら、ヘタレなのやら…
だが、そうだな。正しい答え…か。)
わずかに逡巡した後、ニュートンと同じ思考を持ったその巨人は答えを決めた。
それは…
(うん。しょうがないな。ここは
何より自分の中の感情がその答えを否定しているのが分かる。だが、それを差し引いても、彼はこの場で逃げることを選んだ。
生きてさえいればいい。最後に勝てさえすれば、自分は必ず答えに辿り着けると、考えたが故に…
(さて、そうと決まった以上は、こちらの手札はできる限り温存して逃げ切ってみせないとね。)
その言葉を聞いたライダーは静かに、そして厳かに目を細める。
「マスター。ご注意ください。」
「…さっきまでとは違うってことか?」
「ええ、私の勘ですが、どうやら、彼はこの場から離脱することを決めたように感じます。」
「離脱…ね。やっぱりか。」
「…?やっぱりとは?」
「いや、俺も多分そういうことをするだろうなって、なんとなく予想してたから…でも、そうだな。だったら、逃げ出す前に言いたいことは言っておかねえと」
策からくる言葉ではない。彼は自分の感情から感じた言葉を口に出そうとしただけだ。だが結果的にその言葉はそこに巨人を縫い止める決定的な楔となった。
「相変わらず、やろうとしてることがチグハグだな。アンタは」
『…?何?』
「さっき、俺は言ったな。『アンタがなんで答えに辿り着けないのかその答えを教えてやる』って、ライダーが逃げそうだって言うからな。今、この場で教えてやるよ。」
『ほう…』
場の空気が一瞬にして静まり返る。それは、巨人が古城に対して放つ冷たく刺すような殺気も多分に影響しているだろう。
だが、その殺気の波に飲まれることなく、古城は言葉を告げる。
「その前に質問なんだけどさ。アンタ、なんでこの海面に移動したんだ?」
『?なんだ?忘れたのかい。僕はこう言ったはずだよ。何も知らない餓鬼どもを巻き込むのが嫌だってね。』
「そうか。じゃあさ、アンタなんであのタイミングで不意打ちをしたんだ?」
その質問に巨人は益々意味がわからないと言うふうに首を傾げた。
『あのタイミング?なんだ?君は戦闘の基礎も知らないのかな?ライダーが必殺の一撃を僕に喰らわせ、僕はそれを躱した。それにより君たちに致命的な隙ができ…』
「そこを狙って、不意打ちをした。ああ、タイミング的にバッチリだ。俺も良く分かるけどさ。自分で言ってたろ。『
そこで言葉を一区切りして、静かに言葉を連ねる。
「なあ、アンタさ、あの咄嗟の時まで、不意打ちなんて
『ーーーーーー。』
静寂がまたも流れる。今度は今までとは別種のものだ。
まるで初めて見る景色に圧巻されるような感覚を伴った沈黙。
「その理由までは分からないけど、アンタあの咄嗟の時までは、馬鹿正直にこの決闘を受けようと思ってた。不意打ちなんて想定もせずに…そうじゃないのか?」
『……。』
「シェロが言ってたことを反芻するなら、アンタはあのとき
『……。』
そこで古城は声を荒げた。
「なあ、もう一度聞くぞ!アンタはなんであのタイミングで不意打ちをしたんだ!!
おそらく、あの不意打ちをする前はアンタにとっての俺の認識は、たとえ攻撃をしようとも、
『聖杯戦争に巻き込まれたただの子供』と言う程度のものでしか無かったんじゃないのか!?」
『っ!?』
「そんな考えができる奴はそうそういない。俺はもうアンタに攻撃してたんだからな。とうの昔に、俺は敵として認定されてるのかと思ってた。
けど違った。他ならないアンタの言葉がその考えを否定したんだ!」
『…!!』
巨人の目が今までないほどの烈火のような激しい輝きを見せる。
分かる。アレは今までにないほどの瞋恚とそして同時に、強い興味からなる目の輝きだ。
「あべこべすぎる上に、チグハグすぎる。でも、ここまで来て、シェロの言葉を思い出して、分かったよ。アンタは
自分の考えがどこに向かうべきなのか、自分の願いが何なのか?それが分からないんだ!!」
『…それで?』
底冷えするような声が巨人の口から響いてくる。
『その誇大な妄想が真実だったとして、君は僕をどうすると言うんだい!?』
怒りはあるはずだ。だと言うのに、この巨人の口調が変わらないのは、未だ、興味がつきないからだ。目の前の少年が自分に対して、どんな感想を、答えを提示してくるのかが知りたいからだ。
「どうもしたくねぇな。正直…」
『ほう…』
「アンタが迷ってて、こっちにこれ以上、攻撃もしないって言うんなら、俺は何もしたくねぇ。正直、人のことを言えるほどご立派な考えを持ってるわけじゃねぇからな。」
「なっ!?マスターそれは…」
ライダーは思わずといった様子で言葉を挟み込む。だが、構わず古城は言葉を続ける。
「けど、アンタはまた
その答えに巨人はしばしの沈黙で答えた。
そして、頭の中で思考の渦を巡らせる。
(よくもまあ、あそこまで啖呵が切れる。僕が見るに、君だって
あの目、僕に対して同情的な視線がほとんどだ。よくもあんな目ができる。自分を殺そうとした相手だぞ?)
もはや、巨人の頭の中に逃亡という選択肢はなかった。否、逃げらないと思ったのだ。目の前のこの少年から逃げてしまえば、
『…そうか。では、少年。いや、暁古城!!
止められるというなら、止めてみせるがいい!この僕を!』
この一戦にて自らの全霊を出し尽くす。そのための一声が響き渡った。
古城たちが構えたのをまるで見計らっていたかのように、巨人はその大きな顎門を歪めた。そして、告げる。
『魔力最大供給、最大放出!!この身は人々をあらゆる叡智へ誘う身!あらゆる偉人が、傑物が我が肩身に乗り同じ視点を持つことで真理を得た!ならば、この身も…万物の流転を望みし、この身もまた魔術の真奥に辿り着こう!!』
巨人が右手を空へと伸ばす。その瞬間、魔力の奔流が稲妻となり辺りを埋め尽くした。
『宝具・
「来ます!!」
「「っ!??」」
『発動…固有結界「
瞬間、世界が光に包まれる。
そして。