ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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すんません。長くなったのにそんなに進んでなくてすんません。
次はもっと早くに出そうと思います。


錬金術師の帰還VIII

朝、屋上の一室ではこの部屋での騒動など、感じさせないほど静かな朝食の時間が訪れていた。トーストとコーヒー、ハムにサラダといった一般的な朝食に囲まれた夏音は、ちびちびとその朝食をつまんでいた。

 

「叶瀬夏音。早く食べろ。修学旅行とはいえ、学校の大切な行事。遅れて行くことは許さん。」

 

すると、テーブルを間をとって、向かい側に座っている南宮那月にその様子を咎められた。

那月に言われ、何とか口の中に食べ物を運ぼうと運ぶ手を早める。何とか、食べ終えると修学旅行への用意を済ませ、玄関で靴を履く準備をする。ノロノロとした動きで迷いがある。とても効率がいいとは言えない動きだったが、何とか履き終えると、そのままドアに手をかけ、

 

「それでは、行ってきます。」

 

そう言って、後ろにいた那月とアスタルテに声をかけるのだった。その様子を見つめていた那月はふと呟く。

 

「馬鹿者が…寝たふりならば、もう少しうまくやるがいい。」

 

そう言い終えると、部屋の奥に消えるのだった。

 

 

ーーーーーー

 

待ち合わせの場所である港に着いた夏音の顔は浮かなかった。なぜなら、迷っているからだ。本当にこのまま、絃神島から離れていいものなのか、どうかを…

 

(私はまだ、答えを出せずにいる。)

 

ぼーっとした印象の強い夏音だが、決して能天気で頭がお花畑というわけではない。むしろ、自らの霊能力の巨大さから、時に周りを驚かせ、気づかなかったことを指摘できるほどの鋭さを持つ。いや、そんな鋭さなどなくとも、昨夜の自分の部屋で起こった激闘。アレが、自分に密接に関係していることは理解できた。

 

(ずっと私を守ってくれていたあの人は…)

 

声色は違ったが、分かる。あの声は、自分のよく知る人物の物だということを…

 

(どうしよう。どうすればいいんだろう?)

 

いっそのこと、誰かにこの悩みを明かして、楽になりたかった。昨日出来たばかりの悩みではあるものの、そんな感想を抱くのは、5年間一緒に過ごしながらも、自分は彼のことを何も知らなかったのだという自責の念が大きい。

もっと早くに知っていれば、自分の悩みは小さいままで済んだ。

いや、それでも、悩みがあることには変わらなく、下手をすれば、自分のその悩みを今日この日まで溜め込み、結局、同じような流れで悩み始めてしまうこともあり得たが…それでも、もっと早くに知りたかった。

情け無い。何より情けなかった。自分が何も知らなかったという事実が…

 

(今ここで、私があの人と一緒に戦うと言うのは簡単…でした。)

 

きっと、あの人は、口元に柔らかい微笑を浮かべながらも真剣に聞き、私の望みを叶えるために手を取ってくれることだろう。彼はそういう優しい人だ。

だが、それでいいのだろうか?今まで何度も伝える機会はあったはず、なのに、伝えてこなかったということは、彼は、なによりも夏音にこの情報を、事態を、伝えたくなかったはずなのだ。そんなすでにわかってる彼の願いに対して、『自分も戦う』という選択肢はなによりも残酷で、侮辱する願いなのではないのかと夏音は考えている。

 

(私は…)

「何を顔を曇らせているんだ?」

 

心臓が飛び出そうだった。噂をすれば何とやら、というのは本当らしい…

おおらかという言葉を形にしたような夏音にしては珍しく、少し不満げに顔を曇らせて、その声に応じた。

 

「いつからそこに?」

「ついさっきだ。何か考え込んでいるようなので、いつ話しかけようか迷っていたのだが、そろそろ、出発の時間だからな。失礼だとは思ったが、声をかけさせてもらった。」

 

実に真摯並べられた言葉は昨日とは違い、五年前から聞き慣れた声だ。変わりないその声に安堵を感じ、ほんの少し、心に余裕が出来上がる。

冷静に今の状況のことを考えた夏音は、今の状況にえもいえぬ気まずさを感じ、また、心に余裕がなくなり始める。

 

「そ、それじゃ、そろそろ船の方に行きます。行ってきます。シェロさん。」

 

自分の悩みを懸命に見せないように明るく振る舞い、その場を離れようとする。昨日も会ったのに、なんだか、久しぶりに名前を呼んだ気がする…とそんな感慨を得ながら、ゆっくりとその歩を進めようとしたその時…

 

「迷うな…とは言わない。」

 

すると、そこで、彼は言葉を発し始めた。

 

「だが、自分の心に素直になることだ。もっとも、人間、それが一番難しいわけだが…」

 

振り返らずとも分かる。その顔は暖かな微笑に満ちていることを…

 

「感情が邪魔するだろう。思考が邪魔するだろう。なにより、それらを支えてる自分の理念が邪魔をするだろう。だが、それらを乗り越えてなお、自分の気持ちに素直になれたものにはそこに一遍の迷いもなくなる。だから、素直になることだ。さっきも言った通り、難しいことだがな。」

 

くるりと踵を返したのだろう。カツッと音が響き渡った。周りに誰もいなかったせいなのか、それとも自分が無言だったせいなのかその音は、なによりも大きく聞こえてきた。

 

「ではな、夏音。俺が言いたいのはそれだけだ。修学旅行、楽しんでくるといい。」

 

そう言って、彼は去って行ったのだった。

それだけだった。悩みは消えたわけではない。だが、確かに与えた(・・・)。自分の中に何かしらの変化を与えた。そして、彼女はほんの少しの笑みを浮かべながら、その場を去っていくのだった。

 

ーーーーーー

 

時同じくして、絃神島の港では戦闘態勢がアイランドガードによって敷かれていた。

 

「こちら、覗き屋(ヘイムダル)。アイランドガードの皆さん分かってるとは思いますが…」

『承知している。我々アイランドガードは君に従おう。覗き屋(ヘイムダル)。』

 

ベテランを思わせる重い声を聞き、矢瀬は仕方がないという風にため息を吐く。スピーカーの奥で聞こえてくる声から隠しきれない怒りを感じたからだ。すでにかなりの数の犠牲がアイランドガード側にも出ており、そのことから仇を取りたいと思っていることや、自分のような小僧如きの小間使いなどはしたくないなどのさまざまな感情が入り乱れた結果なのだろうが、これでは作戦に影響が出ないか心配するレベルである。

 

(なるべくなら、死んで欲しくないっていうのは、本心なんだけどな。)

 

そう思うと同時に、別のことも矢瀬の頭によぎる。

 

(それに、那月ちゃんの報告も考えると、天塚はサーヴァントに密接な関係にあると考えられる。しかも、シロウのヤツと途中まで互角の立ち回りをしてみせたって話だ。本気は出してないってことだったが、それでも、アイツとやり合えるのは並みのサーヴァントでは不可能らしいってことを考えると。)

 

まず、下手な立ち回りなどをしてしまえば、即座にそれが死に繋がる。それも十分に先ほどのアイランドガードの者に伝えたはずなのだが、結果はご覧の有様ときた。

 

「参ったね。どうにも…!」

 

そう呟いた直後、彼の耳が異変を捉えた。水分と固体の中間。その位置にあるようなスライムのような音がこちらに近づいて来ているのだ。

 

「来た!」

 

アイランドガードにその異変を即座に伝える。

異変を聞きつけたアイランドガードは緊張感とともに集中力を張り詰めさせる。恨み、正義感、様々な感情を抱えながらも立つ彼らには迷いはなく、皆それぞれに目の前に現れるであろう敵に最大の集中を傾けた。

その数分後、港のコンテナが爆発とともに吹き飛び、ソレ(・・)は現れた。

そう。天塚が復活させた賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)がその赤いスライム状の身体を流動させながら目の前に現れたのだ。

 

「アアアァアア!!」

 

人の雄叫びのようなモノを発しながらも口らしきものはどこにもないその不気味さに独特の嫌悪感を感じる。それも相まって、彼らアイランドガードは感情とともに一斉に手に持ったその銃口を向ける。

そして、そのタイミングを狙ったかのようにテクテクとチェック柄シルクハットとスーツという派手な格好を身にまとった男がその怪物の前に出てくる。銃口がすでに向けられているにも関わらず、その銃口を無視するようにだ。

 

「ご機嫌麗しゅう、専務!自ら望んだ怪物になった感想はどうかな?」

 

嘲笑うように投げかけられる言葉。それは、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)と一体化した1人の男の意識を呼び覚ますには十分すぎるほどの呼び水となった。

 

「あま…つかーーー!!」

 

男の声が上げられる。今まで何者でもなかったはずの怪物に何者かの感情が宿った確かな声が、

 

そして、それは確かに殺意を帯びていた。

 

「っ!撃てーーー!!」

 

なによりも殺意に敏感なアイランドガードがその殺意に反応して攻撃を開始する。ズガガガガとマシンガンから放たれる退魔、抗魔の弾丸。かすかな概念を含んだその弾丸は相手の殺意にカウンターのようにぶつけられる殺意の雨だ。金銀といった退魔の能力が備わった弾丸は正確にスライム状の怪物の中に叩き込まれる。

そして、その間、何かアクションを起こすかと思ったそのスライムは

 

なにも起こさなかった。

妙だと思った矢瀬は思考を巡らす。

 

(なんだ?何で、あいつはさっきから弾丸を受けっぱなしで呆けている。あそこからならいくらでも反撃の余地はあるはずだ。

なにを狙ってやがる(・・・・・・・・・)。)

 

思考を巡らせること、約10秒その間も銃撃は続けられていた。

 

(まてよ。しまった!そういうことか!)

「待て!アイランドガード!今すぐ攻撃を止めろ!奴の狙いは弾丸(・・)だ!」

 

そう。弾丸は金属で出来上がっている。その当たり前の事実を矢瀬は失念していた。人の肉体は亜鉛、鉄分といった様々な金属で出来上がっているそうでなくとも、あの賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は元々が金属の肉体で出来上がっている。それらを取り込めば、密度を高めることもまた可能。特に金は魔に対して非常に強い耐性と相性の良さが存在する。それを今バカスカと取り込んでいる…ということはどうなるのか?

 

『な、なんだ?』

 

通信越しから聞こえてくる焦りの声、それを聞き、察した。遅きに過ぎた。と

 

瞬間、密度が高められたスライムが爆発、四散した。

 

『うわぁああ!!』

『ぎゃああぁぁあ!!』

 

通信機から聞こえてくる悲鳴、悲鳴、悲鳴。その悲鳴を聴きながら自分の無力さに苛立ちを覚え、矢瀬を下唇を噛みしめるのだった。

 

ーーーーーー

 

「っ!なんだよ。これ…」

 

その光景を見たとき、古城は呟いた。見渡す限り、赤かった。港にあるコンテナやアイランドガードの防護服。果ては、コンクリートの破片までも炎が舐め続けて、血が広がっていた。生存者はいない。いるはずがない。人骨さえも残っていない状態だが、それだけは分かる。

 

「ニーナ。さっき、あんたは言ったよな。賢者の霊血(ワイズマンズブラッド)は『完全なる人間』になることこそが目的だって…」

 

古城が振り向く先には見知った顔である藍羽浅葱の顔があった。ただ、本物の浅葱と違うのはチョコレート色の褐色の肌が全身を覆っている点と黒髪を長く流している点だけだ。そんな彼女は古城の方に決して自分の顔を見せないように振り向かずに答えた。

 

「ああ、そうだな。」

「これのどこに『完全なる人間』なんてものがあるんだよ!」

 

怒鳴った。だが、そんな古城には目もくれずに、ニーナは真っ直ぐにある一点の箇所を目にして、進み出す。

苛立ちを覚える古城を手で制し、ライダーはニーナの視線の先のものを見て、傍にいたライダーは尋ねる。

 

「それは?」

「先にも言うたであろう。賢者の霊血(ワイズマンズブラッド)はその昔、目覚めたことがある。ワシが開いていたアデラード修道院の中で…な。」

「!では、それは…」

「ああ、修道院にいたシスターや子供達の骨じゃ。」

 

その言葉に衝撃を覚えた古城は急くようにして前のめる。

 

「っ!」

 

そして、それを見た瞬間、目を眇めながら呻いていた。

人骨と思われるそれらは、焼き焦げたかのように所々、消化されたかのように溶け出していた。

 

「惨いことを…まだほんの四、五歳のものまでいるではないですか。」

 

ライダーは呟きながら、腕を十字に動かすことで、死者のために祈りを捧げる。

 

「感謝する。ライダー。…何故だか貴様にそのように祈りを捧げられると無性に有難い気分になるな。」

「そのような大げさなものではありません。私はしがない使い魔であり、ほんの少し(・・・・・)宗教にも縁があるというだけのことですので」

 

ライダーは謙遜するように言った後に古城の背後を見つめる。

 

「来ましたか…」

「え?」

「貴様、何故こんなところにいる。暁古城。それと、そいつはなんだ。」

 

露骨に嫌悪を隠そうとしない口調の少女の声が耳に引っかかってきた。

その声の主は即座に思いついた。

 

「那月ちゃん!いて!」

「担任教師をちゃん付けで呼ぶな。それで、そこの藍羽にそっくりな顔立ちをした女は何だ。」

「あ、ああ、ニーナアデラードって言って、古の錬金術師らしい…」

「ほう、その古の錬金術師様がどうして偽乳を盛りながら、こんな場所にいる。」

 

今度は嫌悪というよりも、疑いの眼差しを向けながら、こちらを見つめてきた。その視線に対し、バツが悪くなった古城は、「あー…」と視線を只管に泳がせていた。

 

「まあ、ちょうどいい。貴様ら私と一緒に来い。例の腹黒王女が貴様に用があるそうだ。」

「ん?腹黒王女って…まさか」

 

ーーーーーー

 

「やっぱり、ラ・フォリアのことだったのか。」

「あら、古城。やっぱりとはどういうことでしょうか?」

「い、いや、何でもねえ。」

 

古城が着いた先は飛行場。その飛行場にある飛空挺のバルーン部分がスクリーンとなり、そこにラ・フォリアは映し出されていた。

疑問を浮かべながら、古城に尋ねるラ・ファリアは、怪訝そうな顔をすぐに全てを見透かしたような笑みに変え、話を続けた。

 

「そうですか。では、改めまして、お久しぶりですね。古城。早速ですが、事態は急を要しています。すでにお聞きしていますよね?」

「ああ、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)が凪沙たちの船に向かってるんだろう?」

「こちらが後手に回っている以上、早急に追いつく必要がございます。そこで、こちらも追いつくための手段を講じてきました。ユスティナ。」

「はっ」

 

ラ・フォリアの命令に従い、軍服を着た銀髪の美女が前に出る。

 

「すでに準備は出来ております。忍!」

「そうですか。ではよろしくお願いします。ユスティナ。」

「承知致しました。忍忍!」

 

そう言うと、不思議そうな古城の目に気づいたその女性は、得心を得たように頷いた後に自己紹介を始めた。

 

「申し遅れました。私、夏音お嬢様の護衛役を任じられております。ユスティナ・カタヤと申します。お会いできて光栄でございます。第四真祖。忍。」

「いや、うん。それはいいんだけど、あんたそのしゃべり方…」

 

そう問い出した瞬間、ユスティナはたちまち目を輝かせながら力説し始めた。

 

「はい!私、ラ・フォリア殿下から影ながら主人を護る忍者という職が日本には存在すると言われ、強い憧れを感じまして、ラ・フォリア殿下から教えて頂きましたところ、忍者は語尾に『忍』と付けるのだということから、このようなしゃべり方をしております。忍!」

 

なるほどと思うと同時に、古城はゆっくりと映像に写っているラ・フォリアを見る。すると、思った通り、必死に笑いを堪えているラ・フォリアが映し出されていた。

 

「だから、腹黒王女って呼ばれんだよ。(ボソッ)」

「何か言いましたか?古城。」

「いや、別に…」

 

こうやってる時間も惜しいと考えた古城は即座に思考を切り替え、話しを続ける。

 

「それで、ここになら、賢者の霊血(ワイズマンズブラッド)に追いつく手段があるってことだったけど、飛行場だし、ジェット機でも使うのか?」

「いいえ、違います。今回はもっと速い乗り物(・・・)に乗っていただきます。」

 

そう言われて、古城は猛烈な嫌な予感がしてゆっくりとユスティナが去っていた方向に目を向ける。

そこにはとてつもなく大きな潜水艦ほどの体躯をした金属塊があった。

翼が両側に着き、後付けされたであろうコックピットが申し訳程度につけられる

 

「これは…」

「ふむ…」

 

絶句するライダーと時代錯誤からの知識のズレで不思議そうな顔をしているニーナを尻目に古城は呟く。

 

「なあ、俺の目の錯覚でなければ、俺の目の前に巡航ミサイルが見えるんだが…乗り物なんかじゃなく」

「いいえ、それは乗り物ですよ。ほら、上部をみてください。。コックピットがあるでしょう?」

「明らかにアレ後付けだろう!ミサイルだろう!紛うことなきミサイルに俺たちを乗せようとしてるだろう!あんた!」

「いいえ、違います。アレはじゅんこ…いえ、アレは紛うことなき飛行機です。古城。ほら翼が付いてるでしょう?」

「今、『じゅんこ…』って言って、言葉に詰まっただろうが!その後に続く言葉が『艦』ならそのまま言えばいいのに、言わないってことはアレ、巡航艦じゃなくて、ミサイルだろう!だよな!!」

 

まくし立てた。それはもうこれ以上ないというほどに…だってこの自称飛行機、というかミサイル、たしかにスピードは出るだろうが、もしも着地を失敗しようものならば、一瞬にしてペシャンコだ。妹を助けに行って自分が死んでしまったではシャレにならない。というか、もしも、妹が乗っている船にぶつかりでもしたら、とんでもない。

 

「そうは言っても第四真祖。ワシはまだ当世の知識にそこまで詳しくないが、この『じゅんこうミサイル』とやらが一番早く夏音や引いてはお主の妹の元に着く手段なのではないか?」

「ぬぐっ!」

 

そう言われては若干弱る。確かに事態は急を要する。早く着けば、着くほど事態の解決につながる以上、ここで話していてラチがあかない。

 

「致し方ありません。古城。こうしてる時間も惜しい。早く参りましょう。」

「なっ!?ライダー!」

「あなたの銀霧の甲殻(ナトラ・シネレウス)ならば当たる直前でミサイルを霧化することも可能でしょう。こうしてる今も、妹君は危険にさらされ続けている。待っているだけではどの道、道はありません。たとえ、姫柊嬢がいたとしても、です。」

「ぐっ」

 

言われて、手元にある銀の槍に目をやる。先程、姫柊の師と言っていた黒猫に渡されたものだ。ギラリと輝く刃。その輝きはいつも見慣れているはずなのに、今は何故だか不安を煽る種にしかならない。

 

「…分かった。それじゃぁ行こう。」

 

降参したように溜息を吐き、目を鋭くして巡航ミサイルを見た。すると、そこで彼は何かに気づいたように振り向く。

 

「そういえば、あいつは…シェロはここにはいないのか?」

 

その言葉に対して、ニーナとライダーを除いた誰もがその言葉にハッとした。だが、周囲にはそれらしき姿は写っておらず、だだっ広い滑走路が広がるのみだった。

 

「彼ならば来ないでしょう。」

 

とそこで、沈黙を和らげるように声が響き渡ってきた。

 

「はっ?なんでだよ?」

「行きたくないわけではないのでしょう。事実、彼は今も、叶瀬夏音を思い続けている。証拠にこちらに微かな視線を感じます。」

 

そこで、だが、だからこそと言葉を続けながら確信を持って彼は言った。

 

「彼は待っている(・・・・・)のでしょう。」

「待っている?」

 

ーーーーーー

 

もう五年も前の話だ。一つの病院の一室。そこに褐色の肌をした男が近づいていく。

年齢は12歳前後。子供と言えるその外見目の端に写した病院の患者や医者、または親族たちは妙な違和感を覚えた。ただの子供にしか見えないその少年の歩き姿。それが年齢に不相応過ぎたが故に…

歩き姿とは為人を見る。まるで軍人のような、体が無駄に浮かせずに、ただ前に歩くことのみに専念した統一されすぎた無駄のない足並みを子供がやっているとなれば、気になるのはある意味当然だろう。

 

それほどに無駄なく歩いていた少年はその部屋の前に着くと、コンコンとその部屋をノックする。

 

『!はい…』

 

ハッとしたように声を上げた少女の声が上がり、自分がいるドアの前で足音が止まる気配がした。

少し緊張した。色々な修羅場をくぐってきた生前とはまた別種の緊張が自分を包む。ガラガラとドアが開いた瞬間、少年は意を決して、前を見つめる。

 

「……。」

「……。」

 

お互い無言だった。初めて会ったからということもあるが、何より、心の準備が夏音にはできていなかったことが大きい。少年は一目で看破した彼女の心情から即座に言葉を放つようにした。

 

「こんにちは。はじめまして、すでに聞いてはいると思うが、俺がシェロ・アーチャーだ。」

 

その名を聞いてようやくハッとした夏音は身体を躱し、部屋に入るように促しながら、言葉を返す。

 

「は、はじめまして、でした。私は叶瀬夏音。お父さんからはすでに話は聞いていました。どうぞ。」

 

促され、部屋に入っていくシェロその後はこの時彼女と面会を行ったことを公開した。なぜなら、その時に口から出てきた夏音の言葉。その言葉が現在に至るまで彼女に聖杯戦争のことを語らないと自分の中で決定したものだったからだ。

 

部屋に促されたシェロは近くの椅子に座り、夏音はベッドで座った。すでに大方検討はついているものの、聞かずにはいられなかったことは質問する。

 

「そういえば、君は体の方は大丈夫か?」

 

その言葉を聞いた夏音は少し弱々しい声音で返答をした。

 

「はい。その…よくは分からないのですが、私が想定以上の巨大な魔力を使ってしまったため、体が弱ってしまったらしくて…」

「……。」

 

やはり、というふうに得心がいったように心の中で首を縦に振った。

彼女ほどの才能があれば、少なくとも自分を召喚するという行為それだけで、倒れるというのはおかしい。

だが、それでも得心がいったのは自分を召喚したあの時、自分を召喚する際とはまた別の魔力を感じたのだ。つまり、あの時彼女は別の何か違う魔術を使っており、すでに限界まで来ていたことが原因で倒れていたということだ。

自らの才能、資質、能力以上の行い。それは事故的なものだ。自ら狙ったわけではない。だが、彼女はその限界を超えて自分を召喚するという偉業を成し遂げた。

かつてのあの時(・・・)のような事故。かつての自分の偉業(・・)に重なる行い。ああ、だから、それは純粋な興味だった。

 

「一つ聞きたい。叶瀬夏音。」

「何ですか?」

 

一つ呼吸を置いて、ゆっくりと言の葉を紡ぐ。

 

「もしも、君が自分の身に余るほどの力を取得してしまったら、君はどうする?」

 

余りにも急な質問だった。体調を気にした後に続く言葉とは思えないほど、急すぎる質問。そのことに多少面を食らった夏音だが、すぐに目の前にいる少年が真剣に聞いているのだということに気づき、思い直しながら、質問に答える。

 

「そうですね。私だったら、多分それを人のために使い続けるんだと思います。」

 

予想通りと言えば、予想通りな答えに僅かな失望を抱いてしまったシェロ・アーチャー。別に彼女が何か悪いことをしたわけでもないのに身勝手な失望を抱えながら、質問を続ける。

 

「それが、世界をひっくり返すほどの力だったとしても…か?」

「そうですね。そうだと思います。」

 

そう答えられてもうこの質問はやめにしようと考え、話を聖杯戦争について切り替えようとした。

 

「でも、多分私は、その時、世界を(・・・)見ていないんだと思います。」

 

と、そこで思いがけない言葉を聞いた。まだ小学生とは思えないような悟ったような口調に面を食らう。

 

「どういう…意味かな?」

「私はシスターに憧れて…ました。」

 

「いつも身近にいて、子供達を笑顔にしてくれるシスターに、植物を育てながら近所に笑顔を振りまいて、周りを幸せにしてくれるシスターに、いつも美味しいご飯を作ってくれるシスターに、私は憧れて…ました。」

「……。」

「だから、世界に目を向けるシスター。というのは何か違うと思うんです。私が憧れているシスターというのは、世界を幸せにするんじゃなくて、身の回りの人たちを幸せにしてくれる人なんだ、と思いました。」

(ああ、そうか。)

 

理解した。

 

(聖遺物が関係してる場合もあるのかもしれないが、この子が俺を呼んだ理由が分かった気がする。この子は、俺の可能性だ。)

 

目を優しく細めながら静かに思う。

 

(世界のためではなく、ただ一つの自分の身の回りという社会を維持し、守り続けていく。俺がなれなかった可能性。今俺が憧れている一つの目標。)

 

そのことを理解したシェロは静かに決意した。この子の夢を汚さないためにも聖杯戦争という世界が混濁した欲望まみれの争いに彼女を巻き込むべきでない、と…

 

「そうか。なら、一つ言っておこう。」

「?」

 

髪を梳きながら、笑みを浮かべ、シェロは言う。

 

「君には、重要な決断が迫られる瞬間があるだろう。いつかは分からない。だが、俺がここに…いや、生きている以上は大なり小なりそういった決断が必要な時が来る。その時もまた、自分の身の回りを、守りたいと思いながら、世界に対抗できるほどの力が欲しいと思ったときは、強く願え。

 

その時、俺は、文字通り君の元まで飛んでいく。」

「…?」

 

ともすれば、大きく矛盾している少年の言葉に目を白黒させている夏音は分からないなりに理解して、その言葉に頷くのだった。

 

ーーーーーー

 

「あれから、五年か。長いようで短かったな。」

 

発射しようとしている巡航ミサイル惜しいと思いながらも、見過ごす。

 

「君が覚えているかは分からない。だが、あの時、俺が言っていた言葉覚えていなくても、おそらく君は自覚するはずだ。今が決断の時だと…

はぁ、セイバーのマスターのことは言えんな。俺も相当、奇天烈なサーヴァントだ。これで彼女を守る術が一つなくなるも同然だというのに…」

 

だが、それでも夏音にとってはこの瞬間こそが全てなのだと考えた。

 

「だから、俺はここで、君を待とう。どう決断するかは君の自由だ。夏音。」


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