ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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なんとか書けた。誰か、時間を…時間をくれええええ!!


錬金術師の帰還 IV

いつも通りのその夢(・・・)。ソレを見た後、彼はいつも通り、朝食を済ませて、外を出る。基本的に無趣味だから、何をしたらいいのか分からないが、とにかく家にいるよりはマシだろうと思ったから外に出た。

 

さて何をしようかと思った後、『ああ、またか。』と後ろを振り向いた。

 

そこには、一人の少女が立っていた。

 

少女は、何かけたたましく自分に対して、吼えている様子を生返事で聴き流す少年。

正直、この少女との関係に、少しだけ辟易してたりもしていた。

 

だから、このとき、少年には知る由もなかった。その少女こそが、少年にとって、1つの願いの発露といってもいい存在となる事を…

 

いや、なってしまうことを(・・・・・・・・・)

 

ーーーーーー

 

勝手に叶瀬のことを聞こうと、那月の元に行ったことで、雪菜に大目玉を食らった古城は、ショボくれていた。そんな古城の様子に、わずかに満足したのか、鼻息を荒らしながらも、雪菜は尋ねる。

 

「それで、叶瀬さんはもう大丈夫なんですか?」

「ああ。那月ちゃんの話を参考にすると、本人は大丈夫だって言ってるが、念のために休ませるって話だ。」

「何とかなるだろう、ですか。それはどうでしょうか?」

「?どういうことだよ?ライダー。」

 

背中越しに、重くのしかかるような疑問の声を上げるライダーに対して、古城は首をかしげる。

 

「『我々の過去』とはそれぞれによりますが、ほとんどの場合は栄枯盛衰。ましてや、錬鉄の英雄『衛宮士郎』といえば、ジャンヌダルクと並んで、『全ての人間に復讐する権利がある』と言われるほど、怨嗟に囲まれた過去を、所持している英雄です。そんな過去(モノ)が、彼女のような一般人に、果たして耐えられるのだろうかと、思いましてね。」

「「……。」」

 

そのライダーの疑問は、正しいものだろうと古城も感じ取った。

叶瀬夏音は、一種、神秘染みた美貌を持つ美少女だ。その神秘的な部分とは、彼女が持つ儚げで、どのような生物にも、優しく言葉を掛けられる聖女のような博愛精神から来るモノと、その他に、彼女自身に、並ではない霊能力の才能があることにもある。彼女はその才能のせいで、『天使』などというものに、なりかけたこともあったのだ。

 

そのような精神性や経緯に対して、衛宮士郎の過去は壮絶そのもの。あらゆる人間を救い続け、戦い続け、犯罪者の脅威として、君臨し続けた。彼の生前の時代では、世界での犯罪率は、一割ほど下がったと言われるほどの大英雄。だが、そんな彼に対して、人間(自分たち)がしたことは、『裏切り』ただその一色に染まっていた。彼がどれだけ救い続け、人として正しくあろうとも、ただただ返されたのは、『裏切り』だけだ。

 

もし、自分の立場だったら、即座にそんな過去(ゆめ)からは飛び起きるだろう。厠に直行し、胃の中のモノを、全て吐いていただろう。いや、胃だけで済めば幸運かもしれない。

 

「……それはどうでしょうか?」

「「……ん?」」

 

だが、そんな古城の思考を他所に、雪菜は、ライダーに対して異を唱えた。

 

「なんでしょうか?姫柊嬢。何か引っかかることでも?」

「いえ、特に根拠などはないのですが、ただ…」

「ただ?」

 

言葉を続けるながら、古城たちの方へと向き直ると、彼女は少しだけ困ったように笑いながら、彼女は答えた。

 

「彼女はそこまで弱いようには思えないんです。」

 

そう答えた雪菜は再び背を向ける。それと同時にライダーは古城に声をかける。

 

「それでは古城、私はしばらく離れています。大丈夫です。常に注意は払いますが、見はしません(・・・・・・)。」

「は?何を…言っ…て…」

 

意味がわからず、問い返す古城は、辺りを見渡して気づいた。そこはいわゆる歓楽街、より直接的な表現をするならばラブホテル街の中心に古城たちに立っていたのだ。今まで話に夢中で気づかなかった。

 

「ちょっ、姫柊!?」

 

慌てて、呼び止めようとする古城だが、そんな古城の呼びかけを無視して、雪菜はズイズイと進んでいってしまう。すでにライダーの姿はない。というか、今思い出したが、あの男は聖人だという話だ。だったら、こんな典型的な不純異性交遊に対して、なんの忠告もなしに、送り出すというのはどうなのだろうか?

時代錯誤から性に関する理解が、いくらか開放的にでもなっているのだろうか?

 

「いや、そんなことは考えてる場合じゃねえ。おい、姫…」

「先輩。目を閉じてください。」

「え?あ、はい…」

 

有無を言わさぬ雪菜の口調に、圧倒された古城は、そのまま黙って目を閉じてしまう。これから何が起こるのか、若干の期待感を持っている自分に嫌悪感を抱きながら、静かに目を閉じている。しばらくして、雪菜がこちらに声をかける。

 

「もういいですよ。目を開けてください。」

 

そうして目を開けて、見た先には歓楽街の入り口…ではなく、場違いなほど、静まり返った骨董品店が姿を現していた。

 

「は?」

 

しばらく意味がわからず、固まっていた古城。その間に、いつのまにか霊体化を解いたライダーが雪菜に質問する。

 

「姫柊嬢。ここは一体。途中で何かおかしいことには気付きましたが…」

「ここは獅子王機関の支部です。先程は結界で見た目を騙していたんです。」

 

ああ、なるほどと、相槌を打ったライダーと古城。そして、いかがわしい想像をしていた自分たちを嫌悪しながら、その支部とやらに入るのだった。

 

ーーーーーー

 

場所はアデラード修道院に戻る。そこにはアイランドガードの死体が転がり、殺伐とした空気が溢れかえっていた。その殺伐としている原因である二人は、アデラード修道院のもうわずかしかない屋根の上で、会話をしていた。

 

少年と青年の声が響く。もはや、修道院の面影はなく、人間が訪れることなどない修道院にて響く声は、非常に珍しいと言っていい。きっと、近くに人がいれば怪しまれることだろう。だが、男たちはそんなことなど気にせず、会話を続ける。

 

「さて、しかし本当にいいのかい?先程の男、君の恩人と師匠みたいなものだったのだろう?」

 

少年キャスターの問いにシルクハットの青年『天塚汞』は実に愉快そうに答える。

 

「ああ、良いんだよ。僕にとって目的のための駒に過ぎないんだからね。それに専務も、ある意味、自分の望みを叶えたと言えるんだ。まんざらでもないと思うよ。」

 

ーーーーーー

 

つい先ほどのことだった。天塚たちは、修道院跡地の中へと進み、壁画に天塚は、叶瀬賢生から奪ったモノである『錬核(コア)』を翳した。赤い宝石に似た形のソレが近づくと、見る見るうちに壁画は同じような赤さを持つスライム状のものへと変わり、壁画からずり落ちるようにして、崩れ落ちる。バスタブ10杯分ほどの大きさのなんの形もない赤いスライムとなって、天塚たちの前に降り立ったソレは、近くにいる天塚たちに反応することもなく、その場に留まり、うようよと蠢くのみだった。

その様子を見て専務は呟く。

 

「おお、これが…」

「そう。師匠が最後に遺した錬金術の究極『賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)』だよ。」

 

賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)と呼ばれた赤いスライム状のソレを、目の前にした専務は、上半身のスーツとシャツを脱ぎ捨て、前に出る。彼の体には、いくつかの霞んだ鉱石のような石のかけらが埋め込まれていた。

 

「しかし、本当にいいのか?天塚。私に賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を譲って…」

「あんたには恩があるからね。この偽錬核(ダミーコア)がなければ僕は今頃ここにはいなかった。」

 

そう言いながら、天塚は胸元をはだけさせる。そこには、専務と同じような霞んだ鉱石のような球が、胸に嵌められ、それを中心に、ウィルスのように鋼に侵食された体が見えた。この中心の鋼の玉こそ、偽錬核(ダミーコア)。その名の通り、錬核(コア)偽物(レプリカ)である。

 

「ふっ、殊勝な態度だ。いいだろう。その忠義が、私に向けられている限り、悪いようにはせんぞ。」

 

口元をわずかに歪ませながら、天塚は恭しく一礼をする。専務は、全く嫌疑を浮かべることなく、ゆっくりと賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)近づいていく。

 

専務が近づいてくるのに反応した賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は、まるで迎え入れでもするかのように、ゆっくりと専務を包み込む。その後少しすると、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は一人の女性のような形を取り出した。

 

女性的な膨らみや丸みがより明確な形となると、何が起こっているのか分からず、専務は不安になり、事態の説明を天塚に求めた。

 

「天塚…これは…」

「ああ、その人が俺の師匠、ニーナ・アデラード。倒さない限り、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の支配は出来ないよ。」

 

その天塚の答えに今度は、安堵を取り戻した専務は、ニマリと嫌な笑みを浮かべ、その女性の形をした賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)に向き合った。

 

「そのための偽錬核(ダミーコア)だ。さぁ、私に従え!ニーナ・アデラード!!」

 

専務の体に付けられた偽錬核(ダミーコア)が鈍く光り出す。偽練核(ダミーコア)により、身体を包んだ賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)支配の上書きを行おうとしているのだ。だが、その光はすぐに何かに遮られるように収まり出す。

その光の収まりが、専務を露骨に焦らせ、そして、体が部分的に溶かされるような痛みを感じた瞬間、焦りは恐怖へと明確に切り替わった。

 

「な、何だ。これは…喰われる。くそ、なんとかしろ!天塚!!」

 

専務の恐怖した口調を相手にもせず、天塚は、三日月のように張り裂けた笑みを浮かべながら、ニーナへと語りかける。

 

「ようやくだよ。師匠!!あんたから賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を奪うこの瞬間をずっと待ち続けた。だが、覚醒したあんたは不死だ。通常なら、あんたから賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を奪うことなど、不可能だろう。なら、あんたが覚醒しきっていないこの瞬間に内部から攻撃すればいい。そうすれば、あんたはそのダメージに耐えきれずに、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の制御は不可能となる!」

 

瞬間、専務の体に取り付けられた偽錬核(ダミーコア)が四散し、後の流れは、実にシンプルなものだった。専務は、天塚に怨念の雄叫びを漏らしながら、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)に喰われていき、事態の異常に気が付いたボディーガードは、天塚に殺された。そして、偽練核(ダミーコア)の暴走により、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の支配権を失ったニーナ・アデラードは、その姿をまるで溶けていく飴のように崩していった。

 

ーーーーーー

 

実に都合よく事態が進んでくれた。

認めたくはないが、この横にいる少年のおかげ(・・・)でもある。そう考えながら、少年を見つめる。だが、そんな視線に対し、少年は

 

「ふーん」

 

興味のなさそうに、だが、わずかに眉をひそめながら、天塚の先程の返答を聞き、背を預けていた壁から背中を離す。

 

「じゃ、すぐ離れようよ。ここに人が来られでもしたら、面倒だ。」

「ああ。…それじゃあ、また後でね」

 

天塚が目を向けるその先には赤いひたすらに赤い液体とも固体ともつかず、また生物とも非生物ともつかないモノであり、体長が優に教会を覆わんばかりのソレは、天塚に向かって襲いかかる。

賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)が完全に制御下には置けず、暴走しているのだ。

だがこれでいい、と天塚は考える。元から完全に制御下に置こうとは思っていない。ただ、ニーナの制御下から離せさえすればそれで良かったのだ。

先程の専務の意識がわずかに残っており、その憎しみが天塚に向いたため、ソレは真っ直ぐに天塚へ向けて、突進していった。だが、所詮は暴走状態のソレに、天塚を殺すことは敵わず、いつのまにか目の前から姿を消した天塚を、もはや存在しないはずの目を手繰らせるように暴れまわりながら探す。

 

その様子を木陰で確認した天塚は静かに三日月形に口を歪めて、喜びのあまりにこう宣言する。

 

「さあ、存分に暴れまわってくれ!この僕の願いを叶えるために!」

 

その宣言に呼応するように赤いソレは足もないのに走り出す。これから起こる絶望と悲劇を孕みながら。

 

ーーーーーー

 

古城たちが入った骨董屋。そこは平凡な骨董屋だ。古城は骨董屋に入る機会はないものの、それでも、骨董屋とはこういうものなのだろうと、イメージすることはできる。そして、今いるこの場はそのイメージ通りの骨董屋というものを凝縮したようなごくごく平凡な骨董屋だった。侘しい品々が、昔を漂わせる木の棚に並び、その先には、玄関の土間を繋ぐように添えられた木造りの椅子があり、黒猫が座り込んでいた。ここにお爺さんか、お婆さんでもいれば完璧だな、などと思いつつ、古城は前に進む。

 

まだ人は来ていないのか、玄関には黒猫一匹しか見えない。その黒猫が一匹しかいない空間というのが、この骨董屋の元々平凡で、和やかな空気をさらに強める。

 

「やぁ、あんたが第四真祖の小僧、そしてライダーでよかったかい?」

「え?」

「…。」

 

だが、そんな骨董屋からふと妙齢の女性の声が響く。周りを見回すがやはり、人などは見当たらない。

 

「こっちだよ。第四真祖。」

 

ふと、声がする方向に目を向ける。そして、ゆっくりと視線を落とすと、そこには、『人間の言葉を喋る黒猫』という不思議な光景が広がっていた。

 

「師家様。お久しぶりでございます。」

「うむ。久しぶりだね。雪菜。」

 

猫に恭しく一礼した雪菜は古城たちに向き直ると、手を猫に差し出しながら、紹介をする。

 

「紹介します。こちら、私の師家様。つまり、獅子王機関にて戦闘の指南役をしてくださった縁堂縁です。」

 

自分の監視役である少女が、猫に対し、ずいぶんと礼儀正しく接しているという不思議な光景に、古城は頭を傾げたが、どうやら、この猫こそが雪菜の目当ての人物?ということで間違いないらしい…

と、雪菜の目的を再確認したところで妙なものを見つける。骨董屋には、似つかわしくないゴスロリメイド服の少女が、部屋の脇に立っていたのである。しかも、それだけならまだいいのだが、顔を見ると…

 

「…はっ?煌坂?」

 

そう。その顔は、獅子王機関の舞威媛である煌坂紗矢香に瓜二つだったのだ。そんな紗矢香だが、名前を呼ばれたことに対し、特に反応もせず、去って行く。紗矢香の形をしたそれは、ゆっくり縁を抱いて、膝の上に乗せ、土間の椅子に座った。

 

そして、古城の疑問を浮かべている様子に、不敵に笑った?縁は悠々と膝の上で鼻息をふんと鳴らし、胸を張りながら、古城の疑問に対して、答えを出す。

 

「獅子王機関の戦略兵器の一つを無断で使った部下への罰だよ。」

「式神…か?」

「正解だよ。さて、雪菜、例の物を」

「はい。」

 

猫に言われるがまま、雪菜は雪霞狼を渡す。猫は雪霞狼を見つめ、しばらくした後、ため息を漏らす。

 

「…雪霞狼には認められたようだね。だが、まだ、動きに無駄がある。目に頼りすぎている証拠だ。」

「…はい。」

 

粛々とした態度で、しょんぼりと肩を落とす雪菜。いつも自分に対して、若干、母親のような叱咤を繰り出してくる少女の、その珍しい様子を、古城は意外そうにに見守る。

そんな彼らの様子を他所に、縁はもう一度、槍の様子に目を配らせた後、やがて納得したように頷いた。

 

「ふむ。確かに預かった。修学旅行、楽しんできな。たまには、ふつうのガキとしての人生を謳歌しな。」

「…それなんですが、師家様。どうか、監視役の続行をお願いしたいのですが!」

「は、はあっ!!」

 

雪菜の発言に、驚いて目を剥いた古城は、今まで背中を預けていた壁からずり落ちそうになるも、なんとか体制を整えた後、雪菜の方へと向かった。

 

「ひ、姫柊、お前、何言ってんだ!?」

「先輩は黙っててください!」

 

わいのわいのと雪菜と古城が騒いでいる中、その様子を微笑ましいモノを見つめるかのように、口元に笑みを浮かべながら、縁は眺める。

 

「ふふ、堅物の雪菜がここまで誑し込まれるなんて、あんた結構やり手じゃないか?第四真祖」

「た、誑し込まれてなんていません!」

「この駄猫…」

 

悪態をつきながら、睨む古城を涼し気にかわす縁。そして、縁はそこでついに、目を細めて、一点を見つめる。そこには、先ほどから目を閉じて、壁の花に徹し続けている男に声をかけた。

 

「あんたは何かしゃべらないのかい?ライダー、いや、ゲオルギウス卿の方がよかったかな?」

 

わずかに冗談めかした口調で、ライダーに話を振る縁だった。が、ライダーの方はというと真名を言われた影響でわずかに閉じていた目を開きかけたもののそれだけであり、再び目を閉じて黙したまま壁際に立ち続けた。

 

「ライダー?」

 

いつもの聖人君主のような、柔らかな空気とは違い、剣呑な雰囲気をまとわせたライダーに、違和感を覚えた古城は、ライダーのその心情を伺い知るために口を開こうとする。と、その時…

 

ピリリと、携帯の着信音が辺りに響き渡った。

 

ーーーーーー

 

「あれ?どこに行ったの?ここら辺にあるはずなんだけど…」

 

浅葱は、ひたすら昼間アデラード修道院を行く道の途中で、草原に身をかがませて、あるものを探していた。

あるもの、とは浅葱がいつも耳に付けているピアスのことだ。ただの安物のピアスだが、浅葱にとって、問題なのはそこではない。問題はそのピアスが古城から渡されたピアスだと言うことだ。浅葱色(ターコイズブルー)のそのピアスを、浅葱はいつも肌身離さず付けていた。

そのピアスが昼休みあたりからなくなったことに気がついた浅葱は焦った。当然だ。だって、アレは古城が自分にくれた数少ないプレゼント。だから、彼女は今こうして心当たりのある場所を順々に巡っているのだ。

 

「あ、そうだ。古城にも聞いとくべきよね。」

 

そう言うと、携帯で古城に連絡を取ることから、先ほどの着信音へと経緯が移るのである。

 

『浅葱か?なんだよ?』

「ごめん。古城。ちょっと聞きたいんだけどさ。私のピアス。どこで落ちたか知らない。ターコイズブルーのやつ」

『はあ?いや、知らねえけど、どうしたんだよ?』

 

古城の問いに対して、わずかにためらいながらも浅葱は答える。

 

「…うん。実は、昼間どこかに落としたみたいでさ。今そこらを探して回ってるの。」

『そうだったのか…って、待てよ。昼間?まさか、今、アデラード修道院にいたりしねえよな?』

「え?そうだけど…」

 

浅葱のその返答を聞いた瞬間、古城の息をのむ音が電話越しから聞こえてきた。

 

『馬鹿野郎!!今すぐそこから離れろ』

「ッ!!ったいわね!怒鳴らなくてもいいでしょ!?」

 

いきなり怒鳴り声をあげられた事で痛めた耳を抑えながら反論する。

 

『いいから!言うことを聞いてくれ!ピアスなんてどうでもいいだろ!!』

「どうでもよくなんかないわよ!あれはたった一つの…その…」

 

わずかに口ごもった浅葱に対し、畳みかけるようにして古城は言葉を続けていく。

 

『ピアスなら、後で好きなだけ買ってやるから、お願いだから早くそこを離れてくれ!』

「え!本当!!じゃ、じゃあピアス以外…そう、指輪なんかでもいい?」

『指輪でもなんでも後で好きなモノを買ってやるから!!』

 

「なんだ?そこにいたのか?」

 

すると、若い男の声がいやにクリアに聞こえてきた。浅葱はゆっくりとその声がする方向へと首を向けた。

そこにはシルクハットとスーツ姿の男が不敵な笑みを浮かべながら修道院の廃墟の上に立っていた。

 

「おや、お客さんかい?ここに来られちゃった以上、残念だけど、消えてもらうしかないね。」

 

いうや否や、銀色の鞭が浅葱に襲い掛かる。

そして、次の瞬間、反応すらできなかった浅葱の胸から噴水のように血が噴き出す。

 

「う…そ‥」

 

力なく、倒れていく浅葱。そんな浅葱の状態を電話越しからなんとなしに理解した古城は声を荒げた。

 

『浅葱?おい、浅葱ーーー!!』

「ご‥めん。古城。ちょっと、これダメかも…」

 

最後に古城の声が聞けた事にわずかに安堵したような笑みを浮かべた浅葱の意識は、その言葉を皮切りに完全に暗闇へと沈んで行くのだった。

 

ーーーーーー

 

慌てた様子で骨董屋を出ていく古城とその後ろを追う雪菜その後ろから、ライダーは手を差し伸べる。

 

「つかまってください!!」

 

言われるがままにライダーの手をつかむ古城と雪菜。

その手を、しっかりとキャッチしたライダーはすぐさま、その二人を自分の愛馬の背中に乗せる。

 

「時間も押していますので、最高速度に近い速度で走ります。辛かったら、言ってください!」

「「はい」」

 

ーーーーーー

 

現場に到着した後、古城は力なく膝をついた。修道院の外側、その原っぱの上にて広がる惨状に絶望したために…

 

「ふざけん…なよ。お前…こんなところで死ぬようなタマじゃなかったろうが!!」

 

赤が広がっていた。まるでぼろぼろになった絨毯が広げられたかのような赤いシミが少女を中心に広がっていたのだ。

その赤ぎ何なのか?言われずとも理解できる。そして、その赤を見た後、居たたまれなさでライダーと姫柊は視線をそらし、逆に古城は自らの内にあるドス黒い何かをぶつけるように凝視し続けていた。

 

「おれ…のせいだ。俺が…不用意にこんなところに連れ出さなけりゃ、浅葱は!!」

 

頰に滴る熱が彼の感情への導火線となり、ポタリとそれが地面に落ち、火花のように炸裂した瞬間……

 

世界が悲鳴を上げた。

 

「うぅううわああああ!!」

「きゃっ」

「姫柊嬢!私の後ろに!!」

 

絶叫が雷を帯びて、島中に轟く。それだけでアイランドガード本部はその超自然現象に対して対応を追われた。島を島たらしめ楔にも浸透した雷は一気にこの島を揺らす遠因となった。

 

(まずい。このままでは…!)

 

島が沈んでしまう。そう考えた雪菜はライダーの後ろにいながらも雷の爆音に負けじと声を張り上げた。

 

「先輩。このままでは島が沈んでしまいます。怒りを抑えてください!先輩!!」

 

だが、古城には聞こえない。どころか怒りと悲しみの叫喚は、ますます雷光の輝きが増していく。

だが、雪菜は諦めなかった。

 

「先輩!このまま、島が沈んでしまえば、凪渚ちゃんも一緒に沈んでしまいますよ!!」

「っ!?凪渚…」

 

古城の叫喚はその名を聞いた瞬間止まった。そして、止まると同時に雷光は徐々にその暴威と輝きを失っていき、そして完全に収まると雪菜はライダーの背後から抜け出し、古城の元に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?先輩!」

「ああ…姫柊、悪かった…」

 

放心したように呟く古城に、今にも泣きそうな顔になりながら、雪菜は叫ぶ。

 

「私は、ここにいます。ここにいますから!どうか、落ち着いてください!先輩!じゃないと、浅葱先輩があまりにも報われなさすぎます!」

「ああ、ありがとう…」

「…申し訳ありません。古城。酷なようですが、戦闘準備を。敵が…来ます。」

 

その言葉を聞いた瞬間、身の内から熱が蘇る。それはこの場にやってくる敵に対する怒りの感情だ。

なぜ、そう考えたのか分からない。だが、理解できた。今、この場にやってくるのは、おそらく…いや、絶対に浅葱の仇だと…

そんな古城の傍ら、ライダーはこう考えた。

 

(妙ですね。これは…サーヴァント?いや、人間であることは確か…ですが、単体でやってくるこの気配…これは…)

 

「なんだ。そんなところにいたのか。」

 

ライダーの思考を余所に、この場にあまりに似つかわしくないほど明るい声が響き渡った。

その声に誘われるように顔を上げると、そこには、赤と肌色のボードゲームの盤面のような派手な柄のシルクハットとネクタイが特徴的なスーツを着た青年が、嗤いながら電柱の上を立っていた。

 

「誰だ。てめえ!!」

 

怒りをあらわに吠えながら古城は名を尋ねる。それに対し、青年はまるで今、そちらに気づいたようにわずかに驚きながらも、その後、すぐに笑みを浮かべた。

 

「ああ、そういえば、初対面だったね。…そうだね。いずれ、知られるだろうし、名乗っておくよ。僕の名前は天塚汞。そこのアデラード修道院の開設者。ニーナ・アデラードの弟子だよ。第四真祖。」


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