とりあえず、このゴールデンウィーク中にある程度書いちゃおうかなと思います。
「……」
「……」
雪菜とシェロは互いに向き合いながら、無言で視線を交わす。
少しして、シェロが重々しくその口を開きだした。
「すまない。姫柊。夏音を介抱してくれたことに礼を言う。後は、こちらでやっておくので、君たちは買い物を続けてくれて結構だ。」
そう言いながら、シェロは片膝を着いて、夏音の肩へと手を伸ばそうとする。だが、その手を避けるようにして、雪菜が夏音の肩を抱き寄せたことにより、その手は空を切る。その雪菜の様子にフゥと、わずかにため息を漏らす。当然といえば当然の反応にシェロは納得したからだ。
だが、ここには凪沙もある配慮からわずかに惚けた問いかけで雪菜に質問を投げかける。
「…何か、聞きたいことでも?」
「…いえ、特には、それよりも…」
言いながら、雪菜は辺りを見回す。それに合わせてシェロも辺りを見回すと、失敗したというふうに頭を抱え出す。
そう。現在、雪菜たちがいる場所はランジェリーショップなのである。ランジェリーショップとは説明するまでもなく女の下着の店である。さて、そんなところに男がとてつもない速さで突入し、今、少女の肩を抱こうとしている。そのような状態は否応なく悪目立ちする。結果、シェロは今、現在、周りにいる全ての女性たちから不快感にも似た視線を一身に浴びているのだった。
その空気に堪らなくなったシェロははぁ、と嘆息した後、やがてそそくさと片膝を上げた。
「すまないが、姫柊。店を出る間は、君が夏音を抱えてくれないか?流石にこれ以上目立つわけにもいかんからな。」
「…はい。了解しました。」
雪菜の返事を確認したシェロは、立ち上がりながら、今まで自分たちのことを見続けていた凪沙の方へと目を向ける。
「すまないな。凪沙。君にも悪いとは思うのだが、これ以上は買い物を続けられないようなんでな。」
「ううん。いいよ。私も夏音ちゃんがこんな状態の中で一人だけ買い物を続けようなんて思わないもの。」
そう言うと凪沙は雪菜に抱えられた夏音に付き添うように近づいていく。
その様子を見ながら、シェロはわずかに目を閉じ、て、何か決意めいたものを胸に秘めるように胸の前で拳を作ると、ゆっくりと歩き出すのだった。
ーーーーーー
「…ん。」
ベッドの上で目を覚ました叶瀬夏音は、住んだ月日は短いが、見慣れた天井を見て、すぐにここが南宮那月の自宅であり、現在の自分の部屋でもあることに気がついた。
「気がついたか?」
ふと声がした方向を見ると、笑みを浮かべて傍らに座り続けているシェロ・アーチャーがいた。義理ではあるものの彼女自身実の兄のように慕っている男であり、その顔を見て少しだけ安心したようにため息を吐く。
「急に倒れたそうだ。何かあったのか?」
本当は何があったのかなんて知っている。だが、敢えて聞いた。
少し、悩むように目を伏せた後、彼女は無理矢理作ったような笑みを浮かべながらこう答えた。
「…いえ、ただちょっと
その笑みを見たシェロはわずかに唇をへの字にしたもののすぐに気を取り直して、蒼天のような爽やかな笑みを浮かべてその返答に対してこう答えた。
「そうか。体を大事にしろよ。」
クシャリと、夏音の優しく頭を撫でると、背を向けた後、そそくさとその場を後にする。その時夏音に決して見せなかった表情は先程と比べ、泥でも被ったような苦悶の表情だった。
部屋を出るとそこには南宮那月が待っており、腕を組みながらこちらを睨め付けていた。
「どうやら、お前には真実を話さなかったようだな。シェロ・アーチャー。」
「ああ。彼女らしいといえば、彼女らしい。
「どうするつもりだ?」
その質問にライダーを重ねたシェロは先程の会話を思い出す。
ーーーーーー
「いつまでそうしている…とはどう言う意味かな?ライダー。」
「言葉通りの意味です。あなたはいつまで彼女…叶瀬夏音を除け者にするつもりですか?」
そのライダーの言葉を受け、シェロは大きく眉根を吊り上げる。
「除け者…か。」
「除け者以外の何だと言うのです。本来ならば、聖杯戦争のマスターだと言う時点でたとえ一般人とはいえ、説明もなしにいることはマスターに死にに行けといってるようなものです。それはあなたとて理解していることでしょう。」
「……。」
そのライダーの言葉に対して、シェロは反応しない。ただ、少し厳しそうに目を細めていることは古城も確認できた。
「あなたの言い分も理解できます。叶瀬夏音。彼女はお世辞にも戦闘が向いているとは思えない。本来ならば、
「そうだな。その通りだ。ことここまで至ってしまった以上、黙っていることの方が不忠に当たる。君に言われずともその程度分かってはいる。だが…」
そこでシェロは気づいた。自らと繋がっている夏音との魔力のリンクが余りにも不安定になっていることに…気がついたシェロの行動は早かった。即座に立ち上がると、流石に人目がある事もあり、軽く陸上競技世界記録をギリギリ越さないレベルのスピードで夏音がいるランジェリーショップの方へと走り抜けたのだった。
ーーーーーー
シェロはベッドで横になりながら、義兄に心配させまいとして懸命に振舞っていた彼女の姿を思い出しながら、静かに思い耽る。そして、先程ライダーに言おうとした言葉をこの場で言う。
「彼女には話さない方がいいように思える。たとえ、
そんな中で今現在、倒れそうになっている夏音が果たして正気でいられるだろうか?そして、耐えられたとしてそのダメージを溜め込んだりしないだろうか?正直な話、以前のエンゼルフォールのような例もある。彼女には精神的な面で戦場に向いているように思えなかったのだ。
「それでも…」
「…?」
だが、静かに呟くと、シェロはこう言葉を続けた。
「それでも、もしも彼女が戦う覚悟を決めたのならば、その時は、俺は全てを話そうと思う。当然、そうなると、古城のことも話さなければならなくなるが…」
「そうか…」
彼女にとっては不利なことだろうに、彼女は黙って聞き流し、話し終えた那月はその場をスタスタと立ち去る。
考えながら、部屋から見える窓の方を見て、視線を遠くの空に向ける。空は自らの鬱屈とした悩みなど吹き飛ばすように晴れやかな青空だった。
そんな青空を前にシェロはわずかに顔を歪めたのだった。
そんな彼の顔を覗き込むようにして見つめる那月が少しして口を開く。
「ところで、
「…?」
唐突に切り替わった話題にわずかに戸惑いながらも、シェロはアーチャーと呼ばれたことから、その話題の重要性を悟り、那月の要望に耳を傾ける。
その要望とは…
ーーーーーー
翌日になり、午前の授業が終わった後、夏音のその後が気になった古城は教室に着くとシェロの元へと行く。だが…
「あれ?」
何故だかシェロはすでに教室にいなかった。先程まではいたはずなのだが…いや、まあ、ある意味あの男は学校にいない方が好都合とのことだったので、いつ消えてもおかしくなかった。そうだとしても、こんなにいきなり変えるのは不自然すぎる。
「どうしたの?古城」
「ああ、浅葱か。シェロのやつ知らねえか?」
「シェロ?」
うーん、としばらく頭を傾げた後、浅葱は顔を上げる。
「知らないわ。昼休みだし、お昼なんじゃないかしら。」
「そうか…」
古城は思い耽るように唇に指を添える。
(確か、叶瀬は今、那月ちゃんの預かりになってたはず…那月ちゃんならなんか知ってるか?となると、職員室か、それかシェロのヤツは叶瀬に所縁のある場所に行ってる確率だってある。)
「……じょう。ちょ…」
(いずれにせよ。那月ちゃんを探さなきゃ無理ってことかよ。まあ、そこまで急がなくてもいいかもしれないけど…)
それでもやはり気になるものは気になる。何もないとは言え、シェロから以前、彼女の過去を聞かされた身としてはどうしても彼女の身の安全を確認したかった。
「ちょっと!古城!!聞いてるの!?」
「!?あ、ああ、なんだ?」
「まったく…そ、それでさ、あとちょっとで中等部の修学旅行じゃない。そうなるとあの子もしばらくの間、いない…わけじゃん。だからその間…」
とそこで古城はあることに気がついた。
すでに昼休みに入ってから結構な時間をシェロの捜索に費やした。なので、もう昼休みが終わりそうなのである。となると、那月の元へと尋ねる時間も当然ない。だが、こちらとしてはこの件をこのままにすることの方がよほど気持ちが悪い。なので…
「悪い。浅葱。午後の授業耽るから、連絡頼むわ。」
「はぁ?あ、ちょっとふざけんな!!」
浅葱にそう言うと、古城は浅葱のことに構わず歩いて行った。そして、当然そんなことで納得などできない浅葱は古城に着いていくのだった。
ーーーーーー
「……。」
アデラード修道院の最奥にシェロ・アーチャーは立っていた。シェロは奥にある金属でできた彫刻の絵に手を添えて、静かに目を閉じていた。
その様子を傍目で確認した現場のアイランド・ガードたちは不審がって彼を連れてきた那月に質問する。
「あの、先生。彼は?見たところ、彩海学園の生徒のようですが…」
「ああ、協力を頼んでな。ヤツの場合は特例で学業を放棄してもいい、とそう伝えた。」
「…!」
その答えを聞いたアイランド・ガードは驚愕を露わにした。南宮那月は尊大な態度をこそとるが、その実、非常に面倒見がよく、だからこそ自他に対して必要以上と言ってもいいほど厳しいことで有名だった。その彼女が特例とはいえ、生徒に対して『学業を放棄してもいい』などということは正直ありえないことなのだ。
「無論、このようなことは今後一切許さないつもりだ。生徒への示しがつかんからな。だから…」
そこで言葉を止めるのと眉をひそめながらシェロが顔を上げるのはほぼ同時のことだった。
シェロは目だけで那月に合図を送ると、那月はそれに対して、面白くないように舌打ちをして、修道院に背を向ける。
「あ、南宮教官どちらに…」
「今言った『特例』を許していない馬鹿どもに説教をしに行く。少しの間、ここを頼んだぞ。」
「え?」
そういうと、那月はスタスタと去っていく。こちらへと近づいてくるあの馬鹿で怠惰な第四真祖の元へと…
ーーーーーー
那月がスタスタと歩き去って行った先、そこでは現在、古城が浅葱を草の上に押し倒していた。そんな姿に対して、那月が侮蔑の表情を向けないわけもなく…
「で、貴様らは一体何をしにここまで来たんだ?」
虫ケラを見るような目付きで古城を一瞥する那月。
那月の個別職員室に向かった古城だったが、そこには那月はおらず、代わりに那月のメイドと化しているアスタルテと呼ばれる少女がそこにはいた。その彼女から那月はここにいると聞いたので古城はアデラード修道院に向かおうとしたのだ。
「いや、ちょっと気になることがあってさ。那月ちゃ…いって!」
「担任教師をちゃん付けで呼ぶな。どうやらまた痛い目にあいたいようだな?」
古城の失礼な態度に対して、手持ちの扇子で小突く那月。また、というのは先程、古城たちがこちらに近づいて来ている時のことだった。無防備に近づく古城に対して、透明な空気弾のような一撃が襲いかかって来たのだ。古城にはその攻撃の正体が分からなかったが、どうやら、那月の口調から察するに、アレは那月の仕業だったらしい…
「…で、聞きたいこととは何だ?一応、聞くだけ、聞いてやる。」
「あ、ああ、確か叶瀬って、今あんたの所に預かりになってたよな?アレからどうしてるかな?って思ってさ。」
叶瀬?と眉をひそめる浅葱を横目に質問する古城に対して、予想していたのか、わずかに嘆息しながら、その質問に答える。
「叶瀬夏音は、現在、療養中だ。本人的には大丈夫だという話だったが、まだ顔色が優れているとは言い難かったからな。修学旅行前ということもあるし、休ませることとした。」
「そうか…でさ、那月ちゃんたちは一体ここで何してんだ?」
「…はぁ」
その質問もやはり予期していたのか。那月は嘆息する。
「ただの副業だ。」
「副業って、国家攻魔官だよな…」
「ああ、アデラード修道院の方で調査の方をな。叶瀬賢生を覚えてるか?」
「叶瀬の親父さんか?」
「そうだ。ヤツが襲われたという報告があってな。一命は取り留めたが、そのヤツが報告するにアデラード修道院の方に襲撃犯は目的があると見られている。だから、アデラード修道院を調査している。それだけだ。」
それだけ言うと、那月はその場を離れようとする。古城はそれに対して、慌てた様子で質問を返そうとする。
「え、ちょっと待ってくれよ。那月ちゃん。なんか俺に手伝えることねえか?手伝うぜ。」
「そうか。ならば是非とも、手伝って欲しいものがある。」
その言葉に期待を込めた古城はわずかに笑みを浮かべる。そして、それに対して、那月は不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと振り返ると…
「午後の授業をサボった分、補修を受けてもらおう。」
「な、何だそりゃ!?」
驚愕に目を剥く古城を横目に、浅葱は当然だと言わんばかりに嘆息した。まったくもってその通りだ。だって、自分たちは所詮学生、学生の本分は勉学なのだから那月の返答は至極当然と言えた。
ーーーーーー
戻ってきた那月は彫刻の前に立つシェロに話しかけた。
「…それで、どうだった。その彫刻は」
「どうやら当たりだ。この彫刻、傍目にはただの彫刻にしか見えんが、本来の用途は別の何か。おそらくこれが、叶瀬賢生が言っていた
目の前の彫刻を一瞥しながら、那月は感心したようにシェロのことを見る。
「さすがは、『衛宮士郎』と言ったところか。『あらゆる造形物の本質を見抜く解析眼』というのは伊達ではないな。私ですら、この彫刻はただの彫刻にしか見えんというのに」
「茶化すな。これしか能がないだけだ。実際の話、これはよくできている。芸術性もそうだが、何より、一流の魔女である君ですら誤魔化しきれるほどの擬態能力。俺でさえ、見た瞬間にわずかな違和感しか感じなかったほどだ。」
そういうと、今度はシェロの方が那月を見つめる。
「それで、どうするのかな?これを搬送でもするのか?」
「その予定だったが、何か突っ掛かる言い方だな。」
「少しだけ違和感があってな。今この場でこれを動かすのはまずいように思う。まあ、ただの勘だが…」
「ほう。何故だ?」
「勘と言っただろう?ただ、少し根拠として加えさせてもらうならば、この前、夏音たちとのショッピングモールに行く最中、わずかだが、戦場に近い匂いを感じた。ライダーもそのことを感じ取ったんだろう。出る必要もないのに古城に近づいて、
だが、結局何も起こらなかった。そのことが逆にシェロの不安を際立たせた。
「俺たちの危険度を察知したというのならば、それはそれで厄介だが、問題は自分自身で危険度を察知していなかった場合だ。」
「ほう。」
「察知していなかったということは、誰かに『俺たちの危険度』を教えてもらう必要がある。」
つまり、と言葉を繋げながらシェロは結論を出す。
「サーヴァントが助言を行った可能性がある。そして、残念ながら俺の予想ではこちらの方が有力な説だ。あんなズボラな殺気を垂れ流し、戦場を意識させるようなヤツがいきなりその殺気を封じ込める、なんてこと、誰かから忠告されなければまず実行できない。」
まあ、と一拍置いた後、那月の顔を覗き込むように視線を向けたシェロは…
「誰に対する殺気なのか、そもそも、襲撃犯本人の殺気なのかというところは曖昧だし決まりきってはいない。確率としても現在は精々が30%いくか、いかないかだ。だが…ここまで時期が合致していると…な」
「……。」
「だから、この場からこの彫刻を動かすとなると、それなりの覚悟が必要だ。元々すぐには出来ないのだろう?その間に考えておくべきだ。」
そういうと、シェロはアデラード修道院を後にした。時刻は授業が始まって幾許かもたっていないが、彼はその足を学校に向けることはなく、ゆっくりと帰路に着きながら、静かに彫刻を見つめ直す。
(まあ、俺が犯人の立場ならば、そのわずかな期間内に確実に目的を遂行しようとするだろう…とはいえ、この場にずっといる訳にもいかない。夏音の護衛もあるしな。)
そう考えながらも足を止めることはなく、シェロはその場を去っていくのだった。