ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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蒼き魔女の迷宮 II

「いやー、ごめんね。まさか痴漢と間違えて夏音ちゃんのお兄さんを捕まえちゃうなんて!」

 

全く反省の色が見れないような明るい調子で謝ってくる目の前の中華服の女性に技をかけられようとした腕を回し、嘆息しながら目を向ける。

 

「俺としても、まさか夏音の担任に痴漢呼ばわりされるとは思いませんでしたよ。」

 

あの後、シェロと笹崎はお互いに技を掛けよう、掛けられまいとお互いに足掻き続け、古城たちの仲裁が入り、ようやく誤解が解けたところで彼らは両手を離したのだった。

 

「それにしても驚いたわー。途中から結構本気で技を掛けようとしちゃったりしてみたんだけど、全然掛からないんだもの。」

「一応、昔、拳法を少々齧っていましたからね。」

 

笹崎としては、それは嘘だと否定したいところだ。あれは断じて齧った程度でできる動きではない。それこそ死ぬほどの努力によって積み上げてきた拳であることは先ほどの技の応酬で理解できた。

だが、彼はそれを齧った(・・・)と言ったのだ。

 

(これは、案外この人の言っていたっていうことは本当だったりしちゃうかもしれないですよ。先輩。)

 

先輩とは同じ職場にて尊敬している先輩教師を務めている南宮那月のことだ。那月はこのサーヴァントという存在についてはある程度の実力者、権力者に知らせておくべきだろうと考え、伝えたのだ。笹崎はその数少ない事情を知っている人間のうちの1人だ。

少しの間値踏みするかのように目を細めてシェロを見つめた笹崎はやがて、すぐに話題を切り替えようと顔を上げる。

 

「それにしても、おっかしいなー。ちゃんと痴漢の手を掴んだはずなんだけど。」

「本物の痴漢は私が捕まえたぞ。馬鹿犬。」

 

大人びてはいるものの少したどたどしい印象を受ける声音で話しかけられたシェロたちと今まで静観していた古城たち4人は、そちらを振り返る。見ると、そこにはなぜか中等部の制服に身を包んだ南宮那月がそこには立っていた。

 

「那月ちゃん…何だ?その格好?」

「何、最近、モノレール内にて痴漢の被害が続出していてな無理を承知で私が中等部の頃着ていた制服を使って囮捜査をしたと言うわけだ。」

「いや、無理っていうか…」

 

沈黙が4人の間に跋扈する。正直、似合いすぎている。彼女は魔女としての才能に恵まれ、中等部の頃にはすでに自らの魔女としての魔術を極めてしまっている。その結果、彼女の発育はその年で止まっているのだ。なので、普通、那月ほどの年齢になるとまず着れないだろう服を着ても違和感などあろうはずもない。

 

「似合いすぎだろ…」

 

古城のその呟きに他三人は心の中で同意する。

その言葉を不服に思った那月は眉を吊り上げ、古城を睨みつけてきた。はたから見れば、あどけない少女が1人の少年を見上げてるようにしか見えないが、視線を受けてる古城はその視線に対し、思わず目を逸らし、頬に脂汗を流していた。これもまた、端から見ればわからないのだが、古城は凄まじい刺すような殺気というものを那月から一身に受けていたのである。

そんな光景に呆れ、さすがにかわいそうだと考えたシェロは助け舟を出した。

 

「姫柊、古城。そろそろ行かなければ遅刻すると思うんだが…」

「え?うお!やべ!」

「もう、こんな時間だったなんて…」

 

手元にある腕時計を見ると今から急いで閉門時間ギリギリというところだ。

なので、古城たちは急いで那月たちに背を向け

 

「そんなわけだから…悪い那月ちゃん。もう行くよ」

「失礼します。」

 

そそくさと古城たちは学校に向かおうとするそんな背中に対し

 

「暁古城」

 

那月はわずかに必死そうな感覚を言葉に踏まえて言い止める。

 

「えっと…なん…ですか?」

「いや…」

 

那月はそう言ってしばらく考え込むと、やがて何かを振り切ったように皮肉げな笑みを浮かべ

 

「来週もちゃんと授業だからな。ハロウィンの空気にかまけて授業に出席しないなんてことはないように…

 

とまったくもって余計な忠告をしていったのだった。

 

ーーーーーーー

 

教室に着いた古城はひたすらだらーっとして座っていた。そんなダラけている途中にシェロは上から頭を軽く叩き

 

「古城。夏音が何か用があるようだ。」

「へー…って、え!?叶瀬が!?」

 

こういうダラけている時はある程度のことは聞き流してしまう古城だったが、さすがに今のは聞き流せない。…何というか、最近爆弾発言するのは決まってシェロのような気がするが、そこはまあ置いておこう。

シェロが指差す方向を見てみるとそこには軽く会釈してこちらを教室の出入口から窺っている夏音の姿があった。

慌てた調子で古城は教室の出入口まで近づき、夏音と話し始める。

その様子をクラスの全員が不審に思う。古城はともかく、夏音はこの彩海学園では結構な有名人で聖女などと呼ばれているのだ。それが自分のクラスのダラけ男と仲良さそうに話している。正直、違和感が半端ではない。

そして、そのことに目をつけた彼女(・・)はシェロの方へと近づいてくる。

 

「ねぇ…あれ、どういうわけなの?」

 

浅葱は怪訝と警戒を顔に表しながら今なお仲良さそうに話し続ける夏音たちの方を見つめる。そのことに対し、シェロは若干の苦笑を心に交えて

 

「別に君が気にしているようなことではないさ。ただ、少々彼らには縁があってな。そのことを含めたことなのだろうさ。」

「…ふーん。」

 

浅葱は興味なさげな顔を表に出しているが、安堵しているのだろう。先ほどまで力が入っていた肩に力を抜かしている。

 

「よかったじゃない。浅葱。シェロくんがこう言うってことは確実だと思うわよ。」

「ああ、何だかんだでこいつこの学校では結構顔が広いからな。」

 

安堵した浅葱を茶化すようにクールビューティーな少女・築島リンと矢瀬基樹が間に入ってくる。だが、その言葉を閉ざすように

 

「それで私の退院祝いに凪沙ちゃんがお兄さんたちの家でパーティーをしたいというんですけど、よろしい、でしたか?」

「ん、ああ。いいぞ。」

 

夏音の決して大きくない、だが確かな爆弾発言が投下された。その光景を見たシェロはやれやれと肩をすくめ、浅葱は絶句していた。

そして、こういう時、サイドにいるマネージャー達(友達)は実にいい仕事をする。

 

「あ、そんじゃ、古城。そのパーティー、俺らも参加していいか?」

「は?」

「え?」

 

浅葱と古城は同時に口をぽかんと開ける。そして、その機を逃さんとばかりに築島は言葉を畳み掛ける。

 

「そうね。いっぱいいた方が楽しいだろうし、いいわよね。暁くん。」

「あ、ああ、まあ、別にいいけど…」

「え、えええええ!?」

 

思わぬ形で古城の家に行くことになった浅葱はただただ絶叫し、シェロの方はといえばその様子に肩を揺らして笑っていた。だが…

 

「っ!?」

 

突如として背後に感じた怖気にも近い殺気を感じ、教室の窓の方を振り向く。

 

(今のは…気のせいか?いや、今の俺にここまでの殺気放てるとしたら、限られてくる。その上、あれほどの殺気…只者ではない。)

 

今のエミヤシロウは最強または、規格外クラスの力を有している。そのシロウがサーヴァント・アーチャーとして警告を発するほどの怖気。別に恐れなどないにしろ、アレは間違いなく、最強クラスの英霊のしかも随分と馴染み深く、それでいて警告を自分にするような気配だった。

 

(全く、叩き起こされたような気分だな。まるで平和ボケなどしているんじゃない。と俺に鼓舞でもするかのような殺気だったぞ。)

 

少ししてその殺気は解かれた。気配を消したのか、それとも自分の気配探知の外へ行ったのか。後者だった場合、絶対に今すぐには確認が取れない。アーチャークラスのサーヴァントはその戦闘スタイルの特性上、他のサーヴァントよりも気配探知能力が非常に優れているのだ。つまりその気配がなくなったのが前者であれ、後者であれ絶対にシロウはその敵は追えないことになる。

その今は感じない気配に対し、最大級の警戒をしながら、シェロは1つの答えに行き着く。

 

「…コレは、そろそろ力の封印を解かねばマズイかもな…」

 

ーーーーーーー

 

退院祝いのパーティーに呼ばれたシロウは、パーティーの喧騒を他所にベランダで少しの間涼んでいた。

考えているのは昼にあったあの強大な気配について結局、あの後、シロウは誰にも会うことなく、ここにいる。一体、アレは何だったのだろうか?サーヴァントが自らの気配をこれでもかと言わんばかりに強調する。それは愚行以外の何物でもない。おそらくは自分に気づかれたということをいち早くに気付いたあのサーヴァントはそのことが原因ですぐに殺気を解いたのだろう。つまり、アレは誰かに気付いて欲しかった。

 

(とすると…)

「ライダー。」

 

そこでこの家にいるはずのライダーを呼び寄せる。するとライダーはベランダにて霊体化を解き、シロウのすぐ横に来たのだった。ライダーは今、浅葱たちが来ているということもあり、彼らに気づかれないように静かに黙祷を捧げている最中だったようだ。

 

「何でしょうか?アーチャー?」

「今日、何か変わったことは起こらなかったか?」

「?なぜそのようなことを?」

「何。同盟を結んでいる関係上、君ともある程度情報を共通しておく必要があるだろうと思ってな。それで?どうなんだ?」

 

探りを入れる。ライダーもそれが探りだとは見抜いているのだろう。だが、現状、そこまでシロウのことを不審に思っていないライダーはあっけらかんと

 

「いえ、ありませんでしたよ。それで、そちらは…」

「ああ。そうだな。何もなかったよ(・・・・・・・)。」

 

嘘ではない。実際、サーヴァントとは一騎も会わなかったし、自分のあの感覚も気のせいだったといえば、それで繋がってしまう。まあ、もっとも、あの感覚は気のせいなどではない。とほぼ確信を持って言えるのだが…だが、ライダーはその嘘偽りない言葉に対し、不思議に思った。

 

「では、なぜ、そのような質問を?」

「…そうだな。強いて言うのなら…」

 

シロウは空を見上げ、そして答える。

 

「戦士の勘…というやつかな?そろそろ何かが起こる。そんな気がしてならないんだ。」

「なるほど、言われてみればそうかもしれません。」

 

ライダーであるゲオルギウスはドラゴンスレイヤーとしての伝説を持ち合わせている。それ故、突発的な闘いを目の前にすることはあってもそれらは早期に決着がつくものがほとんどだった。だから、彼は闘いの気配というものを感じるという点で言うのならば、シロウよりも劣っていた。だが、そんな彼も意識を研ぎ澄ませば

 

「なるほど…確かに何か起こりそうな気がしますね。」

「ああ。かなりデカイ何かがな…」

「どうしますか?」

「それこそ、決まっているだろう。

 

ただ、この身を主人を守るために使う。それだけだ。」

 

ーーーーーーー

 

「あーあ、これでおしまいですの?全く、随分と虚しい歓迎ですこと。ねえ、お姉さま。」

「そうね。オクタヴィア。久しぶりに来てあげたというのだから、もう少し派手な歓迎を期待していたのだけれど」

 

黒いフードと黒い魔女帽子がよく似合う女性2人は死屍累々というように倒れているこの島の警備兵たちに対し、いかにも退屈そうな表情でそれらを睥睨する。

 

「まあ、この島はこの程度が限界かしらね。では行くわよ。ランサー。何のためにあなたを連れてきたのかその意味を忘れないでちょうだいね。」

 

長女エマ・メイヤーは1人の男に向かってそう言った。

その男は赤い槍と青い髪を吹き散らしながら、わずかに舌打ち気味に自分の主人たちを見るとゆっくりと近づいてきた。

その様子に満足げな笑みを浮かべたエマとオクタヴィアは夜の闇に溶けていくようにコツコツと靴を鳴らしながらゆっくりと絃神島へと歩を進める。


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