ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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蒼き魔女の迷宮
蒼き魔女の迷宮 I


「おっと!」

「きゃっ!?」

 

いつも以上に混んでいるモノレールの中で古城と雪菜は密着して立っていた。彼らの頬が二人揃ってわずかに赤くなってしまっているのはしかたないことと言えるだろう。なにせ、密着ということは色んなところが触れ合っているわけなのだから

 

「わ、悪りぃな。姫柊。ワザとじゃないんだが…」

「はい。こちらこそです。こっちもワザとじゃありませんから…不可抗力ですから!!」

 

若干強張るように声を吊り上げていた気がするが気にしないことにする。

 

「それにしてもなんで急にこんなに…」

「ああ、それは波朧院フェスタが近いからだろうな。」

 

するといつの間に近くに居たのだろうか。シェロ=アーチャーが彼らの横に居た。いや、シェロと呼ぶのは不適当なのかもしれない。彼の本当の名前はもっと別だと彼自身が述べていた。

なので、昨日のことを含めた意味もあるが、古城たちは正直どんな顔をして彼に会えばいいのか分からなかった。

 

「…そこまで緊張しなくてもいい。俺はいつも通りシェロ=アーチャーということで通してくれ。それとも、君たちは俺の真名について何か思い浮かんだのか?」

「え!?えーと…」

 

こういうのは有名であればあるほど、自信満々に当ててみろと言ってくると戦い方を詳しく見せない限り、案外バレない。なにせ、人とは有名な名前が頭の中に出て来れば出てくるほどその自信満々の態度からまさか引っ掛け!?という思考回路が生まれその真実に至るのに遠のく場合があるのだ。よって古城たちもある程度、自分たちが知っている名前が頭の中に思い浮かんでも、まさか(・・・)と否定してしまったわけである。

特に古城などはゲオルギウスさえも知らなかったほどである。そんな彼がこの浅黒い肌と白髪の男の真名など当てるなどというのは実質不可能に近い。

 

「すみません。その浅黒い肌から中東方面の偉人だと思うのですが、どうでしょうか?」

「…それを俺に聞いてる時点でアウトだと思うのだがね。」

「うっ!」

 

そのズバリとした指摘に息を詰まらせた雪菜の表情にやれやれと言った表情でシェロは頭を左右に振る。

 

「まあいい。先の波朧院フェスタについての説明を続けよう。波朧院フェスタとはその名の通り、ハロウィンをモデルにした絃神島特有の催し物だ。その際、絃神島の交通網は観光客や絃神島にビジネスを求める者たちのためにかなり緩くなる。だから、このようにモノレール内部は混雑しているというわけだ。」

「なるほど。ハロウィンをモデルに…ですか。正に絃神島ならではというところですね。」

「ん?なんでだよ?」

 

そこで古城は首を突っ込む。

 

「魔術に関わりがなかったから知らんだろうが、ハロウィンとは元々、魔除けの儀式だ。その昔、この時期になると、異界との境界に揺らぎが生じ精霊や魔女が人里に押し寄せてくると信じられていた影響でできた…な。」

「へぇ…精霊と魔女ねえ…そんな奴らとはお近づきになりたくねえな。」

「はい。ですから先輩。気をつけてくださいね。」

「え?」

 

不意を突かれたように雪菜の方を振り向く古城に呆れの眼差しを向ける雪菜は

 

「だって、この島で最も危険で不安定な魔力は先輩の魔力なんですから。」

「うぐっ!」

「…まあ、とは言え、もう手遅れな気がするが…」

「は?」

 

雪菜の言葉に対して、喉を詰まらせたような声を上げた古城だが、それ以上にシェロの言葉が聞き捨てならなかった。何というか正体が明らかになって以降、この男の言葉は絶対に聞き逃しちゃいけないような気がしてならなかった。

 

「え、ちょっと待て!手遅れって…何がだよ!?」

「電車内では静かにしろ。古城。というか、何がも何もそのままの意味なのだがな。我々英霊は人間霊としてではなく、精霊として祀られていると言っても過言ではない。その力を写し取っただけの存在に過ぎないにしろ、要するに既にお前はその精霊に関わっていることになる。」

「え?それマジ?」

「ああ、マジだ。だから、手遅れだと言ったのだ。何だ?ライダーに聞いてなかったのか?」

 

頭が真っ白に…なったわけではないにしろ目が点になったかのように素っ頓狂な表情を古城は浮かべる。

その表情に対し、シェロはわずかに怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「ん?そういえば、ライダーはどうした?まるっきり気配を感じないが…」

「え?あ、いや、それは…」

 

ーーーーーーー

昨日

 

「こんにちは。凪沙さん。私の名前はライダー。あなたのお兄さんとは少し古い関係でして…しばらくの間この部屋に泊めていただけませんでしょうか?」

「……。」

 

そんなことを突然言われた凪沙は何がどうなってるのかさっぱりだった。

 

「ねえ。古城くん。古い関係って、私、こんな人全然知らないんだけど…」

「え、あ〜、いや、その何だ?なんていうか、結構前に那月ちゃんの知り合いとして紹介されたことがあって、その伝で…な」

 

苦しい言い訳だが、こう言う他に古城に他に道はなかった。なにせ、この目の前の男を自分が間違って召喚してしまったがために殺し合いに自分も巻き込まれることになったんです。などとバカ正直に答えた暁には正直、自分の正気を疑う。

 

「ふーん。那月ちゃんが…ね」

 

ひどく疑わしい表情で見つめてくる凪沙に対し、古城はまっすぐと視線は返せなかった。それはますます凪沙の懐疑心を高める結果になるだろうということは頭で理解できても行動に移せないというのが人の心の厄介なところである。

だが、先に折れたのは意外にも凪沙の方であった。

 

「ま、いいよ。分かった。とりあえずこのライダー…さん?としばらく一緒に暮らすってことでいいんだよね?」

「あ、ああ。」

「…うん。まだ初見だし分かんないけど、悪い人ではなさそうだし、これなら深森ちゃんたちもOK出してくれるでしょ!それにしても多いな〜。最近、ここに新しく移住してくる人私たちの近くで増えてるよね。一体何でだろ?はっ!これはもしかして何かが起こる予兆!!…ってそんなわけないよね。冗談、冗談。あ、ライダーさん何か好きな食べ物ってある?良かったらそれを今日の夕飯のメインにしようと思ってるんだけど、どうかな?」

 

ひと段落つき、凪沙のいつものマシンガントークの悪癖にさすがの聖人もたじろいだがそこは今まで布教を続けた人物なだけあり…

 

「いえ。私にはお構いなく…住んでもらわされてる身でこれ以上の贅沢をできませんし、何より貴女のようなか弱い少女に負担を増やすのは私の望むとこではありませんので…」

「大丈夫だよ〜。二人分も三人分もそんなに変わらないし…」

 

一人おいてけぼりになっている古城は先ほどの凪沙の『何かが起こる予兆』という言葉に過敏に反応したせいもあってかわずかにうつむいていた。

 

(失礼します。少しよろしいでしょうか?マスター。)

「ライダー?ああ。いいぞ。」

 

食事が終わった後、ライダーは古城が風呂に入った後を狙って話しかけてきた。古城の部屋内ということもあってわずかにライダーの声がくぐもって聞こえる。

失礼します。とライダーは言った後、静かに扉を開き、そして閉めた後、彼は座り込む。

 

「で?何の用だよ。」

「はい。今後の行動についての方針なのですが、私としては貴方の護衛を兼ねて、貴方の周りを監視していたいのですが…どうでしょうか?」

「悪い。それやめてくれるか?」

 

即答だった。理由は至極単純で

 

「もう最近、そういうことが多くて多くて仕方ねえ。いい加減1人か2人はそういうの抜かしたいんだよ。」

「…ええ。そうでしょうね。今までの貴方の行動をずっと見てきましたが、確かに貴方の周りでは監視や警護そう言ったものが多くいました。」

 

しかも、ライダーがこの短い間に気づき、古城が気づいていないだけの物で、ザッと50は超えていた。いや、正確にはアレらは1人から出された使い魔なのだろうが、あれだけの数の使い魔を操作し、情報を収集できるものだとすれば相当なものであるのは間違いない。

 

「ですが、これもあの姫柊さんに聞かされ慣れていることでしょうが、貴方は注意が散漫すぎる。それほどの力。我ら英霊でもそれほどの火力を持つものとなるとかなり限られてきます。ならば、その力を狙うものは必ずこの聖杯戦争において、いないと言えますか?」

「……。」

 

言われて押し黙ってしまう古城。だが、やはり護衛を自分の周りにこれ以上置くというのは抵抗があった。確かにライダーのいうことは正論だ。だが、古城は元より怠惰な性格だ。その怠惰な性格がこれ以上四六時中ずっと見続けられるというのは正直抵抗が強かった。

 

「…それでもやっぱ、無理だ。これ以上は…その何つーか疲れちまう。」

「…そうですか…仕方がありません。あまり心労をかけ過ぎるのも、マスターのためになりませんし、それがマスターの望みだというのならば私もその御心に従うまでです。」

 

意外なほどアッサリと身を引いてくれたことに驚き、古城は目を見開く。

 

「驚いた。正直、俺の意思とか関係なく護衛を続けてくると思った。」

「そんなはずがありません。私たちサーヴァントはマスターの忠実な僕この身はただ主人のために尽くし、そして主人のために為す。それが我らです。ですから、私の護衛がマスターの心象をきたすようなことがあるというのならば、私は貴方の『護衛をしないでくれ』という命令を聞きましょう。それが我らです。」

 

そう言ったライダーは背を向け、ドアノブに手をかける。

 

「では…良い夢を…あまり夜遅くまで起きるのは明日の朝用事があるものにとって辛いものがありますので、お早く眠ってください。」

 

そう言って、ライダーは今度こそ部屋を出た。

 

ーーーーーーー

 

「つーわけで、今はライダー連れてないんだ。」

「……。」

 

この場合、同盟を結んだもの同士何かしら忠告するべきなのだろうが、彼にはそんなことはできなかった。いや、というか、してもそれがブーメランで自分に返ってくることまちがいないので出来るわけがなかった。

昔、散々彼女に苦言されてこの男は結局1人で学校に行ったのだから。

 

(まあ、彼女は元々、霊体化できないというデメリットもあったわけなのだが…)

 

だが、まあ、やはり忠告はすべきだろうと考えたので、

 

「あのな、古城…」

 

そう言った瞬間、モノレール内がモノレールの急ブレーキにより思い切り揺れる。

 

「きゃっ」

「のわ!?」

「むっ?」

 

その瞬間、シェロ以外のすべての人間が進行方向とは逆に頭を仰け反らせる。その際、古城は誤って雪菜の胸を触ってしまい、慌ててその手を放す。

 

「!先輩!?」

「ま、待て!今のは不可抗力で…」

 

大声を上げられ、ビクリとした古城は慌てて弁明する。

 

「いえ、そうではなくて、彼女。」

 

だが、雪菜はそのことを別に気にした様子もなく、別の方向へと顔を向ける。そこには幼気な少女の下半身に手を近づけていたサラリーマン風の出で立ちをした男が立っていた。

それは遠目でちゃんと確認できるほどの…

 

「っ!痴漢か!野郎!」

 

古城はそのサラリーマンの手をどけようと近づこうとする。

 

「待て!古城。俺が行く。」

 

だが、彼よりもその現場に近いシェロが手で古城の行く手を塞ぐ。これだけ混み合っている中ではこの中で一番近いものが痴漢を防いだ方がいいだろうと考えたためだ。そして、彼はその痴漢現場へと歩を進める。

そして、サラリーマン風の男の手をどけようとした瞬間、ガシッともう片方の腕を掴まれる。殺気がない上にこの混雑の中ではさすがのシェロも仕方がないかと思った次の瞬間、全身の表毛が逆立つ。所謂危険信号という奴だ。今この手を何とかしなければ自分は技をかけられる。それを理解したシェロの行動は早かった。まず、技を掛けようとしている腕を掴もうとし、急いで掴まれた腕の反対側を引っ込めて掴まれた腕の方へと向ける。

だが、予想以上に技の入りが早い。どうやら、このまま投げ飛ばそうとしているようだ。この混雑の中で投げをやるとなると小手返しかそれに類する技のはず…そう考えたシェロは腕を技を掛けようとする方向の逆へと捻り技に対抗しながら、そして、ついに技を掛けようとする腕を捉えることに成功する。

 

「捉えた!」

 

シェロがそう宣言すると同時に、ピーッとモノレールが駅に着いたサイレン音がモノレール内に響き渡る。

次々と車内の人が降りていくとようやく自分に技を掛けようとした不届き者の顔を見れるようになってきた。

 

「…はっ?」

 

ひょっとすると痴漢の仲間かもしれないと思ったシェロはその光景を見て愕然とした。その人間は夏音の担任教師でもある笹崎だったのである。

笹崎はその手を掴んだまま、

 

「えーと…痴漢1人確保!!」

 

戸惑いながらもそう宣言した。


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