少しして絃神島からの救助船が無人島に届き、それに乗り、古城たちは絃神島へと移動した。今はある旅客船にいる。
ここはそんな旅客船の中のとある一室。病院に行く前に意思表示を確認したくてラ・フォリアはベッドに横になっている夏音へと話しかける。
「そうですか…では、やはり…」
「はい。私を家族として迎えてくれるというのは非常に有難い話なのでしたが、やはり、私は住み慣れたこの島に残っていた方がいいんです。ごめんなさい、でした。」
申し訳なさそうに掛け布団の中に顔を埋める夏音の反応を見て、苦笑したラ・フォリアは…
「いいんです。あなたがここに残りたいというのならば私は止められませんもの。それよりお身体をお大事に…夏音。」
「はい、では、ありがとうございました。」
夏音がそう呟くと、横になっている夏音のベッドをそれごと運び出すために滑車のストッパーを外し、二人の医者らしき風貌の者たちが運び出す。
完全に救急車の中に入った夏音を確認したラ・フォリアは今度は別の方向に目を向ける。
そこには自分の護衛役であるポニーテールが目立つキリッとした表情の舞威姫と褐色の肌に学生服、そして黒いブレザーに赤縁の眼鏡を掛けた少年が立っていた。
「お待たせしました。シェロ…それで、あなたの正体についてお聞きしてもよろしいということでしたが…」
「ああ、どの道このようなことは遅かれ早かれ起こっただろうしな。本来なら避けたかったところだが…仕方があるまい。できる限りこちらの正体についての情報を開示しよう。」
シェロのその言葉を聞き、満足そうな表情をしたラ・フォリア、対照的にシェロの隣ではどこまでも刺々しい表情でこちらを見つめる紗矢華。
そして、そんな間に割り込むように一人の少女が空間魔術によって割り込んできた。シェロの現在の担当教諭である南宮那月。
「そうか。では、聞かせてもらおうか?シェロ=アーチャー。貴様が何者で一体、何を目的としているのか?その全てをな。」
「…了解した。どこまで話せるか分からんが、開示できる限りの情報を話そう。…っと、そうだな。」
一旦言葉を切って、違う方向を向くシェロ。
「古城のところまで移動した後に…な。」
ーーーーーーー
「それで、貴様は一体何者だ。シェロ=アーチャー。」
那月のその言葉と共に、古城、雪菜、ラ・フォリア、紗矢華は一斉にシェロへと視線を向ける。
「まぁ、そうだな。先ほど、古城たちには言ったが、俺は厳密は使い魔の一種だ。で、ここからが問題なんだが…」
一度シェロが深呼吸する。そして、口を開く。
「君たちは英霊という存在を知っているか?」
「英霊?」
「歴史的に才能のあった人物、有名になった人物。戦死した戦士の魂。そういった者たちの総称のことをそう呼ぶ。これぐらいは知っておけ。暁古城。」
担任である南宮那月に自分の語彙能力のなさをたしなめられて、うぐっと息を詰まらせる古城。
「それで、その英霊がどうしたというのだ?」
「根本から言うとな。俺の正体はその英霊と呼ばれる者なんだ。」
「「「「「……。」」」」」
数秒、沈黙が続いた。先ほどの那月の言葉をよ〜く噛み締めながら、シェロの言葉を頭の中で反芻していく。
「「「「「はあ!?」」」」」
そして、当然の反応が返ってきた。
「まあ、そうなるだろうな。」
「いや、ちょ、ちょっと待て!いきなり話が突飛すぎて分からねえ!一から順に話してくれよ!」
古城の言葉に同調し、周りの者たちも首を縦に振る。とても信じられる話ではないのだろう。
「ふむ、では何から説明する?英霊がなんの目的でこの現世にいるのかについてか、俺が英霊だという証明をしろということか、それとも俺がなぜ夏音に召喚されているのかということか?」
「そうですね…まず、あなたが英霊だと証明をしてください。」
ラ・フォリアにそう切り出されたシェロは明らさまに苦い顔をした。正直、一番、聞かれて欲しくないことだったからだ。だから、話の最初と最後の間に置くように配慮して、言ったというのにこの皇女はまるでそれを見透かすかのようにそこを的確に探る。
「…そうだな。証明か…さて、どうしたものか…」
数瞬考えた後、シェロの手にある一つの黒弓が出される。
「…?その弓何処かで…」
「南宮那月。この弓に触れてみろ。」
紗矢華が頭にわずかな疑問符を浮かべていたのを無視し、シェロは那月に自分由来の唯二の宝具のうちの一つを差し出す。
訝しむような顔をした那月だったが、やがて、警戒を解きそっと触る。
「っ!!!?」
そして、瞬時に手を離す。超一流と言っても決して過言ではない那月はおもわず後ずさりしそうになった。当然だ。彼女が触れたのは神秘そのもの。人々の信仰心によって出来上がった弓なのだから。
「な、那月ちゃん!?」
「…これが俺が英霊だという証明だ。」
「何だと?」
らしくもなく、わずかに冷や汗を垂らす那月は怪しむように聞き返す。
「今、あなたが触ったこの弓の感触…これをあなたはどう思った。」
「…人々の思念、思想。そういった混じり気のない想いそのものが力になってる。私はそう感じた。」
(ほう…)
那月のそのほぼ正解だと言っていい解答にシェロは内心感心しながら、話を続ける。
「ふむ…正解と言っていいだろう。これは君たちが使う魔術やそこの武神具などとは圧倒的に格が違う神秘の塊。宝具という。」
「宝具?」
聞き返す雪菜の顔にシェロは頷き返す。
「我々英霊は先ほど言った通り、歴史上の有名な人物が霊体となり、昇華された存在だ。そんな我々を肉付けしているもの。それこそが君たちの“信仰心”だ。」
シェロは皆の顔に理解を促すように顔を向ける。皆はそこまではいいというふうに頷き返す。
「“信仰心”とは、言ってしまえば、我々の存在を如何にどれほど知っているのかというところに起因する。例えば、君たちがある歴史上の人物の伝説や偉業を見て、『凄い』やら『カッコイイ』やらと思ったり、そんなことを思わなかったとしても、名前として
「先ほど言った宝具ということか?」
「その通りだ。」
正直、懇切丁寧に説明させられても信じられない部分が多すぎるが、那月が先ほど弓を触った時に感じた言い知れぬ威圧感は彼女にその不信感を拭い去るのは充分すぎた。
他の四人もそんな那月の態度を見たからだろうかすっかり話に聞き入っている。
「宝具とはその英霊にとって人生の体現、全てを懸けた一念と言っても過言ではないいわば、英霊たちにとって己が半身に近い物だ。…と、やめておこう。この話は長くなる。これは後ほど語ることとしよう。
それよりも、なぜ、我々が召喚されたのかだったな?」
「ええ、今の言を聞くととても貴女が我々のような通常の人間を主と慕っている理由が分かりません。一体、なぜ?」
ラ・フォリアが質問を続ける。
「ふむ、誤解を避けるために言っておくと、我々は正確には英霊本体というわけではない。正確には写し絵、絵画に近い存在だ。」
「写し絵?」
「ああ、英霊を完璧な形で召喚するというのは現状…いや、未来永劫絶対に人の手では不可能だ。なにせ、すでに霊格が人とは全く格が異なる存在となっているものだ。その格は天使や悪魔と同等以上。そんなものを一騎召喚するだけでも、一体どれだけ魔力、いや魂が必要になるか…少なくとも一億単位は避けられないだろうな。」
「い、一億!?」
その馬鹿げた数に思わず声を上げる古城はその答えを聞いて、当然湧いてくる疑問が頭の中に出てきた。
「え?でも、今、こうしてここにいるじゃねえか…まさか、本当に一億単位の人間や生き物を犠牲にして…」
「戯け!そこまでして現界しようなどと思えるほど俺は現世に興味などない。言っただろう。厳密には写し絵のような存在だと、今ここにいる俺は英霊のほんの一端を削り取って顕現させているにすぎない。
故に、我々の本来の在り方を名前として表すと“サーヴァント”と言った方が正しい。」
「
今度は紗矢華の方が訝しむように声を上げる。今までの説明から彼が言うには、彼の存在は歴史上有名になった人物のそれだということ。そんな彼が従者にまで身を落とす理由に見当が未だつかないのだ。
「なぜだ?そうまでしてなぜ貴様らが現界する必要がある。」
紗矢華の中にある疑問を代弁する形で那月が言葉を紡ぐ。
「それは当然、現界した末の
「報酬?仮に貴様の今までの話が本当だとしたら、
「それはあるさ。我らとて万能ではない。必ずと言っていいほど叶えられなかった
まあ、俺としてはそこまで望みがあるわけではないが…」
その言葉を聞いた五人は今度こそ絶句するほどの驚きを顔に表す。もしも、仮にもしも彼の今までの言が正しかった場合、歴史に名を残したものたちの望みを叶えるほどの物とは一体どれほどの奇跡となろうか?それは文字どおり想像を絶する。
「一体…それはなんだっていうんだ?」
「聖杯…魔女である南宮那月、貴女なら理解があるんじゃないのか?聖杯伝説について…」
「聖杯…だと!?」
今までの絶句の顔とは全く逆の調子で声を上げて絶叫するような調子で驚愕の念を送る。
「馬鹿な!?あんな物はおとぎ話の中にあるいわば、反則技のようなものだ!?実在するわけが…」
「いいや、実在する。それは
「っ!?」
そう言われてしまうと、流石の那月も黙らざるをえない。まだ、完全には信じられないにしろこの男の力は確かに途方もないものなのだと、那月は肌で感じているからである。
「な、なあ、那月ちゃん。その…聖杯ってのは何なんだよ?」
「…あらゆる奇跡、あらゆる願いをその杯の前で願い奉るだけで何でも願いが叶うという、文字どおりの奇跡の杯だ。」
「そう。例えば、君がある人間を生き返らせたいと願うなら、その人間を生き返らせ、巨万の富を願うなら永劫使いきれぬだろうほどの財が与えられ、未だ不治の病とされるものや、一生治らないだろう体質それらを治せと言われれば容易く治す。そういったすべての願いを文字どおり問答無用で叶えてくれる奇跡の願望機。それこそが聖なる杯…“聖杯”だ。」
そのデタラメさに全てのものは一瞬、目の前のこの男が何を言っているのか理解できなかった。
「そんな…そんな物は存在するはずがありません!そんな物…」
そして、何度目か分からない当然の反応が返ってきた。それに対し、シェロはふむ、と頷き返し、
「確かにそうだ。万能の願望機とは言えそれを動かすにはそれこそ膨大な魔力が必要だ。そうだな…それこそ、そこの第四真祖ですら追いつかないほどの膨大な…な。」
だが、と彼は言葉を置き、続ける。
「膨大な魔力ならばここにある。そう。
我ら英霊を複数生贄に捧げることができれば、そんな杯ごとき、動かすことなど容易い。」
「い、生贄!?」
不穏なワードにもう何度目か知れない叫び声を上げる。
「生贄って、何だよ?それ!?」
「馬鹿げているとは思うが、我らとてただで生贄になるほど安くはない。ならば、どうするか?簡単な話だ。我ら英霊が最後の一騎になるまで殺し合いをし、蹴落とせばいいだけのことだ。」
「こ、殺…!?」
「そう、そして、この聖杯のためにだけ行われる。異なる時代の英霊同士の戦いをこう呼ぶ。
聖杯戦争…と」
ーーーーーーー
「おいおい、何だかすげえ話題になってんぞ。」
同じく旅客船に入り、シェロの話を遠隔ながら聞いていた矢瀬はそんな言葉を漏らす。シェロの今の言葉は彼の今までの常識を覆して余りあるものだった。聖杯…もし、そんなものが実在するのならば、それは是が非でもこの手に収めたいと思うものが出てくるだろう。
「あいつの言葉を全て鵜呑みにするわけじゃない。だが、もしも、シェロの言うことが本当だった場合、一から絃神島の警備形態を整え直さねえとまずい。」
これは早急な判断が必要だと考えた矢瀬は手元に携帯を取り、すぐさまいつも話す電話相手に電話する。
ーーーーーーー
「聖杯…戦争…」
「そうだ。異なる時代の英霊同士が覇を競い合い、そして、最後に残った一騎と一人のマスターがその聖杯を手にし、何でも願いを叶えることができる。単純な殺し合いの果てに生まれた魔術儀式。それこそが聖杯戦争だ。」
物騒極まりない上にできることなら関わり合いたくないことである。だから、古城の中では正直、勝手にやっていてくれという念の方が強かった。そう。
「あれ?そういえば、じゃあ、何で叶瀬はお前を召喚したんだ?まさか、叶瀬がこの儀式に本当に参加するためっていうわけじゃ…」
「それはないから安心しろ。俺を召喚したのは彼女の場合、全くの事故と言ってよかったからな。」
不安を煽るような古城の言葉を遮るようにして、言葉を重ねるシェロ。
「我々、英霊はそれぞれサーヴァントとして召喚される場合、その英霊に最も所縁のある品。所謂、聖遺物があることで初めて召喚に成功する。
俺の場合だと、彼女がずっと身に付け続けていたルビーのペンダントがそれだ。」
「アレが…ですか?」
ラ・フォリアは同じ血族ということもあってか、そのルビーのペンダントについても知っていたようで、またもシェロに聞き返す。
「ああ、あのルビーのペンダントは生前俺が死ぬ間際まで持ち続けたペンダントそのものでな。だから、それが縁となり、俺は彼女に召喚された。」
「へぇ…」
他人事のように聞き流していた古城に対し、流石にイラついたのかシェロは目を細めて古城を睨みつける。
「言っておくが、この聖杯戦争。お前はすでに関わっているからな。古城。」
「へっ?」
間抜けな声を上げて、シェロの方を見つめる。何を言っているのか理解できないという表情を全面に押し出され、シェロは今度こそ嘆息する。
「我々サーヴァントはな、マスターとして相手のことを認めれば、それは優秀な使い魔として十分な働きをする。だが、そもそも、我々英霊は我が強いからこその英霊だ。そんなものたちが最初、おとなしく言うことを聞いてくれるわけがないだろう?ならば、どうするか?簡単なことだ。我らサーヴァントに対する絶対命令権を与えられたのならば、それは我らを扱うのに正に最も好都合のものと言えるだろう。
その絶対命令権を与える術式のことを“令呪”と人は呼ぶ。」
そして、と言葉を続けていくシェロ。なぜだろう。彼の言葉はあまりにも、今の古城にはあまりにも不安感を抱かせるものへとなりつつあった。
「令呪は…サーヴァントを召喚する際に浮き出てくる紋章のようなもので、人によってそれが出てくる場所は様々だ。…だが、最も多いのは腕や手の甲といった場所に出てくることだ。そして、その形も様々ではあるが、それらには必ず一定のルールがある。」
これ以上は聞いてはいけない気がしてならない。でも、ダメだ。聞こうとする耳が頭が思考を止められない。
「それはつまり、令呪は3画であるという絶対のルールがな。そのため、ほとんどの令呪は三つの紋様をもって作られたものがほとんどだ。
そう。例えば…古城。今お前の左手にある紋章のようにな!」
言葉を言い切ると同時に、古城を加えた5人が一斉に古城の左手に目を向ける。それを見て、古城はサーっと血の気が顔から引き、冷や汗を首筋に流す。
「なっ!?はあ?じょ、冗談だろう?」
「冗談なものか。もしも、君がマスターでなければ、俺は以前のように外から監視し続けることに徹しようと思い続けられた。
もとよりこんな殺し合い。誰に見せられるわけでもない。いや、知らない方が人々のためだ。そう考えてる俺がなぜ、こんな風に説明していると思う?君がマスターになるなどという愚行を起こしたからだ。戯け!」
訳が分からない。一体全体何で自分がすでに今、シェロが語ったなんちゃら戦争に関係しているのだ。いや、だが、そもそも…
「ちょ、ちょっと待てよ。だったら、俺のサーヴァントは何処にいるんだよ!?これが本当に令呪っつー物なら当然いるんだろ?俺にもサーヴァントが!!」
そう言って、何とかして現状から逃れようとする。だが…
「…ハア。君はもう少し、神経を尖らせたらどうかね?少し研ぎ澄ませばわかるはずだ。君は彼のマスターなのだからな。
まあ、いい。いるのだろう?ライダー?そろそろ出てきたらどうだ?」
シェロが左を向くようにして、その先を見つめる。同様に他の五人もその先を見つめる。すると、虚空からまるで、無色のキャンバスに絵の具を垂らすように空間を揺らしながら、赤銅色の鎧と長髪を揺らしながら、一人の男が出てきた。
那月が一目見た瞬間、それが人ではない何かの気配だと錯覚してしまうほどの神々しいと言って過言ではない威圧感。だが、不思議と圧迫感はなく、そこにはただ、慈母が愛子を見つめるような柔和な空気がただただ流れていた。
「こんにちは。アーチャー。いやはや、今度は完璧に気配を消したつもりだったのですが…まさか、またバレてしまうとは…」
「別に気がついたのではなく、予想しただけだ。あなたなら、自分のマスターのことを放置してそのままにしておくわけもあるまい?ならば、どうせ近くにいるだろうと考えたまで…」
「なるほど、若干のカマ掛けに掛かってしまったというわけですか。これは参った!」
と言うと、自分の気配に気づかれたというのにまるで他人事のようにはっはっはっと、笑い出した。一方他の五人は呆気に取られたように押し黙るのみで、まるで状況についていけなかった。
それに気付き、シェロは話を切り返すように口を開く。
「というわけでこの男が君のサーヴァント。ライダーだ。」
「お初に…いえ、こうして会うのは二度目ですね。会えて嬉しいです。我が主人よ。」
恭しく聖人に礼などされた場合、一介の高校生風情に過ぎない古城に威厳を保つようにそのままドッシリと構えるなどできようはずもなく…
「あ、コレは律儀に…どうも。」
と礼を返すしかなく、そして、そこで正気に立ち戻り、
「いや、ちょっと待てーーー!!」
と大声を上げる。それに対し、シェロは何やらうざったい物を見るような目つきをして古城を見つめると
「何だ?何か質問でもあるのか?」
「あるわ!ありまくるわ!!まず、何で俺がこの人のマスターってことになってんだよ!全然意味が分からねえ!!」
「先ほど俺は言ったな。我々英霊を呼び出すためには必ずその所縁となるもの聖遺物が必要だと。かなり乱暴な召喚方法であろうと、そこに代わりとなる魔方陣や膨大な魔力がありさえすれば、英霊とは呼び出せるものだ。お前は、最近、その聖遺物の周りで魔力を撒き散らしたなどということを犯したことはないか?しかも、代わりとなるような魔方陣たちの中心で…」
「はあ?そんな奇妙なことには巻き込まれ…て…は…」
そこで、古城がある事件を思い返す。そこで自分が言ったセリフを思い返す。
『…聖人の遺体…聖遺物っていうんだってな…』
雪菜もそのことに至ったのだろう。あっ、という風に口を覆い、目の前の古城を見つめ直す。
古城の方はひたすら冷や汗を流し続け、ゆっくりとライダーの方を見つめ直す。
「…もしかして、あの時のあの腕があんたの聖遺物?」
「はい。そうですが?」
何か?という調子で聞き返すように首をかしげるライダー。それを他所に古城は今度こそ頭を真っ白にし、
「ウソーー!!?」
「いえ、本当ですよ。」
事実を淡々と述べるライダーの口調を無視してひたすらに古城は絶叫する。雪菜の方も絶叫こそしないものの驚いているようで口を手で覆っている。
「まあ、とにかくそういうことだ。古城。こうなってしまった以上、お前は否が応でもこの殺し合いに参加しなければならない。」
「な、ふざけんな!誰がそんなことを…」
「では、マスターの権限を誰かに譲り渡すか?できないことはないが…その場合、かなり制限がある上に、お前はこの殺し合いに相手を巻き込むと言っているようなものだと思うが?」
痛いところを突かれて、ぐっと喉を唸らせる古城。その一方で那月が今の言葉で聞き逃せない言葉を発したシェロを睨めつけて、尋ねる。
「待て。マスターの権限を譲り渡す、だと?そんなことができるのか?」
「ああ、ただし、その場合、聖杯戦争と直接関わり合いがない者たちには譲渡できない。最低でもマスターになっていたか、サーヴァントの魔術的な繋がりがある者しかそれは不可能だ。つまり、今、古城が譲り渡せる人物がいるとしたら…」
「叶瀬だけ…ってことか?」
その怯えるように尋ねてくる古城の言葉に首肯するシェロ。
ならば、もはや、論外である。元々、これを譲り渡す気などなかったが、譲り渡す相手があの虫も殺せないような少女である夏音しかいないというのならば、絶対に渡すわけにはいかない。
「…俺が謝って済むことではないが、すまないな。元々、君たちにはこのことを知らせずに黙っていようと思っていた。それがこのような結果になってしまったのは俺の不徳のいたすところだろう。だから、ここに陳謝させてもらう。」
本当に申し訳ないというようにシェロは深々と頭をさげる。別にシェロの所為ではない。元々、コレはシェロが起こしてしまった騒動でもなんでもないのだから、だが、目の前のこの男はただひたすら頭を下げる。
ライダーの方も全く悪いわけではない上にそもそも、彼は召喚されて間もないというのに、シェロほどではないにせよ、軽い会釈の要領で頭を下げた。
深々ともう、頭が起き上がってこないのではないかというくらいに…
「頭を上げてください。シェロ。あなたが悪いわけではありません。元々、貴方方は勝手に呼ばれた身、そのような身で私たちのことを気遣い続けるのは骨が折れることでしょう。むしろこちらの方こそ謝らなければなりません。我々人間の勝手な願いのためだけに貴方方を呼び寄せたというのですから。」
ラ・フォリアは静かにシェロに頭を起こすようにお願いした。それでも、わずかな間、頭を下げたまま硬直していたシェロだったがやがて、頭を上げる。
「…では、最後の質問だ。貴様らは先ほどから『アーチャー』『ライダー』と名乗っていたがまさか、それが本名ではあるまい。そんな歴史上の人物は聞いたことがない。では、なぜ、そのように呼び合っている。そして、貴様らの
ほとほと鋭い質問をしてくる那月の顔つきを見て、感心と同時に少々の呆れが混じった顔で那月を見た。アーチャーとライダーは両者がアイコンタクトをとる要領でお互い確認を取ると、
「それについては仕方がない。まず、我々が呼び合っているこの名はクラス名と言ってな。『セイバー』『ランサー』『アーチャー』『ライダー』『アサシン』『バーサーカー』『キャスター』の7つがある。」
「…?何で、そんな回りくどいことするんだよ。自分の真名言えばいいじゃねえか?」
古城のこの反応に対し、シェロは何度目か知らぬ嘆息を吐く。
「では、1つ聞くがな?古城。歴史上有名になった英雄。というのは要するに世界にその力を知らしめた英雄ということだ。そこにはあらゆる武勇伝、伝説があるが同時に弱点や突破口まであるわけだ。さて、古城。そんな時に、お前は自分の名前を明け透けにさらけ出すことできるか?」
「あー…」
無理だ。いくら一騎当千と言っても、そこに弱点があると知れば迷わずそこをついてくる奴が現れるだろう。そんなところに自分の真名など言ってしまえばたちまち、攻略されかねない。1つ1つゲームに詳細な攻略本に加え裏技が一々あるようなものだ。
「そっか。だから、あんたたちはそのクラス名で名前を呼び合っているってわけね。」
「ああ。だから、自分の真名は自分のマスターにしか言わないのが鉄則だし、言う気もない。すまないな。そういうわけだから、真名は言えん。まあ、ただ…」
言葉を続けながらシェロは那月たちに背中を向ける。
「もし、万が一、俺の真名を当てることができたのなら…その時は観念するさ。ただし、当てられたのなら…な。ではな…」
「っ!待て!」
去ろうとしていることにようやく気付いた那月は術式を展開し、
(安心しろ。別に逃げたりはせん。俺も我がマスターのことが気がかりだしな。しばらくは学校にいるさ。それと、ライダー、君の剣ありがたく使わせてもらった。先ほど、返したが、改めて礼を言う。)
どこから声がしているのか見当もつかないが、その言葉に嘘を含めたものはないだろうことは巫女の修行を積んでいる雪菜と紗矢華は未熟ながら掴めたので、そのあたりには雪菜はホッとし、紗矢華の方はどこか迷惑そうな目つきで空を睨んでいた。
「…では、最後に残ったのは貴様なわけだが…」
「申し訳ありません。私もマスター以外に自分の真名を言う気はありません。…もっとも…」
一度、ライダーが古城の方を一瞥すると…
「マスターが他の方々に言ってもいいというのならば、私は構いません。ですが、それには先ほどアーチャーの言っていたような殺し合いに挑む覚悟を決めてからにして欲しいです。」
と朗かながら、若干の厳格さを取り入れた口調に古城はわずかにビクッとしたが、すぐに頭を切り替え、どうするかを考える。
そして、数瞬した後…
「…言ってくれ。えっと…ライダー。」
「…よろしいのですか?」
「ああ、ここにいるのは、ある意味俺なんかよりよっぽど頼もしいヤツらだ。だから、教えてくれ。ライダー。」
その目に確かな覚悟を確認したライダーはわずかに目を閉じたが、やがてゆっくりと目を開けて
「わかりました。では、マスターの命に沿い、我が真名を申しましょう。」
ゴクッと誰かが唾を飲む音が聞こえた。
辺りは静まり返って、近くの波打の音だけが静かに聞こえる。その重苦しい沈黙を嫌だと思う者はいなかったが、誰もが緊張していた。
そんな空気の中で彼は口を開く。
「我が真名はゲオルギウス。かつて、キリスト教布教のために駆け回った聖人が一人です。」
「ゲ、ゲオルギウス!?」
一番最初に大声を上げたのは古城だった。
「…って、すまん誰だっけ?」
そして、一番最初に先ほどから続いていた空気をぶち壊したのも彼だった。彼らの周りはずっこけるまではいかないまでも、驚愕を様々な表情でしていた。
「貴様…暁古城。本気で言っているのか?」
那月は彼の英語の教師なのだが、さすがにこの学のなさは呆れざるをえない。そして、その次に雪菜が口を開く。
「ゲオルギウス。龍殺しをした伝説の英雄であり、聖人でもあったとされるお方です。有名ですよ?」
「へ、へー…そうなのか。」
ひたすら苦笑いをしている古城に雪菜は嘆息し、周りも似たような反応をしていた。
「…さて、では、私も聞きたいことは聞けましたし、そろそろお暇します。さらばです。雪菜、古城。」
「え?あ、そうか。たしか、アルディギアの騎士たちが意識を取り戻したんだっけ?」
古城のその言葉に対して、少し寂しげな表情を返したラ・フォリア。だが、すぐにいつものどこか底知れないものを感じさせる笑みに戻り、
「ええ、シェロの話に聞き入ってしまい、遅れてしまいましたが、彼らの安否もいち早く確認したいことなので…」
「そっか。じゃあな。」
「はい。さようなら。ラ・フォリア。」
手を振るなどはしないが、それでも古城たちにも若干の物寂しさがあるのだろう。地面に視線を落とし、目を細めている。
すると、ラ・フォリアはずいっと前に出る。何事かと雪菜たちは思ったが…
「別れの挨拶です。」
そう言って、軽いハグとキスを雪菜の頬にするラ・フォリア。これにはいろいろな訓練を受けている雪菜もわずかな気恥ずかしさを感じざるえないが、挨拶だと割り切れたので、その気恥ずかしさもすぐに消えた。
そして、雪菜への挨拶が終わると、今度は古城の前に出る。古城も雪菜のような前例を見た後で覚悟を決め、顔をわずかに前に出す。
すると、ラ・フォリアはいたずらっぽい笑みを浮かべて古城を見つめた後その唇を古城の唇へとくっ付けた。
「「なっ!?」」
古城は何が起きている理解できず、頭が真っ白になり、声を上げることすらなかったが、雪菜とそして紗矢華はその光景をまざまざと見せつけられて、圧倒されたように驚きの言葉を口にし、那月はというと、やれやれまたかという風に頭を左右に振り、ライダーはほう、とどこか感心したような口調でその光景に見入っていた。いいのか。聖人。それで…
少しして、ラ・フォリアの唇が離れる。ラ・フォリアはただただいたずらっぽい笑みを広げて、何も口にしなかったが最後に一言。
「では、また…」
そう言って、フェリーの階段を降っていく。
わずかな空白。那月とライダーを除く3人は何をすべきなのか理解できず立ち尽くすのみだったがやがて、紗矢華はハッと覚醒し、
「王女。お待ちを!って暁古城!後でどういうことかきっちり説明してもらうからね!ってか灰になれ!」
そう言い残して、ラ・フォリアを追っていく。そして次に覚醒したのは雪菜だった。
「…先輩。」
若干の殺気を混じえた声に古城は急ぎ頭を覚醒させる。
「ま、待て!今のは事故っていうかなんていうか…その…」
「事故…ですか。そうですか…」
「だから、なんで槍を持ち出そうとする!!」
古城はなんとか助け舟を捜そうと辺りを見回す。…だが、その結果彼は追い詰められる結果となる。
「古城くん!今の女の人だれ!?なんだか、夏音ちゃんに似た雰囲気があって、すっごい美人さんだったっていうか…っていうか、なんで、古城くんとキスしてたの!?」
「凪沙…お前なんでここに…」
突然雪菜と自分の間に入ってきた妹の姿と特有のマシンガントークに圧倒されながらも、古城は呟く。
「あたしが呼んだの。煌坂さんがあんたがここにいるっていうから…」
その声にハッとした調子でギギギと首を曲げる。そこには思った通りの人物がいた。
「浅葱!!!煌坂が…お前はいつの間に…」
最初のほうが裏返り、非常に焦り、頭に血が上ったが、なんとか言葉を紡ぐ。だが、そんな古城のなんとか紡ぎだした言葉も無神経だと捉えられたようだ。とうとう堪忍袋の緒が切れたという風に古城の元に詰め寄る。
「あんたのことが心配だったからに決まってんでしょ!ようやく見つけたと思ったら、銀髪美人とキスしてるし、一体何様のつもりよ!?」
これはまずい。想像以上に彼女はお冠のようだ。なんとか話題をそらさねばと考えた古城はある1つのことを思い出す。
「あ、そうだ。この前お前が教えてくれるって言ってた。あれの意味って…一体…」
「アレ?」
雪菜は頭にはてなを浮かべていたが、浅葱のほうはそれだけで何を言っているのかわかったらしい。見る見るうちに顔が赤くなっていく。
「あんなのただの挨拶よ!意味なんてあるわけないでしょ!バカ古城!!とにかく、死ぬ程心配させた罪は重いんだから!覚悟しなさいよね!!」
「先輩…アレってなんですか?」
顔を真っ赤にして怒気と恥じらいを混じえた顔で浅葱は叫び、雪菜は懐疑心を含めた表情で古城を見つめて尋ねる。そんな三角関係の輪が明らかにされてるところをどこか期待した眼差しで見ている凪沙。
古城は助け舟を期待して辺りを見回すが、ライダーと那月はとっくにどこかへ消えていた。
多分、那月は空間魔術でライダーはさっきシェロがやったような方法でどこかに消えたのだろうが、救いの手がなくなってしまったのは事実。ということで彼は諦めるしかなく…
「勘弁してくれ…」
そうつぶやいて、太陽で焼けてしまった赤い空をただただ見つめていた。
この時、シェロとライダーの話を聞いた彼らは当然そこまで信じていたわけではなかった。だが、彼らは信じざるを得なくなる。この後起こる五巴の英傑たちによる規格外の戦いをまざまざと見せつけられることになるのだから…
少し、前の小説も書かないとな思っているので、間を置きます。
興味がある方は自分のもう1つの作品の方も読んでみてください。結構なバッシング受けるだろうけど…
追記
あと、今更なのですが、今回のことでライダーが真名を伝えたことについて違和感を感じている方と思われるのですが、そのことについてはライダーの人生が大きく関係していきます。
ですから、その…なるべく長い目で見てくれると助かります。多分、ここら辺から、はぁ?って人が急増してる予感がひしひしとしているので…