本来なら返すのが筋であり、こんな風にお返しするのは失礼に当たると重々承知しているのですが、いや、何分就活の野郎がドンドン時間削っていくのでありますよ。あの野郎…
そんなワケで本業の方は緩めないのでどうかみなさま最後まで付き合ってくださることをお願い申し上げます。
いや、本当にすみません。
「よし、できたぞ!」
呼ばれて、出てきた古城たちは用意された料理を見て絶句してしまった。まず、ヤシの実の皮を皿代わりに先程捕まえたのであろう魚が絶妙な火加減で焼かれ、一体どこから発見したのか山椒などのスパイスが振りかけられ、海水で即席で出来上がった塩などで味付けされている。
更に中身であるヤシの実の身の部分は千切りにされ、白身魚の刺身や食べられる山菜とともに添え付けられるている。
極め付けに何故だか存在している鍋の中には、その白身魚などから取られた骨と山菜と海水で作られたアラ汁のようなスープが出来上がっていた。
ここまで来ると、当然湧いてくる疑問がある。それは…
「あの…この鍋とか調理器具とかってどうしたんだ?」
そう。ものすごく疑問に思うことはこの食材の豊富さよりもそこに起因する。どう考えても、一通りの調理器具が揃えられずこんな料理はできない。鍋なんてモロにそうだし…
「何、こういう時が来るだろうということを想定して、いつも調理器具の一通りは常備しているんだ。」
「こういう時って、どういう時!?苦しい言い訳にもほどがあるだろう!」
「本当だ。では見てみるか?」
そう言うと、今日に限って着ている分厚いブレザーにシェロは手をかける。
今までずっと気になっていたが、あえて突っ込まなかったのは古城の方も厚ぼったいフードを着ているので人のことは言えないと思ったためである。
手にかけられたブレザーをシェロが一気にバッと広げる。そこには驚きの光景が広がっていた。包丁、ナイフ、肉叩き、アイスピックにピーラー、泡立て器にボール、果てはフライパン、そして先ほどのルアーの折り畳まれたものなど、総重量で確実に20キロは超えそうなほどの調理器具の集団がブレザーの裏側の部分には広がっていた。
ちなみに、言わずともわかるとは思うが全て投影によるバッタモンである。
呆気に取られる両名を他所にシェロはブレザーを閉じる。
「さて、これで疑問は解けただろう?サッサと食べるぞ。冷えてしまう。」
「え、あ、はい…」
正直な話、もっと質問をしたかった古城たちではあったが、これ以上質問しても確実に頭の痛い答えが来るのは間違いないと判断し、これ以上掘り下げても無駄だと判断した。
用意された枝で作られた割り箸を手に料理に手をつけていく。
「!うめえ!!」
「本当に…美味しい…」
驚きの形は古城と雪菜で対照的だった。古城は声を上げ、雪菜はただ絶句する。美味い。本当に美味い。正直、ここが無人島だという感覚を否応なく忘れさせてくれるレベルまでにはシェロの料理は美味かった。
焼き魚は海水のにがりの成分が強かったため、苦味が強いもののそれを補う形で山椒などのスパイスがそれらを気にさせないようにしてくれる。
刺身の方も、おそらく同じような処理が施されているのだろう。適度に揉み込まれているスパイスの香りが生のままで十分な旨味を保ち、臭みもない。
スープに至っては骨の旨味と山菜の苦味でうまく海水の塩辛さを気にさせないように配慮された絶妙な味加減のなされているスープとなっている。
二人は箸の速度を速め、次々と食べていくうちに、いつの間にか料理は無くなっていた。
「「ごちそうさまでした。」」
「ああ、お粗末様でした。」
後片付けの方もシェロがやってくれるそうで、何から何まで至れり尽くせりの古城たちは、若干の居心地悪さを感じていた。
「なんていうか、さすが【彩海学園のオカン】だな。」
「なんですか?そのあだ名は?」
聞き覚えがあるもののその名前の由来までは知らない雪菜が古城に質問する。
「いやな、あいつ見ての通り世話好きじゃん?本人は否定するんだけど、根っからのお人好しでさ。他人の面倒ごとなんかも快く受け取るんだよ、あいつ。その上、たいていのことは何でもできちまうし、家事も達人級。だから、あいつのことをみんなして彩海学園のオカンって呼ぶんだよ。」
「…こちらとしてはそのあだ名は不本意極まりないんだがな。」
片付けはただ単に野に捨てるものが多かったからだろう。シェロはすぐに戻ってきた。
「だが、まあ喜んでもらえたなら何よりだ。作る側としては食べてもらう側にはやはり喜んでもらいたいものだからな。」
「……」
「今、『すっごいオカン気質だなこの人』って思っただろう?姫柊?」
「い、いえ、そんなことは…」
とは言いつつつも、語尾がわずかに自信なさげな雪菜。そんな雪菜の様子を見て、シェロは仕方がないといった調子で嘆息するのだった。
ーーーーーーー
「ここがアデラード修道院…」
煌坂紗矢華は火事後で無残な姿を晒している修道院を見ながらそう呟く。本来、彼女はここに
「!誰!?」
現れた気配に身を震わせ、その方向を見つめる。
すると、柱の影から髪を茶色に染めて流し、ヘッドホンを首にかけた少年が出てきた。
「あなた、たしか暁古城と一緒にいた…やっぱり、ただの高校生じゃなかったのね。」
「ああ、本当ならあんたに接触するのも色々やばいんだが…少しばかり厄介な状況になってな。こちらの出す条件を飲んでくれれば、情報をやる。」
「情報?」
「あんたの護衛対象と姫柊雪菜の居場所についてだ。」
「雪菜の!?」
言った瞬間、紗矢華は腰をわずかに沈める。
「いや、だから戦いに来たわけじゃなくてな…って、ちょっと待て…」
突如、矢瀬が耳を抑えて屈み込む。怪訝にしながらも、警戒を解かない紗矢華を他所に彼の異能の一種である異常聴力はある話し声を聞く。
『えー!じゃあ、古城くん浅葱ちゃんの約束すっぽかしてどっか行っちゃったっていうの!!』
『そうなのよ。…ったく、古城のヤツ一体どこで何してんだか…」
「まずい…なんでここにあいつらが…ってか、最悪だ!」
いきなり悲鳴に近い大声を上げる矢瀬の様子を見て事態が全く理解できていない紗矢華。だが、次の瞬間、その目が驚愕に見開かれることになる。
数瞬後、修道院の方へと一人の女子が入って来る。そしてその女子と紗矢華の反応は全く同時だった。
「「あーーーー!?」」
「この前古城に襲い掛かった通り魔!」
「暁古城の浮気相手!!」
全く同時に大声を上げ、お互いに失礼な言葉を投げ掛ける。もう、さっきまでの静謐な殺伐とした空間など完璧に消え去っている。
その失礼な言葉に反応したお互い、ズンズンと近寄っていく。
「誰が浮気相手よ!」
「こっちこそ、通り魔なんかじゃないんだけど!!」
その言葉を皮切りにまたも罵倒の言葉を繰り広げていく両者。そんな様子を一人は呆然と、一人は諦めに似た視線で見つめ続けた。
「え?え?何これ?どういう状況なの?矢瀬っち!」
「もう、知らん…」
矢瀬の目はどこか遠くを見るようなそんな表情で火事あとでもわずかにある天井を見つめ続けていた。
ーーーーーーー
「さて、これからだが、どうしたものか?」
日がわずかに傾き、現状の確認するために、シェロが議題を繰り出す。
「このまま、ここで待つというのも手ではある。遠からず、あのメイガスクラフトの使者なりなんなりが来るだろうからな。だが、それは相手に準備させるということも含むだろう。
そうなると、相手は万全の体制でこちらに向かってくることになる。…と考えるならば、ここから出ることも考えるべきだろう…」
「んじゃ、聞くがよ。ここから出て行く手なんてあるのかよ?」
ここは何もないと言っても過言ではない無人島である。敵方もここに何もないということが分かっていたからこそ、ここに放置したのだろう。
だが、そんな事態に対しても、シェロはまるでなんでそんな質問するのか分からないといった表情で…
「そんなもの、手がなければこんな議題は出さんだろう?」
「「あんのかよ!?(あるんですか!?)」」
雪菜と古城が驚愕の表情で同時に声を上げる。
「ああ、昔、俺一人を殺すためだけに無人島一島を完璧に借切り、総攻撃されるなどという事態があった時があってな。それに比べればここを出るなどということは容易いことだ。」
(…姫柊、今の言葉どこから本気でどこからが冗談だと思う。)
(さ、さあ…)
いうまでもなく、全部本当のことである。昔、戦場にいた頃たった一人で一つの勢力図と化し、戦況をひっくり返すような芸当を飽きるほど繰り返すような化け物、放置して良いわけがない。
そんなわけで、色々な刺客がシロウのことを狙ってきた。宝具を大量に使う彼にとって一番厄介だったのは、ボクサーまがいの執行者と平行世界を行き来する魔導の頂点に位置する
もちろんそれは全ては魔道の安寧のために…
「で?どんな案なんだよ?」
「単純に筏を作って絃神島に向かう、だな。」
「…え?それだけ?」
「仕方があるまい。現状何か他に良い材料があるわけでもないしな。ここら辺の木はヤシの木を除けばなかなか良い材料になるようだ。これで筏を作ればなんとかならんこともないだろう。ただし…」
「そ、そういうものですか?…って、ただし?」
最後になんだか不吉なものを漂わせた言葉を残したシェロの方を古城と雪菜は首をかしげるような仕草で見張る。
「当然、あのメイガスクラフトという会社は我々をここから逃がしたくないと思っている。…つまり、安全な船旅は保証できんな。」
「それって…」
「待った方が良くないですか?明らかに…」
逃がしたくないというのならばどの道彼らはこの島に接触することだろう。ならば、危険を冒さずにこちらに残っていた方が色々とためになる。
「ああ。ただ、一つの手としてはありだろう。こちらとしてはここまで彼らの掌の上でずっと転がされている状態だからな。このような事態が続いても好転を臨むのは難しいだろう。だったら、いっそ、無茶ぐらいした方があちらの計算を狂わせることができる。それだけでも儲けものといえるだろう。…まあ、確かにリスクは高いが」
「な、なるほど。」
シェロもそのことを理解していたのだろう。雪菜の言葉をお茶を濁さずに受け答える。
「で、どちらがいい。どちらにしても危険に晒されるのは変わりない。ここは君たちに選択を譲ろう。現状の俺ではイマイチ信用に足る言葉というのが出せないからな。」
「「……」」
その後、古城たちは沈黙して考える。しばらくして、
「やっぱり、ここで待つよ。どの道戦うことになるなら島よりもこっちの方が断然戦いやすいし。それに今日、浅葱と実は約束があってさ。それなら不審がってあいつがこっちのことを調べようとしてくれるんじゃねえかと思うから、一応救助も期待しといていいと思うし…」
「…そうか。姫柊も古城の判断に委ねるか?」
「はい。私もそちらが妥当だと思います。」
その答えを受けたシェロは目を閉じてわずかにその言葉を噛み締めるかのように逡巡し、
「了解した。ならば、こちらもその言葉に従おう。と、もう遅い。そろそろ寝る準備をしよう。」
「はい」
「おう」
ーーーーーーー
「あった。これね。」
近場のネカフェにて適当なパソコンを借りて藍羽浅葱はこの絃神島のコンピュータの中枢へと飛び込む。傍目には化け物クラスのハッカーにしか見えないような所業を彼女がことも無げに行っているのを見て、隣にいる基紀はさすがと納得がいった表情をそしてその逆側に立っている紗矢華は信じられないようなものでも見るかのように目を見開く。
「藍羽浅葱…あなたいったい何者なの?絃神島の中枢にこんなに簡単に忍び込むなんて…」
「残念ながら、私はただのバイトよ。ってあれ?」
「?どうした?浅葱?」
不思議な物でも見たかのように目を見開く浅葱を見て基紀は声をかける。
「ねぇ…これってシェロじゃない?」
「は?って、うお!マジだ。」
「?シェロ?」
初めて聞く名前を聞き、紗矢華の方も首をかしげる。
「私らと同じクラスで友達なんだけど…今日1日見かけないと思ったらこいつもこんなところにいたんだ。」
「ふーん…まあ、どうでもいいわ。男なんて…で、これで雪菜たちがどこに行ったか分かったのよね?」
「ええ、あとはこっちからの確認なんだけど…本当に古城たちを任せてもいいのよね?」
「そこは任せて私の伝手を最大限利用して救出してやるわよ」
「伝手…ね。」
その言葉には若干の不安が残るが、まあ、そこは今どうでもいい。
「それで?結局、貴女は古城とどういう関係なワケ?」
「ム、そういう貴女こそどういう関係なワケ?」
本日二度目の言い合いが開催される。その様子をまたか、と呆れ半分に聞き流していた基紀ではあるがある程度言いたいことをお互い言わせ、適度にガス抜きした後、言葉を挟む。
「ま、まあまあ。こんなことをしている間に古城と姫柊ちゃんが夜の孤島のなんちゃらになって可能性があるワケだし…ここは…な?」
基紀の言葉を聞き、二人は落ち着きを取り戻す。
「む、それはマズイわね。」
「仕方がない。今は一時休戦よ。」
そして、彼女たちの言い合いが止まったことに安堵の息を漏らした基紀。
その後、更に浅葱が言葉を続ける。
哀れ、シェロ。シェロ程度の存在では彼女たちの空気は壊せないと三人に同時に思われていたのだ。
「じゃあ、最後に聞かせて!貴女はいったい何の用があってこの絃神島に来たのか?」
「それは護衛任務よ。」
「護衛?いったい誰の?」
「それは…」
わずかに躊躇い、言葉を濁す紗矢華。だが、やがて意を決したように言葉を紡ぎその名前を出す。その名は浅葱や裏の事情にそれなりに通じてる基紀ですら驚きを隠せない名前だった。
ーーーーーーー
「ん?姫柊?シェロ?」
月明かりの妙な明るさに誘われて起きてみた古城の目の前には先程までこの当面の拠点として使ったシェルターの壁が映るだけだった。
先ほどまで一緒にいた親友と自分の監視役の姿が写らない。
不思議に思って、フラフラとシェルターを出る。森の奥へ奥へと進み、いつの間にか広くも狭くもない程度の大きさの湖の前へと古城は歩み出ていた。
そして、そこには目を奪われると言っても過言ではない光景が広がっていた。
月明かりに照らされ湖はまるで星屑のように輝き、その周りにある草花や木々が風に揺られている姿は否応にも自分の中に静謐な何かを感じざるをえない。だが、そんな程度では古城は目を奪われない。問題はその先、湖の中心に一人の女性が何かを憂うように立っていた。
月華に輝く銀髪とエメラルド色の瞳はある一人の女の子と同じ物を感じ、古城は思わずその名前を呟く。
「叶瀬?」
その言葉を聞き、いやあるいは最初から気づいていたのかその女性は振り向く。どこまでも何かを憂うようなそんな悲しげな瞳をこちらに向けるように。