声をかけられた二人は同時にビクッとしたように後ろを振り返る。
「シ、シェロ!?どうしてここに?」
「少々夏音に用があってな。君たちこそ何をしてるんだ?」
シェロに尋ねられた瞬間、間が悪そうに顔をしかめ距離を取り、小声で話し合う。
(どうする?姫柊?)
(彼は一般人です。今回はかなりの荒事になりそうなのですから、彼を巻き込むわけにはいかないでしょう?)
(やっぱ、そうだよな…)
英霊である彼にはちょっと距離を離したぐらいの小声くらい聞こえないものではなく、そして、この場合自分が彼らに引けと言っても説得力がないだろう。ならば、仕方あるまい。彼にとってそれは望むべくことではないにしろ、どの道古城には何かしらの形で我々の存在をきっちりと認識してほしい、と考えて
「その辺りの事情は確認済みだ。第四真祖に獅子王機関の剣巫。」
「「っ!!?」」
今度こそ彼らの驚愕は明確なものとなった。
「な、何を言って…」
「はぁ、とぼけるならもう少しマシなとぼけ方をしろ。明らかに動揺しているのが見て取れる動揺の仕方などするんじゃない。」
叱責じみたシェロの口調に対し、うぐっと喉を詰まらせている古城を他所に一番最初に冷静に分析した雪菜は思わずといった調子で古城の前に出てギグケースに手をかける。
「何者ですか!?あなたは!先輩のことだけではなく、私のことまで…」
「その質問に答えてやってもいいが、悪いが今はそれどころではあるまい?俺は君たちが向かおうとした夏音の実家に用がある、と先程言っただろう?」
「「……」」
雪菜と古城は揃って、顔を見合わせてまた話し合う。
(ど、どうする?なんか予想外な展開になってんぞ!)
(はい。こうなると、彼を放置しておくのは逆に危険と言えるでしょう。)
雪菜はシェロのことを名前だけ知る程度で詳細までは知らないため、わずかに敵と認識している節があり、わずかに体を沈めて身構えている。
だが、古城の方はそこまでではなかった。
(…でも、多分さっき言ったことはホントだと思うぞ?正直敵だったとして、それだったらなんで今、俺と姫柊のことを知っているなんていうことを口で伝えるんだよ?)
(…確かに…)
それもそうである。もし、敵だとするならばだまし討ちの方がよっぽど効率的というものだろう。だというのに、彼は自分たちの正体を言い当てて自分たちに警戒の念を送ったのである。
そんなデメリットのあることをわざわざしても反撃を喰らう恐れがあるだけだろうに…
ならば、ここは先程の彼の言葉を信じてみるのが得策だろうと、雪菜の中でも結論を見せた。
「話はまとまったか?」
「はい。私たちは全面的にとは言わずとも、ひとまずは信じることにしました。」
「ひとまず…か。まあ、そのあたりが妥当だろうな。いきなり自分たちの正体を簡単に言い当てた男を信用し切られてしまっては俺としてもわずかに不安になる。」
おどけた調子で肩を竦めて言葉を返すシェロを見て、緊張を緩めないように一歩一歩と後ろに下がる形でまた夏音の実家の方へと向き直る古城たち。一旦呼吸を整えるように深呼吸を一度し、そして目を見開き、勢いよくその巨大なビルへと向かって行った。
メイガスクラフトー
(まさか…な…)
一瞬、あり得るだろうことを想像してすぐに頭を横に振って否定する。
ソレは確かに考えられることだが、とても虚しい上に腹がたつことこの上ない。
ソレを計画しているのがたとえ女性だろうとシロウは前歯を三本折らないと気が済まない程度には胸糞悪い想像をして歯噛みする。
そんなことをしていると、古城たちが会社の窓口から帰ってくる。
信用のため今は距離をわずかに置くことを雪菜が提案してきたのでシロウは窓口からわずかに離れたソファの上に座っていたのである。
「どうだ?」
「ひとまず、叶瀬さんと会えるよう予定を組むことはできそうです。」
「そうか。っと、まあ、そんな疑わしいものを見るような顔で見ないでくれ。こちらとしても夏音には無事でいてほしいという思いは一緒だ。ことを荒立てては自分としても望ましい結果になるわけではないのでな。その辺りは信じてほしい。」
古城の方は自分のことをよく知っているため幾分か視線が緩いが、問題はその隣の雪菜である。初対面の時、自分は彼女の持っている槍の突進を横合いから素手で止めた。
あの時はどうもなんとか誤魔化せたものの、そんな時今更になって自分は只者じゃないんですー、などという狂言じみたことを言われて信用する方が無茶な話だと理解はできる。
だから、あんな人でも刺せそうなほど鋭く冷たい瞳を向けられても仕方がないと言えば仕方がないのだが…
と、そんなことを考え、頭から悶々とした空気を漂わせている間に眼鏡で知的な感じを装わせたスタイルが優れた美人秘書といった空気を持つ女性が近づいてきた。腕には魔族登録証を付けている。
「こんにちは。私は叶瀬賢正の秘書を務めております。ベアトリス=バスラーと申します。夏音お嬢様ですが、現在、ここから離れたメイガスクラフト所有の無人島にて滞在していますので、もし、急ぎの用事とあれば、そちらに急行していただく形になるのですが…」
言い淀む形で言葉を濁すベアトリスを見た古城たちは顔を見合わせて、頷く。そんなものは聞かれまでもない。
というわけで、現在彼らは無人島に向かうためにメイガスクラフト所有の旧型の飛行機へと向かっていた。
「ほう。こういう型の飛行機は久しいな。いや、懐かしい…」
「へえ、そうなのか?乗った感じってどんなんだ?」
「それは乗ってからのお楽しみというやつだろう。それに今の君はどちらかというと俺ではなくそこの固まってるのに構ってやったらどうだ?」
「え?」
古城が言われて振り返ってみるとそこには生まれたての山羊か、チワワのように小刻みに震え、顔を真っ青にしている小動物がいた。
「ひ、姫柊?」
「は、はい!?先輩なんでしょうか!?」
返事を返す時もなんだか妙に甲高い裏返った声となって返ってきたのでそれがまた妙に不安を煽らせる。
「もしかして、飛行機ダメな人か?姫柊?」
「な、なんのことでしょう!?」
「いや、だってさっきから服の袖口をすっげえ力で握ってんじゃん。なんか汗もすごいし…」
「コ、コレは!ただ単に先輩がどこか行かないように見張る意味も含めて握っているだけです!決して怖いからとかではありません!!」
「そ、そうか…」
一緒に飛行機を待っているのにどこかへ行くも何もないだろうと思っていた古城だがこれ以上は触れないようにしようと考え、黙り込んだ。
すると、後ろから回り込んできた男が前に出てくる。
男の背格好は一見ほっそりとしているが所々筋肉質なことがラフな格好から見え隠れしている。そして、男の腕にもまた魔族登録証がある。つまり、魔族。シロウから見立てではかなり接近戦が得意そうなのは所々の仕草が理解できた。
「よう。この飛行機の運転手ロウ・キリシマだ。よろしく。」
その愛着に対して軽く挨拶を交わした後、飛行機に乗り込んだ古城たち。助手席にシロウが座り、後ろの客席には古城たちが座った。
その後、飛行機が飛んだのだがその後は凄まじかった。何が凄まじかったって、今まで怖がっていることをまったく認めようとしない雪菜が離陸直後に思い切り悲鳴を上げ出したのである。
(まあ、仕方があるまい。人間、得手不得手がある。こういうことを我慢してこそ大人というものだろう。)
わずかに目を閉じてシロウは飛行機が運転されてからずっと大人しく座っていることを決め込み、雪菜の悲鳴共々全てを聞き流すように座り込んでいた。
ーーーーーーー
「ふう、やれやれ。」
島に到着したシロウたちは早速難題が振りかけられた。
それは先程自分たちの乗っていた飛行機が自分たちをこの無人島に置き去りにしてさっさと離陸してしまったのである。そんな訳でシロウたちは途方に暮れていた。
(まあ、実際、見抜けなかったわけではないがな。俺たちのことを知ってしまっている以上、これ以上に厄介なことはない。俺たちを無力化する意味合いも含めて必ず俺たちをどこか遠い場所に隔離した方が利があるに決まっている。)
そこまで理解していてシロウがまったく動かなかった理由には二つほどある。一つは魔力不足である以上、連中に警戒されて武装が硬くでもされたら非常に厄介だということ。二つ目は一つ目と重なるが警戒された場合、夏音をもっと遠ざける結果となる可能性が高いということだ。
一つ目はどうにかなるかもしれないが二つ目が厄介すぎる。ただでさえ現界が解けかけているというのに隔離などされてしまえば自分は現世に留まることが本格的に困難になり、最悪消えかねない。
つまり、何もしないことこそが今のシロウにとって最も益を生む結果となる判断したのである。
「おーい、シェロー!」
「うん?」
森を捜索していた古城たちが戻ってきたため、一旦思考を打ち切る。
「どうだった?」
「ああ、少し離れたところに基地みたいなのが何個かあってよ。そこを当分の拠点としようと思っているんだけど。」
「そうか。了解した。ならば、次は食事の方だな。」
「ああ、そうだな…」
実のところそれが一番の問題である。こんな無人島に何の準備もなくただほっぽり出されたのだ。食事をするしないは結構な死活問題となる。
そして、そんな古城の不安そうな表情を察してかシェロは微笑を浮かべ、
「大丈夫だ。当分の宿を君たちが確保しているというのならば後はこちらが何とかしておこう。」
「へっ?」
間抜けな返事をする古城を他所にシェロは背中を向け、海岸の方へと向かっていくのだった。
「それで?結局、シェロさんを放置してこちらにいらしたという事ですか?」
「お、おう。」
古城はなぜか正座させられ、腰に両手をつけ仁王立ちしている雪菜の目の前にいるという状況に疑問を持っているがとりあえず質問にはこたえる。
「まったく、彼は私たちの正体について1発で見抜いたんですよ?いくら友達だったからとはいえ油断しすぎです。彼の目的が本当に叶瀬さんを助ける事だったとしても彼は監視して然るべき存在でしょう。」
「いや、そうは言われてもよ…」
正直、古城には彼が敵だという実感がわかない。いや、そもそも彼が敵であるということすら頭には浮かばない。雪菜には悪いが、古城は今までのシェロの人となりを疑うなどという事はできなかった。
たしかに彼は得体の知れない面が多すぎるがだからと言って彼にはシェロを疑う理由が何一つとしてなかった。
本能的に彼は敵ではないと判断するのである。自分の中の感覚…というよりも第六感が。
「仕方がありません。私が彼の事を探してとりあえず監視しておきます。先輩はここで待っていてください。」
「あ、おい。」
踵を返して自分たちが見つけたベースから離れて森の方へと向かっていく雪菜を追い古城も森の中へと入っていく。
「別にそんな心配しなくていいっと思うけどなぁ。」
「彼が友達だから信じたいというのはわかりますけど、すみません。私としてはあまりにも情報が足りなさすぎる。ならば、こちらからも探りを入れるべきでしょう?」
「まあ、それもそうだけどな…と、なんか聞こえないか?」
古城が耳を澄ませるような動作をしたのを見て、雪菜もそれに並行して行動する。
すると、何だかこんな無人島ではとても聞けないような歓喜の声のようなものが聞こえてきた。
古城たちはお互いに顔を見合わせて、そちらの声がする方へと進む。そして、ある程度進み海岸の波がなるべく低めの海ではあるものの決して低くはない絶壁にて一つの黒い影がいた。
「フィーッシュ!!ははは!いや、何とも清々しい!釣りなど何年ぶりだ!ヒャッホー!!!」
その影とは一体どこから取り出したのか、最新式のリールを片手にいかにもアングラーという雰囲気を漂わせたベストとベレー帽を被ったシェロその人だった。
影の正体が理解できた時、古城たちは二人揃ってまたも顔を見合わせてその後何も見なかった事にしよう。と言葉を交わさずともお互い理解して、その場を後にした。
「とりあえず、あいつが釣り好きだってことは分かったな…」
「そ、そうですね。」
気まずい、全くもって気まずいが、とりあえずあの分だと食事は期待できそうだと二人は同時に頭の中で考えた。