ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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戦王の使者II

「ディミトリエ=ヴァトラー?」

 

手紙の主である者の名前を雪菜が告げると、古城は不思議そうな声でそう尋ね返した。

 

「はい。戦王領域にて、主にアルデアル公国を治めている貴族ですね。」

「ふーん、そんな大物が一体俺に何の用なんだろうな?」

「はあ、おそらく、というか確実に考えられるのは一つだけだと思うのですが…」

 

雪菜は嘆息しながら、横目で隣の古城を見つめる。

こんな成りだが、この少年、一応は第四真祖という世界最強の吸血鬼の呼び声が高い男なのである。そんな男がいる場所に貴族が押しかけてきたとなれば、まず、この少年に挨拶をするというのが常識という者である。

たとえ、古城に第四真祖などという肩書きを名乗る気がサラサラなかったとしても…

 

「ん?」

「どうしたんですか?」

「これ、パーティーにパートナーを連れて行けって書いてあるんだよ。参ったな?どうするかな?」

 

パートナーというのは、この場合、夫婦や恋人のような比較的円満な関係を構築している者のことを指すのだろう。そんな人間はいないため、古城は頭を抱える。

 

「浅葱…はダメだし…凪沙なんて論外だ。」

「この場合、先輩の事情にも精通していてなおかつ、いざという時に即座に対応できる方を選んだ方がいいですね!」

 

ちょっと、胸張り気味に答える雪菜の様子に古城は気づくこともなく、

 

「となると…那月ちゃんか…」

「はい!?」

 

予想外の一言に思わずと言った調子で声を裏返す。

 

「どうして、そこで南宮先生の名前が出てくるんですか!?」

「いや、だって、あの人ならオレが第四真祖っていうこと知ってるし、適任かな?って」

「そういう人ならもう一人いると思うんですけど!もう一人いると思うんですけど!!」

 

なぜだか必死にこちらに言葉を投げ掛けてくる雪菜の様子を見て、さすがに古城は気づく。

 

「え?姫柊に頼んでいいのか?」

「先輩の監視が私の任務ですから!」

 

ホッと胸をなで下ろすような雪菜の様子に古城は不思議に思ったが、それ以上追究しようなどということはしなかった。

 

そんなことを言っている間に古城たちは自宅に着いた。すると、薄暗い部屋の中に見覚えのないダンボール箱があった。二人は不思議に思い、顔を見合わせると、その箱を調べるために古城は前に出る。

 

「送り主は…獅子王機関?」

「獅子王機関がなぜ先輩の元に配達を?」

 

ますますわからなくなった二人はさらに追究するために箱を開ける。

すると、

 

「なんだ?これドレスか?B(バスト)76W(ウェスト)55H(ヒップ)77…あれ?これって姫柊の…」

「記憶をなくす前に言い残すことはそれだけですか?」

「へっ?」

 

直後、古城の悲鳴がマンションの中で響き渡った。

 

ーーーーーーー

 

その後用意されたドレスを着て、古城たちは洋上の墓場(オシアナスグレイヴ)と呼ばれる旅客船に乗船した。

そんな彼らの様子を数キロ先のビルから監視している人影はビルの屋上に座して、その口元を読むこと(読唇術)に専念していた。

 

そうシロウである。

 

「さて、彼らが出たのを視認して、とりあえず尾行してみたものの…あの旅客船、中々強力な吸血鬼がいるようだ。コレは離れて観察したことは正解だったか?」

 

数キロ先のビルの頂上にてひとりごちるシロウ。わずかな隙間からでも、そこから顔さえ映し出されていれば、口を読むことなどシロウにとって容易いことなので、移動しながら、常に彼らが視界に映るようにした。

 

そして、口を読むと、どうやら、彼らは戦王領域の吸血鬼に呼ばれ、この場に来た、とのこと。そして、船に入り、しばらくして、甲板に出てきた古城に対して、威嚇するように眷獣を放った一人の吸血鬼がいた。

男の名はディミトリエ=ヴァトラー。戦王領域の貴族にして、アルデアル公の領を賜りしものとの紹介が為されていた。

 

「…はぁ、どうやら、本当に面倒ごとのようだな。まあ、我々英霊は別に関与しなくてもいい問題ではあるんだが…なあ、ライダー。」

 

振り向かずに、後ろに呼びかけるように声を出すシロウ。

しばらくして、シロウの5メートル後ろから観念したように虚空から赤銅色の鎧を伴って、鈍い光を放つ男が現れた。

 

「気づいていらしたんですか?一体いつから?」

「確かに我らサーヴァントは霊体化すれば、現世のあらゆる事象を無効化することができるが、別に気配を消せる訳ではあるまい?

これだけ近づかれれば、流石に気がつくさ。」

 

シロウは旅客船からは目を離さず、そのまま、背後に注意を巡らせるために殺気を放つ。

 

「殺気を収めてください。私はなにも襲おうという訳ではないのです。」

「たとえ、その言葉が真実だからと言って俺が警戒を緩める理由はないと思うがね…君がサーヴァントであるという時点で…」

 

なおも、視線を変えず、だが決して背後への警戒を緩めない。そんなシロウの様子にやがて、嘆息したライダーはシロウに並ぶために前に出る。

 

「ならば、警戒したまま、聞いてください。私は現時点でこの絃神島という人工島で争いを起こす気はありません。」

「……」

 

シロウの沈黙を是と捉えたのかライダーは言葉を続けていく。

 

「ですから、アーチャー、私は今のうちにあなたとの不可侵協定を結びたいのですが…どうでしょうか?」

「…その前に、君がなぜ、暁古城とコンタクトを取っていないのか…その理由を聞かせてくれるか?」

 

ようやく、ライダーの紡ぐ言葉に対して反応を示したシロウ。正直、あまり争いごとを好まないことは聖人であるということを分かった時点で、理解していた。そのため、シロウは遠からず、このような協定を持ち出されるだろうということも予測していた。だが、それならば、古城に知らせた方がいいだろうと思うのが自然かと思っていたので、そのことについて聞くのはシロウにとって当然のことであった。

 

(まあ、夏音に何の事情も説明していない俺が言えたようなことでもないが…)

「…それについては、私のマスターを少しの間観察させてもらったのですが、どうも、確かに特別な体質に恵まれているようですが、どう見ても一般人にしか見えず、ならば、特に望みもない私が彼とコンタクトをするものも何か違うような気がしまして…」

 

概ね同意できるものがあるが、まさか、本当にそのような理由でコンタクトを取っていないとは思わず、シロウは信じられないものを見るような目でライダーを凝視する。

自分のことなど、まるっきり棚に上げて。

 

「…まさか、そのような理由でなにも伝えていないとはな、本来なら甘いと断ずるべきところだが、まあいい。了解した。こちらとしても、争いは現時点で望むところではない。いずれ争うことになるにせよ、争いは少ない方が良いというのは同意できるからな」

「流石は、『正義の味方』を目指したことでも有名な英雄でもあります。賢明なご判断感謝いたします。」

 

ライダーのこの言葉に関してはさすがに嫌悪感を抱かざるをえなかったシロウは半ばヤケクソに反論する。

 

「ライダー…そのような伝承があったことは事実だが、あまり俺をそのような呼び方で呼ばないでほしい。たとえ、そこに皮肉を交えていなかったとしても…な」

 

本気で嫌悪していることを見て取ったライダーは、協定にヒビを生みかねないことを瞬時に読み取り、すぐに口をつぐんだ。

 

「分かりました。ではこの話はこれまで…私は行きます。良い夢を…アーチャー」

 

そう言って、夜闇の虚空へとまた姿を消すライダー。

それを確認したシロウは口元に嘲りとも取れる笑み浮かべる。

 

「良い夢を…とは奇妙なことを言うものだ。霊体である我らは元々、睡眠など必要としない身だというのにな…それにしても…クリストフ=ガルドシュ…か。」

 

ライダーと話しながらも、船の様子を観察していたシロウは想像以上に厄介な事態が引き起こされてるということに気付いた。

何と、そのクリストフ=ガルドシュを第四真祖たる暁古城の監視役の姫柊雪菜が仕留めて、テロ活動を阻止するなどと、言っているのである。

 

「ここ最近になって、嘆息することが多くなったな。やれやれ、若いうちの無茶は買ってでもせよとはいうものの…これは、少し背伸びが過ぎるな」

 

自分が手を出すことでもないのだが、やはりそこはどこまで行っても『正義の味方』としてあり続けようとする自分のサガが無視できない。

 

本当にどうしようもないなと、心の中で嘆息混じりに呟き、シロウは自宅へ帰るために踵を返し、虚空へと姿を消す。

 

ーーーーーーー

 

翌日になり学校に着くと、独自に調べるために古城と雪菜は早速動き始めていた。

 

予想通りの事態に対し、シロウはまるで保母さんの様な表情で行く末を見守っていた。

 

(まあ、いざとなれば助太刀すればいい話だしな。とりあえず、見守っていくことに越したことはないだろう。)

 

今のところ、学校に異常事態らしきことは起こっていない。だが、一つ気になることがあるといえば、あった。

 

(姫柊以外に、もう一つ何か監視のような目が古城の方に届いているな…)

 

と、鳥の形をした式神を見つめながら、シロウは思う。

 

「待てよ。たしか、古城が昨日いたあの旅客船。たしか、古城たち三人以外にももう一人いたな。…たしか、えらく姫柊のことを気にかけていた気がするが…名前は、そう…煌坂 紗矢華と言ったか?」

 

…何か嫌な予感がする。自分も人のことは言えないが、古城の方も結構な女難の相を感じる。とするとだ。()()は間違いなく…

 

「まあ、確定するのはまだ早計というものだろう。もしトラブルだとしても、そうそう命の危険にさらされることもあるまい。一応、真祖なわけだしな…」

 

と、そんなことを考えている内に、浅葱と古城が話し合っている。おそらくまた、今回の事件についての手掛かりを聞こうとしているのだろうが、浅葱の方の回答は良くない。どうせまた姫柊が関わっているのだろう、と予測をつけているのだろう。

だが、彼女はある言葉を皮切りに突然気分が変わった様に、古城の申し出を受け取ると返したのだ。

 

そのある言葉とは…

 

(…ナラクヴェーラ…たしか、インド神話に似たような名前があった気がするが…アレは、ある宗教においては難攻不落の城の主として描かれていたはずだな。古代遺産ということは少なからずその名前と関係しているのか…いや、そもそも、ルールが変わったこの世界において神話は残されていても、同じような名前があったということが効果にそのまま出てくるというのも怪しいものだ。となると…)

 

この場合、浅葱たちの元に急行し、その『ナラクヴェーラ』について聞いておくのが最善の策と言えるだろう。すぐに古城たちが向かう部屋の向かいの屋上にて待機しようと、歩を進める。

そして、屋上に着いた時、ふと、自分以外の気配をその屋上にて感じ取った。

視認して確認はできないものの…これは確実に人がいる気配だと確信できたシロウ。

 

(この感じ…監視と言って他ならないが、なんというか、殺気に満ち溢れすぎているな。これを監視と言っていいものか…)

 

その溢れんばかりの殺気のおかげで自分に向けられているわけでもない視線をシロウは敏感に感じ取ったのだ。ここまで来たら十中八九先ほどの思考が早計などではなく、極めて正確だということも理解できる。

 

「まあ、とりあえずは浅葱たちが入っていた生徒会室の方を見てみるか…」

 

そう言って、シロウが生徒会室の方を見てみると、そこでは古城たちがおそらく、ナラクヴェーラについて調べている後ろ姿があった。時折、横を向く時の口から内容を読んだり、開いているパソコンの画面を確認したりした結果、画面に写っている化けガニのような物体がナラクヴェーラということでいいらしい…

 

(なるほど、これは来て正解だったな。まるっきり神話の話なんて無視している。アレが神々の兵器というのならば、やはり、この世界のルールは根本的に変わっているということでいいらしい。

しかし…そうなると、謎だな。我々が召喚されているということは少なくとも世界の座のシステムは正常に稼動しているということ…“座”は世界の“根源”に最も近い位置に存在していると言っていい場所にある。

根源を廃棄したこの世界が根源を基にしている我ら英霊を召喚できるなどということが根本的にあり得るのか?

 

そんなこと…聖杯を利用するのではなく…聖杯にかける願いによってでしか、起こり得ない奇跡だろうに…

 

だが、それはそれでおかしい。聖杯に願いをかけられるというのならば、なぜ()()()()()()()などという回り道をおかした?

その願いで根源に到達すれば、『魔術師』の悲願とやらは叶うだろうに…)

 

考えれば、考えるほど今回の聖杯戦争のそもそものルールそのものすら怪しくなってくる。この聖杯戦争は、長年、聖杯戦争に関わり続けてきた自分でさえ、異端を極めていると断言してもいいほどの異常性を孕んでいる。

 

そのことに対して、嫌気がさし、思わず青空を見上げてしまう。

 

(本当に今回の聖杯戦争は、無事に終わる保証がまるでないな。まあ、『戦争』などという言葉が付いている時点で無事も何もあったものではないだろうが…)

 

だが、シロウが熟考していると、突然巨大な振動とともに巻き起こる破壊音が周りに響く。

 

「くっ!!っ!?なんだ!?一体?」

 

英霊であるこの身は視覚以外の五感も並の人間以上にあるため、シロウにとって、熟考している間のこの破壊音はあまりにも強烈に響いてしまった。

 

音の出所である向かいの屋上を見てみると、いつの間にか古城があの女性『煌坂沙耶華』に刃を向けられ、対する古城の方は呆然とした様子で自分の魔力の暴走に対して何もできずにいる。

だが、今回もというべきかまた、浅葱が古城の元へと間が悪く到着してしまっていた。

 

「まずいな…あれだと、どう足掻いても…となると、ここはあえて浅葱に怪我を負ってもらうのも手かもしれん。」

 

と冷静に残酷とも取れる手段を考えたシロウは浅葱のことをあえて放置し、自分のなすべきことを再確認するために思考した。すると、すぐに雷に打たれたかのような衝撃と共に閃く。

 

「しまった!夏音!!」

 

第四真祖の眷獣の暴走は確実に学校の方にもダメージを与えている。

こんな状況で、あの優しすぎるマスターが動揺しないとはとても思えなかった。

 

シロウは人の身に合ったスピードを保ちながらそれでいてその状態における最高速を維持して、自分のマスターの元へと直行した。




次の話を考えて、今回の話を思い返す…うん。どう考えても、次の話の方が展開的に早すぎることも遅すぎることもなく、面白い気がします。
いや、だって、正直、戦王の使者の回って、前振りが妙に長いもんだから、第三視点で描くとなるとなんていうか、遅いような感じがしてしまうんですよね。はい。
みなさんが退屈だと思わないことを心からお願いします!

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