ここは絃神島の中央にあるキーストーンゲート。
この機関は絃神島の電気、水道、ガス…あらゆるシステムを管理している。そのため、ここは一際警戒を要されている。ここを破壊され、蹂躙されるということは島内を殺すことに直結し、最悪、この人工島を沈ませることにもつながるためである。
だが…そのキーストーンゲートに現在、二人の侵入者がいる。
一人はいかにも教徒という佇まいでありながら、その雰囲気をぶち壊しにするはずの戦斧を不思議とマッチさせる男。
一人は決して吸血鬼以外には使いこなせないはずの眷獣を虹色に輝かせながら巨人のような形をとって使いこなしているホムンクルスの少女。
この異様な二人組は堂々と警戒されているはずのこのキーストーンゲートを正面突破してきたのである。
警備員たちは魔術的に退魔効果のある金や銀の銃弾を撃ち込む。
だが、男の方は人間とは思えない神速によりその攻撃を避け、戦斧による一撃で両断し、少女の眷獣はその退魔効果のあるはずの銃弾を眷獣でやすやすと受け切って見せた。
辺り一帯の混戦を鎮圧した時、先に進もうとする彼らの目の前にはガクガクと肩を震わせた現代風のファッションをした学生服の少女がいた。
一瞬、自分たちの姿を見た彼女もここで殺そうかとも思ったが、すぐに思い直す。すでに少女の方は恐怖により体が固まってしまっている状態のようだ。このような少女を放置しても特に問題はあるまい。
ーーーーーーー
シロウは駆けながら、ひたすら聞き込みを繰り返していた。
安直ではあるが、こういう何も情報がないときは走って稼ぐしかないことを生前から痛いほど理解している。
だが、そんな時だった。ちょうど彼がキーストーンゲートの近くで聞き込みをしていたせいもあるのだろうが、突然、島がグラグラと揺れ始めたのだ。
「なっ!?」
突然の事態に驚くシロウ。ここは海の真ん中にある人工島である。そんな人工島がこんな揺れを引き起こすはずがない。
ということは、この島の警備システムか何かが、狂ってしまってできあがってしまった結果なのだろう。ということは…
「キーストーンゲートか!?」
ちょうど、聞き込みをしていた相手にお礼を言う。そして、シロウはそこから人通りの少ない場所へと移動すると、スピードを一気に押し上げ、キーストーンゲートへと向かっていくのだった。
ーーーーーーー
そこは一面死の色だった。残骸と化した
「ちっ!」
シロウはその惨状を見回し、すぐに生存者がいないかどうか探した。すると、見慣れた少女がいた。
「あれは…浅葱!?」
「え、だれ?って、シェロ!?」
浅葱の方もこちらに気付いたみたいで、驚いた様子で声を上げた。
「あんた、何してんのよ!こんなところで!?」
「それはこちらの…って、そうか、君はバイトか?」
「そうよ。で、あんたは一体…」
と言おうとした時、ピリリリと彼女の服から携帯音が鳴る。
「もう!何よ!?こんな時に!」
携帯の表示画面を見ると、そこには古城と書かれており、浅葱の方は慌てて、応答ボタンを押した。
『浅葱か!?』
「古城!?」
『よかった…無事なんだな!」』
「ちっとも無事じゃないわよ!!」
思わずと言った調子で浅葱は叫ぶ。
『そっちはどうなってる!?』
「侵入者が二人来て、辺り一帯もうボロボロよ!」
『やったのは、ゴツい僧衣のおっさんと眷獣を連れてるホムンクルスか?』
「知ってるの!?」
『ああ、危うく殺されかけた。』
「殺され…って、古城あんた!?」
驚くほど冷静に答えた古城に対して、怒号に似た叫びを出す浅葱。
『そんなことより、そいつら今、どこに向かってる?』
「…もう、ちょっと待ってて…」
だが、古城はそんな浅葱の声を遮るようにして質問を挟んでくる。浅葱の方もそんな古城の応対に慣れた調子で、カタカタとパソコンのキーボードを叩き、敵の現在地を割り出していく。
「まっすぐ、支柱の最下層の方へ向かってるわ。それ以外に興味がないっていった感じよ!」
『キーストーンゲートの支柱ってのは、宝みたいな大切なもんなのか?』
「んなわけないでしょ!ひたすら、馬鹿でかい鉄柱が深海に向けて伸びてるだけよ!」
『じゃあ、あのおっさんの言ってた至宝ってのは何のことだ?』
「至宝だと?」
ここで初めてシェロが口を出す。
『ああ、おっさんが言うにはそこには至宝が眠っているとか…って、この声、まさかシェロもそこにいんのか!?』
「ああ、キーストーンゲート辺りを周っていたら、いきなり、地面が揺れ始めたからな。何事かと思って、来てみた次第だ。」
『次第だ、ってお前…』
頭を押さえるような声が響く。それに対し、頭を抑えたいのはこちらの方だ。と内心で古城の方を毒突くが、話を進めることにする。
「それより、至宝ということは何か大切な物がここにあるということでいいか?それも、教徒にとって大切な物ということで?」
『ああ、多分、そうだと思うけど…』
「なるほど…」
何か納得したような表情でシェロは頷く。
『?なんだよ?なんか分かったのか?』
「分かったというよりは、今まで疑問に思っていたことが解けたという感じだな。浅葱、このキーストーンゲートの最下層に何があるか、調べてくれないか?俺の予想が正しければ、この騒動、ある意味で正しいことなのかもしれん。」
「はあ?」
何を言っているのか分からなかった。これほどの騒ぎを起こし、しかも、大勢の人々を殺した人間たちが正しいなどと何故言えるのかが分からなかった。
「…確かにそれも許されざることだが…この絃神島もある意味で彼ら教徒たちにとってはもっと許されざる行為をしている確率があるのだ。」
「って、心読まないでよ!!」
そう言いながら、手元にあるパソコンのキーボードを叩く手を休めない。すると、いきなり、アラームが鳴り始める。
見ると、専門家の浅葱でも驚くほどの強大なプロテクトであった。
「ちっ!モグワイ!!このプロテクトをぶち破りなさい!」
『無茶言ってくれるぜ。嬢ちゃん。これ本来、俺には壊せないように設定されているんだぜ?』
やたらと人間染みた言葉遣いをする人工AIである『モグワイ』やれやれといった調子でパソコンの向こう側で嘆息する。
「良いから、やれっての!」
『ヘイヘイ、ったく、だが…これだけ言っておくぜ。後悔すんじゃねえぞ。』
プロテクトが破れた先にあったもの、それは…
「え?これって…!?」
「…。」
浅葱はただ驚愕の声を出し、傍にいるシェロは痛ましい物を見つめるような表情でただ黙っていた。
ーーーーーーー
『…そういうことかよ。』
時間もないので、シェロが短縮した説明を電話の向こうにいる古城たちに送る。それに対し、古城はわずかに絶望したような声を出した。
『分かった。じゃあ、とにかくそっちは避難を任せて構わないか?』
「…それは構わないが、古城、どうする気だ?」
『は?』
「このまま、君が絃神島の人々を避難させるように誘導するのも手の内だ。一介の高校生が彼らのようなテロリストを相手にするなど、それこそ間違っている。」
『……』
「だが…人間、どのような選択であれ、自分の後悔しない選択をした方が後々のためになる。君がどちらを選んだ方が後悔しないか…よく考えた方が良い。」
後味が悪いが、自分に言えることはこれだけだ。と考え、電源を切り、浅葱に携帯を返した。
「さ、行くぞ。浅葱。まだ、生き残っているものがいればその者たちを外に避難させねば…」
「ええ、分かってるわ!」
あれだけの地獄絵図を見せられながらも浅葱は気丈に返事した。
シェロとしては、本当は浅葱も外に出した方が彼としては好ましい。しかしこれだけの騒ぎが起きて、彼女が黙ってられる性分でないことは理解している上に、生き残りがいるかどうか確認する上で彼女の能力は必要不可欠なので、一緒に連れて行った方が良いとシェロは考えた。
そうして、二人は生き残りを探すために奔走した。
ーーーーーーー
しばらく経ち、大体の生き残りを避難させたシェロたちは外に待機していた。すると…
(…!来たか。古城。)
気配感知はそれほど優れていないシェロだが、馴染みが深い魔力を感知することは造作もないことである。どうやら、キーストーンゲートの支柱に向かって、まっすぐ進もうとしているようだ。
「…すまない。浅葱。後は頼む。」
「は?」
突如かけられた言葉に対して、浅葱は意味が分からないと言った調子で振り返る。だが、そこにはすでに、シェロの姿はなかった。
「ちょ、シェロ!?」
慌てて、周りを見回すが、やはり姿は見えない。唖然とした浅葱はそのまま棒立ちして過ごすことしかできなかったのだった。
ーーーーーーー
「
鉄製の最後の扉を壊しながら、自らの眷獣に取り込まれながら、藍色の髪の
そんなアスタルテに一瞥もくれず、男は最下層の中央へと歩み出る。
「お…おぉ…!?」
法衣の男『ルードルフ=オイスタッハ』はその
ここは、キーストーンゲートの支柱の最奥にして最後の砦。そこは四基の
全てのマシンヘッドを固定するアンカー。小さな逆ピラミッド型をした土台があった。
そのアンカーの中央に直径わずか1メートルの小さな一本の柱が杭のように突き立っていた。
だが、それは絃神島を支え続けるために、今も数百万トンという衝撃に耐えているのだ。
それこそ、この島を支えるために用いられている
「ふ…ふはははは…あはははははははは!!!」
涙を消し去ったかと思えば、狂喜の笑みを浮かべ、哄笑する一人の殲教師。そう。これこそが、この殲教師が、この汚らわしい鉄と魔術の塊の最下層に来た目的だった。
「ロタリンギアより簒奪された我らが不朽体…我ら信徒の手に取り戻す日を待ちわびたぞ!アスタルテ!もはや、我らの行く手を阻む者なし!あの忌まわしき楔を引き抜き、退廃の島に裁きを与えなさい!」
なおも高笑いしながら、信徒であるルードルフはアスタルテに命じた。
だが、アスタルテは動かない。少しして、それを怪訝に思ったルードルフだったが…
「
「何?」
怪訝な表情をさらに険しくし、何故か問返そうとした瞬間、
「悪いな!オッサン!」
背後の上空から声をかけられ、ハッとした調子で頭を上げるルードルフ。見上げた視線の先には、暁古城と姫柊雪菜が泰然として構えていた。
「…西欧教会の“神”に仕えた聖人の遺体。『聖遺物』って言うんだってな。やっぱり、これが、あんたの目的だった訳か?」
すでにわかりきったことだが、あえて問い返すように古城は聞く。
「…あなた方が絃神島と呼ぶこの都市が設計されたのは、今から40年以上も前のことです。」
ーーーーーーー
シロウはキーストーンゲート最深部へと足を進めながら、思考も共に進めていく。
(そう。5年前、当時としては俺はこの世界について何も知らなさすぎた。ゆえに、ありったけの過去の情報を頭に叩き込んだ。その中には当然、40年前当時の技術の知識も…だが…)
シロウの『芸はつぎ込めるだけつぎ込んだ方が得だ』という、生前の信念にも近い思い。そのため、この世界の技術の進み具合なども完璧に覚えたと自負できる彼には、一つ、わからないことがあった。
それはこの絃神島がどうやって出来上がっているのか?ということである。
(レイライン…つまり、龍脈が通る海洋上に人工の浮島を建設して都市を作る。当時としては画期的なこの発想は龍脈が通る霊力が、住民の活力となり、都市を繁栄に導くだろうと誰もが思ったという。だが、建設は難航したとされてる。人々が思う以上に海洋上に流れる剥き出しの龍脈が強大だったからだろうな…)
それは当然だとシロウは考えた。何故なら…
ーーーーーーー
「都市の設計者、絃神千羅はよくやったと言えるでしょう。東西南北に分かれる四つの
すると、ルードルフは背後にある己が信仰の対象である聖遺物を哀れむような目で見た。その視線に気付いた古城はわずかに呼吸を置いて、告げる。
「要石の強度だな?」
ーーーーーーー
(そう。どうしても分からなかったのは、なぜ、この島が大した技術もない40年前に四神の長たる黄竜の位置づけにあるこのキーストーンゲートの要となる
供儀建材
…聖遺物を利用したものならば、それは十分に要石の役割を果たすだろう。)
この島が風水を模しているということは膨大な魔力の流れを見れば、すぐに分かった。ただ、これほどの魔力に耐えられる要石など40年前に作って用意できたとはとてもではないが、思えなかった。
だが、今思えば、シロウならすぐに気づくだろうことだった。
魔術師とは、目的のためならば手段を選ばない。どのような世界であれ、そういう魔術師は必ずいるものだと、シロウは知っていたはずだった。
だが、ここの魔術師などの異能者たちは多くが目的ではなく、手段のために魔術や能力を行使していた。
その使い方に共感できたシロウは、この世界にはそんな人種がいないと勝手に思い込んでしまったのだ。
(やれやれ、さっきの勘の鈍りもそうだが、全く、長いこと戦ってないと、自分の中の色々な物が変わってしまうものだな。)
呆れ半分、悲嘆半分といった調子でシロウは自分のことを貶めるように評価し、反省しながら、下層を目指して走っていく。
ーーーーーーー
「気持ちは分かるぜ、オッサン、絃神千羅ってヤツのやったことは確かに最低だ。けど、だからって、ここに住んでいる何も知らねー五十六万人っていう人間を殺していいわけねーだろ!!」
「この島の贖うべき罪過を思えば、その程度の犠牲!一顧だにする価値なし!!」
咆哮に近いルードルフの怒声は確かな覚悟が伴ったものだった。だが、それでもといった調子で今度は雪菜の方が反論する。
「現在の技術を使えば、供儀建材など使わずとも絃神島を支えられるレベルの要石を作り出すことが可能です!そうすれば…」
「あなたは!自分の肉親が苦しんでいるときも同じことがいえるのですか!?」
その言葉を聞いた瞬間、古城は頭に血がのぼった。
姫柊雪菜は幼い頃、獅子王機関という組織に拾われ、そこで攻魔師として育てられたという背景を持つ。
彼女を獅子王機関の剣巫と知って、なお親のことを持ち出したということはそれは侮蔑に用いられたと見ていい。
「オッサン…あんたは!!」
だが、そんな古城の口元を雪菜は遮るように手をかざす。古城がそちらを振り向くと雪菜は大丈夫です、と口で言って再び覚悟の灯った瞳で殲教師を見つめる。
それが合図となり、古城もそちらを見つめる。
「結局、こうなるのかよ…」
あーあ、と落胆を帯びた声と共に古城は下階へと飛び降りる。
「…けど、忘れてねえか?オッサン?俺はあんたに胴体ぶった切られた借りがあるんだ。とっくにくたばっちまった
古城の全身を雷が包む。それは以前のように怒りに任せたものではない。彼の中にいる眷獣が宿主の意志に呼応して目覚めようとしているのだ。
「さあ、始めようか?オッサンーここから先は
雷光を纏った右腕を掲げて古城が吠える。
古城の隣で寄り添うように銀の槍を構えて、雪菜がいたずらっぽく笑いながらいう。
「いいえ、先輩、私たちの
だが、古城の莫大な魔力は眷獣だけを呼び起こすものではなかった。
行き場を失った魔力は暴走し、そして、ある一点へと届く。
そう、
瞬間、辺りが光に包まれる。
「なっ!?」
「きゃっ!?」
驚いた古城と雪菜はそちらを振り向きながら、目を覆う。
しばらくして、光が収まると、そこには先ほどと変わらぬ、最下層の景色が映し出されていた。
「なんだったんだ?今のはいったい?」
疑問に思っている古城の左腕には龍の牙を三つ渦巻き状に刻んだような刻印が打ち込まれていた。
ーーーーーーー
ひたすら駆けていたシロウが走る足を止め、いきなり後方へと飛び上がったのはそんな時だった。
「ぐっ!!」
瞬間、シロウが先ほどまでいた場所に落雷に近い光の束が落とされる。
まるで、自分という存在に引かれたが故にそこに光が出来上がったのだと言わんばかりのその光。
しばらくして、光が収まり、煙の向こうから人影がゆらりと動く。
「っ!?」
その男の出で立ちは明らかに現代のものではなく、そして、放つ魔力は自分と同じ神秘に溢れたものだった。それを見て、感じたシロウはすぐに警戒で顔色を染める。
男らしき人影は赤銅色の鎧と白と赤十字のサーコート、そして、赤銅色の髪の毛をはためかせながら、告げる。
「サーヴァント・ライダー!召喚に応じ参上仕りました。」
今ここで聖杯戦争がはっきりとした形で始まった瞬間であった。
さて、問題、ライダーとはいったい誰のことでしょうか?