「これからちと忙しくなるから、落ち着いたらまた酒でものもうやって伝えておいてくれないかい?」
そう言い残して、あの三人組はつゆへと消えた。
このままだと具合が悪いので、一番近いからという理由でさやかはほむらのアパートへ運ばれた。
アパートの外見はどこにでもある古いものだが、ほむらの部屋に入るとびっくり、そこには摩訶不思議な空間が広がっていた。
アタシも最初入った時は驚いたもんだ。まさかこんな広々とした空間が広がっているとは思ってもいなかったからな。
取り合えず適当な場所を見繕って、さやかを寝かせた。
病院に行くことも見当してみたが、さやかが現在行方不明であり、その間の行動の説明が難しいこと、
そしてなにより、身体が劇的に変化しているさやかを連れていくのはまずかった。
今のさやかの姿は大分変わっている。
身体は大人び、出るとこは出て、引っ込んでるところは引っ込んでやがる。
髪の毛だって、肩ぐらいしかなかったのが、今では腰に届かんばかりに伸びている。
触ってみるとこれがまた艶やかでさらっさらなんだよな。
アタシも年頃の女の子
羨ましいっちゃあ羨ましい
顔からにじみ出てくる脂汗をまどかがハンカチで拭き取り、ゆまが額にタオルを濡らして乗せる。
「さて、これからのことだけれど」
ほむらが机に肘をつき、手に顎を添えて話し始める。
「今の状況を整理すると、杏子とゆまには前に言った通り、およそ二日後、ワルプルギスの夜が出現する」
「ワルプルギスの夜って……あの超弩級の魔女がここに?」
「そうよ」
流石に名前ぐらいは知ってるか。
うちら魔法少女にとって、ワルプルギスの夜は一人で挑んでも戦いにすらならないし、複数で戦うに値しない色んな意味で厄介な魔女だ。
よく考えてみな
一人では倒せる筈もない魔女。仕方なく他の魔法少女と共闘して、やっとのことで倒したとしても報酬はグリーフシード一個。こっちは頼んだ側だから、必然的にグリーフシードはあち
ら側。
結果は魔力の無駄遣い。
名前は轟きそうだが、名声よりはやっぱりモノが欲しい。
つまり、あいつと戦うぐらいなら場所を移して魔法少女と縄張り争いするほうがよっぽど現実的だってことさ。
ま、アタシの場合はそうするけど、家族に内緒でやってるやつもいるからな、残って戦う奴らもいるかもしれねえけど、やっぱり家族を逃がすか守る為の戦いをするだろうな。
その中で敢えてワルプルギスを倒そうとするのは、名声が欲しい輩か、マミみたいに使命感に燃えた輩ぐらいだろう。
ただ、ほむらは事情が違うらしいけどな。
その当人は地図を引っ張ってきて、机に広げる。
「ワルプルギスの予想出現地点はここ」
「その根拠は何なの?」
「統計だとさ。」
「統計? 三滝原にワルプルギスが出現したなんて聞いたことないわよ」
「本人はこれ以上しゃべるつもりもないらしいよ。ま、何かの統計ってことにしといたら?」
「……話を進めるわ。そして、八坂神奈子によると美樹さやかの妖怪化が完了するまで、早くて72時間かかる。彼女の頑張り次第で動向なる時間差ではないわ」
「美樹さんがいてくれたらとても心強いのだけれど……」
「無いものねだりしてもしょうがないだろ。いつまでもさやかに頼りっぱなしも……まあさやかはいいって言うかもかもしれねえけど、よくないと思うぜ。ここはアタシ達で乗り切るべ
きだ」
最初はほむらと二人で戦う予定だったしな。
「それは……頼もしいね」
とさやかが会議の中に顔だけ向けて入ってきた。
「さやか様、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃない。大問題だよ。身体が全く動かないしちょう痛い」
「やっぱり戦うのは無理そうね」
「メンゴメンゴ。まあ杏子が言った通り、独り立ちの戦いだと思って頑張って。今のあんた達なら、十分太刀打ちできるから」
さて、あたしは寝ると、さやかは頭を枕に落ち着ける。
「さあ、私達は作戦を組み立てましょう」
アタシ達は再び机と向き合った。
……そういやさやかって今眠れるのか?
――――――――――――――――――――――――
時間が時間となった深夜
さやかの看病をすると言い張るまどかを何とか説き伏せて帰らせて、ゆまはさやかのそばで寝て、大まかな作戦は決まったところ時だった。
「ふぁ~、もうこんな時間かよ」
「明日は学校あるのに……」
「学校ではあなた行方不明扱いになってるわよ、巴マミ。一日ぐらい変わらないわ」
今日は三人共ここで寝ることになって、布団を敷く。
『入っていいかい?』
不意に、独特な形の影が部屋に射したと思ったら、キュゥべえが部屋の中にいた。
「てめえもう入ってんじゃねえか」
『つれないね。少しぐらいいいじゃないか』
「それで、何のようなの?」
『仮説の確認だよ』
そう言うとキュゥべえはさやかの近くに行き、全身を舐め回すようないやらしい目付きで眺め始めた。
耳をつかんで吊し上げ、それを阻止。
「何やってんだ、てめえ」
『やっぱり、これで仮説が正しいことが証明された』
無機質な目が、少し嬉しそうに細まった
「仮説?」
『僕達はね、一回滅びかけたことがあるんだ。君達でいう西暦1886年、何者かによって僕達は全滅寸前まで追い込まれた。凄まじかったね。個体はおろか僕達の集めた情報のデータも根
こそぎ壊れていたんだよ。おかげでそれが何者なのかというてががりさえ無い状態だった。だけど……』
キュゥべえはさやかを瞳に写す。
『ある個体が一人の少女を見つけることで、事態は変わった。魔力とは違う、それでいて熱力学の法則に捕らわれない力をその少女は持っていた。契約して、その力が使えなくなったと
わかった時は酷く残念だったよ』
「てめえ……」
『しばらくすると、今度はその少女のソウルジェムにあり得ない変化が起きた。さやかはこの現象を妖怪化と称したけど、最終的にソウルジェムに穢れが溜まり、魔女となった。でね、
その時一瞬だけど、また別種の力が検出された。これで熱力学に捕らわれない力は三種類になった訳だけど、その力に酷似しているものが殲滅された場所から検出されていたんだ』
「へー」
目を開けたさやかが興味なさそうに相槌をうつ。
『だからこうして、確かめに来たんだ。そして君の力はそれと酷似していた。つまり……』
「そう、あなた方を殲滅したのは私達、妖怪ですわ」
けっして大きくはないその声はやけに響いた。
キュゥべえの身体から縦に裂くように空間に線が入って、キュゥべえが真っ二つになった。
「杏子離れて!!」
はっと、キュゥべえを投げ捨てて、言われた通りマミ達のところまで下がる。
「こんばんは、魔法少女のお三方」
現れたのは、長い金髪の女性
妖艶を醸し出しているが、全く心の内をが読ませない。
「早速だけど、あなた方を幻想郷に案内したいのだけど、いいかしら? 大丈夫よ、答えは聞いてないし、幻想郷は一つを除いて全てを受け入れるわ」
ニンマリと全く信用できない笑みを浮かべてソイツは迫ってくる。
じりじりと距離を保って下がってしまう。
何も仕掛ける様子もなく歩いてくるのが、とてつもなく恐ろしく感じる。
「おーい、紫。ほむら達はこれからやることあるから見逃してあげてくれない?」
「ええ、わかったわ」
「いやそこを……ってええ!?」
「本来ならそうするんだけど、今はちょっと都合が悪いのよ。それに、今回はあそこの三人に用が有るわけではないのよ」
さっきまでの重い空気をパッと払拭して、今度は胡散臭い笑みを浮かべて話し始めた。
「美樹さん、知り合い?」
「腐れ縁……かな? 名前は八雲紫。服も名前も紫な胡散臭いやつ」
「あらひどいわね。正義の神様」
「はは、よしてよ。たかが身内のことぐらいで」
さやか、多分それ誉めてねーぞ、皮肉ってるだけだ。
「で、あたしになんか話したいことがあるんでしょ?」
さやかの口調が真剣なものに変わる。
「ええ。出なければわざわざここまで赴かない」
紫は扇子で口元を隠して、こっちを向く。
「悪いけど、この子30分程かして貰うわよ?」
そう言って、隙間の中に消えた。
さやかもろとも
「……ふぇ?」
目を覚ましたゆまの寝惚けた声がするまで、アタシ達はフリーズしていた。