生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
「ベルさん? どうしたんですか...?」
急に吹き出したベルに対し、シルは心配そうに声をかけ、リューも同じように見つめていた。
「いや...今店に入ってきた方達って...」
「あぁ、ロキ・ファミリアの方達ですね」
「今あるファミリアの中でも、最大勢力の一つと言えるファミリアですね」
代わる代わる答えるシルとリュー。
最大勢力、そう聞いてベルは内心で少し驚いていた。
ロキ・ファミリアという名前は、あのときにアイズ・ヴァレンシュタインという少女から聞いたが、まさかそんな規模のファミリアだったとは思わなかった。
「...確かに、強い感じだったしなぁ」
ベルは誰にも聞こえない、消えてしまいそうな声で呟いた。
「でも、ロキ・ファミリアの方達がどうなされたのですか?」
「あ、えっと...有名人に会ったから驚いちゃって...」
咄嗟にそんなことを言って誤魔化すベルだったが、すぐにそれが、悪手だと気付いた。
(あの中に、有名な冒険者が居るとは限らないじゃないか!)
例え、大規模ファミリアでも、今いる面子の中に有名な冒険者がいるなんて判断することは出来ない。
せめて、有名なファミリアとか言っておけば、そう後悔するベル。
「あぁ、確かにそうですね。あそこにいる方達は数いる冒険者の中でもトップクラスの実力を持っていますから」
リューの言葉から察するに、どうやら有名人が多数いたようだった。
ラッキーと、内心で呟くベル。
「まず、あの小柄な方ですが、名前はフィン・ディムナ。ロキ・ファミリアの団長で、二つ名は《
何故か、最後にそんなことを付け加えてきたシルだったが、ベルはへぇ、と納得した。
しかし、他の種族よりも"勇気"というのに優れているらしい。
つまり、彼はその勇気でその座に登り詰めたということなのか。
「あの綺麗な女性は、リヴェリア・リヨス・アールヴ。実は王族エルフの出身で、オラリオ最強の魔法使いと呼ばれている方で、二つ名は《
確かに、そうベルは思った。
リューと同じエルフではあるものの、王族出身と聞けば、少し萎縮してしまうところはあるが、文句無しのその美貌は、上品で、そして理知的雰囲気を醸し出していた。
ちなみにベル的にも、かなり好みであった。
「大柄で、お酒を豪快に飲んでいるあの方は、ガレス・ランドロック。ロキ・ファミリア最古参のメンバーの一人で、二つ名は《
パッと見、気の良い近所のおっさんにしか見えなかったベルだったが、その逞しい体躯と丸太の様な腕から、殴られたら間違いなく死ぬなと直感した。
やはりミアと同じドワーフであると、ここまで膂力に差が出るのかと。
「あそこのスタイル抜群のアマゾネスの方はティオネ・ヒリュテ。そして、隣にいらっしゃる、その...胸が控えめの方がティオナ・ヒリュテ。二人は姉妹で、ティオネさんの二つ名は《
割りと酷い説明をするシルにベルは苦笑していた。
スタイルにかなり違いはあるはあると言えど、どちらも可愛いのだから、問題は無い。
「あそこにいらっしゃる
あのシルが、こういう言い方をするということは、かなり性格面に問題があるのだろう。
確かに見た目少しヤンキーっぽいところがあるなとベルは思っていた。
「あそこにいるエルフの方は、レフィーヤ・ウィリディス。二つ名は《
リューの説明で、実力が少し劣っていると言われたベルだったが、そういう風には別に感じられなかった。
もしかしたら、それに匹敵する能力があるのかもしれない。
あと、普通に可愛かった。
「あそこにいるヒューマンの女性は、アイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオ最強の剣士であり、二つ名も《剣姫》。他の種族の方と比べて劣っている言われるヒューマンの、いや皆の憧れと言われている方ですね」
問題の少女だ。
アイズ・ヴァレンシュタインはあの時ダンジョンでたまたま出会ってしまっただけであり、他に接点があるわけではなかった。
寧ろ美少女と接点が出来ただけ、かなりラッキーと言える。
しかし、
それが問題だ。
それさえなければ、手放しに喜べたのにと、ベルは心中で落胆する。
「そして、皆さんの中央にいるお方はロキ様。ロキ・ファミリアの主神である方です。でも、少しセクハラをしてくると言いますか...」
ベルは彼女がロキであるということは、すぐに分かっていた。
しかし、セクハラをしてくると言われ、疑問を感じていると、タイムリーだったのか、ロキがアイズ・ヴァレンシュタインの胸を触ろうとして裏拳を喰らって、吹き飛んでいた。
なるほどと、理解したベルであった。
「うん?」
ふと、見渡すと、周りの冒険者が少しざわついているのに気付いた。
「ロキ・ファミリアは他の冒険者にとっても憧れの存在です。それ故にこういう反応をしてしまうのです」
リューは持っていた酒を一口飲むとそう言った。
憧れ、というのはよく分からないが、ベルはそうなんですかと、返事をした。
「...っ!」
危なくアイズ・ヴァレンシュタインと目が合うところで、一瞬で顔をカウンターに伏せた。
ゴツンという豪快な音をたてて。
「何してるんですか...?」
少し引いている様子のシルに、ベルは泣きそうになりなっていた。
「...ごめんなさい、少し匿って下さい」
理由は聞かないで下さいと、目で訴えるベル。
それに対して、シルとリューは顔を見合わし、首を傾げるが、すぐに納得してくれたのか、頷いた。
「それじゃあ、私が_______」
「クラネルさん」
シルが何か言いかけるが、リューの言葉に、というか行動に掻き消された。
「ちょっ...」
リューがやった行動とは、自身の膝にベルの頭を乗せる、つまりは膝枕を実行したことにある。
急に引っ張られ、膝に吸い込まれたベルは驚いていた。
そして、シルも別の意味で驚いていた。
「りゅ、リュー!? 何やってるの!? それは、私が...!」
シルは慌てながら、リューを問い質した。
ちなみに席は、シルが乱入してきたことにより、席順を端だったベルを真ん中に、左側にリューが、右側にシルが座っていた。
「いえ、こうすればあちらからはクラネルさんが見えないと思ったので」
至極当然のように言うリュー。
その手はベルの頭の上にあり、ゆっくりと撫でていた。
「それなら私がやるから! って、ベルさんも、何安らいでるんですか!」
「え、だって、落ち着きますし...」
ベルはリューの太股の上でひどくリラックスしていた。
それを見て、珍しくリューが少し微笑んでいた。
普段のリューを知る人達からすれば、それは驚くほどに珍しいことであった。
アーニャが見ていれば、馬鹿騒ぎを起こし、リューに制裁を喰らっていただろう。
それほどに珍しいことであった。
「うぅっ...エルフって、自分が認めた以外の異性との触れあいを嫌うんですよね...つまり、そういうことなんですよね...!」
「...? どうしたんですか? シル」
不思議そうな顔をしているリューだったが、その間もベルの頭を撫でるペースは変わらなかった。
そして、その当の本人であるベルは、膝枕しているリューの太股を触るという、本来なら殺されてもおかしくないという冒険をしていた。
仕方がない、ベルは男なのだ。
しかし、ベルにリューからの制裁が飛んでこないということは、リューにバレていないか、もしくは気付いていて容認しているかのどちらかだろう。
それをベルに判断することは出来なかったが。
「ベルさん! 私がしてあげますから...! さあ、こちらに!」
シルは自身の膝をポンッと叩いて、かむひあーとベルを見る。
どんだけ余裕がないんだと、同じ従業員のルノア・ファウストは後に語った。
「...ふぁ~」
「ベルさん! 寝ないで下さい! リューも、何嬉しそうにしてるんですか!」
既にリューの膝上でお眠のベルを起こそうと無理矢理身体を揺する。
しかし、ここで一つ、忘れていることがあるのに三人は気が付いた。
ベルは匿ってと、二人に頼んだのにこれでは本末転倒ではないのか。
いくら賑やかな店内でも、これだけ大騒ぎしていれば、周りの人達の視線は間違いなく集中してしまう。
現に男性客はベルに殺意を向けていた。
そして...
「あ、ベル...」
遂にベルはアイズ・ヴァレンシュタインに見つかってしまったのだった。
ベルは膝枕状態から一変して、ピンと立ち上がり、ギギギと振り向いて冷静に言った。
「ア、ドウモ」
すごく片言ではあったが。
「何や? アイズたんの知り合いなん? その子」
アイズが反応したのを見て、ロキが飲んでいた酒を一旦止めてそう言った。
その瞬間、あ、終わった、間違いなく他の面々にも色々突っ込まれると、絶望していたベルであった。
「うん、さっきダン____」
「あ"ぁ! てことはテメェか!? アイズが言ってた野郎ってのは!?」
突如、アイズの言葉を遮り、キレるベート。
どうやら、相当酔っているらしい。
「君君~。ちょっと、こっち来てお話ししようよ~」
そう言って手招きしたのはティオナだった。
見る限りロキ・ファミリアの打ち上げなのに、他者を引き込むのはどうかと思ったが、それは構わないらしく、他のメンバーは誰も止めなかった。
いや、居た。
一人、めらめらと嫉妬の炎を燃やす少女が。
(何アイツ!? アイズさんの知り合い!? 女を二人侍らしているような奴が!?)
名をレフィーヤ・ウィリデス。
アイズを敬愛するエルフの少女だ。
「...ごめんなさい。シルさん、リューさん。また今度に。ちょっとあっち行ってきますね」
何か覚悟を決めたような、表情でそう言うと、ベルはロキ・ファミリアのいるテーブルへ足を運んだ。
「...はじめまして。ベル・クラネルです」
テーブルに行くと、ティオナが自身の隣の席に椅子を出して、ちょいちょいと手招きされたので、そこに座った。
ロキ・ファミリアの視線が突き刺さり、ベルは苦笑いしながら、挨拶した。
「さっきぶりだね。ベル...」
アイズは表情を変えずに、そう言った。
そして、その発言に対して反応したものが二人。
「あなた...! アイズさんの何なんですか! 知り合いみたいですけど!」
「おい! ヒョロもやし! 雑魚のくせに調子にのってんじゃねぇぞ!」
二人の口撃は激しいものだったが、ベルはこの時、ヴァレンシュタインさんってこんなに好かれてるんだなと、暢気に考えていた。
レフィーヤは、憧れとか、そういうのだと分かったが、ベートのは完全に恋愛感情から来るものであった。
そういう純粋な感情はベルにとって、とても綺麗に映った。
故にベルは、二人のことを好意的に見ていた。
だが、ベートのヒョロもやし発言にはイラッときていたが。
「ねぇねぇ! 白ウサギ君! アイズと知り合いって、どこで知り合ったの?」
すると、ベルの右隣からティオナが、聞いてきた。
「し、白ウサギ...?」
なぜ、白ウサギとベルは思ったが、ティオナがすぐに答えた。
「うん! だって目も赤いし、髪も白いからウサギかなって思って!」
そんなキラキラした顔で言われてもと思ってしまったが、この表情を曇らせるのも嫌であったので、ベルは笑っておいた。
「ごめんね。この馬鹿の言うことは気にしないでいいからね」
ティオナの隣に座るティオネがそう言ったが、その後に「でも、確かに...」と小声で言っていたので、これに対しても、ベルはただ笑っておいた。
「まあまあ、落ち着いて、皆。クラネル君が困っているじゃないか」
そう言って場を納めたのが、団長であるフィンだ。
「はい! 団長、私、落ち着きました!」
「ちょっと待ちやが____ぶふぉっ!?」
フィンに言われて、レフィーヤは渋々ながら黙ったものの、それでも尚引き下がらなかったベート。
しかし、それもティオネの腹部打撃により、黙ることになったが。
それと同時にベルは、ティオネの変わりようにも驚いていた。
「...なぁ、自分。うちのアイズたんとはどんな関係なのか、ちょっと教えてくれへん?」
そう、変わった訛りで喋ったのはロキだった。
先程まで、酒をあおっていたときとは、うって変わって真面目な表情、というより目が据わっていた。
酔っているのか少し顔が赤くなってはいるが、真面目な表情だろう。
本当に好かれているな、再確認したベルは、ロキの彼女に対する感情を察するに、「アイズたんに近付くヤツはぶち殺すぞ、あ"?」とか、そんな感じだろうかと考察した。
怖い怖いと思いつつ、ベルは答えた。
「...そう、ですね。たまたま出会っただけで、特に何かあるわけではないですけど」
「なら、どうしてアイズたんが名前を呼んでるんか? 会っただけなら、普通呼ばへんやろ?」
「それはヴァレンシュタインさんに聞いてください。確かに自己紹介はしましたが、名前を呼んだのは彼女の方ですよ」
ロキはアイズの方を見て、本当かと訴えると、アイズは首を縦に振った。
「私が呼んだ」
瞬間、ロキとレフィーヤ、ベートの三人はグフッと何かを吐いた。
血に見えたが、気のせいだろう。
「あ、あの...アイズたんが...初対面の相手をいきなり名前呼びするなんて...」
「クソがっ...俺はまださん付けで、それでも名前で呼ばれるのに、どれだけかかったと思ってんだ...!」
「わ、私だって、初めて会ったときには苗字呼びで、私から名前で呼んで下さいって頼んでからだったんですよ...!」
三人の魂の叫びだったが、アイズは首を傾げるだけだった。
特にベートは長年の苦労が垣間見えたものであった。
それに対して、リヴェリアは溜め息を着くと、ベルの方を向いた。
「すまないな。うちのものが煩くて」
「いえいえ、そんなことはないです。皆さん
本当に馬鹿正直なくらい好意が分かる、とても良いことだとベルは思った。
「ガッハッハッハ!! 子供にしては随分と、落ち着いている奴じゃのう!」
ジョッキで酒をあおり、豪快に笑いながらガレスは言った。
「ほら、飲め飲め! お主もイケる口だろう?」
「はい、それじゃあ遠慮なく」
ガレスから渡されたジョッキをベルは一気にあおり、嚥下した。
「...美味しいですけど、これっていきなり飲ませるものじゃないですよね?」
「おっ! やるな、お主。それを飲めるとはな!」
酔っているのか、かなり騒がしいガレス。
ベルが飲んだのは、この店にある酒の中で、最も度数の高い《フォッコ・バッカス》というものだ。
名前の通り、火気に近付ければ着火する。
常人なら一口でぶっ倒れる代物だ。
「うわぁ...あれを一気するって、あんた凄いわね...」
ティオネが、驚いたように言った。
「私でも、あれは一気出来へんよ。君、もしかして酒、結構飲むんかいな」
先程、ベルに対し、敵意を向けていたロキだったが、同じ酒飲みだと知ると普通に話し掛けてきた。
仲間が出来て嬉しいのだろうか。
「そういうわけじゃないですけど、昔からじいちゃんの晩酌に付き合ってたんで...」
「つまり、君は小さい時から飲んでいたというわけか...」
リヴェリアは今度はベルに対して溜め息をついていた。
「......」
「......」
そして、相変わらず、ベートとレフィーヤはベルを睨んでいたが。
「白ウサギくん。ここの店員さんと仲良いみたいだけど、もしかして、プレイボーイ?」
イタズラする子供のような表情で、そう言うティオナ。
「違いますよ。彼女達とは友人なだけですよ。特に色っぽい話があるわけじゃないですよ?」
「えーっ! 嘘だー! だって膝枕されてたじゃん」
「あれは眠いって言ったら、どうぞって言ってくれたので遠慮なくいかせてもらっただけです」
本当の事は言えないので、ベルは適当な嘘を吐いた。
「白ウサギ君って、結構欲望に忠実なんだねー」
「はい。可愛い女の子は好きですよ」
「ぷっ...本当に素直だね。それじゃあ、私とかは?」
「ええ、勿論。好きですよ」
「えっ...」
「何、あんた照れてるのよ」
顔を赤くしているティオナに対して、呆れながらそう言うティオネ。
からかったなぁ!とティオナはベルの背中を殴打する。
流石に高位冒険者、一撃一撃が骨に響く。
中々に痛い。
その後、ベル達は適当に話をし続けた。
一部を除いて、ほんの少しだが仲良くはなった、そう思いたいベルではあった。
しかし、意図的にベルがあまり話をしなかったものもいたが。
アイズ・ヴァレンシュタインである。
彼女には、一部ではあるがあれを見られたのだ。
今回に限ってはあまり話をしない方が得策だろうと思ったのだ。
幸運なことにも彼女はあまり喋る人物でもなさそうだった。
「あ、そうだ! ねぇねぇ、白ウサギ君! アイズから聞いたんだけど、凄いことしたんだって! 聞いても教えてくれないからさ!」
ティオナはそうだと言って、ベルの方を向く。
考えていた傍から、ベルはそう思ったが、アイズが、自身がミノタウロスを
まあ、どっちにしろ変わらないかと、ベルはその思考を捨てた。
「...ベルがミノタウロスを一瞬で倒した」
アイズがふと、その一言を言い放った瞬間、時間が停まったかのように、ロキ・ファミリアは静まり返った。
「...ねぇ、クラネル君。それは本当かい?」
その停止した時間を動き始めさせたのは、フィンであった。
「えぇ、本当です」
ベルは正直にそう答えた。
「だとすると、君のレベルは幾つなんだい? 失礼なんだけど、あまり
本当に失礼だと、ベルは笑ってしまった。
しかし、周りのメンバーは笑えなかった。
「僕の
「ちょっと待ってください! lv:1でミノタウロスを倒すだなんて、そんなのありえませんよ!?」
そう声を荒げたのは、レフィーヤだった。
このメンバーの中で、レベルが一番低い彼女だから分かることだった。
ミノタウロスはlv:1の冒険者では
実際、彼女は当時、倒すことなど出来なかったのだ。
「いやーラッキーというか、ミノタウロスが滅茶苦茶というか尋常ないくらいに
もしかして、あなた達が弱らせてくれたんですかね、そう言った。
「弱ってたって...! だとしても...!」
「僕がミノタウロスに遭遇した時には、既に腕が切り落とされていましたし、瀕死の状態でしたよ」
_______ナイフで一回切る程度で倒せる程に。
「...でも、ベル、あれは_____」
「いやぁ、びっくりしましたよ。いきなりミノタウロスが出てくるし、やられる覚悟で切りかかったら、一瞬でバラバラになったんで、ちょっとゾッとしましたよ」
アイズの発言を遮って、ベルはそう言ってのけた。
しかし、ゾッとしているのは
こんな簡単に嘘を吐ける自分にだ。
「だから、もしあなた達が弱らせてくれたのなら、僕はお礼を言いたいんです」
命を助けてくれてありがとうって、ベルがそう言うと、周りの面々は静まり返った。
賑やかな酒場の中でこのテーブルだけ、ポッカリと穴が空いたような、そんな感じだった。
「...すまない、そのミノタウロスは僕達が取り逃がした奴みたいだ。仲間を代表して、深く謝罪をさせてもらう」
フィンはそう言って、頭を下げる。
他のメンバーは唖然としていたが、それに続いてリヴェリアが頭を下げ、何人かのメンバーも頭を下げた。
「謝るのは止めて下さいよ。頭を下げられるようなことはされてませんし。それに女性に頭を下げさせるのは、
本当に今日は厄日だ、ベルはそう思った。
「はははっ、そうかい。クラネル君は面白い人だ。フェミニストなんだね。モテるでしょ?」
「いえいえ、ここで一番モテている人に言われたくないですよっていうか、それ、嫌味に聞こえますよ」
そう言って、ベルとフィンは笑い合った。
「でも、残念だけどそのミノタウロスを弱らせたのは僕らじゃないよ。きっと、他の冒険者だろうね」
「そうなんですか。それなら、その冒険者に会った時にはきちんとお礼を言いたいと思いますね」
周りから見ても異常と思える程の光景だった。
ベルとフィン以外のメンバーが、引いてしまう程に、彼等は
「...嘘は、ついてへんみたいやね...」
ロキは明らかに納得はしていなかったが、それ以上聞いてくることはなかった。
「...ベル。あれは絶対に...」
「あ、すいません、そろそろ帰らないといけない時間みたいです」
ベルは時計を指して、そう言った。
アイズには、これ以上何も言って欲しくなかった。
ベルにとって、それは心が痛むことであったが、
そう自身に言い聞かせ、ベルは席から立ち上がった。
「え、もう帰っちゃうの?」
この中で一番仲良くなったであろうティオナが、残念そうに声をかけた。
「ちょっと、用事がありまして。急がないといけないんですよ」
申し訳なさそうに言うベル。
「そっかぁ...残念...」
ショボくれた様子のティオナ。
その姿は捨てられた子犬を彷彿とさせるもので、保護欲を掻き立てられた。
「てめぇは絶対認めねぇ...!」
「...こんな、軽そうな奴にアイズさんは渡さない!」
どうやら二人からは一方的に嫌われてしまったようだったが。
「あははは...それでは失礼しますね」
ベルは苦笑しながら、そう言って、店員を呼ぶ。
来たのはアーニャだった。
「これ、今日の分のお金です」
「...ベル坊のせいで、どんだけ大変だったと思ってるにゃ!」
それは自業自得だろうとベルは思ったが、はいはいとおざなりに返事をすると、店の入口に向かう。
その途中で振り向き、ロキ・ファミリア、そしてシルとリューを見て、礼をしてから、ベルは店を後にした。
アイズ・ヴァレンシュタインのすがるような顔を無視して。
「ほんと、嫌になる...」
ベルの声は誰にも届くことはなかった。