生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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第四章 巨神殺し The Giant Slayer.
#36 プロローグ


 ダンジョン第13階層。

 そこは所謂中層と呼ばれる(・・・・・・・・)領域で、それと同時に《最初の死線(ファースト・ライン)》とも呼ばれていた。

 中層最初の難関で、数多くの冒険者の命を奪ってきたこの階層。

 天井、床、壁、その全てが岩盤で構成されている天然の洞窟を彷彿とさせる。

 その性質から、そこに反響し、よく音が響き渡った(・・・・・・・・・)

 

 

「くそっ!! 走れ!!!!」

 

 

 複数の足音が乱雑に響き渡る。

 叫んだのは男の声で、つい最近中層に降り立ったばかりの冒険者であった。

 その後ろには仲間であろう十数人の男の冒険者達が息を荒くして走っていた。

 全員の表情は共通して恐怖、焦燥、絶望が垣間見え彼らの状況が如何に切迫しているが分かる。

『グオウッ!』

 更に後ろ。

 黒い犬型のモンスター、"ヘルハウンド"が群れを率いながら追いかけている。

 口腔からは火炎が漏れ出し、今にも獲物(冒険者達)を焼き尽くそうとしていた。

「......ぐあっ!」

 その時だった。

 後ろで逃げていた冒険者達の一人が躓き、転倒してしまったのだ。

「っ! おい! 大丈夫_______」

 リーダーであろう先頭に立つ冒険者の男は、振り向き声をかけようとする。

 

 

 しかし、そこには。

 

 

「......なっ」

 仲間だったもの(・・・・・・・)に無心で食らいついているヘルハウンド達がいた。

 グチャグチャと気味の悪い咀嚼音を立て、血を飛び散らせながら、目の前に一つの光景として現れている。

「......お前ら走れ! 早く! あいつの分の為にも!」

 男は、込み上がるその感情(・・・・)を必死に抑えつけ、他の仲間に声を張り上げた。

 そう、これがダンジョンの現実。

 昨日一緒に酒を呑んだ仲間が、今日モンスターの餌になってしまう。

 少しでも気を抜けば、いとも簡単にそれは現実になるのだ。

 時として、一人の仲間の犠牲によって他全員の命が助かることはある。

 その死んだ仲間の心情は別として、彼らはその仲間の為にもと生きようと足掻く。

 しかし、それすらもダンジョンは許さない時がある。

『グオウッ!』

 ヘルハウンドの口腔から火炎弾が放たれる。

 それは逃げている仲間の背中へまるで吸い込まれるように命中した。

「ぎゃああああああ!!!」

 絶叫を上げながら地面に転げ回る冒険者。

 『放火魔(バスカヴィル)』と呼ばれるヘルハウンドの火力は、防具ごとその身体を焼いていた。

 焦げた肉の臭い、それも不快感のある刺激臭がその辺一体に充満し始める。

「走れ!! 走れ!!」

 リーダーの男はひたすらにそれを叫ぶ。

 この状況下において、彼らに出来るのはそれしかないからである。

 彼らが全力で走っている間にも、その後ろからはヘルハウンドの火炎が砲弾として襲いかかってきた。

 次々と響き渡る仲間の絶叫と、焦げた肉の臭いがリーダーである男の耳と鼻に入ってくる。

「くそっ!! くそっ!!」

 男の目からは涙が流れていた。

 簡単に焼き殺されていく自身の仲間を思いながら、その心中には不甲斐なさと悔しさ、モンスターへの恨みが募っている。

 しかし、自分には今このモンスターの群れに対抗出来るほどの力はない。

 立ち向かえば、仲間達と同じように焼き尽くされてしまうだろう。

 彼は必死に必死に走り続けた。

 振り返らず(・・・・・)、只々必死に。

 走って走って。

 

 

 そして、気が付けば男は13階層の入り口にいた。

 

 

「はぁ......はぁ......」

 体力の限界を越え、男は膝を地に着け、肩を上下させながら息をする。

 ここまで止まらずに男は走り続けた。

 故に、男はもう走ることもまともに歩くことも難しい。

 少なくとも一時間程は休まないと、男は動くことも出来ないだろう。

 踞りながら、男はあることに気付いた。

 そう、仲間だ。

 一体何れ程の仲間の命が失われたのかは分からない。

 その悲しみはとてもとても深いものではある。

 だが、今は生きているであろう仲間と共に生き延びたという喜びを分かち合うべきだ。

 男は後ろを振り返った。

「っ! おい! お前ら、無事_______」

 

 

 

 そこには誰も居なかった。

 

 

 

 男の慟哭がダンジョン内に響き渡る(・・・・)

 その大きな悲しみを内包した絶叫は、体力の限界を越えている筈の男から延々と発せられた。

 その声が枯れるまで、ずっとだ。

 仲間を全て失った男の姿。

 それは余りにも悲壮感に溢れたもので、もしこの場に誰かいたのなら、目を背けてしまう程のものだった。

「_______あ」

 気が付けば、男は何かに囲まれていた。

 ヘルハウンド。

 仲間を殺した憎むべきモンスターだ。

 黒い体毛にはべっとりと赤い血がこびりついてる。

「......て、てめえらが......てめえらが......」

 男は自身の身体に鞭を打ち、立ち上がると、ヘルハウンドの群れをスッと見据えた。

「ぶっ殺してやる......」

 その目には深い憎悪と怒りが垣間見えた。

 それは例え歴戦の冒険者でも反応してしまう程に深い憎悪であった。

 しかし、ヘルハウンドの群れはそれを嘲笑うように唸っている。

「......よくも、俺の仲間をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 男は剣を引き抜き、ヘルハウンドの群れへ飛び込んでいった。

 憎悪と怒りに包まれた、男の決死の一撃がヘルハウンドの群れへ_______

 

 

 

 数分後、そこには赤い鮮血と肉の焦げる臭いしか残らなかった。

 

 

 

 

 

「13階層から中層だったんだね......」

 ベル・クラネルは知らなかったなと、そう呟いた。

「まさか、ベル様が15階層まで来たことがあっただなんて......」

 呆れたような驚いたようなそんな表情を浮かべながらリリルカ・アーデはベルを見た。

「流石だぜ。まあ、旦那なら何もおかしくはないがな」

 腕を組み、首を縦に振りながらヴェルフ・クロッゾは頷いている。

 現在、三人が歩いているのは、ダンジョン第12階層。

 そこの次階層までの入り口に繋がる直線一本道の場所だ。

 先程の会話は、ふとリリルカが、ベルに最高で何れくらいダンジョンの下まで行ったのかというのを確認したためだった。

 それで、ベルは15階層まで行ったことがあると喋り、リリルカとヴェルフが目を見開く程に驚いたのだ。

 まあ、Lv:1で中層に行くものなど、馬鹿しかいないからだろう。

 本来ならば、行けば瞬殺されるのが落ちである。

 そう本来ならば。

「あ、そうだ。荷物大丈夫? 割りとアイテム結構入ってたから......」

 ベルは隣を歩くリリルカへそう言った。

 現在、ベルの背中には背負っている黒いバックパックは、此処に来る前の時よりも軽くなっていた。

 理由は簡単で、リリルカのリュックサックに入れて貰っているのだ。

「いえいえ、心配ご無用です。リリのスキル《縁下力持(アーテル・アシスト)》のお陰で重量自体は軽くなってますし。お望みとあらばもっといけますよ」

 ふんすとドヤ顔を決めてくるリリルカに苦笑いしつつ、ありがとう頭を撫でるベル。

 どうやら、リリルカに対してこれが癖になってしまったようだった。

「えへへ......」

 頬を赤くし、口許を緩めているリリルカを見て、喜んでいるようだしいいかと、ベルは癖の矯正は必要ないと判断した。

 まあ、只単純にベルが撫でたいという願望もあったのだが。

「《縁下力持》って、装備を軽くするスキルなのか? それは便利だな」

 ヴェルフはへぇと感心していた。

 確かに持っている装備を軽くできれば普通に便利だ。

「そうですね。簡単に言えばそんな感じです」

 リリルカの持つ《縁下力持》は、一定以上の装備過重時において補正がかかるというものだ。

 そして、それは重ければ重いほど補正効果も上昇する。

 故にリリルカのような小人(パルゥム)の女の子でも大量の荷物を背負うことが出来るのだ。

 余談ではあるが、リリルカの長年のサポーター生活で培われた収納能力も関係しているらしく、これにより無駄無く物を詰め込めるらしい。

 しかも、物が傷付かないよう配慮もしているということで、ベルとヴェルフは思わず拍手をしてしまったほどだった。

「って、スキルとか言っちゃって良かったの?」

 そういえばと、ベルは思わずリリルカを見た。

 レベルの開示はともかくとして、ステイタスのパラメーターやスキルは言わなくてもいいのだ。

 それはオラリオ市内では周知されている事項であった。

「いいえ、大丈夫です。ベル様になら知られても全然問題ありません! ヴェルフ様は、まあ、ベル様のご友人とのことですので......本当はあれですけど」

「おい、聞こえてんぞ、リリ助」

「だから、リリ助言うなっ!」

 また開始される喧嘩にベルは少し頭をかかえそうにた。

 ダンジョンに来てまで喧嘩しないで欲しいなと思いつつ。

 そんな光景に目を向けつつ、ベルはふと何かの気配を感じた。

「......二人とも」

「ああ、分かってる」

「え、えっ? どうしたんですか?」

 ベルの一言で、ヴェルフは瞬時に察知してくれたらしい。

 リリルカの方は、分からないと疑問符を浮かべているが。

「数はっと......結構いるな。旦那、こりゃあ多分_______」

 

 

『グオウッ!』

 

 

 先の見えない通路の先から何かの鳴き声と共に、明かりのようなものが迫ってくる。

 数は十。

 よく目をこらしてみれば、大きな黒犬が疾走してくる。

 その身体には何やら赤い液体がこびりついてるように見えた。

「ヘルハウンド!?」

 リリルカがその姿を捉え、驚愕している。

 初めて見たモンスターではあるが、聞いたことはあった。

 強力な火炎攻撃を放つモンスターで、更に群れで行動する為、襲われたら一溜まりもない存在である。

「旦那は見たことあるんだよな? ヘルハウンド」

「うん、まあ。数が多いのと火炎攻撃が面倒だなとは思ったけど。結局、それだけ(・・・・)だね」

 全然問題無いよ、そうベルは続けた。

「流石、旦那だ。じゃあ、どうする? 旦那が行くか、俺が行くか?」

「......そう、だね。今回はヴェルフに任せるよ。実力もまだ見せて貰ってないしね」

 そう言ってベルはリリルカを連れ、後ろに下がると、腕を組んで視線をヴェルフへと向ける。

 ヴェルフを見るその目は、期待しているとはっきりと告げていた。

「ははっ、ちゃんと見とけよ!」

 ヴェルフは嬉しそうな笑みを浮かべると、背中に差している黒い大剣の柄に手を掛けた。

 

 

 

「かかってこい、わんころ。俺が遊んでやるよ」

 

 

 

 ヴェルフの鉄塊とも呼べる大剣が、ヘルハウンドの群れに一閃を叩き込んだ。

 剣を振るった際の衝撃波_______"剣圧"が容赦なくヘルハウンドの頭部に炸裂し、弾け飛ぶ(・・・・)

 同じく剣を使う最近Lv:6になった冒険者、そしてオラリオ最強と呼ばれる剣士アイズ・ヴァレンシュタインは、力のパラメーターの関係上、生身で(・・・)この芸当は出来ない。

 彼女は速度特化(・・・・)した剣士なのだ。

 しかし、ヴェルフは彼女とは逆であった。

 筋力特化(・・・・)と言えるステイタスだ。

 故に、ヴェルフは斬撃をまるで魔法のように飛ばせるのである。

『オオォォォォォォッ!!』

 ヘルハウンドの一部がすぐに突撃を中止。

 後方に下がると火炎攻撃を放った。

 数にして五発。

 残り四体はそのまま距離を詰め、飛びかかってくる。

 ヴェルフの力を察知したのだろう。

 近距離攻撃と遠距離攻撃で、各攻撃への対応を遅れさせるのが目的だ。

 モンスター達にも知能はあり、戦いにの中で常に学習していくのである。

 その学習能力に油断して、命を落とす冒険者も少なくない。

「熱い炎は悪くねぇ......だがよ」

 ヴェルフは踏み込むと、ヘルハウンドの群れへ接近する。

 そのまま大剣を横に薙ぎ払い、火炎弾を弾く(・・・・・・)ことで、突撃してきたヘルハウンドに頭部(・・)に跳ね当てると焼き潰す。

 二体のヘルハウンドがこのダンジョンから消滅した。

「火力が足りねえ。そんなんじゃ、俺の剣は潰せねえ!」

 ヴェルフは前方へ走り、火炎弾で死にきれなかったヘルハウンドに鉄拳(・・)を叩き込むと、その頭蓋を粉砕する。

 グシャリという音が響き渡る。

『オオォォォォォォッ!!』

 下がっていたヘルハウンドが、更に火炎弾を撃とうと咆哮をあげる。

「うぜえな......」

 ヴェルフはもがいている一体のヘルハウンドの首を掴み上げ、そのまま火炎弾の盾にする(・・・・)

 仲間から何発もの火炎弾を喰らい、ヘルハウンドは断末魔の悲鳴をあげ、絶命した。

「余計なことすんなよ」

  死骸を放り捨て、ヴェルフは大剣を薙ぐ。

 斬撃は飛翔し、追撃で火炎弾を放とうしたヘルハウンドの頭部(・・)を容赦無く吹き飛ばした。

 数は残り、三体。

 ヴェルフは踏み込み、距離を詰めた。

「おらっ!!」

 天井ギリギリまで跳躍すると、大剣をヘルハウンドへ向け、垂直落下攻撃を放つ。

 頭上から迫る大剣の(きっさき)が一体のヘルハウンドの頭を地面ごと串刺しにした。

『オオォォォォォォッ!!』

 ヘルハウンドは雄叫びをあげると火炎弾を放つべくチャージ行動を開始する。

 時間にして一秒程のチャージ時間。

 まだ中層へ来たばかりの冒険者や並みの冒険者にはとてつもなく早いチャージ速度だった。

 それに加え、群れで襲い掛かられたら間違いなく命は無いだろう。

「燃え尽きろ、外法の業『ウィル・オ・ウィスプ』」

 瞬間、ヘルハウンドの口腔で、炎が爆発する(・・・・)

 まるで、発動中であった火炎弾が急に制御不能になったかのようであった。

「あれは、魔力暴発(イグニス・ファトゥス)!?」

「魔力暴発?」

 リリルカの驚きに対し、ベルは首を横に傾げる。

「はい、ベル様。魔力暴発とはその名の通り、魔力が暴発する現象で、魔法を使う際にきちんと制御出来ないと体内の魔力が暴走し自爆してしまうのです」

 なるほど、とベルは呟いた。

 何か詠唱をしてからあれが起きたのを見ると、故意に引き起こされたもの、つまりはヴェルフの魔法ということになる。

 魔法暴発という現象は魔力の高く、更に魔法の威力が高いほどその爆発力は増す。

 その為、容易に上層の装備ごと肉体を焼く火炎弾が暴発すれば、それを使うヘルハウンドは只では済まないだろう。

 実際にヘルハウンドの一頭は既に焼かれ、生き絶えていた。

「これで......」

 ヴェルフは熱さで悶えているヘルハウンドへ向け、大剣を構え、身体を大きく横に捻る。

 スッと場の空気が一変し、それは彼が集中状態に入ったということを表していた。

「_______終わりだ!」

 そして、それをヴェルフは一気に振り下ろした。

 

 

 

_______ズドンッ。

 

 

 

『グオオォォォォォォッッッ!!?』

 大地が割れた。

 それを彷彿とさせるとてつもない爆砕音と共に、地面ごとヘルハウンドが叩き潰される。

 原型など保てているはずがない。

 張り詰めていたモンスターの気配が消える。

 つまりは、ここにいた全てのヘルハウンドは絶命したということであった。

「......旦那、一丁上がりだぜ」

 大剣を肩で担ぎながら、ヴェルフは振り向いた。

 息の乱れも、汗の一滴も何一つない。

 只、一つの作業を終えた、そんな表情でベルを見ていた。

「うん、凄いね。流石Lv:5。鍛冶の技量(うで)もさることながら、戦いの技量(うで)も良いなんて。ますます心強い。うん、合格だよ(・・・・)。ヴェルフ」

 ベルはそう言うと、ヴェルフへ視線を向ける。

 その視線に色々な意味を含ませて。

「_______それは、光栄だ。旦那。よろしく頼む(・・・・・・)

 ヴェルフはそれに対し、笑みを浮かべることで応えた。

 それは出発時とはまた違う別の笑みだ。

「......これがLv:5の冒険者、《赤色の剣造者(ウルカヌス)》の実力」

 リリルカは呆然としているようにそう呟いた。

 自身とは比べ物にならない実力者。

 ベルの実力を分かっているからこそ、今、組んでいるパーティに自分は酷く不釣り合いなのではと思ってしまう程にリリルカは少し消沈してしまった。

「ほら、もう片付いたんだ。回収できるもん回収して、さっさと行こうぜ」

 ヴェルフはそう言って二人を促した。

 ベルとリリルカは首を縦に振ると、揃って血の匂いのする砕けた通路を歩き出した。




今章から章タイトルは、最初から公開します。

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