生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
「ええええええええっ!?」
《豊穣の女主人》での小宴より五日前のギルド受付にて。
エイナ・チュールの眼鏡は、その声が響き渡ると同時に大きくずれた。
その声は建物の壁に反響し、受け付けエリア内にいる冒険者、サポーター、ギルド役員全員の耳に届くことになってしまった。
「ちょっと、エイナさん。声大きいですって......」
周囲からの視線を窺いつつ、ベルは人差し指を自身の口の前に立てた。
「あっ......ご、ごめんなさい......」
我に帰ったエイナはずれた眼鏡がクイと直しながら、コホンと咳き込む。
冷静さを取り繕っているが、既に手遅れであるように見えた。
何故なら彼女の背後から、ミイシャ・フロットがにやにやしながら、口パクで「何したの? 後でお姉さんに教えて」と目をきらきらさせながらベルを見ているからだ。
どうやら、エイナをからかえる話題だと勘違いしているらしい。
全くもってそんな話題ではないのだが。
取り合えず、笑顔で無視をすることにした。
「......で、ベル君。それって本当なの?」
学習したのだろうエイナは先程よりも、遥かに小さい声でベルに聞いた。
「はい、本当ですよ。いやぁ、意外と早かったですよね」
後頭部に手を当てながら、ベルはにこにこと笑っている。
「......早すぎるにも程があるよ!」
エイナは受け付け越しに顔を近付け、小声でそう言った。
「いや、それを僕に言われても困るんですけどね......」
あはははと苦笑いをするベル。
ベル自身、まさかこんなに早いとは思わなかったのだ。
エイナから聞いた平均的な時間と比べても遥かにベルの記録は早い。
彼が成し遂げたそれは、世界最速と呼べる大記録でもあった。
「......ランクアップ。まさか、冒険者になって約一ヶ月でだなんて。信じられない」
エイナは頭を少し抱えながらそう俯いた。
ランクアップ。
そうベル・クラネルはつい先日、Lv:2にランクアップしたのである。
「信じられないと言われても、此処に居ますからね」
こんな嘘をつく理由ありませんよと、ベルは続けた。
実際、ランクアップしたなどという嘘をついたところで、神にはバレてしまう上、実力が伴ってなければ意味がない。
このオラリオに於いて、レベルやステイタスに関することで嘘をついても得することが何一つないのだ。
「何なら、証拠にこれ、見ますか?」
一応持って来たんですよと、ベルは背負っていた黒いバックパックから羊皮紙を取り出し、エイナに差し出した。
何故、持ち歩いていたのかと言えば、ランクアップした際にギルドで手続きがあるかもしれないと予測したためである。
まあ、後に必要無いと判明したのだが。
更に言えば、ステイタスがバレかねない行為は止めなさいとエイナに釘を刺されることになる。
「......あぁ」
頭を抱え、くらっと立ち眩むエイナ。
つい見てしまった、彼のステイタスを。
エイナは
他の冒険者のステイタスを見ることは一般的によろしいことではないが、本人が良いと言っているのでそこは問題なかった。
いや、ヘスティア辺りにこのことを言ったら確実に怒られるのだろうが、エイナなら良いだろうというベルの独断でもあった。
ベル・クラネル
Lv:2
力:I 0 耐久:I 0 器用:I 0 敏捷: 0 魔力:I 0 千里眼 I 0
《魔法》【 】
・
《スキル》【 】
・
・
・
【 】
・
《※※※》【※※※】
紛れもなく、Lv:2であった。
更に見れば見たこともない謎のアビリティが出ており、それがエイナの頭痛を更に加速させる。
「......ベル君。こっち来て」
「え?」
エイナの有無を言わさぬ視線を浴びて、ベルは分かりましたと頷くと、ギルド内にある個人相談室に引っ張られていく。
想像以上の力に少し驚いたベル。
「......ベル君、君のステイタスのことなんだけど」
「はい。何でしょう?」
一人用ソファにポンッと座らされ、ベルはエイナを見上げる形になる。
それは同時にエイナの形の良い豊満な胸を見上げる形にもなり、ベルはしっかりとそちらにも視線を注いだ。
「この"千里眼"ってアビリティなんだけど私、初めて聞いたよ」
「ああ、それですね。何かヘスティア様も初めて聞いたって言ってました。その後、凄い溜め息吐いてましたけど」
恐らくではあるが、名前からして察するに、遠方を見通すアビリティなのだろうとエイナは推測していた。
ダンジョン攻略の際に、ベルの手助けになってくれることには違いないと思ってはいたが、問題はこのアビリティが
もし、娯楽に飢えた神々にこれがバレてしまえばベルがどうなってしまうかなど、語るに及ばずである。
故に、エイナはアビリティの秘匿を提案することにした。
そして、他にも彼のステイタスについても言いたいことはたくさんあった。
「取り合えず、このアビリティは絶対に他の人に言っちゃ駄目だよ。あと、この消えかかってる欄のこともなんだけど......」
「はい、それについてはヘスティア様にも念押しされましたから......」
そう言うと、ベルは少し考えてからこう口に出した。
「何かヘスティア様が言うには、"ミス"らしいですよ。ステイタス更新の」
「ミス?」
エイナははてと首を横に傾げた。
ステイタス更新という基本中の基本を神が果たして失敗するのだろうか。
《
「ええ、何でも更新の際に手元が狂ったとかで」
はははと笑うベルは
ステイタスを閲覧出来るのは、神々か
本来、冒険者は、《
無論、ベルもそれは例外ではない。
それなのに、エイナはベルを見て不安を覚えてしまった。
「あ......そう、手元が狂った、ね。神様でも間違いはあるもんね!......うん、それなら仕方無いかな!」
結局、エイナはそれ以上追求することはなかった。
ベルがこのことに関して何も質問するなと、そう言っているような気がしたのだ。
「ヘスティア様らしいですよね。まあ、そこがまた愛らしくて良いんですけどね」
そうナチュラルに惚けるベルに、エイナは先程の違和感を忘れ、少しムッとする。
誰しも意中の人物が自分以外の異性を褒められたりすれば、微妙な感情が湧き出てしまうのは仕方無いことだろう。
「......ベル君。そういえばランクアップしたってことはさ、潜ったんだよね。ダンジョン」
ヘスティアの話題から話を反らそうと、エイナは流れを変えた。
しかし、それは同時にエイナが聞きたいことでもあった。
Lv:2に上がったということは、それ相応の偉業を成し遂げたということだ。
それは相当のものになるのだろうと、エイナは考えていた。
「え......まあ、そうですね。あはははは」
ベルは一瞬、固まると笑って誤魔化した。
「もうっ! 無茶しないでって何回も言ってるよね!」
「......ご、ごめんなさい、エイナさん」
エイナは、自分に内緒でダンジョンの下層へ潜ったことがバレて焦っているであろうベルへそう叱りつけた。
どうしてこんなにベルは、男は無茶をするのかとエイナは頭を抱える。
「大丈夫です、無茶はしませんよ。......無理はするかもですけど」
舌を出して、テヘッと笑うベルはエイナにとって可愛らしく見えた。
「......もうっ! ベル君っ!」
懲りないベルを叱りつけるエイナの姿は、やんちゃな弟を叱る世話焼きな姉にも見えた。
もっとも、
「まあまあ。そんな怒っちゃ駄目だよ。ハーフエルフのお嬢さん」
エイナの怒りを遮ったのは、軽そうな優男の声だった。
いや、それよりもどうしてここに第三者の声がするのだろうか。
「だ、誰ですか......って、ええっ!?」
「あ、社長じゃないですか」
純白の羽根がついたチロリアンハットを被った金髪の青年が手を上げて微笑んでいた。
しかし、纏っている雰囲気からは常人の、それも人間とは思えない神聖さを感じる。
そう、彼は一柱の神格であった。
「うんうん、久し振りだねぇ。元気にしてたかい?」
「ええ、元気してましたよ。でも、たまには顔を出さないと。怒ってましたよ、
ベルは何か含んだ言い方をすると、ヘルメスはぷっと吹き出すと、笑い出した。
「ああ、そうだね。怒りっぽいからね、
「......それ、逆効果じゃないですかね」
それもそうだと、ヘルメスは笑った。
変わらないなと、ベルはヘルメスの飄々っぷりに感心していた。
初めて会った時からヘルメスはこの態度を崩さない。
それは本意を隠しているような、そんな挙動にもベルは見えていたが、それに関しては特に何も言っていなかった。
ベルにとっては自身に害が無ければ問題ないからだ。
それにヘルメスのこういう性格は割りと好きだった。
「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてヘルメス様がこんなところに居るんですか! というか何時の間に!?」
そんな中、置いていかれているエイナは間に入ってそう言葉を呈した。
「ああ、ハーフエルフのお嬢さん。実はここのボスに用があってね。それで帰ろうと思ったら、君の
ヘルメスはそう言うと一瞬、ベルの方を見た。
それに対しベルは確かにそうですねと、それを肯定した。
「......っ、恥ずかしい」
先のあれを思い出して、エイナは顔を真っ赤にしている。
途中、チラチラと恨めしそうにベルを見ていた。
僕のせいですかと、ベルは思わなくもなかったが、まあそれは良いだろう。
可愛いしと、ベルはにこにこ笑っている。
「......あ、そうだ。ごめんなさい、ちょっと用事があったのを思い出しました」
ベルはパンッと手を叩くとソファから立ち上がった。
「......用事?」
引かない顔の赤さを、誤魔化すようにして、エイナはベルへ問い掛けた。
「ええ、ヘスティア様と 買い物に行く約束をしているんです」
「......そうなんだ」
またヘスティアの話題が出て、エイナは少し不機嫌になる。
まあ、誰にも分からない程度の表情の変化ではあったが。
「......そうか。ヘスティアにも宜しく言っておいてくれ」
「ええ、言っておきますね」
それではまたと、ベルはエイナもヘルメスにそう言うと、急ぐようにして部屋を出て行った。
「......ベル、冒険者になったんだね」
「え。は、はい。私がベル君のアドバイザーを担当しています。エイナ・チュールです。挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんでした」
ヘルメスの言葉を肯定しながら、そういえば自己紹介していなかったと、自身の非礼を詫びてそう挨拶した。
「ああ、うん。よろしくエイナ・チュールさん。僕はヘルメスって、知ってるよね?」
「はい、承知していますが。よろしくお願いいたします」
ぺこりと礼をするエイナを見て、ヘルメスは彼女に似ているなと心中で呟いた。
くそ真面目そうなところが特に、と。
「挨拶早々、悪いんだけど、僕もそろそろ行くね。うちのファミリアの子に早く顔を出さないといけないんだ。......いやぁ、何を言われるか今から不安でいっぱいなんだけどね」
手を頭の後ろで掻きながら、ヘルメスは言った。
尻に敷かれているのかなと失礼ながらエイナは思っていた。
ちなみに彼らを知らない人達からしてみれば、ベルとエイナ、ヘルメスと
「じゃあ、お嬢さん。僕はこれで。ベルのこと宜しくね」
「はい、ベル君のことは私が
ずっとというエイナの言葉とその上ずり具合に、ヘルメスは流石ベルと称賛していた。
やはり彼のそういうところは何も変わらないと。
「あ、そうだ。お嬢さん」
「はい?」
出口へ向かうヘルメスは立ち止まるとエイナの方を振り向いた。
「男っていうのは君が思っているより遥かにやんちゃな生き物なんだ。それを許すくらいの度量が無くちゃこれからもっと大変になるよ。
それじゃあと、ヘルメスはエイナの言葉を待たずに扉を開けて去っていく。
エイナは置いていかれ、ただその場に突っ立っているだけであった。
「......そんなの、分かってますよ」
エイナの吐き出した言葉の意味はそのままで、彼女自身に自覚があるというものを表していた。
ベル・クラネルという少年の未来を思えば、それは避けようのないものだと。
「......ベル君」
彼女の今にも泣き出しそうな声は、静かに溶けていった。
「しかし、面白いステイタスになっていたなぁ」
「《
「そして、あのスキル。......いや全く、ベルには驚かせられる。本当に彼は_______」
________一体、何になるのだろうか。
ベル・クラネル
Lv:2
力:I 0 耐久:I 0 器用:I 0 敏捷: 0 魔力:I 0 千里眼 I 0
《魔法》【霊障の御手】
・常時発動魔法。
《スキル》【
・早熟する。
・自身の追い求めるものがある限り効果持続。
・自身の追い求めるものの大きさにより効果向上。
【
・死に近づけば近づく程、ステイタスにプラス補正。
・死を想えば想う程、あらゆるアクティブアクションにブーストをかける。
《※※※※》【※※※※】
三蔵法師の宝具が真覇剛掌閃にしか見えない件。
多分、あと一、二話で3章も終わりです。