生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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"ごちうさ"の世界に行きたい......


#32

 ベルの命名の番になり、ヘスティアは深呼吸をして、心を落ち着かせていた。

 気分はまるで、裁かれる罪人のような気分であり、とても心臓に悪い。

 まともな二つ名を付けるに当たって、重要なことがある。

 悪のりをする神々を抑えるには、それ相応の力を身に付ける必要があるのだ。

 それをしなければ、変な二つ名を付けられてしまいかねない。

 現状、それが出来るのはロキやフレイヤ、ヘファイストス、ゴブニュ達の地上でも権力があったり、武器生産に携わる等の神々が該当する。

 この辺の神のファミリアに何かしようものなら、地上でのファミリア運営が厳しくなるからだ。

 特にロキとフレイヤは。

 後は、雰囲気的に違うだろう(・・・・・)という神々である。

 例えば、農業系ファミリアを運営する女神様系女神デメテルであったり、三大美女神の一柱であるアフロディテであったり、天界の神々に大人気の、こんなに可愛い子が女の子なわけがない系神様バルドルくんであったりだ。

 この神々に変なことをしようものなら、固有ファンである他の神々に殺られかねない。

 例として、バルドルくんを遊びに誘った(意味深)ある男神は、翌朝言葉にするのも憚られる有り様で発見された。

 ちなみにバルドルくんはお菓子をもぐもぐと食べていただけらしい。

 そして、このどちらにも該当しない、所謂弄っても問題無い神々にヘスティアは該当していた。

 地上でもじゃが丸くんの店ではマスコット的な扱いを受けているが、それは天界でも同じであった。

 かと言って、彼女が他の神々から、良い待遇を受けていたとは言えないが。

 弄りやすい神の一柱であったのだ。

「じゃあ、次は......おおっ! ベル・クラネルじゃん!」

「これが噂の......男だよな? 結構可愛い顔してんな......」

「ベルきゅんハァハァベルきゅんハァハァ......」

「あ、本当だー。可愛いねー」

「兎みたいだね! 小動物系って奴だ!」

 見る限り、他の神々からの第一印象は中々に良い。

 お喋りに徹していた女神達も、噂の彼に興味があったのか、配られた写真付きの用紙をじっくりと見ていた。

 一部様子のおかしい神も居たが。

 そんな中、ヘスティアは内心で納得がいかないと思っていた。

「えーっと。冒険者登録から約一ヶ月って、マジだったのかよ......」

「所属はヘスティアんとこで、種族はヒューマン、武装は短刀(ナイフ)......あ、でも普通の刀剣も使うっぽいな」

「噂によると、ミノタウロスを討伐したらしい。なあ、ロキ! そうだろう? 目撃情報にお前さんとこの冒険者も入ってるし」

 どうして、ベルのことを他のファミリアの主神に聞くのか理解できないが、ヘスティアにとってそれはありがたいことであった。

 ベルについては、主神である自分もよく分かっていないのだ。

 神々の視線は、何故かヘスティアの右隣に陣取っているロキに集中する。

 ヘスティアの左隣にいるヘファイストスは肩肘をついて、ロキを見つめている。

 その視線は他の神々と違い、何かを探るような目であったが。

「______ああ、間違いないで。うちの子達がその現場に居合わせたらしいからな」

 腕と膝を組んでいるロキは片目を瞑りながら、そう告げた。

 ざわざわと、会場がどよめきに包まれる。

 当たり前だろう。

 Lv:1の冒険者がミノタウロスを倒すなど、前例から見ればとても少ない(・・・)事例で、それから見れば、ベル・クラネルという冒険者は酷く異質な存在であるからだった。

「それにや、ベルは中層に匹敵するモンスターも倒しとる。なあ、そうやろ、ドチビ?」

 更にロキはそう言い放つと、その視線を隣に居るヘスティアへ流した。

 神々のざわつきは更に波紋の様に広がっていく。

「......ミノタウロスを倒した、その件については初耳だし、何でお前がベル君のこと名前で呼んでるか気になるけど。......こいつの言ってる通りだよ。ボクが見たのは、怪物祭(モンスター・フィリア)のあの騒動の時。ボクの目の前ででっかい植物型のモンスターを倒してたよ、あっさりとね......」

 ヘスティアにとって、その記憶はあまり思い出したくないものであった。

 ベル・クラネルが神の恩恵(ファルナ)とその証であるシンボルをその背に刻んだあの時。

 探索系ファミリア最高峰であるロキ・ファミリアの第一線級の冒険者が苦戦したモンスターを、成り立ての彼が何処からともなく現れた大剣で以て一方的に虐殺した。

 あの光景は、一緒にいたエイナ・チュールとの間では禁忌(タブー)になっている。

 彼のあの獰猛と言える、殺人鬼(・・・)を彷彿とさせる表情を見て、ヘスティアは神が人に覚えてはいけない感情(・・・・・・・・・・・・・・・)が湧き出てしまったのだ。

 絶対にそんなこと、思ってはいけないのに。

 心の底で、その感情が渦巻いてしまっている。

 ヘスティアはそれを封じ込めるので精一杯だった。

「し、しかしだ。Lv:1で中層クラスのモンスターを倒すなんて......しかも、その冒険者はヒューマンなんだろう? 何かの間違いじゃ......」

 何処かの神の一柱がそう口に出すと、周りの神もそれに同意するように首を縦に振っていた。

「それは無いで。現に私んとこの子供達はそん時に助けて貰っとるし、何よりその光景もばっちし見とる」

 ロキがその言葉を否定すると、神々は黙らざるを得ない。

 今集まっている神の中で、トップクラスの力を持つのが彼女なのだ。

 その彼女が本当だと言っている、しかも珍しく(・・・)真面目な表情で。

 信憑性は大いにあった。

「でも、それは......本当に......」

 

 

______人間なのか。

 

 

 怪物ではないのか。

 それを口に出そうとした神は直ぐに口を閉じた。

 ロキの鋭利な視線が突き刺さったからだ。

 それ以上口に出したら______その神は恐怖で縮み上がっていた。

 その神は、ロキに抱いた恐怖の他にもう一つ別の恐怖を味わっていた。

 神が人に抱いてはいけない感情、それをベルに抱きかけていたのだ。

「それでや。この子に関しては、二つ名の命名も慎重になるべきだと思うんよ」

 ロキのまさかの発言に、会場はまた、どよめきに包まれる。

 あのロキが。

 場を引っ掻き回すことに定評のあるあのロキが。

 慎重を期せと、そう言っているのだ。

 普段の彼女を知る者達からしてみれば、違和感しかなかった。

「うちのアイズを軽々と越える記録や。間違いなく、大成の器を持っとる。言いたくはないんやけど_______アイズを越えると思う、この子は」

 今日のロキは本当におかしい。

 あのアイズが好きすぎて最早アイズ厨と影で言われているロキが、アイズを越える等と口にしているのだ。

 ヘスティアは夢では無いかと頬をつねった。

「そんな大器を持つ子や。下手な二つ名なんか付けてみぃ。大成した時に他の冒険者がこんな二つ名を持つ、持ってた冒険者より下なんて思わせたら可哀想やろ? やる気にも繋がってくるしな」

 確かにLv:7の冒険者の二つ名が、《暗器王(アンキング)》だったら台無しにも程がある。

 それを目指したいとも思わないだろう。

「それなら、目標と成せる、この冒険者みたいに成りたいと思わせられるええ二つ名の方が、これからのことを考えても良いんと思うんよ」

 確かにと、他の神々はロキの熱弁に納得していた。

 上を目指すやる気を持った冒険者が居るから、ダンジョン攻略は進む。

 それを考えれば、ロキの言葉に間違いはないとそう思えたのだ。

「全員賛成、みたいやな。納得して貰えて助かるわぁ」

 おおきになと、ロキは礼を言った。

 会場の神々は既にロキの意見に従う所存だ。

 誰もロキの言葉を否定するものはいない。

 ロキの一人勝ちであった。

「なあ、ええやろ? ヘスティア(・・・・・)

「ああ、うん......」

 ロキの意思確認に、ヘスティアは胡乱気に答えた。

 状況に着いていけない、そんな様子であった。

「それじゃあ、早く決めようやないか。ベルにぴったりな二つ名をな」

 ロキはニヤりと笑みを浮かべ、自身の膝を叩いた。

 何故、ロキはヘスティアのファミリアの団員であるベルの命名に此処まで熱心に関わってくるのだろうか。

 そんなロキの真意を掴めずヘスティアは只唖然とし、固まっていた。

 ヘファイストスは企んでいるのはロキの方であったかと、頭を抱えるのであった。

「あ、あとな。うちのアイズやけど、Lv:6になったから、そこんとこよろしくな」

 そして、ロキの爆弾発言に、会場の神々は更なる喧騒に包まれることになった。

 

 

 

 

 

「レベルアップ、おめでとうございます、ベルさん!」

「おめでとうございます、クラネルさん」

「おめでとうございます、ベル様!」

「ありがとうございます、皆さん」

 時間帯は夜、《豊穣の女主人》にて。

 三人の女性からベルは祝福されていた。

 シル・フローヴァ、リュー・リオンの《豊穣の女主人》の綺麗所と、リリルカ・アーデという妹系年上の三人に囲まれている。

 周りのもの達からの視線が鬱陶しい。

「今日は私達の奢りなので、どんどん食べて飲んでくださいね!」

 シルは笑顔を浮かべそう言った。

 達、というのはリューやリリルカも含まれているのだろうかと、ベルは考えていた。

「はい、頂きますね」

 そう言ってベルは注がれた酒を煽る。

 ショットグラスに入ったその酒は、一気に飲み干され、直ぐに空っぽになった。

「クラネルさん、とても良い飲みっぷりですね。どうぞ」

 リューがそれに気付くと直ぐにグラスに酒を注いでくれた。

 《ヴァダーズ・クリスタル》と呼ばれる透明色の蒸留酒で、度数はかなり高く、値段もそれなりにする。

 ベルはありがとうございますと軽く礼を言うと、グラスを少し煽った。

「ベル様、どうぞ。リリセレクトですが」

 リリルカが、ローストビーフとサラダ等をバランス良く配膳した小皿を差し出してくる。

「ありがと、リリルカ」

 ベルは礼を言うと、確かローストビーフはお薦めの一つだったなと思い出しながら、フォークで刺してパクついた。

 美味しいと、ベルは素直に嬉しそうな表情を浮かべると、三人は嬉しそうに頬を緩ませている。

「そうだ、ベルさんベルさん♪ 二つ名、聞きましたよ!」

 シルは何故かとても嬉しそうにベルへそう言ってきた。

 どうしてそんなに嬉しそうなのだろうか、ベルには分からない。

「ああ、はい。そうですか......」

 かなりグイグイ来ているので、ベルは苦笑してしまった。

 子供のように目を輝かせているのだ、戸惑ってしまうのは仕方がないはずだ。

「......《光を掲げる者(ルキフェル)》。とても美しい二つ名です」

「ベル様、大変お似合いですよ!」

 リューとリリルカのお世辞ではない賛辞の言葉に、ベルは苦笑するしない。

 違和感、ベルにとってそれを感じる二つ名なのである。

 明らかに自分には合っていない。

「いや、でも......何て言うか僕には大それた名前で似合わないと思うんですけど......」

 《神会》から帰って来た、ヘスティアに結果を聞いてみれば、聞かされたのがその名前だったのだ。

 理由を聞いてみても、その通りだよとしか答えてくれず、まともに取り合ってくれなかった。

 しかし、ヘスティアは何故か当のベルよりも納得のいかない表情を浮かべていたが。

 よく分からない、それが今のベルの心境だった。

「そんなことありません! お似合いです! それに格好いいじゃないですか《光を掲げる者(ルキフェル)》って!」

 ブンブンと首を大きく横に振って、シルはそれを否定する。

 彼女のその目はお世辞で言っているとは思えない程に真面目で、どうやら本気で言っているらしい。

「そうです。クラネルさんはもう少し自信を持ちましょう。《光を掲げる者》として」

「ですです! ベル様は神々にその二つ名を冠すべきだと認められたのですから。もっと積極的に名乗って行くべきですよ、《光を掲げる者》って」

 追従するリューとリリルカ。

 同じく彼女達も真面目に言っているらしい。

 流石に冗談だろと、頭を抱えそうになった。

「あの、その二つ名、あんまり連呼しないでくれませんか......」

 恥ずかしいのでと、ベルの言葉は珍しく消える寸前の蝋燭の火の様に小さいものだった。

「それに......」

 先程から周りのもの達の視線が凄いのだ。

 チラチラと何かを伺うように、ベルを見ている。

 大方、史上最速でレベルアップした冒険者に興味があるのだろう。

 関心、嫉妬、畏怖、そんな心象を視線に乗せてベルに集まっていた。

「......はぁ」

 鬱陶しいと思いつつ、視線を三人へ向ける。

 彼女達は姦しく自身を讃える会話で盛り上がっている。

 本当に恥ずかしい。

 更なる羞恥がベルを襲った瞬間であった。

「あ、今日こそ教えてくださいよ! この一週間何処に行ってたんですか!? お店にも顔を出さないで、心配したんですよ......?」

 うるうると目を潤ませ、自身が出来る最高の角度で上目遣いを行った。

 うわ、あざといにゃ。あざとすぎて下吐が出るにゃ、そう口に出した某猫人(キャット・ピープル)二名は同僚のヒューマンのウェイトレスにぶん殴られていた。

 ちなみに、シルにこれ(・・)をされた男性はたちまちノックアウトし、お金が無くなる寸前まで飲まされてしまうらしいが、果たして本当なのか。

 まあ、それはともかくとして、ベルには案の定上目遣いは効かなかった。

「修行ですよ、修行。ちょっと強くなりに」

 ベルは見たこともない何処かの郷土料理を口にしながらそう答えた。

 別に何も間違ってはいないだろう。

「......絶対適当ですよねー、それ」

「......本当ですよ」

「本当に本当ですかー?」

「......本当に本当に本当ですよ」

「本当に本当に本当に本当ですかー?」

 本当に面倒くさいなと、珍しくベルは悪態を吐きそうになった。

 本来女性に対して(一部を除く)はそんな態度は絶対に出さないのではあるが、今回は珍しくほんの少し(・・・・・)顔に出てしまったようだ。

 シルは気付いていないようだったが、リューの方はそれに気付いているようであった。

 リリルカの方はシルと同じであったが。

「あー、もう。またそうやってはぐらかす......本当に心配してたのに......」

 流石に罪悪感がベルを襲い始めたが、敢えて無視することにした。

 これで聞かれたのは三度目。

 中々諦めてくれないシルはとても粘り強い。

 そこは素直に凄いと思うベルであったが、変に言及されると面倒なので無視を決め込んだのだった。

「シル。クラネルさんが言わないのは、何か事情があるのでしょう。あまり深く詮索して欲しくないことは誰にだってある筈です」

 ベルのそれ(・・)を察知したリューが間に割って入ると、そう言って場を治める。

 流石、同僚というべきなのか。

「むぅ......そうですね......ごめんなさい、ベルさん」

 先と一転、反省モードとなったシルは申し訳なさそうにそう謝ってくる。

 ああ、何故だか悪いことをしてしまった感覚に陥るベルは不幸だと、内心で呟いた。

「......僕の方こそすみません。変な態度を取ってしまえばそうなるのは当然ですよね。こんな僕を許してくれますか?」

 ベルはそう言って、シルの手を優しく包み込むと、シルの瞳を見詰めた。

 灰色(アッシュカラー)のその瞳は先程よりも更に潤み、頬がそれに合わせて上気する。

「そ、そんな許すだなんて......ベルさん、その......」

 シルはベルの目力に耐えられなくなったのか、途端に視線をずらした。

 ベルの勝ち。

 別に勝負事ではないが、そう判定出来るだろう。

 まあ、勝ったからといって何があるわけでもないが。

「ゴホンッ、です!」

 そう言って、握っていた手を無理矢理引き離したのはリリルカであった。

 明らかにムッとしているその顔は、栗鼠の様でとても可愛らしい。

「手打ちにしましょうか、シルさん」

「そ、そうですね......」

 顔を反らしたまま答えるシルは当然の如く顔を赤くしていた。

 取り合えず、この状況を打破してくれたリリルカには感謝である。

 ベルは隣に座る彼女のその頭を優しく撫でてあげた。

「にゃっ!? ふにゃぁ......」

 即落ち二コマである。

 リリルカはまるで子猫の様になっている。

 ベルがよく知っている猫人よりも猫らしかった。

 気のせいか、元から小さい等身が更に縮んでいる気もした。

「クラネルさん。今日はお祝いなのですから......その、何か食べましょう」

 リューのそのどこか強引な状況修正発言で、目の前にあったご馳走に目を向けるベル。

 そう、今日はお祝い事なのだ。

 目の前に並んでいるご馳走は滅多にありつけないものばかり。

 遠慮なく頂くことにしようとベルは撫でるのを中止し、料理に手を伸ばす。

 そして、不満げなリリルカの視線がリューへ刺さったが、それを越える冷徹な視線でカウンターをするエルフに、戦慄せざるを得ないシルであった。

「......あれ? そういえば麻婆豆腐は何処ですか?」

「それなら今ミア母さんが作ってる最中みたいですよ。すっごい"殺る気"でしたねぇ」

 シルの発音がとても物騒に聞こえたのは気のせいだと思いたいベル。

 まあ、冗談なのだろうが。

「マーボー?」

 リリルカは未知の単語に小首を傾げている。

「麻婆豆腐。挽き肉と唐辛子から始まる香辛料を炒めて、それに豆腐とスープを入れて煮込んだものだよ」

 ベルは急かさずリリルカへ麻婆豆腐の説明をした。

 とても美味しいんだよと、続けて言うと一瞬驚いていたリリルカは楽しみですと嬉しそうな表情を浮かべる。

 まあ、いきなり饒舌になったら仕方ないのかもしれない。

 こうやって麻婆豆腐の同士が生まれていくのは何とも嬉しいことかとベルは内心咽び泣いていた。

「いやぁ、ベルさん用の麻婆豆腐は少し変わってるていうか......」

「......確かに普通のは美味しいです。至って普通のは」

 ウェイトレスの二人は、微妙そうな表情でそう言った。

 死地へ向かおうとする女の子を、彼女達は見送ることしか出来ない。

 何故なら巻き込まれたくないからだ。

 ベルの麻婆に。

「けっ、女侍らせやがって......今夜は特別、《豊穣の女主人》特製、『外道麻婆、灼熱の生命警鐘篇』、お待ちどうさまにゃ。鉄板が熱いので気をつけるにゃ。あと、滅茶苦茶味わって死ね」

 やさぐれ猫人、アーニャ・フローメルは、ベルの前へウェイトレスとしてあるまじき態度でそう吐き捨てながら、麻婆豆腐を出してきた。

 一体何をしたと、ベルは自身の行動を省みる。

 うん、おおよそ只の八つ当たりだろう。

 ふざけるなという話だった。

「......アーニャ?」

 そして、案の定リューによる制裁が下された。

 アイアンクローでアーニャの顔面は危機に陥っていたが、無視して構わないだろう。

 因果応報である。

「ちょ、ちょっと待ってください! これ本当に食べ物なんですか!? 何か煮えたぎる溶岩みたいになってますけど! あと名前おかしいですよね!?」

 リリルカは目の前にある物体を食べ物と認識していいものか、困惑していた。

「頂きまーす」

 しかし、ベルはそんなリリルカを無視して、早速鉄板の上の麻婆豆腐をレンゲで掬った。

「これですよ、これ! この辛さ! 全く堪らないですね!」

 感動というベルの嬉々とした表情を見て、リリルカは嘘だろという表情になっている。

 シルとリューは相変わらずだなという、少し呆れたような表情を浮かべていたが。

 ちなみにアーニャはぼろ雑巾になりつつも、おかしいにゃ、あれは史上最強の辛さの筈なのにとベルにドン引きしながら仕事へ戻っていった。

「あ、リリルカも食べるよね?」

「け、結構です! 今夜はベル様のお祝いですので、ベル様が全部食べた方が良いです、全部!」

 先程まで楽しみという表情を浮かべていたリリルカの豹変に、ベルは少しショックを覚えていた。

 毎度毎度、麻婆豆腐を食べてみるかと聞いても誰も首を縦に振らないのである。

 麻婆豆腐に何か恨みでもあるのだろうかと、ベルは本気で考えていた。

「そっか......」

 まあ、それなら遠慮なく全部頂いてしまおうと、悲しさを一新して、レンゲで掬う速度を早めた。

「......いつも、こうなんですか?」

「......はい、ここに来たら必ず」

「......あれを食べられるのはベルさんと神父さん以外見たことないんですよね」

 どんな神父だと、リリルカは叫びたくなった。

 何かこう、人の不幸を嘲笑う死んだ目の男のイメージが湧いてしまったが、不愉快なのでリリルカはすぐに頭から掻き消す。

 一体誰なんだろうなんて、リリルカは考えたくもなかった。

「クラネルさん。グラスが空になっています」

「あ、どうもです」

「ベル様、そのマーボー? だけではなくこれもどうでしょう? 食べてみたんですけど美味しかったですよ!」

「うん、ありがと」

「ベルさん! 私も構って下さい!」

「はい......はい?」

 騒がしくなるベル達、四人の宴。

 静かに食べたり飲んだりするのは好きなベルであったが、こういう賑やかなのも悪くはない。

 まあ、一緒にいるのが顔見知りというのが一番の理由なのだろうが。

 今度、ヘスティア様やエイナさん達も誘って飲みに行くものありかなと、ベルは思っていた。

 特にエイナ辺りは何気に酒に強そうなので、結構飲み比べが出来るかもしれない。

 彼女が酔った場合、予想では笑い上戸か説教をかましてくるかのどちらかだろう。

 何となくのイメージではあるが。

 ベル的にヘスティアは泣き上戸、ヘファイストスは説教をしてきそうだ。

 ロキは絡み酒かつ暴れてボディタッチが増える最悪のパターンだろう。

 あの時のを見てそれは確信している。

 まあ、自分の祖父が割りとそれに近かったのでどうということはないが(面倒ではある)。

 他の人達はどうだろうか、そんな下らないことを考えていると、横の方から誰かの影が此方に向かって来るのが見えた。

「よぉ、お前か? 最速記録でLv:2にレベルアップしたっていう野郎は?」

 明らかにガラの悪いヒューマンの男で、後ろには数名の男達がぞろぞろと集まっていた。

 これは嫌な予感しかしない。

「最速云々は知らないですけど、確かに最近レベルは上がりましたよ」

 それがどうかしましたか? そうベルは聞き返すと、男達はにやにやと悪い笑みを浮かべながらこう言った。

「調子に乗ってる糞生意気な新人に、俺達先輩がこの場の礼儀作法ってのを教えにやって来たんだよ!」

 ドンッと、威嚇するようにテーブルを叩く男。

 どうやら嫌な予感は的中してしまったらしい。

 ベルは心の中で深く溜め息を吐いた。




二つ名に関して、迷っていた二つの候補のうちの一つを採用しました。
違和感があるかもしれませんが、これで良いのです。
きちんとこの二つ名になった理由は色々あるので、その一部は何れロキ辺りに語って貰いましょう。
ちなみにナァーザには《銀腕の薬師(シルバーアーム・ディスペンサー)》とかついてます。

あとベル君のステイタスに関しては、きちんと更新されてレベルアップしています。
発展アビリティとか色々、ベル君には変化が起きているのでお楽しみに。


次回、ある意味修羅場(?)の筈です!

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