生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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#28

 

 

魔人の血鉄(メタル・オブ・クロッゾ)》。

 

 

 魔剣鍛造のクロッゾ一族に伝わる、究極の鋼である。

 その性質は、硬く軟らかく、重く軽い(・・・・・・・・・・・)

 この世界に存在するありとあらゆる鉱石の性質を兼ね備えた、正しく究極の鋼だ。

 これを超える性質のものは、恐らく存在しない。

 それこそ神域の物質だった。

 しかし、その物質は出所はどこにあるのか。

 無論、門外不出のもので、これの存在を知るクロッゾも数は少ない。

 いや、そもそもクロッゾ自体数が少なくなってきており、数える程にしかいないだろう。

 

 

魔人の魂血(ブラッド・オブ・クロッゾ)》。

 

 

 クロッゾの一族全員に流れている血の系譜。

 この血が流れているものは皆等しく"魔剣"を鍛てる、そう言われている。

 しかし、この血脈も時が経つにつれ薄れていき、現在、"クロッゾの魔剣"を鍛てるものはいない。

 そう言われていた。

 

 

最後の魔人(ヴェルフ・クロッゾ)》。

 

 

 この世界で只一人、純粋な"クロッゾの魔剣"を鍛てる男だ。

 所属はヘファイストス・ファミリア。

 二つ名は《赤色の剣造者(ウルカヌス)》。

 数少ないLv:5の一人で、鍛冶師としてはオラリオの最高位に君臨する冒険者だ。

 そんな魔人(ヴェルフ)は、決して魔剣を鍛とうとしなかった。

 それどころか、まともな武器すら鍛とうとはしなかったのだ。

 理由は単純で、自身の鍛つ武器に相応しいものが居なかったからだ。

 相応しくないもの程、強い武器を求めようとする。

 身の程を弁えない愚かな選択なのに、それに気付かない。

 有象無象では、"魔剣"どころか、魔人(かれ)の鍛つ通常の(・・・)武器すら使いこなすことは出来ない。

 しかし、ファミリアという集団に属す以上、一定の武装は作成しなければいけない。

 その為、魔人は、適当に造った失敗作を売りに出して金を稼いでいた。

 魔人にとって、武器を造るのが鍛冶師というわけではない。

 自身の認めた存在の為に最強の武器を造ること。

 それが魔人の鍛冶師としての有り様だった。

 故に魔人は、今まで一度も鍛冶師として、武器を鍛ったことがなかった。

 

 

 それが、つい先日までのことであった。

 

 

 

 

 

「魔剣っていうのは、魔法を撃ち出す剣を指すんだよ」

 ヴェルフはふと、そう説明し始めると、硝子の箱を見た。

「魔法を使えない奴でも、魔剣を翳すだけで、並みの術者よりも遥かに強力な魔法を撃てる」

 超便利だろと、ヴェルフはそう言ってきた。

 確かに魔力消費無しで、尚且つ魔法適性が無くとも使えるというのはとてつもなく便利と言えるだろう。

「でもな、魔剣にも限界がある。使えば使うほど脆くなり、最終的には壊れちまう」

 こんな風にな、そう言ってヴェルフは、近くに転がっていた自作の剣をいとも簡単に踏み砕いた(・・・・・)

 パリンという金属の折れる音がその場に響いた。

 余談ではあるが、この時、ヴェルフが砕いたのは第一等級武装と言える武器で、常人では傷一つつけることは出来ないものだ。

「更には撃てる魔法も一種類が限度。一定以上の出力は出ないと来ている」

 安定して高い威力は誇るが、結局の所それが限界(・・)なのだ。

 高いレベルの術者には及ぶことはない。

 定められたことしか出来ない人形のようなものであった。

「耐久性も、その脆さ故に近接戦闘には向かないという、剣としての圧倒的"矛盾"を抱えている」

 魔剣としての特性があるが故に、本来あるべき剣としての機能を失ってしまう。

 そして、それは魔剣としての本質(・・・・・・・・)を失っている他に無いと、ヴェルフは続けた。

「だから、俺は 絶対に壊れることもなく、持ち主の力量に応じて強くなる(・・・・・・・・・・・・・・・)最強の"魔剣"を造った」

 それがこれだ、そう言って紅い液体で満たされている透明な硝子の箱を指した。

 箱の内部では、紅い液体が時折ボコボコと音を立てており、まるで生きているようであった。

 鮮血を掻き立てるその色からして、ますますそう見えてしまう。

「......それで、僕はこれ(・・)をどうしろと? ひっぱり出せと、さっきは言ってましたけど」

「どうするもこうするも、言葉通りだよ。この小さな(部屋)に引き籠ってる魔剣(子供)をひっぱり出してやるんだよ。担い手()みたいにさ」

 親の気持ち。

 そう言われてもベル自身、そういう心情は全く以て理解することが出来ないので、ヴェルフの言葉には半ば適当に頷いているところがあった。

「まあ、俺はこいつの生みの親ではあるが、育てるのは旦那だ。生かすも殺すも、あとは旦那の教育次第ってわけで......」

 そう言って、ヴェルフは硝子の箱から少し距離を置くと、ベルの顔を見てニヤリと笑った。

「さあ、旦那。さっさとこいつを出してやってくれ。旦那なら出来るはずだぜ」

「はあ......」

 ベルは、曖昧な返事をすると、硝子の箱のすぐ前に立った。

 意味ありげにその場所を空けていたのは、恐らくそういうこと(・・・・・・)なのだろうとベルは理解していた。

「......へぇ」

 硝子の箱へと意識を集中させると、ベルは感心したように思わず声に出てしまっていた。

 対峙した瞬間に、ベルへ向けられたのは、極限にまで圧縮され、濃密になった殺気である。

 常人なら、当てられただけで失神、下手をしたらショック死しかねないレベルのもので、まるで上から落ちてくるギロチンを待つ罪人の気分であった。

 しかし、それ以上にベルには分かったことが一つあった。

 それは、放たれた殺気が余りにも純粋無垢なものであったということだ。

 この世界で、まだ右も左も分からない状態で、見たもの全てを敵と認識しているのだろうか。

 

 

______ああ、この"魔剣"はつまり赤ん坊なんだ。

 

 

 誰一人味方が居ないこの状況で、自身を守る手段は全ての抹殺に於いて他無い。

 自分以外居なくなれば、危険という概念は存在しなくなるからだ。

 

 

 無垢なる殺気。

 

 無垢なる殺意。

 

 無垢なる殺戮。

 

 

_______ならば、その塵殺(皆殺し)の理を、全霊を以て殺してやろう(・・・・・・)

 

 

 瞬間、硝子の箱から紅い液体が槍となってベルを襲った。

 

 

 キィンという戟音が響き渡る。

 血槍はベルが所持していた長剣により防がれていた。

 間一髪、と言うべきか。

 ベルが反応出来たのは、超常的直感が働いたのが大きかった。

 この"魔剣"の攻撃速度は元来のベルの反応速度(・・・・・・・・・・)を遥かに上回っている。

 次は反応すら出来ずに串刺しになってしまうことだろう。

「......旦那、こいつは生きている(・・・・・・・ )。俺らと同じように意思を持っている。だから_______」

 

 

___________ちゃんと、好き嫌いもあるんだよ。

 

 

 ヴェルフの言葉と共に"魔剣"の血槍が、ベルの持つ長剣を砕いた。

「......っと!」

 ベルは瞬時に後方へ下がり、壁に背中を付けるようにして"魔剣"と距離を空ける。

 武器を失った状態で、あれに挑むのは自殺行為に他ならないからだ。

「......ヴェルフさん?」

 周りを見渡すと、ヴェルフの様子が見当たらない。

 まるで最初から居なかったかのように、忽然と姿を消している。

「......まあ、いいや。今はこいつだ」

 ベルはそんなことどうでもいいと、意識を"魔剣"へと向けた。

 "魔剣"との距離は約10m程。

 この地下工房がある程度の広さを有してくれていたのが幸いした。

 もし、これよりも狭ければベルは考えに耽ることも出来ないだろう。

「......取り敢えず牽制っと」

 砕かれた長剣の柄をベルは払うようにして投擲する。

 その瞬間、"魔剣"の血槍は剣へと姿を変化させた。

 ベルですら目視で視認出来ない程の速さで、長剣の柄を粉々に切り刻んでしまった。

「3mか......超速迎撃とは恐ろしいね」

 ベルが確認したのは、"魔剣"の反応距離である。

 敵意を込め、どこまで近付けるか、それを測ったのだがベルにとっては問題があった。

 ベルは近接戦闘型であり、基本的にはかなり近付かなければ攻撃することすら出来ない。

 確認したところ、"魔剣"の反応領域である3m内に入った瞬間に超速迎撃が始まり、切り刻まれた。

 安易に近付けばベルも同じことに成りかねない。

 例え、武器を投擲したとしても即座に迎撃されて撃ち落とされるだけだろう。

 故にベルには難敵と言える存在であった。

「じゃあ、これは......」

 どうかなと、ベルは左腕を"魔剣"へと向けると、そのまま握り潰す。

 《霊障の御手(れいしょうのみて)》。

 ベルの会得した、常時発動魔法である。

 パリンと硝子の箱が砕け散り、中の液体が流れ出る。

 しかし、液体は空中でベルの左腕に即座に捕らえられ、塊となって固定されていた。

「......これは、厳しいなぁ」

 そう呟いたベルの額には汗が見えた。

 現状ベルは、"魔剣"を掴むことで精一杯だった。

 特性上、この左腕はあらゆるものを掴み取ることが出来るが、ベルの現在の力では抑えるのがやっとで、まともに攻撃に転じることが出来ない。

「......不味いっ!」

 ついぞ"魔剣"が、ベルの左腕から解放されてしまう。

 左手からは紅い液体が噴き出し、この部屋中に飛び散っていく。

「っと!」

 近くに散乱していた武器_____戦闘斧(バトル・アックス)を蹴り上げ、キャッチすると、飛び散った紅い液体から殺到する血槍を、刃の広い部分でどうにか防御をする。

「......っ!」

 その防御をすり抜け、ベルの肩と脇腹に血槍が浅くではあるが突き刺さり、鮮血が散る。

 "魔剣"の液体なのか、ベルの血液なのか、見ただけで区別はつかないが、状況的にそれは間違いなくベルのものであった。

「っ、痛いなぁ......!」

 苦悶の表情を浮かべながら、多数の血槍をどうにか押し返すベル。

 身体からは少なくはない量の血が流れており、無論放っておいたら不味い。

 助かったのは、すぐ後ろに壁があったことだろう。

 無かったら恐らく紅い液体はベルの後方まで飛び散り、血槍に囲まれるようにして串刺しになっていたはずだ。

 流石にベルも、それを回避することも防御しきることも出来なかった。

 あれを防ぐには第一等級の全身鎧でも持ってこなければいけないだろう。

「......面白い」

 飛び散った紅い液体が前方に集結し、大きな一つの塊となる。

 ベルはそれを見て笑っていた。

 あの男以来の自身が戦える相手だ。

 楽しくないわけがなかった。

「......行くぞ!」

 ベルは持っていた戦闘斧を大振りで投擲すると、直ぐ様体勢を低くし、床を蹴り抜いた。

 "魔剣"は目の前に飛んできた戦闘斧を血刃で粉々に切り裂き、迎撃する。

 その間に、ベルは近くに散乱している二刀一対の黒白の剣を両の手で構え、交差させるようにして斬り掛かった。

 僅か半秒の出来事である。

「何処にこんな膂力があるんだろう、なっ!」

 液体の塊とは思えない程に一撃一撃が重い。

 受ける度、ベルの腕は悲鳴をあげる。

 軸をずらして受け流そうにも、それすら許さない。

 あの男と同じく剛力と言えるレベルのものであった。

 ベルはまだLv:1とは言え、既に力のパラメーターは限界を越えていた。

 その力ですら目の前の"魔剣"には及ばない。

「でも、だからと言って負ける理由にはならないんだよなぁ!」

 キンキンキンキンキンキンという連続した戟音が響き渡る。

 両者の剣戟は既に音を置き去りにしており、常人では捉えきれない速度に達している。

 この時ベルの感覚は研ぎ澄まされ、酷く鋭敏になっていた。

 その証拠に、"魔剣"から放たれる斬突の嵐をどうにか弾き防ぐことが出来ている。

 が、"魔剣"の方が力が上手なのに変わりはなく、打ち合えばベルの方が押されているのではあるが。

「っ......!」

 既に千を越える剣戟で、左手に構えていた黒剣の刀身に罅が入る。

 この双剣は、ヴェルフが造り出した第一等級装備の内の一つで、アンデッド系モンスターに絶大な威力を発揮する代物だ。

 いくらこの"魔剣"がアンデッド系モンスターではないとは言え、普通に武器としての性能は高い。

 しかし、それすら罅が入ってしまうというのは、"魔剣"の絶大な力を物語っているに他ならなかった。

「_______掴み取るっっっ!!」

 ベルは続く剣嵐の中、黒剣が砕け散る瞬間に、《霊障の御手》を伸ばし"魔剣"を掴み、拘束した。

「っ、らあぁぁぁぁ!!!」

 そして、そのままベルは"魔剣"を火の点いていない炉の中へ、思い切り叩きつけた。

「はあっ!!」

 更にベルは《霊障の御手》で、炉の蓋の鍵部分を殴ることで、強引に凹ませ破壊し、解錠不能にする。

 これによる拘束効果などほとんど無いだろうが、数秒でも時間を稼げればと、ベルは思考していた。

 具体的対処法を見つけるための時間を。

「一回、下がるか______」

 

 

 その瞬間、凄まじい爆音を上げて炉が爆発した。

 

 

「っっっっっつ!!!」

 咄嗟に落ちていた大盾を展開し、爆発による爆炎と衝撃波を防ぐことに成功するベル。

 無論、腕にかなりの負担は掛かってしまっているが。

「_______って、マジですか......?」

 盾から顔を覗かせたベルは思わず、そんな声を出してしまった。

 当たり前だろう。

 炉から炎をあげながら(・・・・・・・)出現する約3m程の紅い巨人(・・・・)を見てしまえば。

「グオォォォォォォ!!!」

 

 

 

 血炎の魔神が此処に産声を上げた。




というわけで、第二形態。


ちなみにベルの隠しステイタスで、"直感"や"戦闘続行"とか、あったりします。



アストルフォたん欲しいよぉ......
あ、ダレイオスは帰ってどうぞ。

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