生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
「ところで、エイナさん。本当に良かったんですか? せっかくの休日なのに」
オラリオ市内バベルの場内エレベーターの中、二人しかいないその空間で、ベルはそう聞いた。
ちなみに繋がれていた手は、バベルに入る前に既に解かれている。
手を繋いだのはいいが、周りに見られる気恥ずかしさを感じ、互いに互いを不快にさせないようなタイミングで同時に離したのだった。
今更とも言える話ではあるのだが、二人らしいと言えばらしいのかもしれない。
「もう、気にしないの。私が好きでやってることだから。それにベル君冒険者になっちゃったし、装備とかはしっかりしたものを着けて貰わないとね......」
エイナは後半、少し含んだ言い方をして、ベルを見た。
冒険者になったあの日から、エイナは更にベルの面倒をこと細かく見るようになったのだ。
ダンジョンに潜る際に気を付けることや、モンスターの習性、武器や防具の重要性、冒険者としての心構え等、徹底的にベルへ教え込んだのだが、その時のエイナは誰から見ても鬼だったらしい。
まあ、ベルが無断で15階層まで進んだ結果、エイナが更に鬼神へと進化を遂げてしまったのだが、死人は出ていないので安心してもらいたい。
死にかけた人物はいたが。
「はははは......」
エイナにはどうしてか、頭が上がらないベルは、誤魔化すように苦笑する。
それを見たエイナはもうと、少しだけ頬を膨らますとプイッと顔を背けてしまった。
「もう、エイナさん。そんな簡単に機嫌悪くならないでくださいよ」
「別に悪くなってません!」
それを悪くなってると言わず何というかと、ベルは思ったが、それを口にすると更に悪くなるので何も言わないことにした。
「あ、着きましたよ」
「......分かってるよ」
ポーンという高い音と共に、エレベーターのドアが開かれる。
ベルはエレベーター内にある開錠ボタンを押しながら、エイナを先に出させ、その後自身も出た。
「まず、何処行くんでしたっけ?」
「......そうだね、先ずは防具のお店かな」
戦って勝つよりも生きることを優先しなさいと、鬼のように厳しく教えて貰ったのを思い出したベル。
モンスターに攻撃を加える武器よりも、自身を守るための防具を先に選ぶのは、何ともエイナらしい考えだ。
「確か安いお店あるんですよね」
「うん、そうだよ。大丈夫、そこも全部考えて来てるから」
歩きながら、エイナは任せなさいと控えめではない胸をポンと叩いた。
その際、少し揺れたのだが、頼もしいなと思うと同時に、得したなという感情がベルを襲った。
「さあ、こっちだよ」
エイナに呼ばれるがまま、ベルはその後を付いていった。
「本当に安いですね......」
ベルは手に取った兜を見ると、その安さに驚いていた。
「でしょ? ここはまだ新米の鍛冶師達が、自分の力試しをするための場所なの」
エイナの説明をさらに聞いてみれば、掘り出し物が見つかるかもしれないということらしい。
性能の良い武具を安い価格で手に入れられればそれはラッキーだろう。
まあ、ベルにとってはあまり武器や防具に拘りはないのではあるが、エイナの気遣いは無駄には出来なかった。
「僕、あっちの見てきてもいいですか?」
「そうだね。私も別のところ見てくるね」
そう言って、二人は一度別れて見ることにした。
「8600ヴァリスに、11000ヴァリス......全然余裕で買えるなぁ」
ベルは置いてあった兜や、プレートアーマーに付いている値札を見ながら、自身の手持ち金額を確認した。
最近は冒険者になり、更には15階層まで潜ったため、金銭面的にかなり余裕が出来ている。
72000ヴァリス、貯金している額を抜いた、今現在ベルが使っても問題無いと判断したお金である。
「これは......」
ふとベルは、たまたま目についた胸当てを手に取った。
いや、正確にはライトアーマーの一部だ。
白銀の色をした胸部装甲で、手に取って分かったのはその軽さであった。
防御力を得るには、それに比例して質量も増えることになる。
最上級の超稀少金属や、鍛冶師の腕が高くなければ、かなり調整の難しい所でもある。
重すぎて動けなくなってしまえば、それこそ意味が無い。
しかし、この防具は軽くもあり、更に言えば硬さに置いてもそれなりのものであった。
「えーと、"試作品377"? 製作者は、ヴェルフ・クロッゾ......」
防具の名前、そして彫られている製作者の名前を確認したベル。
防具の名前から察するにこれで、恐らく最良のものではないだろう。
この"試作"という段階でもかなりの出来だとベルは思っていた。
「ヴェルフ・クロッゾ、ね......」
もう一度その名前を呟くと、なるほどと納得して胸当てを元の場所へ戻すベル。
その後も、結構な時間ベルは色々な防具を見たが、ピンと来るものはなかった。
「どう? 見つかった?」
「そう、ですね。中々これっていうものが......」
合流してすぐにエイナに聞かれ、ベルは曖昧にそう答えた。
「うーん、そっかぁ。でもベル君、防具はちゃんとしたものを身に付けて置かないと、もしもの時大変なことになっちゃうんだから、絶対に選ぶこと」
でないとダンジョンに潜る許可は与えられませんと、きっぱり言うエイナ。
まあ、普通はそうだ。
まともな防具無しでダンジョンに潜る、更に言えば15階層まで行くなど、新米冒険者にとっては、態々死にに行くことに等しい。
ベルが今持っているのは、レザー素材の安物の防具だ。
防御力はゴブリンやコボルトからの攻撃を多少軽減出来る程度のもので、間違いなく現状に適していない。
「別のお店行ってみようか? ゴブニュ・ファミリアの店も分店がここの中にあったはずだから」
「そう、ですね。それも良いかもしれませんね。......あ、でもその前に少し顔を出して行きたいところがあるんですけど良いですか?」
ベルがそう言うと、エイナは少し首を傾げてしまったが、良いけどとすぐに了承した。
「じゃあ、行きましょう」
歩き出すベルに、何処に行くんだろうとおもいつつもエイナはその後ろを追いかけていった。
「神様、それに団長よぉ。いい加減聞き飽きたぜ、それは」
バベル内ヘファイストス・ファミリアの鍛冶場において、三人の人物がそこにはいた。
一人は右目に眼帯を着けた赤髪の美女もといヘファイストスで、その表情は呆れていた。
もう一人は、同じく左目に眼帯を着け、上半身はサラシで隠しているだけのかなり露出度の高い格好をしたハーフドワーフの美女で、同じくあまり良いとは言えない表情をしていた。
そして、もう一人は180Cを越える長身の赤髪のヒューマンの青年で、少し面倒くさそうに答えていた。
「俺は認めた奴以外には絶対武器や防具は作らないって」
「あんた、そう言って頼みに来た冒険者と喧嘩になってたでしょう」
溜め息を着くヘファイストス。
その顔には少し疲労が見えていた。
「認めた奴以外と言うがのう、そもそも専属になるまでにも技量を磨かねばならぬのに、それでは磨く機会も減るだろうに?」
腕を豊満な胸の下で組みつつハーフドワーフの美女、椿・コルブランドはそう言った。
「団長。それ、俺の腕を分かってて言ってるだろ?」
赤髪の男はそう言うと、椿は頭を手で押さえながら溜め息を吐いた。
「......分かっておるよ。なぁ、主神様よ」
「そうね。うちの鍛冶師達の中で、椿と張れるのはあんたしかいないものね。ヴェルフ」
赤髪の青年、ヴェルフ・クロッゾはヘファイストスの言葉を聞くと、少しだけムッとしていた。
「別に負けてるつもりはないんだがな......」
「......あぁ、もう。不貞腐れるな、面倒くさい」
ヘファイストスはまた溜め息を吐いた。
それを見た椿はやれやれとその間に入っていった。
「ヴェルフよ。主神様も手前も、お主の実力はよく分かっておる。だがの、その腕もきちんと振るわなければ腐ってしまうものなのだ」
「......だから、妥協して俺の作った試作品を売りに出してんだろ? それじゃ駄目なのかよ」
「試作品じゃなくて、あんたが本気で作った奴を出せって言ってるの。試作品を使わせるとか、完全に買い手を馬鹿にしてるようなものでしょうが」
ヘファイストスとヴェルフの間に剣呑な雰囲気が流れる。
「本気って、神様よ。それは俺に
「そんなことは言ってないでしょ? 私が言ってるのはちゃんとしたもの作れってことなの......」
互いに口論は止まらない。
どちらも鍛冶師としての高いプライドがある。
買い手、使い手に対して最高の力を振るって作るというものと、自身の最高の力を自身の認めた最高の相手に振るうというもの。
互いに認められないものがあるのだろう。
故に、この場ではそれらが衝突してしまっているのだった。
「......なぁ、ヴェルフよ。それなら、お主の言う認めた相手というのはおるのか?」
椿はそんな単純な疑問をヴェルフへぶつける。
この質問は過去に数度なされているもので、その都度ヴェルフはまだ見つかっていないと言うばかりであったのだ。
恐らく今回も同じように返すのだろうと、半ば答えが分かっている状態でかくしたのだが、返って来たのは予想外のものであった。
「あぁ、見つかったよ」
ヴェルフの返答に、驚きを隠せないヘファイストスと椿。
過去の事例から考えても、ヴェルフが誰かを認めることなど滅多にないことで、どれだけ高位の冒険者であろうとも、ヴェルフは武器を作ろうとしなかった。
現状、彼が認めている人物が目の前にいるこの二人とゴブニュという鍛冶神だけなのだ。
そのヴェルフが認めたとあれば、どれ程の者なのか、二人は気になって仕方がなかった。
「あんたがそう言うなんて、一体何処の誰よ?」
「あぁ。名前は________」
「お邪魔しまーす」
ヴェルフの声は突然の来訪者によって掻き消されてしまった。
三人は一斉に入り口を見た。
「あ、ヘファイストス様。こんにちは」
「お、お邪魔します......」
そこに居たのは白髪紅眼の少年とハーフエルフの美女だ。
二人とも私服姿で、端から見たらデートをしているカップルにも見えなくはなかった。
「べ、ベル? 何でこのタイミングで......」
ヘファイストスとしては出来ればもっと落ち着いた状態で、会いたかったのだが、何分状況が状況だ。
タイミングが悪すぎる。
それに一緒にいるハーフエルフは一体と、ヘファイストスは疑問に思っていたが、それを口に出すことは出来なかった。
「おぉ! 遂に来てくれたか、
今年最後の投稿になるかもしれません。
皆様、来年も良いお年を送れることを作者も祈っております。
※リア充は除きます。