ボクはチョコ貰ってませんが!
おもち。
バレンタインデーのやつ
「まったくよぉ! やってらんねぇよなホント!」
「飲みすぎだぞクライン」
「うるせぇうるせぇ! 飲まなきゃやってられねーんだっつの!」
「やれやれ……」
バーカウンターに突っ伏して、キリトに背中を擦られるクライン。
半泣きの彼はあれやこれやと酒を飲み続け、最早泥酔状態だ。
無論、キリトは未成年で飲めるはずもなく、俺もそこまで酒に強くはない。
そんな酒に弱い俺たちが何故、クラシックなバーにいるかと言うと……。
「キリの字はいいよな、アスナさんって素敵な嫁さんがいてよ。義理チョコばら撒かれる俺の気持ちなんてわかりゃしねーんだよ……」
「もらえるだけマシだろ。一つも貰えない人だっているんだから」
「本命貰える奴が言っていいセリフじゃねぇっつの! だいたいな……」
年下の友人がヒロインたちに手作りチョコを渡されるのを目の当たりにするのは、どんな刑よりも酷なものだ。
そんなクラインの一言で、俺たちは首根っこを掴まれて半ば強制的にこのバーへ連れて来られたというわけだ。……何故俺まで?
まぁ、キリトは兎も角としてその気持ち、俺にはわからないでもない。
ユウキを救う前の話だ。学生の頃、偶々渡しているカップルを何度か見かけたことがある。恥ずかしそうに手渡している女性もいれば、投げるように渡す人もいたり。何れも受け取った男性は嬉しそうな表情を綻ばせていたのを何となく覚えている。
その時俺も、いつかそういう人ができたら俺も貰えたりするのだろうか、渡されたら彼らのように舞い上がってしまうのだろうか、と馳せたものだ。
羨ましいとか、妬ましいとか、負の感情は沸かなかった。渡す側も、受け取る側も幸せそうにしている姿が尊く思えてしまって。
――結局一度も貰える機会もないまま、現在に至るわけだが。
「俺の気持ちわかってくれるよな、トウカよぅ……」
突っ伏したままぐりんと首を回して、俺に泣きすがるクラインが酷く痛々しい。
正直な所、クラインはそれなりに二枚目だと思うのだが。ほんの少しだけ物静かな佇まいをしていれば確実にモテるに違いない。実際SAO事件の彼の戦いっぷりには何度も惹かれたものだ。勇敢で逞しく、義理堅い所があり、リーダーシップにも長けている。クラインの魅力とはと話を切り出そうものなら、優に十五分は語れるだろう。あまり長くないな。
決して何が悪いというわけではないのだ。隣の隣にいる英雄様がハーレム気質なだけであって。
そんな悲運な彼の肩に手を置いて、宥めるように言った。
「ああ、わかるよクライン。俺たちは仲間だとも」
「そうだよな! キリトは俺らに奢るべきだよなぁ!」
肩を組んでうんうんと頷くと、「なんで俺が……」とキリトは炭酸泡抜き麦茶をくぴりと口に運ぶ。
「どうせ明日美味しい思いをするのだから、ここは年上の俺らを敬うべきだろう?」
「そうそう! キリの字は薄情だ! 冷たいぞ!」
俺とクラインは結託してハーレム主人公を冷やかす。
悪く思わないでくれキリト。お前は明日、阿良々ハーレムならぬ桐ヶ谷ハーレムが仲睦まじく。一日宜しくしてくれるのだろう? それぐらいはな。
するとキリトは一つため息をついてから、ボソリと。
「……トウカはユウキから貰えるじゃないか」
「へ?」
「あっ」
間の抜けた声が出た。クラインは何かに気づき、驚きに目を丸くして俺を見る。
そしてその一言を聞いてか、再びがっくりと項垂れてしまった。
「そうだった……トウの字、お前には絶剣の嬢ちゃんが……」
「い、いや。いやいや。アイツからは別に」
「別に……? 散々あんなことをしておいて……?」
「おいまて。その言葉は誤解を招く」
確かに過去に色々あったのは確かだし、淡い期待を抱いているのも確かだが。
意気消沈するクラインの肩を今度はキリトが叩く。
「奢りは決まったな」
クラインは項垂れたまま、こくりと頷いた。
「なんで俺が……」
*
「ねぇアスナったらぁ……チョコ作るの手伝ってよぉ……」
「もう、それじゃあ意味ないでしょ?」
ソファに腰掛けて、紅茶を含むアスナの膝に、ボクはもたれかかりながらぼやく。
「だって一人で作ったら絶対失敗しちゃうもん」
「大事なのは味じゃなくて気持ちだよ? ほら、難しいことなんて書いてないでしょ」
言って、アスナはバレンタイン特集が目立つ見開きを、ボクのお腹の上にぽんと置いた。
「そんなこと言ってもなー……」
ぺらぺらと捲っては見るものの、どうも記事の内容にはぴんとこない。
実は、前々から調べていたり。だってちゃんとしたものを渡したいんだもん。
ガトーショコラ、ブラウニー、ザッハトルテ。作り方自体は見ている限り難しそうには思えない。だけど、やっぱり作れる人が近くにいないと不安になる。味見とか袋の包み方とか。ボクは子供で、あの人は大人だから、自分の好みで作ってしまうと笑われてしまうような気がしてならない。だからアスナが手伝っててくれれば、きっと美味しくて気に入ってくれるものができるに違いない。
と、思ったのだけれど……。
「自分のことは自分でやらなきゃだめよ」
「あーあ。姉ちゃんと同じこと言うだもんなー」
「ふふ、私はユウキのお姉ちゃんですから」
「姉ちゃんのいじわる」
「いじわるで結構」
互いの顔を見て言うと、なんだか可笑しくなって、クスクスと笑い合う。
本当に姉ちゃんみたい。今でも偶に無意識に姉ちゃんって言っちゃうぐらい、瓜二つ。
それだけに、今回は若干駄目元な部分もあったんだよね。
何故なら、我儘だって自覚があるから。こういう時、姉ちゃんはボクが自覚しているのを察してか、決まって『自分のことは自分でやりなさい』って言う。本当に悩んでたり、迷ってたりする時は、自ら手を差し伸べてくれる。
「自分のことは自分でやらないと、かぁ」
「そうだよ。誰かさんだって、ユウキが一人で作ったって知ったら、凄く喜んでくれると思うよ?」
「そうかな……?」
「絶対そうだよ。そう考えたら、ユウキだって自分
「た、確かに……!」
「それに、過程も楽しまなきゃ。美味しいって言ってくれるかな、喜んでくれるかなって。その人の幸せそうな顔想像してみたら、こっちもついつい……なんてね」
「幸せそうな顔……」
「そう、幸せそうな」
幸せそうな顔。
トウカの幸せそうな、顔……。
『ユウキが作ってくれたのか……?』
『う、うん。自信ないけど、頑張って作ったんだよ!』
『今食べても?』
『ど、どうぞ……』
『――ん、美味しい……! 凄く美味しいよ。こんな美味しいチョコは生まれて初めてだ……!』
『そ、そう……?』
『ありがとなユウキ。俺のために一生懸命作ってくれて』
『えへへ、どういたしまして……』
『そうだ。何かご褒美あげないとな』
『い、いいよそんな! トウカが喜んでくれるなら、ボクはそれだけで……』
『いいから。ほら、目を閉じて』
『え、えぇ!? そんな、駄目だよこんな所で……!』
『嫌とは言わないんだな……?』
『そ、そんな……あっ……と、とうかぁ……』
『はい、キリト君』
『お、ありがとうアスナ』
『今日はちょっと気合を入れて作ってみたの』
『へぇ、凄いじゃないか。今回は一日じゃ食べきれそうにないな』
『もしかして、今まで一日で食べきってたの……?』
『当たり前だろ? アスナが愛を込めて作ってくれたんだから』
『もう、キリト君たら……。お腹壊しても知らないよ……?』
『君の愛で壊れるわけないだろ……? それに――』
『あっ……』
『アスナになら壊されても構わない……』
『キリト君……』
『アスナ……』
「「でへへへ……」」
アスナの表情がだるだるに弛んでいた。多分、っていうかボクも。
ハッと我に返って、互いに涎を拭うとアスナが「と、とにかく!」と区切って、すかさずボクが、
「た、大切なのは、気持ちってことだねー!」
「そ、そういうこと!」
確かに嬉しい姿を思い浮かべると、自然とやる気が沸く。
頬をぱちんと叩いて、気持ちを入れ替えてから、ボクは奮起して立ち上がった。
「よおーし! なんだかやる気が出てきたよ、ありがとアスナ!」
「頑張って。この雑誌、貸してあげるから」
「うん! さっそく作ってくる!」
雑誌を片手に、ボクはアスナの家を後にした。
作る場所は、スリーピング・ナイツが贔屓にしている、宿屋の一室。そこなら誰にも邪魔されないし、一人でじっくり作ることができる。
――とは言え、やっぱり不安だ。他の人に相談しようにも、ノリは食べる派だし、シウネーは用事で来れないし……。リーファたちも各々で作るって気張ってたっけ。そりゃそうだよね、皆上げる人は決まってるもんね。キリトはモテモテだなぁ。
皆の作るチョコも気になるけど、今は自分の作るチョコに集中しなきゃ!
「え、えっとまずは……」
敢えて口に出して反芻する。材料、器具、作業手順を一から確認する。心の準備もよし。
作るものはシンプルなものにする。チョコレートを溶かして、型に入れて冷やすだけの、なんのことはない普通のチョコ。
それに、ほんのちょっと手を加える。
「湯せん……溶かせばいいんだよね?」
雑誌と器具を交互に見て再確認。
「ボールにチョコを割っていれてっと……」
温度は50度を維持して、木ベラで根気強くかき混ぜる。
「おいしくなーれ。おいしくなーれ……」
溶かしてるだけだからそんなこと言っても意味ないけど、なんとなくね!
溶かした後は、氷水につけて一旦冷ます。その後は、また湯せんにかけて、少しずつ溶かす。
て、てんぱ、りんぐ? という方法で、なんでもチョコがまろやかになる、らしい。トウカはまろやかな方がいいのかな?
「あ、そうだ。今の内に木の実を砕かなきゃ!」
これがほんのちょっと手を加えるの、ちょっとの部分。
てんぱりんぐ済みのチョコに、砕いたナッツや胡桃、アーモンドを入れて、型に流し込む。これだけ。
何の変哲もないただのチョコレートだけど、やっぱり作ってると凄く楽しい。
「えへへ……喜んでくれるかなぁ……」
トウカの笑顔が浮かんで、ついつい顔がニヤけちゃう。っと、いけないけない。ここは大事なところだ。
袋に入れたナッツを木槌で叩く。あまり細かく砕きすぎると粉っぽくなって美味しくない。だから慎重に、丁寧に。
ガンガンと叩いていると、少し強く叩き過ぎたせいか、テーブルに置いた雑誌がばさりと落ちた。
「む……?」
拾い上げて、作り方のページまで捲ろうとするも、何気ない一コマに目が止まる。
「隠し味で他の女の子に差をつけよう……?」
*
「いつから貰う側だと錯覚していました?」
「ゆ、ユイちゃん?」
「パパもですよ。いつまでも貰う側では駄目なのです」
「ユイ、一体いつから……」
「最初からです!」
目の前で小さな妖精が腕を組み、ふんすと鼻を鳴らしていた。
事の発端は、クラインを介抱し終わり、さて解散するかと腕をを伸ばした矢先の出来事だった。
キリトの懐からふわりと、彼女――キリトの娘が飛び出してきたのだ。
「これは由々しき事態です! このままではいけません!」
なにやら虫の居所が悪いらしい。手をぶんぶんと振り回して必死に訴える。
俺はこっそりと、キリトの耳元で呟いた。
「おい、アスナに預けたって言ってなかったか……?」
「ああ、そのはずなんだけど……」
「聞こえてますよ!」
クラインに拉致られる数刻前の話だ。ユイもクライン行きつけのバーへ一緒に行きたいと言い出したのだ。
所謂お酒の付き合いなだけに連れて行くわけにもいかず、というかそれを言ってしまったらキリトも連れて行ってはいけないのだが。兎に角ユイにはまだ早いということで、アスナがその場を治めて、お守をお願いした。
――だったはずなのだが……。
「いいですか! 女性が男性にチョコレートを贈るのは、日本独自の習慣です! 欧米では恋人や親しい友人、家族などがお互いにカードや花束、お菓子などを贈るそうです。つまり、パパたちもママや私にも何かあげるべきだと思います!」
パパたちって、俺も入ってるのか。
というか、この必死さから察するに、
「……それはつまり、ユイちゃんも何かほしい、と」
「そそそ、そんなことは……!」
どうやら図星のようだ。
俺は改めて、キリトの耳元でこそこそと呟く。
「なぁキリト。ホワイトデーはまた別にあげるとして、何かプレゼントしてやったらどうだ?」
「そうだなぁ……」
キリトがちらりとユイを見る。
ユイは力の篭った眼差しで、キリトを凝視していた。これは一言二言ではビクともしないだろう。
やがて何を思ったのか、キリトはおほんと一つ咳払いをして、わざとらしく、
「んーそうだなあ。黙って勝手についてきちゃう子には何もあげられないかなぁ。ちゃんとお家でママとお留守番できるような、いい子にだけプレゼントしてあげようかなあー」
それを聞いたユイが慌てて踵を返し、
「あっあっ。お留守番します! いい子にして待ってますよー!」
ぱたぱたと綺麗な羽を広げて、一目散に空へと飛び去って行った。
「おー、さすが親父」
「親父っていうな。そんなことより、プレゼント選ぶの手伝ってくれよ。トウカだってユウキにあげるんだろ?」
「俺が? ユウキに?」
「どんな間柄でも、感謝の一言ぐらい示すべきだろ?」
「ぐむ……しかしだな……」
「散々あんなことをしておいて……?」
「よせ、わかった。その言い方は誤解を招く」
「決まりだな」
*
そんなこんなで俺たちは街へと繰り出し、試行錯誤の末決めたのは、大きなウサギのぬいぐるみだ。
抱き枕にも使える程度で、その割に値段はそこまで高いものではない。あまり高額になってしまうとユウキが気負いしてしまうのではないかと思ったからだ。
そもそもこれにした理由は至極単純で、店員にそそのかされた。曰く「ウサギが嫌いな女の子はいない」とのこと。本当かよ。
ユウキはこういう可愛い系の好きだったか……? 以前外食した時(13話参照)猫のポシェットをしていたような。いや、それだけで可愛いものが好きだとは断定できない。そもそも俺がこんなものをプレゼントしてユウキが果たして喜ぶだろうか。ならそもそも何をあげても一緒か? いやいやまてまて。どうせあげるなら俺も食べ物とかそっち系のものが喜ばれるんじゃないか。仮に欲しくないものを受け取ってしまったユウキの心情からしたら、いつまでも邪魔な馬鹿でかいぬいぐみの置き場に困るだけだろう? なら、今からでも遅くはない。返品してお菓子系の何かを買った方がいいのでは。だとしたら何を買うべきだ? ユウキが好きそうなお菓子を俺は把握しているのか? 確か前にお菓子はなんでも好きと言っていたような。なら俺の好みで買っても差し支えないか? なら、俺が好きなお菓子はなんだ。あれだ、かりんとうだ。いや馬鹿か! バレンタインデーにかりんとう送る男がいるものか。ああ俺か。違うそうじゃない。もっとこう、女性が好むお菓子をだな。……そうだ、女性が好む菓子に一つ心あたりがある。女の子に人気で、確かテレビでもやっていたような――あぁ思い出した! サクマ式ドロップスだ! ……いやそれ女の子っていうか節子が好きなお菓子だろ! 一旦落ち着け霧ヶ峰刀霞。お前は落ち着いて考えられる人間だ。冷静に事を運べばいい。そうだ。まずはぬいぐるみを返品してそれから――
「トウカ……?」
「おぅ!?」
「どしたの? 変な声だして……」
気づけば目の前に、ユウキが立っていた。
いつもの小島で、夕日を背にして、彼女は立っていた。
「もう、ちゃんと聞いてるの?」
「あ、ああ。ごめん……」
夕日になろうとする太陽の光を反射して湖面がキラキラと輝いてた。
ユウキの瞳も、水面以上に透き通っていて、綺麗で、ゆらゆらと揺れている。
仄かに染まる頬に、夕日よりも見とれてしまって――。
「あの……あのね。ボク……」
「ああ……」
あまりにも呆けた返事。
そうだ、時間はとっくに切れていた。今更返品することも、買いなおすこともできない。
結局、これでいいものかとずっと悩んで、等々この日が来てしまった。
多分なにを買っても正解はないのかもしれない。何をあげても、後悔が残るかもしれない。
でもそれは、あくまで俺自身の問題であって、彼女の好みは関係ない。
恐らく、ユウキも似たような心境だと思う。
――なら、男の俺が先に行くべきだろう。何故自ら踏み込もうとしない?
今、彼女は勇気をだして、何かを告げようとしているじゃないか。
散々悩みに悩み、今も尚緊張している俺よりも、ずっとずっと、勇気を振り絞って。
戦闘スタイルが原因とか、性格とかそんなものは関係ない。
また彼女を先に行かせて、安全な道だと確認できたら後からゆっくり追いかけるのか。
同じことの繰り返しだ。今までと同じで、酷く汚いやり方だ。
チョコを受け取ったらお礼に渡すだけから?
先に話を聞いて、想いを受け止めてから自分も告げればいい?
本当にそれでいいのか?
「……駄目だ」
自然と口から零れ出た。
それはかつて、ユウキの最後を看取った時に出た言葉と、同じものだった。
「え……?」
ユウキは些か呆気にとられたように、きょとんとした。
「先に、渡したいものがある」
言って、俺はアイテム欄からぬいぐるみを取り出し、具現化させる。
わざわざ店員が気を利かせて、綺麗に包装してくれたものだ。
「今日はそういう日だって聞いたから。その、いつも感謝してる。ありがとな」
「え……え……?」
ユウキは状況が飲み込めないようで、目を丸くするもそれを素直に受け取った。
「い、いやな。ほら、欧米じゃあ親しい人にも送るから男性とか女性とかも関係ないとかで……。いつもユウキには世話になってるから、何かあげるべきかとかそういう――」
「……開けてもいい?」
「ああ……気に入らなかったら……その、ごめん」
ユウキはその場でぺたんと座り込み、丁寧の包み紙を開ける。
やがて顔を出すウサギの姿を見るや否や、口を半開きにして、しばらくそのまま呆然と眺めていた。
「ああ、どうしよ……」
「やっぱり子供すぎたか……」
「ううん、そうじゃなくて……」
「うん……?」
「ボクの方が、先に幸せになっちゃった……」
「――――」
頬を弛ませて、大事そうに抱きしめるその姿に、俺の胸は内から強く叩きつけられた。
ユウキを女の子として、一人の女性として意識させるには、十分すぎる程の笑顔。
気づけば、俺の口元も僅かに綻んでいた。
嬉しかったのだ。喜んでもらえて、素直に嬉しいと思ってしまった。
十四歳の女の子に、大の大人が惹かれてしまい兼ねない程に。
「そうだ……ボクもちゃんと、渡さなきゃ」
そう言って、ユウキは立ち上がると、同じようにアイテム欄からそれを取り出して、
「頑張って作ったの……。受け取ってくれる……?」
「ああ、もちろん。ありがとな。凄く嬉しいよ」
「えへへ……。幸せになってくれるといいなぁ……」
そんな事を言われてしまっては、食べようが食べまいが受け取った時点で、それはもう満たされている。
渡されたチョコの入れ物は、包み紙もリボンもぴちっと綺麗に整えられて、鮮やかな色合いで綺麗なものだった。
「これをユウキが作ったのか……?」
「う、うん。ちゃんと材料から全部。アスナとかに頼らないで作ってみたんだけど……どうかな?」
「凄いな。お店で売ってるみたいだ」
「ほんと……? 嬉しいなぁ……」
ウサギのぬいぐるみを抱きしめて、ユウキはにへらと頬を弛ませた。
「ね、食べてみて! 早く早く!」
「そう急かすなって」
丁寧に包み紙を解き、ぱかりと開けると、小さめのナッツチョコレートが六つ入っていた。
見た目も香りもごく普通のもので、ごく普通に美味そうだ。
以前のグラタン(19話参照)ではあらゆる意味で凄い味だったからな……。
まぁ、今回は普通のチョコレートっぽいし、何も問題ないだろう。
俺は一つ取り出して、何の躊躇もなく口に放り込む。
「どう? 美味しい?」
「おお、これは中々……!」
うん、中々の、その、あれだ。
「今回は隠し味を入れてみたんだよー!」
「へぇ、気になるな」
凄く気になる。一体何を入れてしまったのか。それはもう本当に。
「知りたい? 知りたいー?」
「なんだよ、気になるじゃないか」
気になるっていうか、不安になるよ。教えてくれないと。
「実はねー……スッポンの血を入れてみたんだぁ!」
「成る程な! 通りで奥ゆかしさを感じる味だと思ったんだよ! いや美味いなコレ!」
「でしょでしょー! 雑誌にね、『隠し味でこれを入れればイチコロ!』って書いてあったんだよね!」
下手したら本当の意味でイチコロですよユウキさん。っていうかこれは味を隠してないですよ。チョコより大分、全面的に前へ出てますよ。
とはいえ、まだ食べられるもので良かった。
きっと味見してないのだろう。ボクも食べたいと言われたら適わないので、残りを全てぽいぽいと口に運んでゆく。
ああ、幸せ。幸せっていうか、昇天しそう。
「ほんとはね、もっと色々入れたかったんだよ? でも変なのばっかりでさ……」
「へ、へぇ……。例えばどんな?」
「んっとね」
おもむろに雑誌を取り出して、ぺらぺらとページを捲り、とある項目に指を指す。
「なになに……。な、なんだこれ。髪の毛……? つ、爪……?」
「ね、変だよね。自分の血液とか。なんか恐くてさ」
おどろおどろしいにも程がある。
記事自体はポップにまとめられていて、如何にも内容で明るく書かれているが、内容は酷く病んでいて記事の最後には『強引に奪っちゃえ☆』とぶっ飛んだ一文が書かれていた。
女性誌は普段見ることはないが、もしかしてこれが普通なのか……? だとしてもこれは異様な気がするが。
「ほんとはね、その中に入れたいものがあったんだけど、それがよくわかんなくてさ……。詳しく調べようと思ったんだけど、先にチョコが固まっちゃって入れられなかったの」
「ち、ちなみに……?」
「えっと……あ、これこれ」
指差した先、短文の中に、それは書かれていた。
漢字二文字で――。
「これなんて読むの? あいえ――」
「ああああああああそれは入れなくていいものだ! 髪の毛とか爪よりもずっと酷いものだ!! だから忘れるんだ!」
「えーでも名前的には凄くよさそうだよ? 愛って言葉は特に――」
「おおおおおおおお忘れろ! それ以上は過ぎた話だ! 絶対調べたり他人に聞いたりするな! 約束しろ! 今ここで!!」
「う、うん。なんだか恐いよ? トウカ……」
後日談というか今回のオチ。
結局あの後、ユウキはアスナに尋ねてしまったそうだ。
二日程顔を合わせてくれなかった。まぁ、そうなるよな。
キリトはと言えば、アスナとユイにプレゼントを渡し、相変わらず仲睦まじく過ごしたとのこと。
俺のあげたプレゼント。あのウサギのぬいぐるみが今、どうなっているかというと――。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
大分遅くなってしまいましたが、バレンタインデー編ということで楽しんでいただけたら何よりです。
今回は友人の力も借りて、挿絵を入れてみました。もちろん許可はいただいております。
この場を借りて友人、そして読んでいただいた皆様に改めて御礼を申し上げます。
メインストーリーを頑張って進めていきますので、今後とも宜しくお願いします!
更新、報告等はツイッターにて行っております。
フォローいただけると大変励みになります。
ぜひ宜しくお願い致します!
@Ricecake_Land