物語はまったく進んでないです。
うすのろどんがめです。
くそざこなめくじです。
のびのびきなこもちです。
は?
「まぁ適当に寛いでくれヨ」
「お、おう……」
言葉に詰まったのは、先の阻害障壁だけが理由ではない。
それは家というよりも、プレハブ小屋に近く、また寛ぐにもあるのは椅子と机、あとは寝床ぐらいなもので、それ以上の娯楽呼べる家具や雑貨類などは一切見受けられなかった。
女子力の欠片も感じない質素――もとい、簡素な建物。そんな場所に招かれては困惑の色も露になるというもの。
「コーヒーでいいカ? と言ってもコーヒーしかないけどナ」
「あぁ。おかまいなく」
机の上に差し出されたのは、アスナが来客時に持て成す陶器のティーカップとはかけ離れた、所謂キャンプ用のアルミニウム製のマグカップだ。確かに、ベアグリルス宜しくサバイバル生活するには丁度いい品だが、如何せんこれもまた女子力とは無縁の物。
アルゴにはそういった趣味や娯楽には興味がない? それは違うだろう。SAOやALOをプレイしている時点でエンタメ好きな傾向は伺える。なにより種族をケットシーにしている時点で猫は好きそうなイメージもあるが……。
「なんだよジロジロ見テ。気持ち悪いナ」
「あ、いや……。すまん……」
メニュー画面を開いて手際よく準備する彼女に、つい目がいってしまう。
――実際に、俺は彼女について知っている事が少ない。知っているのは『情報屋』としての彼女だけであり、その他の素性はまったくと言っていいほど皆無だ。原作でもリアルついては一切書かれていないだけに、決して利益に繋がらない、寧ろ損でしかない自身の住まいへ俺を招き入れたのか。おおよその検討すらつかない現状に、聊か警戒心さえ抱いてしまう。
「心配するなヨ。ここはあくまでも仮拠点サ。バレたって何の問題もなイ」
俺の顔色を察してか、彼女は手動のコーヒーミルを挽きながら澄まし顔で言った。
彼女が嘘を吐く、ということはありえない。それは経験済みだ。ならば、と警戒のレベルは下げてみる。
今時珍しい、というよりもゲーム内で態々手挽きのミルを使う事自体にも驚きだが、それよりも気になる事実を思い切ってぶつけてみる。
「……必要以上に他人と関わろうとしないお前が、態々俺を招き入れた理由が分からない」
「随分な言い方だナ。オイラは誰とも関わっちゃいけないってのカ?」
ムスッとした表情でアルゴは睨む。手は休むことなくゴリゴリと磨り潰すような音を立ててコーヒー豆を挽いている。
「俺から得られる情報なんて何もないと言いたいんだ。聞きたい事って、そういう話の類なんだろう?」
「…………」
アルゴからの返答はない。
表情は毅然として無骨なものだったが、それは不機嫌であるが故――ではない事を何となく悟った。どちらかと言えば物憂げなものに近く、まるで己の真意とは反して行動しているかのように見える。
誰かに強要されて俺をここへ連れてきた? もしくはメッセンジャーとして何かを伝えるため?
……それはありえない。元々アルゴに用があったのは俺なのだから。深く考えすぎているのも否めないが、なによりアルゴという人物に心を許していいものかと疑心暗鬼に駆られている。
アスナやキリトと違って俺はアルゴと関わって日も浅いし、口論したあの日から一度も会っていない。邪険にされても不思議ではなく、なんなら出来上がったコーヒーを顔面にかけられて、俺がコーヒーミルで挽かれるまである。
そういう意味では先に謝っておいた方がいいのではなかろうか。
そう思い至った俺は「あの、さ」と歯切れの悪い声をかけると、アルゴはおもむろに机のマグを引き寄せて、ぽそりと言った。
「――コーヒーってのは、荒すぎても、細かすぎてもダメなんダ」
「……え?」
「オイラの扱う情報は、あくまでもゲームを攻略するためだけにあル。リアルの個人情報やその人のプライバシーに関わるような情報は、絶対に取引しなイ」
湯気立ち込める、芳しい香りを放つコーヒーの入ったマグを目の前に差し出す。そして、自身のマグにも湯を注いでから俺の向かいに座り、アルゴは続ける。
「でも……
「でも、それは――」
「ああ、そうダ。結局の所どこまで許されるかはオイラもわからなイ。だからと言って、規約に違反していなければ何をしてもいいってのは間違ってると思ウ。……それに昔とはもう違うんダ」
最後の言葉は、細く掠れていたが、確かに聞こえた。
昔、というのは恐らく――。
――ああ、そうか。
何となく、理解できた。彼女はきっと……。
「改めて謝らせてほしイ。前回の件は、オイラが悪かっタ。許してくレ」
あのアルゴが、深々と頭を下げた。素直に謝罪の言葉を口にした。
ケットシー特有の猫耳が、しゅんと垂れ下がる。それは感情とリンクして反応する。故にアルゴが本当に萎縮しているのが目に見えて分かった。
人に恨まれる稼業だと、覚悟していた彼女が初めて後悔の念を吐露したことに、俺は驚きを隠せなかった。だが、同時にアルゴという人物の人間性を垣間見た瞬間でもあった。
――彼女は必死だったのだ。
自己利益だけが目的ではなく、それ以上に必要な、何かが彼女にはあった。
きっと、真に迫るものがあったのだろう。生き残るために必要だからこそ彼女は戦った。その境界線が入り混じってしまったのか、単に迷走してしまったのかは定かではない。ただアルゴは、求める声に応えるべく、必死に走り続けただけだったんだ。隙間を縫い、這いずり回る鼠のように。
『攻略するためにはアルゴの情報が頼りなんだ!』
『必要な情報はアルゴに聞けばいい。そう聞いた』
『頼りになるよ。アルゴのおかげだ』
SAOだろうが、ALOだろうが、それは変わらない。
鼠のアルゴとして、情報屋のアルゴとして、そうあり続けた。
悪意があってユウキに近づいたわけでは、断じてない。
――なら、悪意をもってユウキに近づいたのは誰だ?
自己利益だけが目的で、それ以上に必要な何かがあるわけでもなく。
自己満足だけが手段で、それ以外に不要な何かがあるわけでもなく。
人の弱みに付け込み、陥れようとしたのは……。
「……謝るべきは俺の方だ。一身上の理由とはいえ、お前に酷いことをした」
「オマエ……」
「本当にすまなかった。本来は、俺が先に謝るべきだった。どうか許してほしい」
「…………」
請うように、俺は深く陳謝した。
無駄に長い前髪がぱさりと机が触れる程、体を畳むように。
僅かな沈黙の後、旋毛の先からクスクスと吹くような音が聞こえる。恐る恐る表を上げてみると、アルゴが耐えかねたように、優しい口元に薄笑いを見せていた。
呆気に取られていると、アルゴは机に肩肘をついて、ふわりと笑みを送る。
「アーちゃんが言っていた通りダ」
「アスナが?」
「『ちゃんと話せば、きっと好きになる』」
「……俺は善人なんかじゃない」
「言ったろ。荒すぎてもダメだし、細かすぎてもダメなのサ」
「……ちょうどいいってのは難しいな」
「ほんとにナ」
*
「フられたぁ!?」
ノリの椅子がガタンと揺れる。
おーばーりあくしょん気味なノリの顔は、それはもう驚きに満ちていた。その隣にいるシウネーもそのまた隣にいるアスナも信じられないといった表情で目を丸くして、ボクの言葉に身を乗り出す。
「えと、結果的に言えばそうなっちゃう……かな」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あんたら相思相愛じゃなかったの!?」
「埋めましょう」
「シウネー!?」
「私、スコップ買ってくる」
「アスナも落ち着いて! これには訳があるんだよー!」
三人の感情がむき出しになって、それぞれが怒りを露にしていた。剣幕というか、形相というか。怒られているわけじゃないのに、なんだか萎縮しそうになった。髪がメデューサみたいに逆立って、背後から「ゴゴゴ」とか「ズズズ」的な効果音が聞こえるような気がする。そうさせてしまったのはボクなのだけれど、冒頭一句から幾許もなく佳境に入ってしまうのはあまりにも早いので、三人を宥めながら順を追って説明する。
「それにしたって、理由ぐらい教えるべきだと思わない? アタシだったら胸ぐら掴んででも聞くけどなぁ」
「それはちょっと横暴な気もするけど……」
アスナの引き気味な反応に、ノリは悔しそうに机をばしばしと叩いて、
「だってさぁ! 仮にも女の子から告白させたわけでしょ!? それも年下の女の子に! いい大人なら理由ぐらいバシッと伝えて然るべきよ!」
「あはは、ノリらしいなぁ……」
ボクは、くぴりと飲み物を口に含む。
物怖じしない、屈託のない意見だと思う。多分ノリの考え方が、普通なのかも。だって、他の子から同じような話を聞いたらボクもそう言うかもしれない。トウカがここにいたらきっと泣いちゃうね。
――今日は恒例の《スリーピング・ナイツ》の集会、とはちょっと違う。所謂女子会というやつで、ジュンたちには内緒で偶にこうして集まっては、男性がいる前ではちょっと話せないような話題に花を咲かせている。ただのがーるずどーく。えもくてじわるてんあげぱーりー? おけまるちゃけばおっけー! 意味は全然分からないけど!
大体は今後の活動とか、体の悩みとか、恋愛相談とか、そんなとこ。ケーキの美味しいカフェを見つけたんだーって報告したり、あそこのダンジョンには待ち伏せしている奴らがいるんだよーって共有したり。そこまで中身のある会話じゃないんだけど、実は最近になって、凄く楽しいと感じられるようになってきた。
以前までは攻略するにあたってゲームの事しか話してなかったけど、今は体の調子も良くなって、リアルでもいつか皆とカフェにも行けるようにんだなーって思うと胸が高鳴って……。
――ううん、『いつか』じゃない。いずれ、絶対行けるようになるんだ。皆と駅で待ち合わせして、手を繋いでショッピングに行ったり、喉が枯れるまでカラオケで歌ったり、手が痺れるまでボーリングすることだって。
もう夢物語じゃない。今だからこそ、病気が治った今だからこそ、こういう会話が本当の意味で楽しく思える。
「本当はね、ボクの中では告白したつもりはないんだ。ただ、気持ちを伝えたかっただけで……」
「わかる! その気持ち凄くわかるよぉ~!」
アスナが涙目で、ボクの両手を壊れやすい宝物のようにそっと握りしめる。
「好きな気持ちって抑えられないもん。ユウキは間違ってないよ絶対に!」
「えへへ。ありがとアスナ」
「それで、なんと言って伝えたのですか?」
「へっ?」
割って入る、唐突なシウネーの一言に、ボクの体は一瞬にして凍りついた。
「なんと、言って、伝えたのでしょう?」
あのしとやかで慎み深いシウネーが、ガラス越しにラッパを見つめる子供のような目でボクを見る。
――この時点で多少無理にでも会話を切っておけば良かった。色恋沙汰の話になった時点で、シウネーが暴走するのは分かってたのに。
「やー、その、普通に好きだよーって……」
「もっと具体的にお願いします」
「そ、そんな面白い話でもないし、聞いてもきっとつまんないよ! ねぇ、アスナ!」
徐々に迫るシウネーのプレッシャーを両手で遮りながら、アスナに助け舟のアイコンタクトを送る。するとアスナは、ボクからふぃっと視線を外して、
「私もちょっと気になる、かも」
「はーい。アタシもー」
姉ちゃん、助けて。
「それで……その……最後に、ぎゅーって……」
「わわわ……」
いくらボクでも、恥じらいの一つや二つくらいあるのです。
三人とも紅潮させて、指の隙間から顔を除かせているけど、一番恥ずかしい思いをしているのは、このボクなんです。
「も、もういいでしょ!」
「思ったより、その……ねぇ……?」
「え、えぇ……」
羞恥心に唇を噛むボク。ノリとシウネーは互いを見合わせて、照れくささに目をパチパチと。アスナは机に突っ伏して、何か耐えるように足をじたばたしている。
ボクが話したのは、初めてトウカが《スリーピング・ナイツ》と自己紹介を交わした、その後のこと。寝室に先回りしてトウカを待っていた所から始まる。
お互いの気持ちに向き合ったこと。ボクのために色々根回しをしてくれたこと。一緒にいたいって言ってくれたこと。
――そして、大好きって言ったこと。
「……それで、トウカにぎゅーってされて、どうだった?」
「どうだったって……?」
ノリが意地の悪そうな笑みを浮かべて、ぐりぐりと肘で小突く。
「好きな人に抱きしめられる気持ちってどんな感じよ?」
「…………」
「嬉しかった?」
「……しあわせ、だったよ?」
「かーわーいーいー!!」
恥ずかしさに伏し目になりながらも、ボクは搾り出して答えた。あの時の気持ちも、今も想う気持ちも決して嘘ではないから。
直後、三人ともボクに抱きついて、頭をぐりぐりと撫でてきた。それはもう摩擦で火がついちゃうくらいに。
……いくらボクが皆より年下だからってちょっとからかいすぎだと思う。ボクなりに真剣に恋しているのに、まるで子供のお飯事みたいにからかって! 少しぐらい怒ってやろうかなと、この時は思った。
だけど、そんな考えは、一瞬にして消え去った。
そう思う前に三人からの抱擁はするりと解放された。アスナも、ノリも、シウネーも。重みを感じさせないように、ボクの体に優しく、こてんと頭を預けて、ゆったりと。暖かい笑顔を浮かべた。
「ユウキが幸せで、本当に嬉しいです」
「まったく。これ以上聞いたら泣いちゃいそうだよ」
「私たちも今、凄く幸せ。ユウキのおかげだよ」
「……ずるいなぁもう」
多分、これが初めてだったのかしもれない。
自分が今誰に恋をしていて、どれだけ幸せなのかを話したのは。
病気が治るまで、トウカとの一件からずっと思い悩ませる相談ばかりしてきた。不安にさせて、苦しい思いをさせて、ずっと繰り返して――。それでも皆、嫌な顔一つしないで、真正面からボクの悩みを受け止めてくれた。
三人は最高の親友だ。ゲームの中だけじゃなく、これから続く長い人生の中で、胸を張ってそう言える。
だから、ほんの少し恥ずかしいけれど……。
恋愛相談も偶にならいいかなって思う。
「ボクも……ボクもね……」
だって、この気持ちは――。
皆を想うこの気持ちは――。
「皆が、大好きだよ」
全然、これっぽっちも恥ずかしくなんてないから。
今回も読んでいただき、誠に有難うございます。
投稿が非常に遅くなりまして、真に申し訳ございません。
次回(いつ投稿できるとは言ってない)は物語が進行しているはず。多分。恐らく。きっと。
夏が特に苦手なので、涼しい時期になれば、きっと更新頻度もあがっているはず。多分。恐らく。きっと。
もっと頑張らねば……!!
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