今回は少しだけ人物のセリフが多い内容となります。
表現が難しく、伝わりにくい部分が含まれているかもしれませんので、ご注意下さい。
――俺は今、人生でもっとも気まずい空気を味わっている最中だ。
本来であれば、アスナの料理を堪能する予定だったはずなのだが……とんだ前菜をいただくことになってしまった……
全ては俺の向かいの席に座っている、この黒色好きの剣士が原因だ。
そんな状況に耐えかねた俺は、ついため息をついてキリトを見る。すると彼は片手でお辞儀手を作り、苦笑いしつつ謝罪を表現するようなジェスチャーをするが、俺は別にユウキがいることに関して参っているわけではなかった。
「そんな睨むなって。悪かったよ……」
「いや睨んでなんかないさ……キリトには言ってなかったけど、なんだかんだでユウキとは交流しているし、会うこと自体に抵抗を感じているわけじゃないんだ。アスナから聞いてないのか?」
「いや……聞いてないな。俺もここのところ別件で少し忙しかったし……ならどうして、そんなに挙動不審なんだ?」
「それが……ここのところユウキに避けられててな……ALO内でもここ最近会っていないし、お見舞いに行っても扉を開けてくれなくてさ」
キッチンで作業をしているユウキを脇目で見るが、どうもその真意を探ることができない。表情はいささか緊張しているようにも見えるが今の俺と比べて、そこまで動揺しているようには見えなかった。
視線をキリトの方へ戻すと、彼は口元を手で隠しながらこそこそと話すように顔を近づけ、深刻な表情で「トウカ……お前まさか……」と言うのだが、途中で言葉を詰まらせ視線を逸らした。
「な、なんだよ……はっきり言えよ」
「――……ユウキにバレたんじゃ……」
「それはないと思うが……知ってるのはお前とアスナと倉橋先生だけだぜ?……バレてたらとっくに詰め寄って来るさ。ユウキの性格ならな」
「なら他になにが――」
「ちょっと二人ともー?何コソコソはなしてるのかなー?」
俺たちとの会話の間に、怪しいものを見るような目線でアスナが割って入ってきた。
俺とキリトは別に何も、とお互いに同じようなリアクションで返してしまい、よりアスナに疑われるような視線を送られるのだが、なんとか誤魔化し通すと「もう少しでできるからもう少し待ってね」と渋々納得してもらえた。
どうしてもユウキが気になった俺は、何故かここに居るのが場違いのように感じ、恐る恐るアスナに確認する。
「な、なぁアスナ」
「なぁに?」
「お、俺……やっぱりいない方がいいんじゃ……」
「へぇ……トウカは私たちの料理が食べられないんだぁ……?」
「いやいやいや、そういうことじゃなくて……ほら……その……」
会話が聞こえない距離とはいえ、ユウキがいる手前はっきり言うことができない俺はつい口ごもってしまう。
そんな様子を見たアスナは、クスッとささやかな笑みを浮かべ、俺の耳元へキリトにも気づかれないような声で小さく呟いた。
「大丈夫。嫌われてるわけじゃないよ?」
「それってどういう――」
「まーまー。後でわかるわよ」
途中まで言いかけた質問に答えることなく、ウィンクをしたアスナは再びユウキ
がいるキッチンの方へと戻っていった。
それから俺は料理ができるまでの間、アスナの一言がどういう意味なのか暫く考える。
――嫌われているわけじゃない……?
確かに頭の片隅でそう考えている部分もあったが、ユグドラシルシティでユウキと遊んで以降喧嘩どころか会話すらしていない。仮に嫌われたとしても原因がまったくわからないし、身に覚えもない。いったいなにが原因で――
「みんなおまたせ!今日はいっぱい作ったから、お腹いっぱい食べていってね」
俺の思考を遮るように、キッチンの方からアスナの声が聞こえてくる。
色鮮やかな料理が机の上に並べられ、食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がる。
アスナの声でロッキングチェアで寝ているユイが目を覚まし、大きな欠伸をかいて眠気に逆らうようにごしごしと目をこする。未だに眠そうな顔をしていたのだが、眼前のご馳走に気がつくと目を宝石のようにキラキラと輝かせた。
「わぁ、凄いごちそうです!」
「今日はユウキとトウカもいるし、ちょっと張り切りすぎちゃった」
「ありがとうアスナ。俺も運ぶの手伝うよ」
「トウカはお客さんだから座ってて。ユウキが今運んでくるから」
「そ、そうか。悪いな……」
席を立ち上がり、料理を運ぶのを手伝おうとするがアスナの言葉で制止され、申し訳ない気持ちを感じつつ再び腰を下ろした。
アスナと入れ替わるように、ミトン手袋をつけたユウキが慎重な面持ちで耐熱皿を運び、キリトの前へそっと置くと、絶妙な焼き加減のチーズの香りが部屋を包み込む。
キリトは「へぇ、グラタンか。美味そうだなぁ」とグラタンに顔を近づけ、香りを堪能しすると、「えへへ、アスナの調理に加えて、ボクも手伝ったからねー。味は保障するよー?」とユウキは自信満々な表情で胸をそらした。
「つまみ食いがほとんどだった気がするけどなー?」
「ア、アスナ!しーっしーっ」
ユウキのすぐ後ろで、アスナがジト目でにやけつつ、小声で呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。ユウキは慌てて口に人さし指をあてていたが、時既に遅しというやつだ。
俺は『食い意地の張ったユウキがしそうなことだな』とつい呟きそうになってしまったがキリトとユイの手前、今回は心にしまっておくことにした。
その後、次々と肉料理、魚料理などが運ばれ、やがてテーブルの上がご馳走でいっぱいになるのだが、一点の料理だけみんなの前には置かれていて、俺の前に置かれていないものがあった。
「あれ。俺のグラタンは?」
「ふふふ、実はね。今日はトウカのだけ特別製でーす!」
アスナがそう言うと、キッチンからユウキが慎重とは違うような面持ちで、恐る恐る俺の表情を伺いつつ俺の前へグラタンを置いた。
置かれたグラタンをよく見てみると、キリトたちが置かれたものとは若干違い、形は歪で、表面も少し焦げているようだった。アスナが作るにしては少々見栄えが悪いように感じたが、決して不味そうに見えるものではなかった。
「ぼ、ボクが作ったの!」
「ユウキが……俺のために?」
「アスナと比べれば見た目も悪いし、美味しくないかもしれないけど……」
「……ありがとう、本当に嬉しいよ。凄く楽しみだ」
素直に嬉しいと思った。普段料理などしないあのユウキが俺のために一生懸命作ってくれた。それだけで少し心が温まるような感覚になってしまう。
ユウキは俺のお礼を聞くと同時に、先ほどまで不安げだった表情が、ぱぁっと明るい笑顔に変わり「どういたしまして!」と嬉しそうに言った。
それを見たアスナが一安心したようにオホンと咳払いをし、「それじゃあ、いただきましょ!」と号令をかけると「いただきまーす!」とみんなで声を揃えて食事を始めた。
「おぉ、このグラタン美味いぞ」
「ママの料理は全部美味しいですよ!」
「うふふ、キリトくん、ユイちゃん。おかわりはたくさんあるからいっぱい食べてね!」
「ト、トウカも早く食べてみて!」
「あぁ、そんなに焦らなくてもちゃんと食べるさ」
ユウキに急かされ、グラタンにスプーンを入れるとチーズとクリームの濃厚な香りが鼻へ伝わる。これは食べなくても美味いとわかる。そう思えるほどの期待以上の匂いだった。
「じゃあ、いただきます……あむ……」
「ど……どう……」
――こ……これは……
「う……」
「う……?」
「――……美味い!」
「ほ、ほんと!?」
「ああ、こんなに美味いグラタンは初めてだ」
かきこむようにグラタンを頬張る俺を見たユウキは、胸をなでおろして安堵の表情を見せた。ユイとキリトは、俺が美味そうに食べる様子を興味津々に見ていたのだが、やがて「一口食べさせてほしい」とスプーンを伸ばしてきた。
俺は「断る。これは俺のものだ」と持っている皿を遠ざけ断固拒否を示しつつ、ひたすら皿をかきこみ食べ続けた。
「一口ぐらいいいじゃないか」
「駄目だ」
「じゃあパパの代わりに私が食べます!」
「悪いなユイちゃん。もう食べてしまった」
空になった皿を見せると「トウカさんだけずるいです!」と頬を膨らませて少し怒ってしまったのだが、アスナが「ほ、ほらユイちゃん。他にもユイちゃんの大好物あるよ!」とフォローをまわしてくれたおかげで、その場は落ち着いた。
――すまん、ユイちゃん……決して自分だけ食べたいわけじゃないんだ。
「ね、ねぇトウカ……なにもそこまで意地張らなくたっていいと思うけど……」
「ユウキが俺のために作ってくれたんだ。親友だろうが子供だろうが絶対に譲らん」
「そ、それは嬉しいけどさ……なんか今のトウカの方が子供っぽいよ……?」
「なんとでも言え」
――人の気も知らないでこいつ。
「そんなことより、早く食べないとそのグラタンも俺がもらうぞ」
「だ、だめだよー!おかわりすればいいじゃん!」
「あれ、おかわりの分もつまみ食いしたんじゃないのか?」
「それはしてないってば!――って……ハッ」
俺はユウキが怒る前にそそくさ立ち上がり「さーておかわりおかわり」と呟きつつキッチンへ向かった。
その直後、背後から「トウカのばかー!」と聞こえた気がしたが、片手で耳を塞ぎ聞こえないフリをした。
*
その後、机の下でユウキに何度も足を踏まれてしまったが、楽しい食事をとることができた。
つまみ食いしたのは事実なのに何故踏まれなければならないのかと言いそうになってしまうこともあったのだが、グラタンを作ってくれたこともあり、なんとか踏みとどまった。それに、からかい過ぎてしまった非もあるし美味しそうに食べている彼女を見たらあまり怒る気になれなかった。
「はぁー美味しかったぁ!」
「お前大丈夫か……?」
「えーなにがー?」
ユウキの目の前には、向かい側のアスナが隠れてしまうほどの皿がいく枚も重なっている。
「だいじょーぶ!デザートの分は残してるから!」
「そ、そうか」
――いやそういうことじゃないんだが……
一通り机のお皿を片付け、アスナとユウキとユイが洗いものをしている最中、キリトと俺は紅茶を飲みつつ食後の余韻に浸っている最中だ。
アスナの料理は流石と言わざるを得ない。料理スキルをマスターしているだけあって、全ての料理が一級品だった。毎日こんなご馳走を作ってくれる嫁さんがいるとは羨ましいかぎりだ。
「いい嫁さんをもったな、キリト」
「何だよ急に……」
「こんなに料理が上手くて美人なんだ。いうことなしだろ?」
キリトがちらりとキッチン方へ向き、アスナたちが洗い物をしているのを確認すると小声で「そうでもないぞ……」と小さくぼやいた。
「何か不満に思うことでもあるのか?」
「いや不満ってほどのものじゃないさ。ただ……」
「ただ……?」
「ちょっとだけ嫉妬深いところとか……」
「あぁ。でもそれは、お前に一途な証拠だろ?」
「それはそうだけど……リーファと買い物してたときでさえ問い詰められた時はまいったよ……」
「ま、まぁいいことじゃないか。――……あ……」
「それにアスナはあれで結構怖いところもあるんだぜ……?この前なんてさ……」
「キ、キリト……」
「ん?どうした?」
「後ろ……」
「…………はぁっ!?」
俺がキリトの後方を指差すと、キリトは後ろいるアスナの存在に気づき、素っ頓狂な声を上げた。
「キ・リ・トくーん?ちょーっとお話があるんだけどぉ……?」
「さようならキリト。お前はいい奴だったよ……」
「ちょっ……アスナさん!?いつからそこに……と、とりあえず右手にもっているナイフをしまって……あ゛ぁぁぁ!!」
キリトはアスナに首根っこをつかまれるように引きずられ、二人の寝室へと連れられてしまった。
その時のキリトの表情は今までみたものの中で、一番死を予感しているような青ざめているような顔だった。
俺は二度と彼に会うことはないだろう。引きづられて行く彼の前で十字を切り、安らかにと静かに祈りを送る。
葬式には絶対に行こう。黒色の花を添えなきゃな。
「あれ?トウカさん、パパとママはどこに行ったんですか?」
「あぁ、大丈夫。今寝室にいるよ。すぐ戻ってくるさ」
「ユイちゃん……君のパパはね、お星様になったんだよ……」
「こら、余計なこと言うな」
ユイをからかうような発言に、俺はコツンとユウキの頭をこづいた。
暫くユイとユウキの三人で雑談をしていると、二人は寝室から出てきたのだが、何故かアスナはご機嫌な表情で、キリトは少々ゲッソリとした顔つきだった。
……まぁ理由を聞くのはヤボだろう。
そんな俺の気遣いをよそに、ユイは二人に何があったのかとキョトンとした面持ちで尋ねるが、アスナは「ちょっとお話してただけよね?キリトくん?」と笑顔の奥に冷たい視線をキリトに送ると「そ、その通りです」とキリトは合わせるように頷くが、二人に何があったのか、俺とユウキはなんとなくだが想像ができた。
「キリトって、後々尻に敷かれそうだね」
「まぁ、アスナには特に弱いだろうな」
コソコソと話しつつ、アスナの「待たせてごめんね」という言葉に愛想笑いでしか返せない俺たちであったが、二人の今後がどのようなものになるのか期待せざるをえない。
いずれにしろ仲違いを起こしても二人ならいくらでも仲直りできるだろう。しっかりものの娘もいるし、なによりちょっとやそっとじゃ切れないような深い絆が三人にはあるのだから。
*
「わぁ、このタルト凄く美味しい!」
「フルーツたっぷりです!」
食器を一通り片付け終えた後、食後のデザートとしてみんなでフルーツタルトを食していた。
甘いものが大好きなユイとユウキは興奮気味な様子でタルトをつついている。
俺も久しぶりに食べるタルトを堪能していると、甘いというキーワードでふとあることを思い出した。
「そういえば、昨日コレを手に入れたんだが……何かに使えるか?」
俺はフォークを口に咥えたままアイテム画面を開き、金色に淡く輝く小さな小瓶を取り出し、机の上に置いた。
全員が不思議そうにこの小瓶を見ていると、アスナが「これって……ハチミツ?」と呟く。
「あぁ、《バッカス・ビー》というモンスターからドロップしたんだ。どうやらアルコールが入っているらしい」
「初めてみる食材ね……ちょっといい?」
そう言うとアスナはアイテムの詳細を確認するため、そっと小瓶を手に取り小指入れて一口舐める。
「甘さは控えめだけど、ちょっとアルコールが強いわね……そうだ、紅茶に少しだけ入れたら美味しいかも!」
「お、おい大丈夫か?ゲームとはいえ未成年なんだからそういうのは……」
「平気よ、別に身体に影響がでるわけじゃないわ。ただ、過剰に摂取すると、一時的に状態異常として《陶酔》になるけど、少しの間だけスキルの使用ができなくなるだけよ」
――それはそれで問題な気もするが……
スプーンを取り出したアスナは、ハチミツを少しだけ掬い取り紅茶にいれクルクルとかき混ぜる。
一口すすると、グルメ漫画で見るような、とろけるような顔を見せる。
それに続くようにユイが「私も入れます!」と手を伸ばすがキリトに「ユイはさすがにまだ早いかな」と止められてしまった。アスナが代わりにと、違う蜂蜜を用意すると、ただ紅茶にハチミツを入れたかっただけなのか、それだけで満足したような笑顔を見せ、紅茶を堪能していた。
「ならボクもちょっとだけ……」
「ユウキもまだ早いだろ。やめとけ」
「子供扱いしないでよね。これでもトウカより強いんだよ?」
「それは剣術的な意味であって――あ、こら」
俺が言葉を返す前にユウキは身を乗り出し、ハチミツを掬い取って紅茶の中へ入れてしまった。しかもそれなりの量を。
やれやれと思いながらも味は俺も確かめていなかったので、これを機にと少量だけ掬い取って紅茶をかき混ぜ、一口だけ口に含んでみる。すると、今までの紅茶とは違う甘みが口の中へ広がり、美味さが一段と増した。
「おお、確かに美味いなこれ」
「ほんとね。他にも色々合いそう」
「俺には不要なものだから、よかったらアスナが使ってくれ」
「いいの?ありがとうトウカ。大事に使わせてもらうね」
「ユウキも必要ならあげるけど……って……ユウキ?」
「ほへぇー……これほんとにおいしーねぇー……」
いつの間にかユウキの顔ほんのりと赤く、恍惚とした顔になっている。
俺が「おい、大丈夫か?」と声をかけても、「えぇー?……なぁにー?」と反応が鈍くなっている様子で明らかに普通の状態ではなかった。
「もーちょっとだけいれるぅ……」
キリトとアスナが心配そうに見ているなか、ユウキはお構いなしにハチミツを掬い取ってはティーカップの中へといれ、量は少量どころか二杯三杯と注ぎ足すように追加し、一気飲みしては御代わりを繰り返した。
「ユ、ユウキ……お前、酔ってないか……?」
「やだなぁトウカってばぁ……ボクが酔ってるわけないじゃーん……ひっく……」
――今しゃっくりしたぞこいつ……
「キリト、アスナ。これってさっき言ってた《陶酔》ってやつじゃないのか?」
「た、確かに酔ってるように見えるけど……スプーン一杯掬っただけで状態異常になるものかしら……」
「もしかしたらステータスによる個体差があるかもしれないな……いずれにしてもそれ以上飲むはやめさせた方がいい」
「確かに……」
キリトの助言を聞き入れた俺は、改めてハチミツに手を伸ばすユウキを「ほら、そのへんでやめとけ」制止させる。
すると、ここから一気にユウキの態度が一変した。
「トウカはいつもそーやってぇ……ひっく……ボクを馬鹿にしてさぁ!!」
「だ、だれも馬鹿にしてなんかないだろ」
「ボクだって頑張ってるんだからねぇ!!」
「あ、あぁわかってるって。とりあえずおちつ――」
「全然わかってなーい!!」
あぁ、これは相当酔ってるな……
「キリト、少し休ませよう。どこか空いてるベットないか?」
「それなら客室用の寝室があるから、そこで休ませるといい」
「わかった。少し借りさせてもらうよ。アスナ、水を少しもらってもいいか?」
「ええ、すぐに寝室にもっていくわ」
このまま暴れられても困るので、被害が及ぶ前にユウキを休ませようと考えた俺は、寝室へ誘導しようとするのだが、相当酔っているらしく、俺の声などほとんど耳には入っていなかった。
「ほら、ユウキ。少し休もう。立てるか?」
「またすぐボクをばかにしてぇ……ひっく……ひとりでたてるよぉ……」
「フラついてるじゃないか……あぁほら、危ないって」
「あぁー!!ボクに触ったぁ!トウカのえっち!すけべ!あんぽんたん!」
「わかったわかった、もうなんでもいいからとりあえずおぶるぞ」
「パパ、あんぽんたんってなんですか?」
「アンパンマンの仲間だよ」
「嘘を教えるな嘘を」
その後なんとかユウキをおんぶしながら寝室へと運ぶが、頭を叩かれたり首を絞められたりと散々な目にあった。
アスナの手助けもあって、ユウキに水を飲ませた後ベッドで横にさせることはできたのが、中々寝付かずしばらくぶつぶつと文句のようなことを呟いていた。
「私、後片付けしておくから、ユウキのことお願いしてもいいかな?」
「あぁ、すまないな。迷惑かけるよ」
「いいのよ。今日は凄く楽しかったわ。それじゃ、また後で様子見にくるから」
――本当に人騒がせな奴だなお前は……
「ほら、いい加減もう寝ろ」
「むぅーっ……またこどもあつかいしてぇー……」
「わかったわかった……じゃあ、無理しないようにな」
「だ、だからってひとりにするなぁー!!」
「あ、ちょ、うおぉっ」
部屋を出て行こうと椅子から立ち上がりユウキに背を向けたのだが、突然ユウキに袖を掴まれてしまった。
その拍子に後ろに仰け反ってしまい、倒れ掛かってしまうが何とかうつ伏せの状態になろうと体を捻り手をつこうとするが、結果的にそれが間違いだった。
ユウキに覆いかぶさるようにベッドへと倒れこみ、ついにはユウキと鼻がついてしまうほどの接近をしてしまうことになってしまった。
未だかつてここまで顔を近づけたことがなかった俺は、急な出来事に放心状態へと陥ることになる。
「あ……お……す、すまん!」
「にへへ……つかまえたぁ……」
「お、おい……っ」
「すんすん……トウカいいにおーい……」
離れようとしてもユウキが俺の首へ手を回し、脱することができない。
強引に解こうとすればするほどユウキの力が強まり、顔が近づいてくる。
それだけで俺の緊張の糸は張り詰められ、ユウキの顔を直視することができない。情けなくも、俺は年下の女の子に手玉にとられてしまっているような状況になってしまった。
「わ、わかった……わかったから離れてくれっ」
「えへー……もー……離さないよー……だ……」
――駄目だ!こいつすっかり泥酔しちまってる……!
「傍に……いて……すぅ……」
「え……?」
よく見ると、ユウキは寝息をたててすっかり熟睡していた。
俺は大きなため息をついた後、ユウキが起きないように慎重に手を解き、彼女の体からゆっくりと離れる。
たった数分の出来事にどっと疲れを感じた俺は、とりあえずアスナに報告しようと部屋を出ようとするのだが、ユウキの寝言につい足を止めてしまった。
「ねぇ……ちゃん……いか……ないで……」
――いかないで……か。
出ようとした扉をそっと閉め、俺はベッドの端へ静かに腰を下ろす。
ベッドの軋むような音を抑えつつ、ユウキが起きないように彼女の手にそっと触れる。するとユウキは反応するように力強く握り返し、悲しそうな表情から一変して安心したような、安らかな表情へと変わっていった。
幸せそうに寝息をたてるユウキに俺は小さく呟く。
「どこにも行かないさ……今は、な……」
――後、グラタンに納豆とイクラは合わないと思うぞ……
今回も閲覧していただき、ありがとうございます。
ストーリー自体は進展しておりませんが、こういう話もあっていいかなと思い書かせていただきました。
設定上オリジナルの要素も含まれているだけに、原作とズレている部分があることをお許し下さい。
とうとう総合閲覧数が1万を超えました。お気に入りも120名を突破しました。
こんなに読んでいただけるなんて思ってもみませんでした。嬉しい限りです。
初コメントもいただき、俄然やる気が沸いてきました。
これからも書き続けていきますので、次回も宜しくお願い致します。