とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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正体不明編 地下街の戦争

正体不明編 地下街の戦争

 

 

 

地下街

 

 

 

あれから、地下街全体を襲う大きな揺れに、身に迫る殺気? にテロリストの脅威を(過剰に)感じた当麻は念のために他の出入り口を捜そうとしたが、結果はどれも徒労に終わった。

 

地上へと通じる階段やエレベーターは隔壁により封鎖され、ダクトは元より人が通れるサイズではない。

 

空調も切られたのか、地下の温度はどんどん上昇し、非常灯の赤い光もあいまって、オーブンの中にでも放り込まれたような錯覚を覚える。

 

ありえないと思うが、空気が薄くなっているような気もする。

 

巨大な空間に生き埋めにされたような、居心地の悪さが胸に溜まる。

 

当麻は薄暗い通路の先を見渡しながら、忌々しげに呟く。

 

 

「……向こうはこっちの顔を確かめてから襲ってきたみたいだし」

 

 

当麻はこの現状に頭を働かせ、状況確認する。

 

相手はこちらの顔を確かめてから閉鎖させた。

 

おそらく、こちらの位置が分かったので、逃げ場を封じたのだろう。

 

 

「それにあの悪寒……そう詩歌に殺されかける時に感じるような殺気……もしかしたら、もう近くにいるかもしれない」

 

 

残念ですがそれは勘違いです。

 

 

「とにかく、迎え撃つしかなさそうだ。インデックス、風斬とどこかに隠れてろ」

 

 

何にせよ、敵がこちらの命を狙い、そして逃げる事も出来ない以上、取る道は1つしかない。

 

 

(敵がインデックスや風斬に手を出す前に、こちらから打って出る。くそ、敵が何人いるかだけでも分かれば策を練る事も出来るというのに……それに、この殺気……敵は詩歌級にヤバい奴だ)

 

 

と、若干勘違いしながら当麻は1人で考えを巡らせていると、スフィンクスを抱えるインデックスは頬膨らまして、

 

 

「とうまこそ、ひょうかと一緒に隠れてて。敵が魔術師なら、これは私の仕事なんだから」

 

 

「アホか、お前の細腕で喧嘩なんかできるかよ。それにこの殺気を感じねーのか。敵は詩歌並に強そうなんだぞ。いいからお前は風斬と一緒に隠れてろって」

 

 

「む。そんなの全然感じないよ。とうまの勘違いかも。それから、私は魔術に関してはしいかの先生なんだよ。今までのラッキーが実力だと思っている魔術の素人のとうまは、ひょうかと一緒に隠れててって言ってるの」

 

 

「はっ、何を仰いますやら。この不幸の擬人化・ジェントル当麻にラッキーなんかあるはずねーだろ……うっ、自分で言ってて嫌になる」

 

 

何故だか自己嫌悪に陥っている少年に、風斬氷華はオロオロしながら、

 

 

「……あ、あの…何だかよく分からないんだけど…私が、何か手伝うって方向は…ない、の?」

 

 

「「ない」」

 

 

2人に同時に言われ、風斬はしょんぼりとうな垂れた。

 

と、次の瞬間、手近な曲がり角からカツンという足音が聞こえた。

 

 

「お前ら! 下がってろ!」  「2人とも逃げて!」

 

 

当麻とインデックスは皆を庇うように前に―――

 

 

「きゃあ」

 

 

―――出た結果、互いの身体がぶつかって、2人はもつれて勢い良く転んでしまった。

 

その様子を1人だけ無傷だった風斬はびっくりしたように胸元に両手を引き寄せたまま固まり、インデックスの目に押し潰されている三毛猫は助けてと言わんばかりにみゃーみゃーと鳴きながら前足をバタバタと動かす。

 

と、その時、曲がり角の向こうから女の声が飛んできた。

 

 

「あら? 猫の鳴き声が聞こえますわね」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あら? 猫の鳴き声が聞こえますわね」

 

 

と、黒子は小さく可愛らしい耳に手を添える。

 

そして、もう1度確かめるとそれが猫の声だと確信する。

 

 

「黒子。アンタ動物に興味ないんじゃなかったっけ?」

 

 

そして、その隣にいた美琴が適当に返答する。

 

2人は、というより、黒子は<風紀委員>としてある目的の為に地下街を散策している。

 

 

「かくいう大お姉様とお姉様は興味がおありでしたよね」

 

 

「べ、別に私は……」

 

 

「あらぁ。わたくし、知っていますのよ。お姉様には大お姉様が寮の裏手で餌をあげている猫達をこっそり見に行く日課がある事を。しかし、体から発せられる微弱な電磁波のせいで食事中の猫達にいつもいつも逃げられて、自分もご飯をあげようと思った猫缶片手に1人ポツンと佇む羽目になっている事も!」

 

 

そう美琴には詩歌が世話している猫に、こっそり自分も世話しようとしているのだが、美琴が半径5mに入っただけで食事中の猫達は一斉に逃げ出すという毎回散々な結果に終わっている。

 

 

「何故それを……!? ってか黒子! アンタまたストーキングして……っ!」

 

 

その時の哀愁漂う美琴の様子を木の後ろで隠れながら、黒子―――

 

 

「大お姉様もその様子があまりに可哀そうなので食事の邪魔をしないように注意できないと、涙ぐんでおりましたよ」

 

 

―――と詩歌はハンカチで堪え切れない涙を拭いている。

 

 

「詩歌さんまで……!?」

 

 

美琴は知りたくなかった事実に頭を抱えていると、

 

 

「あら、面白いものが落ちてましたわよ」

 

 

黒子が何かを発見した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

曲がり角から現れたのは当麻もよく知る詩歌の後輩達、美琴と黒子だ。

 

彼女達は床に転がっている当麻とインデックスの姿を発見して足を止めている。

 

言うまでもなく、彼女達は敵ではない。

 

緊張して損した……とばかりに力を抜く当麻を、美琴は奇異の目で見る。

 

 

「アンタ、こんなトコで女の子に押し倒されて、何やってる訳?」

 

 

「……あらあら。こんな時間から抱いたんですこと」

 

 

美琴は何故か髪の毛辺りからバチバチと火花を散らし、黒子は微妙に冷たい声でそんな台詞を言った。

 

対して、インデックスは当麻の上からどきもせず、

 

 

「む、短髪!」

 

 

当麻はその様子に、またか、と溜息をついた。

 

当麻は現実逃避気味に過去を思い出す。

 

そうあれは、鬼塚陽菜とのドッジボール対決が終わり、虎屋で食事した時のことだった。

 

 

 

 

 

虎屋

 

 

 

黒子と初春は<風紀委員>の仕事で試合が終わった後、少し残念そうにしながらも支部に向かい、残った当麻、詩歌、佐天、陽菜、姫神、そして、美琴とインデックスで虎屋でお好み焼きを食べに行く事にした。

 

虎屋は臨時開店という事もあって、他に客はおらず、独占状態。

 

 

「座って座って! 今日はジャンジャン食べてね!」

 

 

陽菜に促されるまま座敷に上がり、

 

 

「はいどうぞ」

 

 

勝手知ったる何とやらだろうか、詩歌は1、2回ここで給仕として働いた事があるらしく、冷蔵庫からオレンジジュースの瓶を取り出す。

 

その様子に美琴と佐天は立ちあがって手伝おうとしたが、詩歌に今回のお礼だと押し切られて、結局、疲労もあったのだろうか何もせずに座ってしまった。

 

そして、詩歌はついでに持ってきたコップを、トントントン、と手早く全員の前に置き、手慣れた手付きでジュースを注いでいく。

 

 

「ミックスとブタ玉です」

 

 

丁度タイミング良く、調理室から先回りして準備していた虎屋の主人、東条英虎がお好み焼のネタを持ってくる。

 

 

「あ、トラさん。私がやります」

 

 

そう言って、東条が熱くなった鉄板にタネを流し込もうとするのを詩歌が止める。

 

東条はどうしようかと考え込んだが、『詩歌っちは料理がうまいから大丈夫。以前、ここで働いた時、東条よりも上手く焼いてたじゃん』と陽菜の鶴の一言に詩歌に任せる事にした。

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

「しいか、早く早くなんだよ」

 

 

「はい! では、ジャンジャン行きますよ!」

 

 

ジュウゥゥゥ~

 

 

詩歌はネタを手渡されると、これまた手慣れた手付きで鉄板にネタを流し込む。

 

しかも、ミックス4つにブタ玉4つ、計8つを一遍に。

 

 

シャッ、シャッ、シャッ――

 

 

だが、速い。

 

動きも速いけど、要領が良いというのか、スペースの狭さもなんのその、八面六臂という感じだ。

 

詩歌は一切の無駄がなく淀みのない動作、千手観音のように両手に持つコテで、全てのお好み焼きを綺麗な形に整え、広げていく。

 

そんな詩歌の調理スキルの高さに佐天は驚きの声をあげる。

 

そして、詩歌は器用に左右片手ずつ一気に2つのお好み焼きをひっくり返していく。

 

最後に全員の希望を聞き、特製ソースにマヨネーズ、鰹節も青海苔も降りかけて、綺麗なコントラストを描き、食べ易いように1枚を8等分にし一口サイズにしたら完成。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

そこで、いいのか? と訊ねるのは野暮だろう。

 

ここまでしてもらったのだから。

 

というか、相変わらず、詩歌は手際が良すぎる。

 

ひょっとしたらプロ以上なのではないか。

 

これは後で聞いた事なのだが、詩歌が給仕をするときだけこの店は行列ができるほど混むのだとか。

 

でも、1つの芸術品のように綺麗に仕上がっているお好み焼きだから、なかなか箸をつけづらい…………と思うのだが、

 

 

「いただきますなんだよ!」

 

 

「いっただきまーす!」

 

 

と花より団子というインデックスと陽菜は2人は我先にと自分の分を確保していく。

 

それを見た他の人も全員、詩歌の極上お好み焼きに手を伸ばし、口を運ぶのだった。

 

そして、美味しい料理に顔を綻ばせつつ、歓談に花を咲かせ―――ることはできなかった。

 

 

「しいか、早く! しいか、早く!」

 

 

と、インデックスが急かし立てる。

 

この前の手巻きのように2人が相手ではなく、6人が相手、それにお好み焼きは焼くのに時間が掛かるのでいくら詩歌といえど、インデックスの食事スピードに追い付かない。

 

 

「はい、ちょっとだけ待ってて下さいね」

 

 

と、詩歌は相変わらずの手際の良さでお好み焼きを仕上げていく。

 

が、やはり詩歌も今回の対決で疲労していたのか額に薄らと汗が滲む。

 

当麻がその様子を見かねて、インデックスに注意しようと、

 

 

「アンタ、ちょっとは詩歌さんに遠慮しなさいよ」

 

 

する前に美琴がインデックスをジトリと睨みつける。

 

 

「ん? 電話……? 綿辺先生から……」

 

 

そして、タイミングが悪い事に詩歌の携帯が振動し、いったん手を止めて開けてみると、どうやら学校の先生かららしい。

 

詩歌は近くにいた姫神と佐天にコテを1つずつ任せると、そのまま一言断りを入れると店の外へと出ていった。

 

これで2人を押さえられる人物がいなくなってしまった。

 

 

「とうま、短髪って、どういう知り合い? どんな関係? この前のクールビューティに似ているけど、違う人だよね」

 

 

「か、関係って、ほら、詩歌と同じ学校に通っている後輩だよ」

 

 

「ふーん、しいかと違って全然品がないんだけど」

 

 

美琴は明らかに喧嘩腰なインデックスへ、むしろ友好的とも取れる危険な笑みを浮かべ始めた。

 

 

(あーそっか。インデックスはRFOで御坂妹と美歌とは面識があったんだっけ……あれ? っつか、何でこの人達はこんなにギスギスした空気を放っているんでせう?)

 

 

2人が放つ険悪な空気に逃れるように姫神と佐天はせっせとお好み焼きに集中する。

 

そして、陽菜はというと、

 

 

「(ひっひっひ~、何だか面白くなってきたねぇ~)」

 

 

と、止める気皆無でニヤニヤ、と見物している。

 

 

「アンタの方こそどーなのよ。詩歌さんにベタベタと甘えて……そこの愚兄、どういう関係か教えなさい!」

 

 

「また俺!?」

 

 

と、今度は美琴から質問をぶつけられる。

 

戸惑いつつも当麻はその問いに答える。

 

 

「え、え~と、だな……インデックスは俺と詩歌の友達でな。詩歌にとったら妹みたいな奴なんだ」

 

 

「妹……? こいつが?」

 

 

何故か急激に美琴は表情を曇らせていく。

 

と、その時、

 

 

「ふむふむ、じゃあ、美琴っちと同じ。詩歌っちの妹って所だね」

 

 

「「同じ? コイツ(短髪)と」」

 

 

陽菜の“あえて”空気を読まない発言に一気に2人は怖い顔になる。

 

 

「あ、あたし、トイレ!」

 

「私も!」

 

 

佐天と姫神は詩歌に任された分を焼き終わるとコテを全部、当麻に預けて避難してしまう。

 

 

「「…………」」

 

 

美琴とインデックス真正面から視線を交差させる。

 

何だか、胃がチクチクするような沈黙。

 

つーか、この氷のような冷たい空気は一体何?

 

 

「ふ~ん、短髪の名前って、御坂美琴だっけ? しいかからとても優しく面倒見の良い女の子って、聞かされてたんだけど、そうでもないかも……しいかは評価が“甘い”んだよ」

 

 

「へぇ~、詩歌さんは“優しい”わね。いつの間にペットを飼っていたなんて気が付かなかったわ」

 

 

なにその、互いにナイフを刺してグリグリするような言い方。

 

2人は至近距離で睨み合い、口論は加速度的にヒートアップし―――

 

 

「お待たせしました……? どうしたんです? 2人とも仲良く見つめ合ったりして」

 

 

(詩歌……見つめ合っているんじゃない、睨み合っているんだ。ガチでメンチを斬り合ってるんだ。気付け!)

 

 

「「ふん!」」

 

 

どうやら、詩歌が来た事により2人はむすっとしながらも矛を収めたようだ。

 

その後、姫神と佐天も戻って来て、和やかに、若干、インデックスと美琴がやけ食い(2人が食べれば食べるほど陽菜の顔はどんどん青くなった)しているような感はあるが、とにかく、皆で食事を楽しんだ(最後の陽菜の顔は燃え尽きたように真っ白だった)。

 

 

 

 

 

地下街

 

 

 

そして、現在。

 

あの時から初めて詩歌(ストッパー)のいない状況に、再開したように2人はメンチを斬り合い、互いに視線で語る。

 

 

『コイツ、気に入らない』、と。

 

 

今、この場に詩歌はいない。

 

本当に情けないかもしれないがお兄ちゃんには2人を止める事ができないんです。

 

詩歌、頼むから魔術でも、超能力でも何でもいいから今すぐここに来てくれ。

 

原因は分からんが、こいつら仲が悪いな。

 

と、考えていると美琴が口火を切る。

 

 

「ねぇ、アンタに1つだけ聞きたい事があるんだけど」

 

 

「私も聞きたい事があるんだよ、短髪」

 

 

「へぇー……ってことはアンタも頼んでもないのに駆けつけてきてくれたクチ?」

 

 

「……うん、命の恩人だったりする?」

 

 

「「……」」

 

 

2人はほんの僅かに沈黙して、それから同時に溜息をついた。

 

お、なんかピリピリした気配がなくなっていくぞ。

 

これはもしかすると仲直りムード?

 

と、当麻は呑気に考えていたが、

 

 

「「アンタ(とうま)!私の見てない所で何やってたか説明してもらうわよ(欲しいかも)っ!!」」

 

 

単に矛先が変わっただけだった。

 

ひぃっ! と当麻は開きかけた心の扉を全力で閉めて避難する。

 

そして、念仏のように『詩歌SOS』と心の中で唱え始める。

 

二方向からステレオで叱られている当麻の姿を見て、風斬は口元に手を当てたままオロオロとし始めた。

 

当麻が可哀そうだと思っているみたいだが、かと言ってあの最前線に割って入る勇気もないらしい。

 

風斬は挙動不審気味にあちこちと見回した後、1歩距離を置いた位置に黒子が立っている事にようやく発見する。

 

唯一の中立勢力たる彼女に平和活動をお願いしよう、と風斬は思っていたのだが、

 

 

「(……全くそうですか命の恩人ときましたかわたくしには一言も告げなかったのに大お姉様は分かりますがあの野郎にも全て打ち明けたとそういう風に受け取ってよろしいのかしら、うふふ。あらおかしい。やはり、将を射るなら馬を“殺せ”と言う事ですのね)」

 

 

あまりに平淡過ぎる独り言に、風斬のメガネがずり落ちた。

 

どうやらツインテールの少女は中立勢力ではなく第三勢力らしい。

 

というか、一番ヤバい。

 

まさに、三国志。

 

1人の少女、風斬は停戦を訴える事は出来ない。

 

何故なら、この複雑に亀裂の入った勢力図のど真ん中に割って入るのは不可能だからだ。

 

長い長いステレオ説教に解放されるまで当麻を風斬は憐みの視線を送り続けることしかできなかった。

 

 

―――プルルルル

 

 

その時、乾いた着信音が当麻を中心に響き渡った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

長きにわたると思われた説教地獄から脱出し、当麻はインデックスの下から這い出しながら、携帯の着信を見る。

 

 

「ちょっと待ってくれ、電話が掛かってきた」

 

 

先ほどの念が届いたのかは分からないが、詩歌から電話が掛かってきた。

 

上条詩歌。

 

当麻の実の妹で、苦手科目なしの天才、オールラウンダーの優等生。

 

数多の学生がお世話になっており、一部の人達からは<微笑みの聖母>と崇められている。

 

風斬を除いて、この場にいる全員が詩歌の恩恵を受けている。

 

でも、今、電話が掛かってくるなんて……

 

あのテロリストの予告から察すると、<幻想投影>、詩歌が一番の標的。

 

だからと言って、出なかったら逆に怪しまれる。

 

仕方がない。

 

 

「詩歌か?」

 

 

周囲に『静かにしろ』とジェスチャーを送り、了承したのを確認してから電話を取る。

 

 

『あ、当麻さん。これから買い物に付き合ってもらえませんか? 今日、――スーパーでお1人様セールをやっているんですよ』

 

 

そうか、そういえば今日はセールの日だったな。

 

相変わらず倹約家だ。

 

常盤台と言うお嬢様学校に通っているのに、経済観念はしっかりしている。

 

買い物に誘うという事は向こうの用事は終わった所か……

 

さて、どう回避しようか―――

 

 

『ん? 当麻さん、また何かに巻き込まれているんですね』

 

 

早速突っ込まれた。

 

相変わらず鋭い。

 

本気で鋭い奴だ。

 

でも、この程度は予想の範囲内だ。

 

詩歌が鋭いなど百も承知だ。

 

動揺は決して出すな。

 

心を凍らせ固めて震えを押さえこめ。

 

 

「ったく、詩歌は心配し過ぎだ。当麻さんはいつも厄介事に巻き込まれていませんよ」

 

 

良し。

 

いつも通りに自然な感じでいけた。

 

声は震えていないし、一度も吃らずに―――

 

 

『声音の響きがいつもと違う。……当麻さん、地下街にいますね』

 

 

鋭過ぎるだろ!

 

恐怖の領域だ!

 

何? 声音の響きって、そんなに変るものなのか!?

 

そりゃあ、声は音で、音は空気の振動なんだから、場所によって声も変わるだろうが、地下にいるだけで劇的に変化する訳ではないだろ!?

 

 

『ゲーム機の音が微かに聞こえますね。そして、携帯が繋がる場所……当麻さんの高校から放課後に行くとすると……はい、当麻さんの居場所は大体の見当がつきました。――――でしょう?』

 

 

「せ、正解でございます」

 

 

怖い!

 

俺の妹は怖過ぎる!

 

 

『ふーんふーんふーん』

 

 

今度はどこか不吉な鼻歌を歌い始めてきた。

 

電話の向こうで詩歌が不機嫌になっていくのが分かる。

 

そして、

 

 

『それから、3人……いえ、4人ですか』

 

 

と、言った。

 

 

「な、何がだよ?」

 

 

『今、当麻さんが侍らしている女子の数です。ちなみに、男子の数は0です』

 

 

「…………ッ!?」

 

 

名探偵かっ!

 

近くにいる? いや、監視カメラでこっちを見てる?

 

違うな。

 

多分、今、繋がっている電話から全部察した。

 

詩歌なら音の情報だけで状況を推理可能だ。

 

しかし、ちょっと会話しただけでここまでバレてしまうなんて、なんかもう桁外れと言うか単位が違う。

 

 

『フ、フ、フ、フラグ立てまくり~♪ モテまくり~♪ の愛されまくり♪ そんなお兄ちゃんを持って、詩歌さんはとっても嬉しいな~♪』

 

 

残念だが感心している暇はない。

 

『ほろびのうた』が発動している。

 

先ほどとは違う意味で、緊張感が。

 

その先を聞くのが怖いのに、手が全く動かせず電話を切る事ができない。

 

ドロリとした塊のような汗が肌を伝い、喉が何日も水を飲んでいないように乾く。

 

せめて、一言だけでも―――

 

 

『すぐに行くから遺書を残して待っててね~♪』

 

 

「ちょ、詩歌―――『プッ、ツーーー』」

 

 

切れてしまった。

 

電話が切れてしまった。

 

……すぐに来るって、詩歌の事だからテロリストよりも早く、2、3分もしないうちにここに来そうな気がする。

 

いやいや、流石に詩歌も『特別警戒宣言』を突破するだなんて、無理に決まっている!

 

それにアイツは<幻想投影>を隠そうとしているから、<警備員>、そう教師の前で派手な事は出来ないはず!

 

絶対に無理だ、無理です、無理に―――

 

 

『フフ、フフフフ』

 

 

―――決まってると良いなぁ……

 

 

「に、逃げよう! 今すぐ! 迅速に! こっから逃げるぞ!」

 

 

今日一番怖がる当麻さんだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

詩歌襲来予告の衝撃に数分をかけて、ようやく落ち着いた当麻は、まずは美琴と黒子に簡単な事情の説明を行う事にした。

 

もちろん、魔術のうんぬんかんぬんの話は信じてもらえないだろうから割愛してある。

 

 

「ふうん。なんかよく分からないけど、結局またアンタが何かトラブルに巻き込まれてんのね。しかし、今度はテロリストときましたか。テロリスト、ねぇ。黒子、やっぱさっきのキレたゴスロリと繋がりがあると思う?」

 

 

美琴はつまらなさそうに黒子の方を見る。

 

 

「そうですわね。殿方達が聞いたとされる声の特徴からしても、関与していると考えるのが妥当では? しかし、学園都市の『外』から能力者が攻めてくるだなんて。それは、天然モノの能力者がいたって不思議ではないのですけれど」

 

 

「あるいは学園都市の他にも能力開発機関があるのかしら? でも、『外』の超能力なんて政府のUFO陰謀説と同じくらい信憑性がないのよね」

 

 

どうも2人は魔術というものを知らないため、目の前の現象は全て超能力という事で納得しようとしているらしい。

 

 

「(ちがうもん! あれは超能力じゃなくって、魔術! やっぱり、短髪は……ゴニョゴニョ)」

 

 

インデックスは大層ご立腹のようで、当麻が先に片手で制しておかなければ、姫神の時と同様、話はややこしい方向にずれていくだろう。

 

黒子は腕に留めた<風紀委員>の腕章を揺らしながら溜息をついて、

 

 

「まったく、テロリストの侵入を許すだなんて、わたくしも気を入れ直す必要があるようですわね。今朝は2組の侵入者がいたと聞いてますし」

 

 

ん? と当麻は黒子の言葉に耳を傾ける。

 

 

「何よ、黒子。もしかしてまだトラブルの種があるの?」

 

 

「ええ。<警備員>経由の情報によれば侵入者は合わせて2人。経路や方法が異なっていた事から、別口らしいとは聞きましたが、断定はできませんわね」

 

 

んー……? と当麻は黒子の言葉に冷汗をダラダラと流し始める。

 

と、インデックスがいち早くその事に気付いたのか、当麻のシャツを両手で掴んでぐいぐいと引っ張りながら、

 

 

「とうま。何か身体が小刻みに震えているけど、どうかしたの?」

 

 

美琴はそんなインデックスに小さく笑いかけて、

 

 

「くっくっ……アンタが暑苦しくて鬱陶しいんじゃない?」

 

 

うっとおしくないもんっ!! と叫び返すインデックスに目もくれずに当麻は、

 

 

「えっと、あの、怒らないでくださいまし。たぶん、もう一組の侵入者って、俺だと思う」

 

 

は? とその場にいた全員が当麻の目を見た。

 

当麻は、それらの視線全てから逃げるという器用な芸当、詩歌にも絶賛された神業的緊急回避をこなしつつ、

 

 

「えー、実は昨日の夜に闇咲っていう不器用な男と知り合いまして。そいつの知り合いを助ける為に学園都市の外へ出る必要がどうしてもあった訳で、その問題を片付けてようやく帰ってきたのが今朝の事であって、それで、あの……何だよ? 御坂も白井も何でそう『分かった分かったいつもの病気だろ』みたいな目をして溜息をつくんだ?」

 

 

何か話題を変えた方が良い、と本能的に察した当麻は咄嗟に頭をフル回転させる。

 

 

「っつか、お前達は何でここにいるんだ?」

 

 

「わたくしは<風紀委員>ですので、閉じ込められた方達の脱出用にやってきた、という所ですの。これでも一応<空間移動>の使い手ですので」

 

 

「ふうん。じゃあ美琴は?」

 

 

「え、いや、別に私は……」

 

 

「?」

 

 

「な、何よ! 別に何でも良いでしょうが、何でも!!」

 

 

何故か顔を真っ赤にして叫ぶ美琴に当麻は首を傾げる。

 

何か恥ずかしい事でもしたのだろうか?

 

黒子は片目を閉じると若干ながら不機嫌そうな顔を隠そうもしないで、

 

 

「……(まぁ、わたくしの仕事に付き添ったお姉様が警備室で『特別警戒宣言』下の防犯カメラにあなたの姿が映っていたのを発見したから心配になって駆けつけた、とは言えませんわね。普通なら)」

 

 

当麻が黒子の方を見ると、彼女はぷいと顔を逸らした。

 

水面下で何が展開されているのか分からないまま、当麻は黒子の<空間移動>について考える。

 

確かにその力を使えば、封鎖された地下街から地上へ抜け出すのも難しくはないだろう。

 

 

―――パァァアン!

 

 

銃声が聞こえた。

 

近い。

 

もう<警備員>とテロリストの大規模戦闘が始まっている。

 

 

「い、いまのって銃声だよね?」

 

「うん、近くなかった?」

 

 

逃げ遅れた人達が隔壁に縋りつくように騒ぎ始める。

 

 

「のんびりしている暇はなさそうですわね」

 

 

黒子はパニックに陥った学生達を一度だけ睨み、

 

 

「ここが戦場になる前に、わたくしの<空間移動>で逃げ遅れた方達を脱出させます!」

 

 

黒子は<風紀委員>としてテロリストを見過ごす事は出来ないが、それ以上に人命の方が重要だと判断した。

 

それに、予定を切り上げて隔壁を下ろしたというのが正しいのなら、もう時間はない。

 

 

「分かった。白井、お前が閉じ込められた人達を脱出させている間は、俺が時間を稼ぐから、お前はあいつらを外に出してやってくれ」

 

 

当麻が言った瞬間、三方向から黒子と美琴とインデックスの手で同時にどつかれた。

 

しょうもない所ばかりで気が合う、とばかりに美琴とインデックスは苦い顔で視線を交わす。

 

実はお前達仲が良いんじゃないのか?

 

あと、ただ1人、風斬だけがツッコミを入れようとしたが勇気が足りずに虚空を泳がせていた。

 

その場の全員を代表するように、美琴は言う。

 

 

「アンタは真っ先に逃げるの。っつかアンタ達がピンポイントで狙われてんでしょうが。1番危険な人物を戦場に残すと思ってんのかアンタは」

 

 

美琴の意見は正しいし、納得できる。

 

しかし、

 

 

「……っつってもなぁ。俺の右手はあらゆる能力を無効化させちまう。たぶん、白井の力も例外じゃねーぞ」

 

 

当麻には<幻想殺し>が備わっている。

 

それがある限り、当麻は<空間移動>で地上へ脱出する選択肢は選べないだろう。

 

 

「俺は白井の力じゃ外に出られない。だから、ここに残って奴の相手をするしかねーんだよ」

 

 

その声を聞いたインデックスは、当麻の腕にしがみつきながら、

 

 

「じゃあ私も残る」

 

 

今度は四方から、当麻と美琴と白井と風斬の手が同時にインデックスをどつき回した。

 

引っ込み思案の風斬も勇気を振り絞ってみたらしく、ギュッと目を瞑ったまま、しかし、的確にインデックスの後頭部にツッコミを入れていた。

 

黒子は両手に腰を当てて、

 

 

「わたくしの力にも限度がありまして……そうですわね。大お姉様の補助がなければ、1度に運べるのは2人が限度でしょう。おチビちゃんが予想以上に重かったら話しは別でしょうけどねぇ?」

 

 

「ふん! あなたにだけはチビとか言われたくないかも! 1番子供のくせに!!」

 

 

「な、何ですって、このまな板が知った口を……!?」

 

 

激昂する黒子を見ながら、美琴は溜息をついて、

 

 

「まーまー、どうでも良いでしょそんなの。一歩離れて見てみりゃどっちも子供よ子供」

 

 

「……」

 

 

さらに一歩離れた高校生の視点、しかも身近にはちきれんばかりのプロポーションを見てきて目が肥えている兄の視点で眺めると美琴も子供に見えるのだが、彼は曖昧な笑みを浮かべたまま黙っている事にした。

 

上条当麻の半分は優しさでできているのだ。

 

ちなみに、彼はもう一歩離れた所に立って当麻達を眺めている風斬氷華が、子供たちを見る保母さんのような瞳をしているのには気付いていない。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「しかし、運べるのは2人までか……そんじゃ、まずはインデックスと風斬から頼む」

 

 

「とうま。それはつまりそこの短髪と一緒に残る、と言いたいんだね?」

 

 

インデックスは微妙に平坦な声でそう言った。

 

突撃準備完了、いつでも頭に噛み付けますといわんばかりに彼女の犬歯がキラリンと輝く。

 

どうやら、当麻の判断に不服らしい。

 

当麻が自分を先に戦場から逃がす。

 

→当麻が宿敵(ライバル)の美琴の方が頼れると判断。

 

→という事は、当麻は美琴の方が詩歌の妹として認めている。さらには……

 

と、言った所か。

 

 

「……あー。じゃあ、美琴と風斬でいいや」

 

 

「ほう。アンタ、そこの小っこいのと残りたい、と。ほほう」

 

 

今度は美琴の茶色い髪が静電気を帯びてふわふわと浮かび始めた。

 

ぱちぱちという青白い火花が、暗闇の中で断続して瞬く。

 

先ほどのインデックスと同様に、

 

当麻が自分を先に戦場から逃がす。

 

→当麻が宿敵(ライバル)のインデックスの方が頼れると判断。

 

→という事は、当麻はインデックスの方が詩歌の妹として認めている。さらには……

 

と、言った所か。

 

残念なことに詩歌ならともかく、美琴とインデックスも当麻の言う事は聞いてくれないだろう。

 

某RPGゲーム、ポケ○トモン○ター風に言えば、詩歌はチャンピオンで当麻はジムリーダーバッジが足りていない駆け出しのトレーナーである。

 

今の当麻でも言う事を聞いてくれて、扱えそうなのは……

 

 

「ああちくしょう! じゃあインデックスと美琴で!!」

 

 

レベルの高いポ○モン(<禁書目録>と<超電磁砲>)はパソコン(<空間移動>)に預けるに限る。

 

当麻が両手で頭を掻き毟りながら叫ぶと、黒子は溜息をついた。

 

 

「はぁ。ではお姉様とチビガキを連れて行きますけれど、私も一緒に飛びますわよ」

 

 

「は? お前が地上と地下を行ったり来たりしても面倒じゃねぇの? 地下に残ったまま1人ずつ地上に飛ばした方が早そうな気もするけど」

 

 

「わたくしが一緒にいた方が微調整が効くんですのよ。適当に飛ばしておいて、万が一、誤差の関係でビルの壁にでも突き刺さってごらんなさい。わたくし、怪しげな人柱なんて作りたくありませんので―――ではお2人とも」

 

 

いがみ合うインデックスと美琴を仲裁するように、黒子はそれぞれの肩に手を置く。

 

 

「あれ? ちょっと黒子! 私は残るってば!!」

 

 

ブン!! と羽音のような音色が響いたと思った瞬間、インデックス、美琴、黒子の3人が虚空へ消えた。

 

消える寸前、美琴が何か喚いたような気がしたが、おそらく後輩の黒子が1人戦場に残って作業を続けるのが心配なんだろうなぁと当麻は考えていた。

 

残された2人、当麻と風斬は自然と天井を見上げた。

 

彼女達は無事に地上へ辿り着いただろうか?

 

 

「まずは2人、か……悪りぃな。お前を残しちまって」

 

 

「……う、ううん。私は別に…最後でも良い、です。それより…あなたの方こそ……」

 

 

「ん? 俺は元から出るつもりはねぇんだ。たぶん……いや、絶対に――が―――来るからな」

 

 

ゴガン!! と再び地下全体が大きく揺れたせいで当麻が何を言ったのか部分部分聞こえなかった。

 

これまでと違って、今度の爆心地は近そうだった。

 

薄暗い通路の先から、何やら銃声らしい爆発音と、人の怒号や絶叫らしき声色まで流れてくる。

 

しかし、

 

 

「悪い、風斬。お前はここで白井が来るのを待っててくれ」

 

 

彼、上条当麻に恐れの色はなかった。

 

 

「え…あなたは……」

 

 

風斬が言いかけた時、さらにゴン!! と地下街が大きく振動した。

 

近づいている。

 

通路の奥から空気が押し出されるように、生暖かい風が吹き込んできた。

 

断続的な銃声も怒号も、徐々にだが鮮明になりつつある。

 

もう、敵との距離は遠くない。

 

当麻は風斬の顔を見ず、目の前の闇に視線を投げると、

 

 

「俺は―――あれを止めてくる」

 

 

それだけ言うと、当麻は風斬の言葉を待たずに闇に向かって走り出した。

 

 

 

つづく


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