とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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正体不明編 放課後

正体不明編 放課後

 

 

 

当麻の高校 職員室

 

 

 

「あっはっはっは! うーん、上条当麻かぁ。確か、今校内で話題になっている上条詩歌のお兄さんだろ。いーなー月読センセのクラスは面白いガキどもに恵まれてんじゃん! ウチはつっまんねぇゆうとうせいばっかだからやんなっちゃうじゃんよ」

 

 

がらんとした放課後の職員室で、黄泉川愛穂は口を大きく開けて思い切り笑った。

 

黄泉川愛穂。

 

教師によって組織された、<警備員>のメンバーで、当麻の高校の女性体育教師。

 

美人であり、スタイルの良い、特に胸は小萌先生の頭ほどある大人の女性だが、本人はその大人の色気には全くの無頓着で年中緑色のジャージを着用している。

 

そのため、多方面からあらゆる意味を込めて『勿体無い女性』という評価を受けている。

 

 

「いやー、それにしても部外者の女の子を校内に招き入れて秘密のお茶会ときましたか! 楽しいじゃんそれウチのクラスでもそんぐらいの無茶してくれるガキはいないもんかね。そういう奴らなら先生も遠慮なく可愛がってやろうじゃんってのに」

 

 

彼女の可愛がるというのは、多少肉体言語的なものが含まれる。

 

高位能力者の学生が相手でも、子供に銃を向けない事が彼女の誇りで、Level3程度なら、銃器を使わずに、盾とヘルメットで(本人談『あくまで防具じゃん♪』)どついて鎮圧する。

またその様から、

 

 

同僚談 『あれはシリアスをコミカルに始末する女だ』

 

 

K.R談 『犯人を野放しにした方が平和とは、恐るべし<警備員>。やはり巨乳は侮れん……』

 

 

H.S談 『確かにATM泥棒って悪い事だと思うんだけどさ。一番ヤバいのはあの巨乳なんじゃね!? あれはか弱い女子供の範疇じゃねえだろ!』

 

 

H.H談 『悪い。浜―、それに駒―のリーダーも。本当にすまない……恋したかも』

 

 

O.H談 『不平等だ! あんな奴がいるから世界がおかしくなって私の胸が……うわーん、カミえもん、カミえもん、<巨乳御手(バストアッパー)>! <巨乳御手>を造ってぇ~! 鬼―家が全面協力するからぁ~』

 

 

と、多方面から恐れられている。

 

しかし、平和主義な小萌先生はそんな暴力教師を迫力のない目で睨みつけると、

 

 

「黄泉川センセー。部外者を校内に入れたあなた方<警備員>にも問題があるんですよ? それから上条ちゃんに手を出しちゃダメなのです! あんまり頭を叩かれたら取り返しの付かないおバカさんになってしまうのです! 上条ちゃんは詩歌ちゃんのお兄ちゃんだから素質はあるはず! 勉強すれば、きっと……………頭が良くなるかも、しれない?」

 

 

「はいはい冗談だって。ったく、あれじゃん。センセは相変わらずクラスの生徒に入れ込む癖が直ってないようじゃん」

 

 

「なっ、い、いいいい入れ込むなんて紛らわしい表現は止めてください! せ、先生はですね、ただ、その、保護者の皆さんから大切なお子さんをお預かりしている以上はですね!」

 

 

「あー泣くな。こりゃあ卒業式ではボロボロ泣くな」

 

 

「ぐっ……ぅぅうううううう!! い、良いじゃないですか泣いたって! 毎年毎年、勝手に涙が出てしまうのですから仕方がないのですよーっ!」

 

 

あっはっはっはーよしよし、と黄泉川が小萌先生で遊んでいると、小萌先生はグルグルと手を振り回して抵抗する。

 

と、そこで黄泉川の携帯が震える。

 

 

「お仕事ですか? <警備員>の」

 

 

「ん、あんま公にはできないんだけど、これからデカイ捕り物があるじゃん」

 

 

言うと、黄泉川は颯爽と立ち上がって、

 

 

「時にセンセ」

 

 

「はい?」

 

 

「1つ確認しときたくてね……上条当麻といた部外者、2人いたじゃんって話なんだけど、“果たして本当に2人いたのかなって”」

 

 

訳の分からない言葉に小萌先生は首を傾げる。

 

 

「それはどういう意味なのです?」

 

 

「ううーん」

 

 

黄泉川は顎に手を据えて考えるポーズを取るがなにも思い浮かばず、

 

 

「ちょろっと厄介な問題かもしれんからさ。報告はまた後で」

 

 

と言って、富川は職員室に入ってくる女子生徒とすれ違って外へ出ていった。

 

 

 

 

 

ゲームセンター

 

 

 

『不味くもないけど美味しくもなかった。うーん、どういう事なのかな。この胸の内に残る、微妙に欲求不満気味なモヤモヤは……』

 

 

『毎日食う為に作られたメニューだからな。美味い不味いより飽きられないように工夫してんだろうさ』

 

 

『え~、しいかのご飯はとっても美味しいけど毎日食べても飽きないんだよ』

 

 

『それは詩歌だからな』

 

 

と、給食への感想を残した後、俺達は地下街にある『内部系』――学園都市内で開発されたもので『外部系』、つまり、学園都市外と比べると2、30年は進んでいる――のゲームセンターで遊ぶ事にした…

 

店内にはハイビジョンや3Dゴーグルを利用したヴァーチャルリアリティ系のゲーム、

 

心拍数や脳波を計測して『腰抜け(チキン)度』が表示されるガンアクションのゲーム、

 

これ一体何なんだよとツッコミを入れたくなるほど採算度外視の奇天烈な馬鹿ゲームなど、

 

ここで人気が高かったゲームを作った研究室には多額の開発費が割り振られるらしく皆さん気合を入れているようです……

 

おかげで……

 

 

『全部! 全部やる!! とうま、とうま! まずはあれからやってみたいかも!!』

 

 

好奇心旺盛の少女が目覚めてしまった。

 

こうなれば、もうこいつは止まらない。

 

まあ、食費や生活費は詩歌が管理してるから大丈夫なんだろうけどさ……

 

はぁ……今日1日で当麻さんのお財布から諭吉さんが1人お引っ越しする事になりました……

 

 

 

 

 

 

 

「ふー。あー面白かった。とうま、私はもう満足満足かも」

 

 

「……あい。上条さんももういっぱいいっぱいですよ?」

 

 

たった1日で今月分の半分を使ってしまった当麻はぐったりと財布の中身を胡乱な眼で見ている。

 

一体どうすれば、諭吉さん、樋口さん、野口さん達が居着くような住みよい住居(さいふ)になるのだろうか?

 

 

「とうま、とうま。次は何して遊ぶの?」

 

 

「……ちょっと休ませてくだせぇ」

 

 

「とうま、もう一周してみる?」

 

 

「止めてください! それやったら間違いなく破産しますから!!」

 

 

どうやら当麻の財布は住居者が次々にいなくなる曰くつきの住居らしい。

 

と、そこでふと詩歌への御土産を買っていない事に気付く。

 

今頃病院で知り合いの面倒を見ている(または振り回している)賢妹。

 

別に何も要求されてないけど、何もないとこっちが心苦しい。

 

普段お世話になっている詩歌の為にも、何か……

 

 

(時計も貰ったしな……)

 

 

当麻は考えを巡らす。

 

以前、土御門が妹に贈るプレゼントはアクセサリーや小物、もしくは化粧品などが良いと言っていたな……

 

でも、確か常盤台って、化粧が禁じられてんだよな。

 

あからさまな口紅やマスカラはもちろん、実用本位の薬用リップやハンドクリームですら対象に入ってしまう。

 

 

『でも、『淑女の嗜み(レディライクマナー)』はやっていますよ』

 

 

『淑女の嗜み』とはリップなどを『常人には見分けが付かない程淡く施す』という常盤台で密かに流行しているスタイルだそうだ。

 

詩歌も化粧に興味があるというわけか……でも、ウチの母さん(詩菜)って、父さん(刀夜)と同年代で30代中盤なんだよな。

 

それで、ほとんど肌の手入れをしていないのに20代に見えるほど若々しく瑞々しい肌を保っている……本当は、年齢差称していないのか? と疑えるほど。

 

だとするなら、その血を継いでいる娘の詩歌に化粧品なんてなくても十分なんじゃ……

 

まあどちらにせよ、化粧品の良し悪しなんて分からないし、化粧品は止めておいた方が良いな。

 

 

(それなら……―――あっ、あれがいいな)

 

 

と、ゲームセンターの景品交換所に目を向ける。

 

このゲームセンター、消費した金額に比してポイントカードが貰え、その貯まったポイント分で景品を交換できるサービスシステムがあり、今手元には8000円分のポイントがある。

 

目星の景品とちょうど交換できるくらいに。

 

すると、風斬が何かを察したのか、

 

 

「……ちょっと、ジュース……飲みに行かない?」

 

 

「え? だったらとうまも一緒に―――」

 

 

「彼の分も、買ってくるの……」

 

 

風斬は言いながらインデックスの手を掴んで、当麻から離れるように歩き出した。

 

当麻は片手で軽く謝るようなジェスチャーをしてから、もう片方の手で器用に財布の中から小銭を取り出すと、風斬に向かって投げた。

 

彼女はややびっくりして飛んできた小銭を受け取る。

 

当麻は彼女達の後ろ姿を見送ってから、貯まったポイントカードを取り出して景品交換所へ―――

 

 

「ん?」

 

 

と、そのタイミングを見計らうように当麻の携帯電話がひび割れた着メロを流し始めた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「とうまは大丈夫なんだよ」

 

 

ゲームセンターの奥にある、自販機コーナー兼喫煙コーナーでインデックスはそんな事を言った。

 

風斬はメガネの奥からインデックスの顔を見て、

 

 

「……え?」

 

 

と小首を傾げる。

 

 

「だから、ひょうかはビクビクしてるけど、とうまは大丈夫だよ。ひょうかの嫌がる事しないから」

 

 

「あ…うん……違うん、だよ? 怖いとか…嫌いとか…そういうのじゃ、ないの……」

 

 

「???」

 

 

「私もよく分からないの……何か…静電気が…いっぱい溜まっているセーターに…触ろうとしているみたいな感じで……」

 

 

「ふうん……?」

 

 

納得できたような納得できないような……

 

そもそも『せーでんき』って何?

 

と、色々と分かっていないがインデックスは適当に相槌を打つ。

 

 

「ジュース……どれがいい? 彼の分も持っていってあげないと」

 

 

「ダメダメ! 私はもうこの手の機械には関わりたくないんだよ! ひょうかがやって!」

 

 

腕をバタバタとさせて拒絶するインデックスに、風斬は苦笑いした。

 

どうもインデックスは、まだ学食の食券販売機の件を引き摺っているらしい。

 

 

「くす……私、初めてだから、どれが良いのか良く分からないの……ボタンは…私が押すから、あなたが選んで」

 

 

「ひょうかは、ジュース飲んだ事ないの?」

 

 

インデックスが何気なく聞き返した。

 

彼女がここで引っ掛かりを感じなかったのは、現代的な知識が欠如している部分があったからだろう。

 

 

「……うん、“今日が初めて”」

 

 

だから、その発言の真意に彼女は全く気付かなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「地下街、だもんなぁ……」

 

 

先ほどかかってきた電話に頭を傾げながら、景品交換所から出る。

 

地下にも携帯電話用の設置アンテナはあるが、逆に言えばアンテナから少しでも離れると携帯電話は使えなくなってしまう。

 

当麻は携帯電話の相手について首を捻って思いを巡らせていたが、ふとその考えを断ち切った。

 

いつまで経ってもインデックス達が戻ってこない事に気付いたのだ。

 

 

(迷子……な訳ねーよなぁ)

 

 

彼は常識的にその可能性を否定したいが、冷静に考えるとインデックスも風斬、2人とも少し常識に疎い気がする。

 

念には念を、という訳で当麻は2人を捜してみる。

 

 

「うぉーい。インデックス、風斬ー」

 

 

当麻は辺りをキョロキョロと見回しながら店の奥へ歩いていく。

 

『内部系』ゲームセンター内は1台が乗用車ほどもある大型サイズのゲーム筐体が並んでいるため、あちこちに死角がある。

 

それら大型ゲームの陰を覗き込むように移動しながら、時々順番待ちをしている学生達に睨まれたりしつつもインデックス達を捜し続ける。

 

そうこうしている内に、自動販売機コーナーの休憩所に辿り着いた。

 

だが、2人はここにいない。

 

当麻は少し困ったような顔をして辺りを見回したが、

 

 

「はぁ!?」

 

 

横をバニースーツを着た5人ぐらいの女子高生が通り過ぎて行った。

 

衝撃映像を前に当麻は思わず肩を震わせたが、当の彼女達は何食わぬ顔で店内を歩いている。

 

やがて、やや古い感のあるプリントシールのゲーム筐体に集まっていくと、笑顔で写真を撮ったりしていた。

 

 

(なんだありゃあ? ああいう貸出サービスもやってんのか?)

 

 

よくよく見てみると彼女達のようなコスプレしている者があちこちにいる。

 

肌の露出は多いが、本人達は楽しんでいるので問題はないだろう、

 

と当麻は視線を逸らす。

 

この辺りにインデックス達がいる様子もないし、1度出入り口かカウンターにでも行ってみようか、と彼は踵を返そうとしたが、

 

 

「うっわぁ、すごーい! マジカルパワードカナミンのドレススーツがある!」

 

 

ふと、耳に聞き慣れた声が届いた。

 

 

「……えっと、あの…もう1度尋ねるけど、本当に、やるの…?」

 

 

間違いなくインデックスと風斬の声である。

 

どこだどこだどこからだ? と当麻が首を巡らせていると、どうも3台並んだ自販機の向こうかららしい。

 

 

「インデックス、そこか?」

 

 

当麻は眉を顰めながら自販機の裏手に回ってみる。

 

と、陰に隠されるように、カーテンで仕切られた試着室らしきものを発見した。

 

割と粗雑な扱いを受けているのか、何かカーテンレールが傾いでいる。

 

カーテンの布地もやや薄汚れた感があった。

 

声はそこから聞こえてくる。

 

 

「でも、これは小っちゃすぎて着られないかも。ここにある服って皆赤ちゃん用なのかな」

 

 

「ん。その、腰の所にある…ダイヤルを、回すの。それで、サイズが変わるはずよ」

 

 

「へ? あ、うわっ!? 何これ、いきなり服が大っきくなったかも!?」

 

 

「えっと…形状記憶、とは、少し違うかな……エアを使っているだと思う。布を作っている糸が…パイプ状になっていて、そこに空気を通して膨張させて、服のサイズを自由に変える事が、できるの……確か、そんな理屈だったと思う、けど」

 

 

(あれ、待てよ。前にもなかったかこんな情景)

 

 

検索中……検索中……――――

 

あの時、保健室で、怒り狂うインデックスを呼びだした時と、同じだ。

 

試着室前まで当麻は歩いていき、仕切りのカーテンの前で立ち止まった。

 

おそらく確実にあの2人だろうが、人違いだったらやだなぁと思いつつ声をかけた。

 

 

「インデックス、そこか?」

 

 

瞬間、『ひぁ!?』、『きゃあ!!』という、いきなり服の中に氷を放り込まれたみたいな短い悲鳴が返ってきた。

 

 

「とっ、とととととうま! なに? そこにいるの!?」

 

 

「えっと、あの…今、開けてもらうと困ります……その、すごく!」

 

 

切羽詰まった声だった。

 

カーテンで視界が塞がれているとはいえ、男から話し掛けられると焦るものらしい。

 

特に普段は蚊の泣くような声しか出さない風斬が大声を張り上げている辺り、彼女は現在、完全無褒美に近い状態にあるようだ。

 

 

『逆だぜよ、カミやん。むしろ、兄として妹の身体くらい知っとかないといけないにゃー』

 

 

その時、当麻の脳裏に幻視が―――

 

 

(……そう言えば、風斬って、詩歌と体型が似ているんだよな。いや、詩歌の方が―――じゃなくて!)

 

 

右手で頭をガンガン殴り、<幻想殺し>で高校生の妄想という名の幻想をぶち殺す。

 

 

「オーケー、当麻さんは保健室の二の轍は踏みませんの事よ。今カーテンを開けるのはヤバい、うっかり転んでカーテンの向こうとかに突撃するとさらにヤバい。りょーかいりょーかい、当麻さんは一度こっから撤回する」

 

 

「あ、うん。分かった、当麻。また後でね」

 

 

「……えっと、私は…着替えた姿も、見ないでいてくれた方が……」

 

 

2人の声を聞きながら、当麻は音を立てぬようにゆっくりと後ろ歩きで3mほど離れてみた。

 

異常なし。

 

試着室のカーテンは鉄壁のようにインデックス達をガードしている。

 

そのとき、

 

 

「なあ、一応この事も詩歌には―――」

 

 

すとん、と。

 

何の前触れもなく、いきなりカーテンが真下に落ちた。

 

 

「は……?」

 

 

元々、乱暴な扱いを受けて斜めに傾いでいたカーテンレールが外れてしまったのだ。

 

まるで布で覆った豪華賞品を紹介する時のように、試着室の中が大公開(フルオープン)される。

 

瞬間、当麻の脳内からあらゆる音が消えた。

 

2人の少女は凍り付いている。

 

彼女達はインデックスがよく見ているアニメ、『超機動少女カナミン』のヒロインと悪役ヒロインにコスプレに着替え………ようとしていた。

 

そう、着替え途中だった。

 

インデックスはスカートがはき終わる寸前で、風斬は……気の毒な事に黒ビキニみたいな防御力0のエロ鎧に着替えようとしていたらしく、胸部装甲(えせブラジャー)のフロントホックが外れており、体を折って腰部装甲(うそパンツ)の両サイドに手をかけて腰まで引き上げるか引き上げないか微妙な所で止まってしまっている。

 

 

『当麻さんのフラグ体質には本当に手を焼かされています。本当に……本当に当麻さんを焼いちゃいましょうか。この私の嫉妬の炎で……』

 

 

永劫に近い数秒の沈黙の後、ようやく彼らの時間が動き出す。

 

インデックスは犬歯を剥き出しにして両目に閃光を宿し、風斬は頭の先まで真っ赤に染まってぶるぶる震えて目尻に涙を浮かべ始める。

 

 

「いや、待て。待って。何か理不尽だ。よし、一度冷静に検証してみよう。俺と試着室までの距離は3mもある。絶対に手は届かないし、手を使わないでカーテンを落とすような能力もない。ほら、だからこれは俺の、せいじゃない、と思うん、だけど、なー……」

 

 

「とうま、じゃあカーテンが落ちた時にこっちに見ていた事は、とうまの過失じゃないの?」

 

 

「あ、あっちを向いていてくれれば……こ、ここまで、ひどいダメージには……」

 

 

涙を浮かべて本気で怒っている時さえ申し訳なさそうな顔をしている風斬は少し新鮮だなぁ、と当麻は現実逃避しながら、

 

 

「えっと、つまり、あれですか。インデックスさん……せめて、詩歌には」

 

 

少年は土下座する。

 

 

「問答無用だね、とうま」

 

 

そして、少女は暴獣(ビースト)となる。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はい、ひょうか。半分こ」

 

 

写真撮影後、彼岸から帰ってきた当麻を他所に、2人は仲良く写真を分け合っている。

 

 

「今度はしいかと一緒に撮りにいこーね」

 

 

裸を見られた+トンデモ写真というダブルショックでトラウマになっているのにもう一度というのはちょっと……

 

と、ごーん、と除夜の鐘みたいな効果音付きで風斬は微妙な笑みを浮かべる。

 

それとは別にインデックスと一緒に撮った写真は宝物のように大事にしまう。

 

 

「なんか、1日があっという間に過ぎていくような感じがするね」

 

 

インデックスは切り分けた欠片を眺めながら、

 

 

「これがガッコー生活かぁ。うーん、いいなぁ」

 

 

「いやいや、現実には退屈な授業とか地獄みてーなテストとかあって、それどころじゃねーけどな」

 

 

記憶のない当麻にはそういった経験はないが、知ったかぶりで話しを合わせておいた。

 

そんな当麻にインデックスは楽しそうな笑みを見せて、

 

 

「それを退屈だと言えるのが、きっとすでに幸せなんだと思うよ」

 

 

「……かもな」

 

 

インデックスは元々住む世界の違う人間。

 

10万3000冊の魔導書を収めたる『魔導図書館』の異名を取る<禁書目録>の時とは違い、普通の年相応の女の子として過ごせるこの時が、争いが無く平和過ぎて退屈と呼べるこの時間が、彼女にとって何物にも代えがたい宝物に見えるのだろう。

 

偶然が、いや、不幸が重なって今は同じ時を過ごす事になった科学側に住むちょっとおかしな右手を持つ不幸な少年と、魔術側に生きる魔術の叡智を守る完全記憶能力を持つ少女。

 

まだ互いに知らない事もあるし……知られたくない事もある。

 

でも、関係は良好であることはハッキリしている。

 

詩歌とインデックスが姉妹のように仲が良い。

 

だから、きっと当麻にとってもインデックスは妹のように見えるのだろう。

 

この妹のような友人との関係を当麻は本当に気に入っており、大切にしたい、と思う。

 

そして、彼女の言うこの退屈な幻想は守ってやりたいと思った。

 

 

「で、とうま。今度はあれやって―――」

 

 

「これ以上は駄目だ」

 

 

だから、彼女にも厳しい現実(当麻のお財布事情)を少しでも理解して欲しいと思った。

 

 

 

 

 

地下街

 

 

 

ゲームセンターで今月分を半分消費した当麻は妹にお小遣いを前借するという未来を回避する為に……まあ、妹からお小遣いをもらっている時点で情けないと思うが仕方がない。

 

不幸体質や経済観念、それに、詩歌の方が稼ぎが大きいのだ。

 

学園都市の奨学金制度はLevelに応じて貰える額が一気に跳ね上がるので、Level0の当麻とLevel3の詩歌とでは相当な差がある。

 

つまり、その奨学金を兄妹で共有している時点で当麻はLevel0にしては贅沢な生活ができるのだ。

 

もし、詩歌と別々に分けていたら生活の質は一気にグレートダウンするだろう。

 

ん? ……あれ?そう考えたら、俺って詩歌のヒモなんじゃ―――

 

そこで当麻は考えを打ち切った。

 

これ以上は精神衛生上よろしくない。

 

そして、これ以上、浪費するのは止めておいた方が良い

 

とにかく、当麻はインデックスと風斬を連れて店の外に出た。

 

あれから結構な時間が経ったはずだが、地下街の活気は衰える事はない。

 

ただ、道行く学生たちの服装が学生服よりも私服の方の割合が大きくなった。

 

きっと、一度寮に戻った学生達が再び地下街に戻ってきたのだろう。

 

地下街は常に一定の環境に保たれているため、こういった部分で時間の経過を実感できる。

 

当麻達は彼らの行動を妨げぬように、壁際に寄って、3人で会話していると、

 

 

「……あれ……?」

 

 

「誰? 今なにか言った?」

 

 

いきなり、インデックスと風斬が不思議そうに首を傾げる。

 

 

「どうかしたか?」

 

 

「頭の中で声が聞こえたような気がしたんだよ」

 

 

(頭の中で、声……?)

 

 

と考えた時、横から高校生らしき女の子が当麻たちを睨んでいる事に気付いた。

 

腕に盾をモチーフにした腕章をつけている事から彼女は<風紀委員>なのだろう。

 

当麻がきょとんとしていると、その少女は何か怒ったような顔をしたままつかつかと歩いてくる。

 

 

「こら、そこのあなた! 人がこんだけ注意しているのにどうしてのんびりしているの! 早く逃げなさい、早く!!」

 

 

いきなり怒鳴りつけられて、当麻はおろか近くにいたインデックスと風斬まで驚いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

テロリストがこの地下街に紛れ込んでいるので、『特別警戒宣言』が彼女の<念話能力>によって発令。

 

902秒後には捕獲作戦が実行される為、隔壁を降ろして地下街は封鎖されるとの事。

 

これから銃撃戦が始まりますので、テロリストに勘付かれないように騒ぎを起こさず、できるだけ自然に避難してください。

 

と、立ち去る前に念話の通じない当麻に向かって、<念話能力(テレパス)>の<風紀委員>はどこか悔しそうに教えてくれた。

 

いや、別に<幻想殺し>があったから聞こえなかっただけで、その少女のせいではないのだが……

 

賢妹と違い、空気の読めない愚兄で申し訳ない。

 

周囲を見回すと、彼女の『声』を聞いたのか、学生達は僅かにどよめきながらも、指示通りにあくまで自然な感じで出口に向かっていく。

 

若干、不出来な避難訓練に見えなくもないが。

 

 

「おいおい、まずいな……とにかくここから出るか。インデックス」

 

 

ヘタなトラブルは回避せよ。

 

当麻はインデックスと風斬と一緒に、この危険な場所から避難しようとするが……

 

 

(……あれ、ちょっと待て。なんかヤバくないか?)

 

 

出口のある大手デパートの階段の手前で、思わず立ち止まる。

 

そこには武装した<警備員>の男達が4、5人固まっていた。

 

おそらく彼らは検閲をやっているのだろう。

 

そうなると不味いのかもしれない。

 

インデックスはこの街の住人ではない。

 

詩歌がしきりに首を捻っていたが、インデックスは臨時発行扱いのゲストIDを持っているものの、その正体が不法滞在者であることに変わりない。

 

もし、<警備員>に詳しく素性を調べられれば、拘束される……かもしれない。

 

平時ならとにかく今は非常時。

 

少しでも怪しいと感じた者は全て調べ上げられるだろう。

 

結果、彼女が部外者である事が発覚してしまうかもしれない。

 

どんな時も泰然自若の詩歌がいれば……

 

 

(しかしまぁ、行くしかねえか。<警備員>の検閲と銃撃戦に巻き込まれるんだったら、まだ検閲の方がマシだ。くそ、それにしたってマイナスとマイナスの天秤って最悪だな)

 

 

多少な危険は伴うが、当麻はとにかくここから立ち去る方を選んだ。

 

だが、そんな彼の考えは強引に断ち切られる。

 

 

 

『―――見ぃつっけた』

 

 

 

日常に紛れ込んだ非日常の声によって。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

それは女の声だった。

 

ただし、壁……にへばり付いた手のひらサイズの茶色い泥、吐き捨てたガムのように見えるそれから発せられた。

 

それの中央には、人間の眼球のようなものが沈んでいる。

 

どうやら、コミカルな不幸ではなく、シリアスな不幸になりそうな予感……そう、戦いの前兆だ。

 

ギロギロと、ギョロギョロと、眼球はカメラのレンズのように忙しなく動き、3人をその瞳の中に映す。

 

風斬は、そのありえない光景にキョトン、と思考が停止している。

 

かくいう、当麻も不幸の前触れだと分かっただけでそれ以上の思考は進める事は出来ない、つまり、停止している。

 

だが、ただ1人、インデックスだけは水面に波紋を起こさないように、静かに、顕微鏡で覗きこむように、詳細にその目玉を眺め、分析し、思考している。

 

泥の表面がさざ波のように細かく揺れ、その振動が『声』を作りだす。

 

 

『うふ。うふふ。うふうふうふふふ。<禁書目録>に、<幻想殺し>に、<虚数学区>の鍵……チッ、一番の標的の<幻想投影>がいねぇじゃねーか』

 

 

その『声』は妖艶な女のものだが、どこか錆びついていた。

 

煙草か何かで喉を押し潰した歌姫を連想させる、退廃的な声は一転、

 

 

『―――ま、こいつらを全部ぶっ殺した後で、また探せばいいか』

 

 

場末の酒場でも聞かれないような粗暴な声色へと切り替わる。

 

当麻は、この現象が理解できないが、インデックスの反応を見て、おそらく魔術だと予測する。

 

そして、インデックスはその期待に1秒も待たずに応える。

 

 

「土より出でる人の虚像――そのカバラの術式、アレンジの仕方がウチと良く似てるね。ユダヤの守護者たるゴーレムを無理矢理に英国の守護天使に置き換えている辺りなんか、特に」

 

 

インデックスの言っている事はほとんど理解できないが、当麻はとりあえず疑問を述べてみる。

 

 

「ゴーレムって、この目玉が?」

 

 

当麻は思わず壁にへばりついている泥の眼球を指差す。

 

確かにそれは吐き気を催すほど不気味な存在だが、かと言って生命の危機を感じるほどでもない。

 

また、彼にとっての『ゴーレム』とは、某RPGゲームのド○ゴンク○ストシリーズにでてくるような岩石でできた鈍重な巨大人形といった所である。

 

しかし、インデックスは泥の眼球を睨みつけたまま、

 

 

「神は土から人を創り出した、っていう伝承があるの。ゴーレムはそれの亜種で、この魔術師は探索・監視用に眼球部分のみを特化させた泥人形を作り上げたんだと思う。本来は1体にゴーレムを作り上げるのが精一杯だけど、これは1体あたりのコストを下げる事で、大量の個体を手駒にしてるんじゃないかな」

 

 

インデックスの解答に、眼球は泥の表面を震わせて妖艶な笑い声を発した。

 

当麻は理屈は分からないが、どうやらこの泥と眼球はラジコンみたいに誰かが操っているものだというのだけは何となく理解して、

 

 

「って事は……この魔術師はテロリストさんって訳か」

 

 

『うふ』と、泥は笑う。

 

そして、

 

 

『テロリスト? テロリスト! うふふ。テロリストっていうのは、こういう真似をする人達を差すのかしら?』

 

 

ばしゃ、と音を立てて泥と眼球は弾け、壁の中に溶けて消えた。

 

瞬間。

 

 

ガゴン!! と。地下全体が大きく揺れた。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

『わーい、って生還した喜びを表しながらミサカはミサカは詩歌お姉様に抱き付いてみる』

 

 

『ううっ//// 落ち着くのです、上条詩歌。そう明鏡止水の心得を思い出すのです』

 

 

『詩歌お姉様。お祝いに病院食じゃなくて、詩歌お姉様の手料理が食べたいなって、ミサカはミサカは我儘を言ってみる』

 

 

『だ、だだ駄目です! たとえ美味しくなくても、病院食というのはちゃんとその人に合った栄養バラバスを考慮に入れていましてね。先生達が打ち止めさんの為に』

 

 

『ねえ、お願い、詩歌お姉ちゃんって、ミサカはミサカは上目遣いで甘えてみる!』

 

 

『はいっ!! もちろんです!! それはもう腕によりをかけて満漢全席を―――ん?』

 

 

『あれ? どうしたの詩歌お姉様?』

 

 

『いえ…ちょっと、ね。虫の予感がしまして……そう当麻さんの近くに――――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――大人のお姉さんが迫っています』

 

 

 

 

 

地下街

 

 

 

地下街全体を、嵐に放り出された小船のような大きな振動が襲いかかる。

 

その衝撃に危機を感じたのか、それまでのんびりと、避難していた人の波が一気にざわめき始め、そして、まるで暴走した猛牛の群れのように出口に殺到する。

 

だが、今度は、低く、重たい音が響き始めた。

 

予定よりも早く、<警備員>達が隔壁を下ろし始めたのだ。

 

洪水の際に地下の浸水を防ぐためか、あるいはシェルターとして使うつもりだったのか、やたらと分厚い鋼鉄の城門が出口を遮るように天上から落ちてくる。

 

そして、それは人混みの最後尾を噛み千切るように、地面に叩きつけられた。

 

あわや押し潰されそうになった、そして逃げ損ねた学生達は混乱したまま分厚い鋼鉄の壁をドンドンと叩いている。

 

出口に検閲を敷いていた<警備員>に詰め寄ろうとする者まで現れる。

 

閉じ込められた。

 

自分達を狙うテロリストのいる閉鎖空間に閉じ込められてしまった。

 

まさかと思うが、相手がこの展開を意図したものなれば、敵は当麻達の立ち位置から建物の構造や人の流れまで把握していた事になる。

 

あの泥の目玉を地下街中に配置した成果だろうか?

 

 

『さあ、パーティを始めましょう―――』

 

 

ぐちゃり、と潰れた泥から女の声が聞こえた。

 

既に壊れた『眼球』の最後の断末魔、ひび割れたスピーカーを動かすように。

 

 

『―――土に被った泥臭ぇ墓穴の中で、存分に鳴きやがれ』

 

 

さらに一度、ひときわ大きな振動が地下街を揺らした。

 

そして、

 

 

「うおっ!!? 急に背筋に悪寒が」

 

 

謎の悪寒が当麻を揺らした。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

『フフフ、私の目がないからと……』

 

 

『ど、どうしたの詩歌お姉様……?』

 

 

『打ち止めさん、いい事を教えてあげます。これは私が母さんから教わった事ですが、夫が妻以外の女性とラッキーイベントを起こしたら、妻は夫を制裁してもいい。これは場合によったら、殺しも可です』

 

 

『なるほどなるほど、とミサカはミサカは勉強してみる』

 

 

……早く誰か止めないと打ち止めの、いや、打ち止めだけじゃなく<妹達>全体が大変な事になりそうだ。

 

 

 

つづく


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