とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 高校見学

閑話 高校見学

 

 

 

とある高校 正門

 

 

 

<一端覧祭>。

 

学園都市で行われる世界最大の超巨大文化祭。

 

<大覇星祭>と違い、外部向けのイベントではなく、入学希望者の学校見学やオープンキャンパスが主な目的である。

 

と、この高校も多くの入学者を確保するために校舎を全面開放している。

 

学園都市の第7学区にあるこの高校は、学生寮があり、電車通学は校則で禁止されてはいるが、スクールバスの利用(学校が経営する料金が馬鹿高い)が推奨されている。

 

制服は学ラン及びセーラー服。

 

もちろん文化祭もごくごく普通で、学園都市の最新技術を用いたものは一切ない。

 

普通過ぎて個性がなく、変則的な造りの学校が多々ある学園都市においてある意味非凡である。

 

で、その高校の正門前――待ち合わせた場所へと、ツンツン頭のごく普通な少年が駆けていく。

 

本来ならもう少し早く到着する予定だったのだが、色々と不幸なアクシデントに巻き込まれ時間をロスしてしまったのだ。

 

 

「うお」

 

 

正門前にできている人だかりを見て、少年は、場所を考えるべきだったな、と溜息を吐く。

 

この人だかりの中心から3mに空白地ができており、それがドーナツの穴のように見える。

 

おそらく、その中心で門に背中を預けて佇んでいる柳髪を腰のあたりで纏めた美少女に、この往来を行き来していた者達が目を奪われ、足を止めてしまった事がこのドーナツ化現象の原因だろう。

 

まあ、分からないでもない。

 

何せその美少女はあの5本の指にも入る名門常盤台中学の制服を着ている。

 

それだけでこのごくごく平凡な高校とはかけ離れた非凡さが窺える。

 

だが、それだけではなく、

 

 

「ふふっ、こんにちは」

 

 

ほろりと微笑む美少女の仕草はいちいち儚く、可憐で、幻想の世界から現世に迷い込んだ姫君のようだ。

 

そして、注目が集まるのに慣れている彼女は、やはりその扱いにも慣れていて、自分に向けられている視線へと絶妙な角度で首を傾げて、無言で、そのとても魅力的な微笑みを返した。

 

それだけで顔を真っ赤にする者も、表情筋をふにゃふにゃと崩壊させる者も、またガッツポーズまで取る者までが出てくる。

 

きっとその者たちは満足したのだろう。

 

そそくさと、手を振って美少女へ別れの挨拶をすると立ち去る。

 

だが、ここは正門前、しかも今はお祭り状態。

 

立ち去ってもまた新しい者達が足を止めていく。

 

これではこのドーナツ化現象はなくなりそうにない。

 

ついでに、調子に乗った野郎が声をかけてくるかもしれない。

 

 

(詩歌に手を出したらただじゃおかねーぞ、こら)

 

 

少年は、ジロリと野郎共に威嚇をしながら野次馬達をかきわけ、ドーナツの穴に踏み込んでいく。

 

 

「あ、当麻さん」

 

 

気配を察した美少女、上条詩歌は、満開の笑みを少年、上条当麻に向ける。

 

喜びの感情に触発されたのか、忠犬が飼い主の帰りを出迎えるように、纏めた後ろ髪がピコピコと揺れる。

 

 

「ちょっと遅れているようなので心配したんですよ。また何かトラブルに巻き込まれたんじゃないかって……」

 

 

「心配させてごめんな。でも、安心しろ。大した怪我は負ってねーから」

 

 

ほっと詩歌は安堵の息を吐く。

 

それを見て、当麻はますます申し訳なってくるが、

 

 

「とりあえず、ここから移動しようぜ」

 

 

「了解です」

 

 

と、周囲から声にならない溜息が起きて、当麻に男共の怨嗟の視線が集中するも、2人は揃って校門を潜り抜けていった。

 

 

 

 

 

とある高校 最上階

 

 

 

周囲が慌ただしく動く中、この学校の制服であるセーラー服を着た少女が窓枠に身体を預けながら、正門を覗いていた。

 

このお祭り状態の最中でも、騒ぐ事なく彼女のペースに変化はない。

 

ゆったりと泰然自若、如何なる時も彼女の時間は一定に進んでいく。

 

が、今の彼女の顔には笑顔が浮かんでいる。

 

周囲の雰囲気に感化されたからではない。

 

今、この校舎に入ろうとする少年と少女。

 

その2人は彼女にとって非常に興味深い存在で、学園都市でも知るぞと知る都市伝説のようなもの。

 

一方は『不幸の避雷針』、もう一方は『幸福の女神』、と刺激的に魅力的。

 

だけれでも、その2人が兄妹であるという事を知る者はあまりいない。

 

何せ外見で似ている所なんてほとんどないし、その在り方が対極的すぎる。

 

たとえ名前を知っても、その姓が同じだけの他人だと思うだろう。

 

けれど、知る者から見れば、その根本は全く同じで、その目は非常に似ている、と評している。

 

そして、彼女は2人が兄妹である事を知る者の1人。

 

でも、実際に会って話をした訳ではない。

 

あくまで知っているだけ。

 

彼女がこの街に蜘蛛の巣のように張り巡らされた情報網からその事実を得たのだ。

 

そして、彼らが兄妹である事だけではなく、その力の事も知っている。

 

学園都市上層部のごく一部がその存在を秘匿している計り知れない力の事も……

 

それでいて、彼らとは一切縁がなく、ただ己を貫き、他者を救っている。

 

それが、とても愛おしく、そして輝いて見える

 

だから、こうして『先輩』として2人が揃って話ができるこの機会に、彼女の心が躍り、その抑えきれぬ感情が無自覚に頬を綻ばせたのだ。

 

 

「これはとても楽しくなりそうな一日になりそうだけど」

 

 

少女は、窓枠から身体を離すと、そのままこの場から立ち去った。

 

 

 

 

 

とある高校 校庭

 

 

 

人混みから抜け出し、ようやく落ち着いた当麻と詩歌。

 

兄妹仲良く並びながら、2人はそこでようやく今日の目的について話し合う事にした。

 

 

「………で、詩歌は何でこの高校に来てんだ? 昨日、俺が進学を希望する高校前に待ち合わせしましょう、ってメールがきてたけど。ここは俺が受験する所でお前が受験する所じゃねーんだぞ。それにお前は常盤台で仕事を頼まれたんじゃねーの?」

 

 

「はい。でも、その仕事は午後からですし、私は当麻さん専属の家庭教師でもあるんですよ。ちゃんと自分の目でも当麻さんの行く先は確かめておきませんと」

 

 

本人よりも気合を入れている詩歌を見て、お前は俺の母親か、と当麻は心の中でツッコミを入れるが口にはしないでおく。

 

 

「まあ、それに今回は当麻さんの高校見学が主な目的ですが、出来れば1人会いたい人がいるんですよ」

 

 

「ん? 誰だよ。ここって学園都市じゃ普通の高校だろ?」

 

 

そうだ。

 

この高校は、妹とは違い、学力が軒並み平均的な当麻のレベルに合わせたとこで、当麻の学力と同じく平凡な学校であるはずだ。

 

が、

 

 

「はい、おそらくは。……でも、ここに『誰もが一目で驚く名教師』がいるそうで、私がお世話になっている綿辺先生も非常に優秀な教師だと仰っていました。確か、『月読小萌』、というお名前でしたね」

 

 

詩歌が、学業の方面、特にAIM拡散力場等、能力について教えてもらった恩師である綿辺という常盤台中学でもベテランの教師から、この高校には、彼女の知り合いで、『誰もが一目で驚く名教師』がいるらしい。

 

なので、将来は教師になりたい詩歌はどんな教師であるのか非常に興味があるのだ。

 

誰もが一目で驚くなんて、並外れた風格の持ち主に違いない。

 

それなのに、一般的な高校に身を置いているなんて、Level0を開花させてきた詩歌とは相性がいいのかもしれない。

 

 

「ふーん。じゃあ、ここって意外とスゲーとこなんだな」

 

 

………と、まあ、確かに『月読小萌』は生徒想いの熱血名教師で、ある意味並外れた風格の持ち主なのだが、詩歌と当麻の予想とは大きく異なる事になり、

 

 

 

「はーい。この高校のパンフレットをお配りしてまーす。是非、皆さん、1部ずつ取っていってくださいー」

 

 

 

その人物は、実は校庭で、2人の近くで生徒と一緒に客引き兼案内をしているのだが気付いていない。

 

 

「はい、だから是非その『月読小萌』先生には挨拶をしておきたいですね」

 

 

と、そこで、詩歌は話を変える。

 

 

「さて、当麻さん、人付き合いは最初が肝心です」

 

 

「まあ、良く第一印象は重要だって言うしな」

 

 

当麻もふむふむと頷く。

 

まだ少し早いかもしれないが、この前の模試でもA判定が取れた事だし、来年の春になれば、この学校に通う事になるだろう。

 

なので、今ここで模擬店を開いている学生は当麻の先輩となる確率が高い。

 

ここで印象を良くしておけば、長いようで短い高校生活、幸先の良いスタートダッシュが切れるかもしれない

 

 

「はい! ここは後輩だからと舐められないよう周りの人たちの度肝を抜いてやりましょう!」

 

 

パン、と両手を揃えると詩歌はにんまりと笑みを浮かべて、

 

 

「ふふふ、こうすればあら不思議♪」

 

 

ぎゅっ。

 

と、倒れ込むようにして、当麻の右腕に抱きつき、

 

 

「この学校で当麻さんは彼女持ちのリア充に早変わり♪」

 

 

詩歌は機嫌よく目を細め、蕩けるような笑顔を浮かべながら当麻の肩にすりすりと頬ずりを繰り返す。

 

が、

 

 

「いやいやいやいやいやいやいや、それは流石にねーよっ!? つーか、そんなことしたら当麻さんは変態シスコン野郎じゃねーかっ!?」

 

 

一瞬、ドキッとしたが、当麻はすぐに距離を取ろうとするが、見た目に反して腕力のある詩歌はがっちりと腕から離れない。

 

 

「大丈夫ですよ。私達ってあまり似てませんし、兄妹だという事を隠しておけばいいんです。後は、校内を巡りながら、当麻さんが、『俺にはとても可愛い彼女がいるんだぜ。悔しかったらテメェらも作ってみろよ、あっはっはっはー』って、自慢すれば間違いなくリア充として見られますよ」

 

 

「それ間違いなく喧嘩売ってっからっ! 度肝を抜いてっけど、先輩達に喧嘩売ってるからな、それっ! 当麻さん、入学して初日で体育館裏に呼び出されっから!」

 

 

うん。

 

確かにそうなれば当麻の高校デビューは開始早々壮絶なものになるだろう。

 

今でも、どこからか怨念混じりの視線が当麻の背中に突き刺さっている。

 

こんな可愛い美少女にベタベタに甘えられていれば、それはもう仕方のないことだろう。

 

 

「そうなれば、当麻さんの魔王伝説の始まりですね。呼びだした先輩を返り討ちにし、初日でここのトップに君臨。附近の学校を徐々に勢力下に置きながら、やがては学園都市全域を支配する魔王へ……」

 

 

「詩歌さん詩歌さん。あなたは当麻さんを過剰評価し過ぎではないでしょうか! つーか、お兄ちゃんは平凡な生活を望んでます」

 

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと私が影からサポートして見せますから。いや、もうこうなれば当麻さん。いえ―――」

 

 

と、そこで頬ずりを止めて、身体を起こすと表情をキリッと引き締め、

 

 

「―――当麻様。貴方を世界の王へとしてみせましょう!」

 

 

「スケールがデカイ! 何でこんなにスケールが大きくなってんの!?」

 

 

「夢は大きく。少年よ大志を抱け。目指せ世界征服、ですね?」

 

 

「大き過ぎるわっ!! いや、もう、マイシスター、いったん話を戻そう」

 

 

今日の妹はいつもよりボケている。

 

おそらく、ここ最近は<一端覧祭>の準備であまり会えなかったのが原因なのだろうか?

 

そう、今の詩歌は当麻成分(トウマニウム)欠乏症に陥りかけていた。

 

ついでに、ここで自分が隣にいる事をアピールすれば、余計な虫がくっつく恐れも少なくなる。

 

当麻の一年後には詩歌もここに来る予定だが、その目を離した一年で当麻に彼女ができてしまえば元も子もない。

 

先輩=年上のお姉さん。

 

そう妹の自分では、決して持ち得ない武器を持っている強敵に余計なフラグが立つ前に、軽いジャブを入れておくのも今回の詩歌の目的の1つである。

 

 

「はい、わかりました。では、私と当麻さんが恋人に―――」

 

 

「違う!!」

 

 

「では、バカップルですか? 肩を抱き寄せたり、身体をくっつけてスリスリしたり、もにょもにょしたり、挙句の果てに、こ、公共の場で……き、キス、したり?」

 

 

「お兄ちゃんの話を聞いてましたかっ! 流石にもうこれ以上はツッコミしきれませんよ!」

 

 

 

 

 

 

 

何はともあれ、当麻は詩歌と距離を取る事に成功した。

 

まだ本格的な冬の寒さになってはいないけれど、今は11月。

 

でも、抱きつかれたおかげで身体は暖まってきた……のだが、やはり、妹とはいえ美少女にくっつかれるのは心臓に悪い。

 

ついでに、妹の胸元は標準を大きく上回っているし……

 

 

(はぁ~、当麻さんならきっと身も心も受け止めてくれると思ったのですが……)

 

 

顔を赤くしている当麻を他所に、詩歌は不満たらたら、ジト目で当麻を見つめる。

 

こちらは若干、当初の当麻の高校見学の目的を忘れ気味である。

 

 

(ったく……本当に苦労する)

 

 

けれども、やはり当麻から見れば詩歌は可愛い女の子だ。

 

こうした不満気な顔も愛おしく見える。

 

先ほどの会話だって、疲れたけど楽しかった。

 

そして、こうして隣を歩いているだけで幸せになれる。

 

上条当麻はフッと笑みを浮かべる。

 

 

『俺にはこんなにも可愛い自慢の妹がいるんだぜ』と、言わんばかりに……

 

 

 

 

 

 

 

「入学希望者はお昼から説明会をしますから是非来て下さいねー」

 

 

で結局、2人は最後まで彼女に気付く事はなかった。

 

 

 

 

 

とある高校 校舎内

 

 

 

香ばしい匂いや甘い匂い。

 

外からも聞こえる賑やかな喧騒。

 

さて、模擬店を覗きつつ当麻と詩歌は校内を散策するも、これと言った特徴がなくごくごく普通の高校の文化祭だ。

 

お得意の笑顔でおまけしてもらったそば飯を片手に校内を巡る。

 

そこで、時々、射的や輪投げ、お化け屋敷など定番所をちょくちょくと覗く。

 

 

「ふふふ、楽しいですね、当麻さん」

 

 

詩歌が当麻に満面の笑みを向ける。

 

ここ最近、当麻が今年、受験生と言う事もあって2人で遊ぶ機会がめっきりと減った。

 

だから、この時間は詩歌にとって、そして、当麻にとっても貴重だ。

 

こうやって、彼女と過ごす平凡な日々こそが上条当麻の望みである。

 

と、そこで、

 

 

「そういえば、『月読小萌』先生は一体どこにいらっしゃるのでしょうか?」

 

 

でも、尋ね人である『月読小萌』の姿は見つからない。

 

ここの学生に訊いてみたが、どこにいるかは分からない。

 

一応、校舎全体をぐるっと回り、昇降口に戻ったのだが、見かけた大人の教師と言えば、ジャージを着た見事なスタイルを持つ女性と、ゴリラのように強面で巨漢の男性と、逆三角形の眼鏡をかけた厳格そうな女性。

 

残るは校庭ぐらいだが、そこにはおそらく誰かのお子さんだろうか。

 

可愛い幼女が元気よく働いているのを除いて、目立つような人間はいないし、大人の教師なんていない。

 

一体どこにいるのやら……

 

でも特徴なら教えてもらった。

 

 

山盛り灰皿(ホワイトスモーカー)と呼ばれるほどの喫煙愛好家。

 

・この高校でも古参の方で、意外に年齢は高いが数学的にありえないほど若々しい。

 

・そして、誰も彼女には逆らう事は出来ない。

 

 

何となく、ジャージを着た先生がそうなのか、と思ったのだが、『違うじゃん。ほら、小萌先生は今も多分校庭にいるじゃんよ』と言われた。

 

が、やはり、そこには幼女以外目立った人物はいない。

 

それにそろそろ詩歌は常盤台中学に行かなければならない時間だ。

 

そう、彼女とふたり、水入らずで過ごす事をより一層痛感させられる。

 

それもしばらくぶりのふたりきりだと思うと、余計に。

 

 

「なあ、詩歌」

 

 

「はい、何でしょう当麻さん?」

 

 

「ありがとな」

 

 

「えっ?」

 

 

「ありがとう詩歌。お前がいてくれるから、上条当麻は今の上条当麻でいられる。例え何があっても、お前がいてくれるなら、上条当麻は変わらず、どんな不幸にも負けないでいられる。本当に感謝してる、心の底から」

 

 

いるだけで、ありがたい。

 

上条詩歌と言う、どこの誰よりも頼りになる最高の味方で、どこの誰よりも心配してくれる最愛の家族がいる。

 

兄妹と言う絆を持った存在が自分の側にいてくれる。

 

でなければ。

 

どうして、家族を除いて誰からも迫害された『疫病神』が、誰かの為にどんな不幸も討ち払えるほど強くなろうだなんて思えるものか。

 

 

「一体何ですか急にわざわざ改まって、そんな言うまでもないことを」

 

 

「そうか? そうでもないような気がするけど」

 

 

「いえいえ、当麻さんは鈍感で、馬鹿で、ドジで、鈍感で、いっつも変てこなトラブルに巻き込まれて大変だったり、女の子に弱くて、記念日なんて忘れちゃう甲斐性無しで、乙女心にちっとも気付かない鈍感で、いざという時にしか頼りになりません」

 

 

「……当麻さんって、そんなイメージで見られてたのか? 相当ショックなんですけど」

 

 

「でも、詩歌さんは、そういう当麻さんを全力で尊敬しています。だから、感謝の言葉なんて必要ありません。上条詩歌はこうして世界一格好良いお兄ちゃんと過ごせるだけで幸せなんですから」

 

 

その本当に、素直な微笑みを見て、当麻もまた自然と笑ってしまう。

 

彼女の期待に自分がどれだけ応えられるか分からない。

 

でも、どうやら不満も沢山あるようだけど、頑張ろう、と思う。

 

その尊敬に値する愚兄として、頑張りたいな、と思う

 

ああ、そうだ。

 

この先の高校生活でとんでもない不幸に巻き込まれても上条当麻は、

 

 

(……不幸じゃない)

 

 

願わくば、高校生活でも詩歌とこんな他愛のない時間を過ごせますように。

 

そして、名残惜しつつも、そろそろ時間だと―――と、

 

 

 

「そこの兄妹。何かお困りのようなら先輩が手伝ってあげるけど」

 

 

 

その時、背後から声をかけられた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

カチューシャで長い黒髪をまとめ上げておでこを出し、冬服を着ているのだろうがサイズが小さく、さらにはその豊満な胸元の膨らみに引っ張られ、時々チラリとおへそが見える。

 

飄々としていて、どことなくミステリアスな雰囲気を漂わせている。

 

だが、この高校の制服を着ている事から分かるように、彼女はおそらくこの高校に在籍する先輩だ。

 

だけど、合わない。

 

彼女の風格はこの高校の平凡さとは合わない。

 

詩歌の常盤台中学での先輩のお嬢様よりも、格が上に思える。

 

 

(いや、そんな事よりも先輩だと言う事は……)

 

 

何となくだが傍若無人な先輩キャラっぽく、兄の好みである寮の管理人のお姉さんタイプとは違うかと思われるが………先輩=年上のお姉さん。

 

自分にはない武器を持っている。

 

色々と危険な相手だ。

 

詩歌の警戒レベルがぐんぐん上がっていく。

 

 

(これはしっかりと分析しなくては―――と、ん……? 何となくですけど誰かと似ているような……)

 

 

と、心の中で詩歌が首を捻っていると

 

 

「考え事をする余裕はあるのか? 急いでいると思ったんだけど」

 

 

「あ、いえ先輩。ちっと、人捜しをしておりまして、『月読小萌』先生って方がどこにいるかしりませんか?」

 

 

当麻の問いに先輩が、

 

 

「ああ、『月読小萌』教諭なら、あそこにいる幼女がそうだけど」

 

 

と、校庭、そこで元気よく、でも今は若干バテ気味の幼女を指さす。

 

そう、先ほどから2人がスルーしていた見た目が小学生の女の子が『月読小萌』。

 

 

「はっ、はは、冗談ですよね、先輩?」

 

 

「いや、本当だけど」

 

 

バッサリと切り捨てた。

 

その冗談が一切ない真顔から嘘ではないと分かる。

 

『誰もが一目で驚く名教師』

 

……納得だ。

 

確かに一目で驚く。

 

一応、2人の母親、上条詩菜も年齢的に見てありえないと思うほど若々しいのだが、月読小萌はそれ以上。

 

今日、当麻は世界の広さを知った。

 

と、絶句している当麻を他所に詩歌はただ先輩の顔を見ていた。

 

それに、気付いたのか先輩の方も余裕をもった笑みで詩歌と視線を合わせる。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

そして、数秒、けれども、体感時間的に一時間に匹敵するほど見つめ合った後、詩歌はおもむろに口を開く。

 

 

「……雲川、芹亜さん、でしょうか?」

 

 

その問いに先輩は口角を吊り上げ、

 

 

「そうだけど」

 

 

と、そこでようやく当麻は2人に気付く。

 

 

「え? もしかして、詩歌は先輩と知合いなのか?」

 

 

「違います。この前話した雲川鞠亜さんのお姉さんです。会った事はありませんが、少し話には聞いていましたので、もしかして、っと思ったのですが―――と、これは失礼しました。初めまして、上条詩歌と言います」

 

 

「あ、初めまして、上条当麻と言います」

 

 

2人は揃って頭を下げる。

 

それを見て、先輩――雲川芹亜は余裕をもった態度で、

 

 

「ああ、こちらもよろしく」

 

 

頭は下げないものの挨拶を返す。

 

尊大な態度ではあるが彼女の方が先輩なのだ。

 

と、ここで、『では、ありがとうございました』、とお礼を言って、小萌先生の所に向かいたいところなのだが、詩歌としては、この“1つ不自然な単語”を口にした先輩、雲川芹亜の事が気になる。

 

そんな詩歌の心境を察したのか、そして、こちらも興味があるのか今度は芹亜から口を開く。

 

 

「上条詩歌、か。と言う事は、君がウチの妹を泣かしたのかな?」

 

 

「おい、詩歌。お前、一体先輩の妹さんに何をしたんだ!?」

 

 

思わず、当麻は詩歌に詰め寄る。

 

 

「え、っと、ですね……」

 

 

詩歌がそれに答える前に、芹亜が続けて、

 

 

「いや、泣かされたと言っても、単に悔し涙で、貴重な経験をさせてもらったことを感謝してるくらいだけど。まあ、妹が同年代の女の子にああまでプライドをへし折られたのは初めてだけどなぁ」

 

 

これは、後ほど詩歌に聞いた事なのだが、かつて繚乱家政婦女学院で詩歌がメイドの体験学習をしていた時、そこで知り合った雲川鞠亜という天才メイドと、メイド5本勝負(裁縫、料理、掃除、教養、格闘)をしてみた結果、僅差であったものの詩歌が5本全て勝ち取り、完全勝利を収めたのだと言う。

 

鞠亜は、『プライドの崩壊を招きやすい不測の事態や窮地に対する免疫を作る』という独特な思想を持ち、自ら『プライドが折れない程度に傷つける』のを心掛ける事で自分の強度を上げている。

 

けれども、流石に完全敗北、しかも同年代の女の子にやられたのは傷つくどころか、へし折られた。

 

おかげで、しばらく、詩歌が体験学習している間は、天才だと自称するのは自粛し、本気で凹んだ。

 

まあ、今は骨折しても折られる前以上に太い骨になるように、彼女のプライドも復活し、強い免疫ができたと喜んでいる。

 

 

「そうですか……」

 

 

とりあえず、当麻は妹が先輩の機嫌を損ねたのではないと知ってほっとする。

 

そんな当麻に芹亜はくすくす、と笑い、そして、詩歌に、

 

 

「妹の事もあるしな。うん、気に入った。私の事は『先輩』ではなく、『お姉さん』と呼んでも構わないけど」

 

 

「いいえ、遠慮しておきますよ、『先輩』」

 

 

即座に。

 

いや、反射的にバッサリと切り捨てた。

 

その態度にちょっと驚いたように、眉を動かし、笑みを崩す。

 

詩歌の脳裏には彼女に対する宿敵危険度指数が、今まで会ってきた中でトップ。

 

文句なしのトップに輝いている。

 

ここは色々と舐められないように2,3発牽制を入れ―――

 

 

―――ブブブブ……

 

 

アラームが鳴る。

 

予め設定していた携帯のアラームが鳴る。

 

詩歌はくっ、と悔しそうな表情を浮かべる。

 

時間切れだ。

 

今、目の前にいる雲川芹亜は色んな意味で危険人物ではあるが、恩師である綿辺先生や、師匠である寮監から仕事を頼まれている。

 

彼女達の信頼を裏切りたくはない。

 

 

「予定が詰まってるみたいだけど」

 

 

と詩歌ににやり、と笑いかけると、今度は当麻の方へと顔を向け、

 

 

「それでは妹さんが帰るようだけど、私が『先輩』として案内をしてあげよう。それに同じ妹を持つ者として色々と語り合いたいんだけど」

 

 

なっ、と今度は詩歌が笑みを崩す。

 

 

(この(わたし)を取っ掛かりにした、だと!? こ、こんな屈辱は初めてです!!)

 

 

某ロボットアニメ、ガン○ムで、黒の三連星のジェットストリームアタックを相手を足場にして、攻略したように雲川芹亜は妹(詩歌と鞠亜)という共通の話題に上げる事で上条当麻の好感度を上げるのか!?

 

 

「え、良いんですか、先輩」

 

 

当麻が相好を崩す。

 

彼の本来の目的は、妹との交流ではなく高校見学。

 

しかも、それが美人な先輩、もといお姉さんだとするなら青少年としては喜びたくなるのも無理はない。

 

それに、

 

 

「ああ、もちろん。私にも優秀な妹がいるのだが、それでも気苦労は耐えなくてね。この機会に苦労話とかを分かち合いたいんだけど」

 

 

共通(いもうと)の話題。

 

人と人がお近づきする際、共通の話題とはつまり世界観を共通しているようなものであり、とんでもないアドバンテージなのだ。

 

 

「そうなんですか。いや~、ウチの詩歌も………」

 

 

駄目だ。

 

もう、詩歌では2人の話題に入れない。

 

これで無理にでも引っ張れば、と思うのだが、嬉しそうに会話をする当麻を見るとそうする事もできない。

 

精一杯の反抗として、むーむーとほっぺを膨らまし両手をグーにしてブンブンと振っている………と心のうちで思いながらも表面上は笑みを崩さず、精神上の内なる詩歌の思念を送っているのだが、鈍感には病的なまでに定評がある愚兄にはこの『もっと構ってと言いたけど不満を表に出す事もできない』という微妙な乙女心を分かるはずもなく、

 

 

「おや? 早く行かないと間に合わないと思うけど」

 

 

「あ、詩歌。手伝い頑張れよ」

 

 

そう、もう詰んでいるのだ。

 

これは『魔女』だ。

 

『姫』ではなく『魔女』だ。

 

詩歌の中で雲川芹亜は危険度Level5に認定。

 

 

「……当麻さん、くれぐれも“先輩”に粗相がないようにお願いします」

 

 

抑揚のない声で、しかし、『先輩』の部分だけ強調させて、そう言い残すと踵を返す。

 

たとえ危険度Level5だろうが鉄壁の鈍感である上条当麻が1日で落ちるはずがない。

 

そして、彼女が『何故、外見では兄妹だとはまず思わない自分達の事を兄妹だと知っていたのか?』が気になるが……敵ではないだろう。

 

彼女から感じるのは、敵意とは真逆の好意的な感情だ。

 

まあ、好意的であってもそれはそれで困るのだが……

 

とりあえず、この高校に強敵がいる事だけ分かっただけでも収穫はあった。

 

 

「“先輩”も今日は色々とお話できて楽しかったです。“兄妹”共にいい経験になりました」

 

 

詩歌がどことなく悔しそうに帰るのを見て、わざと怪しまれる発言をしたのに結局は信じてしまう彼女とそれを支える愚兄の姿を見て、けらけら、と芹亜は笑うと、

 

 

「やっぱりあなた達兄妹は面白いんだけど」

 

 

確信する。

 

彼らはやはり愛おしい存在であったと。

 

 

 

 

 

 

 

その後、当麻が高校から帰って来て、寮に戻ってきたら巨塔のようにそびえ立つテキストの山……と、にっこりと笑いながら鞭を持つ恐妹……

 

 

『当麻さん、長点上機学園を目指すつもりで頑張りましょう』

 

 

『いやいやいやいくらなんでも無理でございましょう!? 『5本の指』の一校なんて当麻さんはLevel0でありますよ!!』

 

 

『大丈夫。あそこは能力以外でも一芸が突出していれば行けます』

 

 

『いやいやだからな、詩歌は余裕で行けるかも知んねーけど当麻さんは詩歌と違ってそれほど頭が良い訳じゃ』

 

 

『あくまで“目指す”つもりです。目標は高く設定しておいた方が人は成長しますからね』

 

 

『いやいくら何でも素人に普段着でエレベスト登れっつうくらいに高過ぎるから! っつうか、当麻さんはもう勉強しなくてもこのままなら』

 

 

『そんなに“雲川先輩のいる高校が気に入った”んですか、当麻さん?』

 

 

『え、っと、先輩として親切に面倒見てもらっただけで、まあ先輩は美人だったしああいうのがミステリアスなお姉さんなんだなって思ったり、色々と案内してもらいながら妹の会話が弾んだような気がしなくもなく、ちょっぴりいつもの不幸アクシデントに巻き込まれて抱きついたりしちゃっても『あっはっはー、やっぱり君は面白いなー! うん? 無事合格できたらお姉さんと付き合って欲しいんだけど』って気さくに冗談言って笑い飛ばしてくれて、一学生の当麻さんは改めて良い先輩のいるあの高校に行きたいな~とか考えましたけど、それほどじゃあありません事よッ? はい、全然告白なんて本気にしておりません!?』

 

 

『うんうんよ~~~~っく、わかりました! それならもうワンランク上の高校を目指しても何の問題はありませんね!』

 

 

『は、はいであります!』

 

 

そして、始まった地獄の受験勉強。

 

そう詩歌は雲川芹亜を色んな意味で恐れて、あの高校よりももう1つ上の学校を目指す事にしたのだ。

 

当然、A判定も貰ったし苦手な勉強はしなくても、と思っていた当麻は反対の声を上げるが、詩歌の“とても優しい笑み”を見て、結局、勉強に励む事になる。

 

そのおかげで当麻の学力は徐々に上がっていったのだが、不幸にも、または運命なのか、肝心の受験票を落とし、さらにはマークシートの解答を一個ずらすとんでもない大ポカをやらかし、呆気なく撃沈。

 

結局、当麻はあの高校へと進学する事になってしまったとさ。

 

 

 

つづく


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