とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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夏休み最終日編 己の為に

夏休み最終日編 己の為に

 

 

 

???

 

 

 

「くっ、やはり、折れてはいないが左腕の骨に罅が入っているな」

 

 

インデックスを攫った男の名は、闇咲逢魔。

 

季節を問わず真っ黒なスーツに身を包み、傍から見れば葬儀屋に間違われるかもしれないが生粋の日本の魔術師である。

 

何事にも動じない屈強な精神を持ち合わせており、喜怒哀楽と言った感情を表に出す事は極めて稀。

 

その堂々とした立ち姿からは荘厳さが感じられる。

 

先ほども陽菜との戦闘の際も常に涼やかな表情を浮かべており、その冷静な思考により戦場から脱し、多少の犠牲はあったものの目的のものを手に入れる事ができた。

 

その目的のもの<禁書目録>、インデックスはロープで縛ってそこらに転がしてある。

 

だが、闇咲は頭上、遥か天高くを仰ぎ見ながら舌打ちをする。

 

科学技術の最先端が詰め込まれた学園都市。

 

外よりも遥かに進んだ技術を守るため、警備は非常に厳重。

 

魔術的防御は皆無に等しいが、周囲が高さ5m、厚さ3mの壁に覆われている上、街全体を人工衛星によって常に監視させられている。

 

何の音沙汰がないとはいえ、学園都市の上層部が無能とは思えない。

 

科学側とはいえ、この子の、<禁書目録>の魔術側における重要性は分かっているはずだ。

 

つまり、自分は泳がされている。

 

 

(構わない。ならば欲する物を手に入れ罠を掻い潜るまで)

 

 

最初から覚悟はしてきた。

 

無論、今こうして怪我しているのも計算の内。

 

ゆっくりと息を吐き、今まで閉ざされていた両の眼を静かに開けた。

 

そこには意外な事に平凡な、自らを魔術師と名乗る戦闘のプロとは思えないほど純粋な少年のような瞳があった。

 

そして、闇咲は写真、1人の女性が写っている写真を取り出す。

 

どこかの術師の恨みを買ったのか、また、その手の血筋の者かは知らないが写っている女性は呪禁道の厭魅術によってその身を蝕まれている。

 

現在は病院に入院しているようだがおそらく助からない。

 

なぜなら、科学、現代医術では呪いを解明する事はできない。

 

このまま木の根が養分を吸い取るようにゆっくりと確実に生命力を失っていき、やがては死に至るだろう。

 

さて、闇咲にはこの女性は赤の他人。

 

別に助けてくださいと言われた訳ではない。

 

その女性がした事と言えば、時たま一緒に会話をしたり、疲れたような微笑みを向けるだけ……

 

だから、こうして命懸けで救う術を見つけようとするのは、このつまらない女の為ではない。

 

己の為だ。

 

女の事はどうでもいい。

 

ただ、魔術師なのだから何でもできるという己の尊厳を守るためだ。

 

こんな女を救える事が“できなかった”では己の魔術師としての尊厳に傷がつく。

 

そうこれは全部己の為。

 

 

「……ふん」

 

 

写真を仕舞い、両目を再び閉じる。

 

五感が強化されている闇咲にとって、視界を塞がれても何ら支障もない。

 

顔を上げた先に、インデックスがいた。

 

床に転がしたはずなのだが、いつの間にか起き上がって不満そうな顔で胡坐をかいていた。

 

 

「ほう、驚いたな。この短期間で結び目を2つも解いたのか。縄縛術は私の専門ではないが、それでも下級妖物ぐらいは縛れるものだと自負していたのがね」

 

 

インデックスの身体を縦横無尽に縛り付けているのは注連縄。

 

簡単な話、今インデックスは小型の簡易結界に囚われている。

 

全身を結界で雁字搦めに縛られ、身体の自由を奪われているインデックスは、闇咲を睨むことしか出来ない。

 

だと言うのにインデックスの表情には恐怖の色がない。

 

 

「縄は日本が生んだ独自の拷問文化だけどやり方が雑なんだよ」

 

 

拷問、その言葉をインデックスは何でもない事のように普通に口にする。

 

拷問とは人に肉体的苦痛と精神的苦痛を効率良く与える方法の事でインデックスのような少女が普通に口にしていいものではない。

 

だが、10万3000冊の魔導書を守り続けるインデックスにとって、その手の危機は常に付きまとっている。

 

よって、ある程度の耐性があり、特殊な呼吸法によって、意図的に貧血状態を作り出し、痛覚を鈍らせる術も身に付けている。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

『フフフ、竜神家に伝わる裏整体術48手の1つ、極楽浄土です』

 

 

『何この複雑怪奇な関節技! 完璧に極まってんぞこれ! つーか、裏整体術ってなんだよ! そんなの初めて―――』

 

 

『死んだ方がマシな痛みが伴うまるで拷問みたいで、天国行きな整体術です、よ!』

 

 

『人…体………は……そんなに………曲げたり……捻った…ら…駄…目……ぐ……は―――』

 

 

 

―――ゴキッ メキョ グリグリ メキメキ ボキッ    スゥーーー

 

 

 

当麻の体力が大幅に回復した。

 

当麻の怪我が治った。

 

当麻の苦痛に対する耐性が上がった。

 

当麻の守備力が上がった。

 

当麻の精神力が大幅に上がった。

 

詩歌の評価が若干上がった。

 

当麻のやる気が下がった。

 

インデックスのSAN値(正気度)が大幅に下がった。

 

スフィンクスの詩歌に対する評価が神レベルに達した。

 

 

 

 

 

 

 

ある少年が少女によって拷問の域を超える拷問を間近で見せつけられている事によって若干、SAN値が下がり、精神的苦痛にも耐性ができている。

 

……まあ、だからといって、少女である事に違いはない。

 

実はインデックスは知らないが、もう1つのセキュリティがあったのだが、それは先ほどの少年の右手によって破壊されてしまっている。

 

 

「落ち着いたものだな。流石は異端尋問に特化した<必要悪の教会>の人間という事か」

 

 

と、僅かに嘆息し、

 

 

「言っておくが君を拷問するつもりはない」

 

 

声に虚偽の色は一切含まれておらず、インデックスは面を喰らってしまう。

 

敵のくせに素直すぎる。

 

対して、闇咲はポーカフェイスの涼しい表情を崩さない。

 

 

「もっとも、君の中にある魔道書を手に入れたいのは事実なのだがな」

 

 

インデックスの役目は10万3000冊の魔導書を守ること。

 

自分の為に、組織の為に、そして……

 

 

「何やったって私は喋らないんだよ!」

 

 

「さて、喋りたくなければ、それでも構わんさ。引き出して見せよう。君の中の10万3000冊の魔導書を――――」

 

 

 

 

 

街中

 

 

 

(くそっ、インデックスの奴、こう言う時の為に携帯を持たせたっつうのに。詩歌にもう1度連絡してみるか)

 

 

しかし、繋がらない。

 

インデックスにも電話が繋がらないが、詩歌にも繋がらない。

 

いつもは3コールもしないうちに出るのに、電源でも切っているのか?

 

何にせよ、詩歌の力を頼る事はできない。

 

自分1人でインデックスを救わなければ。

 

しかし、今の自分にできるのは足を使う事だけ。

 

 

(女の子を1人連れてんだ。そう遠くへ入っていないはず)

 

 

街灯の光を頼りに走り回る。

 

路地と言う路地を覗き込み、インデックスの姿を探す。

 

途中、

 

 

『やっと見つけたわよ。あの後私を置いてニセ海原とさっさと逃げちゃってさ。アンタ昼間は何があったの? なんかビルの倒壊に巻き込まれたみたいだけど、怪我とかない訳? 全く、無事なら無事って連絡入れなさいよね! ……ん? アンタ私の番号知らなかったっけ』

 

 

と御坂美琴に会ったが急いでいるので立ち止まらずダッシュ。

 

 

『ふざ…っけんな―――いつもいつもいい加減にしろアンタはあああ!!』

 

 

と言いながら電撃を放ってきたが右手であしらいつつ適当に相手しながらダッシュ。

 

 

『なっ……ちょっと! アンタ本気で行っちゃう訳!? ねぇってば!!』

 

 

何故か顔を赤くさせながらもじもじしていたがスルーして、ダッシュ。

 

後ろで騒いでいたので今度会ったら勝負事になるかもしれない。

 

さて、ご飯時も過ぎた事もあって、学生はおらず、夜の街は死んだように静まり返っていた。

 

と思っていたのだが、すぐそこに何をするでもなく立っている男がいた。

 

学生ではない。

 

灰色のスーツを着た壮年の男。

 

見た目は怪しいとは思えないのだが、明らかに普通じゃない気がした。

 

そして、こちらが見ている事に気付いたのか男もこちらに視線を向ける。

 

 

「ニャルッ!」

 

 

その瞬間、腕の中にいたスフィンクスが突然暴れ出す。

 

直観だが、スフィンクスはその男を本能で怖がっているような気がした。

 

そう何故なら自分も男から目が離せないからだ。

 

理解はできない。

 

だが何故か……そう<御使堕し>の時の火野神作と対峙した時のような、それ以上の生理的恐怖を感じる。

 

見た目は普通だというのに……

 

 

「こんばんは。チョットいいデスカ? 道を尋ねたいんデスケド」

 

 

と考え事をしていたら声を掛けられた。

 

普通に…でも、普通じゃないような気がする。

 

今すぐインデックスを探さなきゃいけないのに、この男に背中を見せてはいけない、そんな気にさせる。

 

 

「ええ、と。どこでしょうか?」

 

 

一方、男も自分の事を警戒している…ような気がする。

 

こちらに話しかける直前に自分の右手、<幻想殺し>を見て、息を飲んだ……ような気がする。

 

そう全部あくまで気のせいだ。

 

何故か互いの顔に銃口を突き付けながら会話をしている、とそんな気にさせるのだ。

 

 

「三沢塾デス」

 

 

ドクン、と心臓が高鳴った。

 

三沢塾……そこはあの錬金術士が拠点にしてた場所。

 

今はどうなっているかは知らないが、あの時の事件のせいで、廃校寸前までに追い込まれているという噂を聞いた事がある。

 

そんなとこに一体何の用が……

 

当麻の表情からその疑問を察したのか男は苦笑しながら答えてくれた。

 

 

「昔のボクの生徒がそこにいたんデスヨ。折角、此処に来たのデスカラ、帰り際に見ていこうかと思いましてネ」

 

 

「そうですか。えっと、三沢塾はあっちだから……―――」

 

 

当麻は丁寧に簡潔に三沢塾への道順をその男へ教える。

 

そして、説明が終わると男は大袈裟に、そう演劇の舞台で道化が見せるような大袈裟な振る舞いで喜びを表す。

 

そのまま男は当麻が教えた道順通りに向こうの通りへと足を向ける。

 

これで終わった、ほっと一息をついたとき、『おっと忘れてましたネ』とこちらに振り返る。

 

 

「ボーイ、君に妹はいますか?」

 

 

「は?」

 

 

一瞬だけ答えていいか迷うが、これも普通の会話……なのか、と結局答える事にする。

 

 

「ええ、いますよ。それがどうかしたんですか?」

 

 

「イーエ、ボーイによく似た女の子にお世話になりましてネ。これは兄妹ではないかと思っただけデス」

 

 

今度こそ用が済んだのか自分に背を向けてすたすた、普通に歩いてこの場を去って行った。

 

普通の格好をしているのに、普通に話しているのに、普通に歩いているのに、普通じゃない。

 

不思議なくらい普通が似合わなさすぎる。

 

これも直観だが、あの男と関わるのは危険な気がする。

 

と、男の姿が完全に見えなくなって、

 

 

(詩歌っ!)

 

 

すぐさま携帯を取り出す。

 

今すぐ詩歌の安否を確認したくなった。

 

あの男が言っていた自分によく似ている女の子が詩歌だとしたら、と考えただけで詩歌の身に危機が迫っていると思ってしまう。

 

もしかしたら、電話に出ないのは―――

 

 

―――ブブブ

 

 

丁度、電話を掛けようとした瞬間にメール着信が入った。

 

詩歌からだ。

 

メールの内容を見てみると普段の他愛ない話、友達…何故か男のような気がするが、とにかく事件に巻き込まれ、そいつが入院したので今、病院にいるらしい。

 

そして、これから先生、カエル顔の医者(冥土帰し)の手伝いで病院に泊まり込みになるため連絡が取り辛くなる。

 

だから、今何か困っている事はないのかと聞いてきている。

 

相変わらず、勘の鋭い奴だ。

 

でも、良かった…無事で……

 

 

「あ、そういえば」

 

 

今、ある事を思いだした。

 

詩歌のおかげというべきか、今のメールで1つの重要事項を思いだした。

 

 

「ったく、こんな事を忘れていたなんて」

 

 

そして、当麻は詩歌への文面を入力しながら再び夜の学園都市へ走りだした。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

はたっ、と目が覚めた。

 

 

「お目覚めですか? ふふふ、お久しぶりです」

 

 

彼女が、いた。

 

正真正銘の真の天才が。

 

あの後、ショチトルを救い、あの愚兄に負けた後、意識を失い―――そして、病院へ運ばれたのだろう。

 

 

「あー君の電子チョーカーについてのプログラム作成は完成し、あとは先生の手術の後に、調整をするだけなのですが、それまでは私の手伝えることはないです。先生の腕は超一流ですから。―――でも、精神的な分野。特にあなた達のようなケースは、私の方が良いのかもしれません」

 

 

彼女は何やら巻物のようなものを読むように視線を流しながら、ベットの上で横たわるショチトルの身体を触診する。

 

 

「危なかった。本当に。あと少し、対処が遅れてたら。あと少し、“壊されてたら”。この子の心は助からなかったかも知れません」

 

 

と、

 

 

「なっ……!? まさかそれは……!?」

 

 

「ええ、これは<原典>というものなんでしょう?」

 

 

今、彼女の手元にあるのは動物の皮で作られた、長い長い巻物状の魔導書の―――<原典>。

 

その内容に目を通しただけで、その膨大な知識量が脳を浸食する―――

 

 

「ですが、所々欠けていました。おそらく、当麻さんの右手のせいでしょう。幻想であるなら強弱善悪関係なく“殺す”。当麻さんの意思とは無関係に。本当に、危なかった。あなたの判断が遅かったら、この子は死に、当麻さんは人を殺してしまう所だった」

 

 

そう、だった。

 

自分があの時騙し遂せたのも、<原典>の判断機能が壊されていたから。

 

しかし、それは彼女の身体に密接に繋がっている精神にも影響があると言う事。

 

<原典>の自動修復機能に賭けてみたが、知識が書かれていたのは肉体で、その人格には無関係。

 

目覚めてみるまで、自分は本当に助けたとは言えなかったのだ。

 

だから。

 

 

「“生かし”ました。この<暦石>を」

 

 

打ち止めさんの浄化の時と同じように、その投影した基から、修復ではなく、蘇生し、復活させた。

 

皆が笑えるハッピーエンドにしようと不幸になった愚兄を、人殺しにさせないためにも。

 

 

「ですから、ショチトルさんも無事です。ただ、後でその肉体は先生に診てもらう必要はあるでしょう」

 

 

感謝、しよう。

 

非戦闘員だったショチトルが何故こんな兵器な扱いをされているのか。

 

組織は今どうなっているのか。

 

どんなことがあろうと、肉体をすり潰して<原典>と融合させたなどなかったはずだ。

 

聞きたいことは山ほどあり、また、彼女を死なせたくはなかった。

 

だけど。

 

その為にこの少女は、“読んだ”はずだ。

 

自分が、まるで脳みその皺に砂鉄でもすりこむように味わった『毒』を、自分以上に深く。

 

騙すのではなく、生かしてみせるほど。

 

欠損部位を把握できるほどその全容を読み込んだ。

 

なのに。

 

 

 

「はは。なんで……なんで、あなたは、平気なんですか」

 

 

 

アステカの魔術師は乾いた笑みで、畏れた。

 

 

 

 

 

ビルの屋上

 

 

 

ビルの屋上。

 

給水塔を頂点にして無数の縄が張られている。

 

傍から見れば、それは運動会の万国旗のように見えるかもしれない。

 

一定の間隔で、貼り付けられているのが印の描かれた護符でなければ、だ。

 

 

「これは……神楽舞台?」

 

 

神楽とは、その名の通り、神に奉納する舞のことだ。

 

その舞台の屋上は結界というか、一種の聖域と化している。

 

 

「そんな大それた代物ではない。差し詰め、盆踊りの会場といった所だな」

 

 

神仏混合というヤツだ、と闇咲は答える。

 

そう言われてみれば、どことなく盆踊りの会場に見えなくはない。

 

と言っても、あくまで知識のみなのだが。

 

もちろん、舞と踊りは区別すべきなのだがどちらも霊的なモノに対するコンタクトを取るという点では一緒である。

 

盆踊りのように、儀式場を用意して一定のルールに合わせ、複数の人間でグルグルと円を作る。

 

それだけで霊的コンタクトの意味合いを持つ。

 

 

(だけど、そんなものを用意して……まさか私に憑かせる気―――痛っ!)

 

 

お尻が何かを踏んづけた。

 

もぞもぞと位置を移動するとその何かは携帯電話。

 

詩歌と一緒に買いに行った物で、迷子用GPSサービス? とやらが付けられているんだっけ?

 

丁寧に教えてもらったので、簡単な使い方は分かるけど、この状態じゃ何もできない。

 

なんか画面がピカピカと光っているけど、闇咲にバレたら不味いのでコソコソと隠す。

 

その際、いくつかのボタンを押してしまったが気にしない。

 

幸い、闇咲は気付かず右手に装着された弓を誇示する。

 

 

「結界を貼ったのは少しばかりコイツの威力を増強しようという魂胆だ。この弓は元々舞踏の席で使うべきものだからな」

 

 

その時、インデックスの記憶から一つの単語が思い浮かぶ。

 

 

「……梓弓?」

 

 

神道において神事の際に、古くは神事や出産などの際に使用される、梓の木で作られた弓で、魔除けに鳴らす楽器―――鳴弦として使用される日本神道の呪具。

 

 

「素晴らしい。日本(こっち)の文化圏もカバーしているのか、その魔導図書館は。此れの力はせいぜい心の患部に衝撃を加え正す程度のものだ」

 

 

闇咲は頭上の縄を指差し、

 

 

「だが、一定の条件さえ揃えば、相手の心の中を読み取る事ができる。そう例えば胸の内に秘めた10万3000冊を暴く事も、な」

 

 

その時、縄を中心に、結界そのものが輝き始めた。

 

 

――――まさか!

 

 

導き出される結論は、一つしかない。

 

闇咲の意図を知り、頭が真っ白になりそうになった。

 

 

「だ、ダメ!! これはあなたが思っているようなものじゃないの!! 私以外の人間が10万冊以上の魔導書を読みとれば何が起きるかわからないんだから!!」

 

 

だが、インデックスの忠告を無視して、闇咲は梓弓の弦を引き絞る。

 

 

「あなただって分かっているでしょう!?」

 

 

悲鳴にも似たインデックスの叫びに、闇咲は静かに笑った。

 

静かに笑みを浮かべて、こう言った。

 

 

「無論、百も承知」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

上条当麻は階段を駆け上がっていた。

 

インデックスの携帯に取り付けられた迷子用GPSを辿ったは良いがエレベーターが故障中ときた。

 

こんな時も不幸だなんて、全く自分の体質が恨めしい。

 

そして、駆け上がっている最中、インデックスの携帯から着信があり、そこからこのビルの屋上の会話が聞こえてきた。

 

 

「くそっ」

 

 

聞いた事がある。

 

魔導書の危険性、それは以前、インデックスが詩歌に教えた魔術の禁忌だ

 

魔導書には異世界の法則が書かれているので一般人は目を通しただけで廃人確定。

 

鍛えた魔術師でも厳しく、執筆した魔術師でさえも命を落とした事例もある。

 

なので、写本や偽書などの処理をして<原典>の『毒』の純度を落とさなければまともに扱う事ができない。

 

インデックスが10万3000冊を守る理由は自分や組織、そして、相手を<原典>の毒から守る為でもあるのだ。

 

 

『―――。――!!』

 

 

男の呻き声が聞こえてきた。

 

当麻は階段を駆け上がるスピードを1段階上げた。

 

 

 

 

 

ビルの屋上

 

 

 

闇咲が行っている事は、インデックスの心の中を覗いているだけで、術式も成功しており、副作用に襲われるような危険な魔術でもない。

 

にも拘らず、寿命が削られていた。

 

10万3000冊もいらない。

 

たった1冊、<抱朴子(ほうぼくし)>―――中国文化における不老不死、すなわち“仙人”に成るための魔道書の<原典>。

 

その中に記載されているありとあらゆる病や呪いを解く薬を作る“練丹術”に必要な知識さえ得られればいい。

 

 

「―――。――!!」

 

 

だが、その1冊を読み取るだけで、頭蓋骨を内側から砕きかねない頭痛に襲われ、心が侵されていく。

 

屈強な肉体と精神を持つ魔術師なのにこの様。

 

目の前の少女はそれを10万3000冊も読み取ったというのに―――否、

 

 

(この少女、本当に人間か!!?)

 

 

この『毒』を10万3000冊も溜めこんでいるインデックスの方が異常なのだ。

 

 

「もう……やめて…魔道書の<原典>は常人なら一目見るだけで発狂するほどの猛毒なの! これ以上はあなたの心が耐えられない」

 

 

インデックスの悲痛な声……しかし、

 

 

「では………諦めろと?」

 

 

闇咲は弦を鳴らして、猛毒の魔導書を1ページまた1ページと脳に焼きつけていく。

 

 

「『魔術師にできない事はない』」

 

 

だからこそ、闇咲は弓を引く。

 

 

「私は2度と挫折しない為に魔術師になったのだ。あんな女1人救えないでどうする!?」

 

 

たとえ目から耳から血が噴き出してでも、目的の魔導書はこの手に収めてみせる。

 

 

「こんな所でつまづく訳にはいかない!!」

 

 

この身が傷つき罪に溺れるのは己の欲望の為だ。

 

決してあんなつまらない女の為ではない。

 

絶対にあんなつまらない女の為ではない!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……違うよ。増幅されたあなたの心が私の中に逆流してくる。だから、わかる」

 

 

インデックスの中に闇咲の想いが逆流する。

 

 

「あなたはただその女の人が好きだった」

 

 

魔術師の、闇咲の、何事も1人で背負おうとする男の、その心の内は伝えきれずにいる言葉で溢れ返っている。

 

 

「その女の人が死に至る呪いにかかっているのを知って、命を賭けても助けたかった」

 

 

魔術師の名誉のため、闇咲はインデックスの持つ魔導書を狙ったと言うが、それは愛する人の呪詛を解く為の建前であり、

 

 

「だけど、その為に犯した罪をその人のせいにしたくなかった」

 

 

また禁忌を犯す言い訳に、その愛する人を使わない為の不器用な想いの形だった。

 

 

「それだけだったはずだよ」

 

 

そう全ては心に咲いた1輪の華を守るためだけに……

 

 

「助けたいんでしょう、その人を! だったらダメだよ、こんなの! あなたが倒れたら今度はその人が苦しむ事になるもの!」

 

 

―――バン!

 

 

その時、屋上のドアを蹴破り上条当麻が現れた。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

「<幻想投影>は異能であるなら、触れただけで、投影し、理解できます」

 

 

上条詩歌は、“治した”巻物を丁寧に巻き直す。

 

 

「きっと私は、<原典>に好かれやすいのでしょう」

 

 

<原典>が唯一受け入れるもの、それはその知識を広められる理解者―――つまり、『詠み手』。

 

この叡智の文章を詩歌のように詠める者だ。

 

これは資質どうこうのレベルではない。

 

その身体を贄に捧げても、魔術師として才能があろうとも、寿命を削られる思いをしたのだ。

 

人体構造上、<原典>を扱うのはほぼ不可能といっても差し支えがないほど至極困難であるはずなのに。

 

改めて、畏怖した。

 

この少女は天才ではなく、天災であると。

 

そして。

 

平然と、普通の読み物のように扱えるほど<原典>に愛されている彼女こそが、その頭に10万3000冊の魔導書を収めた<原典>の図書館のパートナーとして、歴代のどの人物と比べても比較にならない最もふさわしいものではないだろうか。

 

自分の予感は正しかった。

 

彼女達がその真価を発揮できるようになれば、組織なんて軽く捻り潰される。

 

もう『詠み手』と『管理人』が揃っている時点で手に負えるものではなく、静観が正しいのだ、と。

 

 

 

「―――さて、前に言いましたよね、次に私の周りに手を出したら許さないと」

 

 

 

 

 

ビルの屋上

 

 

 

屋上に入った瞬間、右手が『何か』に、結界を作る縄の一端に触れた。

 

たった、それだけで急激に縄は風化し、淡い光を放っていた結界は破壊された。

 

そして、ただの屋上へと戻る。

 

当麻の腕から、するりとスフィンクスが地面に下り、インデックスの方へ歩み寄る。

 

 

「……っの―――心配かけさせやがって」

 

 

「とうまぁ」

 

 

インデックスは縄で雁字搦めされているようだが、特に怪我をしているわけではなさそうだし、乱暴に扱われた様子はない。

 

右手で縄に触れるとさっきと同じように一瞬で風化した。

 

そこで視線を変える。

 

その先には、一人の男が膝をついている。

 

全身の血管が浮き上がっており、雨にでも打たれたようにびっしょり、と汗で濡れている。

 

閉じた両目の片方から血の涙を流している。

 

そして、2人は静かに向かい合った。

 

 

「……悪いのか」

 

 

梓弓を操作しながら立ち上がろうとする。

 

闇咲はまだ諦めてはいない。

 

再びインデックスの頭の中を覗き込む為に、邪魔者、当麻を消そうとする。

 

 

「たとえ、この命と引き換えにしても誰かを守りたいと思うのは悪い事なのか」

 

 

インデックスの携帯から屋上の話は聞いている。

 

今、この場で向かい合っているだけで闇咲の想いは伝わってきている。

 

だから、分かる。

 

この男の愚直さには共感できる。

 

自分だって、大切なものを守るために何度も命を賭けてきた。

 

だが、それでも、

 

 

「悪いに……決まっている」

 

 

当麻は否定した。

 

 

「アンタ、知ってんだろ。大切な誰かに死なれる事の痛みが。目の前で誰かが苦しんで、傷ついていて、でも自分は何もできなくて、どうしようもないていう苦しみを知ってんだろ」

 

 

当麻は知っている。

 

かつて、それを押し付けた事があるからこそ、

 

かつて、それを押し付けられた事があるからこそ、

 

答えられる。

 

 

「頭を吹っ飛ばされたほうがましだ。全身を引き裂かれたほうがましだ。腹の中を焼かれた方がほうがましだ……だったら、それはダメだ。そんなに重い衝撃は、誰かに押し付けちゃいけないものなんだ」

 

 

闇咲は返事の代わりに弓を構え、敵意を送る。

 

でも、きっと、闇咲も当麻の想いも感じ取っている。

 

きっと、目の前の男も自分と同じ、大切な者に目の前で死なれる事を恐れている臆病者だという事は分かっている。

 

それでも諦めきれない。

 

 

 

「業魔の弦」

 

 

 

魔術師は、禁呪を唱えるとその弦を引き―――千切った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『残念デスが、世の中は弱肉強食』

 

 

 

それは初めて、自分が諦めた時だった。

 

あの異形の怪物に大切な仲間を喰われ、魔術の深奥を思い知らされた。

 

あの時からなのかもしれない。

 

自分が何でもできる魔術師―――そう、あの異形の怪物のように『悪魔』にさえなって見せようと望み始めたのは。

 

 

「グオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

その剛健な面が鬼相となって歪み、喉も張り裂けよとばかりに絶叫を撒き散らす。

 

ごお、と応えるように空も鳴る。

 

途轍もない力。

 

街の空を渡る呪力が、根こそぎかき集められ、それが大瀑布の如く闇咲逢魔の頭上へと落とされた。

 

 

「あれは『神降ろし』!? いや―――」

 

 

インデックスは小さく息を呑んだ。

 

『神降ろし』。

 

自らの肉体に『神』を宿らせる、神道の秘儀だ。

 

最も、神道において『神』といってもそのほとんどが意識を持つものではなく、その土地に漂う『力』の塊であり、<天使の力>と同じもの。

 

闇咲は、そうした『力』を掻き集め、己の身体に誘導してのけたのだ。

 

だが、

 

 

「ダメ! こんなの個人で扱えるものじゃないよ! 今すぐ止めて!」

 

 

補助となり得た儀式場は、もうすでに破壊されている。

 

『神降ろし』を成すことなど、どんなに熟達した術者であってもろくな準備なしでは不可能。

 

だが、この肉体を餌にすれば、『降ろす』ことができるものがある

 

雑念。

 

死んだ後も残ってしまった魂の欠片。

 

意思がなく、ただ漂い、彷徨い、そして、塊り、魑魅魍魎となってしまったものは、本能が芽生える。

 

以前の自分に戻る為の肉体が欲しい、と。

 

だから、肉体一つで事足りる。

 

肉体を取り憑かせてしまえば、術者の精神は狂化し、智慧を失い―――やがて、『業魔』と成る。

 

そう、『業魔の弦』とは『神』を顕現させる『神降ろし』ではなく、『悪魔』を顕現させる『悪魔憑き』。

 

 

「がっ―――」

 

 

瞬間、当麻の胸から背中へ衝撃が貫いた。

 

2人の距離はまだ5mもの距離があった。

 

だが、瞬きしたら、先程まで死に体だった闇咲が当麻の眼前にいて、その黒い靄を纏った拳を突き出していたのだ。

 

そして、驚いて声を上げる事も叶わず、当麻の身体は浮いて、地面に落ち、2、3mも転がされる。

 

今の『業魔』を憑依した闇咲逢魔は、<聖人>の神裂火織と同じ人並み外れた超人である。

 

風に乗らずとも、その足で壁を飛び越え、

 

攪乱せずとも、消えるように瞬間移動し、

 

弓がなくても、この拳で障害物を壊せる。

 

それでも鋼を打つように一心に鍛え上げた肉体に、寸前の所で、急所をずらした当麻は身体を無理矢理に起こす。

 

だが。

 

思い切り墨を引くように魑魅魍魎の靄が尾に流れ、屋上に漆黒の残像だけをチラつかせる。

 

 

「くっそ、早過ぎて、右手で触れられねぇ!!」

 

 

右手を振るうも、その速度は疾風。

 

その時には相手は背後に回っており、脇を思い切り蹴り飛ばされる。

 

2人の間に流れる時間が、違う。

 

もはや常人どころか、一流の格闘家ですら防御するのもままなるまい。

 

そして、少女は視線で追う事も無理だ。

 

 

(<魔滅の声>も、<強制詠唱>も人の言葉が通じない『業魔』には効かない。でも、止めなきゃ。じゃないと、とうまも、この人も―――)

 

 

しかし、<禁書目録>とはあらゆる魔術に対抗し、答えを導き出す者。

 

 

「しいか!」

 

 

電子機器は苦手だけど、自分にも扱えるように彼女に教えてもらった携帯電話。

 

そのワンタッチで繋がるボタンを押して―――通じた瞬間にインデックスは叫ぶ。

 

 

『はい、インデックスさん』

 

 

出た通話相手は、彼女が最も頼りにしている賢者。

 

この戦いを止める為に彼女の『声』が必要だ。

 

 

「―――を唱えて!」

 

 

『魔導図書館』たるインデックスは、魔術に必要な魔力は練れない。

 

だが、代わりに魔力を供給してくれる相手がいれば、それを教え、導く事ができる。

 

彼女は今までインデックスが見た事がないほど<原典>の『毒』ですら清浄するほど澄みきった、どんな奇蹟にも対応できる透明な生命力の持ち主。

 

この過保護な賢妹が用意した<歩く教会>を模した修道服はその防御力だけでなく、もしもの時の為のギミック、逃走用にその場にいなくても電話口からでも呪文一つで発動できるように、そのフードには文字が刻まれ、彼女の生命力が予め充填されている。

 

そして、その文字とは―――

 

 

 

 

 

 

 

「グオオオオッ!!」

 

 

咆哮が颶風を巻く。

 

『業魔』の渾身の一撃。

 

魑魅魍魎を一点に強化された左拳は、人間の頭蓋骨ごとき、一撫でで粉砕する剛力を秘めている。

 

威力も速度も申し分なく、拳は上条当麻を砕くはずだった。

 

 

 

太陽(ソウエル)

 

 

 

何もこちらに訊き返す事はせず、その声から伝わる真剣さに悟り、少女の願いに答えた。

 

当麻の後方――インデックスのフードに取り付けられた金の飾りから夜を一瞬反転させたほど眩い太陽が現れた。

 

元は目晦まし用に用意した『太陽』のルーン文字。

 

 

「だけど、太陽の光は闇を払い、邪を葬る輝きで夜明けの象徴。悪魔には効果的なんだよ」

 

 

神道で、太陽神『天照大御神』はその光を以て、夜に支配され、魔が徘徊した世界を浄化した。

 

太陽の輝きはそれだけで浄の力がある。

 

 

「おおあっ!?」

 

 

闇咲が、ひるんだ。

 

業魔も魔性の物には違いない。

 

光には恐怖する。

 

ましてや太陽の意味を示す光である。

 

 

「テメェひとりで全部抱え込もうっつうんなら―――」

 

 

その隙を当麻は、見逃さなかった

 

目を潰され、悪足掻きに無闇に裏拳ぎみに振るわれるその左腕を、当麻もまた左腕―――お守りの腕時計で防ぐ。

 

 

「ッ!?」

 

 

ファミレスで鬼塚陽菜に罅を入れられた腕に激痛が走り、闇咲の方がたたらを踏んだ。

 

当麻は胸元に飛び込み、その右手を握り締め、自分の同族を止める為に。

 

 

「―――その幻想をぶち殺すッ!!」

 

 

神浄の右拳が『業魔』を殺す。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はっ―――」

 

 

如何に鍛えていようと、元々、もう闇咲は<原典>の毒に蝕まれ虫の息で、そこからの禁術『業魔の弦』は下手をすればその生命力を枯渇させるほどの力。

 

太陽の光は、生きとし生けるものに活力を与える。

 

もしあの『太陽』のルーンに、人へ生命力を回復させる効果がなければ、意識がある事すらも危うかったに違いない。

 

倒れた身体と床の間から染み出すように赤い液体が溢れてくる。

 

これだけ血を流せば最早抵抗する力も残っておらず、梓弓の弦も切ってしまった。

 

当麻は全力で闇咲の元に駆け寄る。

 

近くに人が来たのを察知したのか、闇咲はゆっくりと口を開く。

 

血の混じった吐息と共に、真っ赤になった唇が言葉を紡ぐ。

 

 

「全く。たった1冊程度で……この有り様だ。土台、私ごときの小さな器では、<原典>の1冊も手に入れることは不可能だった訳だ。はは、何だ、私の人生は挫折ばかりだ。人生でもう3度も諦めてしまった」

 

 

男は天上に浮かぶ月を見て微笑む。

 

 

「それでも、諦めきれないものがあったのだ」

 

 

瞼を閉じ、優しすぎて弱すぎた涙が零れ落ちる。

 

今閉じられた目に映るのは、何者にも代え難い存在。

 

 

「ただ1つ、それだけの事、だったのだが、なぁ……」

 

 

唇の動きがゆっくりとなっていき、やがて止まろうとしていた。

 

インデックスの息を呑む音が耳に届く。

 

当麻は1度だけ唇を噛み締めて、

 

 

「やれ」

 

 

 

 

 

 

 

『スフィンクス!『みだれひっかき』だ!』

 

 

『シャー』

 

 

バリィ バ バ バ バッ

 

 

『げぶぁ!!?』

 

 

やみさきはたおれた。

 

スフィンクスは、けいけんち、―――――もらった。

 

 

 

 

 

 

 

「な……な、何をする!?」

 

うむ、どうやらまだHPがあったらしい。

 

スフィンクスのレベル上げができなかった。

 

折角、あと少しで進化できたというのに……

 

と冗談はさておき、何が起きたかというと、当麻の命令を聞いたスフィンクスが闇咲を本気で引っ掻いた、以上。

 

 

「なーに、1人でキレイに話を終わらせようとしてんだ、このクソ馬鹿。諦める前にテメェはまだ1つだけやってねぇ事があんだろ?」

 

 

当麻は割と元気にのた打ち回る闇咲を見下ろしながら溜息を吐く。

 

 

「1人でダメなら助けを呼べって、誰かに教わらなかったのか? テメェはまだ誰にも助けて欲しいと言ってねーじゃねぇか。できる事をまだ全部やってねぇのに諦めてんだ。1人で助けたいなんて尊厳は必要ねーだろ。滅多にねーけど、俺の妹だって1人で無理だと分かったら助けてって言ってくるぞ」

 

 

と、何事も1人で背負ってきた闇咲に当麻は説教する。

 

 

「で? お前の『大切な人』はどこにいるんだよ?」

 

 

「……なに?」

 

 

「<禁書目録>なんて使わなくたって何とかなるんだっつの」

 

 

当麻は左手で軽く頭を掻いて、

 

 

「なんてって、どーゆーイミ!?」

 

 

と、後ろで、慣れない携帯電話にあたふたしながら詩歌へお礼をしていたが、今の発言に不貞腐れているインデックスを無視して、

 

 

「例えばこの右手。<幻想殺し>ってんだけどな。『異能の力』なら何だって触れるだけで打ち消す事ができる。当然、それが“呪い”なんてわけわかんねーモンでも例外じゃねぇんだ。これは妹からのお墨付きだぜ」

 

 

そして、当麻は握手でも求めるように自分の右手を差し出す。

 

闇咲の表情が止まる。

 

思い出す。

 

この少年は自分の攻撃を打ち消し、獄炎の壁、そして、業魔の術を一瞬でかき消した。

 

ならば―――

 

 

「ほ……本当か?」

 

 

呆然と、ただ呆然と救いの手を見つめる。

 

突然降って湧いたこの展開にどう反応していいかわからないのだろう。

 

闇咲は、もう2度とチャンスは訪れないと思うほど絶望していたのだから。

 

一方、当麻は全く気軽にガリガリと頭を掻いて、

 

 

「さーて、そんじゃ、辛いだろうけど早速案内してもらうぜ。行動は迅速に、善は急げってな。あ、それと“呪い”っつってたっけか。それってやっぱ絵本みてーに悪い魔法使いとかがやってんのか? だとしたら、そっちも潰さなくちゃなんねーのか。ったく」

 

 

1人で愚痴愚痴と文句を言っている当麻の声を、闇咲は黙って聞いていた。

 

やがて、もう1度、夢かどうかを確かめるように、恐る恐る問い掛ける。

 

 

「あ……まさか。本当に?」

 

 

「決まってんだろーが。こちとらアンタのせいで夏休みの宿題オシャカにしちまってんだ。ここまで来て結局何も実りませんでしたじゃ納得できねーんだよ」

 

 

当麻は苛立った声で、

 

 

「だからアンタには責任を取ってもらう。アンタを引き摺ってでも案内してもらうぜ。第一級警戒(コードレッド)だろうが何だろうが知った事か。そんで、アンタの大切な人を必ず助けだす。せめて、宿題を忘れた理由ぐらいそっちで用意しろ。俺の妹が納得するくらいに完璧な奴をな」

 

 

時間が止まってしまった闇咲に当麻は獰猛なほどの頼もしい笑みを浮かべて、

 

 

「その為には、アンタの協力が必要なんだ。他ならない、世界でたった1人のあんたの力が。だから、意地でも手を貸してもらうぜ。あんただって助けたいんだろう、自分自身の手で」

 

 

「ぅ、ぁ………感謝する」

 

 

その力強い言葉に闇咲の顔がぐしゃぐしゃに歪んだ。

 

まるで氷でも解けるように、その冷たい顔が涙でいっぱいになる。

 

当麻はその様子を見て、ふと溜息を吐く。

 

 

(明日……て、今日か……あ、そう言えばまだ宿題が終わってなかったな)

 

 

「とうま、とうま、お泊り?」

 

 

インデックスがワクワク、といった表情でこちらを見つめてくる。

 

が、

 

 

(そういや、コイツはどうしようか? ……やっぱ、留守番させるか。強引にでも)

 

 

「なあ、出発する前に俺の部屋までついて来てもらっても行っても良いか? 手伝って欲しい事があんだ」

 

 

残念なことにインデックスの望みは叶えられないようだ。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

「むぅ、切れちゃいました。解決したようですけど一体何が……? まあ、当麻さんもいるようでしたし、明日事情を聴く事にしましょう。色々と。―――さて」

 

 

今回は見逃してあげます。

 

でも、次は、許しません。

 

と、自分は生かされた。

 

そして。

 

もし誰かを殺したら、その時はこの甘さを捨てる、と忠告された。

 

 

(……言い逃れ、できませんね)

 

 

結果として、失敗に終わり、誰も殺してはいないが。

 

『海原光貴』の顔で、御坂美琴を狙っていたのは事実。

 

彼女の兄、上条当麻を殺そうとしたのもまた事実。

 

そして、ショチトルが御坂美琴のものではなく<妹達>を傷つけたのも事実。

 

幻想のようになかった事にはできない、現実。

 

この天災の逆鱗に触れてしまった。

 

 

「ですから、彼女を『人質』として取らせてもらいます」

 

 

なので。

 

 

「例えあなたの組織が返せと要求しても、只では返しません。これは、大切な『人質』ですから」

 

 

「え……?」

 

 

ショチトルは、組織の一員だが、この学園都市に、しかも『改造』までされて送って来たという事は、この刺客は使い捨てである事。

 

組織の上層部にとって、『人質』としての価値は何もなく、むしろ処罰対象であるはず。

 

この学園都市でも、その存在は異分子であり、抱え込むリスクも大きい。

 

ということはつまり……

 

 

「体調が回復した枝先絆理さんや何人かは通常の学校へ転入してしまいますが、それでもまだ残っている子はいますし、またこの設備を閉鎖するのは勿体無いと本格的に木山先生がまだ幼く、非道な実験の被害者になった<置き去り>から新たな子を抱え込む事になりそうです。夏休み明けで布束さんも復学しますし、ちょうどRFOに人員が欲しかった所です。身体の治療をしながら、こき使ってあげましょう。ちなみに、あそこは、<冥土帰し>先生がどういうコネを使ったのかは知りませんが、『不戦の約定』を結んだ土地で、那由他さんが言うには、暗部も迂闊には手を出せないそうです」

 

 

一説に、この少女が夏休みの間に勤めていたあの施設は、この学園都市の『統括理事長』が特別に『暗部』が立ち寄り、戦闘行為を禁じた土地である、と聞いた事がある。

 

そして、学園都市は、魔術師の敵地

 

この上、安全地帯だ。

 

 

「……良いんですか」

 

 

「こちらは『人質』を取ると言っているんです。感謝される理由もないです。でも、偶には会いに来て下さいよ。後でどこだと騒がれても困りますし」

 

 

「ええ、分かりました」

 

 

もう時間です、と詩歌は席を立つ。

 

魔術師はもう一度思い知らされた。

 

異様で、異常で、異端な天災。

 

だけど、致命的なまでに優しい。

 

彼女が太陽のように照らす限り、きっとこの表の世界は温かだろう。

 

だから、自分がすべきことは……

 

 

「それでこの<原典>どうします? 今ならまだ返せますが……何でしたらこちらも人質として預かっておきましょうか?」

 

 

「いえ、返してくれますか。―――今の自分には、力が必要ですから」

 

 

いつか組織と向かい合う為に。

 

この世界を裏から支える為に。

 

自分は自分にできる事をする。

 

まずは学園都市の暗部に潜る。

 

……死に場所と最大の武器たる魔導書を奪い、置いていってしまうショチトルには恨まれるだろうが。

 

詩歌はそれを聞くと、一度溜息を吐いてから、トン、とテーブルに巻物に丸めた魔導書を置いて部屋を去ろうと、その前に、

 

 

「ありがとうございます。……それで差し出がましいですが、彼女達の事、守ってくれますか」

 

 

 

それに詩歌は―――

 

 

 

「   、    」

 

 

 

―――と言い残し、部屋を出て行った。

 

 

「フッ―――やはり、兄妹なんですね」

 

 

その答えに、『海原』は呆れたように苦笑した。

 

 

 

つづく


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