とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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夏休み最終日編 裏話 偽装

夏休み最終日編 裏話 偽装

 

 

 

RFO

 

 

 

全身の力を使いきった後に感じる心地良い疲労。

 

そして、それを解きほぐしていく温かな感覚。

 

それに身を任せながら、今自分の背上にいる人物の言葉に耳を傾ける。

 

 

「―――とまあ、鞠亜さんはカポエラをブレイクダンスやポールダンスなどと組み合わせた格闘技です。ご自身の能力、遠心力を操る<暴風車輪(バイオレンスドーナツ)>を最大限生かせるように考案されたものでしょうね。昔、少しだけ手合わせした事がありましたが中々のものでした」

 

 

このように昔、出会った格闘能力の高い人達のお話をしている。

 

軽い対処法みたいなものではあるが、わりと参考になるので睡眠学習みたいな感じで頭に入れているし、時にはその後、“実体験”させられる場合もある。

 

今回話しているのは雲川鞠亜という天才メイドのお話で、彼女のトリッキーな動きは詩歌にとっても結構見習う点が多かったそうだ。

 

だが、

 

 

「あ、そうそう、当麻さんの学校に彼女の姉、雲川芹亜さんと言う方がいらっしゃるんですが注意してください。色々と何か企んでいる人っぽいので(この前会った時も『私の事は芹亜お義姉さんと呼んで欲しいんだけど』とか言ってきましたしね。全く、<当麻フラグ建設リスト>の中でトップランクの要注意人物です……フフ、フフフフ)」

 

 

(ん? 何か不穏な空気になっているような……)

 

 

「………当麻さん。もし、飄々として偉そうにしているへそ出しカチューシャの女性に出会いましたら『妹の詩歌が芹亜“先輩”によろしく、と言ってました』と一言一句違わず、伝えといてください」

 

 

何か知らないけど怖い。

 

今すぐ逃げだしたいけど、今は立ち上がる気力もない。

 

それに、マウントポジションを取られているため逃げる事は不可能。

 

つまり、

 

 

「お、おう。伝えとくよ」

 

 

頷くという選択肢しかなかった。

 

 

「間違えても名前の後に“お義姉さん”と付けないでくださいね」

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「―――……これで今日の組手は終わりです。お疲れ様でした」

 

 

詩歌の優しい声に体を起こす。

 

毎回、限界の一歩先を要求され、精も根も尽きるほど打ちのめされるのだが、マッサージが終わると、体力は7割ほど回復している。

 

これは詩歌のマッサージのおかげか、それとも―――

 

 

「さて、当麻さん。少々苦言を呈させてもらいます」

 

 

と、そこで当麻の思考を読んだように詩歌の声が割って入る。

 

 

「当麻さん、私は見れば大抵の事は分かります。特に当麻さんの事なら見なくても分かります。……鍛錬に励むのは良いですけど、体調には気をつけてください。少し、今の当麻さんはオーバーワーク気味です」

 

 

大切なものを守り抜くために自分を鍛えあげよう。

 

何故なら、自分は弱いから……

 

と思ってたのだが、詩歌にお世辞とか冗談抜きに自分は強い、と否定された。

 

100度以上敗北しているので信じられないが、当麻は詩歌の天敵らしい。

 

あらゆる異能を使える<幻想投影>も、<幻想殺し>は例外。

 

<幻想投影>は相手の力を呑み込む事で圧倒するのだが、<幻想殺し>を呑み込む事はできないので、Level0と全く変わりない。

 

なので、何の道具もなしに当麻と1対1で戦う時は格闘しかないらしい。

 

と言っても、それはあくまで能力についての話で、当麻から見れば格闘だけでも詩歌は死角がない。

 

それはさておき、どうやら、詩歌には内緒にしていた事がばれていたらしい。

 

 

「人間の体は脆いのです。簡単に壊れます。でも、大事に使えば一生使えます。だから、大事にしてください。私は、これからもずっと、当麻さんと一緒に生きていきたいと思っているんですよ」

 

 

心配してくれる事には感謝する。

 

焦っている事も分かっている。

 

それでも、

 

 

「ありがとな、心配してくれて。でも、これは兄の意地みたいな―――」

 

 

とそこで、

 

 

ぷぅ、

 

ぷぅ、

 

ぷぅ…

 

 

と、3段階くらいかけて、詩歌のほっぺが膨らみ、ふくれっ面になる。

 

そして、微妙に潤んできている目から『私、泣いちゃおうかな、泣いちゃいますよ、泣いても良いんですか』という訴えが幻聴までも聞こえてくる。

 

こうなっては、当麻には降参する以外に手はない。

 

 

「―――って、わかった、わかりました、わかりましたよ。もうこれからは無茶はしねーよ」

 

 

すると、ほっぺがみるみる小さくなっていく。

 

でも、機嫌が悪そうに澄まし顔でツンツンしている。

 

 

「なあ、詩歌……」

 

 

「甘いものが欲しいです」

 

 

「えっ?」

 

 

「私の心配を踏み躙ろうとした当麻さんの態度に傷つきました。なので、賠償として甘い言葉を要求します」

 

 

そして、今度はクスンと鼻を鳴らし、両手で顔を覆い隠す。

 

 

「なあ―――」

 

 

―――クスン、

 

 

「あのな―――」

 

 

―――クスンクスン、

 

 

と、明らかに嘘泣きだと分かるような声が当麻の発言を問答無用で切り捨てる。

 

 

………………

 

 

「詩歌は可愛いなぁ」

 

 

詩歌はパッと顔を上げると、いつもの天使のような微笑みに戻る。

 

何なんだよ、と内心で愚痴をこぼすが、詩歌の笑っている顔を見て、どうでもよくなってきた。

 

 

「ふむ、よろしい。ご褒美にお守りをプレゼントです」

 

 

詩歌が小箱を手渡す。

 

当麻はそれを受け取って開けてみると、そこには腕時計が収まっていた。

 

 

「詩歌、これは、何だ?」

 

 

箱から取り出し、腕時計を観察。

 

間近で見てみると、何の機能はなさそうだがかなりいい時計だ。

 

アクセサリーの類に興味がなく、携帯があるから時計を持たなかった当麻だが質の良し悪しくらいは分かる。

 

男物の自動巻き式、おそらく、特注品。

 

針や金属製のベルトなど、パーツの1つ1つが精巧で、触っただけで使われている素材の凄さが感じ取れることから、高い技術力で造られたものだろう。

 

装飾の少ないシンプルなデザインにも好感。

 

そして、自分の名前のイニシャルなのか、文字盤の裏には、アルファベットで『T・K』と刻印されていた。

 

 

「何だ、って、一応、腕時計ですよ。詩歌さん謹製の腕時計で、当麻さんの為に、その右手を守る為に造った、変幻自在型の<調色板>とは真逆の頑固一徹に突き抜けた一点集中型の最高傑作、<梅花空木>。その性能については後で説明するとして……」

 

 

お前、本当に色々造るよな、と言おうとしたが、詩歌の表情がいつになく暗いのを見て口を閉じる。

 

 

「当麻さん、気をつけてください。近いうちに大きな戦いが起きます」

 

 

 

 

 

 

 

土御門が詩歌を恐ろしいほど優秀だと言っていた。

 

だから、詩歌には自分には見えていないナニカが見えているのだろう。

 

でも、この後、詩歌に質問したが、何を見たのか、何を知ったのか、何を思ったのかは教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「恋人ごっこはここでおしまい! 巻き込んでごめんね」

 

 

「いいけどさ……お前、海原の事どうするつもりなんだ?」

 

 

当麻と美琴は裏路地から表通りへ歩きながら、今後について話し合っていた。

 

今後というのは、海原についての事だ。

 

 

「自分で決着つけるわ。ま、結局は私個人の問題だしね……アンタは? これからどーすんの?」

 

 

「まぁ、古典の宿題がほぼ片付いたしなぁ……って!?」

 

 

お昼の時間だった。

 

ホットドックを食べたせいか当麻はあまり空腹を感じていなかった

 

が、インデックスを学生寮に置いてきぼりだった。

 

家事能力0のインデックスの為に、台所には食パンなど、調理しなくてもそのまま食べられるものも置いてあるので餓死するという事はないだろうが、インデックスの性格を考えると当麻が帰って来るまでじっと待ち続けるような気がする。

 

 

「悪ィ! 俺その辺でメシ買ってくるわ」

 

 

待たせた分、何か買っていこうと近くにあるファーストフード店を探すが、どこも混雑している。

 

空いているどこかを探している間に、

 

 

「なら御坂センセーが奢ったげよう! 付き合わせたお詫びにね」

 

 

と、美琴が先に列に並んでいってしまった。

 

 

「あ、2000円の―――って……」

 

 

人気のある店なのか、すぐに後続が並んであっという間に美琴の姿が人の山の中に消えて行ってしまう。

 

あの人山を無理に掻き分けて美琴の元まで行くのも周りの迷惑をかけそうだし、当麻は諦めて、1人店の外でポツンと待つ事にした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

……あれから美琴は何か吹っ切れているような気がする。

 

でも、何か気になる。

 

どこかいつもと違うような……いや、明らかに変調を起こしている。

 

それを誤魔化そうと、いつも通りに振舞っている。

 

美琴はLevel5序列第3位、自分よりも遥かに優秀―――だが、自分よりも2つ年下には変わりない。

 

だから、どんなに振舞おうとボロが出る。

 

あれから、美琴の視線はいつもよりも少し下を向いている。

 

人は過去を思う時に下を向き、未来を思う時は上を向く。

 

そんな俗説を詩歌から聞いた事がある。

 

そうだとしたら、美琴は過去を思い返しているのか……

 

 

『当麻さん、愚直なのはいいですが愚鈍は罪です。当麻さんは人の気持ち、というか、乙女心を考えずに適当に発言する事があるので気をつけてください、気をつけなさい、気をつけろ』

 

 

(はい、すみません、ごめんなさい、申し訳ありません、詩歌様……っと、これはもしかすると、俺が昔に言った事が原因なのか?)

 

 

と、心の中で土下座した時、当麻の元に見知った顔、

 

 

「お一人ですか? お話はもうお済みで?」

 

 

海原光貴が現れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ん? ああ。御坂ならあの人山の中で格闘中」

 

 

当麻はお店のカウンターを指差そうとして、途中で止める。

 

 

「ん~、でも、今はちょっと落ち着いていないみたいだから……」

 

 

「はぁ、そうですか。先ほど随分怒っていらしたし、今日は会うのは止めときます」

 

 

「ありがとな……あー、あと、古文の宿題もサンキューな」

 

 

当麻がそう言うと、海原はこの灼熱の道路の真ん中で、とんでもなく爽やかな笑顔を浮かべて、

 

 

「いえいえ。自分はできる事をやっただけですから」

 

 

「そうか。でも、悪ぃな……」

 

 

そこで、ふと、当麻の口がピタリと止まった。

 

『何か?』と海原がちょっとびっくりしたように言ったが、当麻は答えなかった。

 

というより、海原自体には何の問題もない。

 

当麻が凝視しているのは、海原の背後。

 

美琴が並んでいるであろうファーストフード店は昼時という事もあってか大勢の人が集まっていて、近くを歩いている学生達はさらに人山に加わっていく。

 

そこに。その風景の中に―――

 

 

 

「……妹のような子がいるっつてたけど、お前、兄か弟もいるのか?」

 

 

 

 

 

ファーストフード店

 

 

 

「御坂さ~ん……そろそろ機嫌直してくださいよ~……」

 

 

その要求を突っぱねて、もう一個のハンバーグにかぶりつく。

 

世界規模で展開しているチェーン店は同じ味を提供してくれるので、当たり外れがなく安心して手が出せる(『いちごおでん』、『ガラナ青汁』、『黒豆サイダー』などこの街は製作者の舌と頭が狂っているのか得体の知れないものが多過ぎる)。

 

そういうわけで、“この何もしなくても維持だけで生命力を喰われていく体質”に体力を回復させようとコイツの有り金分の食料を体の蓄えておく。

 

拷問危惧でも取り付けて、痛い目を味あわせていないだけでもありがたいと思え。

 

彼女はそんな私の目は口ほどに物を言う無言の圧力に、苦笑ではなく、苦い笑いを浮かべて、様々な話題を振ってくる。

 

噂話や都市伝説。

 

勉強や能力の事。

 

今日までの夏休みの思い出。

 

こちらは適当に相槌を打つだけだが、何の他愛のない話を情緒豊かに喋る喋る。

 

対して、私は何も話せない。

 

彼女は『この顔』に話しかけているだけであって、私はこの共有した思い出を知らない。

 

私自信の事は話してはならない。

 

絶対に、してはいけない。

 

話してみて分かったが、この佐天涙子と言う少女は『標的』の周囲の人間だが、他と比べて、平凡で危険度は皆無で、あの勢力の……からは除外されている。

 

その真っ直ぐな瞳は純粋。

 

だから、復讐なんてさせるような危険な真似はさせたくない、させてはいかない。

 

この任務が成功すれば、きっとその純粋な瞳に、悲嘆の色が混じるだろうが、そこから憎悪の色を浮かばせてはならない。

 

始末、しなくてはならなくなる。

 

そっと、『顔』に触れる。

 

あの、理由があり、私怨までもあったこの『顔』すら殺せなかったというのに、理由がなく、私怨もない彼女を死なせることなどあってはならない。

 

そもそもこんなのは理由があってもやっても良いものなのか?

 

こんなの、組織の平和のためとはいえ、彼女のような犠牲になる人達には一欠片も救いにはなりはしない。

 

これが……アイツの、見たものなのか。

 

 

「………で、この前、実家にいる弟が自分も学園都市に行きたいとか言っちゃって。1人で自炊もできない奴が何言ってんだか」

 

 

「弟、……?」

 

 

「ええ、前に話しましたけど、あたし弟がいるんです。そいつが生意気にも『俺もねーちゃんのようにチョーノーリョクシャになる』って。ったく、それがどれほど大変なものか知らないで……」

 

 

学園都市で、能力を自在に使える者など少数で、学生の大半がLevel0で、『外』の人間と何ら変わりない。

 

『外』の人間は憧れをもっているものも多いだろうけど、この『中』は生まれ持った才能により格差が決まる過酷な街。

 

佐天もその才能が開花したのは、奇蹟的な例外で、その例外が万の才能を開花させたとしてもLevel0は全学生の6割、100万を超え、弟が夢見るLevel5など7人しかいない。

 

 

「……弟がここに、来て欲しくないのか?」

 

 

無意識に、口が動いていた。

 

自分が気付かず、止めようとも思わず、問いを発する。

 

それは『顔』のものではなく、彼女自身のものであったが、佐天は気にせずに、

 

 

「うーん、ここの魅力が能力だけじゃないって分かってるんです。でも、大変なのも十分身にしみてます。何だかんだで弟が学園都市に来るなら歓迎はするけど、やっぱり母さんみたいに心配しちゃいますね。―――姉として、弟の体が一番大事ですから」

 

 

『あなたに武器は似合いません。ですが、私以上にこの凶器の恐ろしさを理解しているはずです。師である私よりも平和に貢献できる人材でしょう。だから、前線に立つべきではない。立って欲しくはない。―――は私のような汚れ仕事とは無縁であるべきなんです』

 

 

だから、その身体を大事にしろ、と……は言った。

 

<死体職人>。

 

世界中のありとあらゆる死者への魔術を学んだ私の異名は、その響きだけで不気味に思わせるが、その仕事は、死体から残留情報を読み取り、その人物の遺言が正しいものであるかを調べ、葬儀方法をまとめるなど、尊い死者へのアフターケア、だ。

 

故に私は人を傷つける、壊す、殺す、その術の恐ろしさを常人以上に理解している。

 

これが一体どれほどの苦しみを与えるのか……

 

けれど、もう私は彼の知る私ではなく、この身体も『改造』してしまった。

 

そう、―――のせいで……

 

 

(ッ……! 人肉を粉末にしてでも、扱い切れないのか……!)

 

 

不意に暴れ出す、全身の血管が破裂させんばかりの激痛。

 

まだ日が浅く抵抗するに慣れてはおらず、生命力を抜かれたように顔が真っ青になる。

 

でも、これを“読ませる”のはまずい。

 

何重にも保護(プロテクト)をかけた私でさえこうなのだ。

 

あのいけすかない男が仕掛けたのは、かつて、私が読み取って来た凶器の記録を塗り替えるほどの狂気だ。

 

もし、目の前の少女がこの『毒』を見てしまえば、間違いなく発狂してしまうだろう。

 

それは、駄目だ。

 

己の気力を振り絞り、これを抑え込む。

 

そして。

 

しばらくの沈黙の後、音もなく立ち上がる。

 

 

「あれ? どうしたんですか?」

 

 

佐天の言葉が聞こえていないかのように何も言わず席を離れる。

 

その様はまるで生ける屍のように。

 

 

「もしかして、トイレを我慢してたのかなー……“あの人”」

 

 

佐天は誰にともなく軽い口調で呟く。

 

でも、もっと別なものを感じていた。

 

しかし、彼女はもう店を去っていた。

 

 

(……ああ、殺すとも。あの裏切者は)

 

 

組織の為に、仲間の為に、そして、“不審を抱きつつも親切にしてくれた”少女の為に、彼女は慣れない武器を握る。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

―――海原光貴がもう一人いた。

 

 

 

顔立ち、背格好、服装まで何もかもが『海原』と同じその男は、全身からびっしょりと汗をかき、血走った眼でファーストフード店へと飛び込んでいく。

 

と、そこで当麻の視線に釣られて、後ろを振り返り、海原もファーストフード店の方を見た。

 

だが、男はもう完全に人込みの中に紛れてしまっている。

 

 

「いいえ?」

 

 

「今お前にそっくりの奴が店ん中に入っていったからさ」

 

 

当麻がファーストフード店の方を指差すと、海原はギョッとしたようにもう一度振り返る。

 

 

「そっくりってか、瓜二つだった―――ような」

 

 

そう瓜二つ。

 

雰囲気は少し違ったが全く同じ外見―――そう、美琴と<妹達>のような感じだ。

 

 

「海原?」

 

 

海原は心配するような顔でファーストフード店の入り口へ目を向けている。

 

 

「<肉体変化(メタモルフォーゼ)>という能力者もいますよ。御坂さんは学園都市では有名人……自分になりすまして近づこうとする者がいるかもしれません。気になりますね」

 

 

ややイライラしたように言う海原を見て、当麻は少しだけ焦る。

 

 

「なら、とっとと確かめに行こうぜ。もし違ってても杞憂で済むだけだしな」

 

 

さっさと先へ進もうとする当麻に、しかし、海原は反対に一歩退いた。

 

 

「あ、すみません。よければあなただけで確かめて来てくれませんか? 自分は先程御坂さんを怒らせてしまったみたいなので」

 

 

(―――ん?)

 

 

何か引っかかる。

 

いや、海原が美琴に配慮しているのは分かるし、納得できる。

 

海原の表情が気になる。

 

最初に出会った時から気になっていたが、今、やっと気付いた。

 

 

 

そう……その表情は、妹が嘘を吐いている時とそっくりだった。

 

 

 

「なあ……―――」

 

 

ゾン!! と当麻の顔の横へ見えない何かが通ったかと思うと、前にいた清掃ロボが粉々に破壊された。

 

 

「な…に!? 海原」

 

 

振り向くと海原が黒い石のナイフを天にかざしていた。

 

 

「ははは、全く……上手くいかないものですね―――人を騙すって」

 

 

 

 

 

ファーストフード店

 

 

 

「アンタ! 街中に出ても平気―――」

 

 

ゴス、と脳天に手刀が突き刺さる。

 

 

「お? おぉ~~~?」

 

 

「何度も言うけど、あなたは中学生。私、高校生。長幼の序は守りなさい。タメ口禁止」

 

 

ハンバーガーショップへと入ったら、長点上機学園の制服を着たギョロ目の学生、布束砥信と遭遇。

 

彼女は、幼少時より生物学的精神医学の分野で頭角を現した<学習装置>の開発者でもあるが、『実験』である暗部に目を付けられてしまったはずだが……

 

 

「あなたが心配しているのは分かるわ。however。仕事を失敗した今、向こうも一々こちらに構い続けるほど暇ではないし、私情で動くような性格ではないわ。それに『あの娘達』の内、1人だけ、RFOに帰ってきてないようだから捜さなくちゃいけないの。well。『ネットワーク』で伝えられた情報で場所は掴んでいるから、迎えに行くと言う方が正しいわね」

 

 

「え、それって―――」

 

 

「あ、御坂さん!」

 

 

と今度は店の奥から後輩の佐天涙子が現れた。

 

 

「え、っと、今度こそ御坂さんですよね? うん、このサイズは御坂さんだ」

 

 

「佐天さん? 何を指してるか気付いてない事にしといてあげるけど、何かあったの?」

 

 

あははー、何でもありません、と苦笑。

 

そして、最後に―――

 

 

「え? 海原さん? 何をやって……」

 

 

誰かが無理矢理人混みをかき分けて、ここに転がり込んできたと思ったら、よく知る人物、海原光貴だった。

 

 

「……、―――げて、ください」

 

 

全身は汗でびっしょりと濡れ、何故か右腕を覆うように真っ白な包帯が巻きつけてある。

 

そして、目を血走らせたまま叫ぶ。

 

 

「―――逃げてください! 早く!!」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

目の前には凍える目をした『海原』がこちらに黒いナイフ、黒い石を削ってできた刃物のような物を向けている。

 

 

(まさか、こっちが偽物だったのか……!?)

 

 

まるで当麻の目の色から心の声でも読み取ったかのように、『海原』は口の端を歪める。

 

 

「はは、ようやく気づいたようですね。全く、彼女と比べると―――いえ、彼女が異常だと言うべきでしょうね。しかし、本物が逃げ出すとはね。監禁なんて生ぬるい事はしないで、殺しておくべきでしたか。ああ、ちなみに自分は彼の兄弟でも他人の空似でもありません。<肉体変化>……科学では能力を使って姿をまねるようですが、我々、“魔術師”も似たような事はできるのですよ」

 

 

「何……魔術、だと!?」

 

 

黒いナイフから見えないレーザーのようなものが飛び出した。

 

そして、当麻の背後にある違法駐車の自動車に直撃する。

 

まるで焼印か何かのように、自動車のドアに複雑な印が刻まれている。

 

ぐずり、と。刻まれた溝から見えない何かが噴き出した。

 

まるで悪意のある視線のように、見えなくても感じ取れる何かが。

 

その現象は科学では説明し難い。

 

すなわち、魔術。

 

1秒の空白の後、

 

 

ゴンギン!

 

 

という轟音と共に、自動車のドアからガラスからシャーシからタイヤから、あらゆる部品がバラバラに分解された。

 

大雑把に切断されたり引き千切られたりといった“破壊”とは違う。

 

ネジ、ボルト、溶接部分など、あらゆる部品と部品の結合部分が綺麗に外れて“分解”されているのだ。

 

まるで完成したプラモデルを組み立て前のパーツに戻すような。

 

当麻はそれを見て、血の気が引いた。

 

もしこの得体の知れない攻撃が人間に直撃した場合、どの部品がどうなるのか…何となくその答えが予測できたからだ。

 

人混みにどよめいた声が波紋のように広がっていく。

 

しかし、それは悲鳴やパニックのようなものではなく、“不思議な現象”として処理されており、“攻撃”とまでは思考が追いついていないらしい。

 

『海原』は周りを見ておらず、続けてナイフを振るおうとする。

 

 

「!?」

 

 

当麻の背中から嫌な汗が噴き出してきた。

 

一撃必殺。そして、不可視。

 

<幻想殺し>があろうと、見えなければ反応するのが困難。

 

詩歌から銃口の向き、引き金のタイミングで弾丸を回避する術は(特注モデルガンで“身体”に)教え込まれている。

 

だが、1番の脅威は『海原』が放つ得体の知れない攻撃は大雑把すぎて、予測がつかない事だ。

 

たった5mも離れていない距離で2度も外したのだ。

 

それでいて、掃除ロボットと自動車を一瞬で破壊し尽くすときた。

 

辺りにはたくさんの人がいる。

 

彼らはこれが攻撃だとは気付いていない。

 

そして、海原は周りの被害など考えてもいない。

 

このままここで暴れれば、流れ弾で彼らを傷つけることは明白だった

 

 

「くそ!」

 

 

当麻は危険を承知で『海原』に背を向けた。

 

とにかく人のいない所へ向かう為、大通りから脇道へと飛び込む。

 

入り組んだ路地裏を走る。

 

背後からもう1つ、不可視の武器を持つ“敵”の足音がひたひたと追ってくる。

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

(ちくしょう、一体何がどーなってんだよ)

 

 

心の中で毒づきながら、裏路地を走る。

 

 

『当麻さん、もし理解不能の現象に陥ったら、電話してください。科学側だと思ったら私に、魔術側だと思ったらインデックスさんに―――もちろん、寂しくなった時にもOKです。24時間お待ちしておりますね』

 

 

まず敵の使う攻撃がどんなものか知らなければならない。

 

幸いにして、敵の攻撃は連射性や正確性に乏しい。

 

それでも絶えず飛び道具に背中を狙われている状況というのは凄まじい重圧だ。

 

手の震えを抑えながら携帯電話を操作する。

 

 

「早く出てくれ……」

 

 

コール音は、1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回……

 

 

『は、はい! もしもし、こちらカミジョーですはい!』

 

 

「インデックス! 今、大丈夫か!?」

 

 

『とうま? どうしたの?』

 

 

「街の中に魔術師がいるみたいなんだ。狙いはまだわかんねえけど、もしかすると目的はお前かもしれねえ! 土御門の奴は……たぶん寮に戻ってる。インデックスは今から隣の部屋に避難しろ! あとそれから、お前に聞きたい事があるんだ!」

 

 

冷静に、誰かに化けていた事、手にあるナイフなどの特徴を、できるだけ冷静に『海原』について知りうる限りの情報を伝える。

 

インデックスは3秒程黙っただけで、すぐに答えを返してきた。

 

 

『そのナイフは黒曜石、かな? 鏡で星の光を反射して放たれる槍……それは多分、<トラウィスカルパンテクウトリの槍>だと思う』

 

 

『トラウィスカルパンテクウトリ』とはアステカの破壊神。

 

金星と災厄を司る神で、それが投げる燃える槍(光線)、そう金星の光を浴びた者を全てを殺すと言われている。

 

神様が扱うような本物の『槍』を使えば世界中の人が死ぬらしいが、今、『海原』が使っているのはレプリカ。

 

だが、『槍』のレプリカである黒曜石のナイフ、<トラウィスカルパンテクウトリの槍>を『鏡』として、空から降ってくる金星の光を反射させ、その光を浴びせればそれは一瞬で分解させられる。

 

 

「とりあえず攻略法を教えてくれ!! 頼む!」

 

 

『おそらくだけど、黒曜石のナイフを『鏡』にして、光を反射させて攻撃してきてるんだと思う。やろうと思えばとうまの右手でも防げるんじゃないかな? この前、しいかとクールビューティー達と一緒にサバゲー? でやってた時みたいに』

 

 

お前もいたよな。

 

<妹達>の連続射撃に、詩歌による避けた直後、しかも死角からの遠距離射撃、そして、何より怖かったのは素人(インデックス)の出鱈目な射撃……あれは本当に怖かった。

 

まあ、そのおかげで、否が応でも回避力と危険察知が上がったがな、神経が磨り減ったんだぞ。

 

でもな……

 

 

「見えないもんをどうやって防げと!?」

 

 

『それじゃあ何とかして攻撃させないようにするしかないかも』

 

 

あっさり言うな。

 

そんな事が―――ん、<トラウィスカルパンテクウトリの槍>が効果を発揮するには“光”が必要。

 

だとするなら―――

 

 

ゾン!

 

 

背後で不気味な音が鳴り響き、自転車が分解される。

 

やはり『海原』の『槍』は命中精度が高くないのかもしれない。

 

『海原』が再び後方で黒曜石のナイフを振り回すのを見て、当麻は慌てて路地の角を曲がった。

 

 

「ったく、それにしても街の真ん中でバカスカ撃ちやがって。ちっとは周りの事も考えろってんだ、あの馬鹿!」

 

 

『うーん。『設計図』たる術式さえ知られなければ、『現象』たる魔術は目撃されても問題ないしね。知識のない人間が『現象』を目撃したって、そこから『設計図』を逆算する事はできないもん。できるとしたら、しいかくらいだよ』

 

 

「いやあの……そう言う事が言いたいんじゃねーんだけどな」

 

 

当麻は溜息をつきながら、さらに細い路地の角を曲がる。

 

事態は一刻も争うが、聞きたい事はまだあった。

 

 

「くそ。じゃあアイツの変装も同じような魔術なのか?」

 

 

『そうだね。もともとその槍はアステカの神様の名前……アステカの神官は生け贄の皮膚を剥いで着る技術があるから、その応用だと思う』

 

 

呼吸が止まった。

 

それどころではないと分かっていても、注意しなければ足が止まりそうになる。

 

 

「皮膚を……なんだって?」

 

 

『着るの。ナイフでベリベリと剥がして。変装ってだけなら手足の皮膚をちょっと切って護符を作れば姿形がまねる事ができるね』

 

 

指先からじわじわと嫌な感触がせり上がってくるのを感じた。

 

背後に迫る追撃者が一気に不気味さが増す。

 

 

「何だよそれ。魔術師ってのは目的のためならそこまでやるもんなのかよ」

 

 

『とうま! それって、職業差別―――』

 

 

聞いてる暇はないので当麻は携帯を切った。

 

これからどうするか。

 

走りながら状況を整理する。

 

敵はアステカの魔術を扱う魔術師。

 

魔術師という事はインデックス絡みの可能性が高い。

 

何故なら、インデックスは10万3000冊もの魔導書を記憶している<禁書目録>。

 

しかし、それだと理解しづらい部分がある。

 

あの魔術師は『海原光貴』に化けていた理由だ。

 

海原は美琴の知り合いであって、当麻やインデックスとの直接的な繋がりはない。

 

もしかしたら、詩歌との繋がりはあるかもしれない。

 

だとするなら、理屈は通る。

 

だが、何となくだが納得はいかない。

 

駄目だ。何故か頭の中がもやもやとする。

 

 

『当麻さん、いくら考えても答えが出ないときは結果論で決めた方がいいですよ。だから、難しい事を考えるのは倒してからです』

 

 

「そうだな、詩歌」

 

 

当麻の瞳に迷いが消えた。

 

 

 

 

 

ビル工事現場

 

 

 

曲がった路地の先に行きついたのはビルの工事現場。

 

シャベルやセメント袋や建築機材がそこかしこに置かれており、作りかけの屋上部分にはクレーンでも設置されているのか、巨大なアームが頭上に覆い被さっている。

 

背後を振り返ると、曲がってきた角から着実に敵の足音が聞こえてくる。

 

もう逃げられない。

 

 

(あれだ!)

 

 

否、もう逃げない。

 

曲がり角から現れた『海原』は当麻の姿を見つけるなり、その手の中にある黒曜石のナイフを振り上げる。

 

 

「この距離ならはずしませんよ」

 

 

互いの距離は5mもない。

 

だが、当麻は一か八か反撃に出る事はせず、掴み取ったシャベル、セメント袋に突き刺し、袋に入っていた灰色の粉末を振り回した。

 

『海原』の視界が、周囲が、天井が―――全て灰色一色に塗り潰される。

 

<トラウィスカルパンテクウトリの槍>は金星の“光”を利用して『槍』を放つ。

 

そう攻撃するには“光”が必要。

 

そう当麻は“金星”と“鏡”を繋ぐ空間そのものをセメントの粉末で遮ったのだ。

 

 

「チィ」

 

 

だが、『海原』は素早く後方へ飛び、工事現場を覆っている灰色のカーテンを、

 

 

―――ビュウ

 

 

黒曜石のナイフで切り裂き、その瞬間、何の前触れもなく突風が裏路地を吹き荒れる。

 

周囲を覆い尽していた灰色のカーテンはまとめて取り払われ、ビルに切り取られた青空が再び顔を出す。

 

金星の“光”が、その恩恵が、じかに『海原』の元へ、<トラウィスカルパンテクウトリの槍>へと降り注ぐ。

 

そして、『海原』は当麻の眼前で、黒曜石のナイフを振り上げた。

 

 

「ハッ……これで終わりです! 覚悟してください!!」

 

 

角度を決定する。

 

金星と鏡と標的を接続する。

 

魔力を注ぎ呪を紡ぎ、星の光を見えざる槍に変貌させて一直線に敵を貫き通す。

 

が、しかし、当麻の狙いはまだあった。

 

 

「な……馬鹿な! 金星の位置も角度も完璧なはず」

 

 

何の変化もない。

 

おかしい。条件は全部満たしていたはずだ。

 

なのに何故『槍』が放たれ、当麻の心臓を貫き、肉屋の牛の解体のように綺麗に分解されないのか。

 

『海原』はまるで電池の切れた懐中電灯を見るように、己の手の中にある黒曜石のナイフを見る。

 

 

「くっ……―――」

 

 

<トラウィスカルパンテクウトリの槍>は黒曜石のナイフ。

 

黒曜石は、自然に生体電波とほぼ同じ微弱電流を連続して発生させる性質があり、それにより細胞を活性化させ、自然治癒力を高める効果がある。

 

と、詩歌から(散歩の最中にたまたま拾った?)黒曜石を加工して作ったマッサージ棒を使ったマッサージの際に聞いた事がある。

 

ということは、黒曜石は、擦ったりするだけで静電気が起き帯電してしまうとされる黒曜石は表面に埃がつきやすい。

 

だとするならば、セメントの粉末が舞っている空間で灰色のカーテンを切り裂いた(擦られた)黒曜石のナイフはどうなるのか?

 

 

「―――セメントの粉か!」

 

 

黒曜石のナイフの表面に、ざらついた灰色の粉末がこびりついており、チョークの粉がびっしりとついた黒板消しのように、元の色が分からなくなってしまっている。

 

黒曜石のナイフの役割は“鏡”―――降り注ぐ金星の光を反射・調節するためのもの。

 

その“鏡”が曇ってしまえば、金星の光に接続する事はできない。

 

すぐさまセメントの粉末を―――

 

 

「!!?」

 

 

肌が粟立った。

 

全身の肌が粟立った。

 

この世界にいれば敵意は飽きるほど知っているし、殺意だって感覚が麻痺するほどぶつけられてきた。

 

だけど、闘志は。

 

自分自身へ直接向けられている大気を震わすほどの圧倒的な、純粋な闘志は初めての体験だった。

 

 

「うおおおおぉぉっ!!!」

 

 

『海原』は咄嗟に本能が示すままに、懐に迫りくる当麻に黒曜石のナイフを振るう。

 

効果を封じられても黒曜石のナイフは刃物。

 

刃物を前にすれば誰でもいくらか動きが鈍るもの。

 

 

(詩歌と比べれば全然怖くねぇな)

 

 

だが当麻は、左から迫りくる凶刃を難なく詩歌から貰った時計を盾にして逸らし、

 

 

ガン!!

 

 

と鈍い音が炸裂して顎を真上に跳ねあげる。

 

『海原』の手から黒曜石のナイフはすっぽ抜けて、無防備に。

 

 

「―――」

 

 

一息に3連打。

 

その身体は宙に浮き、咄嗟にガードした腕の骨の髄まで激痛が響き、ガードを突き抜けて腹にもらった一撃が胃液を逆流させる。

 

 

「はあああぁっ!」

 

 

最後に、虎が爪を振るうような荒々しい蹴りが肋骨まで食い込んだ。

 

 

「が、は……っ!!」

 

 

衝撃が身体の末端まで突き通る。

 

元々、得体の知れない術式に頼りきりで身体を鍛えていないせいか、その一撃で呼吸が止まり、身体がくの字に曲がる。

 

まさに剛風。

 

『海原』は何とか脇を抑えながら立ち上がろうとするも、酔っ払いのように足元がおぼつかず、立ち上がれない。

 

決着は、付いた……

 

だが、その瞳にまだ諦めとはほど遠い執念の炎は消えていない。

 

そう、倒されたのはこれが初めてではない。

 

 

 

つづく


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