とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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夏休み最終日編 裏話 偽デート

夏休み最終日編 裏話 偽デート

 

 

 

常盤台女子寮 食堂

 

 

 清潔で格が高いエリートお嬢様達が集う名門常盤台の食堂。

 外からは小鳥の声が聞こえ、囀るようなあの響きは、中庭の木にでも止まっているのか、それとも水場で羽根を洗ってでも居るのだろうか?

 窓際で朝日を浴びながら御坂美琴はただ静かにお茶を愉しむ。

 普段は勝ち気が過ぎて、世間一般的なお嬢様には見えないが、少し憂鬱そうに溜息をついている今の美琴は深窓のお嬢様と言ったところである。

 

「夏休みも今日で終わりかぁ……」

 

 美琴は数少ないLevel5として常盤台のエースに君臨している。そのカリスマ性や桁外れの能力は、無自覚ではあるが数多くの学生達を虜にしている。

 今も、美琴の憂鬱そうな様子を見て、周囲の女学生が『何やら物憂いのご様子ですし』とか『『常盤台の姫君(エース)』ともなるとわたくし達にはわからないお悩みがあるのかもしれませんわ……』とか囁き合っている、が……

 

(うがーっ、気になるっ! 密室×密室探偵の続きがー! 先週号いいところで終わってたのよね~)

 

 と、女学生の予想は見当外れで、ただ漫画の事を考えていただけである。

 美琴の趣味は、コンビニで漫画の立ち読み。お嬢様らしからぬ趣味である。

 しかし、そう言う趣味を持つのは美琴だけでなく、だいたい女学生が世間の普通の女の子と変わりない。どんな環境にいようと彼女達は日本の中学生なのだ。

 もちろん、少数ではあるが趣味が乗馬、特技がピアノ、と言った小説や漫画に出てくるようなお嬢様もいる。

 ……約1名、それとは真逆の、それこそ漫画に出てきそうな族を率いる型破りなお嬢様もいる。

 

(そろそろコンビニに新しい号出てるわよね?)

 

 今は夏休み。学校がない為、放課後ではなく朝から、この胸に湧きたつ衝動に駆られても問題はない。

 

「行くか」

 

 一刻も早く漫画を読もう、とコンビニに出かけようとした時、ここに実習に来ているエリートメイド、土御門舞夏が声をかけてきた。

 

「みさかみさかー、どっか出かけるのかー?」

 

「ん? 向かいのコンビニよ」

 

「コンビニ行くならいかがわしい漫画を買ってきてほしー、あれだよ、あれー、少女向けで妙になまめかしいやつ」

 

「なまめ……?」

 

 美琴、客を使いっぱしりにするとは、相変わらず、やけにフレンドリーなメイドらしからぬメイドである。

 というか、有能なくせして全く働かない自称天才メイドもいるし、あの繚乱家政女学院は一体何を教育しているのだろう?

 そもそも、それは明らかに18歳未満販売お断りの品だ。

 

「土御門、一応アンタはメイドさん見習いなんだから―――って、ん?」

 

 前に同じような事があったような………既視感?

 ん~っと、あ、詩歌さんに聞きたい事があったような―――

 

『ふふふ、美琴さん。人の本を勝手に見るのはいけないと思いますよ』

 

 あれ? 急に寒く……真夏なのに……寒い……

 

「みさかみさかー、どうしたー? 顔青くしてー。具合でも悪いのかー?」

 

「う、うん、何でもないわ、土御門。ただ、ちょっと、ここ冷房効き過ぎじゃないの?」

 

「そうかー? 私はそうでもないと思うぞー」

 

「そう…なら、私の気のせいね。うん、気のせい、気のせい」

 

 と、美琴は何だか原因不明の寒気を感じつつも食堂を出ていった。

 

 

道中

 

 

(今のは一体何だったのかしら? この脳を揺さぶられるような感覚……そして、一瞬見えた微笑……………うん、これ以上この事を考えるのは止めよ)

 

 そこで何故か詩歌の顔が思い浮かんだが、これ以上この真相は暴いてはいけない気がするので止めた。そして、美琴の関心は原因不明の寒気から詩歌について方向転換する。

 確か詩歌は昨日、寮ではなくRFOに外泊した。ちゃんと、寮監から外泊許可を貰っていたし、問題はないだろう。

 

(そういえば、ここ最近、詩歌さんと2人っきりで遊んでいないわね。それに当事者だったからこそしばらく『実験』の事から離れて、息を整えるためにも落ち着いて最低でも夏休みの間は休むべきですって、それで何だか色々とまかせっきりになっちゃてるし……漫画を読み終わったら詩歌さんの所に行こうかしら?)

 

 と、今日のスケジュールを組みながら常盤台の寮を出た時、横合いから男に声をかけられた。

 

「あっ、御坂さんじゃないですか。おはようございます」

 

 うっ、と美琴は一瞬硬直してから、何か物凄く苦手なものを前にした顔を必死に押し殺しつつ声の飛んできた方を振り返る。

 

「お…はよう、ございます」

 

 彼の名は、海原光貴。

 美琴より一つ年上で、背が高く、運動してもパソコンのキーボードを叩いてもサマになるという反則的容姿で、まさに爽やかが服を着たような好青年である。

 常盤台中学の理事長の孫だが、自身の権力を振るおうとはせず、相手との距離を冷静に測り、目下の相手にも目線を合わせて対等な立場から話をしようとする人間で性格も完璧だと言える。

 

「嬉しいなぁ。今ちょうど御坂さんの事考えてたんです」

 

 しかし、近頃、何故かしょっちゅう付きまとって来る。

 

「そうしたら本物が現れるなんて運命的なものを感じませんか?」

 

 背が高く、ルックスも良く、金もあるし、性格も良い。思わず背中を掻くほどのむず痒いの美辞麗句をサラリと言えるとは、美琴でなくても恥ずかしいことこの上ない。

 何にせよ、まさに王子様と言った所で、もし言い寄られたら、普通の女学生は絶対にものにしたい高物件である。

 けど、美琴は苦手だった。意図的に相手と視線を合わせてから対等に、という“大人”な部分が肌に合わない。しかし、“大人”として接してくるため、どこぞの高校生と同じようにビリビリで対処するのは、自分が酷く子供のように見えてしまって躊躇われる。そもそも、そんな風に能力を使ったら詩歌に怒られる。

 美琴が海原に何となく苦手意識を抱いているのは四六時中、部活の先輩に接するように気を遣わねばならないからだ。

 詩歌も海原と同じように思えるが、詩歌の場合は“大人”というよりは“姉”という感じで親しみやすさが違う。

 それに結構子供っぽいというかお茶目なので、美琴としてはあまり気を遣った事がなく素直に甘えられる貴重な存在だ。

 

(おっかしいわねー、それにしても。ちょっと前までは、こんなに付きまとわれる事もなかったのに。近頃は毎日毎日……。むむ、夏が男を変えたのか……やな変わり方よね……って、そういえば、詩歌さんが1年の頃に告白していなかったっけ)

 

 そう、2年前、まだ美琴が常盤台に来る前の話だが、詩歌と遊ぼう、と小学校から常盤台に来たとき、校門で海原が詩歌に告白し、撃沈したのを目撃した事がある。

 

(ってことは、もしかして、また詩歌さんに―――って、訳じゃなさそうよね)

 

 海原は決まって美琴が1人の時に現れる。そして、詩歌が来たときは逃げるように立ち去ってしまうのだ。

 以前は、美琴とも詩歌とも変わらず同じように、街で会ったら話し掛けてくるぐらいのもので、立ち話はするけど互いのスケジュールには干渉しなかった。

 

「どうでしょう? 近所に美味しい魚料理のお店があるのですが、是非ご一緒に」

 

 押しの強さはかえって鬱陶しく取られるかもしれないが、互いの距離を測るためにも、いきなり遊園地に誘うよりも、喜びを共有しやすい環境……そう、同じ物を口にする食事へのお誘いがベターだと言える。

 しかし……魚料理は如何なものだろう?

 年頃の少年少女ならカフェが妥当だと思うのだが、近所のお店事情に詳しいならもっと女の子が喜びそうな選択肢はなかったのだろうか。

 声をかけるタイミングもお店のチョイスもこれでは、折角の爽やかスマイルが台無しである。

 朝食の直後に食事に誘うんかいコイツは、と美琴が思っても無理はない。

 

「誘ってくれるのは嬉しいんだけど……私にも用事があるというか……(言えない……コンビニに立ち読みに行くなんて……黒子や詩歌さん、それからあの馬鹿だったら特に気にしないんだけど)」

 

「用事? 自分と一緒では行きづらい場所ですか?」

 

「そ、そうっ! それなのよ!」

 

 美琴はポン、と手を打ち、

 

「今からちょこっとデパートの下着売り場に行こうかと思って。ほら、男の子には辛い場所でしょ?」

 

「ご一緒しますよ」

 

 寸分の狂いもなく、一欠けらの迷いもなく、キラキラ光る笑顔で即答。

 いや、いくらなんでも下着売り場への同伴はNGだろう……

 まあ、この空気の読めない感じも王子様と言ったところか?

 

(素で突破されたーっ!?)

 

 美琴は言葉だけで男をあしらうやり方は苦手だ。

 昔からこういった事に百戦錬磨の詩歌が告白され、上手にお断りするのを近くで見てきたので上手く男をあしらうやり方は知ってはいる、が。

 しかし、知っているのとやるのとでは次元が違う。

 

(う~、こうなるんだったら、詩歌さんに。でも……)

 

 今からこっそりメールで詩歌に助けを呼ぶ手もあるが、わざわざ男を追い払う為に呼びつけるのは若干気が引ける。

 

(まいったなぁ~~、別に悪い人じゃないんだけど……。このキラキラパワーが肌に合わないとゆーか……)

 

 美琴は心の中で頭を抱える。

 

「どうしました? 行きましょう」

 

(うわー、どど、どうしよう。あ、そうだ他の男と待ち合わせしている事にしよう。流石にそれならご一緒できまい。よし、ベタな手段だけどテキトーな男にくっついて『ごめーん待ったー?』とか何とかアドリブで演技してみるべし! 巻き込んだヤツには迷惑かけそうだけどジュースの1本ぐらい奢ってやるわよ!)

 

 だが、見渡す限り、肝心の相手がいない。

 何故なら今日は8月31日。住民の8割が学生である学園都市にとって今日1日は『家に引きこもって残った宿題と格闘する日』である。

 うわもー、これ絶望的だわー、と美琴が再び心の中で頭を抱えたその瞬間、まるで神様が願いを叶えてくれたように通りの角から3人の少年が現れた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 あれから、インデックスから『しいかに手伝ってもらえば』という案が出たが、却下した。

 兄が妹の、と逆ならともかく、妹が兄の宿題を手伝う…それは流石に兄として超えてはいけない一線だろう。そもそも詩歌は結構生真面目だから当麻の宿題を手伝うという事はたぶんない。その代わりに、鬼教師としてギリギリ廃人になるかならないかの殺人的なタイムスケジュールでスパルタなメニューを組んでくれるに違いない。

 ……絶対にばれたらあかん。

 本来、今の当麻には表通りを歩いている余裕はないが、今後の、徹夜の長期戦に備えてコンビニに缶コーヒーを購入……しようとしたのだが、いつも飲んでいる銘柄だけがぽっかり、と穴が空いたようになかった。

 そして、肩をガックリと落としながらコンビニを出た時、青髪ピアスと土御門に捕まった。

 宿題をとっくに終わらせたクラスメイト達は夏休み最後の思い出を作りたいらしい。

 というより……

 

「うぉあー、今年の夏も何もなかったなー、空からいきなり女の子が降ってきたり、雨の日のダンボールに猫耳少女が収まったりしてへんかなー?」

 

「ラブコメしたいぜいラブコメしたいぜい。共学の学園生活だから、メインヒロインが幼なじみに先輩後輩クラスメイト先生で、サブヒロインはツンデレな委員長タイプで、全員男性経験皆無のようなラブコメ新学期が訪れないかにゃー?」

 

 どちらも現実味皆無の意見に当麻を思わず頭を抱えてしまう。

 

「キミタチ、現実性ゼロの会話で盛り上がってないでちょっとはトモダチの宿題を手伝ってやろーかなーとは思わんのかね?」

 

「ええやん、カミやん。宿題やってないなら、後で小萌先生と2人っきりの個人授業が待ってますよ?」

 

 残念だが、個人教師は間に合っている。

 

「というか、カミやんの宿題を手伝ったってラブコメには繋がらんぜよ。数学の問題集に引き寄せられて空から女の子が降ってくるなら喜んでアシストするけど、そうでもないなら、何が悲しくて男の宿題を手伝わなきゃいけないんだにゃー?」

 

 ああ、お前は旅行時に見捨てられてから薄情な奴だってわかってたよ。

 と、明らかに人の不幸を楽しんでいる2人に当麻は暗い笑みを浮かべる。

 

「何というか、本当に友達がいのない人達ですこと。ってか空から女の子が降ってくるって何だ! お前らの好みのタイプは空挺師団所属なのか!?」

 

 だとしたら、相当特殊な趣味をお持ちのようだ。

 

「好み……? 何甘っちょろい事いうてんねん、カミやん」

 

 当麻の発言を軽く鼻で笑う。

 それは、『はっ、戦闘力たった5のゴミか。貴様に格の違いというのを見せてやろう』と言った感じである。

 そして、青髪ピアスは魂の叫びを、

 

 

「ボクぁ落下型ヒロインのみならず、義姉義妹義母義娘双子未亡人先輩後輩同級生女教師幼なじみお嬢様金髪黒髪茶髪銀髪ロングヘアセミロングショートヘアボブ縦ロールストレートツインテールポニーテールお下げ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛セーラーブレザー体操服柔道着弓道着保母さん看護婦さんメイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さんロリショタツンデレクーデレヤンデレチアガールスチュワーデスウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ電波系妄想癖二重人格女王様お姫様ニーソックスガーターベルト男装の麗人メガネ目隠し眼帯包帯スクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット水着バカ水着人外幽霊獣耳娘まであらゆる女性を迎え入れる包容力を持ってるんよ?」

 

 

 広い。果てしなくストライクゾーンが広すぎる。これではピッチャー、投げる所がない。敬遠球さえも打ってしまいそうだ。

 というより、

 

「1個明らかに女性じゃねーのが混じってんだろ」

 

 確かに、『ショタ』は男の子だろう。

 というより、よくここまで一気に早口で言えたものである。そして、当麻も良く聞き分けられたものである。

 ……ただ、『ショタ』はあるのに『男の娘』がないところから察すると、あの超剛速球のインパクトでトラウマになったか……

 当麻はぐったりしながらツッコむと、土御門がニヤニヤ笑いながら、

 

「でも、カミやんには詩歌ちゃんがいるぜよ? 妹との個人授業なんて、シスコン軍にとっては至福の一時に違いないにゃー」

 

「うるせえな! 俺にも一応兄の意地があんだよ」

 

「そやそや。マイラブリーエンジェル詩歌ちゃんがいるやないか! そう言えば、僕、あの時、途中からずっと放置されて寂しかったやで! あのまま医務室のベットで眠っていれば、詩歌ちゃんが優しく起こしに来てくれると思ったんやけど、来たのはめっちゃ怖いおっさんやったし」

 

 陽菜との試合の後、途中退場した青髪ピアスは医務室で詩歌が起こしに来るのを寝た振りをしながらずっと待っていたが、来たのは強面のオッサン、東条だった。

 

「知るか! つーか、マイラブリーエンジェルってなんだ! ウチの妹はテメェのもんじゃねーんだぞ、コラ!」

 

 ふと、そこで土御門が何かに気付いたようにポン、と手を打つ。

 

「そういや、カミやん。詩歌ちゃんって、カミやんの事、いっつも『当麻さん』って呼んでるけど、『お兄ちゃん』って呼ばれたりしないのかにゃー?」

 

 グサッ。

 

 青髪ピアスを凄んでいた当麻がいきなり哀愁を漂わせながら路上でへたりこむ。土御門の言葉は触れてはいけない部分を貫いたらしい。

 詩歌は稀にしか、本当に極稀にしか自分の事を『お兄ちゃん』と呼ばない。

 まあ、兄妹の関係は人それぞれだと思うし、普段は『兄の威厳? それどこにあるの?』と言った感じだが、それでも妹から兄と呼ばれないのは結構当麻は気にしており、夏休みの最初の頃は、これはもしかすると、記憶を失う前の自分はよっぽど兄らしくなかったのか? と思い悩んでいたりもした。

 

「ま、良いお兄ちゃんしていると思うけど、カミやんはちょーっと頼りないから詩歌ちゃんに『当麻さん』と言われても仕方がないにゃー。これを機にオレを見習ってみたらどうですたい?」

 

 と、上から目線で当麻ににこやかに手を差し出す。

 

「はっ、土御門。まさかそれ、本気で言ってんじゃねーよな?」

 

 しかし、当麻はその手を払いのけ自分で立ち上がる。

 勘付いた青髪ピアスが後ろで『言うな、カミやん!』と叫んでいる。

 

「ど、どうしたっていうんだぜぃ?」

 

 何やら不穏な空気に土御門は足元が崩れかけているかのように激しく狼狽する。そんな土御門に、土御門の幻想(おもいこみ)を殺す真実(ことば)を当麻は告げる。

 

 

「お前の義妹はな、“誰にでもお兄ちゃん”という女だ」

 

 

 それは土御門にとって妻が浮気していると等しかった。

 何だとコラァ!! と土御門は両手を振り上げて激怒する。

 

「そ、そんなはずはないぜよ! オレの妹がいつどこで誰にどういった理由でオレ以外の男にお兄ちゃんなどと呼んだというんだにゃーっ!」

 

 ここは一思いに、と青髪ピアスが武士の情けとして介錯を入れる。

 

「そやねー。一昨日駅前のデパ地下のレストランでご飯奢ったらありがとうお兄ちゃんって言われたで」

 

 そして、当麻が首を刎ねる。

 

「っつーか昨日、そこの表通りで出会い頭に今日はお兄ちゃんって言われたぞ」

 

 ガタッ。

 

 今まで信じていた…足場が…崩れ……た。

 

「確かに、当麻さんは詩歌からお兄ちゃんなんて滅多に呼ばれねぇ……けど、詩歌は当麻さん以外を“絶対にお兄ちゃんとは呼ばない”。そう、このオンリーワンのありがたさは守護者であり、英雄であり、保護者である真のお兄ちゃんでしかありえないッ!! なあ、土御門。お前は守護者であり、英雄でもあると認めているが、最後の決定的な“保護者”としての兄の自覚が抜け落ちてたんだ。……これで、どちらが兄として上かわかっただろ?」

 

 形勢逆転。今度は当麻が上から目線で土御門を見下ろす。

 が、

 

「……なあ、上条当麻。まさか、それは本気で言ってるのか?」

 

 顔を伏せながら、ポツリ、と土御門、その言葉遣いから雰囲気までまるで別人。

 あの時の裏としての顔を見せた時のように、全身から滲み出る妙な重圧に当麻たじろぐも、この同士を、兄の暗黒面(ダークサイド)から救うべく説教。

 

「ああ、そうだ。土御門、例え義理でも妹に手を出そうとするのはしちゃけない事なんだ」

 

「ふっ、そうか……。なら、良い事を教えてやる」

 

 ゴクリ、と息を呑む。

 気付いた青髪ピアスが後ろから『カミやんに言っちゃダメ!』と叫ぶが、

 

 

「詩歌ちゃん、ここ“一週間で少なくても10人以上の男に告られた”ぞ」

 

 

 それは当麻にとって寝取られる感覚に近かった。

 

 な、んだと……ッ!? と当麻絶句。

 

「あの削板っつう根性男だけじゃなかったのか?」

 

「その様子だと、知らなかったようだが、スポーツ対決、webの水着モデル、祭りの巫女さんで、『あの可愛い子ダレ?』って一目惚れ野郎が続出している。流石兄妹。昨日なんて道端でバッタリ会って即告白されたようだ。……あと、青髪ピアスがお茶に誘って断られている」

 

 やれやれ、と土御門はゆっくり立ち上がると、

 

「な、なあ……それでまさか」

 

「まあ、安心しろ。全員、後腐れのないように丁寧に断ったようだし、おかげでそいつらは皆ファンになっちまってるが――――けどな、そこで一瞬でも不安になっただろ?」

 

 ガタン。

 

 図星を、突かれ……当麻の足が、ぐら…つく。

 

「分かったか? 兄にとって、オンリーワンは、妹自身だと。彼氏を作り、嫁に出ていってしまったら、そのオンリーワンを、そして、ナンバーワンの座を手放さなきゃいけない。上条当麻、本当にそれで良いのか? いや良くないだろ。言わなくてもその反応で分かる。だから、自分に正直になって暗黒面(こっち)へ来い」

 

 再び形勢逆転。

 だが、当麻は必死にその誘惑に抗う。

 

 

 ―――ぶっちゃけ、これ50歩100歩ちゃうんの?

 

 

 とその時、口にはしなかったが青髪ピアスは思った。

 そこで当麻はぐぐっと二本の足を地面に突き立て、

 

「俺はそんな手段に頼らねぇ。ああ、上条当麻はお兄ちゃんだ。どっかの誰でもお兄ちゃんの特権を安売りさせちまっているアホなシスコン軍曹とは違ぇ……あと、青髪ピアス、ちょっと話がある」

 

 バギン。

 

 と、土御門の奥歯の辺りで何かを噛みつぶすような音が聞こえた(ええー何か僕、思いっきりとばっちりちゃうん!? と後ろで青髪ピアス絶叫)。

 

「殺す。っつーかそもそも人の妹と勝手にコンタクト取ってんじゃねーぜよ!!」

 

「それはこっちの台詞だ。俺の許可なしに人の妹を調べ上げてんじゃねーよ!!」

 

 かくして、怒りに満ちた兄の拳が衝突(その間には、青髪の変態紳士が挟まっていた)。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 美琴はその3人組を見るなり、たっぷり10分間も凍り付いてしまった。

 その間に、当麻と土御門に挟み撃ちにされ、青髪ピアスは沈み、その後2人は天王山で競い合う武将の如く一歩も退かず、世紀末覇王伝のように拳を合わせただけで雲を割るような覇気溢れる激闘を繰り広げていた。

 これはもしかすると後世に語り継がれるのかもしれない。

 海原が時折、遠慮がちに美琴の顔の前で手をパタパタ振りながら『もしもし?』と言っていたが、美琴はそんな事にも気付かない。口の形を『ごめーん待ったー?』の『ご』の形にしたまま呆然と2人のシスコンの災害レベルの真剣喧嘩を目で追い掛けると……

 

 

「土御門ぉおおおおおおっ!!」

 

「上条当麻ぁああああああっ!!」

 

 

 あの時の決着をここで付けんばかりに互いに顔面をぶん殴って倒れ込んではすぐさま立ち上がり、今度は顔と腹、次に腹と顔。胸倉を掴んでは殴り、蹴り飛ばしては踏みつけ、足をすくっては殴り飛ばす、とガードも捌きも何もない取っ組み合いの大喧嘩。

 

 ……ど、どうしよ。ベタだけど待ち合わせのフリして切り抜けようと思ったのに。

 このタイミングであんな白昼堂々マジ喧嘩しているような奴らしかいない。

 ここで割って入れるヤツがいるとすれば、2人に巡って争われてるヒロインくらいのもので、第三者が彼氏役をお願いしようなどギャクチックなんちゃってヒロインでしょう。

 しかし、ここら一帯にはあの3人(その内1人は撃沈)しかいないし、このままいくと残る2人もクロスカウンターで劇的な両者ノックダウンする可能性が高い。

 ここで海原の出鼻を挫かないと、ズルズルと1日中このミスター爽やかと一緒にいる羽目になりかねない。

 

(~~~!!!! やっぱり、アイツに)

 

 美琴は決断する。

 

「御坂さん?」

 

 目を瞑って走り出す。

 もう周囲の目など気にしていられない。

 笑おう。

 詩歌さんが言っていた。つらい時やピンチな時ほど笑えと。

 だから、笑おう。

 そう、一瞬恥をかくだけ! 今だけ誤魔化せたらいいんだからっっ!

 『私の為に争わないで』なんて一生モンの自爆は舌を噛んでもNGで、目を瞑って『待った~?』

 うん、これよ!! よし。

 今できる限りの、極上の笑みを浮かべて特攻。

 神風特攻少女の行方は……

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ご、ごめーん、待ったぁ~~?」

 

 

 背後から聞こえてきた女の子の声に、クライマックスに、クロスカウンターする寸前に突入しかけていた当麻と土御門の2人は水を差されたと言わんばかりに渋い顔をして拳を止めた。

 当然ながら彼らは女の子の待ち合わせなどしていない。

 『あー近くにモテモテさんがいる訳ですか僕達には縁のない話ですねちくしょーっ!』と心の中で歯軋りをする。

 さらに、死人と化した青髪ピアスも怒りの復活。

 今、ここに、モテない? 同盟の結成である。

 2人の戦争は締結の――――

 

「待ったー? って言ってんでしょうが無視すんなやこらーっ!!」

 

 いきなり、当麻の背後から、アメフト選手も惚れ惚れするような見事な低空タックルされた。

 背骨がゴキッ、とくるくらい強烈な勢いで当麻と神風特攻少女は勢い余って歩道の上へ転がる。

 抱き付くならまだしもタックルは嬉しくない。

 当麻は少女に押し潰されたまま、どうにか体を捻って自分の腰にまとわりつくその人物の正体を確かめようとして

 

「なんだぁ~? っゲ、御坂!?」

 

「(お願い話し合わせて)」

 

「は!?」

 

 少女、美琴の内緒話に当麻は目を点にする。

 そして、モテない同盟は破棄。

 だって、裏切り者がいたんですもの。

 

「やっぱり、カミやんは僕たちの敵や……このフラグ独占状態を何とかしないと、僕たちの明日はなさそうやね……」

 

「……というかカミやん、フラグの単位は何ケタ単位だったっけ?」

 

 ヤバい。

 土御門は素に戻ったけど、特に青髪ピアスがヤバい。死にかけていた雑魚キャラが一気にボスキャラに進化しやがった。きっと怒りのせいで、スーパー○○○人に目覚めてしまったのだろう。

 美琴の悪癖、怒りの電撃も怖いが、今の青髪ピアスはもっと怖い。

 どこか遠く逃げなければ、……少し離れた歩道でこちらを見ている爽やか男を睨みながら小さく拳を握っている美琴に当麻は早くどけと急かし立てる。

 しかし、美琴は迫りくる脅威には気付かず深呼吸してのんびり落ち着こうとしている。

 

「あっはっは! ごめーん遅れちゃってーっ! お詫びに何か奢ったげるからそれで許してね?」

 

 そして、美琴は当麻を起こしながら爽やか男に必死の作り笑顔を向ける。

 

「ってな訳で、私コイツと約束してたりして。ごめんねー海原さ―――」

 

 

 ザワザワ……

 

 響く大声。

 

 絶句する当麻。

 

 本気で時間が止まる土御門と青髪ピアス。

 

 遠くで気まずそうに視線を逸らす爽やか男、海原。

 

 そして……

 

 

 キャーキャー……

 

 アノカタガミサカサマノ……

 

 ドコカミヲオボエガアリマスヨウナ……

 

 ア、 アレハシイカオネエサマノオニイサマ…////

 

 アレレ~ミコトッチトトウマッチッテソウイウカンケイダッタンダァ~。ウン、シャシンシャシン。イマスグ、シイカッチニ―――イヤ、オモイロソウダカラ……

 

 オッオネエサマガヨゴサレ……!? シンジマセン。クロコハシンジマセンワアアアァ~……

 

 

「!、!、!!」

 

 窓際で歓声を上げているお嬢様達(約1名は悲嘆の声をあげている)に、

 

「面白い。寮の眼前で逢引きとはいい度胸だ御坂」

 

 詩歌の師匠で、学園都市で詩歌と素手で渡り合える数少ない最恐の女戦士(アマゾネス)、常盤台の寮監が高みから呪縛とも言える重圧を掛けながら凄んでいた。

 そのあまりの剣幕の凄さに、スーパー青髪ピアスも寮監の威圧感にへたり込んでしまった。

 

「あ、ははは」

 

 羞恥、悲哀、そして、恐怖に美琴が壊れたラジオのように笑い声をあげている。

 

「あはははははーっ! うわーん!!」

 

 暴走乙女特急(みこと)憐れな子羊(とうま)を乗せて、超電磁砲並の速度で遠くへ、ただひたすら遠くへと走りだした。

 

 

 

 

「……御坂さん」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

(……見つけた)

 

 

 何やら騒ぎが起きた場所から、あの男がこちらに気づく事なく、遠い景色を眺めるように立ち竦んでいた。

 そう、彼女がいる学生寮の前で。

 

(やはり、貴様は……)

 

 自分はまだこの街に来たばかりの人間で、あの男が何を見たのかは知らない。

 『科学』についての事前情報と、標的の2人の情報……そして、彼女については標的の姉妹(おそらく師弟関係だろう)である事とこの街の7人いる超能力者、とだけ……

 伏せたのか。任務を、組織を、仲間を騙してまでも、彼女を隠し通したかったのか。

 だとするなら、奴は間違いなく私達の裏切者だ。

 けれど、彼はこの寮へと待ち伏せている。身体をふらつかせ、それ以上に心もふらつかせながら。

 彼女の『顔』を奪うために、または、彼女を……

 

(中途半端な……)

 

 だが、彼女はそこにはいない。私が、代わりに彼女の『顔』を奪ってやった。

 今頃、奴が捜している彼女は、最低限の処置だけして拘束し、薬で寝かせて建物内に放置してある。

 私の最優先は、彼であって、彼女の事はどうでも良い。

 ただこの『顔』で油断を誘い、この『槍』が外さない位置にまで潜り込む。

 失敗など、プロゴルファーが30cmのパットを外すくらいあり得ない。

 そうこれが我々の狩りのやり方だ。

 だが、何故か……この単純作業を成功できるイメージが湧かなかった。

 これが組織の為なのか、私情の為なのか、私までもがふらついてしまっている。

 ついに身体が不自然に震え始めた――――その時だった。

 

 

「あれ? あそこにいるのって」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 かくして、当麻と美琴は1時間も街を走り回った。

 

 

「って待て! 何か時間の進み方がおかしい! 何で1時間もノンストップで走り続けてんだよ俺達は!?」

 

「うるさい! 黙って! ちょっと黙って。お願い気持ちの整理をさせて!!」

 

 ううう、と美琴は美琴でさっきから頭をブンブンと振り続けている。

 しかも顔が真っ赤か、Level5の頭がショートしている。海原から逃げる為だとはいえ、流石にあれは応えたのだろう。

 極上のスマイルで一世一代の演技を披露したのに華麗にスルー……

 詩歌に鉄壁だと称される当麻の鈍感は伊達じゃない。

 そして、恥ずかしさや怒りがごちゃ混ぜになり、なし崩しに乙女の武器は崩壊し、アメフト選手並の低空タックルに昇華。

 さらに、追い討ちをかけるようにあの衆人監視……

 思わず、超電磁砲で地面に穴を空けそうになったくらいだ。

 

「……そうよ、この際スッキリさせちゃった方が今後のためよね」

 

「? 話が全然見えねーんだけど」

 

 ようやく落ち着いたようだが、話の検討は相変わらず見えてこない。

 

「なるのよ」

 

 はい?

 

「アンタと……(私が)、ここ、こっ恋人に」

 

 は   い?

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「あ、御坂さーん」

 

 

 長い黒髪の少女がこちらへ手を振りながら、駆け寄ってくる。

 

(まずい……。あれは確か、これと同じ標的の後輩で、知り合いの……佐天涙子)

 

 なんて馬鹿だ、と自分で自分を罵りたくなる。

 決心が付かずに時間をかけてしまうなんて、これでは、あいつの事を言えないじゃないか。

 

「いやー、あたしは宿題を終わらせたんですけどね。初春は<風紀委員>だし、皆はまだ宿題終わらせてなかったみたいで。誰も暇してる人いなかったんですよ」

 

 こちらの事情を何も知らない彼女はノコノコと目の前までやってきた。仕方ない、ここは適当に付き合って、すぐに別れるか……

 

「みさかはみさかはきょうもいいてんきですねと」

 

「え? どうしたんですか? その変な口調……頭でも打ったんですか?」

 

 あ、あれ?

 一応、変装の為に彼女の行動パターンは後を付けて研究したのだが。何だか一発で見破られそうな気がする。

 違和感を覚えたのか東洋人は、左右の親指と人差し指で窓を作り、そこから何かを見立てうように……

 

「何か……今日の御坂さん、変? むむぅ……―――!!」

 

 !! 何か気付かれた!!

 

「この前の水着モデルで見た時は、私よりも小さかったはずなのに……私が読み間違えた? いやでも、私の審美眼の精度が誤差5cm以上も誤るなんて……」

 

 その視線の先は、胸部。

 うっ、気が昂っていたとはいえ、変装の術式を失敗し、それでも気にするほどでもない、と思っていたのだが、まさか、その誤差に気付ける知り合いと遭遇してしまうとは……

 このままではバレて―――

 

「……もしかして、御坂さん」

 

 周囲を警戒しながら、先の挨拶とは格段に落した音量で、声を潜めつつ。

 対して、私は、ごくり、と息を呑みつつも背中に隠し持った得物に手を伸ばし……

 

 

「パット、してるんですか?」

 

「は?」

 

 

 思わず、素で反応してしまった。

 

「うーん、あまり大きくすると不自然と言うか。でも、自然にも見えるんですけど……やっぱり、どこか不自然?」

 

 当たり前だっ! これは自前だっ! と言い出しそうになるが、ギリギリの所で堪えた。

 だが……もし、これを電撃姫に聞かれれば、雷神様に早変わりするだろう。間違いなく。

 全く、これだから東洋人は。

 どちらにしてもこの事態は、自身の未熟さが招いたもので、一々付き合うのもアホらしい……

 

(―――っと、あッ!? しまったッ!!)

 

 奴が、いない。見失ってしまった。

 

(こ、コイツのせいで……)

 

 これは自分の未熟さ故だと分かってはいるが、精一杯の恨みを詰め込んだ視線を東洋人に。

 

「え、あ、すみませんっ! つい、気になって生意気な事言っちゃって! はい! パットの事は誰にも言いません!」

 

 また、勘違いしてるし。より深まったし。

 おかげでこちらの機嫌が悪くなり(実際、本気で悪くなっているが)、口を利かなくても良い流れになっている。

 このまま無言で去っても、自然に……

 

 

 ―――きゅるる、とお腹が鳴る。

 

 

 ……そういえば、ここしばらく何も食べていなかった。

 

「……」

 

 しかし、私はそれを空耳か何かだと言う事にし、急いで、

 

 

 ―――きゅるるる~……

 

 

 生理現象が憎い! 空気を読んでくれ!

 

「あ、あの! さっきの失言の詫びに何か奢ります! いえ、奢らせて下さい!」

 

 流石にもう流すわけにはいかず、それに反対するのも馬鹿らしくなって……若干だが……気も削がれてしまっている。

 

(はぁ……ここで断ったら逆に怪しまれてしまいそうだ)

 

 そうして、私はもう一度、恨みを込めて、この東洋人を睨みつけた。

 

 

公園 ホットドッグ屋前

 

 

 緊急クエスト:(偽)恋人になって

 

 依頼主:常盤台のエース

 

 依頼詳細:毎日、もうこの1週間毎日よ。急にテニスはどうだとか乗馬教えるとか正直困ってんのよね。でも、常盤台(ウチ)の理事長の孫だから立場的に断りにくいし……とにかく! この際あの人にはキッパリハッキリ諦めて欲しいの。彼氏がいるって分かれば手を引くでしょ? だから、今日1日一緒にそれっぽく振舞ってもらえない?

 

 報酬:世界で1番高いホットドック 税込2100円

 

 

 

 あれよあれよという間に宿題に、最強の敵と奮闘するはずだった当麻は、緊急クエストを受ける事になり、美琴に常盤台御用達のセレブホットドック屋台ヘ連れて来られた。まだクエストが終わってないのにイ○ルジョーが出現したようなものである。

 

「同じのでいいわよね?」

 

 不幸だけでなく、インデックスや詩歌など身近にいる女性に鍛えられたおかげで当麻の女性のわがままに対する許容範囲は海のように広い。特に詩歌からは男性なら女性の頼みは黙って聞け、と躾けられている。

 だから、もうこのクエストについては何も言わない。だが……

 

(2000円って、高っか……!? 一体どんな材料使ったらそんな値段になるんだよ?)

 

 調理も普通だし、具材やパンの大きさも普通。何か奇妙な食材が放り込まれている訳でもない。

 なのに、この変哲もないオヤツみたいなホットドックが2000円とは庶民派当麻さんには高過ぎる。

 

「ケ、ケタ1つ違わねーか?」

 

「4200円になります」

 

 妹から貰っている1カ月のお小遣いの額は20000円。1週間で5000円という計算である。

 今月も明日で終わりだが、まだ財布には樋口さんが1人いる。

 だから、自分の分は自分で払うと言ったのだが、『は? 別にいいわよこれぐらい。いちいち財布から取り出すのは面倒でしょ?』、と押し切られてしまった。

 

「4200円っと、はいこれ、あんたの分」

 

 2000円もするホットドックを簡単に奢ってしまえるとは……

 自販機を蹴り飛ばしたり、スカートの下の短パンが見えても気にならないほど活発な少女だが、お嬢様が集まる常盤台で生活しているだけあって、美琴の金銭感覚は一般人とはかけ離れているようだ。

 

(お嬢様にも色々あんだな……)

 

 同じ常盤台で生活しているが、詩歌は、使う時は使う。でも、安く済むなら出来るだけ安く、節約は美徳です、といったタイプだ。

 ハイスペックな能力を無駄に有効活用し、行きつけの店のお1人様セール、値引きタイムといったお買い得情報は全て頭にインプットしており、食材に関する目利きも主婦並み、さらには、乙女の武器を使って『ああこんなに綺麗な子が笑っているのだから、おまけしてあげよう』というしたたかさもある。

 詩歌と一緒に買い物に出かけた事があったが、詩歌に優しく微笑まれた店員がにこやかに少し量をおまけしたり、こっそり値引きシールを貼ったりしていたのを何度か目撃している。

 無論、去り際、詩歌の後ろ姿を追っている視線に邪なものが感じられたら、軽く? 重圧を掛けるのを忘れていない。

 

「だから――――」

 

 美琴に手渡されたホットドックを食べて美味しいとは思うのだが、詩歌が作った方が美味いなぁ、と誇らしげになり、『うんうん、やはり俺の妹はどこに出しても恥ずかしくない』とシスコン気味な思考になりつつも、美琴からの依頼内容を耳に入れる。

 

「ねぇ、聞いてんの?」

 

「ああ、聞いてる聞いてる」

 

「そう。まっ、そういう事で、アンタに恋人役を演じてほしいわけ。彼氏がいるって分かれば手を引くでしょ?」

 

(―――にしても、予想はしてたけど、恋人って、やっぱりこーゆーオチかよ)

 

「なに? ……迷惑?」

 

 結構、投げやりな当麻に美琴は少し腹を立てる。

 

(仮にこれが成功したら当麻さんは『中学生に手を出したスゴイ人』と呼ばれるだろうし、宿題もある。でも、ビリビリを怒らせたら、宿題どころか24時間耐久レースで喧嘩(バトル)になりそうだ。……はぁ、困ってるみたいだし、コイツは詩歌にとったら妹みたいな奴だしな。ちょっとは―――)

 

 と、そこまで考えて、当麻は気付いた。

 

「いいや、そんな事よりもお前、鼻についているマスタードは拭いとけよ?」

 

「んな!?」

 

 美琴は顔を真っ赤にして食べかけのホットドックを紙ナプキンで包んで、テーブルの上に置くと当麻から顔を背けつつハンカチを使い、慌てて鼻の先に付いた汚れを拭き取ろうとする―――が、

 

「ひっ! ~~~~ッ!?」

 

 今度は鼻を押さえて、バタバタと足を振り回す。

 どうやら、急いでマスタードを拭き取ろうとして、誤って鼻の粘膜にマスタードがついたらしい。

 

「あー……大丈夫か?」

 

 当麻も美琴に倣って紙ナプキンで包んで自分のホットドックをテーブルの上に置くと、ポケットからティッシュを差し出す。

 しかし、美琴は、

 

「だ、大丈夫よ。というか、別に何も起きてないわよ」

 

 今の惨事をなかった事にしたいらしい。再び当麻に顔を向けた美琴の顔は、何事もなかったように平静を装っている。

 ただし、頬は真っ赤に染まり、目も潤んで、肩もぶるぶると震えているが。

 

「こんなくだらない事でむきになるなよな~」

 

「うっうっうるさいっ! だから、何も起きてないってつってんでしょ!」

 

 何だか優しい顔でティッシュを渡そうとする当麻に毛を逆立てた猫のように威嚇する。

 とりあえず、ここは見てなかった事にするか、と当麻は手を引っ込める。そして、やれやれ、と溜息をつきながらホットドックに手を伸ばそうとして、

 

「!? ちょっと、待って!」

 

 美琴にストップを掛けられた。

 

「アンタ、どっち食べたか覚えてる?」

 

 テーブルの上には同じように紙ナプキンに包まれた“食べかけ”のホットドックが2つ。

 言うまでもなく美琴と当麻のものだが、ほとんど“見分けがつかない”。

 ……のだが、

 

「さぁ? でも、たぶんこっちかな」

 

 大して深く考えずに、当麻は右側にあったホットドックへ手を伸ばす。そして、

 

「あっ、ち、ちょっと待ちなさ……」

 

 頭だとか、心臓だとか、何か真っ赤なものに支配されてパンク寸前の美琴とは裏腹に、当麻は何の気なしにホットドックを咀嚼する。顔は火照ったように真っ赤だが、美琴は凍りついたように動かなくなった。

 

(~~~ちょっとは気にしなさいよね、この馬鹿!!!)

 

 学園都市Level5序列第3位とはいえ、恋に花咲く思春期の中学生。

 案外、『間接キス』などに敏感に気にしてしまうようで、普段の勝気な態度からは予想できないほど動じているようだ。

 

「睨むなよ。どうせ、同じの注文したんだろ?」

 

 一方、当麻はもぐもぐ、と全く気にしていない。

 流石、詩歌に鉄壁と―――以下略。

 しかし、一応、当麻も思春期の高校生なのだがここまで気にしないのは病的である。おそらく、普段、詩歌やインデックスに触れ合っているうちに、耐震構造がしっかりと施されたのだろう。

 生半可な揺れ(刺激)では動じないタフな心である―――と思いきや、

 

「―――ッ!!??」

 

 バッ! と大きく反応。

 ようやく自分が何をしているのか、美琴が何を気にしているのかに気付いたのか、

 

 

 

「詩歌が、野郎の部屋で飯を食っている気がする」

 

「はぁ?」

 

 とは全く関係なかった。

 

「いや、最近、詩歌に何か桁違いな男と複数フラグが建っているような気がしてな。今も一瞬何か弁当を一緒に喰っている光景が過ったんだ……これって虫の知らせか?」

 

 流石、兄妹、というべきか。

 自分自身のはとにかく兄妹のフラグには其々敏感な第六感があるようです。

 くそ、美味いの一言も言わずに詩歌の飯を食ってんじゃねぇよ! と何だか訳の分からない恨み節をぶつぶつと垂れながら、もう一口、ホットドックをガブリ。

 

「んで、具体的にはどーすんだ?」

 

「ふあ!?」

 

 小動物のようにホットドックを齧っている美琴の肩がビクッと跳ね上がる。

 ……美琴の建物(乙女心)は揺れに弱いらしい。

 

「恋人役って具体的に何すりゃいいんだよ?」

 

 

 …………………

 

 

 沈黙が場を包む。2人の頭上にはいくつもの『?』が飛び交っている。

 どうやら、2人には特に何をしたら恋人というのではなく、恋人なら何をやっても恋人なのだ、というのが分からないようだ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「詩歌さんから聞いてるかも知れないけど、実験の後に学園都市に残った<妹達>って20人もいないのよね。ほとんどここは『外』の機関に頼って身体の調整をやってるみたい」

 

「ああ、この前会ったけど、連中も元気にやっているみたいだしな。そういやさ、詩歌の弱点って知らないか?」

 

 結局、恋人とは何たるかの結論が出ないまま、2人は世間話をする事にした。

 美琴は口を開けると20分以上は喋り続ける為、当麻は宿題をしながら聞き役に徹している。

 

「詩歌さんに弱点? そんなのある訳ないじゃない。……私が言うのもなんだけどさ、詩歌さんって、努力の人でもあるけど、天才なのよ」

 

 自分の能力に絶対の自信をもっており、尚且つ相当の負けず嫌いの美琴でも詩歌には一目置いている。

 

「どんな能力も初見で簡単にできちゃうし……特に『制御(テクニック)』に関してはずば抜けてるわ。……私、性能(パワー)なら負けるつもりはないけど、私よりも能力の使用法が上手いから、今でも時々、『能力開発』に付き合ってもらったりしてるのよ」

 

 性能こそ美琴に負けるが、能力の演算式は精巧緻密に洗練され、制御は詩歌の方が上。

 <幻想投影>のおかげもあるが、学園都市に存在する数多の系統の能力を何百回も扱い、教えてきたからだろう。理解するだけでなく、教え、開花、昇華、進化させ、同調による増幅と干渉を何度もしたおかげで、詩歌よりも『制御』に関して右に出る者はいない。

 さらに……

 

「それに、ハサミ一つで料理どころか、家を建てちゃうくらい奇想天外な応用力の持ち主でもあるからね。この前、『第4位の経験を生かしてみました』、とか言って、私の能力で荷電粒子砲をして見せたのは本当に驚かされたわ」

 

 荷電粒子砲、簡単に言うと、超すごい水鉄砲。

 ただ水を標的に向けて噴射するだけの水鉄砲と言えど、十分に収束させて十分な速度を持たせれば立派な兵器になる。磁場によって電荷を持つ物質を引っ張る力を使い、粒子を亜光速まで加速して打ち出そうというのが荷電粒子砲である。

 制御するのが難しく、大気圏内で荷電粒子が直進するには、質量の大きな荷電粒子であろうと、最低でも10GWの出力が必要である。

 だが、美琴の<超電磁砲>は最大10億Vもの出力を誇る。10億Vは落雷にも匹敵し、落雷の平均的な出力は約900GW。

 つまり、<超電磁砲>なら充分、SF兵器の代表でもある荷電粒子砲を放てるだけの電力を確保できる。

 だから、後は制御法さえ確立できれば可能。詩歌は、その制御法を、<原子崩し>で電子を操作した時の経験から掴んだらしい。

 普通は1人に付き能力は1つしか使えないが、詩歌にはその制限がない。そんな詩歌だからこそ、空手での経験をボクシングで生かすというように、他の能力の経験を生かす事で様々な応用ができる。

 身体操作だけでなく能力操作に関しても達人。さらに、切り開いた理論は新たな道を指し示す開拓者でもある。

 全てに愛される天賦の才を持つ神童は、最高の環境で磨かれ、飽くなき向上心と強固な意志で積み重ねた結果、学生のありようの輝かしい見本であり、理想像の体現となった。

 

(今度、詩歌にあまり物騒な事を教えるなと言っておこう……)

 

 もし、美琴が荷電粒子砲を撃てるようになったら……間違いなく自分に撃ってきそうな気がする。

 

「最近じゃ<0次元の極点>っていう論文にも手を伸ばしたり、本当―――って……」

 

 と、そこでやけに現実感のある未来に顔を青褪めると、美琴の口が止まった。何か釈然としないような、どこか不機嫌そうな顔をしている。

 会話は盛り上がっているように思えたのだが……

 

「……これってちょっと恋人同士の会話と違わないかしら?」

 

「ん? そーか? ――Aの口語訳はっと……」

 

 他の女の話題で盛り上がっているのは恋人同士とは言い難いのではないだろうか?

 2人の共通の知り合いと言えば、主に<妹達>と詩歌であるためその話題で盛り上がるのは仕方ないのかもしれないが……残念ながら両方とも女性である。

 

「ってか、アンタ。ちゃんと趣旨理解してる!? なにそのプリントの束!! 女を無視して勉強に没頭するって、中世ヨーロッパ並の男尊女卑じゃない!!」

 

 それに、聞き役として話を聞いているのだろうが、せっせと宿題を進めるのはどうだろうか?

 

「あーあーはいはい、擬人化美琴たん萌え!」

 

「擬人化って元の私は人間扱いされてないじゃん!?」

 

「うわーんもう! ドキドキお勉強会イベント! 学園生活風物詩と受け取ってください! っつーか、こっちは夏休みの宿題が1個も終わってなくて、この24時間は修羅場になりそうなのであります軍曹殿!」

 

 そして、その修羅場を今日中に乗り越えなければ、待っているのは妹からの折檻フルコースだろう。

 夏休みの補習で気付いたが、担任の小萌先生は詩歌と連絡を取り合っている節があり、今回の宿題が終わりませんでした、なんてことになったら、詩歌に通報されるのが目に見えている。

 

「??? 夏休みの宿題って何よ?」

 

「……えーっと、御坂美琴さん。あなたは夏休みの宿題が何であるか知らないんですか?」

 

「あーあー、そう言えばなんか聞いた事がある。長期休暇で気が緩んだり学力が低下しないようにする為の課題でしょ、確か。でも、別にこんなのやらなくても気は緩まないし学力も低下しないんじゃない?」

 

 当麻は絶句した。

 なんと常盤台には夏休みの宿題というのが存在しないらしい。道理で、詩歌が全く夏休みの宿題に触れてこなかったのか……まあ、今、気付かれたら非常にまずいのだが。

 

「とにかく見せてみなさいよ。どれどれ」

 

 美琴はプリントに書かれた問題を読み解く。

 当麻は何気なく美琴の横顔を見ようとして―――驚いて上体を退いた。美琴が思い切り身を乗り出して当麻の目の前に置かれたプリントを覗き込んでいるため頬と頬がぶつかりそうなくらい急接近している。

 普段、詩歌に教えてもらっている時はテーブルを挟んでのマンツーマン形であった為、思わず密着するかもしれないという事態はなかった。

 それに妹だ……――――まあ、胸元がやけに気になったが……

 いえいえ、全く不純な気持はございません事よ! こう、娘の成長を見守る父親のように清らかな……

 とにかく、流石の当麻もタッチには敏感である。

 

「ふーん、古文の問題ねぇ。ってか、これ本当にただの復習でしかないのね」

 

 美琴はそんなことを意識していないのか、当麻の手からシャーペンを引っ手繰ると、ほとんどしなだれかかるような体勢になって、サラサラと問題を解いていく。

 目線を落とすと視界の邪魔になるのか、美琴は片手でサイドの髪を掻きあげて耳に引っ掛ける。

 髪から詩歌とは違う、でも淡く甘いトリートメントの匂いがした。

 

(うわ……ッ! ま、まずい。なんか知らないけどこれは非常にまずい!)

 

 身体のどこを動かしても美琴の肌に接触しそうな状態である。後数cmで―――

 

「ほい、できた」

 

 くっつきそうになる前に美琴がバッと離れる。

 問題が解き終わった―――って!?

 

「……、あの何でこんなに早く解けるの?」

 

「え、何? アンタ、解けないの?」

 

 嫌味でも何でもなく、素の顔で切り返された。

 

「い、いや、解けますよ。当麻さんは、頑張ればできる子なんですよ!」

 

 舐めるな。これでも優秀な家庭教師おかげで、当麻の学力は、そこそこの成長を見せていると言っていい。夏休みの宿題で出される程度の、いわば手加減された課題に、まるっきりできないという訳ではない。

 時間さえあれば物の数ではない。そう時間さえあれば…あれば……良かったんだけど、その時間がない。

 

「そうなの? じゃあ、次の問題やってみなさいよ」

 

「お、おう、いいぜ。高校生の頭ってのを見せてやるぜ」

 

 

 

 5分後

 

 

 

「ま、まーまー。誰にでも得意不得意はあるってことよ」

 

 完敗。高校生が中学生に完敗。妹よりも年下の女の子に完敗。

 あれから、必死に集中して問題に取り組んだ当麻ではあったが、横から見ていた美琴があっさりと問題を解いてしまった。

 しかも、そのページに書かれた問題を全部。これはもうLevelが、格が違う。

 

「ちょ、ちょっと私ジュース買ってくるわ。アンタの分も買ってきてあげる」

 

「は? いや買うなら俺が行くけど、気分転換なら俺が歩いた方が良いだろうし、2000円分の借りもあるしな」

 

「いいのいいの。こういうのは断った方が気まずくなんのよ」

 

 美琴は苦笑しながらベンチから立ち上がると、当麻を置いてどこかへ行ってしまった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「うだー」

 

 美琴が行ってすぐ当麻は疲れたように首を振ってプリントから目を離した。

 尊厳が犠牲になったものの宿題はだいぶ進んだ。このまま美琴に教えてもらおうか……いや、しかし、妹の後輩に教えてもらうのは……でも、このままでは詩歌に……だからって、それをやったら、尊厳が……元からあってないようなものだけど……と、そんな当麻の目の前を横切るように、小型犬が走り抜けた。

 首に散歩用の手綱を引き摺っている所を見ると、どうも飼い主の手から逃げてしまったらしい。

 当麻が少し驚いて逃げる犬を見ていると、それを追いかけるように爽やか男、海原光貴が現れた。

 彼はあっという間に小型犬に追い付くと、引き摺られる手綱を掴み取った。

 そして、遅れてやってきた男の子、おそらく飼い主だろう、に2言3言告げてから手渡す。

 

(輝いてる……いるんだなァ、ああいう絵に描いたような人間が)

 

 美琴から聞いていた通りの爽やかっぷりである。

 漫画や小説、ドラマといったフィクションの中でしか見られない爽やか王子様だ。まさに絶滅危惧種、もしくは、未確認生物と言ってもいいかもしれない。

 感心半分呆れ半分で海原を見ていた当麻だが、実は彼にしたって路地裏で不良に絡まれる女の子を助ける王子様だったりする。

 と、そこで当麻は海原と目が合った。

 海原も当麻の事を記憶しているのか、少し驚いた後に、小さく苦笑した。

 ただ、立ち去る様子はない。

 海原は少し考えた後、当麻の前までやってきた。

 

「初めまして。ええと、あなたのお名は、何と呼べばいいですか?」

 

「あん? 上条当麻だけど、そっちは海原光貴さんでいいんだっけか?」

 

「はい、自分は海原光貴といいます」

 

 そこで会話が途切れる。

 しばらく両者は沈黙で、視線で相対するが、当麻が口火を切る。

 

「で、その海原光貴さんがこの上条当麻さんに何か用なんだ?」

 

「え、いえ、用と言うほどの事ではないんですが」

 

 海原は少し面喰ったように、ほっとしたように、

 

「えっと、気を悪くしなければ教えていただきたいのですが、あなたは御坂さんのお友達なのですか?」

 

「気になんの?」

 

「……、ええ、自分の好きな人の側にいる男性となれば、当然」

 

(……へぇ。思っていたのと、全く違うな)

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 あれから5分後。

 海原光貴は話してみると結構いい奴だった。

 偽の恋敵に、ここまで真っ直ぐにくるなんて、ついでに何となくお兄さんっぽいし当麻にとっては好みの部類に入る。それに理解できる。当麻だって、大切な妹の詩歌に男が近寄ったら気になってしまう。

 美琴から偽の恋人を頼まれているが、海原の事が好きになってしまった。

 まあ……若干、その笑みに違和感を覚えるが……

 

「だから、御坂さんはもっと人に対して『好き』と『嫌い』をはっきりと言うべきだと思うんです。あ、こちら、終わりました。次に進めさせてもらいますね」

 

「お、サンキュー」

 

 それに宿題まで手伝ってもらってるし、人手が増えた事で作業スピードは一気にグンッと上がった。

 先ほど、2人の友人から見捨てられた当麻からすれば感涙ものである。

 

「そうかぁ? あれで十分自分の感情に素直なヤツだと思うぞ。すぐに電撃飛ばしてくるし」

 

「その“素直”に照れや演技が入ってると思いますけどね」

 

「ふーーん、そういや詩歌も照れ屋さんだって言ってたな」

 

「だから、自分みたいな人間はずるずると追いかける羽目になります。こちらは本気でアタックしてるんです。本気で答えて欲しいものですね。……たとえ、その答えが拒絶でも」

 

「あの、さ……もし―――もしだぞ? 御坂にズバッと断られたらお前はどーすんだ?」

 

「……それは…分かりません。彼女の口からそれを告げられたら、この心はどうなってしまうのだろうか……でも―――」

 

 当麻の問いに視線を伏せながら、少しずつ言葉を紡いでいき、

 

「御坂さんが―――彼女が幸せでいなければ……何の意味もありませんから」

 

 無理だ……自分にこの男を邪魔する事はできない。

 いい奴だからではない。

 宿題を手伝ってもらった恩があるからでもない。

 ただ、この男の在り様を見ていると何となくではあるが、詩歌を感じるからだ。

 もう今の当麻は海原を応援したくなってしまっている。

 

 

「なぁ、それって、本――――」

 

 

 と、不意に横合いから足音が聞こえてきた。

 当麻がそちらを見ると、ジュースのペットを抱えた美琴が立っていた。

 何か怒っているような顔でこちらを見ている。

 

「御坂…――――」

 

 ――――ガシャン

 

 当麻の口をペットボトルをテーブルに叩きつけて遮ると、美琴は海原を見ずに、当麻の目を見て、

 

「話があるのこっちに来て」

 

 

路地裏

 

 

 しばらく、当麻は美琴に引き摺られ、人気のない路地裏まで連れてこられ、そして、

 

「ったくアンタは! 海原光貴と仲良くなっちゃったら意味ないでしょーが!」

 

「……」

 

「アンタは私のこ、恋人役なの! それは海原光貴を諦めさせるためのものなの! もう! この基本だけは忘れないでよね!」

 

「……」

 

「ちょっと、なに黙ってんのよ」

 

「すまん……無理だ」

 

 当麻は、正直に言った。

 

「アイツはそんなに悪いやつじゃねぇし、もう騙せねーよ」

 

「何よ、それ……」

 

 美琴は何か裏切られたような顔で当麻を見た。

 

「お前にフラレたってちゃんと受け止める覚悟だったぞ。逆に海原のどこが気に入らねーんだよ」

 

 だが、当麻は小刻みに震える美琴の変化に気付かない。

 

「まァ、俺がどうこう言う問題じゃねーかもしんねぇけどさ。アイツにハッキリと好きなら好きと、嫌いなら嫌いっつって白黒つけるべきだ」

 

「……ぃか――には、ぁぁぃ―――」

 

 美琴は物凄く何か言いたそうな顔で当麻を睨んでいた。

 美琴も当麻も、黙る。

 やがて、ポツリと言った。

 

「アンタは……」

 

「?」

 

「……、そうよね。何でもないわ」

 

 途中で打ち切るように、何かを言い直すように美琴はそう告げた。

 美琴は何でもないように笑っていたが、どこか寂しそうに瞳の色が揺らいでいるような、そんな気がした。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『海原のどこが気に入らねーんだよ』

 

『俺がどうこう言う問題じゃねーかもしんねぇけどさ』

 

 

「馬鹿だなぁ、私」

 

 

『詩歌と付き合いたかったら俺を倒してからにしろ! 俺より弱い奴に詩歌は任せられねぇ!』

 

 

 あの時、詩歌さんが羨ましかった。

 馬鹿馬鹿しかったけど、ああいう風に言ってくれる人がいて、どこか…羨ましかった。

 そして、詩歌さんにそう言ったから、

 

 

『詩歌とお前の悩みはお前達の兄である俺に任せとけ。だから、御坂は安心してな』

 

 

 私にもそう言ってくれると思ってた。

 

 

「そんな訳ないのにね……あいつの妹は詩歌さんだけなんだから」

 

 どうして、こんな事を思ってしまったのだろう。

 アイツは私の兄でもないし、それどころかまだ知り合って半年も経っていない。

 でも、アイツは私がピンチの時助けてくれる、そう考えている自分がいる。

 身勝手なのかもしれないけど、詩歌さんにそう言ったなら私にもそう言って欲しかったって思ってる。

 海原をぶん殴って、『美琴と付き合いたかったら、俺を倒してからにしろ』って言って欲しかったって思ってる。

 嫉妬……なのかもしれない。初めて、詩歌さんに嫉妬したのかもしれない。

 今まで詩歌さんはもし2人のどちらかに美味しいお菓子をあげると言われたら、姉だからといつも私に譲ってくれていた。何も言わなくても欲しかったら、自分の分も譲ってくれた。

 でも、今の私は、私だけお菓子が貰えなかったって思ってしまっている。

 その事が悔しくて嫉妬している………のかもしれない。

 別に私はアイツの妹になりたい訳ではない。

 でも、少しくらいはアイツにとって特別な存在になっていると思ってた。少しくらいはアイツからお菓子が貰えると思っていた。

 けど、そんな事はなかった。

 アイツからお菓子を貰える権利を詩歌さんは持っているけど、私は持っていなかった。

 そして、そのお菓子は譲ってもらえるようなものではないし、私もお菓子が食べたい訳ではない。

 

 

 それでも、私は、お菓子が貰いたかった。

 

 

(ははっ、何考えてんだろ? 意味が分かんない)

 

 心が大きく揺らぐ。

 どうしてそんな程度の事がそれほどのダメージになるのか理解できないのに、対処法なんて見つかるはずがない。

 できる事なら今すぐ走り去ってしまいたかった。

 その正体不明の痛みから逃げてしまいたかった。

 だけど、できない。

 何故かこの少年の元からは背を向けて立ち去りたくない。

 そうなればきっと痛い。

 今のこの痛みよりも、絶対に。

 

 

 

つづく


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