とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 血塗れのバレンタインデー

閑話 血塗れのバレンタインデー

 

 

 

常盤台女子寮 調理実習室

 

 

 

それはまだ当麻が高校に通う前、中学3年生の時の2月10日。

 

その頃の当麻は受験勉強に勤しんでおり、詩歌はそんな彼のため毎日、家事や家庭教師などを請け負い、サポートしていた。

 

そして、詩歌は毎年恒例の当麻のために愛情をこめたチョコレートを作成していた時のこと。

 

 

 

 

 

 

 

「今年のチョコには、舞華さんから頂いたお薬を混ぜてみましょうか? いや、ダメですね。もし私がいないときにそれを食べたら大変なことになってしまいます。それにそれで当麻さんへのチョコの味が崩れてしまうのは避けなければ」

 

 

詩歌の目の前には、フォンダンショコラ、ザッハトルテ、ガトーショコラ、ブラウニー、トリュフ、マカロン、ショコラフラン、オペラ………など大量のチョコが散乱している。

 

彼女はこの時期になると冬の寒さを吹き飛ばすほど熱くなる。

 

当麻へのチョコを作るために気合十分なのだ。

 

過去に義理チョコも作ってはいたが、当麻のと比べれば数段劣るものの出来が素晴らしいもので、それを渡された男子学生が『お、俺に気があるのか!?』と勘違いするものが続出し、3月14日のホワイトデーには告白ラッシュが続いた。

 

おかげで、当麻からお返しが渡されたのはその翌々日。

 

それ以来、詩歌は冥土返しや普段、世話になっている男性にしか義理チョコを贈っていない。

 

しかし、そのおかげで、より本命だけのために心血を注ぐ事が出来る。

 

詩歌の目標は人生で最も美味しいチョコを作る事。

 

そう、去年の自分でさえも強敵なのだ。

 

去年よりも美味しいものを、という事で、今や詩歌のチョコ製作技術は、チョコを専門に本場で修業したパティシエ並である。

 

で、これら全ての味見は親友の鬼塚陽菜か妹分の幼馴染の御坂美琴に頼んでいる。

 

2人以外に試食してもらっても、おいしいとしか言ってくれないので、正確な評価が得られないからだ。

 

ちなみに、土御門舞華は自身のチョコ作成に忙しいため頼んではいない。

 

しかし、毎年、この時期は1日に十数個のチョコを食べさせられ、感想も鬼気迫る勢いで強要されるため、美琴はこの時期になると詩歌に近づくかなくなり、詩歌を見かけるとすぐに逃げてしまう。

 

チョコはとても美味しいのだが、大量に食べさせられるため体重が恐ろしいことになるからだ。

 

一方、陽菜はそんなことは気にしないため、文句を言うどころか喜んで食べてくれる。

 

去年はほとんどを陽菜が食べてくれたので助かったが……今年は、ここ最近、陽菜は放課後になるとすぐにどこかに行ってしまい、夜遅くに帰ってくるため作製したチョコはほとんど残ってしまっている。

 

そのため、美琴を(無理やり)捕まえて、味見役にしてきたが、そろそろ限界なのだろうか、美琴はチョコに囲まれた机の上に突っ伏しうなされている。

 

実力行使で逃げようとしたが行動パターンを知り尽くしている詩歌が相手で、しかも今年は同じ学校に在籍し、同じ学生寮に住んでいる。

 

残念だが逃げ場はない。

 

 

「そろそろ美琴さんも限界ですかね。仕方がありません、陽菜さんを見つけることにしますか……それと、当麻さんが他の方からチョコを受け取るのを妨害するのに必要な道具を揃えなくてはなりませんしね」

 

 

詩歌は当麻と学校が別れた2年前から2月14日、乙女の聖戦に当麻がチョコを受け取るのを阻止するため、様々なトラップを彼の学校に仕掛けている。

 

去年は朝から下駄箱に原因不明の爆発音がしたり、当麻の机の中にヌメッとしたスライムが仕掛けられていたりした。

 

そして、放課後になると詩歌が教室の前まで来て警戒するため、当麻は家族以外からチョコが貰えず、周囲に仕掛けられていたトラップも妹が仕掛けたものだとは気付かず、いつも通りに不幸な出来事だと考えている。

 

 

(多少の困難で当麻さんにチョコを渡す事を諦めてしまうなら所詮はその程度。本気で好きなら何が何でも渡し、想いを伝えるはずです。私は本気で好きになった者しか『姫』とは認めません。これは『人魚』としての意地です)

 

 

詩歌の瞳に静かな闘志が浮かび上がる。

 

と、それは置いておいて。

 

 

「そういえば、最近、陽菜さんあまり元気がないですね」

 

 

ここ最近、親友の様子がおかしい。

 

陽菜の放浪癖は小学校から続くものだが、それでもこうも連日で放浪し、詩歌を心配させる事はなかった。

 

それにすれ違うたびに感じ取る荒々しい気。

 

 

(……これは、そのあたりのことも聞き出さなくてはいけませんね)

 

 

そうして詩歌は器具を片付け終わると陽菜を探しに出かけた。

 

 

「うぅ、もう無理です。詩歌さん……」

 

 

うなされている美琴を残して……

 

しかし、陽菜を見つけることができず、そして、この日から陽菜は寮にすら帰らなくなってしまった。

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

「ぐはっ!!」

 

 

周囲に5,6人の<スキルアウト>たちが倒れている。

 

そして、今、最後の1人が胸倉を掴まされ、片手で宙に持ち上げられている。

 

 

「おい、この銃、どうやって手に入れた! 答えろ! 答えねぇーと次は拳じゃなくこの炎で炙り焼きにしてやる!!」

 

 

両手についた鮮血のように真っ赤な赤髪を持つ少女。

 

彼女の怒りをそのまま具現化したような火炎球が<スキルアウト>の鼻先寸前に突きつけられる。

 

 

「こ、これは三船ってヤツが試供品だと言って俺達に格安でくれたんだ。俺達だけじゃねぇ、他の奴らだって持ってるぞ」

 

 

ここに倒れている誰もがその手に拳銃を手にしており、脅されている<スキルアウト>の青年も所持している。

 

銃口は全て、熱で強引に曲げられ使い物にならなくなってはいるが。

 

 

「じゃあ、その三船ってやつは何処にいるか、言え!」

 

 

「し、知らねぇ、あいつらの居場所を俺達は知らないんだ、本当だ信じてくれ!」

 

 

「ちっ」

 

 

少女は舌打ちすると、もう片方の手を振るう。

 

残像すら残さない鮮やかなお手並みで、その軌道は男の目には追えなかった。

 

そのまま何が起きたのかも分からず、顎を揺さぶられ最後の1人は呆気なく気絶。

 

 

「くそっ、三船の奴は何処に居やがる」

 

 

少女、鬼塚陽菜は忌々しそうに地面が割れんばかりに踏み込む。

 

最近、武装した<スキルアウト>が増えてきている。

 

そして、高レベルの能力者達を襲う事件が多発している。

 

正直、身近の人が襲われたわけではないので、それくらいなら陽菜はその事件に手を出すつもりはなかった。

 

能力者狩りにも、無能力者狩りにも、興味はない。

 

しかし、その事件に鬼塚組が関与しているらしいという情報が耳に入った。

 

その事実確認をしたところ、どうやら鬼塚組の幹部の一人、三船が率いる若手達が裏で手を引いていることが判明。

 

鬼塚組は古くから関東を縄張りにしてきた暴力団だ。

 

しかし、絶対にかたぎの人は襲わず、弱いものが虐げられている時のみ力を使う任侠の者が組員の絶対条件だ。

 

それを笑う奴らは鬼の血脈を継ぐ組長が直々に悉くぶっ潰してきた。

 

そして、もし、鬼塚組の者がかたぎの襲うようなら、制裁を加えるのが鉄の掟となっている。

 

 

(三船の野郎は親父の信頼を裏切った)

 

 

三船は元々学園都市出身。

 

そのため学園都市の担当を任されていた。

 

だが、学園都市は外界からは切り離された環境であるせいか、本家はなかなか手を出すことができず、三船達は<スキルアウト>を使って、好き放題に武器の性能実験をしている。

 

おそらく、学園都市製の武器を使い、本家を乗っ取ろうと画策しているに違いない。

 

昔から学園都市に住む鬼塚組の一員として交流してきた事があったが、あの目は気に入らなかった。

 

あの他人を道具としてしか見ないあの腐った目。

 

これは鬼塚組を守るためにも、唯一、学園都市にいる組長の娘である自分が三船に制裁を加えなければならない。

 

そう、鬼塚組の跡取りとして…

 

 

「三船にけじめをつけさせる。それまでは絶対に寮へ帰らない」

 

 

 

 

 

第10学区

 

 

 

第10学区。

 

最も土地の安い学区で、学園都市で唯一墓地がある他、実験動物の廃棄場、少年院までも存在する。

 

そして、最も<スキルアウト>の溜まり場が多く、治安が最低ランクの無法者達の学区である。

 

あれから、ルームメイトで親友の鬼塚陽菜は連絡もなく、授業にすら出なくなった。

 

いくら彼女が座学が苦手とはいえ学校を無断欠席する事はなく、連日で寮に帰らないなんて事もなかった。

 

そして、最近多発している能力者狩り。

 

居ても経ってもいられず心配になった詩歌は、まずは情報収集として色々な人達からお話を聞く事にした。

 

しかし、ここは無法者達の学区。

 

力こそが法。

 

可憐な少女の頼みなど聞いてくれるはずがなく、それどころか美味しそうな餌として男共に襲われる羽目に。

 

仕方がないので丁寧に(肉体言語で)お話しした結果、H.Sさんから有力な情報を得ることができた。

 

H.Sはぶつぶつと、

 

 

『狂ってやがる。……まさか、こんな女の子に能力も使わず素手で俺達が壊滅されたなんて』とか、

 

『駒場のリーダー並かもしれねぇ。……魔女か…』とか、

 

 

失礼な事を呟いていたので、目の前でヤシの実サイダーのジュース缶(スチール)を、

 

 

『“タマ”……潰しますよ』

 

 

グシャ、と。

 

冷酷な感情の色を失くした瞳で見下ろしながら、握り潰した。

 

と、こういう男達の対処の上手い親友の助言通りにしてみた所、従順になってくれました。

 

彼女曰く、“タマ”の所で、タイミング良く潰せば効果倍増なのだとか。

 

大抵の男はこうすると素直になってくれます。

 

以前、当麻に練習台として何回かやった事があったが、しばらくは怯えられた。

 

『男としてあれは精神的にくる。本気でヤメテ』、と彼はそう評価した。

 

そして、H.Sから得た情報は、

 

 

・1か月前から三船という人物から格安で軍用の武器が得られること。

 

・その受け渡し場所が第10学区にある廃ビルで行われていること。

 

・ここ数日、真っ赤な髪の<赤鬼>と呼ばれる者が<スキルアウト>の集団を潰し、三船という人物を探していること。

 

・最後に、今日、2月13日の深夜23時頃に武器が売買されること。

 

 

おそらく、この<赤鬼>と呼ばれているのは陽菜だろう。

 

彼女は赤が好きでそれをトレードマークにしているし、自身の髪も真っ赤。

 

そして、あの『一鬼当万』と称される強さ。

 

<赤鬼>と呼ばれるに相応しい畏怖を彼女は兼ね備えている。

 

となると、どうやら、陽菜はこの事件と関わりのある三船という人物を探しているらしい。

 

そして、その絶好の機会である13日の深夜23時、第10学区の廃ビルに陽菜が来ることは簡単に予想できる。

 

小学校からの付き合いだから、彼女の行動パターンは手に取るように分かる。

 

小細工といったものを好かず真正面から現れてくるに違いない。

 

と、結論を出した時、

 

 

「な、なあ、俺達はもう行ってもいいですか?」

 

 

正座しているH.Sがびくびくとしながら声を掛けてきた。

 

彼の周りにはリンゴの芯のようになった空き缶が、1、2、3、4、5……と5個転がっている。

 

どうやら、彼らが飲んでいたチューハイやビールなど酒缶まで利用したのか、5回ほど、グシャ、と潰されたらしい。

 

容赦なく徹底的にといったところである。

 

 

「ええ、いいですよ。情報の提供をありがとうございました。皆さん、お気をつけて帰ってくださいね――――ああ、それと」

 

 

詩歌はにっこりと影のある笑みを浮かべて……

 

 

「これから廃ビルには行かない方がいいでしょう。……命が惜しくなければ」

 

 

「お、おう、わかった。あそこには近づかない。駒場のリーダーや半蔵にも忠告する」

 

 

「ふふふ、そんなに怯えなくてもなにもしませんよ。…―――あと、これは親切にしてくれたお礼です。駒場さんや半蔵さんにも渡してくださいね」

 

 

肩にかけたカバンから取り出した四角い小包を3つ―――美琴が処理しきれなかった物を投げ渡す。

 

男はそれを戸惑いながらも受け取る。

 

 

「あ、ありがとな。………なあ、なんでこの事件に関わろうとしたんだ。見たところ常盤台のお嬢様だろ?」

 

 

「それは、親友のためです。この事件に私の親友が関わっています。彼女は少しうっかりすることがありますから心配なんです。だからですよ。だって、親友にお嬢様とかどうかや危険かどうかなんて関係がないですしね」

 

 

そう陽菜は詩歌にとって一番の親友。

 

学園都市に来たときから苦楽を共にしてきた大切な親友だ。

 

 

「そうか……」

 

 

その言葉に感化されたのか、男は鼻の頭を親指で擦りながら、

 

 

「……これは半蔵が言ってたことなんだが、今日の武器の売買はどうやら罠である可能性が高い。……気をつけた方がいい」

 

 

割と面倒見の良い性格なのか彼は忠告する。

 

仲間達がやられたが、自分も含めて全員が大怪我を負う事なく(少女に無手でやられたので男の尊厳は壊滅的だが)、大した被害は出ていない。

 

それが親友を想っての行動で、どことなく自分達にも通じるものがある。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

貴重な情報に詩歌は礼をする。

 

そして、彼の顔をもう一度見て、

 

 

「女難の相が出てますね。今年、女性関係には気を付けた方がいいかと」

 

 

「アンタに言われたくねえよっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

そうして、試作品のチョコを手にH.Sは仲間を連れてどこかに消え、詩歌は廃ビルへと足を向けた。

 

後日、このことが原因なのか<狂乱の魔女>という恐ろしい通り名が<スキルアウト>達に広まる事になった。

 

 

 

 

 

廃ビル前

 

 

 

もうすぐ23時になる頃。

 

季節は冬、天候は曇り、空には星1つも見えず、気温はどんどん下がる。

 

世界を隈なく包むのは、深く冷たい闇。

 

学生達が温かな部屋の中に籠るそんな夜に鬼塚陽菜は暗いビルとビルの狭間に立っていた。

 

白い吐息を口の端から漏らしながら、斜め先にある建物の様子を窺う。

 

取り壊し前の廃ビル。

 

装飾の剥げたコンクリート壁、無残に割れた窓、その残骸が床に散らばり、入り口にはドアがない。

 

かなり老朽化しており、おそらく学園都市の初期に建てられたのだろう。

 

ビルの両隣は、雑草で埋め尽くされた空き地。

 

その向かい側には小さな駐車場。

 

辺りには街灯も少ない。

 

時折、不良達が暖を求めて、または雨避けとして利用する事もあるが、それ以外で、このビルに好んで立ち寄る者など滅多におるまい。

 

だが、先ほどからここに大勢の<スキルアウト>が集まっている。

 

どうやら、先日潰してきた<スキルアウト>達の情報の信憑性は確か……

 

 

(しかし、肝心の三船達は一体どこにいるんだ……?)

 

 

もう一度周囲を注意深く探る。

 

乾いた風が通りを吹き抜け、空き地の雑草を揺らし、空き缶を転がす。

 

陽菜の不安を煽るような虚しい音。

 

 

(もしかして、またガセだったか?)

 

 

自身の心情がそうさせているのか、夜の闇が一層濃く見えた――――その時、

 

 

(アレかっ!)

 

 

向こうから大型のトラックがやってきた。

 

しかも1台だけではなく、4台も。

 

監視の目を恐れているように車のライトを極力抑え、排気音で騒がせないようにゆっくりと進行している。

 

おそらく、あの4台の内のどれかに三船がいる。

 

三船は誰も絶対に信用しない。

 

そのため、いつも裏切りを防ぐために必ず現場には自身が赴き指示を出している。

 

 

(やはり、ここに来たか三船……)

 

 

陽菜の予想通り、最後方の4台目から三船が降りてきて、アメフトの選手かと思えるような巨漢の部下達に、トラックに詰め込まれた武器をビルの中へと運び出すよう指示を出す。

 

陽菜は、呼吸を整えると、ビルへと向かって静かに踏み出した。

 

 

 

 

 

廃ビル

 

 

 

窓明かりがない事から予想はしていたが、一歩中に入ればビルの中はひたすらに真っ暗だった。

 

壁には分厚い埃が塗り込められているが、空気は思ったほどカビ臭くはない。

 

見た目に反して、頻繁に出入り、しかもここ最近からしている証拠。

 

そして、その奥から喧騒は聞こえる。

 

陽菜は目ではなく、鋭敏な耳と、発火能力者の熱探知能力でビルの中を進む。

 

そして、しばらく進むとこの廃ビルには似合わない堅固なシャッターと、その前に顔に傷のある目つきの悪い角刈りと金髪の2人組。

 

シャッターは半分ほど開かれており、その中から<スキルアウト>達と、明かりが漏れ出ている。

 

つまりは、営業中だ。

 

 

「さて、と…」

 

 

瓶の破片や、空き缶。

 

煙草の吸殻や、床に走り回るゴキブリ。

 

それらを横目に見ながら、陽菜は、大胆不敵にシャッターの真正面から歩を進める。

 

門番の2人はいきなり闇から浮かびあがった陽菜に鋭い視線を向けるが、その正体に気付いた瞬間、顔が青褪める。

 

その内の1人が壁に付けられたスイッチを押す。

 

重々しい金属音が響き渡る。

 

出入り口のシャッターが下りていく。

 

先ほどのスイッチは緊急時のシステムだったのだろう。

 

外敵が侵入してきたら入口を閉め、裏口から逃走。

 

さらには、シャッターに取り付けられた自動操作の銃火器が、その矛先を陽菜へと集中させる。

 

 

「やあ、面汚し共」

 

 

しかし、陽菜は挑発するように嗤っている。

 

自身に向けられた敵意と同数の火炎球を周囲に浮かび上がらせる。

 

 

「覚悟しな、<鬼塚>が来たよ」

 

 

 

 

 

廃ビル 改造フロア

 

 

 

学園都市製を改造した防犯設備のなれの果てを踏み潰しながら、中の様子を見る。

 

邪魔な壁は豪快にぶち抜き、警戒のため窓ガラスにスモークシートが貼られた改造フロア。

 

驚くほどたくさんの人間がひしめいており、中は煙草とアルコール、そして、硝煙の臭いで充満している。

 

そして、客である<スキルアウト>や屈強な成人男性の店員達の誰もが、火傷を負いギリギリ一命を取り留めている門番2人と、紅蓮地獄の熱気を纏い、入口を破壊した<赤鬼>に集中している。

 

<赤鬼>……鬼塚陽菜は、フロアの奥、一流商社のビジネスマンのような長身の男と視線を合わせると凶暴な笑みを浮かべる。

 

 

「三船を確認したところで、他は退場してもらうかね」

 

 

陽菜は無数の火の玉を周囲に作りだすと、一気にフロア内に躍り出る。

 

それと同時に違法武器屋の店員である鬼塚組の若手衆が一斉に武器を構える。

 

 

「遅い、<鬼火>!」

 

 

無数の火の玉がフロア内を縦横無尽に飛び交う。

 

店員と<スキルアウト>達の目の前にあった商品の銃火器に火の玉が直撃し、爆発が起きる。

 

その爆風にフロア内の人間が吹き飛び、気絶する。

 

この火の玉は、<鬼火>は鬼塚陽菜、学園都市最強の火炎系能力者の通り名となった技。

 

ナパーム弾から爆弾並みの威力まで調節でき、自在にコントロールができるため使い勝手が良く陽菜のお気に入り。

 

 

「まだまだこんなもんじゃないよ!」

 

 

そして、一瞬で陽菜の視界が捉えるあたり一面に煉獄の炎を発生させ、灼熱の熱気が場を支配する火の海と化す。

 

 

「ひぃ、化け物!?」

 

「こんなの聞いてねーぞ!!」

 

「もしかして、あれが<赤鬼>か!?」

 

「だとしたらヤベーよ、俺達瞬殺されてしまう!!?」

 

「早く武器を回収して、ここからずらかろうぜ!!」

 

 

「させっかよ、<鬼火>」

 

 

初撃から運よく逃れた<スキルアウト>も、武器に手を伸ばしたところに<鬼火>が襲いかかり、木っ端微塵に破壊された商品と共に吹っ飛ばされる。

 

これを見た他の<スキルアウト>達はあまりの事態に混乱し、折角買った商品を放り出し我先にと逃げだしていく。

 

そして、陽菜の目の前には長身の男性と僅かに残ったその部下達だけになった。

 

 

「見つけたぜぇ、三船。鬼塚組(ウチ)に泥を付けたことを血泥を撒き散らして後悔しな」

 

 

陽菜の凄みを切らした視線に、長身のビジネスマン―――鬼塚組幹部、三船は細葉巻に火を付け、フーッ、と陽菜の顔に煙を吹き下ろす。

 

 

「やはり、来たか糞ガキ。オメーが来ることなんざ、予測済みだ」

 

 

「はっ! 私が糞ならアンタは糞以下だよ」

 

 

「けっ、かわいくねぇ糞ガキだな」

 

 

荒い言葉遣いの応酬を続けながら、陽菜は心の中で眉を顰める。

 

三船は自分がLevel4で、学園都市最強の<鬼火>だと知っている。

 

そう、この<鷹の目>に捉えたものを容赦なく燃やし尽くす馬鹿馬鹿しいほど凶暴な能力者だと。

 

だが、三船には恐れの色がない。

 

むしろ、どのように陽菜を痛めつけようかと悩む嗜虐的な色が浮かんでいるようにも見える。

 

何かあるのか?

 

……なら、行動を起こす前に片づける。

 

 

「とっととけじめをつけさせてもらうよ、<鬼火>」

 

 

三度、火の玉を作りだし、三船に―――

 

 

 

キィィイイイイイイイ―――――ッ!!

 

 

 

雑音(ノイズ)。

 

改造されたフロア内の4隅に取り付けられたスピーカーから、ビル全体を振動させる超高周波音の雑音。

 

それがちょうど三船達の前、陽菜の立ち位置となっている所へ交差するように照射されている。

 

 

「くっ……何だ? …これ? ……あ…」

 

 

能力演算が乱れる。

 

陽菜の制御を外れた<鬼火>は霧散し、やがて、平衡感覚を失い陽菜は立つこともできなくなる。

 

 

「だから、言っただろう予測済みだって。それに今回の出来事もオメーを誘き出す為に起こしたことだから、オメーの対策もしてきてるに決まってるだろーが」

 

 

三船の耳にはいつの間にか防音のためのヘッドフォンが付けられていた。

 

彼はリモコンを取り出しながら、地に倒れ伏す陽菜を見下ろしながら、

 

 

「これはまだ性能が弱く、4方向からの焦点にしか効果を発揮できねぇような試作品だが、<キャパシティダウン>っつう能力者の演算を妨害する代物だ。本体はでかいから携帯はできねぇし、10分程度しか働かねーが糞ガキには効果抜群だろ」

 

 

罠。

 

こうして陽菜の真っ向勝負を好む性格を利用し、自分達の真正面、試作型<キャパシティダウン>の効果範囲に誘い込んだ。

 

その罠にかかった陽菜は、能力を封じ込められ、立ち上がる事すらも困難の状況に陥った。

 

しかし、<赤鬼>の精神力は並大抵のものではない。

 

陽菜は自由のきかない鉛のように重い身体を持ち上げると三船を睨む。

 

 

「アンタなんざ、能力を使わなくてもこの拳で――――がはっ」

 

 

が、いきなり、陽菜の体が宙に浮き、首回りに圧迫感を感じ、呼吸が苦しくなる。

 

 

「本家の連中には報告してなかったが、俺は実はLevel3の<念動能力>でな、半径10m以内ならこのようにすることもできるんだぜ」

 

 

さらに締め付けが強くなり、手足ですら動かせなくなる。

 

自身の手で、生意気な本家の跡取り娘を仕留めた昂揚がますます三船の口を滑らせる。

 

 

「俺はこの力と学園都市の武器で鬼塚組を支配する。この街の<木原>に負けた、あんな古臭く、カビの生えた組なんざこの先、生き残ることなんかできないしな。弱肉強食、俺のモノにしてやる」

 

 

「親父を……騙しやがって……オメー…は絶対に…許さない」

 

 

「減らず口を。でも、安心しな、組長の一人娘であるお前を殺すなんてしねーよ。ちゃんと人質として働いてもらうからなぁ」

 

 

三船は狂ったように笑い出す。

 

陽菜の父で鬼塚組の現当主とその懐刀の『虎』、そして他の大幹部<十二支>の暴威は恐ろしい。

 

だが、この跡取りで、愛娘である彼女を人質にとれば、化物共は手も足も出ない。

 

<鬼塚>とは血により成り立つもの。

 

きっとこちらの要求を呑む。

 

陽菜は三船の哄笑を聞きながら、唇を噛む。

 

彼女の親友に『能力開発』に付き合ってもらい、こうして強力な力を得たというのに、自身の迂闊さのせいで、こうやって、むざむざと捕まり家族に迷惑をかける。

 

 

 

(くそっ……わりぃ、親父。……詩歌っち)

 

 

 

陽菜が懺悔し、苦しみながら意識を失いそうになる姿を見て三船が笑みを深めた時、

 

 

―――だらしないですね、陽菜さん。

 

 

予期せぬ闖入者が訪れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ズガッシャア!! と。

 

出入り口から、轟音と稲光と共に4つの電撃の槍が其々4方に設置されたスピーカ―を破壊する。

 

 

「どうやら間に合ったようですね。……美琴さんから力を投影しておいて助かりました。投影しなかったら<キャパシティダウン>とやらの破壊は難しかったですしね」

 

 

そして、声がする方を振り向くと、声の主である闇を切り裂く青白い光を纏う華奢な少女がフロア内に踏み入れる。

 

三船の部下達が即座に武器を構える。

 

だが、

 

 

ズドンッ、と。

 

入口の床に落ちていたシャッターの残骸が空を裂きながら凄まじい速度で飛んできた。

 

それが手に構えた武器を吹き飛ばし、自分達を下敷きにする。

 

彼女が磁力を用いて、弾いたのだ。

 

さらに、残った者たちが武器を拾う前に、土砂降りの雨のような無数の礫が壁に床に衝突音を響かせた。

 

頭と首を腕で護りながら、床に転がる。

 

無事だった者達が、身を起こすと砕けた瓦礫の粉塵が視界を覆っており、そして、いつのまに陽菜の横にその少女が立っていた。

 

 

「危ない物は没収です」

 

 

そして、武器が吸い寄せられるように彼女の手元に集まり、そのまま紫電によってバラバラに破壊された。

 

圧倒。

 

圧倒的な力を振るい、一瞬で無力化。

 

今、この場に立っているのは少女を除けば、咄嗟に部下を盾にした三船のみ。

 

 

「誰だ、貴様!!」

 

 

三船の怒声に乱入者は、その可憐な顔には似合わない凶悪な表情を浮かべ、少しだけ低い怒りに満ち溢れた声で、

 

 

「私はそこにいる陽菜の親友の上条詩歌だ!! 私は今、大切な親友が傷つけられて頭に来ている。残念だが、手加減はできない――――覚悟しな!!」

 

 

そしてようやく陽菜は見えた。

 

 

(詩歌、っち……)

 

 

意識を失う瞬間に見えたのは、滅多に見れない親友、上条詩歌の怒りの表情だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『しいかは、いつも笑ってくれよな』

 

 

そう幼い頃、兄に言われ、自分はいつも微笑みを浮かべるようになった。

 

いつも微笑むのは苦ではない、むしろ大好きな彼が幸せになると思えば、自分は偽りではなく本心から笑みを浮かべられる。

 

そして、『笑う門には福来る』、というのか、今では彼だけでなく、皆を幸せに出来るよう、不幸をなくせるよう微笑みを浮かべる。

 

如何に苦しい時でも、上手くいかない時も、怖い時も、痛い時も、そうやって不幸を乗り越えてきた。

 

―――が、大切なものを傷つけられ笑っていられるほど自分は甘くはない。

 

こんなにキレたのはすごく久しぶり。

 

この街に来て最初にキレたのは確か陽菜と初めて喧嘩したときだろう。

 

自分と陽菜は出会った頃から気が合っていたわけではない。

 

むしろ最悪と言ったところだろう。

 

自分は陽菜の今では考えられないかもしれないが不愛想な態度が気に食わず、陽菜は自分が猫を被っているのが気に食わなかった。

 

そんな自分達だから、ルームメイトになったにもかかわらず、会話もせず、お互いがお互いを避けあっていった。

 

そんな生活が続いたある日、陽菜は自分の兄への思いに気づいてしまった。

 

根が意外とまじめなのか、陽菜は実の兄を異性として見るなんておかしい、人として狂っていると非難し、その想いを全否定した。

 

当然、その発言に怒りを覚え、訂正させるため親友と初めての喧嘩をした。

 

その頃は師匠と出会う前で、体も鍛えていなかったので、幼い頃から柔術、空手、剣術等を習っていた陽菜に全く太刀打ちすることができなかった。

 

しかし、何度も倒されようとボロボロになろうと立ち上がり、陽菜へと向かっていった。

 

陽菜はそんながむしゃらな特攻に危機感を覚えたらしいが、人としての道を踏み外させないために、そして、相手の本気に答えるために手加減することが一切なかった。

 

そして、何時間もの攻防の末、陽菜に一撃を入れることができた。

 

そう、上条詩歌の想いを込めた一撃を

 

だけど、その一撃で満足したのだろうか気を失ってしまい、その後のことは全く覚えていない。

 

陽菜が言うにはあの後すぐに自分を探しに来た兄、上条当麻が現れ、倒れている妹を見て、ひと悶着が起きたそうで、そのときの彼の気迫は陽菜さんを怯ませるほどすごいものだったらしい。

 

その次の日、意識が覚めた詩歌の横にルームメイトの姿があった。

 

陽菜は詩歌が起きたのを見るとすぐに土下座をして、謝罪した。

 

昨日の喧嘩からその想いは本物であると認め、それを侮辱してしまったことが申し訳ないとのこと。

 

詩歌はそんな彼女の潔さを認め、謝罪を受け入れた。

 

それはお互いにとって、学園都市に来て初めての理解者で、自分と同格の存在だと認め合えた瞬間だった。

 

喧嘩をした相手と友達になるなんてベタなものではあったが、お互いの気持ちを本気でぶつけ合い、そして認め合ったのだ。

 

それから、時々ではあるが喧嘩もしたが、その度に仲直りをして互いの絆を深めていき、やがてお互いを親友と呼べるほどの仲にまでなった。

 

……謝罪した後に、当麻のことをいい男発言したときは思わず殺気をぶつけてしまったが。

 

 

(ふふふ、本当に懐かしいです。…こんな昔のことを思い出すなんて……)

 

 

昔のことを懐かしむのは良いが、事が終わった訳ではない。

 

残念な事に真っ最中だ。

 

くすくすと思い出し笑いを浮かべるのを隙と見たか、三船は詩歌を<念動能力>で締め上

げた。

 

 

「何考え事をしてやがんだぁ? まさか俺を眼中にないとでも思っているのか!?」

 

 

「ああ、そうだ。たった1人の女の子を相手に何人で囲むどころか、罠を用意しているようなクズをどうして恐れる必要があるというんだ?」

 

 

挑発にキレたのか絞めつけをさらに強くした。

 

 

「おいおい、そんなに挑発していいのか? 貴様の命は俺の手に握られているみたいなものだぞ。命乞いしなくていいのか?」

 

 

「この程度で私の命を奪う? 笑えない冗談だ! こんな暴力にしか使ってないのか演算が大雑把でいい加減過ぎる。それにクズなんかに私が命乞いなんて絶対にするわけがないだろう? アンタこそ今すぐ私に詫びた方がいいぜ。まあ、詫びたとしても、手加減することは一切ないけどな」

 

 

しかし、身体の自由を奪われても詩歌の態度は変わらない。

 

鼻で笑うように三船を見下す。

 

 

「そんなにお望みなら殺してやる!!」

 

 

三船は気炎を吐くと、捕らえた獲物の息の根を止めようと<念動能力>に力を込める。

 

にも拘らず、詩歌は不敵に口角を吊り上げ、

 

 

 

「残念だが。初撃で、倒せなかった時点でアンタの負けだ」

 

 

 

<幻想投影>した三船の<念動能力>で、詩歌は自身を捕らえる力に干渉を行う。

 

未知の感覚に阻害された結果、三船は<念動能力>による拘束を解いてしまった。

 

 

「何!? 一体どう――――」

 

 

着地。

 

拘束が解いた瞬間に詩歌は一気に間合いを詰める。

 

そして、勢いを付け三船に飛び掛かり、左手を交差させるように首に引っ掛け、左膝をその顎めがけて袈裟切りの逆軌道の如く45度上に切り上げ―――相手の死角から放つ。

 

 

「がッ――――」

 

 

三船の顔が歪む。

 

自分で表情を変えたのではなく、詩歌の飛び膝蹴りが、本当に三船の顔を歪めたのだ。

 

だが、詩歌の攻撃はこれ終わった訳ではない。

 

自身の身軽さを利用し、鳥のように詩歌は宙を舞う。

 

空中で腰を捻り、今度は後ろ回し蹴りの要領で右足での袈裟蹴り、まさに雷のような一撃をこめかみに喰らわせる。

 

これは顔を歪ませるどころか、変形させるほどの破壊力。

 

そして、そのまま、

 

 

ドゴッ!! と。

 

身体全体の力に、落下する力を加えた一撃は大人である三船を物凄い勢いで顔面から地面に叩きつけた。

 

その衝撃で鼻骨が折れた。

 

 

「はっ!!?」

 

 

一撃、いや、二撃をもらい、顎、こめかみ、鼻の3か所の骨を折られ、脳を激しく揺さぶられた三船は意識を失い、多量の鼻血が流れる。

 

 

「言っただろ? 加減は出来ない、って…」

 

 

真っ赤に染まる三船の顔を見下ろしながら、詩歌はぼそり、と呟く。

 

そして、詩歌は<警備員>に連絡した後、陽菜を連れてこの場を離れた。

 

その後、現れた<警備員>により三船達は逮捕され、三船はしばらく入院を余儀なくされた。

 

 

 

 

 

第7学区 道中

 

 

 

もう日付が変わり始める頃、相変わらず空は曇っているが、その隙間から優しい月夜が覗いている。

 

 

「ん?」

 

 

目が覚めると、陽菜はいつのまに見慣れた第7学区の通学路にいた。

 

視界も揺れていることから誰かに背負ってもらっている事が分かる。

 

 

「ようやくお目覚めのようですね、陽菜さん」

 

 

そして、聞きなれた親友の優しい声が耳に入る。

 

 

(やっぱ、あの時助けてくれたのは詩歌だったんだ)

 

 

自分の体を背負うその後ろ姿は紛れもなく親友の者。

 

 

「詩歌っち、心配かけてゴメン。……それと助けてくれてありがと…」

 

 

「本当ですよ、全く――」

 

 

そして、彼女はやれやれと溜息をつきながら、

 

自分が寮に帰ってこなくなったこと。

 

無断で授業を休んだこと。

 

連絡が付かないこと。

 

探すために色々な人に話を聞いたこと。

 

門限を破ってしまったこと。

 

当麻にチョコが渡されるのを阻止するための罠を準備できなかったこと。

 

など、最後のはどうかと思うが延々と愚痴を言い続ける。

 

でも、その端端に、彼女がとても心配してくれていることが伝わってくるので、おとなしく、じっと説教を聞き続ける。

 

しかし、

 

 

キュゥ~、と。

 

ここ最近、満足に飯を食べていなかったせいか腹の虫が鳴く。

 

それに削がれたのか詩歌は説教を止め、

 

 

「ふふふ、説教はこれくらいにしますか。陽菜さん、コンビニでパンかおにぎりでも買ってきますから、このチョコでも食べていてください」

 

 

そういって、詩歌は、陽菜をバス停のベンチに下ろすとカバンからきれいに包装された小包を渡し、近くのコンビニへと走っていった。

 

 

(はぁ~、まったく気がきくねぇ。もし私が男だったら告白していたに違いないね。流石はお嫁さん第1位だよ)

 

 

包装紙を丁寧に開き、箱の中にあるハート形のチョコを取り出す。

 

チョコの表面になにかが書いてあったようだが暗くてよく見えないし、お腹もすいていたので、大口を開けて一口で食べる。

 

 

「ッ!?」

 

 

この味わいを逃さないように陽菜は思わず口許を押さえる。

 

すっごくおいしい。

 

今まで食べてきたどんなチョコの中でも断トツにおいしい!

 

それになんだか、今までの疲れが吹き飛んで体の奥底から力が漲ってきて、目も覚めてきた。

 

 

(……流石、詩歌っち、これほどまでのチョコを作るなんて……)

 

 

親友の作ったチョコに感動していると、詩歌がコンビニから戻ってきた。

 

 

「詩歌っち、すごいね、こんなチョコ初めて食べたよ!」

 

 

「ふふふ、それはよかったで――――あれ?」

 

 

詩歌は急に立ち止まり、その視線は先ほどの包装紙に向けられている。

 

テンションが上がっている陽菜とは逆に、徐々にテンションが落ちていく。

 

 

「あの……陽菜さん聞きたいことがあるんですが。先ほどのチョコ、何かメッセージが書かれていませんでしたか?」

 

 

「へっ? そういや、何か書いてあったような―――「はあっ!!?」」

 

 

詩歌は何故か驚愕し、陽菜がとんでもないミスをしてしまったかのように責めるような視線を向ける。

 

 

「ひ、陽菜さん、あなた、私が丹精込めて作った当麻さん専用の心血を注ぎ込んだ特製のチョコを食べてしまったというのですか……っ!」

 

 

詩歌は両手両膝を地面に置き、まるで世界の終わりのようなオーラを醸し出す。

 

そういえば、明日は、いや今日はバレンタインデー、恋する乙女の聖戦。

 

法とか倫理観とは別の『とある制約』のせいでその想いを打ち明ける事はできないが、その分、この親友の頭のネジが2、3本とれる日だ。

 

 

「あはは、ごめんね、暗くてあまり気にしてなかったよ」

 

 

「ごめんで済んだら警察はいりません!! 全く、陽菜さんは調子に乗ると肝心なところでうっかりしてしまうんだから。そんなんだから、あんな三下の罠に嵌ってしまうですよ」

 

 

その物言いに思わず、カチンときた。

 

 

「別に私は助けてなんか言ってないし、あの後すぐに逆転するつもりだったしね。それに元々は詩歌っちがチョコを渡し間違えたのが原因じゃん」

 

 

「よくも恩人に対してそんなことが言えますね! どうやら反省していないようですね! その天狗の鼻叩き折ってやりましょうか?」

 

 

「そんなに言うなら叩き折ってもらおうじゃないか、お腹が真っ黒な<微笑みの聖母>さん」

 

 

「言っときますけど、私、怪我人でも容赦しませんよ、肝心なところでヘマをする<赤鬼>さん」

 

 

「上等だ、ゴラァ!!」

 

 

その後、2人は朝になるまで壮絶な死闘を繰り広げ、壁を粉砕し、自動販売機をぶっ飛ばし、樹木を根こそぎなぎ倒すなど、辺り一面をまるで災厄が通り過ぎたような悲惨な状況にしてしまった。

 

このことが第7学区に瞬く間に広まり、<赤鬼>と<狂乱の魔女>という通り名は<スキルアウト>だけではなく学生にすら恐れさせるほどになり、夜中、外をうろついていると血に飢えた鬼と魔女が現れるという噂が流れ、しばらく深夜に外をうろつく学生が激減した。

 

もちろん、そのことは寮監の耳にも入り、2人は地獄のようなお仕置きを受けることになってしまった。

 

ちなみに、詩歌はお仕置きを受けた後、寝る間も惜しまず、すぐに人間の限界を超えた速度で秘伝のエキスを配合した特製のチョコを作り上げ………

 

 

 

 

 

 

 

『と、当麻さん……これ、今年の……ハッピー…バレンタ…イン……』

 

 

『おお、ありがと―――って、大丈夫なのか!? 何か今までに見た事がねーくらいにボロボロになってけど』

 

 

『ふふふ…当麻さんの……胸の中で……逝けて……良かっ……た』

 

 

『詩歌ああああああぁぁぁっ!?!? ―――って、何クライマックス迎えちゃってんでしょうか!? お兄ちゃんついていけないので説明を!!』

 

 

『徹夜で二連戦はキツ……特に師匠、今日ほど本気(マジ)でやったのは初めてですけど敵いませんでした。流石、です。―――でも、味はもちろん。気持ちもたっぷり込めて、今年は受験合格の願掛けもしました最高傑作ですから、ご安心を。ちょっと汚れていますけど』

 

 

が、陽菜との壮絶な殴り合いでできた怪我の治療をしていなかったため、そのチョコはとにかく、その包装紙は血塗れになってしまった。

 

 

『はぁー、無茶するなと叱ってやりたいが……そうか。……ありがとな、詩歌』

 

 

もちろん、それを渡された当麻は血塗れであることは気づいたものの、大切な妹が作ったものだからと何も言わずに食べ、お礼を言ったそうで、その男気に詩歌はますます当麻に惚れてしまうことになる。

 

さらにはこの血塗れの小包のおかげで、当麻にチョコを渡そうと思った同級生達は何かヤバいものでも見たかのように避け、詩歌の意図せぬ形で罠として作用。

 

おかげで、当麻がもらったチョコは詩歌ののみ。

 

あと、

 

 

『うっぷ……今年一年は絶対にチョコ系のものは頼まないわよ』

 

 

陽菜の代わりに(強制的に)何十個の試作品のチョコを食べた美琴は体重が数kg増えてしまい、しばらくはチョコは見たくもなくなかったというのに同級生や上級生からチョコを贈られ美琴はその日からしばらく胸やけの日々を送る事になった。

 

 

 

つづく


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