とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 モデル体験

閑話 モデル体験

 

 

 

常盤台中学 学園内カフェテラス

 

 

 

「あ~、あっついわね」

 

 

夏休みまであと数日と迫ったある日。

 

校内のカフェテラスで、御坂美琴は雲1つない真っ青な空に浮かぶ太陽から降り注ぐ日差しに辟易した表情を浮かべる。

 

夏の暑さだけじゃなく、最近、この学園の理事長の息子に付き纏われているのも少なからずあるが。

 

 

「そうですわね~。本当、毎日、強い日焼け止めは欠かせません事」

 

 

美琴の溜息に、彼女の後輩でルームメイトの白井黒子が同調する。

 

黒子は、美琴の露払いで、お姉様命の……

 

 

「―――ッ! もちろん塗ってますわよね、お姉様」

 

 

「ふぇ? なんでよ?」

 

 

美琴は首を傾げる。

 

確かに日差しはウンザリするほど強いが、普通、若さ溢れる女子中学生が日焼け止めを塗るなんて事はないだろう。

 

けれど、

 

 

「その美しい肌がシミだらけになったら大変ですのよ!」

 

 

この白井黒子はそうはいかない。

 

お姉様命の彼女にとって、その艶々なお肌にシミができるなど、万が一にもあってはならないのだ。

 

なのに、美琴はまだ若いというか、男らしいと言うべきか、それとも、(最近は約1名気になるヤツがいるが)異性に見られるという事に気を使わなかったのか、化粧とかそういった方面にはわりと無頓着である。

 

美琴の年頃ならそれでも良いかもしれないが、彼女が通う学校は名門常盤台中学。

 

お嬢様としてそれ相応の嗜みを最低限身につかなくてはならない。

 

その為、お姉様のパートナーとして、この白井黒子が24時間ケアできるよう身構えなければならないのだ。

 

幸い、<風紀委員>として真夏日でも校外活動の多い黒子は日焼け対策はバッチリである。

 

 

「さあさあ、わたくしが体の隅々まで塗って差し上げますわぁ~」

 

 

バックから自分が愛用している日焼け止めを取り出すと、キャップを開ける。

 

そして、手にクリームを付けると、間接キスならぬ関節タッチを――ではなく、その黒子の(美琴のなのだが)自慢のお肌を丹精込めてケアを。

 

 

「ほらほら~、遠慮なさらず」

 

 

「こら、やめなさいっての! 黒子! こらっ!」

 

 

腕を突っ張り抵抗する美琴に、机に身を乗り出してまで迫る黒子。

 

ここ最近、常盤台の中で巷で有名になっている『百合百合3義姉妹』。

 

三女はいつもアクセル全開で、次女は常にブレーキを心掛けている。

 

本来ならここで長女がハンドルを回して、話題の方向をズラすのだが、残念な事にある仕事の引き継ぎに関する最後の仕上げで忙しくてここにはいない。

 

でも、その代わりに、

 

 

「白井さん」

 

 

じゃれ合っている(2人はふざけ半分ではなく、それぞれ反対方向に必死だが)と、急に声をかけられ、いったん停止。

 

 

「「ん?」」

 

 

そして、2人揃って、声の主の方へ顔を向けると、

 

 

「湾内さん?」

 

 

「あと、泡浮さんも……どうしたの?」

 

 

そこには、ライトブラウンのウェーブのかかったセミショートの髪と黒のロングの髪を持つ女の子が2人。

 

湾内絹保と泡浮万彬。

 

両者とも穏やかでおっとりとして少し世間知らずではあるが、ちゃんと芯の通ったお嬢様。

 

不良に絡まれてるのを助けた縁で美琴達と知り合い、同じ新入生の黒子にとってみればクラスメイトでもある。

 

と、そんな彼女達から、

 

 

 

「実はお願いがあるんです」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「水着のモデル?」

 

 

「はい」

 

 

美琴の疑問の声に湾内と万彬の2人は頷く。

 

 

「水泳部がお世話になっているメーカーからどうしてもって、頼まれたんです」

 

 

「今度のWebカタログに載るらしいんですけど」

 

 

「先輩達は大会で忙しいですし、参加できる部員が私達しか……」

 

 

この2人は、常盤台独特の学生活動の一環――『派閥』こそ所属してはいないが、水泳部に入部している。

 

そして、水泳部の先輩達は、夏休み最後の大会に向けて追い込みをかけている真っ最中なので余裕がなく、その折の悪い時に常盤台水泳部が専属にしているスポーツ用品メーカーから水着のモデルを頼まれたのだそうだ。

 

 

「ふ~ん」

 

 

なので、いつもお世話になっている業者さんのお願いを無碍に断るのは礼を失するという事で、大会にはでない1年の湾内と泡浮にお鉢が回ってきたのだが、それだと流石に人数が少ない。

 

という訳で、彼女達は時間に余裕のある知り合いを探していたのだそうだ。

 

 

「お姉様! 是非お引き受けしましょう!」

 

 

その話を聞いた黒子はくわっと目を見開き、勢い良く椅子から立ち上がる。

 

でも、美琴の方はあまり反応が芳しくなく……

 

 

「むぅ……でも、水着のモデルって、色々ハードルが高そうだし…ちょっとね~……」

 

 

「やっぱり、そうですわよね……」

 

 

別に面倒臭いからではなく、そのような責任が関わる仕事で、そのような事はないとは分かっているが、昔、騙されて無償に自身のDNAマップを提供し、それが火種となって、とんでもない事態に巻き込まれた美琴にとっては、おいそれとは引き受け難いもの。

 

だから、申し訳ないが……

 

 

「あー、ごめんね――「見損ないましたわ、お姉様」」

 

 

が、ここにぶっ壊れたようにアクセルを踏み続ける者もいて、

 

 

「可愛い後輩達が困っているというのに、お姉様は冷酷で無慈悲だなんて……黒子は…黒子は……うぅぅ―――――(ほらっ! あなた達も)」

 

 

ちょっと及び腰の美琴に、『ぐぐぐっ』と迫りながら、黒子は熱く、そして涙を使ってまでも力説する。

 

いっそ清々しいくらいにバレバレなアイコンタクトと、それに乗っかり子供騙しのような泣き真似。

 

しかし、下手ではあるが気持ちだけは籠められている為、美琴もだんだんとその気になって来た。

 

これが原因で頼み事がし難い先輩だと変に遠慮されるようになったら、これから先、長い間学園生活を共にする後輩達と、居心地の悪い思いをするかもしれない。

 

業者も本格的なモデルではなく、学生に依頼していると分かっているだろうし、それほど気を使わなくてもいいのかもしれないし。

 

 

「分かったわよ。私で良ければ協力するから」

 

 

「それでこそ、お姉様」

 

 

「助かります!」

 

 

「ありがとうございます、御坂様」

 

 

美琴の了承に湾内と泡浮は、ぱぁぁっと笑顔を輝かせる。

 

先日、『スポーツをして、気持ちの良い汗を流しましょう』と1つ年上の幼馴染に誘われ、実は魔女と鬼の戦争だったドッジボールで、爽やかではない冷汗をかかされた時とは違い、今回はそんな裏などない純粋なお願いであるのだろう。

 

少なくても、ちょっと? 黒い(かもしれない)策師に嵌められて、逃げ場のない状況に追い込まれた相手に止めの超電磁砲を放てなんて事はない………と、思うのだが、

 

 

 

(これで水着姿のお姉様のあ~んな姿やこ~んな姿! それどころか、もっと大胆な水着で! そ~んなことやあまつさえ―――)

 

 

 

「―――考えてる事、駄々漏れなんだけど~っ!!」

 

 

 

黒ではないが、ピンク色の欲望を迸らせる変態がいるようだ。

 

 

「ギ、ギブギブ……」

 

 

可愛いは正義の長女に、お姉様は命の三女。

 

間に挟まれた次女が最も苦労人なのかもしれない(でも、生粋のゲコラー(ゲコ太シリーズのファン)もカエルの人形を見ると暴走する傾向があるのでそうでもないのかもしれない)。

 

黒子と若干暴力的な表現が含まれる肉体的なコミュニケーションを取りながら、そっと美琴は息を吐いた。

 

 

 

 

 

第15学区 繁華街

 

 

 

第7学区、<学園の園>のすぐ西に隣接した第15学区。

 

ここは学園都市で最大の繁華街のある学区で、テレビ局などのマスコミが多い流行発信基地。

 

土地の値段は学園都市の中で最も高いが、最先端の流行を真っ先に察知できるので、ここに本拠地を構える業者も少なくはなく、

 

 

「「ふぁ~~!!」」

 

 

ここにあるのは成功した業界のトップに君臨する一流企業である為、その建物の姿を視界に捉えた時の、佐天涙子と初春飾利の反応は、決して大袈裟なものではない。

 

ごく一般家庭で育ち、学園都市でも一般的な学生生活を送ってきた佐天と初春にとって、指定された場所にきてみたら、なんと非常に綺麗なビルで、そこに招待されたとなると声を揃えて驚きたくもなる。

 

建物内の受け付けがあるロビーに入ってからも、その広大なスペースや別世界のように垢抜けた人達が行き交う光景に圧巻されっぱなしである。

 

 

「何か企業って感じ」

 

 

「やっぱ、ドキドキしちゃいますよね~」

 

 

「初春、初春、これ見て」

 

 

と、佐天と初春は興奮して社会科見学に夢中である。

 

 

「お友達まで呼んでいただいて、ありがとうございます」

 

 

「気にしないで。どうせならみんなで楽しくやった方が良いしね」

 

 

それに対し、このモデル体験の発足人である水泳部の2人は、彼女達を誘った美琴に礼をいう。

 

だが、そこでモデルの事を思い出し、少し体型に自信のない初春が場違いも甚だしく感じたのか、

 

 

「でも、いいんですか? 私達が水着のモデルなんて……?」

 

 

学校生活でこういった雰囲気に慣れているのか、常盤台の面々は普段通りに落ち着いており、同じ佐天に対しても緊張よりも興味が先立って、初春のように緊張するという事はない。

 

 

「大丈夫ですの。どんな幼児体型でも科学の力でチュチュッと修正してくれますの」

 

 

「ヒドイです、白井さん……」

 

 

ぐすん、と同僚からの心ない一言に傷つく初春。

 

されど、その同僚もまた体型に自信があるようには見えないのだが……

 

その時、

 

 

「皆さん、おはようございます」

 

 

「あ、詩歌さん」

 

 

助っ人として呼ばれた上条詩歌が現れた。

 

一応、美琴が声をかけたのだが、学園都市一働き者の女子中学生である彼女の事だから、来るとは思っていなかった。

 

 

「まあ、詩歌様まで来て下さるとは。わざわざありがとうございます」

 

 

「ふふふ、可愛い後輩の頼み事を聞くのは、先輩として義務であり、権利ですからね」

 

 

でも、先日のドッジボールの一件で協力してもらった事と、ある施設の仕事などがこの前で一段落ついたので協力してもらえる事になったのだ(ちなみに、彼女のルームメイトにも声をかけたのだが、本人曰く『私って、火属性だから水着はちょっとね。それにバイトもあるし。仕方ないよね。うん。勘違いしないでよ。決して、身体的な特徴からではなくてね………』と長々とした言い訳と共に断られた)

 

ただし、

 

 

「―――で、何でアンタがいるのよ」

 

 

つい先日出会ったインデックスとか言う謎の修道服を着た少女がその隣にいた。

 

 

「私も水着モデルってのに助っ人として参加するんだよ、短髪。なんか面白そうだし、しいかが良い経験になるって言うから」

 

 

まあいい。

 

この場には詩歌もいるし、後輩達も見ている。

 

それに、今はそれよりも……

 

 

「―――じゃあ、そこにいる馬鹿はどうしてなの?」

 

 

じろり、と美琴は詩歌の背後にいる招かれざる客――ツンツン頭の愚兄を睨む。

 

 

「ん? 何言ってんだよ、御坂。未成年のモデルって事は、保護者として、付き添いが必要だからに決まってんだろ?」

 

 

そう。

 

妹がモデルに出ると話を聞いて、居ても経ってもいられずにやってきたのだ。

 

このお嫁さんにしたい女子学生第1位と絶賛されている妹は、このモデルがきっかけに芸能界入りするかもしれない。

 

しかし、芸能界といえばスキャンダルやゴシップといったイメージが拭いきれない。

 

きっと詩歌の事だから、あっという間に有名な売れっ子になれるに違いないが、そしたらバラティやドラマなどに引っ張りだことなって、一一一(ひとついはじめ)といったイケメン芸能人達に囲まれる生活が始まるのだ。

 

基本しっかり者の詩歌だけど、時々抜けている事もあり、売れれば売れるほど過酷になってくる芸能界での仕事できっと疲れやストレスで辛い時期が出てくる。

 

そんな心の隙間に顔と口だけは良いイケメン野郎がスッと入り込んでしまったりすることもありえるかもしれない。

 

だが、これは万が一の話だ。

 

でも、部屋で寛いでいたら、テレビに『上条詩歌、熱愛発覚!』なんてニュースが流れてきた悪夢を想像したら………

 

 

「―――ダメだ! やっぱり何かあってからじゃ遅い! 今すぐキャンセルするんだ!」

 

 

突然のドタキャン発言に、美琴や詩歌だけでなく、他の子達も当麻を注視する。

 

 

「いつまでそんな話をしているんですか? これはあくまで学業活動の一環みたいなもので、芸能界と関連する事などさらさらありません。それに大切な後輩たちとの交流でもあります。色々と文句を言うから連れてきましたが、このようですと大人しくお留守番してもらった方が良かったですね」

 

 

「くっ! 詩歌! お兄ちゃんの言う事を聞かないなんて……これが反抗期か……ッ!!」

 

 

ショックを受けて、がっくりと肩を落とすが、この男は不屈。

 

少し予定が遅れるほど説得されたのにも拘らず、未だに納得ができていないらしい。

 

まあ、これもつい最近ニュースに流れた一一一のスキャンダルが流れたのかもしれないが。

 

『全く……』と流石の詩歌も、この口では手に負えなくなるほど暴走している愚兄を相手にするのは疲れるし、恥ずかしい

 

というよりも、この中に当麻とは初対面の子もいるのに第一印象がこれでは頭を抱えたくなるのも無理はない。

 

おかげで、このままだと水泳部の2人が変に遠慮するかもしれない。

 

なので、

 

 

「ふふふ、昨日の組手で殴り過ぎちゃったようです。でも、大丈夫。すぐに“直し”ますから。だから、ちょっとだけ失礼しますね」

 

 

そうして詩歌はいったん断りを入れると、“兄妹会議”を行う為、当麻を連れ、この場を離れた。

 

流石に悪影響を与えかねない表現を後輩達に見せるのは抵抗があり、でも、どこからか悲痛な男の叫びが聞こえた………ような気がした。

 

そして、水泳部の2人を除くこの場にいる全員は、何故だかあの灼熱ドッジボールでのタイムの時の断末魔が思い浮かんだ。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

あれから2,3分後、“一応”五体満足で戻ってきた当麻は、マネージャーとして撮影現場を見学させてもらうことを条件に、ようやく納得してくれた。

 

そうして、簡単に自己紹介が終わったのを待っていたかのようなタイミングで、ビジネススーツの女性が現れた。

 

 

「お待たせしました~」

 

 

「あの人は?」

 

 

「メーカーの担当の人ですよ」

 

 

今回の依頼人である。

 

 

「今日はよろしくお願いしますね」

 

 

彼女は何度か顔を合わせた事のある湾内と泡浮の姿を確認し、そして、後ろにいる美琴、黒子、初春、佐天、インデックス、詩歌、そして……

 

 

「……え、っと、そちらの方は?」

 

 

「保護者です」

 

 

1人男性が混じっている事に戸惑う担当の人の前に、当麻はずずい、と詰め寄って、

 

 

「一応、確認したい事があります」

 

 

「は、はぁ?」

 

 

いまいち要領を得ない返事に対し、当麻は重々しく口を開く。

 

 

「水着の撮影だとは聞いてますけど、変なポーズは禁――――」

 

 

――――ゴキッ、と。

 

 

首が90度に傾き、当麻の意識が断ち切れた。

 

いくら鍛えようが、気が緩んだ所を責められれば、抗いようがないというもの。

 

電光石火の早業。

 

ごく自然に相手の背後に忍び寄り、首を狩る。

 

そんな事が出来そうなのは、やはり……

 

 

「ふふふ、全く心配し過ぎなんですから当麻さんは」

 

 

崩れ落ちた当麻の後ろには、やはりと詩歌がいた。

 

そして、彼女は愚兄の屍を乗り越えると、代わりににっこりと担当者と相対する。

 

 

「今のは気にしないでください。単なる戯言ですから」

 

 

「そ、そうですか」

 

 

「それと、出来れば、ですが。ここで倒れている私の兄も、撮影現場に参加させてもらえないでしょうか? ここにいる子達には許可を取ってありますので」

 

 

ああ、と担当者は納得したようにうんうんと頷く。

 

 

「そういう事でしたら是非。なんでしたら、男物の水着モデルに参加されてみては? ―――あっ、でも、まだ後から2人ほどいらっしゃる予定でして」

 

 

「2人?」

 

 

一番後ろにいた黒子が疑問の声を挙げた時、後ろから、

 

 

「まあ、白井さん?」

 

 

聞き慣れた声。

 

そう、これは確か……

 

 

「この声は……」

 

 

振り向くとそこにいたのは何故か和服を着こなした知り合いが1人……

 

 

「あらまあ、大勢でゾロゾロと、社会科見学か何かかしら?」

 

 

婚后光子。

 

航空業会の名門・婚后空港の後取り娘で正真正銘のお嬢様で、進学先の学校のレベルの低さに失望し、自分を導いてくれたあのお方の元へと、この夏休みに黒子の通う常盤台中学に転校してきた女子学生。

 

で、黒子にとったら頭が痛くなる相手でもある。

 

黒子は婚后が常盤台に来た時、<風紀委員>として道案内したのが縁で、年上だが新人の彼女に対して、常盤台の流儀というのを教えている。

 

だが、良家の子女という事から少し世間とは感覚がズレている事もあり、しょっちゅう見栄を張りたがるため、とても手を焼かされている。

 

 

「固法先輩も」

 

 

そして、その後ろにはジャージを着た女性がいて、なんと黒子と初春の<風紀委員>の先輩の固法美偉であった。

 

でも、先輩に挨拶をする前に、黒子は同じ学校に通う者として一言、婚后に対して言わなければならなかった。

 

 

「貴女こそ、何ですのその格好? 休みの日も制服で外出するという校則、お忘れですの?」

 

 

そう、常盤台中学は校則が厳しい事で有名で、外出時には制服着用の義務があり、もしこれを破ろうものなら恐ろしい寮監から、そこで転がっている愚兄と同様に首狩りが執行される事になっている。

 

でも、婚后は余裕綽々といった表情で、いつも携帯している扇子で口元を隠すと、

 

 

「今日のわたくしは常盤台の生徒ではありませんの。1人のモデルとして参上したのですわ」

 

 

婚后は、子供の頃から良家の嗜みとしてモデルをやっており、この中では唯一の経験者……と言いたいところなのだが、その披露会の観衆は全員、執事や給仕など使用人であるので、プロのモデルとは言い難いかもしれない。

 

けれど、常に上に立つ人物を意識しているので、人の視線を浴びるのにも慣れており、むしろ、浴びれば浴びるほど、陽の光からエネルギーを貰う樹木のように元気になっていく。

 

なので、わざわざ和服に着替えて参上した事からも窺える本人のやる気も相俟って、その心構えは、プロのモデルともそれほど遜色がないのかもしれない。

 

と、そこで、

 

 

「モデル? 貴女も?」

 

 

「え? ということはまさか?」

 

 

2人の顔に浮かんだのは、同じ種類の響き。

 

しばし、その言葉の意味を探ろうと黒子と婚后は見つめ合って、そして、その奥で担当者と………

 

 

「詩歌様ッ!?」

 

 

ギョッと後ずさり、真っ青になってよろめく。

 

あの下手をすると『派閥』に分類されるかもしれない秘密組織には所属していないものの、婚后が常盤台に来た理由の1つに、詩歌に会いたいからというのもあるほどの熱狂的な信者だ。

 

常に人の上に立とうという気持ちが空回って、つい高慢な態度を取ってしまう婚后だが、その目標でもあり、尊敬する師でもある先輩の前では流石に自重する。

 

でも、詩歌に良い所を見せたいという気持ちもあって、それが鎮火しかけた婚后の魂に火を付けた。

 

 

「あ、あのっ、あのっ……詩歌様も、今日はここに……」

 

 

弱火ではあるが。

 

詩歌がいるとは気付かなかったからであるが、初っ端に偉そうな口を叩いてしまったのだ。

 

もし、5分前に戻れるならば……、と今ほど思った事はない。

 

でも、詩歌の方はそんな事を気にせず、のほほん、と、

 

 

「はい、そうですよ。今日は一緒に楽しみましょうね、婚后さん」

 

 

「は、はいっ! この不肖、婚后光子! 詩歌様とモデルができるなど恐悦至極でございます!」

 

 

深々と頭を垂れる婚后に、『な、なんという従属姿勢! ですが、この白井黒子! お姉様と大お姉様への想いは誰にも負ける気はございませんわ!』と、黒子は婚后への宿敵度をぐんぐんと上げていく。

 

そして、その間に初春が固法に向けて、

 

 

「固法先輩も水着のモデルを?」

 

 

「ええ。いつも通っているジムで<風紀委員>の先輩に頼まれちゃって。それで、あなた達は?」

 

 

「私達は水泳部の子達に頼まれて」

 

 

互いの状況が同じであることを確認し合うと、担当者の先導によって更衣室へと移動した。

 

そして、ぶっ倒れている愚兄は後からやってきた男の担当者によって、更衣室ではなく、医務室へと運ばれた。

 

 

 

 

 

試着兼更衣室

 

 

 

「それでは、どれでも好きな水着を選んでくださいね」

 

 

はーい! と返事をすると各々が、それぞれ自分が着る水着を選ぶ。

 

今回の水着モデルは、業者によって指定されたものではなく、部屋の半分を埋めるほど大量に用意されたサンプルの中であるなら、自由に選択ができるのだ。

 

何から何まで最先端の学園都市。

 

水着であっても、普通のからゲテモノまで多種多様によりどりみどりに揃っている。

 

 

「これいかがですか?」

 

 

「わぁ! 素敵ですわぁ!」

 

 

水泳部に所属している湾内と泡浮は慣れた様子で水着を吟味していき、

 

 

「お、コレ可愛い!」

 

 

「こっちも良いですよ!」

 

 

佐天と初春も、デパートで買い物する時のように会話しながら楽しく水着選びに没頭している。

 

 

「んー……これもいまいち。……これもいまいち」

 

 

でも、やはりこれだけあれば迷うのか、それとも中々自分のセンスに合うのがないのか、黒子は、取って見ては戻して、また取って見てはやっぱり戻して、を繰り返している。

 

と、そこへ婚后が、

 

 

「まだ選べませんの? 仕方ありませんね、わたくしが選んで差し上げますわ」

 

 

「結構ですの」

 

 

先程ちょっとは宿敵であると認めはしたが、だからと言って、尊敬する訳ではない。

 

黒子は初対面時に、同じ制服を着ていたはずなのに小学生だと間違えられたのを忘れていない。

 

何もその胸に重そうなモノをぶら下げていれば大人という訳ではないのだ。

 

 

「ホルターネックの水着は胸のある方向け。三角水着は胸のある方ない方両方に大丈夫なんですよ」

 

 

「だから、結構ですって」

 

 

だが、婚后はそんな昔……でもないが、その時の事を気にしておらず、上から目線の世話焼きスキルが発動しているのか、それとも……

 

 

「貴女の胸だと……うふ、お気の毒~♪」

 

 

「貴女とはいつかきっちりお話を付けなくちゃいけませんわね」

 

 

Levelは同じ4なのに、あそこのLevelは0と4という何という格差社会。

 

残念だがこれは現実である。

 

しかし、『何も能力を発現していないLevel0の方がLevel6へ至れる可能性が高い』という教師もいるのだから、きっとLevel0だとしてもそこに無限の可能性に想いを馳せる事ができる――――が、やはり悔しいものは悔しいものだ。

 

分が悪い事を悟った黒子は、婚后の話を聞き流しながら手早く自分が着るのに相応しい水着を探していく。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

目の前に、ふわっふわのフリルがついたセパレートタイプの水着。

 

可愛い。

 

なんて、可愛い水着なんだろうか、と美琴はその水着に目が奪われる。

 

だがしかし、このデザインは明らかに小学生向けのものだ。

 

中学生になって、今更着るような水着ではないのだ。

 

しかも、今回は運が悪い事に、あの馬鹿が男子用水着モデルに選ばれてしまっている。

 

その男からの視線を意識すれば、諦めた方が良いのではないのだろうか。

 

でも、やっぱり着てみたい。

 

だから、着るにしても着ないにしても、ちょっとくらい合わせて見るくらいなら……

 

 

「「ん?」」

 

 

同時にその水着のハンガーに手がかかる。

 

隣を見てみるとそこには、色々と気になる修道女の姿が。

 

 

「「………」」

 

 

しばらく、水着を掴んだまま、両者は無言で睨み合う。

 

ここでもし彼女以外の人物であったのなら、素直に譲っていただろう。

 

しかし、どういう訳だが、この相手にだけは意地でも譲りたくない。

 

そう、負けたくはないのだ。

 

 

「(私の方が先に見つけたんだから、アンタが放しなさいよ)」

 

 

「(そんなルールはないんだよ。それに、先に見つけたのにずっと迷ってた短髪の方が譲るべきかも)」

 

 

前よりもさらに厳しい視線。

 

美琴とインデックスは黙り込んで、お互いに牽制するように水着と相手に視線を何度も往復させる。

 

そして、妙な緊張感が漂い始めた――――その時、

 

 

 

「あら? あなた達。結構子供っぽいデザインが好きなんだね」

 

 

 

ビクッ、と。

 

同時に熱した薬缶に触れたように美琴とインデックスは反射的にその水着から手を放す。

 

 

「そんなわけないじゃないですかっ! これ! 私はこっちです! さあって、着替えようっと」

 

 

そして、美琴は勢い任せに適当に水着を手に取ると、そのままカーテンで仕切られた試着室へと駆け込んで行ってしまった。

 

インデックスもその様子に釣られたのか、それとも何だか気が削がれたのか、その水着ではなく、他の水着を手に取ると美琴の後を追うように試着室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

こっそり2人の様子を窺いながら固法と共に水着を選んでいた詩歌は額に手を当てて、軽く溜息をもらした。

 

 

「……折角、2人の可愛い水着姿が見れると思ったのに。まあ、喧嘩になる前に止められたから良しとしますけど」

 

 

でも、残念です、としょんぼりする詩歌。

 

 

「え? 何? 私に何か悪いことした?」

 

 

「いいえ。ただ、陽菜さんの言う通りだなぁ、って」

 

 

「何でそこで陽菜の名前が出てくるのっ!?」

 

 

 

つづく


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