とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 根性

閑話 根性

 

 

 

グラウンド

 

 

 

試合終了。

 

試合の余韻を残しつつ観客達は帰り、今はコート上で今日の試合を振り返っていた。

 

観客席にいたインデックスや姫神、初春もこちらに来ている。

 

 

「でも、流石です。陽菜さん、私の超電磁砲を打ち上げられるなんて思ってなかったですよ」

 

 

「ええ、お姉様の一撃を受け止めるなんて、流石、『常盤台の暴君』ですの」

 

 

「あはは、そんなことないよ。美琴っち、手加減してくれたしね。それよりも―――」

 

 

顔をずらし、後ろにいる少女に手を差し出す。

 

 

「やられたよ、佐天っち」

 

 

「ええ! いや、そんな私なんて」

 

 

「かかか、謙遜は日本人の美徳っていうけど、やり過ぎると卑屈になる。胸を張りな、佐天っち。試合を決めたのはアンタだよ」

 

 

陽菜は詩歌が『能力開発』に付き合った中で1番最初、つまり、同じ詩歌の教え子の佐天にとって、最古参の先輩だ。

 

 

「はい、ありがとうございます―――」

 

 

その先輩からの称賛に佐天は少しだけ涙が出そうになった。

 

その時、

 

 

「ウオオオオォォ!!」

 

 

地響きとともに騒音とも言える雄叫びがグラウンドに、詩歌達のいるコートに近づいてくる。

 

 

「―――とうっ!!」

 

 

世界記録を軽く超える跳躍を見せ、コートの中央に、

 

 

「だァァァらっしゃァァああああああああ!!」

 

 

爆発とともに降臨した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「すまん! 遅くなった!」

 

 

暑苦しい。

 

活火山のような熱血漢。

 

陽菜の怒気ではないが、体感温度が上昇する。

 

コート上に巻き起こった爆発。

 

そして、何よりその天まで迸るような覇気からは只者ではない事が分かる。

 

が、

 

 

「ん? どうしたんだ? 試合―――」

 

 

「遅刻どころか試合終了じゃあああぁぁ!! ボケエエエェェッッ!!」

 

 

どこか抜けているのもよく分かった。

 

陽菜の強烈なドロップキックをもろに喰らう。

 

 

「え!?」

 

 

しかし、受けた本人は何事もなかったように立っている。

 

純粋な身体能力なら詩歌をも上回るあの『常盤台の暴君』、陽菜の怒りにまかせた一撃を受けたはずなのに少しよろけただけで平然と立っている。

 

 

「何ぃっ!! スマンッ!本当に申し訳ない! くそっ!! 俺の根性が足りてなかったばっかりに」

 

 

そして、即座に潔く土下座し、額を地面に叩きつける。

 

 

ズドンッッ!!

 

地面が揺れた。

 

その漢の土下座によって会場が揺れた。

 

大地を震わすとは、スケールのでかい土下座である。

 

 

「あらら、凄いですねぇ…―――ん?」

 

「あ! あいつは!」

 

「あの時の!」

 

 

その時、詩歌、美琴、黒子の3人がハッと驚き、その漢の顔を注視する。

 

そう、その顔はとても見覚えがある。

 

黒子を驚愕させ、美琴と激闘を繰り広げ、詩歌にぶっ飛ばされた。

 

その漢の名は、

 

 

「「「根性男!」」」

 

 

……そういえば、聞いてなかった。

 

 

「ん? ―――ッ!! 君は!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

根性男、削板軍覇。

 

学園都市、最大級の<原石>でLevel5序列第7位<第七位(ナンバーセブン)>。

 

序列が一番下なのでLevel5で最も弱いと思われがちだが、同じLevel5の美琴の電撃を軽くあしらうだけの実力を持っており、その身体能力は魔術側の<聖人>に匹敵する。

 

そんな彼こそが陽菜が言う鬼塚レッズの秘密兵器である。

 

たまたま、横須賀――モツ鍋との漢の戦いの時に出くわし、色んな意味でアツい激闘を繰り広げた後、そのまま意気投合。

 

その後、陽菜に協力し、共に道場破りしてきた。

 

今回、遅刻してきた理由はグラウンドに来る途中、怪しい奴らに遭遇し、事件の予感に後をつけてみたところ、テロリストの一団であったらしく。

 

学園都市を爆破させるとか何とかほざいたので、根性を入れた為だとか。

 

そして、根性を入れ終わった後、ここに音速の2倍の速度で駆けつけた。

 

まるで漫画のヒーローのような熱血漢であるのだが、

 

 

「お兄さん!! 妹さんを俺にください!」

 

 

混沌を生み出すような漢でもあった。

 

あれから何が起きたかを簡単に説明すると、試合終了後に現れた削板が陽菜に詫びを入れてる最中、以前出会った詩歌達の存在に気付いた。

 

そして、どうやらこの漢、詩歌に惚れているらしく、

 

 

『詩歌さん! 俺と付き合って下さい!!』

 

 

と自己紹介をすっ飛ばしてその場で告白。

 

再会して即告白というあまりに急な出来事に詩歌はおろか1人を除いてコート上に残っている全員が驚愕。

 

今まで何百人もの男性に告白されてきた詩歌だが、ここまで真っ直ぐで漢らしい告白は初めてだ。

 

そして、当麻の前で告白されたのも初めてだった。

 

それはつまり、

 

 

「断る!」

 

 

当麻が自分の前で妹が告白されたということである。

 

詩歌としては当麻一筋なのだが、削板の真っ直ぐな所に好感が持てる為、『友達からよろしく』みたいに優しく断ろうとしたのだが……

 

 

「詩歌と付き合いたかったら俺を倒してからにしろ! 俺より弱い奴に詩歌は任せられねぇ!」

 

 

途中で、詩歌の兄だと割り込んできた当麻のおかげでおかしな方向へ進んでしまった。

 

嬉しい事には嬉しいのだが、というか、今日の『幸せ日記』に書くほど嬉しいのだが、はっきり言って邪魔である。

 

 

「そうか。なら、見せてやるよ。俺の根性を!!」

 

 

「おう! 見せてみやがれ!」

 

 

肝心の詩歌すらも放っておいて、2人だけの漢の世界に入ってしまった。

 

 

(アイツって、結構シスコンだったんだ……)

 

(やっぱり、とうまはシスコンだったんだよ……)

 

(うん、シスコン……)

 

 

と美琴とインデックスと姫神は呆れ、

 

 

(という事は、あの類人猿を……)

 

 

と黒子は何やら恐ろしい事を考え、

 

 

(にっししし、面白くなってきた)

 

 

と陽菜は面白がり、

 

 

((キャー、キャー!!))

 

 

佐天と初春は騒いでる。

 

 

(はぁ……軍覇さんの能力は<幻想投影>でも上手く理解ができないし、その性能は火織さん、<聖人>に匹敵します。まあ、でも――――)

 

 

「超すごいパーンチ!!」

 

 

削板の渾身の一撃が当麻に襲いかかる。

 

理解不能、しかし、巨漢の男すらも吹き飛ばす驚異の<念動砲弾>。

 

しかし、

 

 

(――――所詮は異能。相性が悪かったですね。当麻さんの<幻想殺し>はあらゆる異能を殺す)

 

 

「その程度で俺に勝つつもりだってんなら――――」

 

 

<幻想殺し>、最強を誓ったその右手の前で消え去った。

 

 

「何ッ!!?」

 

 

自身の<念動砲弾>が消え去ったという今までになかった前代未聞の事例に、削板の顔が驚愕に染まる。

 

その隙に当麻が間合いを詰め、そして――――

 

 

「――――まずは、その幻想をぶち殺すッ!!」

 

 

――――轟音が炸裂した。

 

陽菜のドロップキックですら倒れなかった削板が吹っ飛ばされ、地面を削り取るように転がる。

 

削板の凄さを知っている横須賀、モツ鍋や原谷達はその光景に驚く。

 

 

「…………すげぇ根性だ。こんなに想いが籠った拳は初めて見た。……あんた、名は」

 

 

ゆっくりと口元を拭いながら立ち上がると、自分を倒した漢の、惚れた女の兄であり、壁である男の名を聞く。

 

 

「上条当麻」

 

 

威風堂々、己の名を名乗り上げる。

 

 

「ふっ、流石、兄妹だ。その根性の入った目、よく似ている」

 

 

両手を上げ、ゆっくりと伸びをすると、詩歌の方を振り向く。

 

 

「詩歌さん。先ほどの告白はなかった事にしてくれ」

 

 

「え?」

 

 

「あなたのお兄さんを超えるまでは、告白はしない。……当麻さんに認められた漢になった時、もう一度、改めて交際を申し込みます」

 

 

(((キャ〜〜ッッ!!)))

 

 

その漢らしい熱い台詞に陽菜、佐天、初春が盛り上がる。

 

 

「ふふふ、いいんですか? 当麻さんは私よりも強いんですよ」

 

 

「ああ、そうでなくちゃ困る」

 

 

そう言うと、最後にもう一度、当麻と視線を合わし、どこかへと去っていった。

 

丸く収まった――――が、この時の発言が原因で、将来、当麻は削板だけでなく世界中から数多くの挑戦者と戦う嵌めになることになろうとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「いや~! 熱い、熱いねぇ~、詩歌っち! こんなに熱い告白は初めてだったんじゃない?」

 

 

「そうですよ! 詩歌さん! あそこまで漢っぽい告白は初めて見ましたよ!」

 

 

「はい! もう、私だったら、すぐに、うんって頷いちゃってましたよ!」

 

 

陽菜、佐天、初春の3人は興奮し、鼻息を荒くさせながら詩歌に詰め寄る。

 

命短し恋せよ乙女、というべきか恋話には興味津津なお年頃である。

 

 

「ふふふ、そうでもありません。もっと熱い告白をしてくれた人がいますよ」

 

 

「ええ、そうなんですか!」

 

 

「一体どんな告白だったんですか! 教えてください!」

 

 

佐天と初春が目を輝かせて詩歌にべったりとしがみつく。

 

その時、

 

 

「おい! 誰なんだよ! そいつって! 詩歌、教えろ!」

 

 

ちょっと聞き逃せない詩歌の発言に当麻も詩歌に詰め寄る。

 

そんな当麻を見て、詩歌は少しだけがっかりしたように溜息を吐くとにっこりと笑って、

 

 

「どこかの鈍感馬鹿野郎です。それ以上は秘密です」

 

 

と言うと、プイッと顔を逸らして4人から離れてしまう。

 

その後も4人は問い詰めるが、機嫌を損ねた犬のようにツーン、ツツーンとおすまし顔で無視されてしまう。

 

 

(((その鈍感馬鹿野郎って、まさか……)))

 

 

美琴、インデックス、姫神の3人が何やら疑念の籠った目で当麻を見つめる。

 

 

(にひひひ、そういうこと。こりゃあ、前言撤回しなくちゃね……)

 

 

今の一言で全てを勘付いた陽菜はにやにや、と笑みを深めた。

 

その時、

 

 

「あ、そういえば、陽菜さん」

 

 

ガシッと両肩を、逃げられないように両肩を掴まれた。

 

 

「今朝、観客席で面白い風の噂を聞いたんですが、聞きたいですか?」

 

 

詩歌が全く口元を動かさず“物凄く”にっこりと微笑みながら陽菜と視線を合わせる。

 

 

(あ、やばい。なんか怒ってる)

 

 

瞬間、陽菜の勘が自身に災厄が降り掛かろうとするのを察知した。

 

 

「い、いや、いいよ。私、噂話とか興味ないし」

 

 

「そんな事言わないで、聞いてください。とーっても面白い話ですから」

 

 

試合中、当麻を制裁した時以上に優しい声。

 

その場にいる全員が凍りつくほど恐ろしい声音。

 

 

「それはね。盛夏祭で歴代最高値で競り落とされ、その後、幻となった目覚まし時計が、とある道場破りに勝てたら、景品として貰えるってお話しなんですよ」

 

 

「ッ!?!?」

 

 

ヤバい。

 

とてつもなくヤバい。

 

戦いに明け暮れ、強者との出会いを求めた陽菜でさえ、“戦う”、“道具を使う“、“逃げる”の選択肢で、迷わず“全力で逃げる”という第4の選択肢を選ぶほどヤバい

 

しかし、痛いほど詩歌の指の第1関節まで両肩に食い込んでいる。

 

やはり、魔王(ラスボス)からは逃げられないのか。

 

 

「陽菜さん……その道場破りの正体って、誰だか分かりますか? 真っ赤な髪が特徴の男装が似合うほど凛々しい女の子らしいんですけど……」

 

 

「し、ししし知らないなぁ! そんなこと私は全く知らないなぁ!」

 

 

必死に魔王と目を合わせないように顔を背け、助けを求めるが、鬼塚レッズの連中はすでにおらず、他の連中は気まずそうに視線を下に向ける。

 

どうやら、“仲間を呼ぶ”は失敗したようだ。

 

 

「フフフ、知らないんですか。へぇ……陽菜さんなら絶対に知ってると思ったんですけど」

 

 

“仲間を呼ぶ”。しかし、誰も来なかった。

 

 

「私、その特徴の子、1人だけ知ってるんですけど」

 

 

“仲間を呼ぶ”。しかし―――

 

 

「お嬢。後始末、全て終わりました―――以上で失礼します。お達者で……あとで骨を拾いに行かせてもらいます」

 

 

(東条~~~ッ!!)

 

 

―――誰も来なかった。

 

歴戦の猛虎も逃げるほど目の前にいる魔王は恐ろしい。

 

 

「……地獄のような苦しみと天国へいける痛み。どちらがいいですか?」

 

 

「何その究極的2択!?」

 

 

「どっちがいいですか? 道場破りさん」

 

 

・ 攻撃

 

・ 道具を使う

 

× 逃げる     魔王からは逃げられない。

 

× 全力で逃げる  同上。

 

× 仲間を呼ぶ   魔王を恐れて誰も来ない。

 

New死を覚悟して全力で謝る

 

 

陽菜の脳内で6つの選択肢が浮かび上がり、迷わず、

 

 

「はっ!!」

 

 

天高く舞う。

 

そして、身体を捻り、華麗に3回転。

 

遠心力を加えた陽菜の必殺の竜巻旋風脚―――

 

 

「すんませんでした!!」

 

 

―――ではなく、一番新しい選択肢を選んだ。

 

切羽詰まった人間が見せる決死のトリプルアクセル土下座。

 

首筋に冷やりとした悪寒を感じながら頭を下げ続ける。

 

 

「今度こそ、目覚まし時計を、その中のデータも完全に消去しますか?」

 

 

「はい! します! 絶対にします!」

 

 

「次、やったら、陽菜さんとの縁を切りますよ」

 

 

「絶対にやらない! 誓う! 今度こそ絶対にやらないと誓います」

 

 

その言葉を聞いて、やれやれと軽く肩をすくめる。

 

 

「それでは一食奢りで許してあげましょう」

 

 

「え? ……そんなんで……いいの? 小指一本摘めなくても……」

 

 

余りの刑の軽さに陽菜はありえないとばかりに驚く。

 

 

「陽菜さんの小指を貰ったって気持ち悪いだけですし、データを完全に抹消すればもう気にしません」

 

 

「そ、そう。うん、良かった。流石、詩歌っち。とっても優しいし、心が大きい」

 

 

感涙のあまり詩歌に抱きつく。

 

しかし、

 

 

「私だけではありませんよ。“この場にいる全員”の一食分ですよ」

 

 

「そんくらいどんとこい。今日の祭りで大分稼がせてもらったし、ウチの虎屋ならここにいる全員のお腹を満たすくらいちょちょいのちょいだね。むしろ、今日付き合ってくれたお礼したかったからちょうどいいよ」

 

 

陽菜は知らなかった。

 

この場にブラックホールの胃を持つ白い悪魔がいた事を。

 

しかも、朝と昼を満足に食事ができていないせいで“とても”飢えている事を。

 

 

(あの子、終わったな)

 

 

その事実を知っている当麻はとても憐れそうに陽菜を見つめる。

 

 

「フフフ、ありがとうございます。インデックスさん、今日は思う存分食べてもいいですよ」

 

 

「うん、わかったんだよ! しいか」

 

 

白い悪魔の首輪が解き放たれた。

 

その後、白い悪魔によって、在庫は全て食い尽され、今日の祭りで稼いだお金も全て消え去り、『虎屋』は夏休みの間、品切れの為休業中の看板を下げる事になった。

 

責任として店の復興資金に陽菜は貯金の全ても費やす事になるだけでなく、親からの仕送りもなくなり、しばらく、爪に火を灯すような生活を送る事になった。

 

そして、虎屋と鬼塚組提携の飲食店の朝礼メニューに、白い悪魔が来た時の対策として、トリプルアクセル土下座が新たに加わったという。

 

 

 

つづく


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