とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 鬼退治

閑話 鬼退治

 

 

 

グラウンド

 

 

 

試合再開。

 

 

「P31T4A5F1」

 

 

また直前に詩歌が何かの暗号を口にする。

 

そして、先ほどの再現のように美琴から詩歌へ、詩歌から黒子へ素早くパスを回す。

 

ドッジボールで大切なのはボールの速さではなく、動きの早さである。

 

早く動いて、相手を撹乱するのがドッジボールにおいて基本的な勝利の鉄則である。

 

なので、何の迷いもなく素早いパス回しをするというのは鉄則を守っているといえる。

 

これはおそらく最初から自分がやるべき事が決められているからできる事なのだろう。

 

 

(また、パス回し……―――ッ!?)

 

 

黒子へパスを回した瞬間、詩歌は先ほどの美琴のように思い切り跳躍する。

 

 

「黒子さん!」

 

「大お姉様!」

 

 

黒子も詩歌に合わせてボールを返そうとする。

 

きっと、これはスパイク。

 

高さと角度のついた強烈なスパイク。

 

試合開始直後の陽菜の豪速球に匹敵する破壊力が炸裂するだろう。

 

しかし、少しだけ飛ぶのが早すぎた。

 

美琴のように電光石火の不意打ちのようなスパイクではないし、軌道も真っ直ぐだろう。

 

腰を低く構えて、目を離さなければ―――

 

 

(なっ! 逆光で見えない!?)

 

 

ちょうど詩歌が飛んだ位置を見上げれば、太陽からの逆光で詩歌の右手の先が見えない。

 

 

「はあああぁぁっ!!」

 

 

呼気を爆発させ、右手を振るう。

 

その狙いはおそらく、

 

 

(私かい!!)

 

 

陽菜は即座に身構える。

 

が、

 

 

(あれ? 来ない……―――いや、違う!)

 

 

詩歌の右手の先にボールがない。

 

囮!?

 

すぐに黒子を見る。

 

しかしすでにボールは持ってない。

 

 

(ここで、<空間移動>か!)

 

 

陽菜は咄嗟に転がりながら、当麻、美琴がボールを持ってないかを確認する。

 

が、

 

 

(ない!? 2人ともボールを持ってない!? なら誰が!?)

 

 

瞬間、風が吹いた。

 

詩歌の後ろ、ちょうど陰で隠れる位置に助走をつけてボールを投げようとしている佐天の姿が目に入った。

 

無視しても問題ない相手だと思っていた。

 

なぜなら、この前までLevel0だった普通の女子中学生。

 

全力で投げたとしても自分の半分以下の威力しか出せないだろう。

 

 

「たあああぁぁっ!」

 

 

予想通り。

 

全力で投げたとしても自分の半分以下だ。

 

これなら不意を突かれても捕れる。

 

自分なら片手でも捕れる。

 

そう思った矢先、陽菜に電流が走る。

 

陽菜の勘が危険を予知する。

 

自分ではなく、――――

 

 

「危ない横須賀っち!」

 

 

横須賀の危険を予知した。

 

 

「何!? こっちに来やがった!?」

 

 

横須賀の位置は陽菜のななめ前方のほぼ真横。

 

最初に詩歌にやられた日向がいたのは斜め後ろ。

 

普通は曲がったとしても横須賀へ襲いかかることなどありえないはずだ。

 

だが、しかし、佐天の投げたボールは2mほど進んだ所で針路修正、明らかに慣性と重力と航空力学を無視した軌道で“折れ”、“加速”までして横須賀へ襲いかかった。

 

 

「くそおおおぉぉっ!!」

 

 

横須賀はとあるLevel5の一撃を何発も耐えられるほどタフだ。

 

たとえ、不意打ちだとしても女子中学生のボールなら捕れる。

 

しかし、ボールにロケットエンジンでも付いているのかと思えるくらいボールの勢いは凄まじい。

 

まるでミサイルのようだ。

 

片手で受け止めた横須賀を体ごと吹き飛ばす。

 

 

「…………………ちっ」

 

 

全身の力を振り絞り、どうにか、ボールを落とさずに止めたものの……

 

 

「横須賀選手、ラインアウト」

 

 

ボールの勢いに引き摺られラインを超えてしまった。

 

 

「やったああああぁぁ!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

<空力使い>は風の噴出点を作る能力。

 

そっと触れる。

 

それだけでボールは砲弾となる。

 

応用すれば空高く飛翔する事も可能である。

 

 

「いきます!」

 

 

佐天から放たれたボールがロケットのようにコート上を猛スピードで横断する。

 

 

「おっとと」

 

 

辛うじて当麻がそれを右手で捕まえるが、能力を打ち消してもなお進む推進力にたたらを踏みそうになる。

 

それほど佐天のボールは強烈。

 

全力でやるという思いが籠っていた。

 

そう佐天は巣から離れ、1人で大空へと飛び立ったのだ。

 

 

(もう、1人でも大丈夫ですね)

 

 

詩歌は嬉しそうに、そして、少しだけ寂しそうに佐天の後ろ姿を見つめる。

 

そして、ボールを捕まえた当麻を“にっこり”と微笑みながらアイコンタクトを送る。

 

 

―――当麻さん、次は……次はありませんよ。

 

 

(ひぃっ!!)

 

 

……流石、兄妹というべきか視線を交わしただけで全て伝わったようだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あーあ、参ったね」

 

 

只今鬼塚レッズのタイム中。

 

先ほど、相当切羽詰まれた当麻の渾身の1球で原谷がアウトになった。

 

しかも、ボールは美琴の方へと転がった。

 

試合開始直後の第1投以来から一度もこちらにボールは渡っていない。

 

そう、ボールの支配率は99%向こう。

 

流れは完全にチームゲコ太だ。

 

生き残っているのは己のみ。

 

絶体絶命。

 

しかし、

 

 

「でも、腕が鈍っていないようで良かった」

 

 

陽菜の顔に浮かんでいたのは焦燥ではなく、歓喜の笑みだった。

 

強者との戦いに飢えた渇きを徐々に満たしていくのを感じ、陽菜は嬉しそうに笑う。

 

 

「しっかし、ここまでやるとはねぇ……」

 

 

たとえどんな能力者を連れてきても、所詮急造チーム。

 

ドッジボールでの対戦がなかったとはいえ、他校であらゆる球技の勝負に勝利してきた鬼塚レッズの連携には劣るはず。

 

だから、向こうの方が個々の能力が上だとしても五分五分の展開に持ち込める、と思っていたのだが……

 

 

(長年、多くの人を開花させてきた事だけあって、誰かとチームを組んで戦うのがとてもうまい。……詩歌っちは頭と力を兼ね備えた単独行動可能な万能型だけど、その本質は補助型)

 

 

その穴を詩歌が埋めた。

 

絶大な信頼感と的確な指示。

 

そして、人の能力を伸ばす力。

 

試合前、取るに足らない相手でも詩歌と組んだだけで予想外の伏兵と化した。

 

 

(そう……あの子も私と同じ詩歌っちの教え子……侮ってはいけなかった)

 

 

詩歌の一番の恐ろしさは、ここ最近、寮監仕込みから独自に発展している格闘術ではない、全ての能力を扱える<幻想投影>でもない、そして、悪魔のような策士なところでもない。

 

人の力を開花させ、進化させてしまう影響力だ。

 

陽菜もLevel0からLevel4へ。

 

Level5にも匹敵する火炎系能力者の頂点へと進化させた。

 

味方にしたら頼もしく、敵にしたら恐ろしい

 

元からチームを組んでいた陽菜の方かと思っていたが、その力を100%発揮できるチーム戦は詩歌の土俵だった。

 

 

(やっぱり、詩歌っちとの喧嘩は面白い。最高だ。流石、私の唯一無二の宿敵(しんゆう)。ここまで絶体絶命なのは久々だ。でも――――)

 

 

――――負けない。

 

 

まだ勝てる可能性は残っている。

 

何故ならこちらには自分と同等かそれ以上の化物がいる。

 

この戦局を一気に覆せるほどのジョーカーがいる。

 

今はいないが絶対に来る。

 

だから、今すべきは時間稼ぎ。

 

タイムを一気に2回分全部注ぎ込んだ。

 

それでも間に合わないというなら、

 

 

「仕方ない。勝利の為に尻尾を巻いて逃げまくっちゃうよ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(厄介ですね……まさか亀のように閉じ籠るとは)

 

 

戦局は固まった。

 

陽菜が守りに転じたのだ。

 

素早いパス回しで攪乱しようにも陽菜は惑わされずコート上の中央から離れない。

 

無茶をすれば捕れそうなボールにも一向に手を出す気配がない。

 

全力で縦横無尽にアクロバットに避ける。

 

それだけではない。

 

単独の今だからこそ陽菜は力を使う事ができる。

 

詩歌とは違い、単独でこそ陽菜は力を発揮するタイプだ。

 

同等の実力者でなければ陽菜と組むのは難しい。

 

1人になった陽菜は、自軍のコート上を能力の支配下に置く事ができる。

 

きっちり統制し自軍のコートの中だけに陽炎の結界を作り出す。

 

蜃気楼による幻惑を見せ、熱流を発生させ飛来してくるボールの軌道を逸らす。

 

灼熱のような暑さで、もし味方がいたら、全員、熱中症で倒れるというリスクはあるが、この結界の中なら、たとえ美琴の超電磁砲でも本気を出さない限り、発射のタイミングと経路を先読みし、熱流の盾と幻惑で回避する事ができる。

 

 

(しかし、陽菜さんが……)

 

 

詩歌の知る限り、陽菜は非常に攻撃性が高い。

 

負けるんだとしても、最後には大暴れしてくるだろうと考えていたのだが、陽菜はずっと守りに徹してる。

 

さらに、アウトになった連中の瞳を見れば勝利を諦めていない。

 

守りだけでは勝てないというのに……

 

これは、おそらく、機を待っている。

 

その機が来れば、勝てる、と考えているのだろう。

 

そこで、昨日から浮かび上がっていた1つの懸念。

 

鬼塚レッズが未だ負け知らずだという事。

 

いくら陽菜が強くても鬼塚レッズが連戦連勝をしているとは考えにくい。

 

野球にしても、バレーにしても、バスケにしても、サッカーにしても、団体競技というのは圧倒的な化物が1人いれば勝てるというものではない。

 

そして、自分との戦いに全力を尽くさない訳がない。

 

陽菜の能力開発に付き合い、今まで99度も勝負をしてきた詩歌からすれば、陽菜が全力で団体で戦うには最低1人、同等かそれ以上の怪物が必要だ。

 

しかし、今この場にそのような相手はいない。

 

だとするならば、まだ来ていないもう1人のメンバーがそうなのだろう。

 

昨日陽菜が言っていた秘密兵器(ジョーカー)が。

 

 

(ここでその秘密兵器を待つのもいいですが、そうすると陽菜さんは怒りますからね。手を抜かず一気に勝負を決めちゃいますか)

 

 

「タイム! 皆さん、集合してください」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(ありゃー、何だろうねぇ。……折角、詩歌っちのサインが読めてきたところだって言うのに……)

 

 

試合再開。

 

しかし、外野には最低限、センターの当麻しかいない。

 

そう当麻を除いて全員、内野へと移動した。

 

 

(試合開始の整列順に1が詩歌っち、2が当麻っち、3が美琴っち、4が黒子っち、そして、5が佐天ちゃん。そして、Pがパスで、Aがアタックってとこかな。読めれば、単純なことだって分かるけど、だからこそ気付きにくいんだよね~。まあ、でも、これは一体何をするつもりなのかな?)

 

 

陽菜が考え込んでいると、コロコロと足元にボールが転がってきた。

 

ボールを拾い上げ、前を向くと、詩歌がいつもの微笑みではなく、不敵で挑発的な笑みで、

 

 

「全く、相手にもなりませんね。お情けです。ボールを渡してあげます」

 

 

観客席まで聞こえてくる、わざとらしいまでに大きな声だった。

 

 

「ッ!!」

 

 

会場全体を激しい怒気が包み込む。

 

気温が上昇し、焦げ付くような匂いが漂う。

 

陽菜は視界の範囲ならどこにでも火炎を発生させられる。

 

そうグラウンドを一瞬で火の海にすることも可能だ。

 

そんな爆弾以上に危険な相手の神経を逆撫でしてやまない、ふてぶてしい口を利くなど命知らずにもほどがある。

 

しかし、詩歌は、

 

 

「ほら私は逃げませんから思いっきり全力でボールを投げても構いませんよ。ほら、陽菜さんが好きな逃げも隠れもしない真っ向勝負。鬼塚レッズと私達の真っ向勝負で蹴りをつけませんか?」

 

 

暑い暑いと手で煽ぎながら、平然と、少なくとも見た目は、陽菜の怒気を軽く受け流している。

 

こちらは目の奥を煮えたぎらせているというのに、全く怯まず、口辺を傾げた憎らしい笑みを浮かべている。

 

 

「まさか逃げるなんてしないでしょうねぇ」

 

 

時間稼ぎのつもりだったがもう無理だ。

 

きっと何か罠を仕掛けているに違いない。

 

でも、無理だ、我慢できない。

 

そもそもこれは自分と詩歌の勝負だ。

 

ここまで嘗められて挑発されたら―――

 

 

「……上等だ。受けて立つ!!」

 

 

―――逃げる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

周囲の景色が陽炎で揺らめき、緋色の桜が舞い落ちる。

 

変形するほど喰い込んだボールには紅蓮の炎が包み込んでいる。

 

一球入魂。

 

 

「……いくよ」

 

 

ゴオオオオオオオ――――

 

 

大きくボールを振りかぶり、足の爪先から手の指先までの全身の力を込めて、思いっきり叩きつけるようにボールを、

 

 

――――ドガンッッ!!

 

 

発射した。

 

投げるのではなく、ロケットミサイルのように“発射”した。

 

今までの超人的な膂力だけでなく、全身の力を1点に集中、さらに<鬼火>の爆発力までも推進力に変えた鬼塚陽菜の最強の一撃。

 

威力だけなら美琴の超電磁砲にも匹敵する超豪速球。

 

しかし、迫るボールを見据える詩歌の顔に動揺はない。

 

 

(来る。絶対この位置に来る!)

 

 

体勢を落としたままで股の下で両手を組み合わせる。

 

そうそれは、バレーボールのレシーブの体勢。

 

軌道を読んでいるかのように、その中心にボールが吸い込まれていく。

 

さらに、着弾する寸前に後ろへ下がり、下半身のバネをクッションにした柔らかく受け止め、

 

 

「はあッ!!」

 

 

そう叫び、上空へ弾き飛ばす。

 

ボールの勢いに負け、プロテクターが弾け飛び、詩歌の体は後ろへ吹き飛ぶが、コートの

真上にボールが打ち上げられた。

 

すぐに立ち上がり、着地点の位置を見定め、

 

 

「はい、キャッチ」

 

 

重力に従って落ちてくるボールをしっかりと捕球する。

 

瞬間、グラウンドが歓声の渦に巻き込まれた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

今の1球に全ての怒りを詰め込んだのか、陽菜の周りには灼けつくようなオーラはなく、その表情には呆れの色が浮かんでいた。

 

陽菜だけでなく、鬼塚レッズの連中も、そして、予め知らされていた当麻も美琴も黒子も佐天も余りの凄さに空いた口が塞がらなかった。

 

 

(……うん。まあ、流石だよ……本当に流石。あんなもんを常人で捕っちゃうなんて、どんだけだよ。……詩歌っち、アンタもう寮監と同じくらい凄いよ)

 

 

あの超豪速球を完璧にレシーブするには達人クラスの精密な身体運用と度胸と集中力だけでは無理だ。

 

一瞬で、破壊力、速度、軌道、着弾する際のタイミングと入射角を0.001%の誤差の狂いもなく見抜かなければならない。

 

普通はそんなことは不可能。

 

だが、しかし、詩歌は陽菜とずっと付き合ってきた。

 

Level0からLevel4まで、ずっと陽菜の『能力開発(とっくん)』に付き合い、小学校から中学校までほとんど寝食を共にしてきた。

 

そのおかげで、陽菜の思考パターン、運動能力、細かい癖から<鬼火>の性能まで隅から隅まで知っている。

 

そして、名由他から教わった木原一族の体術、『能力者の力の流れを勘と経験で読んで隙を突く』でさらに磨きこまれた『相手の全てを読み解き、力の流れを操る』、詩歌独自の体術。

 

その2つがあったからこそ今の神業とも言える所業ができたのだ。

 

 

「ふふふ、昨日、言いましたよね。陽菜さんの動きは完全に見切った、と。そして――――」

 

 

そこで、とても悪い笑みを浮かべる。

 

 

「――――完全に徹底的に圧倒的な大差をつけて勝つと」

 

 

その時の詩歌の、陽菜しか見てなかった、いや、陽菜しか見えないようにしたその顔は、元がとても人好きする顔だけに、子供が見たらトラウマになりかけるような悪相だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ボールのミートポイントは点でしかない。

 

そして、人間は、岩でもなければ植物でもない。

 

動くのだ。

 

動く物体、しかも野生動物のように勘が鋭く、予測不能に動き回る的に点で当てるなどそうはできない。

 

ならば、どうするか?

 

避けられない状況を演出すればいい。

 

そのために―――陽菜に真っ向勝負だと宣言した。

 

当然、陽菜の投げるボールを真っ向から受け止めなくてはならない。

 

だが、もし受け止めれれば。

 

陽菜のボールを真っ向から受け止めれれば。

 

陽菜だって、こちらのボールを避ける訳にはいかなくなる。

 

回避という選択肢がなくなる。

 

そう陽菜は絶対に真っ向からボールを受け止めなければならない。

 

 

(……大丈夫いける。私だって、詩歌の動きは何度も見てきた。絶対に捕れる)

 

 

陽菜だって、詩歌と長年の付き合いでその動きを熟知している。

 

たとえどんなボールが来ようと――――

 

 

「さて美琴さん、よろしく」

 

 

「はああっ!? 詩歌っちが投げるんじゃないの!?」

 

 

「いつ私が1対1だと言いましたか? 私は、鬼塚レッズと“私達”の真っ向勝負をしましょうと言っただけです」

 

 

「くぅ! 狡い、汚いよ、詩歌っち。2対1だなんて卑怯だよ」

 

 

汚い。

 

まるで、契約書の隅に小さく細かな字で重要な説明文を書き記す悪魔のようだ。

 

そして、陽菜はその契約書にサインしてしまった憐れな被疑者と言ったところだろう。

 

 

「はは、本当に私がやるんですか……」

 

 

ボールを渡された美琴も若干頬が引き攣っている。

 

まあ、悪魔の片棒を担げと言っているようなものであるから仕方がない。

 

今、溜息を吐くほど自分に正直な事はない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

とりあえず、試合再開。

 

まずは、回避できない状況を作り出したが、加減しているとはいえ、美琴の超電磁砲を避けられたら周囲に被害が及ぶかもしれないので、念のために当麻を背後に配置。

 

 

「来な! 美琴っち!」

 

 

焔を纏う陽菜の周囲が吹き荒れる。

 

熱流を操り、不可視の盾、いや、その分厚さから壁を展開する。

 

 

「美琴さん、3割、いや、4割程度でお願いします」

 

 

冷静にその強度を見定めると、美琴へ指示を出す。

 

その真剣な表情に美琴も気を引き締める。

 

確かに詩歌は卑怯なのかもしれない。

 

しかし、詩歌は1対1で陽菜の攻撃を受け止めた。

 

一歩間違えば大怪我を負うかもしれないのに、美琴達の力を借りなかった。

 

本当に卑怯だったならば、1人で受け止めるなど無茶はしない。

 

実際、タイムの時、この作戦は反対された。

 

それでも、詩歌は変えなかった。

 

親友の矜持に応える為に。

 

陽菜もその事に気付いていたから、卑怯者だと喚いても逃げようとしない。

 

親友との筋を通す為に。

 

 

(ま、ついでに、Level5の一撃というものを肌で体感してみたかったしね)

 

 

「行きますよ、陽菜さん」

 

 

電気系能力者の頂点と火炎系能力者の頂点が真っ向から対峙する。

 

美琴は詩歌から受け取ったボールを真上に放り投げる。

 

 

「はっ!」

 

 

落ちてきたボールを砂鉄でコーティングし、真横に来た瞬間、それを拳で弾き飛ばす。

 

瞬間、オレンジ色の光線が、陽菜に向けて放たれた。

 

直撃の寸前で速度が落ちたが、それでも人の反応を超えた速さで、陽菜に襲いかかる。

 

 

「甘いッ!!」

 

 

<鷹の目>。

 

たまに野球選手が『ボールが止まって見える』というが、そういう境地を自己暗示で意図的に起こす業が鬼塚家には代々伝わっている。

 

集中力を極限まで高め、認識から反応や動作に直結する事で“瞬間の世界”の住人となる。

 

その時、瞬間的に瞳孔が収縮し、猛禽類のような目になるため、<鷹の目>と呼ばれている。

 

それは、鬼塚組を継ぐ資格であり、陽菜は10歳で鷹の目を習得している。

 

<獣王>との混血の一族だと噂され、『鬼』と称された<鬼塚>の血を引く陽菜は、目だけは<聖人>級である。

 

熱流に押され、半分以下に削り取った美琴の4割ほどの超電磁砲を陽菜の瞳は捉えた。

 

 

(良し! これで―――)

 

 

そして、先ほどの詩歌と同じようにレシーブして真上に打ち上げた。

 

が、

 

 

「陽菜さんはやっぱりうっかり者ですね」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

詩歌は陽菜の<鷹の目>の事も知っていたし、40%の超電磁砲なら半分以下にする事ができる事も分かっていた。

 

そして、20%程度なら陽菜はレシーブできると確信していた。

 

 

「誰が2対1だと言いましたか?」

 

 

だからこそ、

 

 

「3対1ですよ、陽菜さん」

 

 

「あ?」

 

 

陽菜の視界に佐天が上空へ、弾かれたボールに両手の標準を合わせている。

 

 

(え? あの子は<空力使い>じゃないの?)

 

 

陽菜は先ほど佐天がボールに噴出点を作り、発射したのを見て、<空力使い>だと見抜いていたが、

 

 

「佐天さんは婚后さんと同じ<空力使い>で、今なら大人1人程度なら噴射点を作って飛ばす事ができるでしょう。―――そして、圧縮に特化していますが、<風力使い>としての素質もあり大気を圧縮して空気の塊を作ったりする事もできます」

 

 

かつて、佐天は友達を救うために空気の塊を飛ばした事があった。

 

 

「そう、佐天さんは自分で“弾”を作る事ができるんです」

 

 

詩歌が今まで見てきた能力者のほとんどが、1人につき、いくつかの能力が眠っている事があり、それらは大抵、1つの能力が開花したらそれに合わせて脳が適用し、その他の能力は眠ったままになる。

 

しかし、時々、電力発生と磁力操作の両方を持った美琴のような能力者も存在する。

 

さらに、電子に干渉できる念動力、<気力絶縁(インシュレーション)>のように複数の能力が組み合わさって全く新しい1つの能力が生まれる事もある。

 

それに、眠ったままとはいえ多少の影響が出るので同じ系統でLevelが同じ能力者だとしても個人差が存在する。

 

それゆえ、佐天が婚后と多少違っていてもおかしい事ではない。

 

婚后にできない事を佐天ができてもおかしい事ではない。

 

 

「行きます!」

 

 

佐天の手から大気の弾丸が発射される。

 

陽菜は最後の最後で失敗を犯した。

 

いや、犯すように仕向けられた。

 

あの時の超電磁砲はぎりぎり捕れるかどうかの威力だったが、詩歌が自分の超豪速球をレシーブで上空にあげてたのを陽菜は見ていた。

 

直接、捕るのではなく、一度真上に上げてから捕った方が成功率は高い。

 

それをうまいやり方だと陽菜は学習し、さらに負けず嫌いな性格から詩歌にできたなら、自分もやって見せると考えていた。

 

その弱点と1人の伏兵の存在を考えずに、

 

 

「これはチーム戦です。1対1だろうと1対3だろうと負けは負け。通算100度目の喧嘩は私の勝ちです」

 

 

パン!

 

大気の弾丸がボールに命中。

 

そうして、空中で遠くへ、コートから遠くへ弾かれたボールが地に落ちたのを見て、事態を飲み込んだ陽菜は頭を抱えると、天を仰いで、

 

 

「クソおおおぉぉ!!」

 

 

その細い喉から出たとは信じ難い、獣のような咆哮を上げたのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

怒りを全身を震わせながら叫ぶ陽菜の前に、観客の子供たちや鬼塚レッズ、佐天は身の危険を感じて体を強ばらせ、美琴と黒子と当麻は頬を引き攣らせている。

 

その中で唯一詩歌だけは変わらずに微笑んでいる。

 

地を割るような叫びは永遠に続くかと思われたが、呼吸が続かなくなったところで陽菜は沈黙した。

 

それから陽菜が口を開くまで、詩歌以外の人間は息を詰め、見守ることしかできなかった。

 

 

「―――確かにそうだね!!」

 

 

そして、10秒後、陽菜は元の位置に顔を戻すと、実にさっぱりとした表情で無邪気な笑みまで添えられていて、ようやく揃って胸を撫で下ろす。

 

 

「うん。今回は私の負け」

 

 

負けは負けだけれど、灼けつくような渇きが満たされたおかげで、実に清々しい。

 

 

「はい。今回は私の勝ちです」

 

 

互いの健闘を称えながら、笑顔で握手する。

 

その姿に観客は万雷の拍手を送った。

 

 

 

つづく


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