とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 灼熱熱球

閑話 灼熱熱球

 

 

 

グラウンド

 

 

 

ある2人の記念すべき100回目の大喧嘩。

 

それを華々しくやろうとの提案で、グラウンドを貸し切りチーム戦という事になった。

 

さらに、主催を取り仕切るO組が、全面的に宣伝し、周囲に屋台を展開するなどしてくれたおかげで祭りのような状態になっている。

 

炎天下、それに昨日宣伝したばかりだというのに人が徐々に集まってきており、観客席はほぼ満席である。

 

他校を荒らし回っている道場破りが気になる、能力者の頂点のLevel5がみられる、世話になってるあの人を応援したい、周囲の雰囲気に釣られて、などと理由は様々である。

 

そして、気になる勝負の内容は、ドッジボールである。

 

ドッジボールは、野球やサッカーのようにテレビ中継されるようなものではない。

 

学校のレクリエーションのような球技である。

 

観客が入るようなスポーツではない。

 

と、それは普通の場合である。

 

ここは学園都市。

 

普通ではない。

 

学園都市には能力者達がいる。

 

能力者同士のスポーツはたとえ棒倒しや玉入れであっても、テレビ中継されるほど注目度が高い。

 

実際、<大覇星祭>という学園都市全体での体育祭は毎年、全世界でテレビ中継されている。

 

そう、超能力というスパイスが入っただけで、ドッジボールが観客を呼べるスポーツになってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、あいさ。さっき見かけたんだけど虎屋って屋台のお好み焼買ってきてもいい?」

 

 

「だめ。もうすぐ試合が始まる」

 

 

試合よりも周囲の屋台に気を取られている者も極僅か存在するが……

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

試合前のウォームアップ中。

 

佐天と詩歌、美琴と黒子、当麻と青髪ピアス、と二人一組になってキャッチボールしている最中、ふと当麻は横にいる美琴に気になる事を質問する。

 

 

「なあ、鬼塚って凄い奴なのか?」

 

 

気になる事とは陽菜の事。

 

詩歌から親友だと聞かされていたが、控室で見せたあの威圧感は只ならぬものだ。

 

なので、兄として妹を心配になった。

 

 

「凄いって、アンタ……凄いってもんじゃないわよ」

 

 

黒子へボールを投げながら、溜息をつく。

 

 

「陽菜さんは、『常盤台の暴君(キング)』って呼ばれてて、素手なら詩歌さんと互角、能力の方は火炎系能力者の頂点に立つ最強の<鬼火>、最大出力ならLevel5並……あの人が軍を1人で潰したと言われても全然不思議じゃないわね。実際、去年の<大星覇祭>で、腕試しだって言って、たった1人で、あるスポーツに特化した高校の学生全員を倒した事もあるし」

 

 

「はぁー……凄い奴なんだな……」

 

 

お嬢様養成所と呼ばれる常盤台に在籍しているが、あまりに自分の想像するお嬢様とはかけ離れている。

 

お嬢様というよりは女番長もしくは姉御とというイメージを抱いていたが、どうやら、そのイメージは正しいようだ。

 

 

「そんな人だから、常盤台のトップ3の内の一角だって言われてるわよ」

 

 

「トップ3?」

 

 

「陽菜さんと私、あと、気に食わないけど常盤台にいるLevel5の1人、<心理掌握(メンタルアウト)>、食蜂操祈」

 

 

トップ3とは、能力、魅力、権力、暴力の掛け算で常盤台の学生で最も恐れられている3人のことである。

 

その3人には其々、『常盤台の姫君(エース)』、『常盤台の女王』、そして、『常盤台の暴君』。

 

と言った『常盤台の~』なんてものが通り名として付いている。

 

 

「あれ? 詩歌の奴は?」

 

 

「詩歌さん、あまり自分の能力で騒がれたくなくて、表向きはLevel3の<発火操作>ってことにしてるから……」

 

 

詩歌は表向きの能力がLevel3の<発火操作>である為、Level3以上が入学条件の常盤台では能力不足という事で、選考から漏れている。

 

しかし、それ以外の部分はトップ3に匹敵するとも言われ、<微笑みの聖母>として慕われている。

 

また、トップ3の全員の手綱を握っている事から、詩歌は裏で常盤台の秘密兵器とも呼ばれ、『常盤台の聖母(ジョーカー)』と畏怖され、トップ3と詩歌で常盤台四天王だという者もいる。

 

 

「でも―――」

 

 

キャアアアァァッ!

 

 

その時、甲高い、幼い子供たちの歓声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「何だ、アレ……?」

 

 

当麻が後ろを振り向くと―――

 

 

「キャアアァッ! なにアレなにアレ!? ゲコ太にケロヨンにピョン子じゃない!!」

 

 

カエル、カエルの着ぐるみ――小学生低学年の幼子向け(あるLevel5の大のお気に入り)のマスコットキャラクター、ゲコ太、ケロヨン、ピョン子の3体がグラウンドに現れていた。

 

観客達に温かく見守られながら、

 

 

「ゲコ太あああぁぁっ!!」

 

 

観客の中にいる幼子達と隣にいる中学生の拍手喝采で迎えられながら、

 

 

「キャアアァァ! ケロヨン! 可愛いぃぃ!」

 

 

観客席前まで駆け寄るといつの間にか流れていたこのカエル達の映画の主題歌に合わせて、息の合った踊りを披露する。

 

 

「ピョン子もこっち向いてええぇぇ!」

 

 

……そろそろギャーギャーッ!! と喚いてるハイテンション状態の中学生、美琴がうるさい。

 

 

「もう! こうしちゃいられないわ! ―――って、いきなり何すんのよ!」

 

 

とりあえず、カエル達に突貫しそうな美琴の肩を掴んで抑える

 

 

「……落ち着け、ビリビリ。そろそろ周囲の目というものを気にした方がいいぞ」

 

 

「うっさいわね! つーか、ビリビリっていうな!」

 

 

年長者としてとんとんと諭したつもりだが、その返答は電撃の槍だった。

 

当麻は美琴の前髪から飛んできた一撃を慌てて右手で弾き飛ばす。

 

 

「いきなり何すんだ!」

 

 

「いい加減私の名前ちゃんと覚えなさいよ! バカ! ―――ん? あれ……? この感じ……」

 

 

ふと何かを感じたのか不思議そうに首を傾げる。

 

あのマスコット達の息の合った踊り。

 

それに、感じ取れる電波の波長……

 

そして、今朝感じた嫌な予感。

 

 

「ふふふ、どうですか? 場を盛り上げようとマスコットキャラクターを用意してみました」

 

 

一つの答えが浮かび上がったその時、当麻と美琴の元に詩歌が現れた。

 

 

「まあ、色々と何やってんだよ、とツッコミたいところだが、よくできてんじゃねーか。1日で用意したんだろ?」

 

 

「ええ、本当に大変でした。振り付けはこの前創作ダンスを指導した事がありましたからそれほどではなかったのですが、着ぐるみを作るのに時間が掛かっちゃって。1日で3着しかできませんでした。本当は20着程作りたかったんですか……」

 

 

「いやいや3着で十分だろ。つーか、20着も作ったとしても着る奴がいねーよ。それよりもあの中にいるのは誰なんだ?」

 

 

上条兄弟がほのぼのと会話している間、上限を振り切っていた美琴のテンションメーターは徐々に下降していき、今では若干ローテンション状態になっていってる。

 

 

「し、詩歌さん。あれ大丈夫なんですか?」

 

 

「はい。大丈夫ですよ。ちゃんとゲコ太シリーズの著作者から許可をとってますよ」

 

 

「いやいやいや。そう言う事じゃなくてですね! あの中にいるのって―――ん!?」

 

 

何か言いかけた美琴の口を人差し指でそっと塞ぐ。

 

 

「その事も含めて大丈夫です。正体がばれないように着ぐるみを着せていますし、布束さんがついています。これは、あの子達が社会に馴染む為の練習みたいなものです。いつまでも施設の中というわけにはいきませんしね」

 

 

「まあ、私もそう思いますが……ちょっと大胆すぎません? 少なくても私には教えて欲しかったですよ」

 

 

「ふふふ、サプライズです。驚いたでしょう?」

 

 

悪戯成功とばかりに微笑む詩歌を見て、美琴は呆れたように溜息を吐く。

 

 

「本当に驚きましたよ。全く、もう……」

 

 

そう言うと、呆れたのか、納得したのか分からないが美琴はこれ以上何も言わず引き下がる。

 

 

「なあ、そろそろあれの中にいるのが誰か教えてくれねーか?」

 

 

蚊帳の外となっていた当麻が会話が途切れたところを見計らってもう一度質問するが、

 

 

「禁則事項です」

 

 

指を唇に当てながらウィンクされ、拒否されてしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ふっふっふ、ここでアピールできれば、他のミサカ達よりも評価が上昇するはず、と美歌は虎視眈々とセンターポジションを狙います」

 

 

「むむっ!? そうはさせません。これ以上、ミサカ9982号が優遇されるのを阻止する為、ミサカ10032号は妨害を開始します」

 

 

「ぬぬっ。また僻みですか、御坂妹もといミサカ10032号。美歌はあの方と結ばれ、詩歌お姉様の真の義姉妹の契りを結ぶのです。その邪魔すると容赦しません、と美歌はミサカ10032号に脅しにかけます」

 

 

「ぐぬぬぅ……ミサカにも譲れないものがあるのです、とミサカはミサカ9982号の脅しに屈しません」

 

 

「あわわわわ、踊りが滅茶苦茶に、とミサカ19090号は動転します」

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、あそこにいる2匹喧嘩してないか?」

 

 

と、当麻は目を擦ってもう一度確認する。

 

しかし、同じ光景、いや、先ほどまではゲコ太とケロヨンがさりげなくど突き合っていたのだが、今では取っ組み合いになっていった。

 

ピョン子は2匹の喧嘩を止めようとおろおろしており、踊りはすでに滅茶苦茶だ。

 

幸い、観客達にはゲコ太とケロヨンがピョン子を奪い合うコミカルな演劇だと思っているのかあまり気にしておらず、むしろ楽しんでいる。

 

が、

 

 

「ふふふ、どうやら躾が足りなかったようです。ちょっと、止めてきますね。その間、当麻さんは皆さんをまとめといてください。もうすぐ試合開始なので……それから美琴さん、少し手伝ってもらえますか」

 

 

「はい、わかりました」

 

 

その後、控室で真っ黒焦げのカエルが2匹見つかったという。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ねえ、原谷っちに横須賀っち。まだ連絡がつかない? もうすぐ試合開始時刻なんだけど」

 

 

「そう言われてもな。俺はあいつの友人じゃないし、連絡先も知らん」

 

 

「どうせどっかで人助けでもしてんだろ。まあ、でも、あいつは約束を守る奴だからここに来ると思うぞ―――ってなんで俺がここにいる!?」

 

 

原谷を無視して、陽菜は溜息をつく。

 

 

「はぁー、Level5だから、美琴っちの相手を頼もうと思ったのに……仕方ない。私が詩歌っちと美琴っちの相手をする。横須賀っちは当麻っちをよろしくね。黒子っちが厄介な相手だけど爆発音で演算を妨害すれば<空間移動>は封じ込められる。あとのモブは適当に―――あ、あの黒髪ロングの子は私の獲物だから手を出さないでね」

 

 

「了解した」

 

 

鬼塚レッズ。

 

1人を除いて、鬼塚陽菜が能力とは関係なしに集めた身体能力が屈強な男達の集団。

 

今回の勝負に集められたのは、傭兵のようなスキルアウト、サッカー部で外れ者のエースストライカー、元野球部の<スキルアウト>、そして、ド根性野郎、とそのオプションみたいにストッパー役にされた小市民。

 

小市民を除いて、陽菜と同じく強者との戦いに飢え、そして、その学校に通っていないためか、ほとんどが、

 

 

「くっくっく、皆! さっきも言ったけど勝てたら、あの詩歌っちに何でもお願いができる。今まで報酬として渡していた秘蔵のブロマイドなんかじゃない。生の詩歌っちが言う事を聞いてくれる。メイド服でご奉仕や、ナース服でお医者さんごっこや、2人っきりで勉強会といった男のロマンも夢じゃない。そう夢じゃないんだ! 勝てば、皆の青春を掴みとる事ができるんだ! だから、皆、この一戦に死力を尽くしな!」

 

 

「「「おう!!!」」」

 

 

青春? に飢えていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「………と、作戦は以上です。チーム戦なんですから、皆で力を合わせて頑張りましょう」

 

 

チームゲコ太。

 

鈍感フラグ男、ツンデレLevel5序列第3位、お姉様達命のジャッジメント、高位能力者を夢見る女の子、青髪とピアスがトレードマークの変態紳士。

 

急造チームで、しかもバラバラ。

 

なので、チームワークなど存在しないと思うのだが、、

 

 

「最後に、皆さん。解ってるかと思いますが申し上げておきます」

 

 

円陣を組んでいる皆の顔を“凄い”(何が凄いかは何も言わないが見ただけで体が固まる)微笑みながら見渡す。

 

 

「ぜ・ん・りょ・く、で頑張りましょうね」

 

 

「「「「「は、はい(ですの)」」」」」

 

 

訓練された兵士のようにまとまっていた。

 

 

「フフ、フフフ……」

 

 

恐怖という力によって……

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ドッジボールとは2チームに分かれてボールをぶつけ合うという競技である。

 

1つのコートを2つに仕切り、チーム内でも内野と外野に分かれ、敵チームにボールを当てられアウトになってしまったら、その者は外野に出なければならない。

 

ただし、故意ではない限り、頭に当たった場合は無効である。

 

先に内野から誰もいなくなったチームが負けである。

 

今回は1チーム6人構成。

 

タイムは2回まで。

 

そして、ここは学園都市。能力の使用はもちろん可能。

 

ただし、人に怪我をさせるような直接危害を加えるのはなし。

 

最後に、外野からでも、敵チームに攻撃が許されいるが、一度アウトになった者は相手に当てたとしても内野へ復活する事は出来ない。

 

チームゲコ太の内野は、詩歌、佐天、青髪ピアス。外野は当麻、黒子、美琴。

 

対する、鬼塚レッズの内野は、陽菜、山田、日向。外野はモツ鍋と原谷。

 

後1名は遅れてくるそうだ。

 

ちなみに、試合球は、とあるLevel5が監修したという『このボールに不可能はねぇ』。

 

 

「怪我すると後味悪いし、この特製プロテクターを着けてね」

 

 

あと、安全を考慮し両手両足、頭と体にプロテクターがつけられる。

 

 

「皆さん、整列してください」

 

 

そして、審判は勝負事には一切の情を入れない泣く子も泣き止む隻眼の大男、東条英虎。

 

詩歌、当麻、美琴、黒子、佐天、青髪ピアスの順に整列して挨拶した後、チームの代表の詩歌と陽菜がにっこりと笑い合いながら、ギチギチと互いの手を握り潰さんとばかりに握手する。

 

 

「詩歌っち、私達の記念すべき100回目の喧嘩、『唸れ灼熱剛球! 私達の未来はドッチだ!!』は私が勝たせてもらうよ」

 

 

「ダシャレですか、陽菜さん。まあ、さっさと勝たせてもらって、お灸を据えさせてあげますから覚悟しといてください」

 

 

2人の間に盛大な火花が飛び散っているが、観客達には互いの健闘を祈って握手しているようにしか見えず、歓声を上げている。

 

 

「それでは試合を始めます」

 

 

そうして試合が始まった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

先攻は鬼塚レッズ。

 

詩歌と陽菜がジャンプボールで競い合った結果、身長の差により僅かながら陽菜が上回り、ボールは鬼塚レッズのものとなった。

 

 

「まずは軽く挨拶でもしようかな?」

 

 

へらへらと笑いながら、ボールをお手玉のように弄んでいるが、瞳は爛々と輝き、獲物を探している。

 

内野の詩歌はすぐに構えをとり、本能が働いたのか佐天も陽菜の動きに視線を集中させる。

 

一方、青髪ピアスは陽菜が年下の女の子という事でリラックスして棒立ちしている。

 

 

「ここは任せてな。ボールはこの僕が! “貧乳”、いや、“男の娘”ちゃんも僕の守備範囲や! そのハートごと見事キャッチしてみせますわ」

 

 

その時、詩歌、美琴、黒子、そして、鬼塚レッズのメンバーは青髪ピアスの冥福を祈った。

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「うわぁ……あの人、大丈夫ですかねぇ……」

 

 

佐天が、引き気味の声を発している。

 

 

「――――」

 

 

青髪ピアスはコートの外で顔面を真っ赤にしながら、仰向けに倒れている。

 

試合開始の第一投は、青髪ピアスの顔面にぶち当たり、その勢いで、ボールと青髪ピアスの顔面は一体化したまま場外へと運ばれた。

 

幸い、呼吸をしているので死んではいないだろうが、試合早々活躍する事もなく退場である。

 

一方、投げた当事者はというと、

 

 

「スミマセン。ツイカットナッテヤッテシマイマシタ。スミマセン。デモコウカイハシテマセン」

 

 

怖い。

 

虹彩を失くした瞳で淡々と謝罪の念が一切なしに謝る姿はかなり怖い。

 

 

「顔面の為、今のは無効」

 

 

審判役の東条も『今のお嬢に触れたら危険』、と歴戦の兵士としての勘が訴え、明らかに故意だったのだが見逃す事にした。

 

戦場では臆病な者こそが長生きする。

 

そんな彼をコート上で責める者は1人もいなかった。

 

責めるのは禁句を口にした愚か者だと。

 

 

(……なるほど、プロテクターを着けさせるわけだ)

 

 

投げたボールの威力で大柄な高校男子の青髪ピアスを場外へと運ぶ。

 

……とてもじゃないが、年下の中学3年生の女子とは思えない膂力だ。

 

しかし、ようやく美琴が言っていた事を理解できた。

 

鬼塚陽菜は、あの常盤台の高位能力者達に、Level4なのに、トップ3というLevel5の双璧に引けを取らぬ評価を受け、美琴に軍に匹敵すると評される常盤台の番長。

 

夏休みに転校してきた婚后を除いて、陽菜と勝負するのは命知らずであるのが常盤台の常識である。

 

まあ、ある集団に対しては滅法弱いが……

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

とりあえず、今ので攻守交代。

 

青髪ピアスの尊い犠牲のおかげで、ボールはこちらの手に渡った。

 

 

(こちらにボールが渡りましたが、今の一球に圧倒されちゃってますね。それに試合も始まったばかりですから、どことなく動きが固い。ここは速いパス回しではなく……)

 

 

落ち着いて、レフトの黒子、センターの当麻、ライトの美琴、そして、同じ内野の佐天、と全体を見回すと、どことなく動きが固い。

 

特にあまり注目されるとい事に慣れていないという事もあり、先ほどの豪速球に佐天は呑まれてしまっている。

 

 

「なら、私も挨拶しますか」

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ―――」

 

 

鋭い呼気と共に、体を捻転させてから、一気に踏み込む。

 

ボールをしっかりと握り締め、捻りを解放、体軸の回転と連動させながら右腕を鞭のようにしならせ、地面と平行に振るう。

 

そして、放る際に右手首を右から左に巻き込む。

 

全身を使い、遠心力を使ったサイドスロー。

 

そのボールは陽菜に向かって低空で飛んでいく、

 

 

(ッ!? 曲がっ―――)

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

と思いきや、直前で磁石に引き寄せられたように横に滑った。

 

まるでプロの野球選手が投げるキレのある高速スライダーようなボールは、そのまま斜め後ろにいた日向へ襲いかかる。

 

 

「うっ」

 

 

「日向選手、アウト」

 

 

不意を突かれ、手が届かないほど低めに飛来してきたボールを取る事ができず、そのまま日向の左膝に吸い込まれるように当たるとそのまま計算されていたかのように外野にいた当麻の足元へと転がった。

 

先ほどの陽菜のシンプルに力任せに真っ直ぐ投じられた大の男1人を吹き飛ばす豪速球が“剛の球”だとするならば、今の詩歌のボールはその逆、全身のバネを使って鋭い回転が掛けられたそれは“柔の球”だ。

 

“剛の球”のような目にも止まらぬ速さと場を震撼させる破壊力はないが、不意を突ける変化と、足元を、相手の弱点を狙うだけでなく、弾かれた後のボールの行方が外野へ転がるような場所を狙った緻密な制球力が“柔の球”にはある。

 

 

「ふふふ、柔よく剛を制す、っといったところですね」

 

 

全身を使ったフォームに合わせてふわりと舞い上がったポニーテールが、豊かな胸元に着地する。

 

先ほどの陽菜の豪速球と同格、いや、それ以上か、と言わしめているように詩歌いつも莞爾と緩んでいる口元には熱のある笑みが浮かんでいた。

 

 

 

―――ウオオオォォオオォッ!!!

 

 

 

たった1球で流れを5分に、いや、チームゲコ太へともっていった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「P231C4A3」

 

 

何かの暗号を詩歌が歌うように紡ぐ。

 

その瞬間、チームゲコ太の雰囲気が変わる。

 

当麻から美琴へ、美琴から詩歌へ、詩歌から黒子へ、と捕ってすぐに投げる素早いパス回しで鬼塚レッズを掻き回し、時にフェイントを入れ攪乱する。

 

 

(黒子っちに渡った!)

 

 

陽菜が一番警戒しているのは美琴の超電磁砲ではなく、黒子の空間移動。

 

消え、反応すらさせてもらえない死角からボールを落とされるのは弾丸よりも早く射出されるよりも対処がし辛い。

 

 

(ま、対処法はあるけどね)

 

 

<空間移動>は三次元的に捉えているこの世界を一一次元上の理論値に置き換え再把握する必要があるため脳での演算処理の負担が大きく、使用者の精神状態に深く依存する。

 

演算を妨害するような急な焦りや驚きに弱く、強い音や衝撃で失敗してしまう。

 

陽菜は軽く親指と人差し指を擦る。

 

 

バンッ!!

 

 

瞬間、陽菜の手元で爆発が起き、圧倒的な衝撃音が襲いかかる。

 

 

(よし! これで空間移動は――え!?)

 

 

陽菜の予想を外れ、黒子はボールを空間移動で飛ばさず、陽菜の遥か高く、頭上へ、対角線上誰もいない位置へと投げた。

 

誰もいない。

 

すっぽ抜けて、パスが失敗したのか?

 

と思ったその時、紫電を迸らせ、風のように目にも止まらぬ速さで疾駆する美琴がそのボールの下へ潜り込んで、跳躍し、そして、

 

 

「ちぇいさーっ!!」

 

 

思いっきり打ち込んだ。

 

ノートラップの強烈なスパイクはそのまま山田へとお見舞いされた。

 

 

「山田選手、アウト」

 

 

そして、弾かれたボールはまたもや当麻の元へ、しかも今度はちょうどその手元に収まるような位置へと飛んできた。

 

 

「しまっ―――」

 

 

さらに、偶然、足が滑り陽菜が倒れ込んだ。

 

予期せぬ絶好のチャンス。

 

如何に陽菜とはいえ、崩れた体勢からボールを取るのは困難だ。

 

 

(よし、これで決める)

 

 

当麻は思いっきり、腕を振りかぶってボールを―――

 

 

「きゃ~! お兄ちゃん、止めて~!!」

 

 

「うお!?」

 

 

―――すっぽ抜けさせた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

黒子のように狙ったものではなく、正真正銘、すっぽ抜けた。

 

ボールは転々と美琴の元へ転がる。

 

 

「ラッキー。ありがとね、お・に・い・ちゃ・ん」

 

 

陽菜はにやにやと笑いながらすくっと立ち上がる。

 

詩歌じゃないし、詩歌の声とは似てない、が悲鳴を上げられて『お兄ちゃん、止めて〜!!』と言われた時、当麻の腕が、一瞬、ほんの一瞬硬直してしまった。

 

これは妹を持つ兄の習性なのかもしれない。

 

そう、仕方ない。

 

仕方ない事なんだよ!!

 

 

「タイム」

 

 

ああ無常。

 

本当に無常だ。

 

 

「ふふふ、少し待ってて下さいね? 当麻さん……こっちに来て下さい。2人っきりでお・は・な・しをしましょう。……上条家に代々伝わる苦痛を伴う肉体言語で、ね?」

 

 

本物の妹がこっちを見ながら、手招いてる。

 

にっこりと、青筋をつけながら、にっこりとほほ笑みながら手招いてる。

 

他の皆はどこか気の毒そうに見ている。

 

 

「……う、し、詩歌、さん」

 

 

怖い顔をして人を脅しに来るのは、<スキルアウト>やヤクザであったり、様々だ。

 

確かにそれは怖いだろう。

 

強面の人に凄まれるのは避けたい、それは、この上条当麻も賛成である。

 

だがしかし、それでも私めは断言します。

 

この世で最も怖い表情とは、笑顔であると。

 

そして、その中で1番なのは妹の微笑みであると。

 

 

「当麻さん? この前も言いましたが、私が妹なのは不満なんですかぁ~? どうなんですかぁ~?」

 

 

そう言うと、詩歌は当麻の頭をボールみたいにガシッと掴むと、無理矢理控室に連行していく。

 

 

「割れる割れる割れるぅ~っ!! そんなに締め付けたら当麻さんの頭は割れちゃいますぅ~っ!!」

 

 

「本当、こうやって定期的に教え込まないと駄目なんですかねぇ~? フフ、フフフフ……」

 

 

観客席には聞こえないが、コートにいる者達には何かが聞こえてきた。

 

聞こえてくるのは背筋をゾロリと嘗めまわすような、甘ったるくも薄ら寒い詩歌の声と、当麻の魂が奏でる悲痛な叫び。

 

詩歌の声はとても優しいのだが、逆にそれが怖い。

 

これは家庭内暴力ではないのだろうか?

 

でも、兄妹間のちょっと? 行きすぎたコミュ二ケーションとも言えるかもしれない。

 

 

「「「「「「「……」」」」」」」

 

 

とりあえず、グラウンドにいる全員は後者を選んだようだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あれから1分後。

 

内野が陽菜1人になった為、横須賀と原谷がコートへ入る。

 

そして、地獄の門(控室の扉)から詩歌と(ぎりぎり動けるという絶妙具合の)当麻が現れ、コートに戻って来た。

 

しかし……タイムだというのに当麻はほとんど死にかけている状態である。

 

陽菜は物凄く申し訳なさそうな顔をして当麻の事を心配している。

 

一体何があったのだろうか?

 

うん、本当に何があったんだろう。

 

でも、分からないし、知りたくもない。

 

全然、全く。お願いだから教えないでください。

 

と、佐天が思っているとコートに戻った詩歌がこっそり耳打ちする。

 

 

「佐天さん―――」

 

 

 

つづく


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